新型コロナ禍で電子楽器販売が好調

 新型コロナウイルス(以下コロナ)の感染拡大が続いた2020年に、世界の楽器市場は前年を大きく下回ったとみられる。そうした中、電子ピアノやギターの販売は相対的に堅調であった。在宅期間の長期化をきっかけに楽器演奏を始めた新規顧客も多かったとみられるが、その際にインターネット販売で手軽に購入できるこれらの楽器の需要が伸びたとみられる。生産地の都市封鎖による工場稼働率の低下や、半導体など原材料の不足による供給面での制約はあったが、概ね良好な事業環境が続いた。

 一方、ピアノや管楽器の落ち込みは大きかった。これらのアコースティック楽器は1台1台の音色が異なるため、インターネット販売との相性が悪い。そのため、実店舗閉鎖の影響が厳しかった。音楽教室の休講や学校の課外活動の制限なども影響したと考えられる。

 20年度の楽器各社の業績を振り返ると、電子楽器専業メーカーの業績が特に好調であった。カシオ計算機の楽器事業は赤字体質が長期化していたが、「Slim & Smart」シリーズがインターネット販売で好調だったことから、21.3期の売上高営業利益率は10%超(野村推定)の黒字を確保した。

 ローランドも年前半は工場の稼働停止影響を受けたが、オンライン販売を中心に電子ピアノや電子ドラムが売上を伸ばした。20.12期は電子楽器事業として過去最高売上を更新し、全社営業利益は前期比35%増の71億円に達した。

 アコースティック楽器も手掛ける企業の業績は20年度前半の落ち込みが厳しかった。ヤマハの楽器事業の売上高は20年4~6月期に前年同期比28%減(現地通貨ベース)、7~9月期に同14%減、10~12月期に同7%減とマイナスが続き、21年1~3月期には同11%増とようやくプラスに転じた。製品別では、ピアノと管弦打楽器の落ち込みが大きかった。需要が旺盛な電子楽器でもインドネシア工場の稼働率低下による供給不足が響いた。

 河合楽器製作所も、20年4~6月期、7~9月期はピアノや音楽教室を中心に売上が大きく落ち込んだ。その後、10~12月期以降はピアノ、デジタルピアノともに販売が回復傾向にある。

アコースティック楽器の成長性に注目

 人々の活動再開が進む21年、世界の楽器市場も大幅な回復を予想する。電子ピアノやギターの伸びが続くほか、前年に落ち込んだピアノや管楽器が大きく回復しよう。なお、電子楽器やギターを中心とする巣ごもり需要は足元も継続しているとみられるが、半導体不足や工場稼働率低下といった供給サイドの問題が深刻さを増している。今後の生産が一段と下振れるリスクには注意が必要だ。

 アコースティック楽器の需要回復は今後本格化すると考えられる。ピアノについては、実店舗や音楽教室の再開により20年後半からは回復傾向が見られた。前年同期比では21年4~6月期の改善が最も大きくなるだろう。管楽器については、主要市場である欧米における学校再開により、7~9月期以降に回復が強まる見通しである。ピアノや管楽器は半導体不足の影響も受けにくいため、電子楽器と比較して供給リスクも小さいと考える。

 コロナがもたらした社会変化が今後もある程度維持された場合には、楽器需要を押し上げる可能性もあるだろう。その場合、ピアノ市場への好影響が特に大きいと考えられる。

 第1に、楽器演奏人口の増加である。コロナ禍で新たに楽器を購入した顧客層が、今後も趣味としての楽器演奏を継続した場合に、ピアノ市場にとってポジティブな影響が期待できよう。典型的な行動パターンとして、まずは価格帯の安い電子ピアノ(例えば小売価格で5万円)を購入し、その後本格的に演奏を続けていく中で、価格帯の高いアップライトピアノ(例えば小売価格70万円)を購入する、といったケースが考えられるからである。

 第2に、在宅勤務の定着による郊外住宅の人気化である。これまでであれば設置スペースの関係で電子ピアノを選択していた消費者が、インテリアとしての装飾性を重視してグランドピアノを検討する可能性もある。足元では米国や中国で住宅着工が活発な動きを見せているが、ピアノの設置は住宅の完成後になるため、今後住宅市況に遅行してピアノ需要が増加する可能性があるだろう。

 中長期的には、ピアノの普及率が依然として低水準な中国市場の拡大に引き続き期待できるだろう。巣ごもり需要で活況だった電子ピアノだけでなく、アコースティックピアノ市場の今後の成長性も併せて注目していきたい。

(岡崎 優)

※野村週報2021年7月19日号「産業界」より

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