IRA で米国中心の供給網構築へ

 バイデン政権による対中テクノロジー政策が新局面に入った。転機となったのは、8月16日に成立したIRA(インフレ抑制法)と10月7日に米国商務省産業安全保障局によって公表された、スーパーコンピュータ関連を中心とした輸出規制の大幅な強化である。これらには中国を直接・間接的に対象とした補助金排除要件や規制がある。米中のみならず、今後の世界のハイテク、クリーンテクノロジー産業に大きな影響を与えることが想定されよう。

 IRA は、税額控除などの補助政策によって、太陽光発電パネル、EV(電気自動車)用電池やその関連鉱物などの供給網を、米国と友好国に構築することが一つの狙いである。これらは、現在中国が世界市場を席捲する分野である。新しい供給網を構築せず、米国が脱カーボン化を進めると、中国企業の支配力が一段と高まることが懸念されるほか、有事に備え戦略物資のサプライチェーンを自国と友好国に確立する必要があるとの配慮から、法案化されたと考えられる。

 IRA が期待通りの政策効果を生むには、EU が米国の政策と歩調を合わせる必要があろう。米国のEV 用電池市場は、2021年実績で世界市場の約1割に過ぎず、EV 普及で先行する中国と欧州の後塵を拝する。米国中心の供給網を構築しても、市場規模が十分に大きくないため、EV 用電池の製造コストが高くなる可能性が高い。また関連鉱物の供給業者は、IRA に準拠した鉱物価格を、そうでない鉱物に対してプレミアム価格で値付けをし、その結果、米国に拠点を置く電池メーカーの部材購入費用が上昇することも想定される。

 我々は、以下に述べる理由から、EU は米国のような排他的な政策をクリーンエネルギー分野で採用する可能性は高くないと考えている。まず、EUでは、電池製造におけるCO2総排出量を規制し、再生エネルギー導入で先行するメリットを活かして、欧州域内の電池製造拠点を増やす方針と見られる。くわえて、中国の大手電池メーカーも、EU の政策に歩調を合わせ、欧州域内での電池工場建設を進めている。EU の政策は既に意図した軌道に乗ったと考えられる。

輸出規制強化は中国スパコンを標的

 米国による対中輸出規制の著しい強化について、今回、規制の対象となったのはスーパーコンピュータに代表される先端コンピュータと先端半導体の試験、製造、検査に関わる製品、ソフトウェア及びサービスである。

 これまでのような特定の企業や輸出品目に関する規制でなく、スーパーコンピュータや先端半導体といった基盤技術を対象とした包括的な規制である点が今回の輸出規制の特徴である。また規制の運用に関しては、規制対象となる基盤技術に自社の製品やサービスが使われないことを米国企業自身(あるいは米国の技術を使った海外企業)が担保する必要がある。10月中に新しい規制が全て施行される点にも留意が必要だろう。

 今回の対中輸出規制の強化がもたらす影響として、以下2点が挙げられる。第1に、中国政府によるスーパーコンピュータの国産化の試みが加速すると予想される。先端半導体の調達がままならず、米国籍のエンジニア、科学者の協力が得られないとすると、国産化の道のりは険しいと言わざるを得まい。この結果、中国での先端深層学習アルゴリズム開発も遅れが出よう。

 第2に、半導体製造装置、検査装置、試験機の国産化の動きも活発化しよう。自国の半導体産業なくして、装置の国産化を進めることは難しいことから、中国政府は、輸出規制対象とならないアナログ半導体や旧式ロジック半導体を製造する企業の育成に一段と力を入れる可能性があろう。

 日本の電子部品業界にとって、米中のテクノロジー対立は対岸の火事では済まされまい。中国はクリーンテック関連で競争力のある有力企業が多いだけでなく、スマートフォンでも世界有数の企業が複数存在し、EVの普及でも世界をリードする。これらの分野でイノベーションを牽引する企業が出てくる可能性がある以上、部品メーカーにとって取引先としての中国企業の魅力が著しく後退することはないだろう。

 昨今、中国の最終セットメーカーには、組立工程をインドや東南アジア諸国に移す動きが出始めている。自社が顧客に提供する付加価値を製品コンセプトやユーザー体験に絞り込む一方、国内外の部品サプライヤーからはモジュールによる調達を増やす方針のようである。中国の最終セットメーカーが、グローバル展開を加速する動きと捉まえられよう。中国の供給網も、環境変化に合わせ、着実に進化している。

(エクイティ・リサーチ部 秋月 学)

※野村週報2022年10月24日号「産業界」より

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