台頭する財政拡張論

 岸田内閣は6月7日、「経済財政運営と改革の基本方針2022」(以下、骨太の方針2022)を閣議決定した。骨太の方針2022では、財政健全化への取り組みにおいて基礎的財政収支を黒字化させる目標年度(25年度)や、目標「堅持」の記述が削除された。「現行の目標年度により、状況に応じたマクロ経済政策の選択肢が歪められてはならない」とも記載された。自民党内で積極財政派に位置付けられる財政政策検討本部の提言にある、「目標設定が柔軟な政策対応を妨げ、政策の選択肢をゆがめることはあってはならず、今後、十分に検証を行っていくべきだ」との記述を反映しているとも解釈できる。

 骨太の方針2022における、財政健全化目標に関連した記述の変更以上に気がかりなのは、与党内において、日本銀行による国債買い入れ継続、大量の国債保有など、大規模金融緩和の維持を前提とした財政支出拡大を容認する機運が生じている点である。安倍元首相が5月9日に大分市内の会合で述べたとされる「日銀は政府の子会社」との認識は、財政拡張を容認する理論的支柱になっている可能性もある。

 一方で、資源価格高騰に起因するインフレ懸念や、急激な円安進行を背景として、日銀が大規模金融緩和の修正を余儀なくされるのではないかとの懸念は根強い。日銀は、現状の金融緩和を継続することが適切との政策判断を示している。エネルギー等を除いた物価上昇の基調が依然弱く、2%の物価安定目標を持続的・安定的に達成できる状態に至っていないだけでなく、資源価格上昇がもたらす交易条件悪化、所得純減効果に対しては、金融緩和により悪影響を和らげる必要があるとも主張する。

 仮に、円の先安観を背景として、国内からの資本流出が目立ちはじめるようになった場合には、日銀も通貨防衛的に金融政策を引き締めざるを得なくなる恐れはある。問題は、日銀による大規模金融緩和の維持を前提とした財政拡張を目指す政治的な議論に押され、通貨価値安定のための適切な金融政策の遂行が妨げられる可能性が生じることであろう。財政、金融政策全般に対する信認低下が、さらなる円売り要因となることも懸念される。

参院選後の財政運営が試金石

 黒田日銀総裁が6月6日に実施した講演において、「家計の値上げ許容度が高まっている」との認識を示したことが、世論、野党の批判を浴び政治問題化した。黒田総裁は、6月8日の国会答弁において発言の撤回を余儀なくされた。政治的に積極財政派の発言力が強まる機運がある中、参議院議員選挙を前に、総裁発言が政治問題化することは、将来的に日銀の政策運営の自由度を低下させる危険性もはらんでいる。

 もっとも、骨太の方針2022が、日本の財政運営が財政健全化路線から完全に決別する転機となったと解釈するのは、時期尚早であろう。

 骨太の方針2022における財政運営の議論で目立つのは、「予算単年度主義の弊害是正」の主張である。5月19日に岸田首相が表明し、骨太の方針にも盛り込まれた、GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債(仮称)による資金調達を基盤とした複数年度にわたる投資支援策など、岸田政権は予算の単年度主義脱却を特色として打ち出そうとしている可能性がある。一方、5月31日の新しい資本主義実現会議において、岸田首相は、「基金等を活用して予算単年度主義の弊害を是正するとともに、その将来にわたる効果も見据えて税制改正を行います」とも述べている。予算の単年度主義脱却は岸田政権が積極財政に傾注していることを必ずしも意味するものではなく、長期的には課税強化を通じた財源確保を念頭に置いている可能性もある。

 7月10日に投開票が実施される参議院議員通常選挙を終えると、衆議院の解散・総選挙が実施されなければ、今後3年間、国政選挙が予定されない期間に入ることになる。参院選の勝利により岸田政権が政権基盤の安定に成功すれば、新型コロナウイルス感染症への緊急対応の必要性などにより悪化した財政状況を、じっくりと腰を据えて立て直す上でも、好都合な政治環境が醸成される可能性もある。

 この点で試金石となるのは、参院選後の財政運営であろう。骨太の方針2022にも明記された「新しい資本主義」実現に向けて、財政面での裏付けとなる支出が、22年度第2次補正予算の中に盛り込まれる可能性がある。同時に、政策的支出の財源について、23年度税制改正大綱に向けた議論が、与党税制調査会において本格始動することが予想される。

 骨太の方針2022の下で、日本の財政運営が変質したかどうかを見極めるには、参院選後を待つ必要があろう。

(経済調査部 美和 卓)

※野村週報 2022年6月27日号「焦点」より

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