執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部
コンサルタント 中村 圭吾(2025年7月15日)
はじめに
前編[1]では、欧米をはじめとする先進国とは異なる第三の勢力として台頭するグローバルサウス(以下、GSと称する)の背景と、フード&アグリ分野においてGS諸国が共通して直面する課題を整理した上で、それら課題の解決に挑むGS発のスタートアップを紹介した。
本編では、GS諸国間の文化的・社会的多様性から生まれる課題やニーズを踏まえつつ、GS諸国を対等なパートナーとして捉え、二国間が共同で新たな価値を創出していく「共創」を推進するための日本政府や政府系機関の政策や支援スキームと、それらのスキームを活用しながらグローバルな食料安全保障や環境問題の解決に取り組む日本企業の具体的な事例に焦点を当てる。その上で、「共創」の意義と今後の展望について考察を深めていく。
1. グローバルサウス諸国との「共創」を通じた社会課題解決
深刻化する地球規模の課題や紛争への対応は、一国だけでなくGS諸国との協力が不可欠である。GS諸国は、歴史・文化や経済状況が多様で、都市化や高齢化、インフラ不足、食料や医療の脆弱性、気候変動問題等それぞれ異なる課題を抱えている。一方、日本もまた人口減少や労働力不足、資源の輸入依存等の課題が山積しており、GS諸国の成長と活力を活かすことが今後の日本国内の課題解決や成長に直結する。
日本政府は、2024年6月に「グローバルサウス諸国との新たな連携強化に向けた方針」を策定し、①日本の国益増進、②GS諸国との対等なパートナー関係の構築、③国際社会の協調促進を掲げており、具体的な方策として、多様なGS諸国の実情に応じた柔軟なアプローチ支援を明示している[2]。また、2024年12月発表の「インフラシステム海外展開戦略2030」でも、①GS諸国との「共創」による国際競争力強化、②経済安全保障への対応と国益の確保、③GX・DX等の社会変革への機会活用を柱として、GS諸国との「共創」を推進している[3]。
2. 日本政府、政府系機関、地方自治体、民間団体の支援メニュー
日本政府は、政府横断的な体制のもと、日本企業のGS諸国へのビジネス展開を多面的に支援している。2022年に設置された内閣官房・海外ビジネス投資支援室では、各省庁・関係機関と連携して海外ビジネスの準備段階から拡大段階に至るまでの4つのフェーズに対応した支援策を提供しており、日本企業が海外展開に必要な情報や制度を効果的に活用できる体制を整備している(図表2-1)。
図表2-1 海外ビジネス投資支援メニュー一覧

フード&アグリ分野の日本企業のGS諸国へのビジネス展開を支援する主要なスキームとしては、農林水産省や国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)をはじめとした各省庁・関係機関より、多様な制度が提供されている。ここでは特に支援件数が多い、経済産業省の「グローバルサウス未来志向型共創等事業費補助金(通称、グローバルサウス補助金)」及び国際協力機構(JICA)の「中小企業・SDGsビジネス支援事業(JICA Biz)」について紹介する。
グローバルサウス補助金は、GS諸国が抱える社会課題を、日本企業がビジネスを通じて解決することを支援するための制度である。令和5・6年度補正予算において合計約2,900億円が計上されており、小規模案件を対象とする「FS事業/小規模実証[4]」と、大規模インフラ整備等を含む「大規模実証[5]」の2区分で幅広く支援を実施している[6](図表2-2)。「グローバルサウス補助金」の2024年度の採択状況は、「FS事業/小規模実証」では、計3回の公募で490件の応募に対し226件が採択され、採択率は46%であった。一方、「大規模実証」では、対ASEAN諸国対象事業として年間38件の応募に対し20件が採択され、採択率は52%であった。
