執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部
   シニア・コンサルタント 遠藤 暁 (2024年6月11日)

はじめに

スーパーの米売り場に行くと、一昔前には見られない様々な品種が見られるようになった。関東でよく見かけるのは、北海道の「ゆめぴりか」、青森県の「青天の霹靂」、山形県の「つや姫」、新潟県の「こしいぶき」や「新之助」、西日本では、岡山県の「きぬむすめ」、長崎県の「にこまる」、佐賀県の「さがびより」などである。かつては、冷害に強く食味に優れた品種が求められ、その代表は1956年に品種登録された「コシヒカリ」である。ところが、温暖化が進み、稲穂が出て受粉し発育・肥大する登熟期に高温にさらされると、コシヒカリは白濁した未熟粒やコメの中心が割れる胴割粒の発生が多くなってきた。各農家は、様々な栽培技術を駆使して高温対策に奮闘しているが、栽培技術だけでは限界がある。そのため、近年の品種開発では、食味は「コシヒカリ」と同等かそれ以上で、暑さに強い品種が求められており、品種改良の方向性は180度転換している。

1.コメの品種別作付面積比率の変遷

品種別の作付面積の変遷を、公益社団法人米穀安定供給確保支援機構(以下、「米穀機構」という)のデータで確認してみると、「コシヒカリ」が全国の作付面積の3割強を占め1位であることは不変だが、その比率は年々減少しており、他の品種が増えていることが分かる(図表1)。この品種別作付面積比率の推移で象徴的なのは青森県の「つがるロマン」だ。「つがるロマン」は、1996年に青森県の推奨品種に選定され、耐冷性と耐病性に優れて多収で食味が良い品種として、特に津軽地域で栽培されてきた。全体のバランスが良く、和食に合うという評価を得ていたが、高温に弱く、胴割粒が発生しやすいこと[1] などから徐々に作付面積が減少し、2010年時点ではトップ10に入っていた品種別作付面積比率は2015年には13位にランクダウンし、2020年にはトップ20から姿を消した [2]。2024年4月現在、青森県の推奨品種として残ってはいるが、既に種子の流通は終了している。

また、北海道の「きらら397」も「つがるロマン」と同様、年々ランクが低下し、2021年にトップ20から外れた。「きらら397」は、北海道米は食味で劣るという評価を覆した画期的な品種であったが、高温時には収量が頭打ちになってしまうことや、より食味に優れた「ななつぼし」や「ゆめぴりか」への転換が進んでいることが作付面積比率ランキング低下の背景である。

一方で、直近3年間のトップ10までの品種は、下位の品種で年によって多少の入れ替えがあるが、顔ぶれは基本的に変わらない。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下、「農研機構」)の研究結果[3] によると、トップ10に入っている「コシヒカリ」「ひとめぼれ」「あきたこまち」「はえぬき」の高温登熟性[4] は「中」と評価されており、現状は栽培技術により、高温下においても品質をある程度確保できていると推測される。一方で、「ヒノヒカリ」や「彩のかがやき」は「弱」と評価されており、「ヒノヒカリ」の面積比率が低下してきていることと、「彩のかがやき」の作付面積比率順位が上がってこないことの一つの理由と考えられる。トップ20に含まれる高温登熟性に優れた品種としては、「つや姫」と「きぬむすめ」があり、どちらも作付面積比率は上昇傾向にある。

図表1 品種別作付面積比率の推移

(注)青マーカーは高温登熟性に劣る品種、赤マーカーは高温登熟性に優れた品種
(出所)米穀機構「品種別作付動向」各年度データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成

