野村證券の「四季報の会」の代表で、投資情報部のストラテジスト(投資戦略立案の担当者)でもある大坂隼矢氏に、『会社四季報』(東洋経済新報社刊)の「2023年夏号」を読んで何を感じ、何を知ったのか、詳しく聞いてみた。(第1回「野村證券、『会社四季報』全ページ読破で鍛える相場観」はこちら

厳しい「東証の要請」

――足元では、日経平均株価が33,000円台まで上昇しています(2023年6月末時点)。四季報の夏号を全部読んだ専門家としての印象を聞かせてください。

前号から何が大きく変わったかと言う観点では、とにかく値上げと賃上げの話が増えたことでしょうか。

食品業界や小売業界、外食業界は原材料価格の価格転嫁が値上げによって進み、業績はおおむね好調です。インバウンド需要も戻ってきてますが、値上げには注目です。

電力業界は私が語るまでもなく、皆さんも実感していらっしゃるように値上げが進んでいます。一部の地域では大胆ともいえる値上げ幅で、電力会社の業績は当然上がっていきます。それが株価にも徐々に表れてきていますね。

消費者に身近な業種でインフレが進んでいくと、今度は賃上げも目立つようになります。夏号でも賃上げについて言及されている銘柄が非常に多いのが印象的でした。

――東証がPBR(株価純資産倍率)1倍を割っている企業に、対策を講じるよう要請しました。夏号でその影響はみられましたか。

「DOE(株主資本配当率)」や「下限配当」という言葉がかなり目立ち、PBR1倍を割っている企業の危機意識がすごく高まっている印象を受けました。

DOEとは、資本に対してどれだけの割合で配当金を出すのかを示す数値です。そこで、配当金の額に下限を設ける企業も増えているようです。このタイミングで中期経営計画(中計)を発表した企業では特に、DOEに関するコメントが散見されました。来年、再来年に中計を発表する企業でもこのような施策を講じる企業が増加すると考えられます。

東証の要請に応じて資本政策を見直し、市場での期待が高まっている(株価が上昇している)銘柄が数多くありました。資本政策を見直す企業が今後も増加し、実際に見直した企業が変貌していけば、日本株上昇のトレンドはかつてないほど長期的なものになるのではと期待しています。

――では、DOEに関する施策に言及している銘柄はおすすめできるということですか?

いえ、DOEに関する施策を講じても、株価が上昇していない銘柄もあります。たんに配当金額を上げたり、自社株買いをしたりするだけでは継続的な株価上昇にはつながりにくい、といえます。

つまり、東証がそれを求めていないからです。東証は事業ポートフォリオを変えるなどして営業利益率を上げる根本的な経営改革を求めています。DOEに関する施策を講じた上で、不採算事業を見直したり、M&Aなどで成長投資をしたりする方針を打ち出した企業は、継続的な株価上昇につながるのではないでしょうか。

話題の「生成型AI」の勢いは?

四季報夏号を読破し、内容について解説する四季報の会代表の大坂隼矢氏

――夏号の情報を業界別にみると、どんな実情が見えますか。

前述の通り食品業界などは、業績が株価にダイレクトに反映されていると感じました。値上げの効果が出やすいからだと思います。一方、値上げが消費者に受け入れられず、業績が落ち込んでいるケースもあるため、銘柄を個別に確認しなければなりません。

日本の産業を代表する自動車業界は、明らかに業績回復し、株価が上向いています。半導体などの部品不足により、需要はあっても生産ができなかった状況から急速に改善してきていることが業績面からも明らかになってきました。

また、ガソリン車向けが主力であった自動車部品メーカーの中には、EV関連技術への投資が実を結び、利益につながり始めている事例も散見されます。こうした変化のある企業には、個人的に注目しています。

――注目されている半導体業界についてはどうですか。

例えば、自動車関連の企業は半導体不足によって業績が不安定になりましたが、本来、業績は景気の循環にある程度連動します。四季報の書きぶりがよくなってきたタイミングで株価も反応し始めますし、急に業績が悪くなってしまうようなこともあまりありません。

一方で、半導体業界はやや特殊です。需要の浮き沈みや、技術革新のスピードが速いため、四季報で業績がよくなってきたと書かれている銘柄は、株価にすでに織り込まれているケースもあります。

半導体メーカーは、右肩上がりの時は急ピッチに製造が進むので、作りすぎて在庫調整が必ず起こります。これが「シリコンサイクル」とよばれる流れです。しかし、低迷期を乗り越えると技術革新の芽が必ず出てきます。いずれ需要は拡大するだろう、という期待こそ、業績が低迷している時に半導体株が上昇し始める要因ではないかと思います。

――生成型AIに関連する企業の動向はいかがですか。

生成型AIの開発に必要不可欠な「ロジック半導体」のメーカーの株価はすでに上向いています。また、日本株でもロジック半導体メーカーの技術革新や、設備投資拡大の恩恵を享受できる企業の株価は軒並み上昇しています。

一方でメモリー半導体メーカーの業績はまだ低迷しています。しかし、生成型AIによって新たなストレージ(記憶装置)の需要が生まれ、潮目が変わるかもしれません。メモリー半導体への需要が回復すれば、より幅広い半導体関連銘柄に注目が集まる可能性があります。

四季報夏号では業種を問わず、とにかく生成型AIに関する記述が頻繁に見られました。生成型AIを利用した具体的な事業や、業務の効率化などについて明確に言及されている企業は、恐らく本気で活用しようとしているのだと思います。

一方、業績が低迷している企業については、今後の取り組みの中で漠然とChatGPTに言及されている印象がありました。

四季報で「テンバガー」は見つかるか

―― 「テンバガー」(株価が10倍に値上がりする銘柄)はどう探せばいいのでしょうか。

それがわかれば私が教えてほしいです…が、これまでテンバガーになった銘柄を振り返ってみることが大切だと思います。

テンバガーになった銘柄として、ITなどのテクノロジー銘柄を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。確かにテクノロジー銘柄でも多くのテンバガーは誕生していると思いますが、私の印象では小売りや外食業界にも多くのテンバガーが生まれており、こちらの方が探しやすいのではないかと思います。

外食や小売の業績を見るうえで、とても重要なのが月次で発表されている既存店売上高です。ブームの兆しがみえたとき、おそらく既存店売上は大きく伸びていると思います。このようにブームになりつつある小売店は、ブーム当初、出店エリアがある程度決まっています。同じ業態で全国展開したら売上がどこまで伸びるかはある程度過去の経験則から予測できます。

そういった要素は早々に株価に織り込まれ、テンバガーになりやすい傾向があります。実例としては、作業服専門店からカジュアル衣料に進出して成功し、株価が10年で一時約20倍になったワークマン(7564)や、「業務スーパー」で株価が数十倍に跳ね上がった神戸物産(3038)は知られています。さらには「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング(9983)やインテリアでおなじみのニトリホールディングス(9843)もかつてのテンバガーですね。

次のワークマンや神戸物産をどう探すか。まずは四季報を眺めて、気になる銘柄があれば、店舗数の伸びをチェックしてみてはいかがでしょうか。店舗が増えているようであれば、要注目といえるかもしれませんし、店舗が足を運べる場所にあるなら、実際に行ってみて、混み合っているか、商品の質はどうか、味がおいしいかなどを確認してみても良いでしょう。

――今、注目している業界はありますか。

半導体については九州に地盤を持つ銘柄に注目しています。世界最大の半導体受託製造企業であるTSMC(台湾積体電路製造)の工場が熊本に進出するからです。四季報では所在地も調べられるのがいいですね。
(第3回に続く)

ご投資にあたっての注意点