これに対し、JICA Bizは、開発途上国の課題解決と日本企業の海外ビジネス展開を同時に支援することを目的としており、企業側の費用負担や調整コストが少なく、JICA選定のコンサルティング会社によるハンズオン支援および対象国・地域のネットワーク活用を特徴としている(図表2-2)。JICA Bizは、企業規模やビジネスモデルの構築段階に応じて「ニーズ確認調査」と「ビジネス化実証事業」のスキームに区分され、「ニーズ確認調査」は1件あたり上限1,500万円、「ビジネス化実証事業」は1件あたり上限4,000万円が支給される。2024年度の採択件数は、両スキーム合わせて計57件で、うち約95%が中小・中堅企業向けの支援となっていた。
グローバルサウス補助金とJICA BizはそれぞれGS諸国とのビジネス連携や「共創」を促進する重要な支援ツールである一方で、支援額や対象企業、負担率、その他の支援内容に相違があるため、応募企業は自社の事業規模、戦略、資金状況を踏まえ、両スキームのメリット・特徴を考慮した最適な支援制度を選択することが重要である。
図表2-2 グローバルサウス補助金とJICA Bizの比較

3. GS諸国とのフード&アグリ分野での「共創」トレンド
日本政府は、GS諸国との「共創」において、フード&アグリ分野を重点政策の一つと位置づけ、「グローバルサウス諸国との連携強化」や「インフラシステム海外展開戦略2030」でも、食料サプライチェーンの強化や農業由来の温室効果ガス(GHG)削減、持続可能な農業と農業生産者の所得向上を目指す方針を示している。また、農林水産省は、新たに、2025年5月に「農林水産分野GHG排出削減技術海外展開パッケージ(MIDORI∞INFINITY)」を発表し[7]、日本発の技術を整理・明確化した上で、これらの技術を持つ日本企業や研究機関のグローバル展開を推進している。
フード&アグリ分野の日本企業は、これまで紹介した政府機関の各種公的支援スキームを活用しつつ、GS諸国への進出を積極的に進めており、同分野における「グローバルサウス補助金」や「JICA Biz」の2024年度の採択実績は計76件(「グローバルサウス補助金」59件、「JICA Biz」17件)に上る。本章では、これらのデータから見えてくる同分野の日本企業のGS諸国での進出地域や活用アプローチの傾向を整理した。
(1)フード&アグリ分野における日本企業によるGS諸国の進出地域
東南アジアは経済成長が著しく、日本企業の事業展開が活発であることから、「グローバルサウス補助金」34件、「JICA Biz」8件と両スキームで最多の案件が採択されている(図表3-1)。アフリカも成長ポテンシャルが高く、両スキームで一定数の案件が進んでいる。南アジアや南米は大規模事業を中心に「グローバルサウス補助金」の採択が多い一方、「JICA Biz」の採択は少数である。両スキームは地域の経済状況や企業活動に応じて柔軟に活用されており、GS諸国への進出において補完的な役割を果たしている。
図表3-1 「グローバルサウス補助金」と「JICA Biz」のフード&アグリ分野におけるエリア別採択件数(2024年度)

(2)日本発イノベーションの主要トレンド
フード&アグリ分野における日本企業のGS諸国への主要なアプローチを以下5つの【A】から【E】のカテゴリーに整理し、さらに、前編にて取り上げたGS諸国の共通する5つの課題(【1】食料安全保障の脆弱性、【2】GHG排出と気候変動への対策不足、【3】労働力と人的資源の制約、【4】技術導入のための資金力不足、【5】市場アクセスの困難さ)に対する貢献度を示した(図表3-2)。
図表3-2 GS諸国への主要なアプローチとGS諸国の社会課題に対する貢献

【A】 スマート/デジタル技術導入
