※こちらの記事は「野村週報2023年新春号」発行時点の情報に基づいております。

G7議長国日本の対応問われる

 2021年には多くの国や企業が2050年カーボンニュートラル(CN)目標を発表した。22年以降は、その取り組みが具体化・進展し、温室効果ガス(GHG)排出量削減への道筋が見えると期待されていた。しかし、ロシア・ウクライナ紛争やコロナ禍の長期化の影響による原材料価格の高騰とサプライチェーン(供給網)の混乱などをうけて、順調な進展が危ぶまれている。

 こうした要因によるエネルギー供給不安を踏まえて、各国はエネルギー安全保障の意識を高めている。例えばドイツは22年末の脱原発を先送りし、ロシアに依存していた天然ガス供給をカタールとの長期契約で補っている。また、エネルギー価格上昇で悪影響を受ける家計への支援策が各国で導入されている。

 エネルギー価格上昇で、相対的に割安な石炭への依存も強まっているため、二酸化炭素(CO2)を中心にGHG排出増加も懸念されている。再生可能エネルギー(再エネ)導入やEV(電気自動車)の普及が進んだため、国際エネルギー機関によれば22年のCO2排出量は前年比1%弱の増加にとどまる見通しであるものの、このままでは地球温暖化に歯止めはかからない。

 このため、22年11月にエジプトで行われた第27回気候変動枠組条約締約国会議(COP27)では、各国に対して30年に向けた削減策の再検討や強化が求められた。

 欧州は、原油・天然ガスのロシア依存度を低下させるためにも中長期的に再エネ比率上昇を加速させよう。米国では、脱化石燃料については政治的な思惑も絡むが、再エネ導入はバイデン政権の後押しもあって、進展が期待される。23年のG7議長国として、日本はGHG 追加削減改革などの政策進展が問われることになろう。

 再エネ促進や水素活用などの政策強化に加え、CO2を値付けして企業によるGHG削減への意思決定を後押しするカーボンプライシングや、電力供給を安定させるための原発の再稼働・増設について、政策面での議論の加速が求められる。特にカーボンプライシングは、企業の技術開発や投資の呼び水となる公的な資金を調達するためのGX 経済移行債(仮)の財源論とも関連するため、早期の具体化が必要となろう。

情報開示とガバナンスは表裏一体

 一方で日本企業には、GHG削減の推進とともに、気候変動などに関連した経営戦略の明確な開示が求められている。

 東証プライム市場に上場する企業は、有価証券報告書においてTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づく情報開示が要請されている。また、4月以降に新会計年度に入る企業に対しては、人的資本についての開示が求められる。

 「何を」「どのように」開示すれば良いのかという戸惑いの声もあるが、重要なのは、情報開示は目的ではなく、企業の経営戦略を示す手段だ、ということである。

 将来の気候変動や人的資本の状況は企業にとって不確定要素である。したがって、各企業は将来の「ありたい姿」に基づく複数のシナリオを描く必要がある。そして、各シナリオで自社のリスクと事業機会を特定し、その中での戦略、それを支えるガバナンス体制、状況を確認するための指標の開示が必要とされている。

 例えば、2100年までの気温上昇が2℃の場合と4℃の場合を比べると、後者の方が異常気象の発生確率が高まり事業継続リスクは高まる一方、高気温の時に売れやすい商品の売り上げが伸びやすくなる、といったシナリオが描けよう。それぞれの場合に想定される戦略の開示が求められている。

 また、男女の賃金格差開示が義務化される。男女の給与体系は同じでも、男性は勤続年数が長く高位の役職につく可能性が高いため、平均賃金格差は明確にある。しかし、要請されていることは、自社の将来像を想定する中で格差をどうするのか、そのための経営戦略は何か、の開示である。

 開示された経営戦略に沿って、例えば女性が長期間働きやすくなり、賃金格差が縮小しながら利益率が上がれば、株式市場は企業の対応を評価して株価は底上げされやすくなると期待される。また、そうした戦略をベースに投資家と企業の対話が深まることも想定できよう。

 そして、こうした戦略が明示できることは、それだけ経営陣の関与が強いということでもある。つまり情報開示の強化はガバナンス強化と表裏一体ともいえよう。

 GHG削減などのESG対応を経営戦略と結びつけながら中長期的な業績改善と企業価値向上につなげること、それが、コーポレートガバナンス・コードを通じて日本企業に求められていることである。社外取締役比率の増加などの形式的な対応を超え、実質的な価値向上に向かう企業が増えていくことが期待される。

(エクイティ・リサーチ部 若生 寿一)

※野村週報2023年新春号「ESG」より

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