近年、世界で投資が活発化している老化研究の発展性に注目したい。

 加齢は、動脈硬化、骨粗鬆症、糖尿病、認知症、がんなど多くの疾患において、最大のリスク因子である。高齢化に伴う医療・介護費の増大は、先進国の財政を圧迫し続けており、医療制度の崩壊を招く恐れが懸念されている。こうした背景から、健康寿命の延伸を目的に、欧米各国政府は老化研究への予算を拡大している。

 2000年以降、老化の分子メカニズムが急速に解明され、老化は制御可能であるとの認識が広がってきた。既にマウスでは、薬剤投与による加齢性疾患の発症抑制や、健康寿命の延伸が示されている。この流れを汲み、米国では、老化関連分子を標的に、加齢性疾患の治療を目指すベンチャーが多数設立され、上場を果たす企業も現れた。

 老化制御薬のアプローチでは、①老化によって変調を来した細胞機能を回復させる方法や、②周囲に悪影響を及ぼす老化細胞を除去する方法が注目される。いずれも、経口での服用が可能な低分子薬として開発が進んでおり、一部は、ヒトでの有効性を確認する段階にある。早老症など、遺伝子が原因で老化が早まる希少疾患を対象に、今後数年で実用化に至ると見込まれる。

 勘違いしてはならないのは、老化制御薬は、あくまで老化の進行遅延が目的であって、老人が若返る類の薬剤ではない点である。また、老化の進行遅延が疾患の予防に有用であることを臨床試験で示すには、莫大な開発コストと期間を要する。このため、老化制御薬の最終目標である疾患予防への応用は、10年以上先になろう。

 高齢化大国である日本は、老化制御薬によって多疾患のリスクを軽減する恩恵を最も享受しうる。欧米各国では、政府による基礎研究への莫大な投資と、大手企業とベンチャーの協業による応用研究とが一体となって、老化制御薬の実用化が急速に進んでいる。日本は、老化に深く関わるオートファジーの研究で大隅良典博士がノーベル生理学・医学賞を受賞するなど、基礎研究では世界をリードしてきた。また、数では欧米に遠く及ばないものの、ユニークなベンチャー企業の萌芽も見られる。政府による大胆な研究開発投資と産学官連携によって、老化制御薬の実用化に向けた日本の巻き返しに期待したい。

(フロンティア・リサーチ部 和田 浩志)

※野村週報 2022年8月22日号「新産業の潮流」より

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