執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部
シニア・コンサルタント 髙田 健(2024年12月10日)
はじめに
薬用植物(生薬)は、古来、漢方薬や医薬品の原料として用いられ、近年は、漢方製剤市場の拡大に伴い、その需要が増加している。しかし、国内で使用される生薬の80%以上は中国から輸入されており、輸入価格の高騰や供給の安定性が課題となっているため、国内での安定供給を求める声が高まっている。農林水産省や関連団体も支援を行い、薬用植物の国内生産拡大に向けた取組を進めているが、未だ生産拡大や安定供給には至っていない状況にある。
本稿では、一般的に知られていない国内の薬用植物の現状と課題について一連の情報を提供しながら、薬用植物の国内生産拡大に向けた方策を考察することを目的とする。
1.薬用植物の定義
日本で使用される医薬品の品質や規格を定める厚生労働省監修の「日本薬局方」では、生薬を「動植物の薬用とする部分、細胞内容物、分泌物または鉱物など」と定義している。
生薬は植物由来のものが大部分を占めるため、平易な言葉で表すと、薬用植物の全部または一部に乾燥や加工を施したものが生薬となる。また、複数の生薬を組合わせたものが漢方製剤等になる。
生薬は医薬品に該当するため、薬用植物の全部または一部を乾燥・加工する際は、日本薬局方の規格に基づかなければならない。一方、薬用植物は、医薬品以外にも健康食品や化粧品などの原料にも用いられるが、その利用は薬用植物の部位毎に区分されており、厚生労働省ではこれを「食薬区分」としてリスト化している。
具体的には、①専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)リストと、②医薬品的効能効果を標ぼうしない限り医薬品と判断しない成分本質(原材料)リストの2つがあり、リスト①には約270種類の植物が含まれ、リスト②には約800種類の植物が納められている。つまり、リスト①に該当する薬用植物等の部位は医薬品として扱われるため、健康食品等の原料としては使用できない。一方、②に該当する薬用植物等の部位は、医薬品的な効能や効果を標ぼうしない限り、健康食品等の医薬品以外に活用できる。
なお、本稿で表記する薬用植物は、上記リスト①の医薬品(生薬)の原料となる薬用植物のことを指し、生薬の原料以外に用いる薬用植物について説明する場合は、その旨を別途記載する。
2.国内の薬用植物の現状
(1)国内の薬用植物の栽培状況
国内では、東京と神奈川を除く全ての道府県で薬用植物が栽培されている。農林水産省の資料によると、図表1に示すように、薬用植物の生産者の戸数は2010年に1,791戸だったが、2015年には2,065戸に増加した。しかし、その後は生産者の高齢化などの影響により、2022年には1,306戸にまで減少している。
一方、栽培面積は多少の変動はあるものの、ほぼ横ばいで推移している。2022年の薬用植物の栽培面積は494haであるが、そのうち北海道の栽培面積は224haとなっており、国内全体の約45%を北海道での栽培が占めている状況にある。背景には、大手製薬会社の生薬の生産・加工・保管施設が北海道に多く存在することが影響している。
薬用植物の特徴の一つに、栽培期間が比較的長いことが挙げられる。しかし、国内で栽培されている薬用植物の栽培面積上位10品目を見ると、ミシマサイコ、センキュウ、トウキなど、栽培期間が1~2年と比較的短い品目が多く栽培されている(図表2参照)。また、一戸当たりの栽培面積は1ha以下の生産者が多いという特徴もある。これは、薬用植物が野菜などに比べて栽培期間が長く、収益が上がるまでに時間がかかるため、生産者の多くは、薬用植物を複合栽培経営の一品目として栽培しているためと推察される。
図表 1 薬用植物の栽培面積・生産者戸数推移
図表 2 薬用植物の栽培面積上位10品目
(2)薬用植物の国内需要
