執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部
担当部長兼コンサルティング・グループリーダー 益田 勝也(2024年11月8日作成)
1.豊かな食生活を求めて成長してきた食のグローバル取引
21世紀に入り、食のグローバル取引は急速に拡大してきた。食品分野における世界各国の輸出入の総額(以下、世界貿易額という)は、2000年に約9,000億米ドルだったのが2021年には約3.8兆米ドルと約20年間でおよそ4倍に拡大している。これは単純にその間の世界の人口が約1.3倍に増えた、つまり食料需要の量が増えただけでは説明できない高い伸びである(図表1左図)。
食品の消費額は、生活が豊かになるに従って伸びると言われている。食品の世界貿易額と一人当たりGDPとの関係をみると、ほぼ同じ曲線を描くことが分かる(図表1右図)。特に2000年から2010年にかけての10年間は、世界平均の一人当たりGDPが5,000米ドルから1万米ドルに倍増し、平均的な世界の消費者が食に豊かさを求める段階に突入した時代であった。この食の多様化需要を国内だけでは満たせない各国が、国外からの輸入に求めてきた状況が伺える。
図表1 左図:食品分野の世界貿易額(赤線)と世界人口(青線)との関係、
右図:世界貿易額(赤線)と一人当たりGDP(青線)との関係
地理的にみると、20世紀までは、米国や西欧などの先進国がハブになって、比較的近い地域と貿易する構造に限られていた。しかし21世紀に入ると世界の貿易は活発化し、米国は中南米に加えてアジア・太平洋地域の主要国と、西欧は東欧や南欧に加えて中南米やアジアとの貿易も増やしてきた(図表2)。
このように長距離の貿易が伸びた背景には幾つかの要因が考えられる。需要面では、世界の経済成長に伴い、輸入国が先進国からBRICsや東欧など中進国を主体とする世界全体に広がり、多極化した。輸出は食品の大量供給国に限られるため、その地理的ギャップから長距離輸送が必要になった。供給面では、食品以外を含む貿易量全体の拡大により国際物流ルートがグローバル船社によって様々な国で開発され、中小の国々でも貿易しやすくなったことがある。加えて新しい長期保冷技術の開発や、素早く届けられる航空貨物ネットワークの拡大が供給力を拡大させた。さらに政策面ではTPPやRCEPなど関税障壁撤廃に向けた動きが取られたことが背景となり、長距離の国の間での貿易を拡大させていった。
図表2 農産物の主な輸入国と輸出国(左図:1995-96年、右図:2012-13年)
2.今後の貿易動向を左右する視点
需要面をみる限り、今後も世界の食品貿易が拡大するトレンド全体は変わらないと筆者は考える。2030年までに世界の人口の50%以上が中間層となり、中間層の40%弱が中国とインドになると予測されている(図表3)。その結果、貿易量は増えるが、食料需要の内訳は変わっていく。これまでの貿易の主体は小麦や米などの炭水化物であったが、中間層の好む肉や魚、果物など生活に豊かさをもたらす食品の消費、貿易が増えていく。保冷技術はさらに進み、これまでは難しかった新鮮な野菜等の長距離輸送も増える可能性がある。
一方で、供給面では以下の制約条件が働く。
図表3 2030年までの世界の中間層人口の推移予測(左図)、
及び中間層の総消費額(兆USD)とその全世界構成比(右図)
第一の制約条件となるのは気候変動である。主にブラジルなどの中南米やアフリカ、東南アジアなど赤道から南北回帰線までの国での農業生産力が低下する一方で、ロシアやカナダ、ウクライナなど北緯の高い国で生産力が高まる(図表4)。その結果、新たな南北問題を生み、生産力が低下するそれらの国は国内需要を満たすため、食品の輸出を抑制する政策的動きが出てくる可能性が高い。しかしそれら供給制約が高まる国でも食に対する需要は高まるため、輸入を増やしていくだろう。
図表4 気候変動による穀物生産力の向上/下落地域の予測(2050年まで)
(「緑」は生産力の5%以上増加、「オレンジ」は生産力の5%以上減少が見込まれる地域)
