執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部
コンサルタント 李 元(2025年1月17日)
はじめに
ここ数年、スーパーやコンビニで買い物をすると農産物、食品の価格が明らかに高くなったと感じる。実際、2024年12月公表の帝国データバンク「「食品主要195社」価格改定動向調査」」によると、2022年から2024年の間に値上げした食品は70,000品目超で、1回あたりの平均値上げ率は14%、15%、17%と年々増加傾向にある。また、2025年1~4月に値上げが予定されている食品は6,121品目、1回あたりの予定値上げ率も18%と食品値上げの流れはしばらく続きそうである。(図表1)。値上げの要因は、「原材料高」が「エネルギー(電気・ガス含む)」、「円安」等を凌ぎ1位となっている。
それでは、値上げを行う食品メーカーは、調達、製造、販売という商流の中でのコスト増をどの程度価格に転嫁できているのだろうか。中小企業庁「価格交渉促進月間(2024年9月)フォローアップ調査結果」をみると、2024年9月時点で食品製造の価格転嫁率は55.3%と十分に価格転嫁できていないことが分かる。
このような状況下において、筆者は、食品メーカーが販売以外のバリューチェーン(主に調達と製造)を自社でコントロールすることで、中長期の視点において、価格転嫁が不十分な中で「原材料高」を起点とした課題を和らげることができると考える。
本稿では、食品メーカーの調達に焦点を当て、原料調達における生産者との取引におけるポイントを論じる。
図表1 2022~25年の食品値上げ品目数、平均値上げ率(左)と24年の食品値上げ要因(右)
1.食品メーカーの原材料調達における課題と直接取引
食品メーカーの調達課題を考える際、「価格」はもちろん重要だが、当然、「量」と「品質」を無視するわけにはいかない。つまり、(1)安定的な価格での調達、(2)必要量の安定的な確保、(3)原材料に適した一定品質の確保の3つの課題を同時に満たすことが食品メーカーにとっては重要である。
また、食品メーカーによる原材料の調達方法としては、「間接取引」と「直接取引」に大きく分類することができる。なお、本稿での間接取引とは食品メーカーが食品卸売業者等を介して原材料の調達を行うこと、直接取引とは食品メーカーと生産者が直接取引を行うことをそれぞれ指す。
以下、食品メーカーの調達における上記3つの課題を、間接取引と直接取引の2つの調達方法との比較で整理していく。
(1)安定的な価格での調達
間接取引の場合、一般的に食品卸売業者等の中間業者が取扱う農産物の規模は食品メーカーと比較して大きく、生産者に対して価格交渉力を持つことが期待できる。その一方で、中間業者を介す分の価格への上乗せが生じるデメリットがある。加えて、市場価格が変動した際は食品メーカーの調達価格に影響が生じる。量が確保できる市況では一般的に安く調達できるが、量が確保できない市況では基本的に高い価格で取引せざるを得ない。
直接取引であれば、中間業者を介すことによる価格への上乗せは行われず、全量買取り等の条件を付すことで事前に決めた一定の価格で取引することも可能になる。但し、食品メーカーの規模によって価格交渉の強弱が決まるため、小規模食品メーカーは高い価格での調達となってしまう可能性がある。
(2)必要量の安定的な確保
間接取引の場合、気候変動等により農産物が不作であったとしても、食品卸売業者等が有する各地域とのネットワークで、別の地域から農産物を調達できる。但し、そのような需給がひっ迫した状況では、高い市場価格で調達することが多くなるだろう。
直接取引の場合、食品メーカーは生産者と予め取り決めた量を調達できるメリットがあるが、食品メーカーが求める必要量が増える際は、複数の生産者や地域と直接取引を行う必要がある。また、直接取引だけでは気候変動等による不作が要因となり必要量を確保できないリスクもある。
(3)原材料に適した一定品質の確保