近年、漢方製剤等の生産金額は増加傾向にある。厚生労働省の「薬事工業生産動態統計調査」によると、2015年の漢方製剤等の生産金額は1,671億円であったが、その後も増加が続き、2022年には2,332億円に達した(図表3参照)。この傾向は、漢方製剤等への需要が高まっている証拠であり、健康志向や自然療法への注目が影響していると考えられる。特に、2020年以降の伸びは、新型コロナウイルスの影響により、健康への意識がより一層高まったことが要因である。
図表3 漢方製剤等の生産金額の推移
漢方製剤等の生産金額の増加は、そのまま生薬の需要の増加につながる。日本漢方生薬製剤協会の調査によると、当協会の会員(漢方製剤・生薬製剤・生薬の製造業者/製造販売業者等)62社が漢方製剤等に使用した生薬の種類と総使用量は、2019年度は273品目で27,240tであったものが、2020年度には276品目で27,997tとなり、品目、使用量ともに増加している。
図表4に、2020年度の276品目の内、使用量上位30品目における使用量と原料供給国を示している。それによると、国内での使用量が最も多い生薬はカンゾウである。カンゾウは、グリチルリチンという成分を含み、その甘さは砂糖の約150倍で、喉の炎症を和らげる効果がある。これにより、風邪や咳の症状を緩和するための主要な成分として幅広く使用されている。また、他の生薬との相性が良く、苦みが強い生薬を甘くして飲みやすくする役割も持つ。こうした特性により、カンゾウは漢方製剤等の原料として多く使用されるが、寒冷かつ乾燥した地域を原産とするため、高温多湿な日本の気候では栽培が難しい。そのため、使用量2,019tのうち、国産供給量はわずか0.1tで、多くが中国からの輸入に頼っている。
次に国内での使用量が多いブクリョウは、利尿作用に優れ、体内の余分な水分を排出するため、むくみの解消に効果がある。また、消化器系の働きを助ける作用を持ち、食欲不振や消費不良の改善などに活用されるが、ブクリョウもカンゾウ同様に国内ではほとんど栽培されていない。数値で見た場合、国内使用量1,950tのうち、約100%にあたる1,949tを中国からの輸入に依存している。
特異な存在としては使用量5位のコウイがある。コウイは主成分がマルトースで、その他にグルコースやマルトトリオースを含み、滋養効果や止痛・止咳効果がある。コウイは水分を好むため、日本の湿潤な気候がコウイの水分要求に合致し、国内で多く栽培されている。そのため、2020年度の使用量1,031tの全てを国産で賄っている。
しかし、コウイのように国内供給が可能な生薬がある一方で、多くの生薬は中国からの輸入に依存している。具体的には、上位30品目の生薬の総使用量21,685tのうち、国内供給量はわずか9.0%であり、80%以上が中国からの輸入に頼っている状況にある。
図表4 2020年度 上位30品目の生薬使用量と生産国
(使用量単位:t)
図表5 カンゾウ・ブクリョウ・コウイの特徴
(3)生薬の中国への依存リスク
財務省の貿易統計データで、過去10年間の中国からの生薬の輸入状況を見ると、2014年の輸入量は13,733tであった。その後、輸入量は増加し、2020年には17,013tに達した。2021年には一時的に16,535tに減少したが、翌年から回復し、2023年には18,697tに達している(図表6参照)。
一方、輸入額の推移を見ると、直近の数年間は、輸入量の増加率を上回るペースで輸入額が増加している。これは円安の影響もあるが、中国国内では乱獲により自生の薬用植物が減少していること、そして、経済発展に伴って自国での生薬需要が増加し、価格が上昇していることが要因である。