IoT、AI、ドローン、ナノバブル発生装置等の先端技術を農林水産業分野に導入し、作物の生育状況や家畜の健康状態をリアルタイムで詳細に観測・解析することで、生産性や品質の安定化を図っている。本アプローチは、例えば、ウクライナでのナノバブル技術を用いた農業再生支援や、ベトナムでの水田用自動抑草ロボット「アイガモロボ」の導入、インドネシアのAI解析による水産資源管理等、各国の多様な農業生産の環境にて適用されている。
【B】 持続可能な農業と気候変動への適応強化
地球温暖化対策として節水農法や農業廃棄物を利用したバイオ炭の生産等、低炭素農業への技術導入も活発である。また、これに関連して、導入した技術によるGHG排出削減を評価し、その削減量の取引を可能とする二国間クレジット制度(JCM)[8]も含めたカーボンクレジットに関する取り組みも注目されている。実際に、フィリピンではJCMを活用した節水稲作、タイではバイオ炭活用による水田のGHG排出削減、ブラジルでは下水汚泥を活用したバイオ炭活用に関する調査がそれぞれ行われている。これらの取り組みは、気候変動への対応策や適応策となるだけでなく、グリーントランスフォーメーション[9](GX)推進の一環として、持続可能な農業の推進にも貢献する。
【C】 バリューチェーンの構築・強化
農産物や畜産物の品質向上と加工・流通の効率化に対する取り組みも重要である。例えば、タンザニアにて、コメ及び穀物の品質向上・収穫後ロス低減の為の高精度水分計の導入調査が進められている。また、ベトナムでの農業機械導入による水田間作[10]の促進も挙げられる。バリューチェーンの構築・強化関連では、ベトナムの高品質・低炭素米、ブラジルの大豆・トウモロコシやタイでのバナナに関する事業も実施されている。これらの活用は、農業生産者の所得向上や地域経済の活性化、そして日本企業の現地との連携促進による新たな市場の創出にも貢献することが期待されている。
【D】 未利用資源・食品廃棄物の資源化促進
未利用資源や食品廃棄物をアップサイクル[11]し、バイオ燃料や肥料、更には工業用の新素材に再生する取り組みも注目されている。具体的には、マレーシアにおける食品廃棄物の低温炭化装置の開発やパーム農業残渣のバイオマスへの利用、モザンビークでのジャトロファ[12]を活用したバイオ燃料のサプライチェーン構築、ネパールでの有機廃棄物のコンポスト[13]への再資源化に関する取り組み等が実施されている。農業由来の廃棄物を単なるゴミとして捉えるのではなく、価値ある資源として循環利用することは、環境負荷の軽減、地域経済の活性化、そして循環型の持続可能な農業システムの構築に貢献している。
【E】 バイオテクノロジーや新技術の活用
バイオテクノロジーを活用した農業生産性の向上や新資材や代替製品の開発が進んでいる。例えば、ベトナムでの植物成長促進剤(バイオスティミュラント[14])を使用した環境ストレス耐性のあるコメ生産に関する調査が行われている。また、タイでは、非可食糖を利用した人工タンパク質粉末の製造、微細藻類を用いた産業排ガスのCO2固定化技術の開発も実施されている。また、これらの新技術は、農業生産を支援するだけでなく、食料の多様化や環境負荷の軽減にも貢献し、イノベーションへのニーズが大きく、先進国に比べて法律や制度も十分に整備されていないGS諸国でこそ実用化が早く進む可能性が高く、新産業への発展としても期待されている。
4. GS諸国が抱えるフード&アグリ分野の課題解決に挑戦するスタートアップの事例紹介
前章にて、GS諸国が抱えるフード&アグリ分野に関連した課題解決に挑戦する日本発の技術やアプローチのトレンドを整理した。本章では、実際に自社が持つ技術・製品を通じて、GS諸国との「共創」に取り組む日本発のスタートアップを3社紹介する。
(1)高機能バイオ炭で拓く持続可能な農業と地球・宇宙の未来