2.温暖化とコメの食味ランキングの関係

そもそも、亜熱帯の植物であるイネは、寒さが弱点である。戦後の食糧難の時期を経て、収量の確保は耐冷性の確保と同義であり、夏季の低温にいかに耐えられるかが主食であるコメ生産の大きな課題であった。気象庁がまとめた1954年以降に発生した農業被害額が500億円以上の冷害発生状況(図表2)を見ると、1960年代から90年代は数年おきに冷害が発生しており、20年ほど前までは、冷害対策が重要だったことが分かる。特に被害額が大きかった1993年は「平成の米騒動」とも呼ばれ、国内でコメが不足し緊急輸入せざるを得なくなり、それまで政府が頑なに拒んでいたコメ輸入の自由化に繋がってしまうほどの大きなインパクトを与えた。また、この年の作況指数[5]は、ゼロという地域も出て、米農家が翌年の種籾を確保できなくなるほどの異常事態であった。全国平均の作況指数では、「著しい不良」と評価される90を大きく下回る74が記録されている。なお、6,919億円の被害を出した1980年の冷害発生時の作況指数(全国平均)は87であったため、それを13ポイントも下回る戦後最大の冷害被害であった。

図表2 農業被害額500億円以上の冷害一覧

(出所)気象庁「災害をもたらした気象事例(長期緩慢災害)」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成

しかし、大規模な冷害は2003年を最後に発生していない。温暖化が進行しているためと考えられ、より身近なコメの食味ランキング[6]からもその傾向が窺える。

北海道の「ななつぼし」は2010年から14年連続して、「ゆめぴりか」は2011年から13年連続して「特A」を取っている。本州とは気象条件が大きく異なるため、北海道では独自に品種改良が行われてきた[7]。不断の品種改良と栽培技術の開発による食味や収量の改善に加えて、温暖化の進展により北海道の気候が一般的なイネの生育に適したものに変わってきたことも、北海道を良食味米の産地に変えた一つの要因になったと考えられる。

また、同じく2010年から14年連続して「特A」を取り続けている品種に、佐賀県の「さがびより」がある。高温登熟性が弱い「ヒノヒカリ」の収量や品質が低下してきたことを受けて、高温登熟性に優れて良質多収で食味が良い品種として開発された品種である。実際に本格的に栽培が開始された2010年とその翌年2011年は高温年だったが、収量、品質の低下は少なく、「特A」も取得しており、高温に強いことが実証されている。

さらに、気象庁が発表している年平均気温偏差のデータ(図表3)では、2019年から2023年は、各年の平均気温の基準値からの偏差が大きく、直近数年間の食味ランキングを見ると、高温登熟性に優れた品種が「特A」を取っているのが目立つ。2016年以降、8年連続の岡山県の「きぬむすめ」、2017年以降、7年連続の高知県の「にこまる」は、いずれも農研機構が育成した高温登熟性に優れた品種である。特に「にこまる」は、2010年の高温年に、熊本県において、高温登熟性に劣る「ヒノヒカリ」の一等米比率が11%だったのに対し、92%という抜群の成績を残している[8]。なお、異常高温年だった2023年産の「特A」取得の43産地・品種のうち、6割に当たる25産地・品種は、高温登熟性に優れると評価されている品種である(図表4)。

図表3 日本の年平均気温偏差

細線(黒):各年の平均気温の基準値からの偏差
太線(青):偏差の5年移動平均値
直線(赤):長期変化傾向
基準値は1991〜2020年の30年平均値
(出所)気象庁「日本の年平均気温」(https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_jpn.html

 

図表4 2022年産または2023年産が「特A」と評価された産地・品種・地区の過去の「特A」取得状況

(注)赤マーカーは高温登熟性に優れた品種
(出所)一般社団法人日本穀物検定協会食味ランキングより野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成

