2024年、新しい少額投資非課税制度(NISA)が始まることが正式決定しました。新NISAでは年間の投資枠が大幅に増え、投資商品の非課税期間が無期限となります。「つみたて投資枠」と上場株式や投資信託の売買などに使える「成長投資枠」が併用でき、使い勝手は大きく向上しそうです。

政府の資産所得倍増プランでは、NISAの拡充・恒久化により、1.投資経験者の倍増としてNISA口座数を現在の約1700万口座から5年間で3400万口座とする、2.投資の倍増として、NISA買付額を現在の28兆円から56兆円とする、の2点が目標として掲げられています。

新NISAの開始によって、個人投資家の行動はどう変わるのでしょうか。また、株式市場にはどんな影響があるのでしょうか。野村證券でアナリストレポートなどを作成する投資情報部の東英憲部長に見通しを聞きました。

【東 英憲(ひがし・ひでのり)】
1990年、野村證券入社。池袋、静岡などの支店で個人向け営業に従事し、調布、盛岡、奈良、岐阜の各支店長、ソリューション・アンド・サポート部長(現在は改組)を経て、2022年4月から現職。個人投資家向けに情報を発信するおよそ約40人のリサーチャーやスタッフを率いる。

新NISAで何が変わる?

――新NISAでは非課税の投資枠が大幅に拡充され、期間も無期限になる方向です。この大きな改革をどう受け止めていますか?

歴史的な改革だと思います。バブル崩壊を経験した日本では、いまだに「投資は危険なもの」というイメージを持つお客様もおられ、個人金融資産がなかなか投資に振り向きませんでした。

2014年から始まったNISAは少しずつ口座数を増やし、現在は約1700万口座。ようやく、「つみたて投資」や「株主優待」という言葉が広く認知されてきたかなと感じています。

新NISAでは、年間投資枠が大きく拡充し、生涯投資枠も導入されます。「長期・分散・積立」という資産形成の基本を守ってうまく活用すれば、老後資金の心配などもある程度は解決できるのではないでしょうか。また、新NISAを入り口に他の金融商品に興味を持たれるお客様も増えるのではと期待しています。

月3万円を50年間積立投資した試算

――新NISAを使って長期にわたって投資をすると、どのような効果が予想されますか

はい、まずは野村證券のシミュレーションを見てみましょう。2023年2月末までの50年間、毎月3万円を積立投資していれば現在の評価額はいくらになっているかの試算です。累積の積立額は1800万円になります。

まず世界株式に投資した場合の評価額が最も高く、約2億4328万円(2023年2月末現在)です。累積投資額の13.5倍という大きな増え方でした。一方で、米国株式に投資した場合だと、約1億6456万円で9.1倍になりました。日本株に投資した場合でも、約3940万円と2.2倍になっています。

この50年で世界経済が急速に成長したことに加え、「複利効果」といって運用の収益を再投資し続けることで、このように大きな投資効果を得られるのです。私は、次の50年間も世界の人口は増え、世界経済は発展するだろうと考えています。その前提に立つと、この過去50年間の結果が一つの参考になるのではないでしょうか。

NISAのモデルとなった英国制度

――政府はNISA買い付け額を倍増させることで、個人金融資産を預金から投資へ流そうとしています。実現すると思いますか?

NISAのお手本となったのは英国の個人貯蓄口座(ISA)という制度です。導入から20年以上が経過し、資産残高が約7,000億ポンド(1ポンド=160円換算で112兆円)、口座数は2,700万口座まで拡大しており、今や英国の個人金融資産の1割近くを占めます。そして、ISAの資産残高の6割近くに相当する4,000億ポンドが株式型ISAです。

株式型ISAの残高の7割は投資信託ですが、それ以外に海外株式を含む個別株式が2割弱、上場ファンドであるインベストメント・トラストへの投資もあります。

最近はISAを利用して100万ポンド超の資産を積み上げた「ISAミリオネア」と呼ばれる富裕層も出現しており、金融事業者がISA投資の成功者として紹介しています。制度の恒久化も含めて多くの取り組みがありましたが、英国ではISAを個人向けの主力サービスに位置付ける金融事業者も出てきています。

この歴史を見ると、NISAも国民の投資への意識を変える可能性はあります。時間はかかると思いますが、若い世代を中心に、社会人になったらNISAで投資をするのが当たり前、という時代が来るかもしれません。

市場、投資家行動への影響は?

――NISA拡充により、株式分割をする企業が増えるのではないかという意見があります。その場合、株価には影響があるのでしょうか。

そうですね。過去には、2014年1月にNISAが始まるのを前に株式分割の件数が急増したこともありました。新NISA開始も企業にとっては株式分割を行う一つの動機になるかもしれません。

株式分割では流動性が高まるほか、個人投資家からの新規資金流入が期待され、株価はポジティブに評価されやすい傾向がありますが、一方で結果として株価に与える影響は一時的ともいえるでしょう。

実際に株式分割を発表した後の株価リターンは、母集団の平均リターンを上回る傾向があります。発表後2営業日目から10営業日目までの累積超過リターンは限定的で、株式分割のポジティブサプライズ効果は多くが発表翌営業日に織り込まれてしまうと言えるためです。

個人投資家が日本株に目を向けるようになる?

