エネルギー転換が加速

 紙パルプ、ガラス、セメント産業はエネルギー多消費産業で、温室効果ガス(GHG)の排出量が多いことから、二酸化炭素(CO2)を中心としたGHG の排出量削減が課題となっている。加えて、2021年からの石炭価格急騰、22年2月からのロシア・ウクライナ紛争以降の原油・ガス価格高騰で、コスト面からも化石燃料の使用削減を進める必要性が増してきた。紙パルプやセメント企業が得意とするバイオマスなど非化石エネルギーへのシフトや、原燃料のコスト構成比が小さい高付加価値事業(一般的にGHG排出量は少ない)へのシフトがさらに進む可能性が出てきた。

 紙パルプ、ガラス、セメント産業では製造プロセスで熱源を必要とし、様々な物を燃やして熱を得ている。このため、単位売上高あたりのGHG の排出量は他産業と比較して多い。会社によってエネルギー源は異なるが、石炭、重油、ガス、バイオマス(木材など)、廃棄物(廃プラなど)、電力などである。05年前後の原油価格高騰以降、重油から石炭(熱量当たり単価が割安)へのシフトを進めたが、近年は石炭からガス(熱量あたりCO2排出量が少ない)や電力へシフトを進めてきた。

 日本政府は30年度にGHG の排出量を13年度比46%削減する目標を定めた。これに呼応して紙パルプ、ガラス、セメント大手各社は、基準とする年は各々異なるもののほぼ全社が30年度までのGHG 削減の定量目標と、50年のカーボンニュートラルを目標として掲げた。30年度の削減幅の目標は紙パルプ各社が政府目標と概ね同水準で、エネルギー多消費産業としては積極的な目標といえる。石炭からバイオマスなどへのシフトで実現を目指すと見られる。

 一方で、セメント各社は原料である石灰石に由来するCO2の削減が容易ではないため30年度のGHG 削減目標は限定的なものとなっている。セメント業界の本格的なGHG削減には、酸化カルシウム含有量の高いリサイクル品を活用して石灰石の使用量を削減すること、排出されたCO2を回収して固定化するCCS(カーボン・キャプチャー・アンド・ストレージ)、CO2をメタン化する技術・プラスチック化する技術など、革新的な技術が必要だろう。

王子HD のGHG 削減目標は意欲的

 紙パルプ各社の30年度のGHG 削減目標は概ね13年比40%以上で、政府目標と同程度である。エネルギー源として割安(価格急騰前の20年まで)だった石炭の使用量が相当量あり、石炭からガスやバイオマスへのシフトを進めればGHG排出量を削減できるとの見通しである。かつては石炭から他の化石燃料へのシフトはコストアップを意味したが、21年からの石炭価格急騰で石炭はもはや割安な燃料とは言えなくなってきており、コスト削減の観点からも脱石炭が加速する可能性があるだろう。

 一方、紙パルプの原料の木材は、パルプ繊維として使用される部分以外の有機成分(黒液と呼ぶ)を燃料として活用されてきた。木材などバイオマス燃料はカーボンフリーと位置付けられる(木を燃やせばCO2が出るが、木が成長の際にCO2を吸収している分を相殺してカウントする)。王子ホールディングスや日本製紙などは知見のあるバイオマスや廃棄物の燃料活用をよりいっそう進めて、化石燃料の使用を減らしていく方針である。これら製紙大手は自家発電設備や売電専用設備にて、石炭とバイオマスをすでに混焼しているが、バイオマス混焼率の引き上げや、バイオマス専焼への転換などの取り組みも進めている。また、製紙用木材チップの集荷網を活用して、他産業のバイオマス発電向けに燃料用木材チップの販売を伸ばすビジネス機会拡大が期待できる。

 なお、王子ホールディングスは30年度のGHG 排出量を18年度比70%以上減と大幅に削減する意欲的な目標を掲げている。内訳は、森林によるCO2の吸収・固定で50%減、GHG排出量の削減で20%減である。森林によるCO2吸収を目指すのは、紙パルプ業界ならではのユニークな取り組みである。王子ホールディングスは国内19万ha、海外26万ha の生産林に、13万ha の環境保全林も加えて、合計58万ha の森林を保有する。20年度(単年)のCO2純吸収量は93.5万トン、20年度末のCO2固定量は12,900万トンとなっている。30年度まで約1,000億円を投じてさらに15万haの森林面積を増やすことを目標としており、30年度(単年)のCO2純吸収量は18年度のGHG排出量(784万トン)の約50%とする計画である。加えて、木材は素材としてもエネルギー源としても、再生可能な資源として今後価値が上がる可能性があり、当社のみならず森林資源を多く保有する製紙メーカーではその有効活用が注目される。

(エクイティ・リサーチ部 河野 孝臣)

※野村週報2022年4月25日号「産業界」より

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