カーボンニュートラルに取り組む

 紙パルプは製造時にエネルギーを多く消費する産業であり、日本経済が2050年のカーボンニュートラル(脱炭素)を目指す中で排出量の削減が課題となっている。

 これに対して紙パルプ各社は30年にGHG(温室効果ガス)排出量を13年比で概ね40%以上削減と、エネルギー多消費産業ながら政府目標(同46%削減)と同程度の数値目標を掲げて取り組んでいる。

 エネルギー源として割安(価格急騰前の20年頃まで)だった石炭の使用量が相当量あるため、石炭からガスやバイオマスへシフトを進めればGHG 排出量を削減できるとの見通しがあると推測する。かつては石炭から他の化石燃料へのシフトはコストアップとなっていたが、21年からの石炭価格急騰で石炭はもはや割安な燃料とは言えなくなってきており、コスト面での脱石炭の障壁は低下してきている。

 一方、紙パルプの原料の木材では、パルプ繊維として使用される部分以外の有機成分(黒液と呼ぶ)は燃やして燃料として活用されてきた。木材などバイオマス燃料はカーボンフリーと位置付けられる(木を燃やせばCO2が出るが、木の成長の際にCO2を吸収しているため相殺とカウントする)。王子ホールディングスや日本製紙などは知見のあるバイオマスや廃棄物の燃料活用をよりいっそう進めて、化石燃料の使用を減らしていく方針である。製紙大手は自家発電設備や売電専用設備にて、石炭とバイオマスを混焼しているが、バイオマス混焼率の引き上げや、バイオマス専焼への転換などの取り組みも出てきている。

 また、紙パルプ産業では紙の原料である木材を得るために植林を行っている。植林・管理林を増やしつつ森林資源の活用を進めることで、CO2の吸収・固定量を増やすことが可能となる。王子ホールディングスのように30年のGHG排出量(ネット)を18年比で70%減と大幅削減の目標を掲げる会社もある(内訳は森林によるCO2の吸収・固定で50%減、GHG 排出量の削減で20%減)。成長の終わった木を伐採して、よりCO2吸収量の大きい若木に入れ替えること、更にはより成長の早いエリートツリーを開発して入れ替えることなどによりCO2の固定量・吸収量を増やして行く。

新技術の実装やビジネス機会に注目

 紙の原料である木材はカーボンフリーの素材であることから、製紙業界は「紙でできることは紙で」(日本製紙)などのスローガンを掲げて、プラスチックから紙への置き換えを促進している。身近なものでは使い捨てのストローやマドラー、コップ、お菓子などの包装材料、コンビニやスーパーの包装材料、発泡スチロールなどの緩衝材料、コンテナーなどの包装材料などである。紙製品の課題は、加工の容易性、液体や気体のバリア性能、製造コストなどがプラスチックに対して劣ることにある。一方で、カーボンフリーであることや廃棄の容易性などは紙製品の利点である。

 森林資源を発展的に活用するうえでは今後の技術開発やコスト削減の進展を待つ必要があるが、活用事例として、発酵プロセスを活用した木材からのバイオ燃料の製造がある。現在、トウモロコシのでんぷん(α-グルコースが重合した高分子)やサトウキビの糖質をアルコール発酵させることによるエタノールの製造が実用化されている。でんぷんに替わって木材の細胞壁の主成分であるセルロース(β-グルコースが重合した高分子)を用いて、酵素や微生物によるセルロースの分解と発酵プロセスによるエタノールの製造が実用化できれば、カーボンフリーの燃料となりえるだろう。

 セルロースナノファイバー(CNF)は、植物の細胞壁の主成分であるセルロースをナノレベルまでほぐした繊維である。植物由来の繊維であることから生産・廃棄に対する環境負荷が小さく、加えて、軽くて強い、高いガスバリア性があるなど、特徴的な物性を示す。その形状や物性を活かして、フィルター部材、食品、化粧品、ヘルスケアなど様々な分野で用いられるようになってきており、現在、新たな用途開発が活発に行われている。

 軽くて強いという物性を活かした応用分野の一つとして、自動車部材、建材などの構造材がある。具体的には、現在、プラスチックの強化剤としてガラスファイバーが用いられているが、これをセルロースナノファイバーに置き換える。この置き換えによって自動車の軽量化が出来れば、燃費や電費の改善を通じてCO2排出量の削減に貢献できる。また、ガラスファイバー強化プラスチックは無機材料と有機材料の混合物であるため再利用やリサイクルが難しいが、セルロースナノファイバー強化プラスチックならば全て有機材料となるためこれらが行いやすくなるだろう。

(エクイティ・リサーチ部 河野 孝臣)

※野村週報 2022年11月28日号「産業界」より

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