間接取引の場合、気候変動等の外部要因により食品メーカーが求める品質の農産物の調達が困難な時は、食品卸売業者等が有する各地域とのネットワークで、外部要因の影響を受けづらかった地域等から類似品質の農産物を調達することができる。一方で、食品メーカーが求める品質が高くなればなるほど、高い品質の生産物を調達できるとは限らなくなる。
直接取引であれば、食品メーカーが求める品質の農産物を生産している特定の地域や生産者からの調達が可能となり、品質改善への要望を直接伝えることもできる。但し、気候変動等により農産物の品質が悪化した際、別の地域から類似品質の農産物を確保できないリスクは残る。
上記をまとめると図表2の通りとなる。3つの課題から調達方法を比較すると、「価格」と「品質」においては、一定価格で中間業者による価格への上乗せもない点や食品メーカーが求める品質の農産物を生産している特定の地域や生産者と取引しながら双方の意見交換が可能な点で直接取引に優位性がある。その一方で、「量」においては必要量を安定的に確保できる可能性が高い間接取引に優位性がある。
その上で筆者は、今後の農業界の構造的な変化を踏まえると、直接取引の重要性が一層高まるものと考える。周知のとおり、日本の農業界は高齢化と共に特に個人農家が断続的に減少しており、その代役として法人を中心とした大規模農業経営が主流になり始めている。彼らは一般的な個人農家と異なり、資金やネットワーク、そして経営者マインドを持ち合わせる傾向が強い。彼らが規模を拡大する中で、また営利企業として再生産・再投資可能な利益を求める中、海外を含めて少しでも条件の良い販売先へ農産物を卸すようになることは自然である。これにより食品メーカーは「価格」等で好条件を提示する必要が出てくる。また、彼らが規模を拡大する中では、販売先となる食品メーカー等が求める「量」や「品質」を確保する農業経営を志すこととなり、仮に販売「量」の確保を自社で満たすことができない場合、既に一部で始まっているが、同様な大規模農業経営者との横連携(産地リレー)の仕組みを構築していくことであろう。食品メーカーからすれば直接取引でも「量」や「品質」を確保し易くなることに繋がるはずだ。
それ以外でも、足元のグローバル経済の動向を考慮すると、今後も不透明さが漂う。農産物の価格は引き続き乱高下しよう。昨年の米不足に伴う需給のひっ迫、米価格の高止まりは記憶に新しい。今年の調達価格は安いが、来年は「倍増」することも頻繁に起こるであろう。生産者、食品メーカー共に、それらに振り回されていては事業計画の実効性はもちろん、持続可能なビジネスとは言えなくなる。
このような時代が早晩訪れた際、量の課題を克服した直接取引のメリットは大きくなる。どのビジネスにおいても長年の信頼関係が重要となる。その時を見据えて、今からそのような大規模農業経営者と関係を構築することには大きな意義があろう。
次章では、長きに渡り大規模に直接取引を実施してきたカルビーと伊藤園を事例に取り上げ、食品メーカーが直接取引を導入、拡大するに当たって筆者が考えるポイントを論じる。
図表2 食品メーカーの原材料調達の主要課題と調達方法の特徴
2.大手食品メーカーによる直接取引の先進事例とそのポイント
直接取引の歴史は古く、早いものだと明治時代初期からビール麦等で行われていた。その背景には原材料の安定確保という目的があったようだ。本章で直接取引の先進事例として取り上げるカルビーと伊藤園も、昨今のような不安定なグローバル経済が訪れる以前から、同様の理由で直接取引を開始している。
生産者との直接取引は長い歴史を有するが、カルビーや伊藤園のように、成功事例として挙げられるのは筆者が知る限り、数えるほどしかない。成功事例が少ない理由は多々あるが、食品メーカーと生産者が「Win-Win」の関係を持続的に構築することが難しい点に集約できる。食品メーカーの側でいえば、前章でも触れたように、必要量の安定的な調達が難しい点であろう。