3. 今後の農業の姿の予測

ここまで見てきたように、温暖化の進行は農産物の生産現場に大きな変化を促している。今後の農業がどのように変わっていくのか、3つの大胆な予測をしてみたい。

まずは、生産地としての北海道の評価が高まっていくだろう。コメの品質の高さは前述の通りであり、既にダイズやジャガイモ、タマネギ、カボチャ、スイートコーンなど多くの農産物が全国一位の生産量を誇るが、今後さらに北海道が食料供給に果たす役割が増していくと予想される。一般的な農産物以外に、2019年3月に農林水産省が公表した「気候変動の影響への適応に向けた将来展望」では、醸造用ぶどうの栽培適地が北海道の大部分に広がると予測されている(図表5)。ワイナリーは、典型的な6次産業化の例であり、年間を通じて雇用が発生する点で、地域経済への貢献も大きい。北海道立総合研究機構(旧道立農業試験場)では、1980年代から醸造用ぶどうの研究が行われており、現在、改訂第4版となる「醸造用ブドウ導入の手引」が発行されている。醸造用ぶどう生産量、ワイナリー数ともに増加傾向にあり、この動きも加速していくとみられる。象徴的な事例として、フランス・ブルゴーニュで300年以上の歴史を誇るドメーヌ・ド・モンティーユが函館市に進出し、2019年に苗木を植えている。ぶどうは丁寧に管理すれば、100年以上生き続け、20年以上経った古樹からは良いブドウが取れ、高品質なワインができるため、今後の気候変化によって、北海道が世界の銘醸地に仲間入りする可能性がある。


図表5 北海道における醸造用ぶどうの栽培適地の変化(RCP8.5[9]シナリオ)

(出所)農林水産省(2019)「気候変動への影響への適応に向けた将来展望」

次に、「コシヒカリ」を超える新たなコメ品種が開発されると予測する。日本国内での品種改良は冷害との闘いであり、また、縄文時代後期にイネが伝来して以来、3000年の間に冷害に強い品種が生き残ってきた。今後は、東南アジアなど他の地域の品種と掛け合わせることで、画期的な品種を生み出す方向にいくのではないだろうか。自然農法家の間でよく知られる「ハッピーヒル[10]」というコメ品種は、第二次世界大戦の終戦に際し、ビルマの奥地から持ち帰った品種と日本の品種を交配して固定した品種で、病気や猛暑に強い特徴を持つ。このような別地域の遺伝子を取り入れた品種改良の余地がある。また、2017年3月に東京大学が、遺伝子改変により、「イネの開花時期を自由にコントロール可能」という研究成果[11]を発表している。もちろん、各県レベルでも品種改良は続けられており、今後も高温登熟性に優れた品種が出てくるだろう。

埼玉県では、イタリア野菜の栽培が盛んになってきている。日本の気候風土に合わせてイタリア野菜の品種改良を行っている種苗会社を中心に、生産者や行政が一体となって普及に努めたことと、日本国内には1万軒を超えるイタリア料理店があり、イタリア野菜の需要が大きいことが背景にある。コメは日本の食文化の要であり、和食の海外での人気の高さを考えると、地球規模で温暖化がさらに進行していく将来には、暑さに強く圧倒的に食味に優れるコメ品種を開発し、日本独自の栽培技術と合わせて、食文化と共に海外へ輸出するようなビジネスの展開も考えられる[12]

予測の最後が、農業の無人化だ。無人化の第一歩は、人口の減少と過疎化の進展により農地の集約化が起こってくることである。また、温暖化に対応していくためには高度な栽培技術が求められるようになり、資本力や技術力が不足する農業生産者は淘汰されていくことも想像に難くない。その結果、資本力と技術力を兼ね備えた大規模経営体による集約化した農業がおこなわれるようになり、現状よりもさらに機械化が進んでいくと予想される。また、温暖化が今以上に進んでいくことは避けられない未来であり、外での作業そのものが危険となってくると予測する。昨年(2023年)の夏の暑さはこれまで経験したことがない水準であった。環境省の熱中症警戒アラート[13]の東京での発出状況を見ると、2023年は7月10日に初めて出され、8月までに計26回発出されている(図表6)。2022年は10回、2021年は7回、2020年は17回だったため、かなり多いことが分かる。今後は、7月から8月は、外出すること自体を避けるような社会になっていく可能性が考えられ、農業の無人化が現実味を帯びてくる。トラクターの自動運転は、有人監視下での自動化(いわゆるレベル2)は既に商用化されており、次の段階の完全無人化(レベル3)の実証が進んでいる。圃場を遠隔操作で走行するだけでなく、トラクターの後方に付ける各種作業機交換の自動化も実現しており、技術的にはほぼ完成の域に達している。農業の無人化の実現は、社会受容の段階であり、その最後の一押しが温暖化の進展である。

図表6 熱中症警戒アラートの年別発出状況(東京)

