「メタバース」が身近になりつつある。フェイスブックが社名をメタ・プラットフォームズへ変更し、同分野への投資意向を表明したのは記憶に新しい。総務省は『情報通信白書』2022年版で、21年に約4兆円のメタバース世界市場規模が、30年には約79兆円まで拡大すると予想している。

 メタバースは、インターネット上に構成された仮想空間を指し、複数の参加者が「アバター」と呼ばれる自身の分身を操作して空間内で活動する。主にゲーム産業で活用されていたが、新型コロナウイルスの影響による巣ごもり需要から日常生活との融合が進み、社内会議や学校・塾の授業、小売店の販売窓口へと活用を拡大した。バーチャルとリアルを繋ぐことができるメタバースの特性は、日本の各産業が抱える課題の解決手法として注目され始めている。

 就業人口の7割が65歳を超える農業界では、労働力不足が大きな課題である。新規就農者数が増加しない理由の一つとして、「農作業の実態を学ぶ機会や地域の人々との事前交流が少ないこと」が指摘されており、その課題解決の一助としてメタバースの活用が期待されている。

 昨今、メタバースを農業分野に導入する先進事例が散見される。例えば、Web活用経営㈱と新潟県の農家は、メタバース内での田植え作業を22年9月に実施した。参加者同士が交流してバーチャル田植えを体験しながら農業を学び、後日、主催した農家から実際に米が届くというバーチャルとリアルを融合した企画であった。

 また、㈱Happy Qualityと㈱フィトメトリクスは、画像解析用AI(人工知能)に果実の個数計測や熟度推定、病害虫診断を学習させる目的で、仮想空間上に実際の圃場や栽培環境を完全再現するプラットフォームを共同開発した。作業を学習したAIは、農作物の収穫量や品質を見定め、圃場作業員の負担を軽減する。新規就農者とAI双方の農作業の学習機会をバーチャルへ移し、効果をリアルへ反映して現場の労働力不足解消を図る狙いがある。

 メタバースは未だ黎明期にあり、産業全般を見ても社会実装の事例は少ないが、産業の収益性を根本から変える大きな推進力にもなりうる。構造的な課題を抱えた農業もその変革の例外ではない。今後のメタバースの動向に注目したい。

(野村アグリプランニング&アドバイザリー 門間 圭紀)

※野村週報 2022年12月12日号「アグリ産業の視座」より

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