その理由として、日本の農家は個人単位の小規模農家が多く、食品メーカーが必要とする量に対応できなかったことが挙げられる。また、地球温暖化による気候変動をはじめとした外部要因による不作等が障害となった可能性も高い。そうなると解決策として複数の産地や生産者と連携する重要性が増してくる。
筆者が考える直接取引を導入、拡大する際のポイントは、(1)契約栽培による全量買取りと栽培技術指導等の実施、(2)自社での種苗等の研究開発と契約農家への技術提供、(3)地域との連携拡大の3つであり、以下、カルビー、伊藤園の成功事例を通してレビューしていく。
(1)契約栽培による全量買取りと栽培技術指導等の実施
1つ目のポイントは、契約栽培による規格品の全量買取りと生産者に対する栽培技術指導等の実施である。カルビーは1980年前後に契約栽培を導入している。1970年代、流通するジャガイモの大半は糖分が多い生鮮用であり、ポテトチップス等のスナック菓子を主力とするカルビーは、糖分が少なく高温で揚げても変色しにくい加工用のジャガイモを確保する必要があった。そのため、個別農家や農協に対して生鮮用とは異なる品種の栽培について交渉を実施し、調達・生産に直接関わり始めた。現在は約40名の「フィールドマン」と呼ばれるスタッフが栽培技術指導を実施した上で、収穫されたじゃがいもは生産者の状況やでんぷんの含有量に合わせた単価等で買取っている。また、栽培技術指導の中には、自社で開発した新品種の提供も含まれている。地道な努力の結果、現在の契約農家数は、北海道の約1,000戸を中心に1993年比で2倍超の全国約1,700戸まで拡大している。
一方、伊藤園では1976年に契約栽培を始め、生産者が生産に集中できる環境作りを心掛け、茶葉の全量買取り、栽培技術指導に加えて、自らが集めた市場や消費者ニーズ等に関する情報を生産者へ提供している。多様な品種を栽培できる地区では、飲み手の嗜好に合った品種への植え替えや、有機栽培への転換も積極的に推奨している。2021年時点で同社の全国各地の契約農家による生産量は合計8,517tであるが、国内の茶葉生産量が106,600t(2023年)であることを考えると、伊藤園は契約農家から全国生産量の約8%分を調達していることになる。
このように、契約栽培は必要量を安定的な価格で確保できるだけでなく、栽培技術指導等によって品質の維持、向上にも貢献している。
(2)自社での研究開発と契約農家への技術提供
2つ目のポイントは、自社での研究開発と契約農家への技術提供である。カルビーは、2017年に約10年の研究開発期間を経て開発した「ぽろしり」というじゃがいもを品種登録している。「ぽろしり」は芽が浅いため皮が剥きやすく、糖度が低いので焦げにくいというポテトチップスに適した品種である。また、栽培面では病害虫等に強く、多収が期待できる。量と品質が安定するため、カルビーはもちろん、契約農家にも嬉しい優れた品種である。また、2019年には「なつがすみ」を品種登録に出願しているが、これは関東で問題になっている「そうか病」に耐性があり、関東地区での普及を想定しているようだ。
一方の伊藤園も、有機栽培技術の構築など、茶農業における技術開発に取組んでおり、そこで確立されたものを契約農家へ提供している。また、茶農業の技術開発と普及に向けたロードマップも作成しており、最終的には自社開発した茶農業の技術を契約農家へ普及させることを目的としている。
このように、自社で研究開発を実施、契約農家へノウハウ等を提供することで、品質の向上や安定化に結び付く。
(3)地域との連携拡大
3つ目のポイントは自治体やJAなど地域との連携を拡大することである。カルビーとホクレンは近年、じゃがいもの調達等で協業するようになり、新商品の発売や農家支援等でも連携している。背景には時代の変化が影響している。2017年にカルビーは前年の台風等の影響でじゃがいもが不作となり、ポテトチップスの一部販売休止に追い込まれ、更なる国産じゃがいもの確保が必要になった。一方、ホクレンは、2010年代に入り、消費者需要の変化と共に、じゃがいもの消費が生鮮用から加工用へと大きく動いたことで、加工用販路の安定確保の必要性が生じた。こうした時代の変化が、双方を協業へと向かわせたのだが、結果的に生産者の農業所得向上など、地域の活性化にも繋がる取り組みとなり今日に至っている。
