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08/12 09:00
【野村の視点】生成AI機能追加で注目の「次期iPhone」関連企業を紹介
(注)画像はイメージ。 AI関連サービスは、サーバーから徐々にスマートフォンなど端末へと用途の広がりが見込まれます。 下のグラフは、「アップルの製品、iPhoneの販売実績と市場予想」です。 代表的なスマートフォンであるアップルの「iPhone」の販売台数は、巣ごもり需要の剥落により2023.9期は前年度に比べ減少しました。2024.9期も減少が市場では見込まれています。 ※(アプリでご覧の方)2本の指で画面に触れながら広げていくと、画面が拡大表示されます。 (注)2024.9期以降は2024年7月15日時点のファクトセット集計の市場予想。(出所)アップル、ファクトセットより野村證券投資情報部作成 2024年6月、アップルは開発者向けイベント「WWDC」で、当社として初の生成AI 機能「Apple Intelligence」を発表しました。 Apple Intelligenceを最大限活用するには「iPhone 15 Pro」以降のモデルが必要となり、2025.9期でのiPhoneの買い替えが活発化すると期待されます。 また、スマートフォン市場の成熟化により、iPhoneの販売台数は浮き沈みがありますが、販売単価は継続的に上昇していることがわかります。 2024年秋に発売されるとみられる次期iPhoneでは、AI機能をより実効しやすくするために半導体チップの性能向上を図るとみられ、販売単価のさらなる上昇が予想されます。 日本企業のアップルサプライヤー アップルは部品や製品製造を行うサプライヤーをリスト化し公表しています。サプライヤーリストには多くの日本企業が名を連ねています。 下図は「日本企業のアップルサプライヤー」をまとめたものです。 (注)アップルサプライヤーは全てを網羅しているわけではない。MLCCは積層セラミックコンデンサー。触覚デバイスは、力・振動・動き・熱・静電気などの触感によってユーザーに皮膚感覚フィードバックを与える電子部品。異方性伝導膜は電子部品を基板に実装し、回路を形成するために用いられるフィルム素材。偏光板は、光の透過を制御することで、ディスプレーの表示を人が見えるようにする光学フィルム。(出所)アップル、各社会社資料より野村證券投資情報部作成 次期iPhoneでは、AI機能を実行するため、より半導体チップによる従来以上に高い処理能力が必要になるとみられる中、熱対策やバッテリー容量の引き上げ、機器の省電力化が必要になるとみられ、搭載される部品も高性能化が求められます。 買い替えや次期iPhoneの販売が増加すれば、iPhoneの高機能化を支えてきた日本企業のビジネスチャンスは拡大すると期待されます。 (野村證券投資情報部 大坂 隼矢) ご投資にあたっての注意点
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08/11 19:00
【特集】野村證券・米国株ストラテジストが語る「生成AIの恩恵を受けた次の有望セクター・企業」
外国株式、特に米国株式市場が世界の投資家の注目を集めています。その中心となっているのが、「マグニフィセント・セブン(M7)」と呼ばれる巨大テクノロジー企業7社です。人工知能(AI)技術の進展や新製品の登場により、これらの企業の動向が市場全体を左右する状況が続いています。M7各社の現状や今後の展望、さらには米国株式市場の見通しについて、野村證券投資情報部 シニア・ストラテジストの村山誠が解説します。 マグニフィセント・セブンの中でも明暗 ――マグニフィセント・セブン(M7)とはどのような企業でしょうか。それぞれの現状と今後の展望を教えてください 村山誠(以下、同)マグニフィセント・セブン、通称M7とは、テクノロジーを中心とした米国の巨大企業7社を指す呼び名です。具体的には、アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾン・ドット・コム、エヌビディア、メタ・プラットフォームズ(旧フェイスブック)、テスラのことを指します。これらの企業は時価総額が非常に大きく、世界経済に大きな影響を与える存在となっています。 各社の現状と展望はそれぞれに特徴があります。例えば、エヌビディアは現在、人工知能(AI)ブームの真っただ中にいます。AIを実現するためのGPUなどの半導体が圧倒的に不足しており、需要が供給を大きく上回っている状況です。エヌビディアは供給を増やすために半導体製造受託企業との協力による増産などを進めていますが、それでも追いつかないほどの需要があります。 一方、テスラの状況は少し異なります。確かに電気自動車という環境対策の面で大きく成長しましたが、最近は競合他社の参入も増え、株価は軟調となっています。ただし、今後の展望としては、電気自動車だけでなく、「レベル4」と呼ばれる特定の条件(場所、天候、速度など)の下でシステムがすべての運転を行う自動運転など、AIを使用した機能が発展すれば、市場の評価が再び変わる可能性は十分にあると考えています。 アマゾン・ドット・コムも興味深い変化を遂げています。もともとEコマースの会社として知られていましたが、現在では「Amazon Web Services(AWS)」というクラウドサービスが利益の大きな柱になっています。AWSは2020年くらいから利益貢献が顕著になり、需要が急激に伸びています。それに伴って同社の株価も上昇しています。 アップルは最近まではiPhoneの買い替えがあまり進まず、株価の上昇も他企業と比べれば緩やかでした。しかし、新型iPhoneへの期待が高まると株価が上昇する傾向にあるので、今後の新製品発表に注目が集まっています。 アルファベットとマイクロソフト、メタも、AI関連の事業展開に注目が集まっており、最近は株価が回復傾向にあります。これらの企業に共通しているのは、その規模の大きさです。売上や利益の規模が日本企業の比較にならないほど巨大で、しかも実態を伴った成長を遂げている点が重要です。 次の新型iPhoneにAI実装か ――直近で、M7について注目に値するイベントはありますでしょうか 2024年9月に予定されている新型iPhoneの発売には大きな注目が集まっています。新型iPhoneにはAIが実装される可能性が高く、特に写真や動画の処理機能が大きく進化すると予想されています。 具体的には、AIを活用することで、自分の顔をよりきれいに表現したり、写真に映り込んでしまった不要な要素を簡単に取り除いたりする機能が搭載されるかもしれません。こうした機能は、InstagramなどのSNSに投稿する際に重宝されると考えられ、新たな買い替え需要を喚起する可能性が高いです。 アップルの株価は、新型iPhoneの発売を巡って一定のパターンを示す傾向があります。通常、新型iPhoneへの期待が高まり始める春から初夏頃、具体的には5~6月頃から株価が上昇し始めます。その後、8~9月にかけて実際の製品が発表され、高い評価を得ると株価がさらに上昇する傾向が見られます。 アップルがAI技術の採用で他社に後れをとっているという見方もありますが、これはアップルの戦略の一環だと考えられます。アップルは新しい技術が成熟してから採用する傾向があり、例えば初代iPhoneは当時3Gが話題になっていた中で2Gを採用しました。アップルは既に普及している技術を使って、誰でも使いやすい製品を提供するという戦略を取っているのです。2024年の新型iPhoneがそのターニングポイントになるかどうか、市場の注目が集まっています。 生成AI普及の4つのフェーズ ――今後のM7の動向を知る上で、最も重要な点は何でしょうか 最も重要な点は、やはり生成AI(コンテンツを新たに生成できるAI)の普及です。生成AIの普及は、M7各社の事業展開や市場でのポジションに大きな影響を与えると考えられます。この生成AIの普及は大きく4つのフェーズに分けられると考えています。 第1フェーズは半導体などのインフラ整備で、エヌビディアのような企業が中心となります。第2フェーズはデバイスの普及で、AI搭載のPCやスマートフォンが登場します。第3フェーズはソフトウェアの発展で、アドビやセールスフォースのような企業がAI関連ソフトウェアを提供します。最後の第4フェーズでは、AIを活用したアプリケーションやサービスが普及し、メタやアルファベットのような企業が中心となります。 現在は第1フェーズから第2フェーズに移行しつつある段階だと認識しています。各フェーズで主役となる企業は異なりますが、それぞれの段階で投資機会が生まれると考えられます。 ただし、この変化は一気に起こるのではなく、今後3〜5年程度かけて徐々に進んでいくと予想しています。投資家の皆さんには、各フェーズの特徴を理解し、長期的な視点で投資判断を行うことをお勧めします。この動向を注視することが、M7各社の今後の成長や市場での位置づけを理解する上で非常に重要になるでしょう。 マグニフィセント・セブン(M7)に新たに加わる企業は ――M7に新たに加わる可能性のある企業候補はありますか M7の顔ぶれは固定されたものではなく、テクノロジーの進化や市場の変化に伴い、新たな企業が加わる可能性も十分にあります。特に注目されているのが、AIやバイオテクノロジーの分野で急成長を遂げている企業です。M7のくくり方自体も、今後、変わるかもしれません。 有力な投資対象の候補としては、特にバイオ関連の企業が挙げられます。新薬開発には膨大な時間と手間がかかることが知られていますが、AIを活用することでこのプロセスを大幅に効率化できる可能性が出てきました。AIは非常に多くの作業工数を必要とする分野で特に威力を発揮しますが、新薬開発はまさにその典型例と言えるでしょう。新薬開発では様々な化合物の組み合わせを試す必要があり、コンピューターシミュレーションを使っても大変な作業でした。しかし、AIを活用することでこの過程を大幅に効率化できるのです。 実際に、最近ではバイオ関連の銘柄の中で株価が大きく上昇しているものもあります。例えば、肥満症や糖尿病の治療薬を開発しているイーライ・リリーや、がん免疫療法に取り組む企業などが注目を集めています。 半導体関連企業も、業績のけん引役としての候補として挙げられます。例えば、ブロードコムのような通信用半導体メーカーです。AIの普及に伴い、データセンターや端末の需要が増加すれば、それらを接続するための半導体の需要も高まります。 また、2025年以降は、アナログ半導体やディスクリート(パワー半導体)の分野で需要が回復すると予想されています。これらの分野は、自然界の信号をデジタルに変換したり、電力を制御したりするのに不可欠な技術です。例えば、テキサス・インスツルメンツやNXPセミコンダクターズのような企業が、この分野で強みを持っています。 さらに、3D技術やVR(仮想現実)技術を提供する企業も、今後、活躍が期待されます。例えば、不動産情報を提供するコスター・グループは、3Dデジタルツイン技術を持つマターポートを買収し、不動産内覧のデジタル化に取り組んでいます。こうした技術が普及すれば、新たな顧客体験を提供する企業として大きく成長する可能性があります。 これらの企業は、現在のM7と比べると、時価総額などでみて企業規模が小さい企業も多いですが、独自の技術力やビジネスモデルなどにより、今後の成長が期待される企業群です。 