株高なき円安の背景にインフレ加速

 ドル円は1998年8月以来の円安水準である140円超えに至った一方、日本株は年初からのレンジ相場が続いている。過去20年間、円安は株高を伴うことが多かったが、今回はそうなっていない。

 株価に対する「円安効果」は、円安そのものの理由によって大きな差が表れる。円安局面をその根本原因によって、①日本銀行のサプライズ緩和型、②世界景気拡大型、③インフレ加速型、と3タイプに分類した場合、今回は③に相当する。

 ①は流動性供給によるバリュエーション(価値評価)上昇(2013~14年のアベノミクス初期)、②は外需(数量)見通しの改善をともなうEPS(1株当たり利益)上昇(典型例は16年後半のトランプラリー)、がそれぞれ見込める。これに対し、③の円安による株高効果は、主に為替換算と円建て輸出額の上昇に限定され、数量増を伴わない。現状、FRB(米連邦準備制度理事会)がインフレ退治を最優先していることにより、むしろ外需見通しは悪化している面がある。

 野村ではドル円の一層の上振れリスクはあり得ると想定しつつも、150円を超えるような持続的なドル高・円安局面になるとは見ていない。金利先物市場ではすでにFRBによる4.25%までの利上げ局面が織り込まれており、日米金利差の面からの追加的なドル高作用には限界が近づいていると考えている。現状、ドル円は当面の利上げ局面だけを見に行っている状況だが、利上げのピークに近づけば24年以降の利下げを織り込みながら徐々にドル安・円高に転じるというのがメインシナリオだ。

 日米株価はFRB のタカ派(金融引き締め重視)化を十分に織り込めているか。8月後半から米実質金利が再上昇するとともに、日本株のファクター(特性)リターンではバリュー(割安株)が優位となっている。しかし、日本株のバリュー/グロース(成長株)相対株価が織り込んでいる米実質金利水準は、実際の1.0%前後とは乖離が生じており、米国株のPER(株価収益率)も米実質金利との見合いで割高となっている。米国株に連動しやすい日本のグロース株には調整圧力が働きやすい状況と言える。

リオープン/インバウンドに注目

 米国マクロの観点で、日米株価の持ち直しを正当化する材料があるとすれば、インフレ率ピークアウトの可能性である。米インフレ指標が市場予想を上回る確率を数値化した「サプライズ指数」は低下傾向が強まっており、市場にはインフレ面からのショックが及びにくくなっているのは事実だろう。同指数の低下に先行しながら、ISM(全米供給管理協会)製造業供給者納期指数が下落傾向を維持していることも注目される。供給制約が徐々に解消することによって財の需給ひっ迫が和らぎ、インフレ指標は上振れにくくなってきたと言える。

 しかし、ジャクソンホール会議(8月26日)においてパウエルFRB 議長は、インフレ指標の低下を素直に好感する金融市場(特に株式市場)を強くけん制した。念頭にあったのは、賃金上昇率が高止まりするリスクだったとみられる。今後、米金融政策ひいては日米株価の先行きを占う重要指標とみる。頻度の高い指標としては週次の新規失業保険申請件数にも注目したい。

 日本株投資の基本戦略は、引き続き、世界景気に対するディフェンシブ性(景気に左右されにくい特性)を最優先ファクターとする。日本独自の強みがあるテーマとしてはリオープン/インバウンド(経済活動の再開/訪日外国人)は一層魅力が高まっている。

 岸田政権は9月7日に訪日外国人客数の上限を2万人から5万人に引き上げたばかりだが、9月11日には「上限撤廃検討、10月までメドに判断」「水際対策、個人旅行解禁も調整」と報じられた。ビザ取得の免除も併せて検討されるという。野村では23年半ばにも訪日外国人客数がコロナ前の水準(年間3,200万人)を回復すると見ているが、政府の積極姿勢はここにきて想定以上と言える。株価の観点からは、インバウンド関連銘柄が織り込む訪日外国人客数の水準が3,000万人を依然下回っており、コロナ前に市場が急拡大していたことも踏まえれば、上昇余地が大きいと見る。なお、欧米株式市場では空運など旅行関連銘柄が低迷しているが、もともと観光産業の成長率が低かった点で日本とは状況が異なる。

 向こう6カ月の投資戦略として、①海外景気に対するディフェンシブ性、②リオープン/インバウンドの恩恵、を優先し、③短期調整のリスクは踏まえつつも中長期的にはグロース株が相対的なパフォーマンス向上につながると考えている。

(市場戦略リサーチ部 池田 雄之輔)

※野村週報2022年9月19日号「焦点」より

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