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05/25 16:00
欧米における営農型太陽光発電の動向
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニアフェロー 石井 良一(2025年5月20日) はじめに 営農型太陽光発電とは、一時転用許可を受け、農地に簡易な構造でかつ容易に撤去できる支柱を立てて、上部空間に太陽光を電気に変換する設備を設置し、営農を継続しながら発電を行う取組である。2013年3月に農林水産省が通知として「支柱を立てて営農を継続する太陽光発電設備等についての農地転用許可制度上の取扱いについて」を発出して以降、その許可件数は増加している。2018年5月には、担い手が下部の農地で営農する場合等について、一時転用期間をそれまでの3年以内から10年以内に延長した。図表1に示すように、2022年度末までで、全国で5,341件、下部農地面積1,209haになっている。件数は増えているものの、下部農地面積は平均23a/件、発電出力はほとんどが数十KWと、10数年経過しても未だ小規模に留まっている。また、2024年8月には、経済産業省は農地法違反で342件20事業者に対し、FIT・FIP交付金を停止するなど、適切に営農事業、発電事業が行われていない事例も見られる。[1] 図表1 我が国における営農型太陽光発電設備の許可件数等の推移 (出所)農林水産省(2025.4)「営農型太陽光発電について」 2025年2月に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画」[2]では、再エネ電力の中で太陽光発電が主要電源と位置付けられており、太陽光発電については2022年度における全体電源の9%のシェアを2040年度には23~29%まで高める計画となっている。太陽光発電の今後の発電適地は限定的であり、営農型太陽光発電が期待されているもののスケール化には至っていないのが現状である。 海外でも気候変動対策として太陽光発電の拡大が期待されている中で、欧米においては近年急速に規模の大きな営農型太陽光発電が増加している。本論では、既存公開資料を基に、欧米の最近の動向を概観し、我が国への示唆をまとめたい。なお、営農型太陽光発電の名称については、一般的に、欧米ではAgrisolar(アグリソーラー)、Agrivoltaics(アグリボルタイクス)を使用している。 第1章 欧州における営農型太陽光発電の状況 1. 発展の経緯 営農型太陽光発電のコンセプトは1981年にドイツの物理学者であり太陽光発電技術のパイオニアであるAdolf Goetzberger氏が提唱したのが最初と言われている。[3] 2004年にドイツで最初のシステムが実証され、2011年にドイツで規模の大きなシステムが稼働した。その後、太陽光発電への期待が高まるとともに、欧州各国で営農型太陽光発電の設置が相次ぎ、施設あたりの規模も次第に拡大しつつある。欧州全体に拡大しているが、発電出力20MWを超えるような大規模なものはスペイン、イタリア、フランスに多い。 営農型太陽光発電の近年の急速な拡大は、欧州を取り巻く気候変動、エネルギー政策と強く関連している。この数年、欧州は何度も深刻な熱波に見舞われ、各地でこれまでにない健康被害、干ばつを記録している。一方、ロシアのウクライナ侵攻に端を発するロシアからの石油・天然ガスの輸入削減、エネルギー価格の上昇は、待ったなしで石油エネルギーから再生可能エネルギーへの移行を迫っている。 2022年5月に、欧州委員会は「REPowerEU Plan」を発表し、EUは太陽光発電全体を2021年の162GWから2025年には380GWに、2030年には750GWまで増加させるとした。熱波をいくらかでも遮り農業生産を持続的にするとともに、政策に対応し太陽光発電を増加させることが営農型太陽光発電の拡大を後押ししているのである。 図表2 欧州における営農型太陽光発電の分布(2024年) (出所) Solar Power Europe(2024) ” Agrisolar Handbook ” (掲載サイト) https://www.solarpowereurope.org/insights/thematic-reports/agrisolar-handbook-1 2. 