なぜ巨大テクノロジー企業は米国から生まれるのか ――米国ハイテク企業の急成長を支える経営の特徴や人材戦略と、日本企業と比較した際の米国ハイテク企業の強みと特徴を教えてください まず注目すべきは、これらの企業の多様性です。M7の経営陣を見ても、さまざまな国籍の人材が活躍しています。例えば、テスラのイーロン・マスクは南アフリカ出身、マイクロソフトのサティア・ナデラやアルファベットのスンダー・ピチャイはインド出身です。エヌビディアのジェンスン・ファンは台湾系アメリカ人です。このような多様性は、世界中から優秀な人材が集まってきていることを意味しています。これは、メジャーリーグに世界中から優秀な選手が集まってきて、魅力的な野球リーグになっているのと似ています。 さらに、米国では、資金調達手段が充実していることや、スタートアップ企業が失敗しても、経営者が再チャレンジできる環境があることが挙げられます。一方、日本では事業に失敗すると、信用の回復に時間を要し、再起が難しいケースも多いです。この違いが、イノベーションへの挑戦のしやすさにつながっていると考えられます。 こうした環境の違いが、日本に比べ、米国でハイテク企業が成長している要因と考えられます。優秀な人材を世界中から集め、その人材が持つ多様な視点や経験を活かすことができる点が、米国ハイテク企業の大きな強みとなっているのです。 ※本記事において取り上げている情報につきましては、野村證券として特定の銘柄の売買等を推奨するものではございません。 野村證券株式会社投資情報部 シニア・ストラテジスト村山 誠 1990年野村総合研究所入社、1998年に野村證券転籍。エクイティアナリスト、クレジットアナリストとして勤務。2011年6月より米国株ストラテジー担当。投資環境の分析、個別株の投資アイデアを提供。テレビ東京「Newsモーニングサテライト」出演中。 【野村のサマーセミナー2024開催!】生成AI普及の具体的なシナリオや、今後成長が見込まれるセクター、新たにM7に入る可能性がある企業の詳細、2024年後半の米国株式市場のリスクについて、野村のサマーセミナー2024「森永康平氏×野村のスペシャリストが議論! 米国経済と米国株から未来を探る~グローバルマーケット展望スペシャル~」で議論する予定です。 セミナーの詳細・お申し込みはこちらから ご投資にあたっての注意点
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08/11 17:00
水産業の事業承継における新たな潮流
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 ヴァイス・プレジデント 中村 さやか (2024年8月6日) はじめに 共働きで幼い子どもを抱える筆者にとっては、コスト増にはなるものの、電子レンジで加温するだけで食卓に出せる焼き魚や煮魚のチルド加工品、パック寿司は、時に夕食の大きな戦力である。昔は、共働き世帯にとっては、平日の夕食に「魚」を食べるハードルが高かったことを考えると、未だかつてないほど、魚介類を手軽に食べることが容易になっており、国内での需要が高まっているであろうと思える。しかしながら、必ずしもその実感が日本の水産業の現況を正しく反映しているわけではないようだ。 1.世界と日本の水産業の現況 世界では、1人当たりの食用魚介類の消費量が過去50年で約2倍[1]に増加し、近年においてもそのペースは衰えていない。とりわけ、従来から魚の食習慣があるアジアやオセアニア地域では、生活水準の向上に伴って顕著な増加を示している。 その一方で、2024年6月11日に発行された「令和5年度 水産白書」[2] によると、2012年に433万tの国内生産量は、2022年には348万tと、この10年でほぼ2割減少した。また、国内消費仕向量は830万tから643万t、飼料用途を含まない純粋な食用国内消費仕向量は661万tから505万tと、それぞれ2割を超える減少幅となった。日本の総人口は、2012年と2022年とでは2割[3]も減少していないことに鑑みると、これら減少率の大きさが分かる。世界的なトレンドとは対照的に、日本の水産業は、①消費者の「魚」から「肉」への切り替え、②急速な円安・資源高等による水産物の価格の上昇による買い控えなどから消費が細り、結果として国内生産量も減少していると考えられる。 また、国内生産量の減少と比例して、日本における漁業就業者数は一貫して減少傾向にあり、2013年には18.1万人であった漁業就業者数は、2022年には12.3万人まで減少した。 しかしながら、国内生産量および漁業就業者数は減少しているものの、この間の海外輸出は、54万tから79万tへ46.2%も伸長した。世界的な水産物の需要増、海外における日本食ブーム、円安等を背景に、海外輸出は日本の水産業の光明であるように見受けられる。 図表1 日本の魚介類の生産・消費構造の変化 (出所)水産庁 「令和5年度 水産白書」 2.日本の水産物輸出 国内水産物の海外輸出が伸びている一因は、政府の後押しもある。2019年に「農林水産物・食品の輸出拡大のための輸入国規制への対応等に関する関係閣僚会議」が設置され、同年6月には、農林水産物・食品の更なる輸出拡大に向けた課題と対応が取りまとめられた。また、同年11月には、輸出先国による食品安全規制等に対応するため、輸出先国との協議等について政府一体となって取り組むための体制整備等を内容とする「農林水産物及び食品の輸出の促進に関する法律」が成立し、2020年4月1日に施行された[4]。 さらに、2020年3月31日に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」において、農林水産物・食品の輸出額を、2025年に2兆円、2030年までに5兆円とする目標が設定された。また、2020年2月に決定された「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略」では、「海外で評価されている、日本の強みがあり、輸出拡大の余地が大きく、関係者が一体となった輸出促進活動が効果的な品目」として、食料品を中心に29品目が輸出重点品目に選定された。水産物では、図表2の5品目[5]が選定されている。 図表2 水産物の輸出重点品目と選出された背景 (出所)農林水産省 「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略~マーケットイン輸出への転換のために~」より、野村證券フード&アグリビジネスコンサルティング部作成 国内水産物の輸出額は、2008年の「リーマンショック」や2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響等により落ち込んだものの、それ以降は増加傾向で推移している。2023年は、ALPS処理水放出の影響を受け減少に転じているが、2024年1-5月の累計データをみると、米国やEUは前年同期比で2割を超える増加率を示すなど、処理水放出の影響は、今のところ中国など一部の国と地域に限られている。 図表3 日本の水産物輸出額推移 (出所)水産庁 「令和5年度 水産白書」 国内水産物の主な輸出先国・地域は、香港、米国、中国、台湾、タイで、品目別では、ホタテガイ、真珠、ブリ、カツオ・マグロ類が上位となっている。香港、米国、中国、台湾は、訪日客数でも上位5カ国にランクインする国と地域で、JNTO訪日旅行データハンドブック(2023年)によると、「訪日旅行に関する期待内容」において、これらの国の観光目的の第一位は「日本食を食べること」であった。国内水産物の輸出の伸びは、インバウンド消費と輸出が相互に作用している結果と推察される。 図表4 日本の水産物輸出先国・地域及び品目内訳 (出所)水産庁 「令和5年度 水産白書」 3. 水産業の事業承継の新たな潮流 前章で取り上げた輸出・インバウンド消費など、日本の水産業のさらなる可能性に商機を見出して、それらを事業承継の側面から支援しようとしている新たなプレイヤーが現れた。本章では、2社のケーススタディを紹介する。 (1) ヨシムラ・フード・ホールディングスによる北海道ホールディングス(仮称)の設立 株式会社ヨシムラ・フード・ホールディングス(以下、「ヨシムラ・フード・ホールディングス」)は、優れた商品や技術力を保有しながらも、事業拡大や事業承継など様々な経営課題を抱えている全国の中小食品企業をM&A でグループ化する「中小企業支援プラットフォーム」を運営している。持株会社体制の下で、グループ全社の経営戦略の立案・実行および経営管理を行うとともに、グループ入りした食品企業に対し、セールス・マーケティング機能、生産管理機能、購買・物流機能、商品開発機能、品質管理機能、経営管理機能といった機能ごとに、支援および統括機能を提供している。 同社プラットフォームの特徴は、各機能をグループ内で相互に補完する体制をとり、各社を活性化することで、グループ全体の成長を図っている点だ。また、「売却を前提としない」という独自のポジショニング、さらにグループ全体で各社の優れた商品や技術、販路や製造ノウハウを共有し、人材・資金・販路不足を補完する仕組みを持つ。このような同社プラットフォームは、中堅・中小の食品企業のオーナー等をはじめとしたステークホルダーから高く評価をされている。近年は、シンガポール、マレーシアなど、海外企業のグループ化も進め、グループ傘下企業へ「輸出による成長」というメリットを提供しており、2024年2月末時点の主要連結子会社は28社となっている。 図表5 ヨシムラ・フード・ホールディングス「中小企業支援プラットフォーム」の提供価値 (出所)株式会社ヨシムラ・フード・ホールディングス IR資料より抜粋 ヨシムラ・フード・ホールディングスは、2022年12月に北海道網走市でホタテを中心にサケ、イクラ、カニ等の製造加工・販売を行う株式会社マルキチ(以下、「マルキチ」、売上62億円(2024年2月期))、さらに2023年8月に北海道茅部郡で主に噴火湾沿岸で漁獲されたホタテの加工を行う株式会社ワイエスフーズ(以下、「ワイエスフーズ」、売上高168億円(2022年7月期))と、相次いで北海道の中小食品企業の買収を発表した。 マルキチは、オホーツク海にて地撒き方式で育てられた良質なホタテ等、新鮮で高品質な素材を調達し、自社工場で獲れたての美味しさを保つ独自の加工技術と高度な鮮度管理により、新鮮さと品質を維持した水産物の加工・販売を行っている。保有する4つの自社工場は、すべてHACCP認証工場であることに加え、業界では数少ないEU HACCP(対EU輸出水産食品取扱施設)の認証も取得している。このような施設による衛生管理には定評があり、日本産ホタテの需要が拡大する海外への販売を積極的に行っている。 図表6 マルキチの工場の外観・ホタテの加工場 (出所)株式会社ヨシムラ・フード・ホールディングス提供 ワイエスフーズは、噴火湾地域では道内最大規模のホタテ加工設備及び保管設備を保有し、漁業協同組合から仕入れたホタテを加工し、主に国内の水産卸売企業や中国の水産加工企業へ販売している。傘下には、株式会社マタツ水産、有限会社オガネサン清藤水産、株式会社ワイエス海商の3社があり、中でも、マタツ水産は、EU HACCPの認定を受けた自社工場でホタテやサケ等の加工を行い、販売している。 