※こちらの記事は「野村週報2023年新春号」発行時点の情報に基づいております。

米国は利下げ局面に移行できるか

 主要国での積極的な金融引き締めにより、2023年の世界景気は後退局面入りしよう。だが株価はそれを織り込んで下落してきたため、23年中に反発するシナリオも描き得る。そのカギを握るのが、米利上げ休止とその後の政策運営である。

 米国野村では、23年3月にFRB(米連邦準備制度理事会)は利上げを休止すると予想している。ただしインフレが目標値の2%へ戻る確信度が高まった訳ではない。22年10月の英国の大混乱が象徴する様に金融市場が顕著に不安定化しているためだ。よって過去の景気サイクルとは異なる点を考慮すべきだろう。

 インフレの中心は財からサービスへ移行、コストの大半を占める賃金がその帰趨を決定する。実体経済に大きな過剰がなく、景気後退が比較的「浅い」と見られる中、賃金伸び率が十分減速するのか不透明だ。米利上げ休止前後では長期金利が更に低下、バリュエーションの高いハイテク、グロース(成長)株を中心に株式へ資金は戻ろう。その先インフレが2%に向け減速、利下げ開始が見えてくれば、年後半も株高基調が続こう。だが賃金が十分減速しないままに景気が底入れし始めれば、利上げ再開が視野に入り株価は再調整を余儀なくされる可能性がある。

 以上を踏まえ、夏頃には株式へ資金を投じ続けるか、いったん引き揚げるか再考すべきだろう。その際に賃金動向以外で注目すべきは、①原油価格、②企業の価格マージン、である。①は22年3月以降下落基調にあるが、世界景気底入れを感知して上昇に転じれば、米インフレ期待への影響が大きい。②は逆説的にも聞こえるが、価格マージンが素直に縮小してくる方が株価にとって良いニュースだ。景気後退下でも企業が価格マージンを維持できる状況ではインフレが鈍化してこない。株価にとって企業が減益に陥るよりも、インフレ期待上昇でバリュエーションに下方圧力がかかる方がダメージは大きい。米長期期待インフレ率と米S&P500の株価収益率(PER)は逆相関が明確で、10年代後半はそれぞれ2.0%、17倍、10年代前半は2.6%、13.5倍であった。現在はそれぞれ2.2%、17倍とPER はまだ割高だ。

物価サイクルの異なる日本に投資妙味

 日本株は総じて景気敏感の性格が強いため、世界景気後退下で優位に立つことは通常考えにくい。だが今局面において、日本は他主要国と異なる景気・物価サイクルにある。新型コロナ規制や国境規制緩和が遅れたこともあるが、①2%インフレへ向かう途上にあり、金融引き締めの必要性が低い、②物価・賃金水準が他国対比で顕著に低い。このため他国が景気後退へ向かう中で日本がそれを回避し、インフレ上昇が続く可能性もある。またインフレが高止まりし、他国が利下げによる株高を容易には演出できない中、日本株の相対優位が際立ち易いだろう。加えてFRBが当分利下げには向かわない、日本銀行が仮にYCC(長短金利操作)微修正に動いても短期政策金利は据え置くとの見方に立てば、日米で5%強の短期金利差が続く。過去の景気後退期の様に大幅な円高となるリスクも低いだろう。

 上記②は日本のインフレ加速が、他国の様に需要超過やサプライチェーン(供給網)混乱といった循環的・一時的要因だけでなく、世界基準への収れんという構造的変化を伴っていることを示唆する。

 日本の物価・賃金上昇が止まったのは、1997年金融危機によって発生した国内需要の下方シフトに対応できず、雇用の非正規化を通じ賃金を抑制、一方過剰雇用を活用したサービス(日本流にいえば「おもてなし」)を無償で顧客に提供してきたためだ。だが2018年労働基準法改正を機に非正規雇用比率の上昇が止まり、足元では転職の機動性が高い非正規雇用者が賃金上昇の主導役にもなっている。企業は「過剰サービス」に価格を上乗せするか、雇用削減に動くかの選択を迫られている。前者はインバウンド(訪日外国人)需要に接する業態を中心に物価上昇として現れ、後者は企業の生産性向上として現れよう。また総じて割安になった日本へ海外からの投資が活発化、物価・賃金水準引き上げの先導役になることも考えられよう。インバウンドや経済再稼働はすでにテーマとして目新しさはないが、インフレ面で市場想定を超え続ける可能性は高く、設備投資関連セクターや日銀YCC微修正を睨んで金融セクターまで物色が広がる可能性があろう。

 日本にとってのリスクは、世界景気後退が浅く留まり、米国で利上げ再開が視野に入ってくることだろう。円安が進行しインフレも2%超が定着、日銀は短期政策金利引き上げも含めた本格的な金融引き締めを検討せざるを得なくなる。

(市場戦略リサーチ部 松澤 中)

※野村週報2023年新春号「投資の視点」より

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