法制度・支援制度 EUは、加盟国27カ国で共通して講じられる農業政策であるEU共通農業政策(CAP)を策定している。EU予算を財源としてEU全体で運営されている。それは、(ア)農業者の所得を保障するための「価格・所得政策」、(イ)各加盟国が農業部門の構造改革、農業環境施策等の農村振興プログラムを実施する「農村振興政策」の二本柱からなっている。2023年1月に発効した改正CAP(2023-2027)は、より環境に優しく、より公平でより持続可能な農業の実践というコンセプトに基づいている。CAPに基づき、国レベルで戦略計画を策定しているが、営農型太陽光発電については、ドイツ、イタリア、オランダ、スロベニアの4ヶ国の戦略計画で推進することを位置付けている。[4] 営農型太陽光発電をきちんと法令に位置付けた国はまだ多くはない。フランスでは、2023年3月に「再生可能エネルギー生産加速法」[5]を施行した。その中で、農地での地上設置型太陽光発電を禁止し、営農型太陽光発電を定義し、農林業や牧畜業と両立可能な再生可能エネルギー生産を推進する方向性を明確に打ち出した。2024年4月に法令第2024-318号[6]を発表し、営農型太陽光発電の開発および規制を明らかにした。法令は、土地の農業利用を保護することに特に重点を置いており、最長40年間の許可を与える代わりに、収量は近隣と比較して90%以上を確保すること、架台の設置によって耕作できない面積は総面積の10%以内にすること、10 MWを超える設置の場合は遮光率[7]が40%未満であること、架台の設置の高さと間隔は通常の農業活動を可能にする必要があること、稼働前の事前検査を受けること、農地への原状回復が可能なこと、事前に供託金の納付を求め、違反の場合、原状回復費用に充当することとしている。 ドイツでは、「再生可能エネルギー法」(EEG2023)において、通常の太陽光、陸上風力、洋上風力、バイオマスと並んで、営農型太陽光発電の入札枠[8]が設けられている。2022年2月に、経済・気候保護省、環境・自然保護・原子力安全・消費者保護省、食料・農業省の3省が「太陽光発電拡大の方策についての3省による合意事項」を発表し、全ての農地での営農型太陽光発電を支援することとし、発電による土地の農業利用への影響が15%までの場合、CAPの支援を受けることも可能とした。ドイツでは、営農型太陽光発電システムの規格であるDIN SPEC91434で、枠組みと支援制度の概要を公表している。農業収量については非設置エリアと比較して66%以上にするという評価基準がある。 イタリアでは、2024年5月に「農地での地上設置型ソーラーパネルを禁じる緊急政令」を発布した。地上2.1メートル以上の高さを持つ営農型太陽光発電は除外している。すなわち、農地においては、営農型太陽光発電以外は設置できないこととした。 3. 営農型太陽光発電の特徴 ⑴ 営農型太陽光発電のメリット 欧州では、営農型太陽光発電のメリットは次のように捉えられている。[9] このうち、③農作物の保護、④持続可能な農業方法の支援、⑤気候変動への適応力向上、⑦先進的な再生可能エネルギー技術へのアクセスについては、我が国ではまだ強調されていないが、近年長期間の猛暑を記録しており、営農型太陽光発電のメリットとして再認識する必要がある。 ①農村経済に貢献 雇用を創出し、地域の収入や税収を生み出し、エネルギーの安全保障と農家や土地所有者に多様な収入源を提供する。 ②再生可能エネルギーの自家発電 農家は自分たちで再生可能エネルギーを生成することで、エネルギーコストを削減し、グローバル市場の混乱によって著しく上昇した不安定なエネルギー価格に対する脆弱性を軽減できる。 ③農作物の保護 干ばつ、直射日光、洪水、雹などの厳しい気象から農作物を保護する。 ④持続可能な農業方法の支援 水管理の改善を通じて再生可能な農業などの持続可能な農業方法を支援できる。具体的には、蒸発散量の低下により灌漑目的の水使用を削減し、太陽光パネルの下での温度低下により農作物の水需要を減少させること、雨水収集システムを設置して雨水の再利用を行うなどである。 ⑤気候変動への適応力向上 太陽光発電設備の設置により、農作物の気候変動による物理的リスク(気温上昇、洪水、極端な気象イベント)に対する耐性を強化できる。 ⑥土地の二重利用 農業とエネルギー生産の両方のために土地を二重利用することを可能にし、土地の効率を最大化し、農作物生産を犠牲にすることなく利用可能な資源をより良く活用する。 ⑦先進的な再生可能エネルギー技術へのアクセス 農家に現代的な再生可能エネルギー技術へのアクセスを提供し、スマート農業ツール、スマート灌漑システム、エネルギー効率の高いシステムを活用することで、生産性をさらに向上させることができる。 ⑵ 営農型太陽光発電のタイプ 欧州においては、一般的に、図表3に示す10タイプがある。生物多様性タイプや牧草発電タイプなど我が国よりも多様な活用がされている。 図表3 営農型太陽光発電ビジネスのタイプ (出所)Solar Power Europe(2024)”Agrisolar Handbook”より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 ⑶ ビジネスモデル 営農と発電事業を両立させるために、図表4に示すようにいくつかのビジネスモデルが存在する。農家の同意の下で発電事業者がソーラーシステムを所有運営するモデルが一般的である。この場合は、農地を所有する農家は、その農地の一部を発電事業者に賃貸し、具体的な合意に基づいて農業活動を行う。農地所有者と農家が別の法人である場合、農地所有者は土地を賃貸し、農家は発電事業者との具体的な合意に基づいて農業活動を行う。 図表4 営農型太陽光発電のビジネスモデル (出所)Solar Power Europe(2024)”Agrisolar Handbook”より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 4. 注目すべき事例 欧州においては、図表5に示すように、近年、農地面積数十~数百ha、発電出力20MW以上の大規模な営農型太陽光発電が増加している。特に、2022年5月の欧州委員会「REPowerEU Plan」発表以降の事例が目立っている。事業主体のほとんどは大手の再生可能エネルギー発電会社であり、農家から農地をリースし、共同で事業を行っている。 図表5 欧州における大規模営農型太陽光発電の事例(発電出力20MW以上) (出所)SolarPower Europe “Agrisolar Digital Map” https://agrisolareurope.org/map/ より作成 このうち、我が国でも参考になる事例を紹介する。 ⑴ 羊の放牧 大規模な営農型太陽光発電では、羊の放牧をしている事例が多い。欧州には、もともと耕作に向いていなく、羊の放牧をして、羊毛、チーズ、肉などを生産している地域も多い。発電事業者にとっては大規模な面積を確保できることが最大のメリットである。羊はおとなしく草を食み、手間があまりかからなく、設備などへの損傷が少ないことも牛や馬と比較してのメリットである。一方、農家にとっても、経済的なメリットの他、①日陰により羊に休息や繁殖の場を与えることができる、②水分の蒸発を抑え、土壌の乾燥を抑えることができる、というメリットがある。 図表6 営農型太陽光発電での羊の放牧のイメージ (出所)Getty Images ⑵ ブドウ栽培 近年の猛暑は欧州のぶどうの生産に大きな影響を与えている。2023年、フランスのボルドーでは「ヒートドーム」現象が発生し、一部の地域で気温が40度を超え、猛暑と洪水が重なり、真菌(カビ)による病気が大発生し、ブドウ畑全体の約90%が被害を受けた。 図表7 営農型太陽光発電でのブドウ生産のイメージ (出所)Getty Images こうした中で、営農型太陽光発電下でブドウを栽培することが始まっている。農家にとっては、経済的なメリットの他、①水分の蒸発を抑え、散水を抑えることができる、②適度な日陰が生まれ、熱波をいくらかでも和らげ、ブドウの収穫時期を遅らせ成熟度を上げることができる、というメリットがある。 実際、イタリアのワインメーカー、Svolta Srl社が自社のブドウ畑に営農型太陽光発電設備を導入した結果、大幅にワインの品質が向上し、高品質のワインが生産できたとのことである。[10] 第2章 米国における営農型太陽光発電の状況 1. 