日本国債:インフレ上昇は本格化せず

 海外ではインフレ率が歴史的な水準まで上昇しているが、日本でインフレ率や長期金利が上昇する可能性は低いとみる。

 FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長は2021年12月1日の議会証言で、「高いインフレ率が持続的になるリスクは明らかに高まった」と述べ、引き締め加速姿勢を示した。

 また日本銀行の安達審議委員は12月1日の講演において、日本で物価が上昇する可能性が高まったとの見解を示した。安達委員はハト(景気重視)派とされており、物価上昇に対して慎重とみられていただけに、安達委員の物価上昇に対する見解は、一部の市場参加者の注目を集めた。

 日本の企業物価指数(11月)は前年同月比で+9.0%と、41年ぶりの高い伸び率となった。しかし同統計で、最終財価格は15年平均を下回っており、原材料高に伴う価格転嫁は川上に止まる。日銀が公表している「基調的なインフレ率を捕捉するための指標」をみても、10月の消費者物価指数(除く生鮮)の品目における「上昇品目比率-下落品目比率」は、ようやく新型コロナ前の20年1月並みの水準に戻ったに過ぎない。

 野村を含め、多くのエコノミストは米国や欧州のインフレ率は22年入り以降、徐々に低下していくことを想定している。

 足元の日本の企業物価指数が上昇しているのは、原油高など、世界的な物価上昇の流れを反映しているに過ぎず、日本独自の要因がある訳ではない。上記の通り海外のインフレ上昇が徐々に鈍化するとすれば、日本だけインフレが上昇する可能性は低いと言えよう。

 日銀の黒田総裁は23年4月で任期満了となる。日本のインフレ率が2%に向かって上昇していれば、新総裁の下でのマイナス金利解除も意識されるだろう。ただしブルームバーグが12月上旬に、エコノミスト46名を対象として行った調査では約8割が、マイナス金利解除時期は「24年以降」、あるいは、「マイナス金利解除を想定していない」と回答。日銀の利上げが見通しにくい中では、日本の長期金利も21年並みの水準で低位安定的に推移すると野村ではみている。

米国債の見通し:引き続き1 %台で推移

 22年の米10年国債利回りは引き続き1%台で推移すると予想。その背景として、FRBのタカ(物価安定重視)派的姿勢による金利上昇圧力と、成長鈍化の織り込みによる金利低下圧力が相殺することを挙げることが出来る。

 21年9~10月は、米国でインフレ上昇への懸念が一段と高まり、FRBもタカ派姿勢を強めたことで、米金利は上昇した。しかし11月以降は、FRBのタカ派化による将来の成長鈍化が織り込まれ、米金利は低下。金利低下がオミクロン株への懸念が高まる前から発生していることは、オミクロン株への懸念が後退しても、大幅な金利上昇が望みにくいことを示唆していよう。

 野村では少なくとも22年前半までは、米インフレ率が2%を大きく上回ると予想。FRBに関しても、少なくとも22年前半までは、仮に株安が進行してもタカ派的姿勢を緩めないだろう。

 一般的に、中銀が過度にタカ派化することで、株安が発生することを「政策ミス」と呼ぶ。18年にパウエル議長が追加利上げの方針を示したところ、株価が大幅に下落。その後の結果、利上げの打ち止めに繋がったことは、「政策ミス」の典型例として挙げられることが多い。

 ただし現在のFRBにとっての政策ミスは、株安よりも「ハイパーインフレ」の到来であると考えられる。

 インフレ率はある程度の水準まで上昇すると、上昇に歯止めが利かなくなり、所謂、ハイパーインフレの状態となる。ハイパーインフレが発生すれば、自国経済に壊滅的な影響を及ぼし、その度合いは単なる景気後退の場合を大きく上回る。

 中央銀行は株安とハイパーインフレを、「実現した際の経済へのダメージ」と「実現可能性」で天秤に掛けていると考えらえる。平時であれば、ハイパーインフレの実現可能性が非常に低いがゆえに、株安の回避を重視したかじ取りとなるだろう。

 しかし現在は、米CPI(消費者物価指数、前年比)が約40年ぶりの高水準にあることからも分かる通り、ハイパーインフレの到来が現実味を帯びてきている。FRB は金融引き締めで株安が生じても、当面はインフレ退治を続けざるを得ないとみる。

 既にドル金利スワップは、24年頃からの米国利下げ(景気後退)を織り込み始めている。そのような環境下でFRBがタカ派的姿勢を維持すれば、一段と景気後退の織り込みが進み、米金利の上昇は抑制される可能性が高いだろう。

(中島 武信)

※野村週報2022年新春号「内外債券市場」より

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