「卯」は十二支で4番目に当たり、動物は「兎」が割り当てられている。兎は中国では古くから「不老不死」「再生の象徴」と捉えられてきた。繁殖力が強く子だくさんなことから子孫繁栄の象徴とされているほか、ぴょんと跳ねる姿は「飛躍」の縁起物とされている。

 伝承も多く、特にアジアでは月と関連するものが多い。月の模様が兎に見えたためだろう。中国の古典『魏典略』には「兎は明月の精なり」と記述があるほか、晋の時代の学者・傅玄も「月中何か有る。白兎薬を搗(つ)く」と文章を残している。月にいる白兎が大きな臼で不老不死の薬をついている、このイメージが日本へと伝わる中で、「月に兎がいて餅をつく」と言われるようになった。また、日本には『古事記』に伝わる「因幡の白兎」の伝説もある。この中で、兎は自分を助けてくれた大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)への恩返しとして美しい八上姫との縁を取り持った。このことから、兎は福と縁を呼ぶ存在として知られている。

 では、吉例の「癸卯」縁起談。

 二回り前の癸卯は明治36年(1903)。翌37年2月に起こる日露戦争を前に、日本国内でも緊張感が増す年だった。開戦論の高まりを受けて、思想家の幸徳秋水らが非戦論を掲げた週刊紙『平民新聞』を創刊している。そんな中でも10月には浅草に日本初の常設映画館が設立され、11月には野球の伝統的な対抗戦「早慶戦」の第1回が開催された。世界に目を向けると、ライト兄弟が人類初の有人動力飛行に成功している。

 一回り前の癸卯は昭和38年(1963)。米国では8月、公民権運動のピークとなる「ワシントン大行進」が行われ、人種差別の撤廃を求めて20万人以上が参加した。この年はリンカーン大統領の奴隷解放宣言から100年目に当たりキング牧師による有名な「私には夢がある(I have adream)」の演説が行われたのもこの集会だ。

 11月にはケネディ大統領の暗殺が起きる。この時、日本では世界でも類を見ない太平洋を越えた日米間初の衛星中継の準備が行われていた。そこではケネディ大統領が短いメッセージを読み上げる予定だったが、電波に乗って流れてきたのは大統領暗殺を伝える悲報。突然の死は、世界中に動揺をもたらした。

 歴史の転換点となる事件が次々に起こる中、日本では翌年に控えた東京1964オリンピックに向けた準備が佳境を迎えていた。相次ぐインフラや施設の建設が好景気をもたらし、街並みがめまぐるしく変わっていく。そんな中、偽造防止の透かし技術を取り入れた新たな千円札が発行。肖像に選ばれたのは、初代内閣総理大臣の伊藤博文だ。ちなみに、この時伊藤とともに最終候補まで残っていたのは、2024年度より発行の新一万円札の顔となる渋沢栄一だったという。

 スポーツでは、横綱の大鵬が史上初の6場所連続優勝を果たす。その圧倒的な強さから国民的な人気を得て、当時の子どもが好きなものの代名詞を表す「巨人・大鵬・卵焼き」という流行語まで生まれた。文化面ではアニメ『鉄腕アトム』が放送開始。子どもたちを虜にし、1966年12月までの放送で最高視聴率は40.3%、平均25%の超人気番組となった。現在も続く日本アニメの礎を築いたと言えるだろう。

 「癸」(みずのと)は十干のうち最後に当たり、「水の弟」、つまり水滴や雨露のようなわずかな水を指す。このことから、種子の内部で草木が発芽を待つ様子を意味している。一方、「卯」は馬のくつわの象形文字で、門などを押し開けて入っていく動きを示す。転じて、草木が地面を押し分けて地上に萌え出す状態も指している。「癸卯」は次のステップへ向けて準備が整い、勢いよく飛び出していく一年と読み解けそうだ。

 昨年はロシアのウクライナ侵攻や記録的な円安の進行など、厳しい事態が相次いだ。一方で国際的な人の往来が再開し、コロナ禍にも一区切りつきそうである。なかなか先の読めない時代だが、リスクと向き合いつつ、脱兎の如く機を見てぴょんと飛び抜ける吉年としたい。

(紙結屋小沼亭)

※野村週報2023年新春号「癸卯」縁起より

ご投資にあたっての注意点