プライム市場により高い企業統治水準

 3月が本決算の企業の大多数は6月に定時株主総会を開催するが、その数は全上場企業の約6割に上る。株主総会では配当の決定や取締役の選任など会社の運営にとり重要な事柄を決定することから、主要株主である機関投資家は、株主総会上程議案の賛否を適切に判断するために議決権行使基準を策定し、適宜その見直しを行う。

 2022年6月開催の株主総会における機関投資家の議決権行使基準の改定で注目されるポイントの一つ目は、東京証券取引所の市場改革により4月4日から開設されたプライム市場に上場する企業に対するものである。プライム市場は「グローバル(国際的)な投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場」と位置付けられていることから、求められるコーポレートガバナンス(企業統治)でも、他の市場(スタンダード、グロース市場)より高い水準が期待されている。

 このため、機関投資家の議決権行使基準において、取締役会における社外取締役の人数を、これまでの「複数名」から、「全体の3分の1以上」選任することを求める改定を行う動きが多く見られている。

 社外取締役の増員は、主に取締役会の業務執行(経営陣)に対する監督機能の充実をも目的とするものである。そして企業が適切に業務執行を行うことにより企業価値、及び国際競争力を高めることが期待されている。また、この目的はプライム市場の上場企業のみに当てはまるものではなく、全ての上場企業に対して要請する社外取締役の数を取締役会全体の3分の1以上に変更する機関投資家も見られている。

 これに加え、上場子会社のような、実質的に当該企業の意思決定を決定できる支配株主が存在する企業に対しては、それ以外の企業よりも高いガバナンスの水準を達成するため、取締役の過半を社外取締役とすることを求める機関投資家も増えている。

 さらに、取締役会におけるダイバーシティ(多様性)を確保するために、少なくとも1名以上の女性役員を取締役会や監査役会等に置くことを要請する機関投資家も増えてきた。日本では、管理職に占める女性の割合が諸外国に比べ相対的に低いことから、これを高めることを促す狙いもある。

サステナビリティへの対応が要請される

 二つ目の注目点は「サステナビリティ(持続可能性)課題」への対応に関する議決権行使基準の改定である。これは、環境問題や人権問題など、地球規模で解決すべき課題に対する取り組みを企業に対し促すことが主な狙いと考えられる。

 現在、サステナビリティ課題のうち最も頻繁に取り上げられるのは気候変動に関わるものである。例えば、温室効果ガス削減に関する国際的な取り決めである「パリ協定」に沿った中期・長期の目標設定や、その実現に向けた具体的方策の開示を求めるとともに、実際の削減目標の設定や、達成に向けての進捗についての開示や説明を企業に対し求めるよう議決権行使基準を改定する機関投資家が見られてきた。

 また、プライム市場上場企業は21年に改訂されたコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)によって、気候関連情報の効果的な情報開示や取り組みを国際的に議論するために設置されたTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言に沿った情報開示や取り組みが求められている。このため、これを議決権行使基準に取り入れる動きも見られ始めた。

 これらの他には、取引関係の長期安定を目的に行う政策保有株式を多量に保有している企業に対する議決権行使基準の設定なども注目される。

 機関投資家は、要請する基準を達成できない場合、通常は社長や会長など、企業の経営トップの取締役選任議案に反対して彼らの意思を示す。しかし、経営トップの取締役選任への反対は、業績不振や不祥事など様々な理由があるため、企業に対し投資家の問題意識が明確に伝わらない懸念がある。

 このため、問題意識を明確にするために企業と建設的な対話(エンゲージメント)を行って対応や取り組みを求め、それでも対応が進まない場合には取締役選任議案に反対する方針を打ち出す事例が見られるようになってきた。すなわち、議決権行使とエンゲージメントの双方を効果的に使い、機関投資家と企業との相互理解を深めることが強く意識されているといえよう。

 個人株主にとっても議決権行使は重要な権利である。機関投資家の議決権行使基準の改定やエンゲージメントへの取り組みは、環境、社会、企業統治(ESG)における注目点や、それらに対する機関投資家、企業の意見や議論を知る上での参考となり、議決権行使の判断をする際にも有用であると考える。

(野村資本市場研究所  西山 賢吾)

※野村週報2022年4月18日号「焦点」より

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