発展の経緯 米国においては、NREL(国立再生可能エネルギー研究所)が2010年から営農型太陽光発電に関するフィールドリサーチを行っており、2015年以降、全米各地の研究サイトで研究を行ってきた。現在でも営農型太陽光発電に関する研究開発、情報発信、情報交流の全米のハブとなっている。[11] 営農型太陽光発電の本格的な商業展開は2021年以降のことである。2015年以降、太陽光発電は拡大をしていたが、2020年で米国全体の電力構成のわずか約2%に過ぎなかった。バイデン前大統領は、2021年1月、大統領就任後、「パリ協定への復帰」、「2050年までにGHG排出量ネットゼロ」など気候変動対策に積極的に取り組むことを発表した。2021年11月には、「温室効果ガス排出量を実質ゼロにするための長期戦略」[12]を発表し、「インフラ投資・雇用法」[13]を制定した。前者は、電力の脱炭素化、運輸部門でのクリーン燃料への転換、省エネの推進などを掲げ、後者はそのために5年間で5,500億ドルを支出し、技術の実用化、雇用の拡大を進めるものであった。。さらに、2022年8月には「インフレ削減法」[14]を制定し、気候変動対策に今後10年間で3,910億ドルを支出するとした。 この結果、電力構成に大きな変化が生じた。化石燃料の割合が下がり、再生可能エネルギーの割合が増加している。2023年では太陽光発電は米国全体の電力構成の約4%と2020年から倍増した。営農型太陽光発電についても2021年以降、大規模な事例が相次ぎ、全米各地に広がっている。(図表8参照) 2025年1月、 トランプ大統領は大統領就任後すぐに前政権の気候変動対策を大幅に転換し、「パリ協定からの離脱」、「化石燃料を中心とする国産のエネルギー資源の開発の加速化」などを表明した。しかしながら、太陽光パネルの米国内での生産能力の増加もあり、米国エネルギー環境局(EIA)によると、2050年には太陽光発電が石油・天然ガスをしのぐ主要電源になると予測[15]しており、土地を有効に活用する営農型太陽光発電への期待はますます高まるものと推察される。 図表8 米国における大規模営農型太陽光発電の分布(発電出力10MW以上:2024年) (出所)National Renewable Energy Laboratory (NREL)(2025)InSPIRE ”Agrivoltaics Map ” https://openei.org/wiki/InSPIRE/Agrivoltaics_Map 2. 法制度・支援制度 米国における営農型太陽光発電に関する法制度や支援制度は、州や地域によって大きく異なり、連邦政府の明確な規定は存在しない。州の制度の一例として、マサチューセッツ州の例を紹介する。ここでは、2018年に州エネルギー資源省は、「ソーラー・マサチューセッツ・リニューアブル・ターゲット(SMART)プログラム」を開始した。その中で、営農型太陽光発電を位置づけ、規定に合うものに対して、財政的インセンティブを与えている。主な規定は、①最大発電出力は5MW未満、②パネルの高さは固定式で約2.4m以上、追尾式で約3m以上、③遮光率は50%未満、④20年間の継続的営農の実施、⑤年次報告の義務(生産性、農作物管理)であり、それを満たしたものは0.06$/kwhを追加で得ることができるといった内容である。 3. 営農型太陽光発電の特徴 ⑴ 営農型太陽光発電のメリット 営農型太陽光発電のメリット、トレードオフ項目については、図表9のように整理されている。米国においても、植物や家畜の生態面、水管理のメリットが強調されている。 図表9 営農型太陽光発電のメリット (出所)”Agrivoltaics Basics” https://www.nrel.gov/docs/fy25osti/91638.pdf ⑵ 営農型太陽光発電のタイプ 欧州と同様に、農作物生産、家畜生産、植生管理を通じた生態系サービスの提供、及び ソーラーグリーンハウスがある。これらのタイプは、特定の場所で複数の活動が同時に行われることがあり、同じ地域内で異なる季節に実施されることもある。 図表10 営農型太陽光発電のタイプ (出所)the National Renewable Energy Laboratory (NREL) ” The 5 Cs of Agrivoltaic Success Factors in the United States: Lessons From the InSPIRE Research Study “ https://www.nrel.gov/docs/fy22osti/83566.pdf 4. 