戦線は膠着化

ウクライナ紛争は2022年2月24日の勃発から1年が経過した。当初、金融市場では、地政学リスクを反映して、グローバルに株から債券への資金シフトが生じ、金価格が急騰した。また、西側がロシアに対する経済制裁を強化する一方、ロシアも西側に対し、原油や天然ガスの供給を制限し、紛争によりウクライナ産の穀物(小麦、大麦)にも供給不安が生じたため、商品価格が急上昇した。

もっとも、ロシアは、ウクライナの首都キーウを短期間に陥落させ、親ロシア派政権を樹立する電撃作戦に失敗した。その後は、ウクライナの東部、南部に侵攻し、ロシア本土とクリミア半島を地続きで接続する回廊を形成し、ロシアの海軍基地のあるクリミア半島をウクライナが奪還することを阻止する作戦に転じたが、22年9月には、ウクライナが反撃し、東部、南部の一部を奪還するなど、ロシア軍の進撃が食い止められるようになった。以後、戦線が膠着しているものの、早期停戦の可能性は低い。プーチン・ロシア大統領は失脚を回避するという動機から、占領を維持し、戦闘を続行する意思が固い。一方で、ゼレンスキー・ウクライナ大統領も占領地の全てを奪還するまで抵抗を続けると見られる。ロシアとウクライナの双方が折り合える停戦の条件は整わないと見られ、今後も長期の戦闘が続くというのが確率の高いシナリオであろう。

金融市場は、戦線が膠着し出すとリスク回避の材料と見なさなくなった。また、ロシアに対する西側の追加制裁がおおよそ一巡した後、西側はエネルギーの節約や代替調達などを進めた。景況感の悪化によって需要が抑制されたこともあり、商品価格も低下を始めた。停戦は見込めないものの、戦線の膠着状態が続く限り、市場ではウクライナ紛争が材料になる可能性は限られるだろう。

目先の材料としては、中国がロシアに武器支援、軍事協力を検討していると、欧米が疑っており、軍事協力が疑われる中国の企業、団体、人物を対象に経済制裁を拡大していくリスクがある。とはいえ、当面は個別企業が対象になると見られ、マクロ経済上のリスクにはなりにくいと見られる。

リスクシナリオはロシアの核攻撃

ウクライナ紛争のリスクシナリオは、ロシアの核攻撃である。ウクライナは核兵器を持たず、一方的なロシアの攻撃になる。核兵器による大量殺戮と大量破壊によってウクライナが敗北、ゼレンスキー政権が降伏することになるだろう。金融市場への影響としては、リスク回避の動き(株安、債券高、円や金への資本逃避)が進むとともに、西側による対ロシア制裁の大幅な強化が予想される。中国やインドはロシアからエネルギーの調達が困難になり、インフレと景気下振れのリスクに直面する。ウクライナ産の穀物(小麦、大麦)は放射能汚染により長期間輸出が不可能になり、食料品価格の高騰のリスクも考えられる。

政治的には、大量の犠牲者が出るという人道上の問題の他、核兵器使用によって外国を侵略出来るという実績を築くという問題が生じる。この実績は、今後もロシアや他の核保有国が核戦争を仕掛ける可能性を示唆する。核保有国の周辺で、核武装を正当化する国が増え、世界的に核拡散が進むことになる。

このため、米国は、非公式にロシアに対し核兵器使用時の報復を示唆していると言われる。ロシアにとっても、ウクライナを事実上支配するとしても、放射能汚染による傷病者の救済、放射能汚染されていない食糧の供給、インフラ復興というコストを負うことになる。合理的な判断をプーチン大統領が下す限りは、核兵器使用の可能性は高くない。

とはいえ、紛争でロシア軍が劣勢に立たされ、ロシアの海軍基地のあるクリミア半島にウクライナ軍が進軍するような展開に至れば、ロシアは、独立以来初めて、黒海の制海権を失うリスクに直面する。ウクライナ侵攻は失敗に終わり、プーチン大統領は失脚するリスクが高い。このため、プーチン大統領が保身のためにウクライナに対して核攻撃を行う可能性はゼロではない。特に、24年3月のロシア大統領選挙が近づく中で、ロシア軍が後退する場合には注意が必要だろう。

西側がウクライナの要求する長距離ロケット砲や戦闘機の供給に慎重な一因には、そうした兵器によってロシアが劣勢となり、核兵器使用の確率を高めてしまうというジレンマがあるのだろう。そのため、ウクライナが、プーチン大統領の在任中に全ての占領地を奪還し、紛争に勝利するというシナリオが成り立つ可能性は低く、ロシアが核兵器を使用するシナリオ以上に確率の低いものになるだろう。

(経済調査部 吉本 元)

※野村週報 2023年3月13日号「焦点」より

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