世界の経済はどう動いているのか。調査・分析・予測の最前線に「エコノミスト」はいます。マクロの視点で経済の変化を予測する。そのために根拠となる数字やデータを地道に調べ続ける。「昔、先輩に言われた言葉ですが、エコノミストは脳みそが汗をかくんです。脳みそが汗をかくまで考える。今になって、こういうことなんだなと理解できるようになりました」。エコノミストになって約25年。シニア・ストラテジスト(※)の尾畑秀一に、エコノミストの醍醐味を聞きました。

※2023年4月現在、野村證券投資情報部では一律、ストラテジストという肩書になっています。

“根雪の努力”を日々重ね

――エコノミストになったきっかけを教えてください。

何かの専門家になりたいと考えて大学院(博士課程)で経済学の研究をしていた際、教授に「野村総合研究所(以下、NRI)がエコノミストを募集している」と聞き、経済や金融の最前線で勉強できるならいいなと思ったのがきっかけです。実はその頃は、3~5年勉強したら、また研究の世界に戻りたいと思っていました。

入社した1997年はアジア通貨危機の最中。日本国内にも金融不安が拡大し、大手銀行の合併が進みました。海外に目を移すと、1998年にロシアで金融危機が発生し、IMF(国際通貨基金)から資金援助を受けていました。ただし、その後ロシアはIMFからのコンディショナリティ(加盟国に金融支援を行う際に課す条件)を突っぱねてしまいます。IMFからの支援がないままでは、ロシアはいつ破綻してしまうのか。同じ部署内でロシアを担当していたエコノミストは「大丈夫」と言っていましたが、原油価格の低下も相まってロシアの財政はいよいよ苦しくなっていました。上司から「調べてくれ」と言われて自分も急いで試算し、「外貨を目一杯使ったとしても、3カ月持ちません」と報告しました。上司も含めて部署内の全員が「でも3カ月は大丈夫なんだな」と安心したのも束の間、その1カ月後にモラトリアム宣言。休みを返上して、すぐに情報収集とリポートの修正に入りました。自分がもう少し詳細に分析できていたら……、と痛感した一つの経験でした。

同じく1998年には米国の大手ヘッジファンドLTCMの破綻によるショックが起き、1999年にはユーロ誕生。目まぐるしく国際金融が変わるようなすごい時代で、これ以上に面白いことがどこにあるんだというぐらい、あっという間に10年が過ぎました。さあここから金融の世界を立て直すぞ、という時に起きたのが、2008年のリーマン・ショック。またそこからあっという間に10年が過ぎ、現実と相場に翻弄され、時が経ったというイメージです。

――2004年には調査部署の再編で、NRIから野村證券に転籍しました。NRIや野村證券の上司や先輩からは、エコノミストとしてどのようなアドバイスがありましたか。

分かりやすくスローガン的に何か言われることはなかったですが、例えば、「毎日自分の手でマーケットをつけなさい」「流行っているものにちゃんと目を向けなさい」などということは言われてきました。

朝5時30分に起きたらまず、世界のマーケットの動きをチェックします。大きな動きがなければ、その後は1時間ほど金融・経済メディアのチェックをしてから出社します。大きな動きがあった場合は、すぐにPCを立ち上げて報道をチェックし、要人発言や主要データのメモを取り、8時40分からの部内の朝会で共有します。数年前に、上司から「“根雪の努力”は大事だよね」と声をかけられたことがありますが、「“根雪の努力”という言葉があるんだ」と後から知ったものです。

各国の主要なデータを書き記したノートは数十冊にも及びます

業務自体はその日によって様々ですが、欠かさずやっているのが、自分の担当してる国や先進国の為替や金利、株価などを自分の手で入力し、担当する国の経済統計をチェックすることです。そうしたデータを昔はノートにとっていましたが、今はPCに入力しています。ずっと続けていると、手がモノを覚えていきます。PC入力の際にいつもと違う位置の数字を押しているな、これは何かが動いたということだな、何が影響しているのかな、などと直感的に指で分かるようになります。

ポイントは予想通りなのに、なぜ結果が変わったのか

――エコノミストとして経験した「絶対に忘れられない失敗」はありますか。

忘れられないのは2002年の円高です。2002年4月には135円の円安を記録した後、同年7月に115円の急激な円高となりましたが、私はそれを予想できず、円安になると予想したのです。

当時、重要なポイントが五つあり、三つは円安を示し、二つは円高を示す要因だとポイントを挙げた上で、円安になると予想しました。実際、五つの予想が全部当たったにも関わらず、円高になったのです。何が起こったかというと、挙げた五つのテーマ外だったエンロン・ワールドコムの倒産です。エンロンは2001年10月に粉飾決算疑惑が報じたのを皮切りに、株価急落と資金繰りの悪化を経て、同年12月に倒産。翌2002年7月には、粉飾決算ショックで株価が急落していたワールドコムが倒産しました。倒産そのものよりも、財務諸表が改ざんされていたこと自体が問題視され、アメリカ企業の財務諸表に対する評価が失墜。米ドルから日本円へとお金が流れ、円高になったというのが背景です。ですが、当時の自分はエンロンの倒産を聞いた時に、それが円高への要因になり得るとは思ってもいませんでした。

