2021年度は最高益を更新

 2021年度の損害保険業界は国内外で増益要因が重なり、各社の修正利益(親会社株主利益に責任準備金の繰入などを調整した経営指標)は過去最高益となった。国内損害保険事業では、第一に、自動車保険の損害率が低位を維持した。20年度がコロナ禍での外出減少により自動車保険の損害率が低位であったため、21年度は損失の反転増加が危惧されたが、実際には損害率は上昇したもののコロナ前の19年の水準を下回り、依然として行動制限による事故の発生頻度低下が見られた。第二に、自然災害影響が過去に比べて低位であった。火災保険の保険引受収支は損失の状態が継続したが、18~20年の水準に比べて低位である。

 海外では、欧州での洪水や米国のハリケーンなど自然災害による保険金支払いが増加したが、世界的に進む保険料率の引き上げによる増収効果が損失を上回った。自然災害は各地で増加傾向にあり、保険会社の損失吸収力を圧迫する懸念がある。保険料率の引上げ幅は鈍化しつつあるが、22年も保険料率の引き上げの流れは続くとみる。

 会社別の海外事業戦略では東京海上ホールディングス(HD)ならびにSOMPO ホールディングス(HD)の事業拡大がMS&ADインシュアランスグループホールディングス(MS&AD)よりも先行している。東京海上HDでは米国のソーシャルインフレ(弁護士の活動などにより賠償金額が高騰する事象)の影響により19年には米国子会社で損害率の悪化が見られた。同社はボトムライン重視の経営を徹底し、契約条件の見直しや収益性の悪い契約の引受停止・縮小を行った。その結果、前述の世界的な料率引上げもあり21年に大幅な利益回復を果たした。また、資産運用に強みのある海外子会社を持つため、保険料収入の拡大が資産運用規模の拡大と利息配当収入の増加につながっている。SOMPO HD は海外事業を集約するなか、21年は農業保険の会社を買収し、特に増収率が高くなった。

 MS&AD は収益改善段階にあるため、他2社に比べると海外事業の利益貢献が遅れている。20年はコロナ関連の支払いが、21年は収益性の悪い保険契約の処理に関する費用や自然災害が業績を下押しし、中核子会社のMS Amlin では赤字が継続した。

資本効率の改善が進む

 損害保険業界では資本効率の改善への挑戦が続いている。損害保険各社は継続的な自己株式取得や海外企業の買収等により他の金融業態と比べても資本効率改善のために積極的に取り組んでおり、その成果が経営の変化にもつながっている。東京海上HD ではかねてから中長期目標として修正利益5,000億円、修正ROE(自己資本利益率)12%を掲げていた。中期経営計画(21年度~23年度)の1年目である21年度は2度にわたる会社計画の上方修正を経て、修正利益は約5,700億円となった。会社は今後も修正利益5,000億円を達成することに対して自信を深めており、中計期間の途中であるが配当性向の40%から50%への引き上げを表明した。また、22年度は21年度に続き1,000億円の自己株式取得の予算を設定した。

 SOMPO HD では中期経営計画(21年度~23年度)において総還元性向50%のうち、配当が占める割合を高めることを目指している。22年度の配当予想は前期比50円増配となる260円とした。5月開催の経営説明会では、堅調な業績を背景に23年度についても50円増配を目指すと説明された。また、資本効率改善の観点から買収だけでなく、事業の売却も検討しており、ブラジルのリテール事業の売却を公表した。

 損害保険各社が株主還元や事業買収、事業売却を積極的に行う事が出来る背景には母国市場だけでなく、収益の柱となりうる事業を海外市場にも有することがあろう。キャッシュ創出が期待できる事業を有しているため資本蓄積の不確実性が低下し、戦略的な資本投下が可能になる好循環が始まっている。SOMPO HD では現中計期間中でのROE 2桁の達成を、東京海上HDでは新たな方針を打ち出せてはいないが、さらなるROEの向上を目指す考えである。

 MS&AD に関しても中期経営計画(22年度~25年度)においてROE 2桁の達成を目指す考えであるが、株主還元については他の2社対比で物足りないという声が投資家からは聞かれる。同社に関しては海外事業がまだ収益改善段階にあり、事業基盤が小さい北米市場を含めて海外市場での投資を進める考えである。MS&AD の株主還元が一層拡大するには、海外事業の収益貢献が高まり、資本の蓄積の安定性が高まることが必要と野村では考える。出遅れていた海外事業の収益改善は進んでおり、22年度からの収益貢献の加速を野村では予想している。今後の巻き返しに注目したい。

(エクイティ・リサーチ部 坂巻 成彦)

※ 野村週報2022年6月20日号「産業界」より

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