株式会社TOWINGは、「サステナブルな次世代農業を起点とする超循環社会を実現する」をミッションに、2020年2月創業の名古屋大学発のグリーン&アグリテックスタートアップである。地域の未利用バイオマスの炭化物に独自に選別・培養した土壌由来の微生物群を付与する技術を用い、高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)[15]」を開発・製造・販売およびそれに関連する技術サービスの提供を行っている。宙炭は農地の土壌肥沃度向上や作物の品質改善、収穫量増加に貢献するほか、GHG排出削減や資源循環の促進にも寄与する。同社は、これまで累計約29.5億円の資金調達を実現し、高機能バイオ炭に関する更なる研究開発および国内製造拠点の拡充、そして海外事業拡大に向けた体制構築を進めている。
同社は、グローバルでも存在感を強めている。2025年4月には、International Biochar Initiative(IBI)[16]と共同で、日本国内で初となる国際的なバイオ炭カンファレンスを主催し、グローバルで盛り上がりを見せる「農業×バイオ炭市場」を主導している。また、GS諸国における事業展開では、「グローバルサウス補助金」を活用し、タイにて微生物培養プラントの現地実装及び大型化プロジェクトを開始している。また、ブラジルではJICAや農林水産省と連携しながら、劣化牧草地の再生に向けた高機能バイオ炭の適用可能性や実証栽培の検証を行い、現地の研究機関との連携強化を図っている。これら国内外の活動を通じて、同社は、現在グリーン&アグリ領域のプロフェッショナルカンパニーとして、グローバルな食料問題の解決に挑戦している。
図表4-1 タイ・カセサート大学との研究協力の調印式

(2)衛星×AIで環境負荷削減の推進と農家の所得向上に挑戦
サグリ株式会社は、2018年に設立された岐阜大学発のスタートアップとして兵庫県丹波市に本拠を置き、衛星データと人工知能(AI)を活用して農地解析と営農支援を行っている。創業者の坪井氏は、2016年にルワンダで親の手伝いのために農業に従事し学校に行けない子供たちの現状に衝撃を受け、宇宙分野の知識を活かして非効率な農業生産の課題解決を 目指し同社を設立した。現在、同社は、国内外で衛星データや土地区画データをもとに独自技術で農地の見える化を実現し、耕作放棄地の検出、作物分類の推定、農地と人をつなぐマッチング、といった4つのサービスを軸とした農地の効率的活用や営農支援を行っている。
特に持続可能な農業と食料生産体制の構築、そして脱炭素社会の実現に向けて、海外でも、これまでアジアやアフリカ等、14カ国で事業を展開し、計10万を超える農家にサービスを提供してきた。AIにより収集・解析した衛星データをもとに、化学肥料から有機肥料への転換による亜酸化窒素の排出削減や、間断灌漑技術[17](AWD)を用いた水田からのメタン排出削減を通じたカーボンクレジット創出事業にも着手している。2024年11月からは、カンボジア・プルサット州にてAWDの実証実験を開始し、農家の所得向上と持続可能な農業の実現を目指している。さらに2024年も、VCやCVC、事業会社等から約10億円を調達し、これを背景に海外展開を加速させており、GS諸国での事業強化を進めている。「グローバルサウス補助金」や「JICA Biz」も活用し、中南米地域にて日系移民社会での営農最適化、肥料コストの削減、そしてカーボンクレジット創出による所得向上にも取り組んでおり、日本発ベンチャー企業として世界に飛び出し、農業の環境負荷低減や持続的社会の実現に向けて取り組んでいる。
図表4-2 現地の「共創」パートナー達と坪井代表

(3)現地の植生を活かしたバイオ燃料開発
日本植物燃料株式会社は、2000年に設立され、アフリカ・モザンビークにて電子農協[18]基盤「Agroponto」の開発・運営を手掛け、小規模農家の組織化と農家の市場アクセス改善、生計向上を図ってきた。さらに同社は、農作物取引の電子化により公正で記録可能な取引プラットフォームを構築し、NFC[19]カードを用いた電子バウチャー事業で物資配布や購入補助金管理の効率化を図り、地域の農業基盤強化に貢献してきた。