伊藤園は2001年より「新産地育成事業」を開始した。当事業は地域自治体やJAと連携して耕作放棄地を活用した茶葉生産を推進するものである。他の農作物同様、茶葉生産も衰退の一途を辿っており、国産の茶葉にこだわる伊藤園としては将来を見据えて取組んでいるのだが、結果的に足元でも契約農家の拡大に寄与している。耕作放棄地の増加は日本各地の課題ともなっており、当事業が受け入れられやすい環境にもあるのだろう。
このように、地域の課題を解決しながら自社の調達力を拡大していくことは、食品メーカーが必要量を安定的に調達する上で、必要な戦略である。
以上、食品メーカーによる生産者との直接取引における3つのポイントを述べたが、(2)と(3)は時間もかかることが想定される。そのため、食品メーカーが直接取引を導入する際にまず取り掛かるべきものは(1)であろう。(1)の導入で生産者、地域から信頼を勝ち取り、直接取引が安定してきたら、次は直接取引の拡大フェーズへと移る。(1)を継続しつつ、品質の向上、安定化と量の拡大に向けて新たに取り掛かるべきものが(2)及び(3)となる。
もちろん、(1)を実施することで、「全量買取り」のリスクと「栽培技術指導」員のコスト負担や人手の確保という課題が生じる。前者については、自社の製造・販売計画との擦り合わせが必要となるだろう。後者については、栽培技術指導員のコスト分を中長期的に考えた場合、市場での調達価格との差でどこまで埋められるかを考えていく必要があり、人手の確保という点では自社の中から人手を探す他に、地域の農業従事者を栽培技術指導員として迎え入れることで地域に入り込む、地域との連携を拡大するという方法も考えられる。
図表3 カルビーと伊藤園による生産者との直接取引における主なポイント
おわりに
本稿では、まず、食品メーカーの立場から原材料調達で抱える農産物の「価格」、「量」、「品質」における課題に触れ、その課題から考える調達方法の特徴について述べた。その上で、直接取引を導入・拡大する際の筆者が考えるポイントについて、先進的なカルビーと伊藤園の事例を交えて整理した。
本稿で述べた内容は、食品メーカーを起点に調達面での課題を簡易的に捉えてアプローチしたため、本稿から外れる成功事例も多くあると思われる。特に農業分野では、取り扱う農産物の種類や立地するエリアによっても状況が大きく異なるだろう。それでも、マクロとミクロ両方の要因による昨今のグローバルベースでの不安定な原料の調達環境を考慮すると、農産物の種類や立地を問わず、食品メーカーの原料調達戦略はより重要度を増している。
第三章で紹介したカルビーと伊藤園の先進事例だが、もちろん、一朝一夕で両社の調達戦略を取り入れることは不可能である。両社ともにゆるぎない長期の事業・調達面でのビジョンがあったことはもちろんのことだが、そもそもとして、生産者の立場から彼らの悩みや利点を追求したことが出発点のように思える。
もし、多少でも直接取引による調達がある食品メーカーにおいては、常日頃調達している取引先の生産者がどの様な点に悩んでいるか、どの様な利点を取引の中で与えられるかについて考えることで、また新しい独自の調達ポイントが生まれるように思える。
2024年は予期せぬ米不足やキャベツなど農産物の価格高騰等が起こったが、2025年以降も思いもせぬ事態が発生する可能性は十分に考えられる。本稿では間接取引、直接取引で二分して話を進めたが、食品メーカーの事情に応じて、間接取引の中に直接取引を加えるなどの独自の調達戦略を構築することで、「価格」、「量」、「品質」の課題に対応できるものと考える。
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