(出所)環境省 熱中症予防情報サイトのデータより野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成


おわりに

世界大会も開かれているゲームの一つに、「ファーミングシミュレーター」という農林業のシミュレーションゲームがある。プレイヤーは自らトラクターなどを駆使して農業生産を行うが、作業機の交換は近くまで行くと自動で行われるようになっている。収穫作業は「ヘルパー」と呼ばれるキャラクターに任せることも出来るため、自動化されていると言っても良い。むしろ、どの圃場を取得し、どういった機械を購入し、どのような肥料をいつ、どれだけ撒くか、圃場や農業機械だけでなくサプライチェーン上の下流にあたる加工場に設備投資する、といった経営面にプレイヤーは気を配ることが重要になる。また、2012年に放送されたアニメ「PSYCO-PASS サイコパス」が描く西暦2112年の世界では、遺伝子組み換えされた麦によって日本は食料自給率99%を実現しており、北陸地方一帯が穀倉地帯となっている。当然ながら農作業は全て自動化されて、麦畑に人の姿はない。温暖化の加速を年々実感している中で、そう遠くない未来にゲームやアニメの世界のように、農業は無人化・自動化し大規模化していくのかもしれない。

以上

●情報提供:野村證券株式会社 フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部(旧 野村アグリプランニング&アドバイザリー株式会社)レポート一覧(外部リンク)

  


[1] 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の研究により、「つがるロマン」は、寒冷地北部早生熟期の胴割れ耐性の「弱」の基準品種として選定されている。

[2] 2019年度の「つがるロマン」の順位は、第16位(0.8%)だった。

[3] 農研機構次世代作物開発研究センター2017年成果情報「北海道を除く全国の水稲高温登熟性標準品種の選定」

[4] 高温によって白濁した未熟米が発生し玄米品質が低下することを指し、高温登熟性が高い品種は未熟米が相対的に少ない。

[5] 10アール(=1,000㎡=約1反)当たりの平年の収量を100として、その年の収量を示す指標。106以上で「良」、102~105で「やや良」、99~101は「平年並み」、95~98が「やや不良」、91~94が「不良」、90以下が「著しい不良」と区分される。

[6] 一般財団法人日本穀物検定協会が実施している炊飯した白飯を試食して評価する官能試験で、複数産地のコシヒカリをブレンドしたコメを基準米として、各産地米と比較して、劣るものを「B’」、やや劣るものを「B」、概ね同等のものを「A’」、良好なものを「A」、特に良好なものを「特A」として評価し、結果を食味ランキングとして公表している。評価項目は、外観、香り、味、粘り、硬さ、総合評価の6項目となっている。

[7] 本州の品種(一般的なイネ)は、日が短くなると穂が出る性質を持っているのに対して、北海道の品種は日の長さとは無関係に暖かくなると穂が出る性質を持っている。そのため、本州の品種を北海道で育てると、穂が出ても寒さのため実が大きくならず、逆に北海道の品種を本州で育てると、株が小さいうちに穂が出て収量が少なくなってしまう。

[8] 農研機構 九州沖縄農業研究センター 「にこまる」の育成(https://www.naro.go.jp/laboratory/karc/contents/ondanka/ondanka2/

[9] 2081~2100年の世界の平均気温が工業化以前と比較して3.2~5.4℃上昇する予測シナリオを指す。

[10] 自然農法家の福岡正信氏によって1986年に固定された。乾燥に強く、陸稲としても育つ。品種名の由来は「福岡」の英訳。福岡正信氏は世界20か国以上で出版された「わら一本の革命」の著者としても有名である。

[11] 花芽を形成する遺伝子と抑制する遺伝子を改変し、ある種の市販農薬を散布した時のみ40~45日後に開花するイネを開発した。詳細は、東京大学大学院農学生命科学研究科プレスリリース参照(https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2017/20170330-1.html

[12] 美味しいコメを炊くには、水も重要であり、軟水にする装置などの開発も考えられる。また、炊飯器も重要な要素であり、炊飯器の拡販にも繋がっていく。

[13] 熱中症警戒アラートは、外出を控えるなど、涼しい環境への避難を推奨するものであり、特別な事情が無い限り、屋外での運動は禁止としている。

 

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