さらに、中国では環境保全を目的に、一部の野生薬用植物について採取規制や輸出規制等を行っている。特に高い需要を持つカンゾウについては、輸出総量枠が定められている。2008年~2012年の輸出総量枠は毎年3,600tの枠が設定されたが、それが2013年~2014年には4,000t台へと緩和された。しかし、2021年にはこの枠が2,900tに引き締められ、その後、2022年は3,400t、2023年は3,800tと再度緩和されたものの、依然として規制は継続されている。こうした輸出総量枠によっても輸入価格が影響を受け、中国からの生薬の安定的確保が難しくなることが懸念されている。
このため、生薬の原料となる薬用植物の国内での栽培拡大の重要性が高まっている。国内栽培を推進することで、輸入依存度を減らし、供給の安定性を確保することが必要である。
図表6 中国産の生薬・カンゾウの輸入状況
3.国内の薬用植物の課題
中国からの生薬の安定的な調達が難しくなることが懸念される中、国内での薬用植物の栽培拡大が重要となるが、その実現には多くの課題が存在する。ここでは、薬用植物の課題を生産面と流通面から考察する。
(1)薬用植物の生産面の課題
①栽培期間の長さとその影響
薬用植物の栽培では、栽培期間が大きな課題となる。例えば、シソのように5ヵ月程度で収穫が可能な植物もあるが、多くはセンキュウやサイコのように1年以上の期間を要する。国内で最も使用されているカンゾウに至っては、栽培期間が3~5年にも及ぶ。これは、カンゾウの根に含まれる有効成分(グリチルリチン酸)の含量を高めるためである。日本薬局方では、カンゾウのグリチルリチン酸の含量が2.0%以上であることが基準となっており、その含量を満たすために根を十分に成長させる必要があり、栽培に長い期間が必要になる。長期間の栽培は、生産者が収益を得るまでに長い期間を要することを意味し、資金繰りや労働力の確保を含む経営リスクを高めることになる。
②作業の効率性に関する課題
薬用植物は地上部の茎や葉ではなく、主に根や地下茎を収穫するため、特定の機械が必要となる。しかし、現状では薬用植物専用の農業機械がほとんど存在しない。これは、薬用植物が一般的な農作物と比べて市場が限定されているため、農業機械メーカーが専用機械を販売していないことが要因である。そのため、生産者は既存の農業機械を使用し、工夫しながら作業を行っている。専用機械の欠如は収穫作業の効率を低下させ、作業時間が増えることで生産コストが上がる要因となる。また、薬用植物を生薬として出荷するには、収穫後に根や地下茎を洗浄・乾燥し、ひげ根の除去などを行う調整作業が必要となり、これにも手間がかかる。
(2)薬用植物の流通面の課題
①流通の限定とその影響
生薬は一般の農作物のような流通市場が存在しない。そのため、多くが特定の製薬会社との契約に基づいて取引される。この契約栽培の形式は、生産者にとっては販売先が確保されている利点がある一方で、日本薬局方の基準に加え、製薬会社が独自に設定する厳格な出荷基準を満たさなければならず、常に高い品質を維持するための生産・管理技術が求められる。
②産地化の必要性
製薬会社との契約栽培においては、製薬会社は一定の数量を求めるため、単独での生産や少量出荷の生産者とは契約が行われないことが多い。このため、薬用植物の栽培には生産者や自治体、企業などが連携し、生産性や流通効率を向上させる産地化が必要になる。産地化は共同で事業を行う手間を伴うが、その一方で、知識や技術の共有、作業プロセスの標準化、資源の最適化、問題の早期発見・対応などを通じて、品質の向上やコスト削減が可能となる。
なお、薬用植物の産地化事例として、高知県超知町と岡山県高梁市の例を以下紹介する(図表7)。
図表7 薬用植物の産地化事例
4.薬用植物の国内生産拡大に向けた方策
薬用植物の栽培を拡大するため、国内では様々な取り組みが進められている。農林水産省や関連団体は、薬用植物の産地化を推進している。千葉大学と富士通株式会社はICTを活用して薬用植物や機能性植物の栽培技術を確立するための実証実験を実施しており、国立研究開発法人医療基盤・健康・栄養研究所と株式会社プランテックス、ロート製薬株式会社は、3社で薬用植物の植物工場栽培に関する共同研究を行っている。これらの研究や取り組みを通じて、生産拡大や路地以外での栽培方法、栽培期間の短縮化等が模索されている。一方、市場環境を見た場合、これら以外の視点として、高需要品目に着目した薬用植物の栽培拡大と、医薬品以外の薬用植物の活用についての可能性が高まると筆者は考える