図表7 ワイエスフーズの外観・ホタテの加工場 (出所)株式会社ヨシムラ・フード・ホールディングス提供 日本のホタテ、とりわけ北海道産のホタテは、大きさ・味・安定した漁獲量、どれをとっても、米国やカナダ、ペルー、欧州、豪州等の海外産のホタテを上回っているといわれる。しかし、日本国内で生産・加工設備のHACCP認証を取得しているのは、2024年7月時点で521社[6]しかなく、そのうち、売価が高い欧米向けの認証設備を持っているのは数えられる程度だ。そのような背景から、マルキチが出荷する日本産ホタテは、欧州が日本から購入する割合の半分以上を占めている。また、ホタテの主な漁期について、マルキチのあるオホーツク海は6-10月、ワイエスフーズのある噴火湾は3-5月とそれぞれ異なるため、一つの生産設備を共用できるメリットも大きい。今後は、ホタテの殻剝きやサイズの選別作業にICTの活用も検討し、オペレーションをより一層効率化することで、出荷キャパシティを更に増やしていくことも考えられる。 ヨシムラ・フード・ホールディングスは、この2社の買収公表前後の2023年7月に、北海道ホールディングス(仮称)の設立を発表し、北海道の水産企業等のグループ化を推進し、同社のIPOを目指すと発表した。北海道ホールディングス(仮称)は、ヨシムラ・フード・ホールディングスのM&Aノウハウや資金調達力、経営管理力、マルキチ及びワイエスフーズ経営陣の業界ネットワークや経営力、業界に関する知識といった各社の強みや優位性を融合することで新たな価値創出を目指している。 具体的には、グループ間のシナジー創出によるコストダウンや生産の効率化、海外販路の拡大、業績安定化の他、工場集約や設備投資による効率化と競争優位性の確立、ロールアップによるマーケットシェア拡大を通じた収益力の拡大を目指す方針である。また、マルキチ及びワイエスフーズは、北海道ホールディングス(仮称)の傘下に入るものの、旧オーナーが引き続き、各社株式の30%の保有と経営を担うことから、北海道ホールディングス(仮称)の規模・業績拡大によるIPOは、ヨシムラ・フード・ホールディングスにとっても、旧オーナーにとってもメリットが大きい。このように、経営の譲渡先と譲受者の両者が「WIN-WIN」の関係を構築し、更なる発展を目指している点が非常に新しい取り組みと考えられる。 図表8 北海道ホールディングス(仮称)について (出所)株式会社ヨシムラ・フード・ホールディングス提供 (2) まん福ホールディングスによる事業承継プラットフォーム設立 まん福ホールディングス株式会社(以下、「まん福ホールディングス」)は、食に特化した事業承継プラットフォーム事業を運営している。2021年の創業以来、「肉」と「魚」を軸とする川上・川中・川下の企業11社をM&Aにより買収し、バリューチェーンを垂直統合することでグループシナジーを創出している。特長としては、食の上場企業や中小企業で、経営・執行を経験しノウハウを培ってきた「マネジメント人材」を中心に、ファイナンス、マーケティング、海外、DXに精通した「食のプロフェッショナル人材」を集めている点だ。日本の食の未来を、ターン・アラウンドしていく「ハイパフォーマンス・チーム」を結成し、あらゆる経営手法を「実践知」として可視化・活用し、磨き込み続ける独自のエコシステムを形成しており、さらにグループ全体のシナジーを追求することで、成長が加速するプラットフォームを目指している。 水産業においては、川上・川中・川下の全バリューチェーンでM&Aを実施しており、株式会社山佐食品(以下、「山佐食品」、売上高9.3億円(2024年5月期))、有限会社かねか水産(以下、「かねか水産」、売上高3.9億円(2023年8月期))、株式会社札幌海鮮丸(以下、「札幌海鮮丸」、売上高34.2億円(2024年5月期))、有限会社寿し心なかむら(以下、「寿し心なかむら」、売上高1.1億円(2023年7月期))、有限会社植草水産(以下、「植草水産」、売上高0.6 億円(2023年7月期))の5社の事業を承継している。 山佐食品は、静岡県焼津市にある創業70年の水産加工会社である。東海地方を中心とする全国に卸先を保有し、学校・外食・病院・事業所給食向けに、主に輸入魚の切身を提供している。機械が主流の大手競合他社にはできない、中小企業ならではのフルオーダーカットを特徴とする全国有数の切身加工業者である。 図表9 山佐食品の外観・加工場・商材 (出所)まん福ホールディングス株式会社提供 かねか水産は、神奈川県足柄下郡にある創業50年超の水産加工会社である。相模湾の恩恵を受ける真鶴港、小田原港で水揚げされた脂ののった鮮魚を、各地の市場や加工店、鮮魚店へ卸売りしている。また、アジ、エボダイ、カマス、イカ等の干物を自社工場で製造し、自社ブランドで販売している。 図表10 かねか水産の加工場・商材 (出所)まん福ホールディングス株式会社提供 札幌海鮮丸は、創業28年の寿司デリバリーチェーンである。寿司デリバリー・大手回転寿司チェーン店も含めて北海道内での店舗数はNo.1を誇り、宅配寿司業界では「銀のさら」に次ぐ業界第二位である。2024年6月時点で、北海道で47店舗、東北で13店舗、千葉県で2店舗を展開している。「札幌海鮮丸」以外にも、「すしONE」、「キムカツ」、「北のほがらか俱楽部」、「北のそば丸」などのデリバリー業態を運営している。 図表11 札幌海鮮丸の商材、デリバリー拠点の外観 (出所)まん福ホールディングス株式会社提供 寿し心なかむらは、札幌の中心地に店を構え、毎日厳選・吟味された道内産の魚介を使った握り、お造り、一品料理を提供している。旬の食材を使ったコース料理も人気があり、カウンター席や宴会など、幅広い年齢層のお客様に支持される老舗寿司店である。 図表12 寿し心なかむらの職人、店内 (出所)まん福ホールディングス株式会社提供 植草水産は、静岡県焼津市に工場を構える創業31年の水産加工・卸会社である。主な取扱商品はカジキマグロ、銀鱈、鮭で、なかでもカジキマグロを専門とした加工を得意とした水産加工・卸会社である。 図表13 植草水産の加工場・商材 (出所)まん福ホールディングス株式会社提供 まん福ホールディングスは創業当初より、外食業界の中でも寿司業界に注目をしていた。それは、①不況に強い業態であること、②自宅で寿司は握れず、酢飯を用意するのは面倒等の背景から、寿司には「特別感がある(=外で食べる意味がある)」こと、③様々な寿司ネタを食べたいという消費者ニーズは不変であることが背景にある。加えて、海外での日本食人気の拡大および国内のインバウンド消費の拡大から市場規模が成長していることもあり、まん福ホールディングスは、寿司を中心とする川下企業のM&Aと寿司に関連した川中・川上の中堅・中小食品企業を承継し、川上から川下まで一気通貫する垂直統合でグループシナジーを発揮する「水産業のSPA[7]」を標ぼうしている。 実際に、まん福ホールディングスが承継した5社は、既にグループシナジーを発揮している模様だ。例えば、山佐食品は、冷凍製造業から水産製造業へと営業許可を拡大し、鮮魚の切り身加工にも対応することで、新たな取引先の拡大と札幌海鮮丸の寿司ネタの仕入れ・加工に貢献している。また、カネカ水産は、札幌海鮮丸と魚の共同購買・共同販売を行っており、コストシナジーを発揮している。さらに、寿し心なかむらは、札幌海鮮丸との食材の共同購買から更なる原価率の抑制・廃棄ロスの削減を図っている。 昨今、まん福ホールディングスには、湘南茅ヶ崎の老舗弁当屋「ちがさき濵田屋」を展開する株式会社浜田屋もグループインしており、寿司以外のカテゴリーでも魚の加工品を使う顧客接点を保有していることから、さらなるグループシナジーが考えられるとのことだ。 今後は、「エリア共和国」という概念のM&A戦略の推進を計画している。これは、買収した企業と同一エリアでシナジーを発揮できる中小食品企業をグループに迎え入れる「ロールアップ戦略」である。また、過去11社の全てのM&Aでは、オーナー社長は勇退され、まん福ホールディングスから社長を派遣していたが、顧問として伴走していただく伴走型の事業承継も強化していく方針とのことだ。 4.水産業の事業承継の今後について 前章で紹介した2社は、短期的な業績回復を図るだけでなく、中長期的な視点から会社の持続的な成長の実現を目指している。水産物への需要の高まりにしっかりと対応できる企業経営が実現できており、日本の水産業の構造的改革をリードする企業であると言える。そして、事業規模が小さく成長に時間がかかる企業や、成長のための経営資源が不足しているような企業などを含め、幅広い中堅・中小企業の受け皿になることができる。また、売却してキャピタルゲインを得ることが目的とした投資ファンドを事業承継先とする場合、中堅・中小企業のオーナー経営者の心理的ハードルは必ずしも低いわけではない。この点においても、前章で紹介した2社は、中期的な視点で持続的成長を目指すグループ一体経営を実践しており、中堅・中小企業のオーナー経営者の事業承継先として、魅力的に映る優位性を有していると考えられる。 さらに、マーケティングやブランディング、輸出、経営管理など、中堅企業・中小企業単体では、待遇面などからプロフェッショナル人材を採用することがなかなか難しい。そのような専門人材やノウハウを抱える持株会社にサポートしてもらえる(外注できる)点も大きな利点である。傘下のグループ企業は、そのノウハウを活用して、生産・製造・加工というコア・オペレーションに集中できる。なお、成長投資における金融機関の融資においても、中堅・中小食品企業が単体で申請する場合と、持株会社の傘下で申請する場合とでは、一般的に信用力は異なるであろう。 このように、1社で悩むのではなく、各領域のスペシャリストが強力なパートナーとなって事業をドライブしていくことができる点は、中堅・中小企業にとっては、とても心強い。前章で紹介した2社のように、大手食品企業でもなく投資ファンドでもない第三の事業承継先としてのオプションは、今後ますます普及し、日本の水産業全体の活性化に貢献すると推察される。 おわりに 経営者の平均引退年齢が70歳前後といわれる中、東京商工リサーチが2024年2月に発表した令和5年の「全国社長の年齢調査」によると、2023年時点で経営者の平均年齢は63.76歳に達している。そのため、2030年ごろには、およそ半数の経営者が平均引退年齢を迎える「大・事業承継時代」が到来することが予想される。 しかし、現時点で事業承継を考えている経営者は、全産業合計でも33%にとどまるなど、事業承継の準備は道半ばである[8]。もちろん、いざ、事業承継の準備を始めようとしても、経営者としては、顧問税理士や取引金融機関等のステークホルダーにですら相談しづらい。従って、水産業の事業承継で悩む中堅・中小食品会社オーナーにとって、前章で紹介したような事業者への需要は高まるものと考えられる。 一方で、「大・事業承継時代」が到来する場合、事業承継を希望する企業の絶対数は増えていく。事業承継先を見つけるためにも、「顧客が望むものを作る」というマーケットインの視点を持ちつつ、自社のコア商品・サービスを磨くことは必須である。 そのうえで、さらなる成長に向けた新市場開拓の姿勢も重要になる。潜在譲渡先各社が注目する海外輸出はその筆頭である。例えば、保有施設の欧米輸出向けHACCP認証の取得挑戦の他、水産資源の持続的利用に対する国際的な関心の高まりに対応するべく、資源管理や環境配慮への取組を証明するMSC(漁業向け)やASC(養殖業向)などの国際水準の水産エコラベル認証の取得挑戦などがある。