メタバースはエンタテインメント分野を中心に語られることが多いが、その他の分野でもビジネス活用が模索されている。特に小売に注目したい。

 小売におけるメタバースの活用法としては、ユーザーをEC(電子商取引)サイトに送客したり、実店舗に誘導したりするケースが多い。足元では、こうした誘導チャネルに加えて、メタバースならではの購買体験を実現する動きがある。

 一点目は、オンライン上における友人との購買体験である。従来のEC では自分一人での購買体験しかできないが、メタバース空間では、時間の制約なく、実店舗と同様に友人とのショッピングが可能になる。

 三越伊勢丹ホールディングスは、自社運営するメタバース空間であるREVWORLDS 上に、伊勢丹新宿店を再現した。内部まで精緻に作りこまれた店舗では、ECでは再現が難しい陳列の工夫も可能である。ユーザーは移動の手間や店内の混雑を気にすることなく、アバターを操作しながら、友人と一緒に密度の濃い購買体験が可能となっている。「ついで買い」が誘発される可能性もあろう。

 二点目は、レコメンドの質の向上である。従来のEC でも、購買や閲覧の履歴をもとに、ユーザー毎にカスタマイズされたレコメンドがなされてきた。しかし、販売員とのリアルなコミュニケーションに勝るレコメンドはない。メタバース空間では、販売員が扮したアバターとのコミュニケーションが可能であり、EC では難しかった購買に繋がる「最後の一押し」ができる。

 セレクトショップのビームスは、HIKKYが主催するメタバースの定期イベント“Virtual Market”に出店し、販売員がアバターを操作して接客している。メタバース空間で接客を受けたユーザーの中には、販売員に会うために実店舗を訪れる人もいるという。実在する販売員だからこそ実現できる上質な接客を、立地の制約なくユーザーに提供したが故の効果だろう。

 メタバースは「インターネット」上の「3次元空間」と定義される場合が多い。そのため、実店舗とEC サイトの双方の利点を取り込める可能性がある。小売側、消費者側の両方に、新たな購買体験を提供するサービスの進化に期待したい。

(フロンティア・リサーチ部 渡邊 洋一)

※野村週報 2023年2月20日号「新産業の潮流」より

【FINTOS!編集部発行】野村オリジナル記事配信スケジュールはこちら

ご投資にあたっての注意点