(1) 高需要品目に着目した薬用植物の栽培量の拡大
国内の薬用植物の栽培を拡大するための一つの戦略としては、高需要の生薬の栽培を増加させることが挙げられる。具体的には、図表5で示した、漢方製剤等の原料としての使用量が多い生薬をターゲットにする。つまり、カンゾウ、ブクリョウ等に注力して栽培の拡大を図ることが考えられる。
カンゾウは寒冷で乾燥した地域を好み、ブクリョウは高温で乾燥した地域での栽培が適している。そのため、高温多湿な日本の気候では上手く育たず、国内ではあまり栽培が行われていない。しかし、過去に寒冷地での栽培が適し、日本の気候では育てるのが難しかったケールが品種改良を経て国内で栽培が可能になった例や、気温や日照時間に敏感で栽培管理が難しいとされたパプリカが、温室栽培や栽培管理技術の向上によって国内でも栽培が行われるようになった例もある。カンゾウやブクリョウも、生産者と行政や研究機関が協力して栽培方法の確立や技術の向上に努めれば、国内栽培の可能性も高まると考えられる。
安定した供給体制が整えば、製薬会社との契約栽培が可能になる。また、新製品・治療法の研究・開発も進展することが期待され、更なる需要が見込まれる。2020年でカンゾウは2,019t、ブクリョウは1,949tも国内で使用されているが、国内からの供給はどちらも0.1%にとどまっている。このことから、拡大の余地は非常に大きいと言える。
(2)医薬品以外での薬用植物の活用
これまでは漢方製剤等の原料を中心とした生薬や薬用植物について述べてきたが、もう一つ重要な展望として、医薬品以外での薬用植物の活用を拡大させていくことが考えられる。国内には多くの薬用植物が存在し、これらの多様な利用方法を探ることは重要である。特に、サプリメントを含む健康食品の市場は、近年拡大している。健康産業新聞によると、2021年の国内の健康食品市場は1兆2,700億円、2022年は1兆2,900億円(前年比1.6%増)、2023年は1兆3,150億円(同1.9%増)と推計されており、これらの分野での更なる活用が期待される。例えば、薬用植物をベースとした新しい製品の開発や、地方の特産品と組み合わせた商品化が進めば、地域経済の発展にも寄与する。
また、薬用植物を活用した健康・美容イベントやワークショップを実施することで、その知識や価値を広める手段となる。観光業との連携を図れば、地域の活性化にも貢献する。
こうした取り組みから始め、生産者同士の連携を強化し、量の確保を図ることができれば、健康食品会社等との契約栽培の可能性も生まれる。国内での薬用植物の拡大については、生産体制の強化だけでなく、薬用植物の活用にも目を向け、需要を喚起していくことが重要になる。
おわりに
薬用植物(生薬)は、漢方薬や医薬品の原料として重要な役割を果たしており、健康志向が高まる現代において注目されている。しかし、多くの生薬が中国から輸入されており、輸入価格の高騰や供給の安定性が課題となっている。
国内の薬用植物生産者が直面している課題は多岐にわたり、その詳細については本稿では触れなかったが、今後は新しい栽培方法や技術の進展により、国内栽培が拡大することが期待されている。また、高い需要の薬用植物を国内で栽培できるようになれば、国産の原料を使った医薬品や健康食品等の開発も促進される。
新しい市場が開かれることで地域経済の活性化が進み、若い世代が農業に参入するきっかけになる可能性もある。日本の農業は高齢化や担い手不足に悩まされているが、薬用植物が農業の発展を促す一因となることを期待したい。
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