同社は、20年以上に渡りモザンビークにて、ジャトロファ[20]を活用したバイオ燃料の研究開発と生産にも取り組んでおり、現地の農業発展と環境保全を両立させる持続可能なバイオ燃料事業を推進している。ジャトロファは乾燥や過酷な環境に強い非可食作物であり、食料生産と競合せずに栽培可能であることから、地域の荒地緑化やフェンス植樹、剪定枝や搾油残渣のバイオ炭活用による土壌改良等、多角的な用途・機能がある。研究を重ね、在来種と比べて約50倍の収量を誇るジャトロファ品種の開発に成功している。
現在、同社は、「グローバルサウス補助金」も活用しながら、モザンビーク北部のナカラ港からマラウイ、ザンビアへと繋がるナカラ回廊沿いにて、高収量品種のジャトロファを栽培し、バイオ燃料として供給している。それにより海事海運産業の脱炭素化、農家の所得向上、そしてアフリカ地域の社会経済基盤の強化を推進している。年間40万トンのバイオ燃料生産を目指しており、この生産量は、日本国内で1年間に回収される廃食油の総量に匹敵する。さらに、同社は、搾油後の残渣等のバイオマスを活用してカーボンクレジットの創出も目指しており、これにより年間最大800万トンのCO₂排出削減・除去が可能となる。
図表4-3 現地の社員と対話する合田代表

5. 日本企業がGS諸国にて持続的なフード&アグリ分野の事業展開を実現するための考察
最後に、これまでの内容を踏まえて、筆者が考える、日本企業がGS諸国に進出し、持続可能かつ効果的な事業展開を実現するための要諦として、以下の3点を提言したい。
(1) GS諸国を対等なパートナーとして捉えた「共創」に基づく事業モデルの構築
現地の文化や慣習、ニーズを深く理解し、信頼関係を築ける適切なパートナーの発掘・連携が不可欠である。GS諸国は文化・社会・経済環境が多様であり、スケジュール感や根回しといったビジネス上の慣習やSNSやメール等のコミュニケーション手段の違いから、日本流の考え方や仕事の進め方がそのまま通用しない場合が多い。特に、日本国内でよく見られる「阿吽の呼吸」による暗黙の了解や非言語的な意思疎通は、文化や言語の異なるGS諸国では通用しづらいため、一層明確かつ丁寧なコミュニケーションが求められる。したがって、一方的に日本のやり方を押し付けるのではなく、GS諸国を対等なパートナーとして捉え、その歴史や文化、慣習、価値観を十分に理解し、相手の視点やニーズに立脚した現地化された事業モデルの構築が求められる。
特に、フード&アグリ分野においては、現地パートナーは地域の文化・慣習、農業技術、気候条件、市場環境を熟知しているだけではなく、行政機関や農家団体、流通業者等との強いネットワークを有しており、これらを活用することで市場参入や事業拡大が迅速に進められる。前章で紹介した各企業も、現地の研究機関や政府機関と連携し、社会課題とニーズに適合した技術実証と事業展開を進めることで、地域に根ざした課題解決に挑戦している。こうした双方向の対話を通じて、現地パートナーと信頼関係を築き、ともに課題解決や価値創出に取り組む「共創」による事業展開こそが、持続可能で実効性の高い成果を生み出す鍵である。
(2) GS諸国の「サンドボックス」としての活用とリバースイノベーションの展開
GS諸国ではイノベーションへのニーズが高く、先進国に比べて法律や制度が十分に整備されていないため、規制の制約をあまり受けることなく先端技術の実用化が比較的早期に進みやすい。また、現地の労働コストや運営コストが先進国と比較して相対的に低い点も大きな特徴である。フード&アグリ分野の先端技術は、研究開発から商業化に至るまでに規制当局や利害関係者との調整、高額な資金調達が必要となることから、一般的には約10年以上、早くとも5年程度の期間がかかる。このため、日本企業はGS諸国を「サンドボックス」[21]として活用し、先端技術の実証や大規模なフィールドテストを実施することで、日本国内や他の先進国と比較して、比較的少ない資金かつ短期間での商業化や事業拡大を実現できる。