その他、水産エコラベルの認証を取得した原材料を使用した商品開発やインバウンド消費向けにハラル認証を取得するなどが考えられる。事業承継時代に「選ばれる事業者になる」という視点は不可欠であろう。 ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会 [1] https://ourworldindata.org/grapher/fish-and-seafood-consumption-per-capita [2] https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/wpaper/R5/240611.html [3] https://www.stat.go.jp/data/jinsui/index.html [4] https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/e_kyouka_senryaku/h28_senryaku.html [5] https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/progress/attach/pdf/index-34.pdf [6] https://jfco.or.jp/?page_id=814 [7] Specialty store retailer of Private label Apparelの頭文字をとった用語で、日本語では「製造小売業」を指す。企画から生産、販売までの機能を垂直統合したビジネスモデルで、日本では、「UNIQLO」を運営するファーストリテイリング社が有名 [8] 中小企業庁「中小企業白書」(2023年)、中小企業庁「中小企業実態基本調査」(令和4年確報(令和3年度決算実績))
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08/11 12:00
【投資と税金】どうする相続?高齢の親と話し合う生前対策
友人や職場の同僚から親の介護や相続の話を聞いて、ふと「うちはどうだろう?」と考えることがあると思います。8月はお盆で帰省し、久しぶりに家族が集まる時期です。親の健康状態や生活の不安など身近な悩みを聞きながら、一緒に相続の生前対策を考えてみてはいかがでしょうか。生前に準備をはじめるメリットについて、大手町トラストの税理士に伺いました。 (注)画像はイメージです。 はじめに 人生100年時代と言われている昨今、高齢になったとはいえ元気な親を見ると子どもから相続の話を切り出すのは難しいと感じられている方も多いのではないでしょうか。しかし、生前に遺産相続の対策をすることで相続税対策や納税資金を準備し、相続を円滑に進めることができます。 相続の話を切り出すタイミングは、財産を残す親が心身ともに元気なうちに行うとよいでしょう。 親が認知症を発症し、判断能力がなくなると、契約の締結や贈与などの法律行為ができなくなり、財産管理の面でも支障が生じます。また、相続人に認知症の方がいる場合は、遺産分割協議を行うことができません。回避する方法もありますが、親が認知症になってから慌てないためにも早めに話し合われるとよいでしょう。 生前に相続対策をするメリット 生前に相続対策をすることで、親が万一の時にも円滑な遺産分割を行うことができます。 また、相続人の一人が認知症を患っている場合に遺産分割協議を行うことができないとならないように、親が遺言書を作成しておくことで財産の分割が可能となります。 相続税対策 【生前贈与】生前に子や孫等に財産を贈与して相続財産を減らすこと、将来値上がりする財産・収益を生む財産を早めに贈与することは、相続税の軽減対策として有効です。 【評価額対策】不動産や未上場会社の株式などについては、生前に対策することで評価額を低くすることが可能なケースがあります。例えば、更地の土地に賃貸建物を建て賃貸することで相続税評価額を下げることができます。 【生命保険の加入】親が契約者(保険料負担者)で被保険者も親の場合、相続人が受け取る死亡保険金には、一定金額まで非課税となる「生命保険の非課税枠」が設けられています。 500万円 × 法定相続人の数※ = 非課税限度額 ※①相続税の計算上法定相続人に含めることができる養子の数には以下の制限があります。ただし、民法上の特別養子や配偶者の連れ子を養子とした場合は実子として扱われ、養子の数の制限を受けません。 ・被相続人に実子がいる場合―1人まで ・被相続人に実子がいない場合―2人まで②相続放棄をした人がいたとしても、その放棄がなかったものとした場合の法定相続人の数です。例えば、法定相続人3人のうち1人が相続放棄をしたとしても、相続税の計算においては、法定相続人は3人として 取扱います。また、法定相続人の数には代襲相続人の数も含まれます。 死亡保険金は受取人が単独で請求できますので、相続税の納税財源としても有効です。 納税資金対策-相続税の申告・納税期限 相続税は、金銭一括納付が原則です。相続税の納税は、申告期限と同様に相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に行わなければなりません。生前に所有資産を把握し、相続の際に相続税がいくらぐらいかかるのか確認しておけば、納税資金を確保しておくこともできます。 また、財産のほとんどが不動産の場合、すぐに売却することが難しいため、不要な不動産はあらかじめ処分するなどしておくとよいでしょう。 遺産分割対策-トラブルにならないために 相続対策の話をする場合は、相続人間で情報を共有することが大切です。特に気をつけたいのは子どもが複数人いて、親が同居している子どもとだけ相続の話を進めていると、子ども同士の間で知らないことが生じ、後々トラブルに発展する場合があります。 【分割しやすい財産に変えておく】相続人が複数いて不動産など分割が困難な財産がある場合、不要な不動産を売却して現金で相続するようにするなど、相続人の個々の事情などを総合的に考慮して、財産を将来分けやすい状態にしておくとよいでしょう。 【分割方法を決めておく】争族にならないために親の介護をした子どもに配慮した分割方法を決めておくなど、誰に何を残すかを遺言書に認めておくとよいでしょう。 また、分割方法を考慮する際に不動産を多く取得することが見込まれる相続人は、将来相続人自身の金融資産で相続税を納税できないことも考えられます。どのように納税するのかについてあらかじめ目途をつけておくことが大切です。 認知症になる前に 認知症を発症し、判断能力が低下すると家族信託や生命保険の契約、贈与などの法律行為ができなくなります。軽度の認知症であれば医師の診断の下で生前贈与が可能になる場合もありますが、成年被後見人になると生前贈与はできません。 また、認知症発症後に遺言書を作成する場合は、医師の診断等で意思能力があったことを示す資料がないと遺言書が無効と判断される場合があります。 生前対策で話し合うこと 生前対策を検討するにあたり、現在の財産状況の整理・親のこれからの生活や介護の希望など、検討課題は多岐にわたります。遺言書と違い法的効力は持ちませんがエンディングノートなどを使って、情報を整理していくという方法もあります。 財産の把握 「財産目録」を作成することで、相続対策や生前贈与などの計画に活用することができます。目録にはプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も明記する必要があります。 目録を作成して財産が基礎控除額を上回ることがわかった場合は、生前贈与を早めに行うことで対策をすることが可能になります。また、デジタル財産など、本人しか把握していない財産について、家族に共有することもできます。 遺言書を作成する 遺産分割を円滑に行うために遺言書を作成しておくことは有効な手段です。遺言者の意思に従った遺産分割をすることができます。 遺言書を作成する際は、全財産をリストアップするだけでなく、遺言者が今後生活していく費用、相続人の取得財産のバランス、相続税の納税などの検討が必要です。 遺言書を作成しておくことで、残された配偶者が認知症を患わっていた場合、遺言で相続させる内容を決めておけば遺産分割協議をせずに不動産や預貯金について相続手続きをすることができます。 信託を利用する 例えば、所有する賃貸マンション等を信託財産として、委託者を親、受託者を息子、受益者を親とする家族間での信託契約を締結することで、財産管理が可能となります。この場合、民法上の信託財産の所有者は、息子(受託者)となり、信託財産にかかる契約は息子が行うことができます。なお、税務上の所有者は、親のままとなるため、信託の効力発生時には贈与税はかかりません。 親の判断能力が低下する前に、本人の意思を反映できるように財産の管理・処分方法を盛り込んだ信託契約を締結することで、その信託財産の管理について、本人の意思を反映することが可能です。また、受託者に対しての報酬についても、あらかじめ契約書に定めておくことができます。 まとめ お盆や年末年始、法要など推定相続人全員が集まる機会で話を切り出すのは有効ですが、まずは、日頃からのコミュニケーションが大切です。 生前対策の話をする際は一方的に財産の話をするのではなく、親が入院した場合にどんな治療を望むのか、自宅を将来どうしたいのか、これからの人生をどのように過ごしていきたいか、子どもが親の思いを受け取るチャンスととらえて話し合われるとよいでしょう 。 この資料は情報提供を唯一の目的としたもので、投資勧誘を目的として作成したものではありません。この資料は信頼できると考えられる情報に基づいて作成しておりますが、野村證券は、その正確性および完全性に関して責任を負うものではありません。この情報は、ご覧いただいたお客様限りでご利用いただくようお願いいたします。詳しくは、所轄税務署または顧問税理士等にご確認ください。 ご投資にあたっての注意点
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08/11 09:00
【テーマ銘柄】新設相次ぐデータセンター、関連企業へ業績拡大が波及
