新型コロナウイルスは徐々に沈静化を見せ始めているが、完全収束には時間を要すると予想されている。農水産業は主要な仕向け先である外食レストランや学校給食などの業務用需要が激減し、全国の各産地で行き場のない収穫物を抱える農水産事業者の悲痛な声が連日のように報道されるなど、業界全体としては大きな被害を受けている。

 その一方、電子商取引(EC)ビジネスに注力してきた事業者の中には、2020年4月のECビジネスの売上高が、前年同月比で5倍を超えた法人もある。また、外国人技能実習生の来日が滞る中、これを機に、農作業の省力化と効率化を図る目的で、農場や農作業の情報をクラウド上で一括管理する営農プラットフォームの導入を開始した事業者もある。「ピンチをチャンス」にとらえようとする事業者も少なからず存在している。

 さまざまな関係者から、「ポストコロナ時代の農水産業界はどうなるか」と尋ねられる。筆者は、「フード&アグリテック」の開発と普及のスピードが世界中で加速するものとみている。コロナ渦では、全産業で、「デジタル化」や「サプライチェーンの持続化」の重要性を改めて痛感したが、農水産業界も例外ではない。デジタル化と持続化の二つのキーワードを軸に、2020年代はフード&アグリテックが農と食の新たな時代を切り開くものと推察する。本連載では、九つのサブセクターから成るフード&アグリテックの市場動向と展望をお伝えしていきたい。

食品 ✖ 農業 ✖ テクノロジー

 フード&アグリテックは、「フード(食品)」と「アグリ(農業)」にデジタルやロボットなどの「テクノロジー」を掛け合わせた造語であり、「スマート農業」に一部の食品・流通分野を含めた農と食の新たなソリューション概念である。その背景には主に五つの期待がある。それは、①農業の担い手を補完する省力化②「匠(たくみ)の農家」の経験と勘の継承③農業経営体の大規模化と担い手の多様化のさらなる推進④将来的な世界の食料需給の逼迫(ひっぱく)懸念の払拭⑤持続可能な開発目標(SDGs)の達成―である。新型コロナの発生前から期待は国内外で高まっていたが、コロナ渦を踏まえて、これらの機運はより盛り上がるものと推測している。

  農業分野の技術革新は、これまで2度の大きな変遷を経て現在に至る。第1次農業革命は、1900年代前半のエンジン(内燃機関)式トラクターの開発であり、それまで牛や馬などの家畜に依存していた欧米の農家の生産性を飛躍的に高めると同時に、各国で大規模農業の組織化を推し進めるきっかけにもなった。第2次農業革命は、60年代の「品種改良」と「化学肥料」、「かんがい」の主に三つの農業技術の開発と普及を指し、アジアの人口増加を背景とする世界の食料危機の懸念を払拭した。およそ60年サイクルで起こる農業分野の大きな技術革新の3度目は、2020年代にフード&アグリテックがもたらすものと予想する。

食料増産と持続可能なシステムを実現

 第3次農業革命の目的、言い換えると、フード&アグリテックに期待される成果は何か。主に二つあり、一つ目は「世界の人口増加に対する食料供給の増産」である。つまり、世界の食料供給が旺盛な食料需要に追い付かない「需給ギャップ」が生じる懸念である。

 食料供給は、基本的に「農地面積」と「単位当たり収量」の掛け算で決まるが、開発途上国の経済成長に伴う農地の宅地転用や世界的な異常気象による火災や水不足などで、今後、農地面積が大きく増加する気配はない。また、第2次農業革命では、三つの農業技術で単位当たり収量を大幅に引き上げたが、1990年代後半からその効果も限定的になりつつある。

 品種改良の考えられる掛け合わせにおいては選択肢が限られつつあり、化学肥料を大量投下することに対しては、環境制約の観点から各国が規制を強め始めている。また、かんがい技術を前提とする水資源そのものが不足する懸念が叫ばれている。フード&アグリテックは環境面や資源面での制約を受けながら食料増産を果たす技術や生産プロセスなどの開発を進めていくことになる。

 第3次農業革命のもう一つの目的は、「持続可能な農と食の新たなエコシステムの構築」である。背景には持続可能な開発目標(SDGs)に対する消費者の関心の高まりがある。リベラル層を中心とする若い消費者を中心に、健康面への配慮の他、環境や動物福祉(動物愛護)などの社会的な課題を解決するために、環境負荷の少ない食材や持続可能性の高い食品を好んで食べる人々が増加している。未来の消費を担うミレニアル世代の嗜好の変化は一過性のトレンドではない。大きなうねりとなって世界中で浸透する可能性が高い。

 今回のコロナ渦でもその脆弱さが露呈したフード・サプライチェーンも含めて、農と食のエコシステムは、持続可能性のある新たなシステムへ移行せざるを得ない局面にあるといえる。米国の大手食肉企業や穀物メジャーなどが、こぞって植物肉の開発に本腰を入れ始めた昨今の動向は、その証左でもあろう。

30年までに6倍以上の市場拡大を予測

 筆者はフード&アグリテックの技術・ビジネス領域を、農と食のサプライチェーンに沿って大きく五つのセクター、九つのサブセクターで整理している。それは、①次世代ファーム(植物工場、陸上・先端養殖)②農業ロボット(ドローン、収穫ロボット、ロボットトラクター)③生産プラットフォーム④流通プラットフォーム⑤アグリバイオ(代替タンパク、ゲノム編集)である。これら五つのセクター合計の2019年の国内市場規模を2526億円と推計しているが、今後、年平均成長率が16.7%で伸長し、30年には1兆6351億円と6倍以上に拡大するものと予測している。

 次回以降、それぞれのセクターの市場環境や事業動向、将来展望を述べていきたい。

佐藤 光泰(さとう みつやす)
野村アグリプランニング&アドバイザリー 調査部長 主席研究員
2002年早稲田大学法学部卒業、野村證券(株)に入社、05年 野村リサーチ&アドバイザリー(株)へ出向、10年 野村アグリプランニング&アドバイザリー(株)へ出向。現在、同社にて、国内外の農と食のリサーチ・コンサルティング業務に従事。
〔専門〕農業経営、農業参入、卸売市場、都市農業、植物工場、スマート農業、フードテック、農食セクターのM&A
〔主な著書〕「2030年のフード&アグリテック~農と食の未来を変える世界の先進ビジネス70」(同文舘出版)など



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