成長下押しよりインフレ加速を懸念

 ウクライナ紛争が世界経済及び金融市場を震撼させている。紛争の終息時期や着地点が見通せない不確実性の大きさもさることながら、豪州を上回る経済規模(注:IMF(国際通貨基金)2021年10月世界経済見通しにおける、米ドル建て市場価格評価の名目GDP(国内総生産)の22年時点予測値のランキングに基づく)のロシアが紛争当事者となり、かつ、広範な経済・金融制裁を受けていることが、各国・地域経済や世界経済全体にいかなる影響を及ぼすのかについての評価が定まっていないため、金融市場の変動も大きなものとなっている。ここでは、ウクライナ紛争が各国・地域経済や世界経済全体に及ぼす影響を評価する上で有益と思われる概念整理を行ってみる。

 ロシア(及びウクライナ)の経済規模もさることながら、両国向けの輸出が主要国・地域の輸出全体に占める比率は、必ずしも高いものではない。21年の貿易統計では、日本の輸出に占めるロシアとウクライナを合わせたシェアは、1.1%に留まる。紛争の直接的効果として、両国向け輸出が戦闘状態や制裁により大幅に落ち込むことによって生じる影響は、日本を含め主要先進国・地域の経済を景気後退に陥れるほど大きな負の効果をもたらすとは考えにくい。

 経済規模の割に、ロシアやウクライナは、一部の一次産品について国際市場において大きな存在感を有する。原油、天然ガスを中心に、両国から国際市場への供給が滞り大幅な供給不足が生じることやそれに対する懸念を背景とした市況の高騰が既に生じている。当面、金融市場参加者が意識すべきであり、また意識する可能性が高いのは、紛争による世界経済の成長鈍化よりも、一次産品市況高騰を通じた物価上昇率(インフレ)の更なる加速であろう。

 3月15~16日に開催された米FOMC(連邦公開市場委員会)では、FRB(連邦準備制度理事会)が0.25%ポイントの政策金利引き上げを決定した。市場参加者だけでなく、政策当局にとっても、紛争からまず懸念されるのは景気悪化ではなくインフレ加速であったと言える。紛争という典型的なリスク回避事象の下で、市場金利の低下が限定的にとどまった所以であろう。

紛争長期化で高まる景気への下押し

 インフレ加速は、経済全体としての実質所得を減少させ、需要を低下させる効果をもつ。新型コロナウイルス感染症(以下コロナ)禍により、経済活動が制限され消費支出などの機会が減少する一方、コロナ対策として支援金や給付金の支給が実施されたことから、全般に家計や企業など民間主体の純貯蓄は増加した(「強制貯蓄」または「超過貯蓄」と呼ばれる)。コロナ禍で増加した純貯蓄は、現預金を中心とする金融資産として積みあがっている。当面は、超過貯蓄とその蓄積が、インフレ加速に伴う実質所得減少の影響を緩和することになろう。この点も、ウクライナ紛争を起点とした成長鈍化懸念が、インフレ加速のそれに比して小さいとみられる理由であろう。

 コロナ禍から経済活動再開で先行している米欧では、消費水準の回復により家計の超過貯蓄は、既に相当程度縮小している。ウクライナ紛争が長期化し、高インフレが持続したりインフレの加速が継続したりする場合には、超過貯蓄の縮小と連動して、実質所得減少による消費需要下押し効果が目立ちはじめる可能性がある。高インフレによる実質所得減が需要を抑制し、経済成長を鈍化させる図式は、典型的なスタグフレーションである。

 3月FOMC で利上げを開始したFRB をはじめ、当初はインフレ加速への対応として金融引き締めを進めていく主要中央銀行は、いずれ、高インフレやインフレ加速のリスクと同時に、スタグフレーション下での成長鈍化にも配慮せざるを得なくなるというジレンマに直面する可能性がある。金融政策における政策手段は、基本的に、政策金利の上げ下げに限られることを踏まえると、中央銀行が採ることができる選択肢は、単に利上げを休止するという対応に限られる可能性が高い。

 先行きの金融政策動向について、このような予想が市場において形成された場合、当初利上げが進められていく局面においても、年限の長い金利ほど上昇余地は限られることになろう。同時に、利上げの進行に対応して短中期金利が相対的に大きく上昇しやすいことと組み合わせると、利回り曲線は比較的早い段階で平坦化が進むことにもなるだろう。

 利回り曲線が平坦から逆イールド(長短逆転)に向かうことは、景気後退の予兆と捉えられることがある。ウクライナ紛争が長期化した場合、まさにそうした予兆が出現する確度が高まることにもなるだろう。

(経済調査部 美和 卓)

※野村週報2022年3月28日号「焦点」より

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