※画像はイメージです。 旺盛なAI需要によりデータセンター新設が相次ぐ データセンター(以下DC)とは、大型のデータサーバーや通信装置を大量に設置し、データを処理・保存する専用施設です。近年、クラウドサービスの普及や旺盛なAI需要などにより、DCの重要度は更に増しています。足元ではGAFAMを中心とした海外大手インターネット企業や、国内通信大手企業が相次いで日本国内のDCへの新設や投資を発表しています。 日本にDCを置く利点 DCの稼働には非常に多くの電力が局地的に必要です。日本は関西を中心に原子力発電所を用いた安定的な電力供給が可能であり、これを理由に多くの米国大手IT企業が日本のDCへの投資を活発化させています。また、海外と通信を行う際には、そのほとんどが海底ケーブルを通じて行われます。日本にDCを置くことで、アジア諸国に海底ケーブルを敷設するための経由地点としても有利になります。加えて、経済安全保障の観点から、データを国外に持ち出すことに対して厳しい制限をかける機運が高まっています。これらを背景として、2024年6月末時点で米国大手IT企業が発表した日本国内のDCへの投資額は総額で約4兆円となり、今後も拡大していくことが予想されます。 ※(アプリでご覧の方)2本の指で画面に触れながら広げていくと、画面が拡大表示されます。 (注) 全てを網羅しているわけではない。赤字で示した金額は概算の設備投資額。HDはホールディングスの略。APLは米不動産投資・開発のアジア・パシフィック・ランドグループの略。Asa合同会社はGoogleの関連企業と報じられている。(出所)各種資料より野村證券投資情報部作成 DC構築には多くの企業が関わる DCの構築には、サーバーに用いられるGPUや、GPUの高熱な排気からDC内を低温に保つための空調・冷却設備、大量に使用される電力を効率的に使用するための変圧器、停電に備えた自家発電設備やUPS(無停電電源装置)、DC内やDC間のネットワークを構築するための光ファイバーやそれを施工するための電気・通信工事事業など、関連する部材や事業者は多岐に渡ります。日本国内のDCへの投資拡大は、関連企業の業績拡大につながると期待されます。 (注)全てを網羅しているわけではない。図はイメージ。(出所)各種資料より野村證券投資情報部作成 ご参考:国内データセンター関連銘柄の一例 ■サーバー ニデック(6594)サーバー用半導体の水冷式装置を手掛ける。エヌビディア(A2369/NVDA US)GPUのトップメーカーで、AI用半導体で世界トップシェアを誇る。 ■ネットワーク構築 古河電気工業(5801)海底ケーブルの遮蔽材に使用される高純度の無酸素銅で世界首位級のシェアを誇る。住友電気工業(5802)DC向けの超多心光ケーブルにおいて世界トップレベルの開発力を有する。フジクラ(5803)光ファイバー同士をつなぐ光ファイバー融着接続機において、世界トップシェアを誇る。日本電気(6701)海底ケーブルの製造や敷設を行い、世界シェア首位級を誇る。 ■ファシリティーその他 きんでん(1944)DC内の屋内線工事でトップシェアを誇り、配電設備の建設・改修も手掛ける。高砂熱学工業(1969)大量に電力を消費するDCにおいて、省エネ空調システムに強みを持つ。日立製作所(6501)送電・配電設備事業で世界トップシェアを誇り、DC内に配置する非常用発電装置なども手掛ける。富士電機(6504)DC向けの自家発電用発電機、UPS(無停電電源装置)などを手掛ける。三菱重工業(7011)原子力発電システムやガスタービンなどのエネルギー事業を手掛ける。武蔵精密工業(7220)非常用電源に使用する蓄電装置を手掛ける。関西電力(9503)稼働中の原子力発電所を複数有し、安定した電力供給が可能である。 (注1)全てを網羅しているわけではない。(注2)外国株式のコードは、野村コード/ブルームバーグコード。(出所)各種資料より野村證券投資情報部作成 (野村證券投資情報部 清水 奎花) ご投資にあたっての注意点
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08/10 19:00
【来週の米国株】「リセッション」の実現度をマクロ⇔ミクロで測る1週間(8/10)
※執筆時点 日本時間9日(金)12:00 今週:週初に急落したが持ち直し ※8月2日(金)-8月8日(木)4営業日の騰落 米国株は下落後に回復 今週の株式市場では、日経平均株価の急落が世界的な話題となりました。一方で、米国株も週前半に大幅下落しました。背景には2つの理由があると考えられます。 背景①米リセッション懸念 サーム・ルール抵触 米国株式市場の下落要因としてまず挙げられるのは、米国のリセッション(景気後退)への懸念です。米労働省が2日(金)に発表した米雇用統計が市場予想よりも弱く、特に失業率が4.3%と前月の4.1%から上昇し、2021年10月以来の高さとなりました。その結果、「サーム・ルール」(直近の3ヶ月平均失業率が過去12ヶ月間の最低水準を0.5%ポイント以上上回ると景気後退局面に入るという経験則)が満たされました。景気後退に陥らずインフレを抑える「ソフトランディング」がメインシナリオとなっていた米国株式市場で「ハードランディング」への警戒が強まり株価は下落しました。 背景②円高の急速な進行 さらに今回特徴的だったのは、通常は米国株式市場には影響を及ぼさない急激な「円高ドル安」の動きが影響したことです。一時160円を超えていたドル円相場が、8月5日には一時141円台まで円高が進行しました。ドル円は2022年の利上げ開始以降、米金利と強く連動して上がってきました。先週31日(水)には、日本銀行が政策金利の0.25%への引き上げを決定し、同日にFRBがFOMC(米連邦公開市場委員会)で政策金利の据え置きを決定しました。日米金利差の縮小観測が強まることで生じた円高が円キャリー取引(低金利の円を調達して高金利のドルや上昇期待の高い米国株などで運用する取引)の巻き戻しを喚起し、円高と米国株の下落を更に助長する形となり、世界的なリスクオフに繋がりました。 小康状態となっている理由 週後半に米国株式市場は一旦落ち着きを取り戻しました。日銀の内田副総裁が「金融市場が不安定な状態で利上げは行わない」と発言したことなどで、円高圧力が後退するともに円キャリー取引の巻き戻し懸念が緩和されたものと見られます。8日(木)時点ではドル円市場は1ドル=147円台まで回復しました。 また、米国株主要3指数は前週末終値と近い水準まで戻しています。5日(月)に発表された7月のISMサービス業景況感指数は51.4(前月の48.8)と持ち直したうえ、8日(木)発表の週間新規失業保険件数が市場予想を下回ったことから、7月雇用統計が示したほどには米国の労働市場は悪化していないとの見方に繋がり、市場には安心感が広がっています。 来週:経済の強さを測る1週間 来週は、経済指標などのマクロと、決算発表などのミクロ、両面で経済の強さを測る1週間となりそうです。 来週の注目①経済の強さをみる指標 引き続き米国株下落の“震源”となった、米国のリセッション(景気後退)入りの警戒感が正当化されるかに注目が集まります。経済指標では、従来は7月CPI消費者物価指数(14日(水)発表)などインフレ統計が注目を集めましたが、今週は7月小売売上高(15日(木))など実際の経済活動を示すハードデータへの関心が高いと思われます。小売売上高では、業種別の売上動向をチェックし、米国個人消費の状況を把握していきたいと考えます。 来週の注目②経済の強さを見る決算発表 米国経済を考える上で、GDPの7割を占める消費の動向を確認できる大手小売企業の2024年5-7月期決算発表に、いつも以上に注目が集まりそうです。13日(火)にはホーム・デポ、15日(木)のウォルマートに注目が集まります。高まる局面といえそうです。13日(火)にはホーム・デポ、15日(木)のウォルマートに注目が集まります。 来週の注目③半導体株には徐々に注目度が高まる また、15日(木)には、半導体製造装置大手のアプライド・マテリアルズの5-7月期決算が発表されます。今週の日本の企業決算でも東京エレクトロンやKOKUSAI ELECTRICなど半導体製造装置大手がこれまで軟調だったメモリー向けの好調を示唆しました。 少し先となりますが、28日(水)にはエヌビディアの決算発表も控えており、市場全体が落ち着けば業種や個別銘柄へも関心が戻ってくると推察されます。 (編集:野村證券投資情報部 小野崎 通昭) ご投資にあたっての注意点 要約編集元アナリストレポートについて 野村オリジナル記事の配信スケジュール
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08/10 17:00
転換期の人工光型植物工場-② わが国における人工光型植物工場収支構造の変化 -
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニア・アドバイザー 伊地知 宏 (2024年8月6日) はじめに 前号(NOMURA フード&アグリビジネス・レビュー Vol.5 「転換期の人工光型植物工場 - ①わが国における人工光型植物工場の歴史 -」)では、わが国の人工光型植物工場の変遷をたどり、その進化を「開発期」(第一世代:1980年代~1990年代)、「スタートアップ勃興期」(第二世代:2000年代)、「他産業への普及期」(第三世代:2010年代)と定義し、第三世代の時期を、「市場拡大期」(2009~2013年)、「技術進化期」(2014~2020年)、「環境変化対応期」(2021年以降)と細分化した。 わが国の人工光型植物工場が、独立した事業として初めて黒字化を果たしたのは2013年頃と見られ、本格的に研究開発を始めた1980年代から30年以上の時間を要した。その後複数の事業者が黒字化を果たしたと推察されるが、大半の事業者は赤字が続き、黒字経営は一部の優良経営事業体に限られているのが現状である。 各時期を収支構造の切り口から俯瞰すると、それぞれの時期で特色があり、事業環境の変化や各事業者の生産性向上への挑戦の歴史が垣間見える。そこで本稿では、複数の事業者が黒字化を達成し始めた時期(2017年)、コスト削減と価格低下が併存した時期(2019年)、電気代(光熱費)をはじめとする諸コストが上昇した時期(2022年)を検証したうえで、現時点(2024年)の経営状況を示すことを目指した。 人工光型植物工場では、葉菜類をはじめとしてイチゴやエディブルフラワー(食用花)などに栽培品目が広がっているが、本稿ではリーフレタス(非結球レタス)を対象として分析を行った。「小売向け」と「加工用[1]」の用途別にモデルを作成し、設備費用として2017年時点で10億円の投資(建物3億円、建物以外設備7億円)を想定し、それぞれ試算した。2019年以降は資材価格上昇や自動化の進展を設備費用に織り込んだ。 2017年時点では、「小売向け」もしくは「加工用」に特化した事業者はほとんど見られなかったため、用途別(特に加工用レタス)に収支を算定するのが困難であったが、両用途を並行して事業化していた事業者の協力のもと、推定したのが2017年のデータである。2019年以降はターゲットを明確化する事業者が現れ始め、用途ごとに事業モデルが算定できるようになってきた。用途によって収支構造(ビジネスモデル)が明確に異なることは注目に値する。 なお、掲載したデータは、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部(以下F&ABC部)によるヒアリングや文献調査に基づいているが、個別事情を勘案して補正しているため、特定の事業者の事例を紹介しているものではない。あくまでモデルケースとしてご理解をいただきたい。 1.人工光型植物工場における小売向けレタス生産の収支状況[2]の推移 図表1に見られるように、2017年時点では、適切な事業運営を行うことにより、10%を超える営業利益率の獲得が可能であったことがわかる。 人工光型植物工場の黎明期は、小売向けで露地栽培の結球レタスに比べ割高感が見られたが、近年はその割高感が薄れ、スーパー向けを中心に着実にシェアを拡大している。 卸価格の推移を確認すると、2017年から2022年にかけて価格が下落した。製造コストの低下で価格の許容範囲が拡大したことや、一部の事業者の廉売などが影響したと考えられる。 卸価格の下落により、人工光型植物工場事業者の利益率は低下し、さらに2023年初にかけての電気料金などのコスト増加によってほとんどの事業者は赤字を余儀なくされた。 図表1 人工光型植物工場における小売向けレタス生産の収支モデル変遷 (注1)「1日収穫量(kg)」はトリミング(葉の除去)後。 (注2)建物31年、建物以外は一括して10年で償却(定額法)と仮定。 (注3)社会保険料等は「その他」にカウント。 (注4)パートは7時間勤務前提。「パート人件費」の「備考」欄の単位は「kg/h」。 (注5)施設は築4年目前提で固定資産税を試算。 (注6)操業日数は年間363日で試算。 (注7)正社員数、パート数は、実際の増減の反映だけでなく、施設を増設した場合は同一規模に補正している。(出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 図表2 人工光型植物工場における小売向けレタスkg当たりの費用 (出所)図表1のデータを基に野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 電気料金の上昇と近年の最低賃金の上昇により生産コストが上昇した結果、供給サイドの価格転嫁への要請が強まり、需要サイドもある程度それを許容する状況になっており、足元の卸価格は上昇に転じている。 2.人工光型植物工場における加工用レタス生産の収支状況の推移 加工用レタスにおいても2017年時点では10%を超える営業利益率の獲得が可能であった(図表3)。しかし、当時は加工用レタスの用途は、レストラン、ホテル、総菜向けが中心で、巨大マーケットであるコンビニ(及びベンダー)への供給は限定的であった。コンビニ関連への供給が拡大したのは卸単価が850円/kgを下回った頃が転換点と考えられる。供給サイドのコスト削減努力により卸価格の低減に成功し、2019年頃を境に、サンドイッチ等の用途に加えてカップサラダ等の商品開発を推し進めたコンビニ関連への納入が拡大した。 加工用レタスは、露地栽培レタスとの価格比較では、人工光型植物工場の生産コストが600円/kgが分岐点と言われていたが、「菌数の少なさによる日持ちの長さ」「虫の混入などのリスクの少なさ」「洗浄の手間の少なさ」などのメリットが、コンビニの製造品質要求の高さに対して評価され、800~850円/kgでも大きな需要が発生したと考えられる。 小売向けレタス同様、コスト削減による卸価格低減の後、2022年以降は小売向けと同様に急激に製造コストが上昇し収支が悪化したが、足元ではコスト上昇分の価格転嫁をコンビニなどの需要サイドも認容することにより、やや改善している。 図表3 人工光型植物工場における加工用レタス生産の収支モデル変遷 (注)各科目の仔細は図表1の(注1)~(注8)と同じ。 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 図表4 人工光型植物工場における加工用レタスkg当たり費用推移 (出所)図表3のデータを基に野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 3.各収入費用項目に関する考察 (1)販売単価 小売向けレタスの場合、品目(レタスの品種)によって単価(卸価格)の格差があり、製造原価も異なる。図表1では、販売単価(卸価格)を、2017年時点で1,400円/kgと算定しているが、高付加価値商品に重点を置き、1,500円/kgを達成していた事業者も存在した。 前述の通り、2022年にかけて価格が下落したものの、足元では持ち直しの動きを見せている。 加工用レタスは、生産者のコスト削減努力により一時製造コストが700円台/kgの事業者も現れ、卸価格が800円/kgで利益が出る事業者も示現した。足元で卸価格が上昇しているものの、需要サイドの立場では、日持ちの長さや加工の手間を考慮すると、結球レタスや人工光型植物工場以外の非結球レタスと比較して、人工光型植物工場産レタスの重要度が高まっていると考えられ、今後供給サイドが価格決定権で優位性を有する可能性は低くないように思われる。 (2)歩留り 本稿では、生産歩留り[3]95%、販売歩留り[4]を100%と想定した。かなり高水準と思われるが、実績として生産歩留り97~98%、販売歩留り100%を達成した事業者もあり、決して非現実的な数字ではない。 生産歩留りを高めるためには、栽培技術の確立が不可欠であり、特に生産物重量のバラツキや不良品率を最小化することが重要である。販売歩留りを高めるには強い営業力がポイントになるのは言うまでもない。 収支のポイントとして歩留りは極めて重要であり、収支への影響は非常に大きい。しかし、2024年時点では生産歩留りと販売歩留りを両方とも考慮して95%の歩留り達成で収支ギリギリというのが現実である。 (3)1株重量 小売向けレタスは1株80gを想定した。レタスに限らず農産物全般に当てはまることだが、斉一性の担保は容易ではない。小売向けの場合、規格として重量が定められているのが一般的であり、80gや100gのケースが多い。 それに対して、生産においては必ずある程度の重量のバラツキ(偏差)が発生し、出荷の規格が単一だと実質的な歩留り悪化の要因になる[5]。重量のバラツキを最小化することが重要になるが、納入先ごとに複数の重量の規格を交渉できれば、歩留り悪化を防止できる。小売向けの60g規格も最近増加しているが、バリエーションを増やすことで生産者の卸単価の条件を悪化させることなく、新たな市場開発にもつながっている。 加工用レタスは1株150gを前提とした。1株重量を大型化するほど、生産効率は高くなるが、チップバーン[6]等のリスクが増加することが課題であった。その課題に対して、チップバーンが出にくい品種の採用や、栽培ノウハウの蓄積により近年は一層の大株化が進んでおり、1株200g以上での生産を行っている事業者も見られる。 製品重量80gのレタスの場合には、概ね播種から移植まで18日、移植から収穫まで14~15日を要し、製品重量150gのレタスの場合には、概ね播種から移植まで18日、移植から収穫まで22日程度の日数を要する。面積効率を考慮する場合、移植から収穫までの日数が対象になるが、150gのレタスの場合、移植から14日後までに比べて14日後から22日後までの成長速度は速く、80g重量のレタスに比べて150g重量のレタスの方が生産効率は高い。同様の理由で大株化するほど生産効率が高いと考えられ一層の大株化を目指す方向性も見られる。 しかし、1株重量が大きくなるほど生産効率が級数的に向上するかは明確ではなく、ある重量を超えると栽培日数の増加に対して重量の増加率が鈍化するとも言われている。1株重量の目標が大きくなるほど1株当たり必要な栽培スペースが大きくなるため面積生産性(体積生産性)が低下する可能性もあり、目標重量の設定の最適化に明確な指針が示されていない。工場ごとの環境によって最適重量に差異が生じる可能性も否めない。目標重量の設定は、現時点での重要なテーマの一つである。 (4)設備費用 近年の建築資材の上昇と自動化等の進展が設備費用を上昇させている。 特に人件費の上昇傾向が続くことが予想されるため、自動化への関心が高まっており、機械メーカーがしのぎを削り始めている。 設備費用が上昇傾向にある一方で、スペーシングの工夫などによる面積効率の向上や、簡易で低コストの施設開発の動きも見られる。低コスト施設は、気密性や環境制御に関して未知数の部分はあるが、コスト低下へのソリューションの一つとして注目される。 また、既存の事業者が営業継続を断念し、無償もしくは廉価で施設を譲渡する事例が散見され始めている。収支状況が厳しい現況下では、今後も事業譲渡やM&Aが増加する可能性がある。譲受側はリノベーション費用を要するものの、新設に比べると低コストでの施設取得の可能性があり、動向が注目される。 (5)減価償却費 人工光型植物工場の減価償却については、対象となる償却資産には事例の乏しい部材も多く、比較的自由度が高いと推察される。 建物部分は、31年もしくは38年で償却している事例が多い[7]。建物以外は部材ごとに耐用年数を判断するが、事業者によって対応は異なっている。 償却年数の設定次第で収支(費用)は大きく異なるので、プラントメーカーの試算や事業計画の確認などにおいて留意が必要である。 一例を挙げると、LEDの場合、法定耐用年数は15年[8]と理解されるが、経済耐用年数は8~10年程度と考えられ、15年よりも短い期間で償却している事例も見られる。償却年数を経済耐用年数よりも長く設定した場合、当初の減価償却額は低くなる一方で、償却年数よりも短い期間で更新した場合には除却損が発生する可能性が生じる。 (6)人件費 2022年頃までは最低賃金がパート時間給の目安となっていたが、2024年時点では(地域によって格差は見られるものの)上振れが見られる。2024年7月時点では、パートの平均時間給が1,100円を超える地域も出始めている。地域によっては平均時間給が1,000円程度に収まっている事例もあるようだが、2024年度の最低賃金の上げ幅は過去最大となり[9]、今後時間給の上昇は続く可能性が高い。 また、表面的な時間給だけでなく、社会保険料対象者の増加、パートへの賞与の付与など、間接的な人件費上昇を考慮することも必要になってきている。 図表5 最低賃金の推移(全国加重平均) (出所)独立行政法人労働政策研究・研修機構、中央最低賃金審議会より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 一方で、自動化を含めて労働生産性を高める取り組みが継続されており、優良事業者の中にはパート時間給の上昇を生産性向上で吸収することに成功しているケースも見られる。 正社員人件費は、2017年時点では事業の歴史が浅い事業者が多く、一人当たり平均年収が300~450万円程度で収まるケースが多かったが、今後は相応の賃金上昇に備える必要があるだろう。 (7)光熱費(主に電気料金) 2021年までは、15円/kwh前後の電気料金[10]で安定していたが、2022年から2023年初にかけて急上昇した。燃料価格の高騰による燃料費調整額の上昇が主因である(図表6)[11]。燃料費調整額のピーク時は、月単位の電気代が30円/kWhに達した事例も仄聞され、人工光型植物工場事業者にとって最大の経営悪化要因となった。ただ、電気料金のピークは長くは続かなかったため、年度単位での最高値は2022年から2023年にかけて25円/kWh程度と考えられる。電気料金の高騰により、2022年度は、小売向け事業者及び加工用事業v者ともほとんど黒字は出ていないと推察される。 2024年時点では価格は落ち着いており、20円/kWh前後で推移している。2022年以前は、新電力会社[12]を利用することにより、10円台前半/kWhでの調達を可能にした事業者も見られたが、2022年以降の電気料金高騰時に、価格上昇に加えて供給の安定性に課題があることが表面化し、下火になった。 このように短期的には電気料金の変動が激しかったが、長期的にみるとエネルギー効率は高まっている。総費用に占める光熱費の比率は、「市場拡大期」(2009~2013年)頃までは約25~30%と試算されていたが、2013年頃を端緒に蛍光灯からLEDへの切り換えが進み、照明コストと空調コストが低下したため、2017年時点で優良事業者の費用に占める光熱費の比率は20%を切り、足元ではさらにエネルギー効率が高まっている。 (図表6)燃料費調整単価の推移(高圧:全国10電力会社[13]平均) (出所)一般社団法人エネルギー情報センター(EIC)「新電力ネット」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 空調コストに関しては、(事業者によって差異があり一概には言えないが)照明コスト以上にコスト削減が進展している可能性がある。