シンガポールでは近年、ファミリーオフィス(以下FO)の数が増加している。FO とは、超富裕層一族の永続的な繁栄を支援する組織であり、資産管理・運用、税務、後継者計画等の役割を担う。同国ではFO に関する詳細なデータは公表されていないが、シンガポール金融管理局(以下MAS)によると、FO の数は2017年から19年の間に5倍に増加したようである。
FO増加の背景には、アジア域内における超富裕層の世代交代の進展がある。従来、同域内の超富裕層の大半は、自らが富を築いた第1世代であり、資産拡大を重視する傾向が強かった。他方、第2世代の超富裕層は、承継した資産を保全するニーズを有し、専門家の助言を求める傾向があるとされる。また、域内の超富裕層の増加基調もFO 増加の一因である。富裕層市場の調査を行うウェルスX のWorld Ultra WealthReportによると、アジアの超富裕層(純資産3,000万米ドル超)は16年末の6.3万人から19年末に8.7万人に38%増加した。
これまでにシンガポールでFO を設立してきたのは、中国をはじめとするアジア諸国の超富裕層が中心であったが、近年では、欧米の超富裕層によるFO 設立の動きも広がりつつある。例えば、大手掃除機メーカーのダイソン創業者で、超富裕層であるJames Dyson 氏は19年、FO の本拠地を英国からシンガポールへと移転した。
MASは20年7月、さらなるFOの誘致には専門人材の育成が重要であると認識の下、ファミリーオフィス・アドバイザー・スキルマップを作成した。同スキルマップは、FO に助言を行うプライベートバンカー等が身に付けるべきスキル及び能力を明確化しており、資産運用や相続等に関する専門性の向上を目的としている。上述の通り、より多くの国の超富裕層がシンガポールでFO を設立する中、FOのニーズは多様化・高度化している。FO を支援する者がそうしたニーズに適切かつ柔軟に対応するためのスキル及び能力の向上を図る上で、同スキルマップの活用が有効と考えられる。
今後、シンガポールがさらなるFO の誘致に向けた取り組みに成功し、国際的なウェルス・マネジメントのハブとしての存在感を高めることで、グローバル金融センターとしての地位向上につなげることができるか注目される。
(植田 剛将)
※野村週報2021年4月19日号「資本市場の話題」より