第二の制約条件は国際政治の緊張である。2010年代まではTPP等の関税障壁撤廃政が国際的にも進み、貿易の拡大を進めていたが、2020年代に入り国際緊張が高まるにつれ、政治的に関係が悪化したり対立する国の間での貿易が制限され、他国からの調達に切り替える動きが出てきている。中国と米国・アジア、EUとロシア、中東内部などで緊張関係が続く間は、常時必要な食品の輸出入先を他国へスイッチする可能性が高まる。次節では、上記の視点から主な輸出入国の動向を見ていく。
3.主要国の輸出入を取り巻く動きと今後の展開
本節では、農地が広大で近年輸出が拡大しているロシアとオーストラリア、食の輸入大国である中国、そして輸出大国である米国の四ヵ国について、輸出入の動向を詳しく見てみよう。
(1)ロシア
ロシアは長い間食料の純輸入国であったが、2020年に純輸出国に転じた(図表5)。その典型的な分野が穀物であり、生産力を強化した結果、2011年に約6,000万トンであった小麦の生産量は2022年には1.5億トンまで伸びた。その結果、小麦の輸出量は直近年間5,000万トンまで拡大している。人口や中間層など国内需要の伸びが期待できない中、広大な農地を活かした外貨獲得を食品の海外輸出に求めている。
図表5 ロシアの食品の輸入及び輸出金額の推移(2011-2021年、単位:百万米ドル)
図表6 ロシアの主な地域別輸出金額の推移(2011-2021年:単位百万米ドル)
輸出地域をみると、トルコやイラン等の中東が最も多く、次いで中国・韓国をメインとする東アジア、カザフスタンやアゼルバイジャン等の中央アジア・コーカサス地域と続き、隣接するユーラシアの国々を広く対象としている(図表6)。エジプトやアルジェリアなどをメインとしたアフリカ諸国に対しては、2018年までは政治的覇権を強めたい国として輸出を伸ばしており、例えば小麦は約7割をアフリカ諸国に輸出していた。しかしアフリカへの輸出は近年減っており、直近では中東や中央アジア諸国での輸出を大きく伸ばしている。その背景には、ウクライナとの戦争で外貨を稼ぐ必要がある中で、より高値で買ってくれる所得の高い国や、軍事品の調達及び資源外交で友好な関係が築ける中東等の近隣国にシフトしたと考えられる。気候変動の影響を受け難いロシアは今後も戦略物資としての食品輸出を拡大していくが、その国は友好国に限られていくだろう。
(2)オーストラリア
オーストラリアはCovid-19の影響で、2021年以降に食品輸出が大きく伸びた国の一つである。オーストラリアは人口が2,500万人と少ない一方で、広大な国土を活かした生産力は高く、これまでも食品産業は輸出で外貨を稼ぐ一翼を担ってきた。2022/23年度におけるオーストラリアの農産物の生産額は約930億米ドル、食品輸出額は約800億米ドルに達し、ともに過去最高額を記録した。主な輸出品目は小麦、油用種子等のバルク品に加えて、牛肉を中心とした肉製品、牛乳などの乳製品、青果、鮮魚などの消費者向け商品も輸出品の約半数を占めている(図表7)。
図表7 オーストラリアの食品の主要品目別輸出金額の推移(2007/08-2023/24年、単位:百万米ドル)
小麦は主に中国、インドネシア、フィリピンに輸出しており、アジアの食料需要の伸びをオーストラリアが補完してきた。2016年以降にオーストラリアから小麦輸出が伸びている国をみると、中国や日本、東南アジア、南西アジアのアジアに限定される(図表8)。食品全体でみると中国や韓国、インドネシアへの輸出は2010年代前半から、ベトナムへの輸出は2020年以降に伸びている(図表9)。アジアの経済成長に即した需要増加に合わせ、近隣で貿易体制が築けている国への輸出を増やしている。温暖化の影響は大きくなく、アジア・太平洋地域での貿易自由化の動きの中で、将来的にも中国及びアジアへの輸出元となる国としての地位を高めていくものと思われる。
図表8 オーストラリアの小麦輸出量の増加国(2016-2022年)
(グレーは減少、緑は増加、黄色はほぼ横ばい)