このことから学んだのは、油断をしてはいけないということ。十分調べて、十分考えて、色々な可能性を想定しておく。常にアンテナを張っていないと駄目ですし、頭の体操をしていなければいけません。

もちろん、毎日が決断の連続です。朝起きて大きなイベントが起こった時に、このイベントはどのようなインパクトがあり、どのくらい続くのか、全体像をすぐ描けるのか、何カ月もかけて作った見通しを変更する必要があるのか、というのを毎回ヒリヒリしながら決断します。うまくいかなかったこともありますが、そうした蓄積が自分の引き出しになり、同じようなイベントが起きた時に生かされます。

個人投資家は時間軸を味方にする

――現在、機関投資家だけではなくリテール(個人や中小企業)向けにも情報発信をしています。特に個人投資家に向けて情報を発信する際、どのようなことを伝えるようにしていますか。

お客様の人生そのものに関わりますので、どのように相手に伝わるか気をつけていますし、見るべきポイントが重要であることを話しています。例えば、日本株が上がると予想するとしましょう。なぜなら日本では金融緩和が続くと見られているからです、とポイントと合わせて説明します。つまり、もし利上げをする機運が高まったとしたら、日本株が上がるという予想を疑わないといけません。

また、時間軸を味方にできるということは、個人投資家の最大の利点です。ヘッジファンドのようなプロの投資家であれば、短いスパンでマーケット平均以上の成果を上げなければいけません。ですが個人投資家の場合、例えば5年塩漬けにしてもいいぐらいの時間があります。同じ土俵に上がってはいけません。途中で金利は上下しますが、長い目で見て運用すればいいわけです。その上で、今行くべきかどうか、今何が起ころうとしているからどのような商品や企業が有望なのか、という議論をしましょうと伝えています。

「調査の野村」が世界に人材を供給する

――野村グループには、調査・分析を重視する「調査の野村」という言葉があります。その中で、エコノミストの強みはどんなところにあると思いますか。

第一に育成ですね。特に野村のエコノミストは最初に日本経済を担当した上で各国をローテーションし、ある一定以上の知識レベルに到達できるようになります。こうしたキャリアパスは、明文化されてはいないものの、脈々と受け継がれてきた育成の文化の賜物です。他社に比べて合併が多くなく、自前で育成してきたことも、この文化の継承につながっていると思います。

チームの強みもあります。同じ投資情報部にはリサーチ担当者だけでも20人はいるので、会議をすると当然、様々な意見が出てきます。年下の人が年上の人とディスカッションをするには相当高いハードルがあり、私も経験がありますが、かなり鍛えられます。また、年次が上がった今では、後輩の鋭い意見にハッとさせられる時もあります。加えて、同じ部署にはエコノミストだけではなく、企業の財務状況や動向などを調査・分析するアナリストや、分析結果から戦略を考えるストラテジストなど、毛色の違う人たちがいます。そういう人たちと一緒にワークする中で隙がなくなっていき、経験値がしっかり上がっていきます。

チームで切磋琢磨しながら学んでいくからこそ、実は一番評価が厳しいのは、上司ではなく同僚のエコノミストなんです。自分も同僚にはやっぱり負けたくないですし、一人前だと認められれば任される仕事も変わってきます。

――世界のマーケットを知るために、エコノミストは海外出張も多いと聞きました。

例えば、欧州経済を担当していた際にはヨーロッパへ半年に1回、調査のために行きました。中央銀行や研究機関などがあるパリとロンドンとフランクフルトは絶対外せません。もう少し日程があれば、財務省などの役所があるベルリンにも足を運びます。空港で別の金融機関で活躍する野村OBに遭遇することも多いですし、その意味では、野村はちゃんとマーケットに人材を供給しているんだなと実感します。

海外への調査出張では1日4件回ったら飛行機で次の都市に行くような慌ただしいプランが多く、落ち着く暇がありません。プライベートで海外に行くのであれば、バリやサイパン、プーケットのようなリゾート地でゆっくりしたいですね。

プロフィール 尾畑 秀一(おばた・しゅういち)
1997年に野村総合研究所入社。各国のマーケットの動向から旬のテーマを抽出するクロスアセット分析を担当。入社後、一貫してエコノミストとして日本、米国、欧州のマクロ経済や国際資本フローの調査・分析に従事、6年間にわたり為替市場分析にも携わった。これらの経験を活用し、国内外の景気動向や政策分析、国際資本フローの動向を踏まえ、グローバルな投資戦略に関する情報を発信している。簡潔かつ平易な解説には定評がある。

ご投資にあたっての注意点