――個人投資家の行動は変わるのでしょうか

新NISAによって年間投資枠が拡大しても、個人投資家は海外株を選好しているので、日本株に向かう資金は限られるのではないでしょうか。野村證券の調査によると、2020年1月から2022年10月までに、海外株式投信と内外株式投信にはそれぞれ累計で9.0兆円、7.4兆円の資金純流入がありました。一方で、国内株式投信(日銀によるETF買入れは除く)への純流入額は0.7兆円にとどまっています。

ただし、制度の恒久化や非課税期間の無期限化により、株式投資を行いやすい環境はより整うことは間違いありません。今後、インバウンド需要や半導体の復活など日本株ならではの材料も控えています。個人投資家の関心が日本株に向かうかどうかに注目したいと思います。

ちなみに野村證券では2023年春先以降に日本株が持ち直し、2023年12月末の日経平均株価は30,000円まで上昇すると見ています。日本株の上昇が個人投資家の投資選好を変化させるかもしれません。

個人投資家の時代がやってくる

個人投資家が増えると、企業のさらなる成長が期待できるかもしれません。日本企業の慣行として、お互いの経営の安定を目的に、企業同士が株式を保有し合う「株式の持ち合い」があります。このような株の持ち合いは、株主による監視機能を形骸化したり、資本効率を低下させたりする可能性があります。

新NISAによって個人投資家が増えれば、このような慣習の変化を促す可能性があります。しっかりと企業の経営や成長性をチェックすることで、成長性が低い企業は評価されなくなるでしょう。そうすると、経営陣は成長性や資本効率、株価をより重視した経営を行うようになるのではないでしょうか。

PBR(株価純資産倍率)が1倍を下回る企業が問題になっているように、日本には収益力が低く、株価が割安で放置されている企業が多いのです。個人株主が増えることは、日本企業と株式市場を健全化し、日本経済の成長にもつながることが期待できます。

新NISAで新たに購入可能になるのは

――NISAの枠組みが拡大することで、新たにどんな銘柄が購入可能になるのでしょうか。

個別銘柄投資の幅が広がることが期待できると思います。新NISA年間投資枠は、つみたて投資枠が現行の3倍の120万円に、成長投資枠は2倍の240万円に増える予定です。両方を併用でき、年間投資枠の上限は合計で360万円となります。また、非課税保有の限度額は1,800万円で、うち成長投資枠は1,200万円が上限となります。

現行のNISA制度では最小投資単位が100株の銘柄では12,000円以上の銘柄に投資することができません。新NISAで成長投資枠の上限が240万円まで拡大した場合、4月7日日時点の株価で試算すると東京エレクトロン(8035)やダイキン工業(6367)、 HOYA(7741)、富士通(6702)、JR東海(9022)、シマノ(7309)などが投資対象として新たに加わります。

これまで買えなかった銘柄も買えるようになり、非課税枠を積極的に使おうという人が増えるのではないでしょうか。

新NISAをうまく活用するには

個人投資家は新NISAをどう活用すべきでしょう。

株式投資で重要なのは、納得感を持って意思決定をしてもらうことだと考えています。 私は日々お客様に向けて、自分が就職したくなるような有望な会社に、自分の代わりに「お金に就職してもらう」と考えて投資をしてほしいと伝えています。その視点で金融商品を選んでいただきたいなと思います。

就職する企業を、SNSで見た情報だけで決める人はいません。株式投資も就職のような長期的な視点での意思決定が必要です。 その企業の将来的なプラス要因を評価し、長期的な視点を持って購入・継続保有すれば、短期的に株価が下がることや、チャートの変化に右往左往しないようになると思います。

お金の場合は、就職先の数に制限はありません。自分が有望だと思える企業が複数社あるのであれば分散投資をすることも有効ですし、特定の業界・国・技術に期待ができると確信できるのであれば、運用会社がカテゴリー内で複数の株式に分散し投資をしてくれる投資信託の活用も有効です。

成長投資枠は個別銘柄だけに限らず、つみたて投資枠と同様に投信信託を買うこともできます。NISAの本質である「長期・積立・分散投資」を考えると、プロが運用する投資信託ですべての非課税枠を使う方法も候補にあがるでしょう。

では、どのような情報を元に意思決定すべきかという部分ですが、こちらはいろんな考え方があります。投資に関する基本的な本を数冊読むとか、野村證券の投資情報メディア「FINTOS!」のようなサイトを見ていただくとか、投資経験者に聞いてみるとか、ご自身に合った方法を試行錯誤しながら作っていくのがよいと思います。

MSCIデータの利用に関する注意事項

本資料中に含まれるMSCIから得た情報はMSCI Inc.(「MSCI」)の独占的財産です。MSCIによる事前の書面での許可がない限り、当該情報および他のMSCIの知的財産の複製、再配布あるいは指数などのいかなる金融商品の作成における利用は認められません。当該情報は現状の形で提供されています。利用者は当該情報の利用に関わるすべてのリスクを負います。これにより、MSCI、その関連会社または当該情報の計算あるいは編集に関与あるいは関係する第三者は当該情報のすべての部分について、独創性、正確性、完全性、譲渡可能性、特定の目的に対する適性に関する保証を明確に放棄いたします。前述の内容に限定することなく、MSCI、その関連会社、または当該情報の計算あるいは編集に関与あるいは関係する第三者はいかなる種類の損失に対する責任をいかなる場合にも一切負いません。MSCIおよびMSCI指数はMSCIおよびその関連会社のサービス商標です。

ご投資にあたっての注意点