エネルギー安全保障の構造変化が重要

 ウクライナ紛争を契機にして一段とエネルギー価格が上昇した。エネルギー価格の上昇はLNG(液化天然ガス)開発プロジェクトに代表されるエネルギー投資を後押しするため、プラント、重機各社の需要動向に追い風だが、ウクライナ紛争の影響を考える上でより重要なのは、地政学リスクやエネルギー安全保障への意識の高まりによる調達の変化にあると考える。欧州各国を中心に今後、天然ガスの調達先をロシアから北米や中東、アフリカなどにシフトする可能性は高いだろう。これは紛争を契機とした不可逆な事象であり、大きな構造的な変化と考える。これまでエネルギー価格は上昇するものの、再生可能エネルギーの普及などもあり、中長期の需給環境が考慮される中、LNGの大型案件の投資決定は遅れてきた。ただし今後は地政学リスクを考慮した構造的な変化がこうした大型案件の増加をサポートすることとなるだろう。

 REPowerEU(欧州委員会の脱ロシア・エネルギー転換計画)ではロシアからのパイプラインによる天然ガスの調達を削減するために、省エネや再生可能エネルギーへの迅速な移行に加えて、ガス調達の多様化が挙げられている。このうち、LNGの調達多様化は500億立方メートル(LNG 換算で3,680万トン)とされている。LNG 需要は足元で年間2,000~2,500万トン程度の増加と見られ、これに追加される欧州での調達多様化の需要の影響は大きい。

 JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)の試算ではこれらの施策により、2022年予想のロシアからのパイプライン輸入量の1億3,200万トンは5,900万トンまで55 % 減少することとなる。ただし、REPowerEUの詳細に関する政策文書ではロシアからの調達を可能な限り早期にゼロにするとしており、これらの施策に留まることは考えづらい。一層の再生可能エネルギーの導入推進や水素活用も図られると考えられるが、LNGの調達拡大も引き続き重要な施策の一つとなるだろう。現状では世界全体におけるLNGの供給はひっ迫しており、追加の供給余力は足元で600万トン程度に限られる。そのため欧州によるLNGの調達拡大は既存設備の拡張や、新規のプロジェクトの開始につながるだろう。

LNGプラントの開発が加速されよう

 22年は北米でFID(最終投資決定)が実施される案件が数多く見込まれる。REPowerEUの詳細に関する政策文書によると、欧州委員会はアメリカとの間でLNGの追加供給に関し、少なくとも150億立方メートル(LNG 換算で1,100万トン)を22年内に、年間500億立方メートル(同3,680万トン)を遅くとも30年までに実施する取り組みについて合意している。北米では新型コロナ発生前から計画されてきた案件も多く、こうした政府間の動きが北米の案件の開発を加速させている。日揮ホールディングス(HD)が受注候補とするFreeportやCameronは既存プロジェクトの増設案件で、新設案件と比較すると早期の立ち上がりが期待できる。早くて22年末、遅くとも23年内にFID が実施されると見込まれる。両案件とも千代田化工建設が元施工だが、同社はカタールの大型案件を遂行中で、23年にはカタールで増設案件のFID も見込まれることから、北米での2案件に取り組む余力は限られよう。

 一方、日揮HD では23.3期の受注計画は8,400億円と高く、LNG カナダの大型案件を受注した19.3期以来の高水準だが、受注候補となる北米案件の開発準備が加速されている足元の状況を考慮すると、達成の確度は高いと野村では考える。22.3期から期ずれした大型案件2件(計3,000億円)に加えて、FLNG(浮体式LNG 生産設備)やオイル&ガスの案件で3,000億円程度の受注候補が見込まれる。さらに上述の北米2案件(計数千億円規模)も受注候補と考える。24.3期の受注も7,800億円(うち海外6,300億円)と23.3期比では減少するが、高水準を維持できるとみる。パプアニューギニアのLNG 案件や、LNG カナダの増設案件、モザンビークArea4などの案件が受注候補に加わり、24.3期の候補案件も豊富である。

 インフレの進展は各社が関わるLNGやオイル&ガスのプラント案件を発注する顧客にとって業績拡大に寄与するため、需要面ではポジティブだが、資材価格の上昇などにより、進行中の施工案件においては採算性を低下させるリスク要因となる。今後に受注が見込まれる案件については、資材価格だけでなく労務費の上昇も対象として、契約にインフレスライド条項や不可抗力条項を盛り込んだり、一定のインフレ水準に達した場合に協議を行うことを事前に取り決めたりするなどの対応がとられることでリスクは限定されよう。受注時の需給環境や、コスト上昇リスクへの対応にも引き続き注目したい。

(エクイティ・リサーチ部 前川 健太郎)

※野村週報 2022年6月6日号「産業界」より

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