再加速したドル高円安

 9月に入り、急激な円安が進行した。ドル円レートは、9月7日には一時1ドル=145円をうかがう水準まで上昇した。8月26日のジャクソンホール会議でのパウエル議長講演に前後して、米FRB(連邦準備制度理事会)関係者が相次いでタカ派的(金融引き締め積極的)発言を繰り返したことで、FRBの利上げ期待が拡大したことがドル高円安加速の主因であろう。

 同時に、米国のリセッション(景気後退)懸念が一時期に比べ後退していることも、米FRB のタカ派姿勢維持を正当化しつつ、ドル高円安をサポートする要因になっていることも見逃せない。非農業部門雇用者数の堅調な拡大が持続しているほか、7、8月分ISM(全米供給管理協会)非製造業指数の堅調さなどが、米国景気の底堅さを確認させる結果となったとみられる。

 足元の米国経済が置かれている状況を大胆に要約すると、以下のようになるだろう。感染症収束に伴い先行して顕在化した財に対する繰越需要の一巡とともに高インフレによる抑制効果が生じはじめた財需要に陰りが見られる反面、繰越需要が遅れて盛り上がりはじめたサービス需要は底堅く、また、サービス需要の強さが労働需給を一段と逼迫させ賃金上昇率などを押し上げている。

 このような状況の下では、米FRBは金融引き締めの手を安易に緩めるわけにはいかない、ということになるだろう。むしろ、感染症禍で一旦大きく低下し、これまで緩やかに持ち直してきた労働参加率の改善がこのところ頭打ちになっている。こうした背景により、米国労働市場において雇用の逼迫が今後も継続していく可能性に鑑みると、賃金上昇率は高止まりや根強い加速を持続する公算が大きく、原油市況など一次産品市況の上昇が一巡したとしても、賃金上昇率の加速がインフレ率を押し上げ続ける展開を引き続き懸念する必要があると言えるだろう。たとえ感染症禍からの繰越需要、換言すればリベンジ需要に支えられたものとはいえ、金融政策の引き締めで需要を抑制し、雇用の逼迫感を和らげていくことは、賃金と物価のスパイラル的(相乗的)な上昇を抑える上で急務であると判断される可能性がある。

政策当局の楽観シナリオの落とし穴

 現時点では、米国景気の堅調さを背景として、タカ派的な金融政策運営が正当化されるとの期待が強い状況である。一方で、市場には、米FRBがリセッションを容認するところまで金融引き締めを継続することはなく、ひとたびインフレ率にピークアウト(反落)の兆候が見えれば、引き締めの手を緩めるとの期待が根強く働いている可能性がある。この点で、FRB 自身がリセッションを伴う景気のハードランディング(急失速)をメインシナリオとしておらず、ソフトランディング(軟着陸)の実現が可能との見方を示し続けていることを拠り所としている市場参加者も依然として多いようにみえる。

 8月中旬にかけて実現した、世界的な株価の反発局面は、こうした米国経済のソフトランディング期待を背景として生じたとも考えられる。すなわち、米国消費者物価指数の上昇率は、8月に前年比+8.3%と、6月の同+9.1%をピークとして低下している。2021年春以降加速を続けていた米国インフレ率がピークアウトし、それを受け、米FRBも金融引き締めの手を緩めはじめる可能性があること、また、米国金融引き締めのペースダウンによって、従前懸念されていた米国のリセッションが回避される公算が大きくなったとの期待が働きはじめた可能性がある。市場参加者から見た場合、FRBが示してきたソフトランディングシナリオが、より現実味を伴って見えてきたことが、市場参加者の安心感を高めたとも考えられる。

 しかし、米FRBに限らず、一般に、政策当局が自ら率先してリセッションなどハードランディングシナリオを提示することは基本的にあり得ないと考えるべきであろう。自らの政策の「失策」を予め認めることはないと考えられるからである。その上で、市場には、当局がハードランディングを覚悟の上で達成せねばならない政策目的を有しているのか、それとも、政策目的の達成とハードランディング回避が両立できうるものである(と考えられている)のかを見極めることが求められるだろう。

 現状の米国経済と米FRBは前者の状態にあると考えるべきではないか。FRBによるタカ派的な金融政策運営継続を前提として、米国経済のリセッション突入の蓋然性が高まった際には、米国債市場においてより長めの期間の利回りが大きく低下することになると予想される。その際、現状のようなドル高円安基調が維持されている可能性は低いと考えられるだろう。

(市場戦略リサーチ部 美和 卓)

※野村週報 2022年9月26日号「焦点」より

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