さらに、多様な現地の課題やニーズに適合させて実用化した社会課題解決型の技術・製品・サービスは、他のGS諸国への横展開にとどまらず、「リバースイノベーション」として、規制が厳しい日本を含む先進国にも導入可能であり、新たなイノベーションの種を生み出すことができる。前章で紹介したサグリ社も、衛星データやAI技術を活用してGS諸国の農業効率化と持続可能性の向上に取り組むと同時に、そこで得られたノウハウや知見を日本国内の持続可能な農業モデルの創出に活かしている。このように、GS諸国は技術実証の場としてだけでなく、グローバルなイノベーション創出の重要な拠点であり、日本企業にとっては競争力強化と事業成長を加速させる戦略的な舞台であると言える。
(3) 公的支援制度の効果的な活用による事業推進
「グローバルサウス補助金」や「JICA Biz」等の公的支援制度は、支援金額や対象企業、負担率、コンサルティング支援の有無等、支援内容に違いがあるため、応募企業は自社の事業規模や戦略、資金状況を踏まえ、これらを含む多様な公的支援制度を適宜活用・乗り換えながら、最適な制度を選択することが重要である。また、公的支援の利点は金銭面にとどまらず、現地の日本国大使館やJETRO事務所、JICA事務所が有する人的なネットワークも活用できる点も強調したい。これらの機関は、GS諸国のフード&アグリ分野に関連する政府機関や民間企業と関係を築いており、信頼できる現地パートナーや事業推進に必要なキーパーソンの紹介を通じて、現地での事業の認知度向上や規制対応、ネットワーク形成を後押しすることが可能である。さらに、フード&アグリ分野では、農林水産省、経済産業省、JETRO、JICAをはじめとする公的機関が、毎年企業派遣ミッションを通じて、現地パートナー企業とのマッチングの機会を提供している。前章で紹介した各企業もまた、GS諸国で出会った人や課題に対する原体験をきっかけに、GS諸国との「共創」の事業に取り組んでいる。GS諸国への進出を目指す日本企業は、このような機会を積極的に活用しつつ、公的支援制度による資金面でのメリットを享受するとともに、各機関が有する豊富な人的資源を効果的に引き出すことが、事業展開を円滑に進めるうえで極めて重要な成功要因となる。
おわりに
日本の食料自給率は、カロリーベースで40%を下回っており、また労働者人口も年々減少しており、食料安全保障のみならず、日本という国を存続させるためにはGS諸国を含めた他国との共存が不可欠となっている。そのような中、日本がGS諸国から「選ばれる」ためには、一方的に日本のやり方を押し付けるのではなく、相手国の内なる声に耳を傾け、日本発の技術をGS諸国に展開していくことが重要である。今回事例として紹介した3社に加えて、フード&アグリ分野で先進的にGS諸国と「共創」に取り組む日本企業は多く存在する。また、日本企業がGS諸国で持続的に事業を展開していくためには、数年単位の事業への投資コミットメントが必要となるため、あらゆる角度から公的支援制度を効果的に活用しながら、継続して事業に取り組むことが必要と考える。
[1] 「グローバルサウスの台頭とフード&アグリビジネスの可能性(前編) - グローバルサウス諸国のフード&アグリ分野の課題 -」野村證券HP (https://www.nomuraholdings.com/jp/sustainability/sustainable/fabc/data/20250618_2.pdf)
[2] 「グローバルサウス諸国との新たな連携強化に向けた方針 概要」内閣官房HP (https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kaigai_business/pdf/gsc_summary.pdf)