空調コストが高い事業者の場合、光熱費に占める空調コストの比率は40%に達する場合がある(照明コスト50%、その他10%)。一方で、空調コスト比率を20%程度に抑えている事例も見られる(照明コスト75%、その他5%)[14]。照明効率の向上や空調コストの低減などの技術向上により、電気エネルギー量生産性が向上していることがうかがえる。 本稿では補助金は考慮していないが、F補助金(原子力発電施設等周辺地域企業立地支援事業)[15]の交付を受けている事業者も相当数見られる。 (8)水道費 日産1t程度の人工光型植物工場の場合、水道費は年間200万円弱と推定されるので、図表1、図表3ともに200万円と想定した。 (9)CO2費 CO2施用により光合成が促進される。CO2濃度は高ければ高いほど光合成促進効果は高い。栽培室の濃度は1,000ppm前後[16](外気は約400ppm)に保つのが一般的である。 CO2費の総費用に占める割合はそれほど大きくはないが、調達コストは地域や事業者によって格差が見られる。調達単価は5円/kgから12円/kgまでの幅が見られる[17]。 また、小売向けレタスに比べて加工用レタスは大株化して効率を高めるため、加工用レタス栽培の方が、相対的にCO2投入量が増大する傾向にある。 (10)物流費 事業者によって格差が大きい項目である。 2017年時点では、150~200円/kgの物流コストを要する事業者が見られた一方で、100円/kg未満の事業者も散見されたが、近年では最低水準が130円/kg程度に切り上がっていると推察される。 したがって、最近は最低ラインが上昇して優劣の差が縮まっている。とは言え、低コストの事業者と高コストの事業者の格差は他の項目に比べて依然として大きく、対処の重要性はいささかも低下していない。 物流費への意識が高い事業者は、混載便の活用、販売先の地域絞り込みなど様々な工夫で物流コストを抑制している。 物流をキーワードに考えた場合、工場建設地の戦略的選定も課題になってくる。従来は、補助金の獲得可能性や消費地との近接性などが建設地選定のインセンティブになることが多かったが、物流を考慮した立地戦略も重要度を増すと思われる。 2024年問題への対応は重要課題だが、人工光型植物工場事業者が十分な準備ができているかは、やや不安がある。物流業界との連携強化は業界としての課題であろう。 (11)材料費 材料費の構成要因としては、出荷資材(段ボール、包装フィルム等)、生産資材(種子、肥料等)等に分類できるが、本稿では種子のみ別計算にした。 個包装が必要なため小売向けの方が加工用に比べコストが高くなる。足元では、小売向けは出荷量に対して90円/kg、加工用は60円/kg程度のコストとなっているようである。 (12)種苗費 種子の進化が注目されている。2017年時点では1円程度の安価な種子を使用する事業者も見られたが、高品質の種子開発が進み始め、高価格帯の種子が注目され始めている。 中でも近年ではRIJK ZWAAN(ライク・ズワーン)[18]をはじめとするオランダの種苗メーカーが攻勢を強めている。通常の種子が1.5~2円に対し、3円程度の価格だが、生育の速度が速いため、導入する事業者が増加している。 また、千葉大学発ベンチャーの㈱リーフ・ラボが開発したオーダーメイド種子も実用化が始まっている。チップバーン耐性が強い品種やCO2の光合成促進効果が高い品種などが有効であり、一方で病害虫への耐性が弱くてもデメリットになりにくい。そのような特性を踏まえて有効な種子の開発余地は大きいと考えられる。また、個別の工場ごとに適合する品種開発も具現化されつつある。種子開発の進歩が人工光型植物工場の今後の生産性向上に寄与する期待は大きい。 (13)支払地代、固定資産税 支払地代や固定資産税については、コスト削減の工夫は図りにくい。 農地法の改正により農地にも人工光型植物工場の建設が可能になったが、それほど実例を耳にしない。農地を活用することで固定資産税の観点からは優位性があるものの、インフラの整備などが制約となっている可能性が考えられる。 (14)その他 「その他」にカウントされる科目としては、「社会保険料」「保険料」「販売経費」「修繕費」「産廃処理費」「環境衛生費」「消耗品費」「通信費」「雑費」などが考えられる。事業者ごとに業務内容、会計基準や仕訳方法が異なるので一概には言えないが、経験則では概ね売上の10%前後の事業者が多いと見られる。 なお、「支払利息」について本稿では言及しなかった。ゼロ金利時代は支払利息が経営に与える影響は限定的であったことが理由である。しかし、今後は金利上昇の可能性が高く、相応の利払い負担が発生する可能性があり、将来的には考慮する必要があるだろう。 4.生産性指標と収支 人工光型植物工場の生産性指標として、NPO法人植物工場研究会が調査を行っている(図表7)。 本稿では、図表1と図表3の2つのモデルと、図表7の「電気エネルギー」と「作業時間」の生産性指標を基にして、生産性を論じたい[19]。 図表7 人工光型植物工場の資源別生産性 (出所)「人工光型植物工場に関する生産性指標の種類、定義、計算式及び注釈」(古在豊樹、浦勇和也、甲斐剛、林絵理 「農業および園芸」 第94巻第8号(2019年))より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 図表7は生産物の用途を特定していないが、同じ非結球レタスでも小売向けと加工用で収支構造が異なることは図表1と図表3で示した通りである。小売向けは相応のコストをかけて高付加価値の商品を製造し、加工用は低コストで安価な商品を供給することを目指す方向性である。 当然、小売向けに比べて加工用は生産性を高めることが必要となる。 実際に、図表1のモデルで小売向けのデータを読み解くと、電気エネルギー量生産性は、2017年0.07kg/kWh、2019年0.085kg/kWh、2022年0.11kg/kWh、2024年(予想)0.11kg/kWhとなっている。作業時間生産性は、2017年4.34kg/h、2019年4.72kg/h、2022年5.71kg/h、2024年(予想)5.71kg/hとなっている。図表7では、作業時間生産性の下限が7.7kg/hとなっているが、小売向けレタスの場合はレンジを低く設定するのが妥当だろう。 図表3のモデルで加工用のデータを読み解くと、電気エネルギー量生産性は、2017年0.1kg/kWh、2019年0.12kg/kWh、2022年0.13kg/kWh、2024年(予想)0.14kg/kWhとなっている。作業時間生産性は、2017年7.76kg/h、2019年8.57kg/h、2022年9.58kg/h、2024年(予想)9.58kg/hとなっている。 上記データから小売向けレタスと加工用レタスそれぞれの資源量生産性の範囲を示すと、小売向けレタスは優良事業者の現状の電気エネルギー量生産性が0.1~0.11kg/kWhで、0.12~0.13kg/kWhが目標、現状の作業時間生産性が5~6kg/hで、6~6.5kg/hが目標。加工用レタスは優良事業者の現状の電気エネルギー量生産性が0.11~0.14kg/kWhで、0.15~0.16kWhが目標、現状の作業時間生産性が8~10kg/hで、10~11kg/hくらいが当面の目標と考えられる。ただ、電気エネルギー量生産性・作業時間生産性とも一層の収益性向上の余地を有している。 結び 弊社(野村證券㈱F&ABC部)では、人工光型植物工場の経営状態について相談を受けることがあるが、自社の経営状況に対するベンチマークを把握していないケースも見られる。健康診断に例えると、健康状態が良好ではないことは承知しているが、どの数値がどの程度問題なのかが認識できておらず、対症法が判明しない状況である。経営改善として、闇雲に売上を伸ばそうとしても収支状況が改善しないこともありうる。 本稿では、収支の各項目を因数分解することにより、既存の事業者には経営改善のヒントを、新規参入を検討される事業者にはベンチマークを提供することで、有効なビジネスモデル構築に資することを目的としている。 人工光型植物工場が2013年頃まで黒字化が困難だったのは、現在に比べて生産性が低く、コストと販売単価が高かったため、露地栽培レタスに対して競争優位に立てなかったことが原因であった。競争力が向上した要因は、栽培技術の進歩による生産歩留りの向上に始まり、LEDへの転換や栽培スペースの気密性の高い施設導入によるエネルギー生産性の向上などによりコスト削減に奏功し、日持ちの長さなどのメリットも相まって露地栽培レタスとの競争力が高まったことである。 本稿での検証により、人工光型植物工場業界において、以下のような傾向が推察される。2017年頃、優良経営体は将来への投資を行いながら、10%を超える営業利益率を達成することが可能であった。2019年頃は、単価下落で収支(利益率)が悪化しながらも業界全体の市場は拡大した。2020年以降想定外のコスト上昇に見舞われ、優良経営体でも黒字化が困難になり、その後の値上げ要請で最優良経営体がようやく黒字回復している状態と考えられる。 しかしながら、コスト上昇分を価格転嫁できているかと言えば、全く不十分な状況である。前号でも言及したように、レタスの露地栽培の作付面積は2018年から2022年にかけて1割近く減少しており、価格転嫁が不十分なままでは人口減少による需要の減少以上に供給力の低下が懸念される。 需要サイドからは、依然として露地栽培レタスと人工光型植物工場産レタスの価格競争を誘引するような駆け引きを耳にすることがある。もちろん、プロダクトアウトの発想で、供給サイドの都合を強要するのは筋違いだが、需要サイドが価格決定権を有し、露地栽培、(人工光型植物工場を含む)施設栽培ともに利益が出ない価格設定が続けば、生産基盤の弱体化は免れない。 設備メーカーは資材価格の上昇を転嫁するだけでなく、メーカーサイドのコスト削減努力や人件費削減に寄与するスペックの充実を推し進め、コストパフォーマンス向上により生産者の負担増以上の効果を目指すべきである。 コンビニ等の需要が拡大することは人工光型植物工場事業にとってメリットが大きい一方で、マーケットが大きいがゆえに、需要サイドの事前計画と実際の発注に差異が生じた場合の影響も甚大となる。そのしわ寄せが供給サイドに及んで結果的に経営を圧迫しているという嘆きを耳にすることもある。需要サイドと供給サイドがWin-Winの関係を構築できなければ、双方にデメリットが生じることは想像に難くない。供給サイドの供給力が減少し、結果的に消費者に負担がかかる可能性も否定できない。 「持続可能な食料生産のための適正価格」が行政サイドの目標として重視され始めており、人工光型植物工場業界も例外ではない。人工光型植物工場産野菜の需要サイドには「持続可能な食料生産のための適正価格」への配慮を高めることを要望し、供給サイドには過度の廉売を控えることや、一段のコスト削減の工夫を望みたい。 人工光型植物工場の場合、(生産物の)需要サイド、供給サイド、設備メーカー、電気をはじめとしたエネルギー供給機関など多様な関係者が関与する。往々にして供給サイドがリスクを負担するケースが多いと考えられるが、「持続可能な食料生産」のためには、すべての関係者が他人事ではなく「わがこと」として問題意識を持つべきであろう。