毎年2月から3月は、労働組合が賃上げなどを要求する春季生活闘争(春闘)が慣例である。この時期によく聞くのが、企業の内部留保が多いことを理由に、それを財源とする賃上げや設備投資をすべきとの主張である。しかし、この主張には内部留保に関する誤解があると思われる。この主張の不合理な点と、投資対象の内部留保を、どのように理解すべきか考えてみよう。

内部留保とは、企業が稼いだ利益のうち配当金として支払われなかった金額を表し、貸借対照表における利益剰余金に対応している。内部留保という言葉のイメージから現預金を保有しているように思われやすいが、内部留保の金額に対応した現預金があるわけではない。

この利益剰余金(内部留保)は、損失(赤字)を計上するか、利益よりも多くの配当金を支払わなければ、基本的に減少することはない。従って、通常の賃上げや設備投資によって内部留保を減らすことはできない。内部留保を減らすには、赤字になるまで賃上げを行うか、利益に貢献しない設備投資をする必要がある。営利を目的とした企業に対して、このような主張が受け入れられるはずはない。

内部留保は利益を確保してきた証拠であり、自己資本比率を高め財務基盤を強固にする。そのため投資対象として、内部留保が多いこと自体は問題にならない。注意すべき点は、蓄積された内部留保が経営に有効活用されているかである。内部留保の多い企業が人材や設備などへ事業投資を行わず、過大な現預金を保有しているような場合は、内部留保が有効に活用されていない可能性がある。

内部留保が経営に有効活用されているかを判断するには、自己資本利益率(ROE)が参考になる。ROEは内部留保を含む自己資本を使って効率的に利益を上げているかを表す指標だ。自己資本が多ければ分母が大きくなるので、ROEは低くなりやすい。一方、ROE は(売上高利益率)×(総資産回転率)×(財務レバレッジ:自己資本比率の逆数)と分解できる。このことから自己資本比率が高い(つまり内部留保が多い)にも関わらずROEが高い企業は、売上高利益率や総資産回転率も相対的に高いと考えられ、内部留保が有効に活用されていると判断してよいだろう。

(野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング株式会社 植田 一政)

※野村週報 2023年3月6日号「資産運用」より

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