広がるカーボンニュートラル対応

 産業としてCO2の排出量が多い鉄鋼業界では、主要企業の脱炭素化対応が急速に進んでいる。2019年頃から欧州の主要鉄鋼企業がカーボンニュートラル(CN)の目標設定とそのための実行計画を発表したが、20年後半以降、日本、中国、米国等の主要鉄鋼会社が相次いで30年前後のCO2排出量の削減目標、50年のCN 達成、さらにこれらに向けた実行計画を発表している。

 21年9月末時点で、野村がカバレッジしている鉄鋼会社10社のうち7社が50年にCN を達成する目標を発表している。また、30年のCO2排出量の削減目標は、高炉で13年を基準として3割前後、電炉で同5割前後となっている。これらの目標設定はグローバルな比較からも遜色ない内容といえる。

 高炉と電炉では粗鋼生産1トン当たりのCO2排出量が大きく異なるが、日本はそれぞれの分野で世界の主要企業に比べて現状でも低水準のCO2排出原単位となっている。もともと省エネルギー対応で先行した点が背景にあると考えられる。

先行する日本の技術力

 実際に脱炭素化対応でも日本は先行している側面がある。まずは高炉への水素の投入である。高炉の中では、酸化鉄である鉄鉱石は石炭による還元反応で、銑鉄となる。これを部分的に水素で代替する技術である。既に、日本製鉄の製鉄所の試験設備で実証実験が開始されている。

 フェロコークスや熱間成形還元鉄であるHBI を高炉に投入することによりCO2排出量を削減する取り組みも既に実証試験が進んでおり、30年までには実用化が予定されている状況である。

 さらに、完全水素還元製鉄に向けて製鉄プラントでは、神戸製鋼所のミドレックス法が世界的にも最先端の位置にあると見ている。同製法は天然ガスベースの直接還元鉄のプラントで世界シェアの約8割を占める。この技術をベースに既に水素濃度75%の水素還元の実用化の実績がある。また、100%水素還元の技術開発についても実現に向けて一定の目処が立っているとのことで、既に、欧州のアルセロール・ミッタルとこの分野で提携している。

世界初のCN への移行

 個別企業では山陽特殊製鋼のCN 対応を特に評価している。同社の欧州子会社のオバコは先進的な対応をしており、22年1月からCN 体制に移行することを21年9月末に発表した。これは野村の調査の範囲では、鉄鋼会社として世界で最も早いCN へ移行と判断している。

 オバコはスウェーデン、フィンランド等に生産拠点を持ち、電炉で特殊鋼を製造する会社である。北欧の水力発電など化石燃料に依存しない電力を主要なエネルギー源としているほか、水素を燃料として活用することに積極的に取り組んでいる。現在でも粗鋼生産1トン当たりのCO2排出量は現地の高炉の10分の1程度と世界的に最も少ない。

 現在、自社の工場内にカーボンフリー水素プラントを22年内に稼働予定で建設中であり、今後に一段とCO2排出量が減少する見通しである。同社が完全にCO2排出量をゼロにするまでは、カーボンクレジットを購入して、実質的にCN を達成する形に22年1月から移行する計画である。

 山陽特殊製鋼は、日本でもCO2排出量を13年比で50%以上の削減を目標とし、積極的に脱炭素化に取り組んでいる。

世界に先駆けて積極開示

 普通鋼電炉大手の東京製鐵は、もともと気候変動対応に積極的である。英国のNGO(非政府組織)のCDP の気候変動調査において、世界の鉄鋼業界の中では唯一、19年、20年とA格付けを取得している。同社は21年6月末にTokyo Steel EcoVision 2050を更新し、30年、50年の削減目標の内訳をホームページで公表した。

 具体的には、同社は30年で13年比60%のCO2排出原単位の削減を目標としている。その内訳は、再生可能エネルギーの活用が43%、脱炭素技術の導入や既存プロセスの見直しが8%、エネルギー効率の向上が6%、コークス等の加炭材の使用減が3%、である。50年のCN 達成の目標にも同様の内訳がある。こうしたCO2削減策の内訳を詳細に開示した事例は、野村の調査の範囲では東京製鐵が世界の鉄鋼会社としては初めてではないかと考えている。

 CO2削減についての技術的な難易度や実現可能性については、外部からは判断が難しい側面がある。内訳を詳細に開示することで、外部に対しては綿密に練られ、実現性がある積み上げられた計画との印象を与え、説得力を持たせる意味があると考えている。

(松本 裕司)

※野村週報2021年10月11日号「産業界」より

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