「鬼滅の刃」だけではない

 新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、レジャー・アミューズメント企業の多くが営業赤字に転じる中、映画会社の2020年度の業績は相対的に堅調である。

 4月13日に公表された東宝の21.2期の営業利益は前期比57.5%減益の224億円だった。5月14日公表予定の東映の21.3期の営業利益は同38.6%減益の135億円と野村では予想している。いずれの企業も営業減益ではあるものの、20年度業績は営業赤字に転じることなく、連結ベースで黒字を確保できる公算だ。

 多くの人が映画会社の底堅い業績を20年10月に公開され歴史的大ヒット作品となっている劇場版「『鬼滅の刃』無限列車編」が理由と考える人が多いようだ。事実、同作品の21年4月19日現在の興行収入は396億円と足元も記録を更新中である。これまでの日本国内の興行収入1位は01年7月公開の「千と千尋の神隠し」の316億円、歴代2位が1997年12月公開の「タイタニック」の262億円、3位が14年3月の「アナと雪の女王」の255億円である。

 歴史的大ヒット作品が映画会社の業績を下支えしたのは事実だ。例えば東宝の場合、映画館を約2カ月間休業した20年3~5月期の連結営業利益は前年同期比83%減益の28億円と厳しかった。ただし、全国の映画館の営業を再開した6~8月期は同76%減益の43億円と業績は底打ちを見せた。そして、劇場版「『鬼滅の刃』無限列車編」が公開された9~11月期の営業利益は同8%増益の101億円と増益を確保した。この四半期業績の推移をみると、映画会社の業績はヒット作品の有無によって大きく振れることがわかる。

 このトレンドは東映も同様であった。20年4~6月期の営業利益は前年同期比58%減益の25億円、7~9月期が同63%減益の28億円と厳しかったが、10~12月期は同1%増益の45億円と営業増益に転じた。

 両社は映画会社でありながらも収益構造は異なるが、野村では黒字化を確保した両社の共通点として、①映画事業以外の収益構造の多角化の推進、②映画館のDX(デジタルトランスフォーメンション)化、③映画館で働く従業員のマルチスキル化の対応、の3点が挙げられると考える。

進化を続ける映画館

 映画会社は映画作品の興行収入だけに依存しない収益構造を長い年月をかけて構築してきた。東宝であれば、元来駅前の好条件で立地する映画館を安定収益源の確保を目的に不動産賃貸物件として建て替えて、不動産事業を立ち上げた。東京と京都の二カ所に大型の撮影所を有する東映は、実写映画に比べると、商品化権等で安定的な収入が見込めるアニメ事業に進出しただけでなく、放送局のテレビドラマの製作にも乗り出した。余談だが、テレビ朝日の人気ドラマ「相棒」が東映製作であることは株式市場でもあまり知られていない。

 次に映画館のDX 化である。切符販売のオンライン化による人件費の削減、デジタルシネマの導入による上映用フィルム輸送費の削減(デジタルなら有線によるデータ転送が可能)、そして映画館の販売店のキャッシュレス決済導入によるオペレーションの効率化など、DX 化によるローコストオペレーションが徹底されている。

 さらに映画館で働く従業員・スタッフも、チケット、フロア、映写、清掃、など、一人で複数の担当を遂行できるマルチタスク化を推し進めることで、業務の平準化が図られている。

 映画会社のこうした企業努力は新型コロナウイルス感染症が拡大する前からの取り組みであり、日々の改善がいかに変化に強い組織作りに繋がるかを教えてくれる。

 4月25日~5月11日に東京、大阪、京都、兵庫の4都府県に緊急事態宣言が発令された。都府県は百貨店を含めた大型商業施設に休業を要請し、大型映画館もこの中に含まれる。実際、TOHOシネマズはこの期間中の休館を決定した。これらの影響を見極める必要があるものの、緊急事態宣言が明ければ、野村では映画業界は相対的に早期に業績は回復すると考える。

 一例として、映画館の換気能力は興行場法上で厳密に定められている点が挙げられる。具体的には、東京都の場合だと床面積1m²ごとに、毎時75m³以上の換気能力を備える必要がある。これは1時間に2回以上、映画館館内の空気が完全に入れ替わる計算である。映画は音楽コンサートやスポーツ観戦と異なり、黙って観て楽しむ娯楽なので飛沫感染リスクは低い。つまり、映画はWithコロナ期の娯楽に適していると考える。遠出しないで楽しめ、かつ、換気が徹底されている。新型コロナ禍にあっても映画は多くの観客に支持されるエンタテインメントとしてこれまで以上に確固たる地位を築ける可能性がある。

(長尾 佳尚)

※野村週報2021年5月3日・10日合併号「産業界」より

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