東京証券取引所の要請

2023年3月31日、東京証券取引所(以下、東証)は全上場企業を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請しました。この要請は、資本コストや資本収益性を十分に意識したうえで、成長投資や事業ポートフォリオの見直し等の抜本的な取組みの推進を求めています。

企業の対応は順調に拡大し、東証の集計ではプライム上場企業の700社超が対応を開示しています。そして2024年2月、東証は取組みにおいて投資者の高い支持が得られた29社の事例を公表しました。

(注)プライム市場上場企業でコーポレートガバナンス報告書に記載がある企業数
(出所)東京証券取引所より野村證券投資情報部作成

資本コストへの高まる意識が新たな成長を呼ぶ

資本コストは、負債コストと株主資本コストの2つのコストに分類されます。負債コストは借り入れ等、調達金利です。一方、株主資本コストは株主が企業に要求する利回りとされ、確実な利回りは確定できません。しかし、株価の値動きが大きく、ハイリターンと評価されるものほど、株主の要求は大きくなると想定され、CAPM(注)により計算するケースが一般的です。

試算された資本コストを上回る利益を創出し、企業価値を高めることを投資家は企業に期待しています。

(注)CAPMは資本資産価格モデルともいわれ、リスク資産の期待リターンと価格がどう形成されるのかをモダンポートフォリオ理論で示したモデル。

(注)株主還元に伴う費用や配当総額の増減、負債増に伴う費用は考慮していない。小数点第3位を四捨五入している。
(出所) 野村證券投資情報部作成

日本株市場への注目高まる

企業が投資家と対話し、企業価値を高めていくための課題を分析した伊藤レポート(注)が出てから10年が経過しました。このレポートで訴えられている「長期的に資本コストを上回る利益を生む企業こそが価値創造企業である」との概念は、世界中の投資家に容認されています。資本コストや株価を意識した経営の広がりにより、内外投資家による日本株への注目は高まっています。

(注)伊藤レポートは2014年経済産業省で実施されたプロジェクトをまとめたレポートの通称で、企業の長期的な成長を目指すための取り組みや指針が報告されている。

ご参考:東証の要請で変化する日本企業の一例

・INPEX(1605)

石油・天然ガスの上流企業で、2022年からの9年間で探鉱前営業CF5~6兆円程度を、成長投資3.8~4.4兆円程度へ配分し、残りは有利子負債の削減と株主還元へ配分する事を2022年2月発表の長期戦略で示した。

・住友林業(1911)

愛媛、宮崎、北海道などの山林を保有し、事業は木材・建材の商社部門と木造住宅を中心とする住宅・不動産部門からなる。豪州・米国で住宅ビルダーを買収し、海外事業が全体利益の過半を占めるまで成長した。

・三井化学(4183)

総合化学メーカーで、自動車向けPPコンパウンドやメガネレンズモノマ、ハイエンドのおむつ用PPスパンボンドなどで、世界シェアトップである。基盤素材ではハイエンドのポリエチレン(エボリュー)やフェノールなどを展開している。

・出光興産(5019)

2019年4月に昭和シェル石油と経営統合し、石油元売りでは国内シェア2位となった。中期経営計画で2026.3期にROE10%、ROIC5%を、2031.3期にはROE10%、ROIC7%を目標に設定している。

・神戸製鋼所(5406)

国内3位の粗鋼生産規模を有しながらアルミ板、素形材、機械、建機、電力等の多様な事業を展開している。

・コンコルディア・FG(7186)

神奈川県と東京西部を地盤とする横浜銀行と、東京を基盤とする東日本銀行が統合して発足した大手地銀グループでグループ総合力に強みを有している。

・アイシン(7259)

トヨタ自動車系列の自動車部品メーカーで、製品群は、トランスミッション、ブレーキ、ボディ部品等と幅広く、ATでは世界シェアトップである。中期的な成長を目指して電動化関連製品にも注力している。

・三菱商事(8058)

原料炭やLNGなどの資源分野に強みを持つ他、非資源分野でもアジアの自動車事業などに強みを有している。良好な財務体質やキャッシュ創出力の強さを背景に自社株買いなど株主還元への期待が強い。

・丸井グループ(8252)

関東を中心に都市型商業施設を展開する小売事業と、エポスカードを中心としたフィンテック事業を営み、小売、フィンテックに未来投資を加えた三位一体のビジネスモデルでシナジーを追求している。

・三菱UFJ FG(8306)

国内最大の金融グループで、国際展開に強みを有している。営業純益で国際部門の利益は全体の3~4割を占めている。MUFG再創造イニシアティブにより抜本的な構造改革を志向している。

・セイノーHD(9076)

企業間物流を手掛けるトラック会社の最大手企業で、全国に輸送ネットワークを構築しており、製造業や流通業の荷物を取り扱う。豊富な現預金により、トラック事業だけでなく自動車販売業も展開している。

(注)2024年2月、東証が要請への取組みにおいて投資者の高い支持が得られた29社と公表した企業のうち、時価総額3,000億円以上(2024年2月末時点)で当社アナリストがカバーする企業。FGはフィナンシャルグループ、HDはホールディングスの略。
(出所)各種資料より野村證券投資情報部作成

(野村證券投資情報部 神谷 和男)

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ご投資にあたっての注意点