図表9 食品の主要国別輸出金額の推移(2003/04-2022/23年、単位:十億豪ドル)
(3)中国
食品に関する2021年の貿易収支をみると、輸出額が約760億米ドルであるのに対し、輸入額は輸出額の約3倍の2,050億米ドルと大きく(図表10)、既に中国は世界最大の食品の純輸入国となっている。輸入が輸出を逆転したのは2009年であり、2013年までは小麦やとうもろこし、大豆などの穀物が輸入増加を牽引していたが、2010年代後半になると豚肉、牛肉、乳製品や果実などの消費者向け食品が大きく輸入を伸ばしている(図表11)。
図表10 中国の食品の輸入/輸出金額の推移(単位:百万米ドル)
図表11 中国の食品輸入額の内訳(カテゴリ別:上図、消費者向け食品の内訳:下図)
所得の上昇に伴い、贅沢な食を求める消費者需要は年々高まっている。例えば豚肉の輸入元となる国は欧州や米州がメインであり、近年も伸びている。また、米国からの輸入品目をみても、近年伸びているのはとうもろこしに加えて、牛肉や鶏肉である(図表12)。
図表12 米国から中国への主要品目の輸出金額の推移(2016-2023年)
中国の食品輸入元となる国は、ブラジルと米国で約4割を占めるものの、カナダやアルゼンチンなど米州の国、オーストラリアやニュージーランドの豪州、タイやインドネシアなどの東南アジア、ロシアやウクライナ、欧州からも輸入しており、世界に分散している(図表13)。今後の中国は、人口は増加から減少に転じる一方で、生活水準の向上要求は今後も続き、肉や魚の輸入需要をより高めるであろう。その際、ブラジルや東南アジア等からの輸入は気候変動と当該国の国内需要の高まりで輸出を増やせないことから、カナダや豪州とともに、これまで少なかった欧州やロシアからの輸入を増やす輸入元となる国の多国化戦略を取ると思われる。さらに、ドナルド・トランプ大統領の返咲きによって貿易戦争が再燃すれば、二番目に多い米国からの輸入は縮小し、多くの国からの調達傾向はさらに強まるであろう。
図表13 中国の食品輸入の上位国(2021年)
(4)米国
米国の食品輸出額は、2005年の600億ドルから2022年には約1,800億ドルと約3倍にまで拡大し、世界の食品輸出大国となった。輸出先となる国を地域別にみると、アジアが750億ドルと最も多く、中南米が460億ドル、北米が310億ドルと続いている。それぞれの地域で輸出額を伸ばしているが、近年では人口や所得が伸びているアジアへの伸びが著しい(図表14)。
品目別でみると、大豆とトウモロコシがそれぞれ一位、二位となっているが、三位にナッツ、四位に豚肉と関連商品、五位に牛乳等の日常品、六位に牛肉と関連商品が入っており、近年それらは輸出額を伸ばしている。輸出先の所得水準の向上により、穀物から消費財向けに輸出の主体品目を変化させている(図表15)。
図表14 米国の食品輸出額の地域別内訳の推移(単位:十億米ドル)
図表15 米国の食品輸出額の主な品目、品目別輸出額の推移
日常品や加工品、青果などの生鮮品については、北米や中南米など鮮度が保てる近隣国への輸出を伸ばしており、特に気候変動で供給力が伸び悩む中南米への輸出は、今後も増えていくものと思われる。
中国への輸出をみると2005年頃から増え始め、今では全世界への輸出額に占める中国の割合が20%近くに達しており、米国にとってブラジルと肩を並べる最大の輸出先国となっている(図表16)。2018~2019年米中貿易戦争の時期は、大豆、トウモロコシ、グレイン・ソルガム等が追加関税の対象になったため大きく輸出額を減らしたが、2020年以降急回復し、それまで以上の輸出額となっている。このように中国が最大の輸出先国となっている現状において、ドナルド・トランプ大統領が政権を取り、米中貿易戦争を再燃させる可能性が高い。ただしそれは当政権が続く期間の一時的な影響に留まり、中国の食品需要の成長に呼応した輸出増加の傾向は、長期的には変わらないと思われる。
図表16 米国の中国向け食品輸出の推移
4.将来シナリオ(まとめ)