関係者がすべてWin-Winの関係を構築することが肝要で、誰かの犠牲の上に成り立つシステムには持続性はない。もちろん、人工光型植物工場に限らず、すべての食料生産に対して当てはまることである。 本レビューの次号で言及する予定であるが、人工光型植物工場において、新分野の開拓や一層のコスト削減の可能性は十分にあり、業界としての発展余地は大きい。様々な分野でこれまで起こってきた技術開発も、黎明期には想像もつかなかった進化が起こり、産業として確固たる地位の確立につながった。人工光型植物工場の将来の可能性についても例外ではない。 ■関連記事 転換期の人工光型植物工場 - ①わが国における人工光型植物工場の歴史 - ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会 [1] 加工用(業務用)レタスの用途はレストラン・ホテル・テーマパーク向け、中食向け、スーパー・百貨店・ベーカリーなどの総菜向け、コンビニ及びベンダー向けなどが挙げられる。 [2] 財務会計、管理会計とも「製造原価」と「販管費」に区分することが一般的だが、本稿の場合、製造原価を把握することが目的ではないので、より簡潔に状況把握ができるよう、区分を行わずに一括りにしている。 [3] 生産歩留りは、播種数に対する可販株数の比率(百分率)。 [4] 販売歩留りは、可販株数に対する販売株数の比率(百分率)。 [5] 仮に80gパッケージ一択ならば、100gの株はトリミングして20g減少(実質歩留り80%)、60gの株は2株を使用して1パック化する対応となる(実質歩留り67%)。 [6] カルシウム欠乏に起因する生理障害で、葉の一部分(数ミリ)が褐色になり枯死する現象。収穫後に枯死部分を人手でトリミングする必要がある。レタスの場合、大株化するほどチップバーンの発生リスクが高まる。 [7] 鉄骨鉄筋コンクリート・鉄筋コンクリート工場用(償却期間38年)、金属造(4mm超)工場用(償却期間31年)、金属造(3mm超4mm以下)工場用(償却期間24年)などが該当すると考えられる。 [8] 電気設備(照明設備を含む)のうち蓄電池電源設備以外の場合。 [9] 2024年7月25日に開催された厚生労働省の中央最低賃金審議会で、2024年度の最低賃金の全国平均を現行より50円引き上げて1,054円とする目安額が示された。 [10] 高圧契約の標準的な人工光型植物工場事業者を想定している。地域によって料金の状況は異なる。 [11] 燃料費調整額は、貿易統計における原油価格や液化天然ガス価格などから算出される。その時々の平均燃料価格により毎月変動する調整額(東京電力エナジーパートナー㈱より)。 [12] 旧一般電気事業者(全国10電力会社)以外の、新電力を販売する企業を指す。2016年4月1日以降、電気の小売業への参入の全面自由化に伴い大きく増加した。 [13] 北海道電力㈱、東北電力㈱、東京電力㈱、中部電力㈱、北陸電力㈱、関西電力㈱、中国電力㈱、四国電力㈱、九州電力㈱、沖縄電力㈱。 [14] 古在(2021年)。 [15] 申請時期、種類、雇用人数等によって異なるが、電力料金の40~75%を概ね8年にわたって補助する。 [16] 栽培室の無人化が可能になれば、2,000ppm(あるいはそれ以上)のCO2施用が可能と考えられる。 [17] 高圧タンクを施設に隣接し、タンクローリーを使って調達することにより10円/kg前後の調達コストを実現している。高圧ボンベで調達した場合は100円/kg程度の負担になる。 [18] 世界30ヵ国以上で事業展開。果物・野菜品種を対象に25品目、1,500以上の品種の種子を確保している(RIJK ZWAAN HPより)。日本国内では高田種苗㈱が総代理店。 [19] 図表7の「電気エネルギー量」は栽培関連施設を対象とし、事務所等の栽培非関連施設は含まないことを前提としているが、図表1と図表3の「光熱費」は栽培非関連施設も含んでいるので誤差が生じる。ただし、事業者へのヒアリングによると、栽培非関連施設の光熱費は栽培関連施設の光熱費の1割に満たない。
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08/10 12:00
【特集】急激な円高・ドル安をもたらした3つの波 野村證券ストラテジストが解説
円高ドル安を促した3つの波 2024年半ば以降も米ドル円相場では円安基調が続き、7月11日には一時161円台まで円安ドル高が進行しました。その後は一転して円高基調へ転じ、8月5日の取引時間中には141円台を付けるなど、およそ1ヶ月の間に20円近く円高になりました。円高ドル安を促した要因の第1波は7月11、12日に実施されたと目される本邦通貨当局による円買いドル売り介入です。続く第2波は7月会合に向けた日銀の利上げ観測と7月会合を経て高まった日米金利差の縮小観測、第3波に米国の景気後退懸念を背景とした世界的な株安を挙げることができます。 ドル円急落の背景に投機資金のポジション調整 日銀は7月30-31日に開催した金融政策決定会合で、市場コンセンサスに反して利上げを決定、植田総裁は「引き続き金利を上げていく」と発言するなど、タカ派(利上げに積極的)な姿勢を示しました。 一方、FRB(米連邦準備理事会)は同日のFOMC(米連邦公開市場委員会)で予想通り政策金利を据え置きました。パウエルFRB議長は会合後の記者会見で「早ければ9月に利下げが可能になる」と発言しましたが、その後に公表された主要な経済指標が市場予想を下振れたことを受けて、市場では米国の景気後退懸念が台頭、ハイテク関連企業の業績への失望も相まって主要株価指数が大きく下落しました。 結果、米ドル円相場は7月11日に付けた161円台から8月5日の141円台まで、わずか1ヶ月余りの間に20円も円高が進行する事態となりました。 短期間の間に円急騰をもたらした資本フローとして、第1に投機筋による円売りドル買いポジション(建玉)の巻き戻しが挙げられます。投機筋の通貨に対する投資ポジションを示すシカゴ通貨先物市場のドル円投資ポジションを見ると、2024年7月2日は約2.4兆円と1999年以降では最大規模に積み上がっていた円売りポジションが、7月30日時点には約9,700億円まで取り崩されています。日米金利差を背景に積み上げられた円売りポジションの解消過程で生じた強力な円買いがドル円相場の下落につながったと見受けられます。 円キャリートレードの巻き戻しも円高に寄与 第2に円キャリートレードが挙げられます。円キャリートレードは、主に機関投資家やヘッジファンドなどが低金利の円を調達して、相対的に金利の高い通貨で運用する取引を指します。外国銀行の在日支店から海外本店への貸付額と米ドル円相場の関係を見ると、両者の間には比較的高い正の相関関係があることが確認できます。 円で調達された資金は、通常、米国債などで運用されていると想定されています。しかし、近年では好調であった米国株にも相当程度の資金が振り向けられていたと見られます。このため、米国株の下落が円高につながり易い状態にあったと想定されます。 日米金利差の縮小ペースに注目 投機筋による通貨先物ポジションにせよ、円キャリートレードにせよ、いずれも基本的には日米金利差に依拠した投資ポジションであることから、ポジション調整一巡後は再び日米金利差の行方を念頭に投資ポジションが形成されることが予想されます。 野村證券では7月の金融政策決定会合を受けて日米の金融政策見通しを変更しました。パウエルFRB議長が9月FOMCでの利下げ実施を示唆した背景には、インフレ高止まりリスク以上に、労働市場の冷え込みを背景とした景気悪化懸念があると見受けられます。この点を踏まえて野村證券では、24年中の米国の利下げ見通しを2回(9月、12月)から3回(11月を追加)へ変更しました。 日本銀行は7月の決定会合で利上げを実施し、植田総裁は過度の金融緩和策の是正に積極的な姿勢を示しました。日銀の金融政策に関して野村證券では、従来の据え置き見通しから、24年中に1回(12月会合を有力視)、25年中に2回(4月、7月)の利上げへと変更しました。 野村證券では、短期的には一段の円高リスクが残ると判断し、24年9月末のドル円見通しを143円へ下方修正しました(前回は150円)。ただし、米国経済後退局面入りと断定するのは時期尚早であり、24年10-12月期にはトランプ氏勝利を織り込んだドル高圧力再燃の可能性も残るため、現段階では24年12月末の予想は148円で据え置きました。 (野村證券投資情報部 尾畑 秀一) ご投資にあたっての注意点
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08/10 07:30
【特集】令和のブラックマンデー、全治半年の見込み
※画像はイメージです。 2024年前半の日本株市場は、日経平均株価とTOPIX(東証株価指数)がそろって34年ぶりに史上最高値を更新するなど順風満帆の相場展開を見せていましたが、年後半に入って暗転しています。日銀のタカ派(利上げに積極的)化懸念と米国の景気下振れリスクに加え、それらに伴う円高加速への警戒感が市場で強まった結果、8月に入って歴史的な急落に見舞われました。 日経平均株価は、今年7月11日高値からわずか1ヶ月弱で1万円を超える大幅下落となり、8月5日(月)には前営業日比で4,451円安(12.40%安)の歴史的な急落となりました。1営業日の騰落としては、1987年10月20日のブラックマンデー(3,836円安)を上回る歴代1位の下落幅で、下落率はブラックマンデーの14.90%安に次ぐ歴代2位となります。 その一方で、各種テクニカル指標が軒並み極端な売られ過ぎを示唆する水準まで低下したことから、翌6日以降は自律反発に転じています。8月6日は一転して歴代1位の上昇幅(上昇率では歴代4位)となる前営業日比で3,217円高 (10.23%高) の過去最大となる急反発となりました。過去の歴史的な急落時は、その後に歴史的な急騰がワンセットになっているケースがほとんどです。当面は上下に値動きの荒い相場展開を覚悟する必要がありそうです。 今年7月以降の株価急落と、1987年のブラックマンデーや2008年のリーマンショック、2020年のコロナショック等の過去の急落局面とその後の株価の推移を見てみましょう(下図)。一番深く、長い調整となったのはリーマンショック後の調整ですが、当時は金融危機と呼ばれる状況で、深刻な信用収縮も起こっていました。一方、ブラックマンデーやコロナショック時の株価の動きはどうだったのでしょうか。両ケースともに直前の高値から1ヶ月前後で大底をつけ、その後は一時上値を抑えられる局面はあったものの、半年程度で急落前の高値前後まで値を戻しています。 過去の経験を参考とすれば、今回は、米国や日本で金融危機や信用収縮は発生しておらず、後者のパターンに当てはまりそうです。この先、8月中は引き続きボラタイルな展開が続く可能性はありますが、時間の経過とともに徐々に下値を固めていくとみられます。その後は、戻り待ちの売りをこなしつつ、年末に向けて本格的な戻り相場入りとなることが期待されます。 テクニカル分析は過去の株価・為替等の値動きを分析・表現したものであり、将来の動きを保証するものではありません。また、記載されている内容は一般的に認識されている見方について記したものですが、チャートの見方には解釈の違いもあります。 ※(アプリでご覧の方)2本の指で画面に触れながら広げていくと、画面が拡大表示されます。 ご投資にあたっての注意点