
黒田日銀総裁は賃金インフレを後押し
「円安とインフレ加速」の可能性に注目が集まっている。6月7日に発表された毎月勤労統計では、4月の所定内給与が前年同月比+1.1%まで上昇、日本でも賃金インフレの可能性が高まっていることを印象付けた。これまで恒常的に日本の賃金上昇率に下押し圧力を加えてきたパートタイム比率が頭打ちにあるなど、労働需給のひっ迫が素直に賃金上昇につながりやすい状況が整っている。一方、黒田日銀総裁は6月6日の講演で「家計が値上げを受け入れている間に賃金の本格上昇にいかにつなげていけるかが当面のポイント」と述べ、賃金上昇を促す観点からも、円安の一因となっている日銀の金融緩和姿勢を変えない方針を示した。生産コスト上昇型の「悪いインフレ」を「良いインフレ」につなぐ存在として、インバウンド(訪日外国人)関連は有力と考える。
以下、インバウンドの潜在力が大きいとみる材料を2点取り上げる。
第1に、円安効果もあって日本の物価水準が世界的に見て極めて低い。この点はビッグマック指数(英エコノミスト誌、2022年1月)をみると分かりやすい。日本はスイスのおよそ半値、米国の約6割である。外国人客を誘引する要因であると同時に、インバウンド関連ビジネスには、価格引き上げの余地が大きいことを示唆している。
第2に、インバウンドはコロナ禍の直前まで急成長していたことを思い出したい。12年~19年の7年間で、訪日外国人客数は3.8倍に膨れ上がった。同期間の米・仏は1.2倍、1.1倍だったのとは異なる。
以上の2点は、リオープン(経済活動の再開)関連株の騰落率が市場平均を上回る期間が、欧米の場合(20年11月から半年程度)に比べ、日本では長続きしえる理由と考える。市場の織り込み具合はどうか。インバウンド関連銘柄の株価騰落率から推定される訪日外国人客数の織り込みは、コロナ前のピークを15%下回った水準にとどまっている。将来にわたって「インバウンドは元に戻らない」という株価形成となっており、再評価の余地は大きいと考える。野村では、業績好調な電機・精密および、リオープン関連としての運輸、不動産の計3業種を注目している。

22年度は実質6.9%経常増益予想
21年度のラッセル野村大型株指数(以下、RNL)の企業業績は、前年度比14.1%増収、同34.1%経常増益となった。20年度にはソフトバンクグループの投資事業利益が、21年度には同損失がそれぞれ大きく計上された。同社を除くと同58.7%の経常増益であった。21年度は19業種中16業種で経常増益、3業種で経常減益となった。増益寄与が大きかったのは、資源分野で原油や鉄鉱石、原料炭市況の上昇が続いた商社、旅客回復や海運が好調の運輸、石油が寄与した化学などである。
22年度予想は、前年度比10.3%増収、同11.1%経常増益である。ソフトバンクグループを除くと同6.9%の経常増益である。22年度も新型コロナ前の5年間経常利益の平均成長率(13年度を起点に18年度まで、年率4.7%)をやや上回る予想だ。
22年度は19業種中14業種で経常増益、5業種で経常減益を予想している。増益寄与が大きいと予想するのは、ソフトバンクグループの投資損失の剥落が主因となる通信、旅客回復が見込まれる運輸、半導体拡販見通しの電機・精密などである。

22年度の予想経常利益総額は3月2日集計時点から1.4%下方修正と、同年度の予想値を集計して以来、初めての下方修正となった。特に自動車セクターの下方修正金額が大きい。トヨタ自動車が原材料高に対してサプライヤー(部品納入業者)の負担も受け入れるという異例の対応を行ったことなど、個社要因が強かったともいえる。
ただ、業績予想修正動向を社数ベースで集計したリビジョンインデックスは、今回の集計で-8.7%と20年9月以来のマイナス(下方修正優位)に転じた。
業績見通しの上方修正は一巡したものの、予想する利益水準は高い。RNL構成銘柄のうち直近10年間(12~21年度)の経常利益が比較可能な銘柄を対象に集計すると、21年度は過去最高益(18年度)を15.7%上回り、22年度は28.6%上回ると予想している。こうした利益水準の高まりの背景には収益性の改善がある。RNL(除く金融)の売上高経常利益率はこれまで17年度の8.3%が最高水準であった。21年度の同利益率は9.0%と17年度を上回り、22年度には9.4%とさらに上昇する予想である。①コロナ禍の需要減の中で各社が費用削減努力を進めたこと、②サプライチェーン(供給網)のひっ迫が企業の価格交渉力向上をもたらし、かえって収益性改善に繋がったこと、などが要因として挙げられる。
(市場戦略リサーチ部 池田 雄之輔)
※ 野村週報2022年6月20日号「焦点」より