以上の分析より、グローバルな食の貿易構造は、以下のように変化すると想定する。
先ず需要面から見てみよう。一人当たりGDPはこれまでと同様のペースで、2029年までに世界の平均値は約16,000米ドルまで向上する。その中で、中進国が増える地域として有望なのは、東南アジア、中央アジア・コーカサス、中東、北アフリカ、南米などである(図表17)。2029年に北アフリカは5,000米ドル台、東南アジアは8,000 米ドル台、中央アジア・コーカサスや南米は10,000米ドル台に、一人当たりGDPの平均値が達する見通しで、これらの地域は一定量以上の人口増加も期待できる。中東は既に10,000米ドルを超えているがさらに16,000米ドルに達し、人口増加も進む。
中国とインドは10億人を超える人口で中間層が増えていくことが量として魅力的であり、世界の食の需要大国となる。但し、中国は人口減少時代に入ること、及びインドは2029年で一人当たりGDPが未だ4,000米ドル台に留まり肉や魚などの食品需要は一部の高所得者層に限られることを、それぞれ差し引いて考える必要がある。ブラジルも既に10,000米ドルを超えている魅力的な市場であるが、大きな人口増加が期待できない点を考慮した方が良い。ロシアも成長鈍化が濃厚であり、BRICs以外の中進国がこれからの輸入増加の牽引国になっていくであろう。
図表17 一人当たりGDPの推移と将来予測値、伸び率、人口の増加量(地域別及び主要国)
次いで供給面に関しては、気候変動の影響で南北回帰線に挟まれる国での食品供給力は落ち、相対的に北米、豪州、ロシア、東欧等緯度の高い国からの食品輸出力が高まるだろう。とりわけ東南アジアやブラジル、インドなどでは自国の需要増に対応するために輸出力は低下していくことが考えられ、緯度の高い国の輸出競争力は相対的に高くなっていくと思われる。
三大供給地を個別に見ていくと、ロシアやウクライナは中国、インド、中東、CIS諸国、アフリカ等の近隣国への輸出を増やすだろう。豪州は中国や東南アジア、インドなど環太平洋地域への供給を増やす。米国は中南米やカナダなど米州での輸出を増やすと思われる。特に今後は穀物より生鮮品の輸出が増えるため、鮮度が保てる短距離国間の貿易が活発になる。その傾向は、上記の三大供給地の輸出傾向にも合致する。
以上を総括すると、世界の主要な食の貿易構造は、図表18のように変化するシナリオが考えられる。
図表18 食の貿易構造の変貌シナリオ(仮説)
5.おわりに
長期的にみて世界の食品需給が逼迫していくことは否めない。その中で需要が増える中進国が、東アジアから中東にかけてのユーラシア大陸の地域に集まっていることは、興味深い事実である。このエリアへの輸出を増やすビジネスに商機があることはもちろん、このエリアでの食品供給力を高める人工的な生産環境下での農業・畜産業・酪農業・水産業の事業機会も大きい。但し、このエリアは宗教や歴史の違いにより食文化が国毎に異なるため、伸びる食品も国毎に異なるであろう。
本レポートではマクロの動向から大胆に仮説を示したが、今後は需要面の定量的な予測や、注目される地域における精緻な分析を加えていくなかで仮説を検証し、より精緻な仮説にしていきたいと考えている。
ディスクレイマー
本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。
当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。
国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。
外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。
野村證券株式会社
金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号
加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会