[3] 「インフラシステム海外展開戦略2030」首相官邸HP (https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keikyou/dai58/siryou6.pdf)
[4] 「実証」は設備や装置の導入を伴うもの、「FS(フィージビリティ・スタディ)」は伴わないものという区分けになっている。
[5] 「大規模実証」は、さらに対東南アジア諸国連合(ASEAN)[5]加盟国と対非ASEANに分けられる。
[6]また、令和6年度補正予算から、ウクライナ現地及び周辺国の破壊されたインフラ再建やエネルギー供給等による復興を支援するために、「ウクライナ復興支援・中東欧諸国等連携強化」スキームも追加されている。その他、委託事業として、対象国・地域の長期的な発展を計画的に進めるための包括的な計画「マスタープラン」の策定事業も実施している。
[7] 「農林水産分野GHG排出削減技術海外展開パッケージ 概要」農林水産省HP (https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/kankyo/attach/pdf/250530-9.pdf)
[8] 途上国等への優れた脱炭素技術等の普及や対策実施を通じ、実現したGHG排出削減・吸収への我が国の貢献を定量的に評価するとともに、我が国の国別削減目標(NDC)の達成に活用する制度。
[9] 化石燃料中心の社会から脱炭素社会に向けて再生可能なクリーンエネルギーに転換していく取り組みのこと。
[10] 水田で稲の収穫後に他の作物を栽培する農法。
[11] 廃棄物等を単にリサイクルするのではなく、元の素材や製品よりも高い価値や品質のある新しい製品や材料に変換・再利用すること。
[12] 熱帯地域を中心に自生・栽培される植物で、種子に含まれる油脂からバイオディーゼル燃料を生産できることから、再生可能エネルギー資源として注目されている。
[13] 生ゴミや農業廃棄物、落ち葉等の有機廃棄物を微生物の働きで分解・発酵させて、土壌の肥沃度を高める肥料(堆肥)に変える自然循環の技術。
[14] 植物の成長を促進し、ストレス耐性や栄養吸収効率を高めるために使用される天然由来の物質や微生物製剤。
[15]「 宙炭」は、TOWINGの独自前処理技術と微生物培養技術を農研機構の技術と融合して開発した土壌改良資材である。土壌の健康を改善し、化学肥料削減や有機転換を促進するとともに、作物の品質・収量向上に寄与する。一般的なアルカリ性バイオ炭とは異なり中性に近いため、単独使用でも作物が良好に育つ特徴を持つ。さらに、地域の未利用バイオマスのアップサイクルや農地での炭素固定を通じて温室効果ガス削減を可能とし、環境再生型(リジェネラティブ)農業の推進に貢献する革新的なソリューションである。
[16] バイオ炭の研究・開発・普及を推進するアメリカの非営利団体。
[17] 水田に水を張る湛水(たんすい)と、水を抜く落水を繰り返す農法で、栽培期間中に土壌を適度に乾燥させることで、水の使用量を削減するとともに、田んぼからのメタン排出を抑制する農業技術。
[18] 「電子化された農業協同組合」のことであり、農業協同組合(農協)の業務やサービスをデジタル技術やICT(情報通信技術)を活用して効率化・高度化した仕組みや組織を指す。
[19] 近距離無線通信技術の一つで、数センチ程度の近距離でデータの送受信を行うことができる規格。スマートフォンやICカード等の間で非接触にて通信が可能で、決済や認証、情報交換等、幅広い用途に使われている。
[20] トウダイグサ科に属する耐乾性の高い非食用の植物で、主に熱帯・亜熱帯地域で栽培されている。種子には高い油分を含み、持続可能なバイオ燃料の原料として注目されている。
[21] 新規事業や革新的なサービス・技術を、既存の規制や制約を一定期間・限定的に緩和した環境下で試験的に実施できる制度や仕組み。
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