注目すべき事例 2025年4月現在、営農型太陽光発電は、全米で599サイト、発電出力10,310MW(平均17MW/件)、農地面積26,179ha(平均44ha/件)となっている。ほとんど発電事業者が事業主体である。1件あたりの農地面積は我が国の0.23haの約200倍と大規模である。 発電出力150MW以上の大規模営農型太陽光発電は、図表11に示すとおりであり、羊の放牧の事例が多い。テキサス・ソーラー・シープ社のように、各地の営農型太陽光発電事業者に羊を貸し出すビジネスまで登場している。 図表11 アメリカにおける大規模営農型太陽光発電の事例(発電出力150MW以上) (出所)National Renewable Energy Laboratory (NREL)(2025)InSPIRE ” Agrivoltaics Map” より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 おわりに 2020年代に欧米で急速に拡大している営農型太陽光発電の現状を概観したが、我が国への示唆をまとめて本論を締めくくりたい。我が国においては、太陽光発電の拡大が求められているものの、もはや適切な土地はあまりなく、丘陵地における発電所の災害の危険性への懸念、平地における野立て発電所の景観性などからその拡大に対する国民の理解は高まっていない。実際に、非住宅設置の新規の太陽光発電量は2012年7月のFIT開始後の2014年度の837万KWをピークに、年々減少し、2023年度は175万KWに留まっている。エネルギー基本計画に基づき太陽光発電を拡大し、2050年カーボンニュートラルの実現を達成するためには、建築物の壁面、道路などのインフラ空間、農地などの活用が真剣に検討されるべき状況になっている。 農業生産者にとって、営農型太陽光発電は経営を安定させるだけでなく、欧米の事例で見たように、猛暑からの農作物や家畜の保護、農作物の水需要の削減、発電した電力を活用したスマート農業への展開などメリットも大きい。我が国において、今後、飛躍的に営農型太陽光発電を拡大するために望まれる事項は次の通りである。 ⑴ 営農型太陽光発電の法律への位置づけ 営農型太陽光発電の設置に関しては、2024年4月にそれまで通知であった一時転用許可基準等を農地法施行規則第30条に定めた所である。今後、フランスの「再生可能エネルギー生産加速法」 での取り扱いのように、法律の中で営農型太陽光発電の推進を位置付けることが検討される。また、フランスやイタリアのように、農地での野立ての太陽光発電は、農業振興地域に指定されている農地を転用しての建設も含めて、一切禁止することも検討すべきである。法的位置づけをしっかりすることで、推進する政策や規制及び設置条件をより明確にすることができる。 ⑵ 営農型太陽光発電に関するプラットホームの形成 米国においては、エネルギー省に属するNREL(国立再生可能エネルギー研究所)が研究開発、情報発信、情報交流の全米のハブとなっている。我が国においても、農林水産省と経済産業省が連携し、我が国における営農型太陽光発電に関するプラットホーム(民間企業、研究機関、農業者などが連携し、 営農型太陽光発電の普及を加速させるための場)を構築することが望まれる。そのハブとして全国に研究センターや農場等を有している農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)が担うことが期待される。 ⑶ 農作物の避熱効果に関する実証研究の推進 現在の営農型太陽光発電の下部農地での栽培作物は、さかき、しきみ、みょうが、ふき、うど、キノコ類などの日陰で手間をかけずに育つ陰性作物が約5割を占めている。決して否定するものではないが、営農と発電の両立という趣旨からするとそれが多くを占めるのは好ましくはないだろう。 欧米では、太陽光パネルの遮光効果が近年の熱波から農作物や家畜を守るという認識が共有されている。2024年の我が国の夏の平均気温は過去最高を記録した[16]。コメ、豆類、イチゴ、トマト、果樹、花卉等に広範な影響が報告されている。[17] 農研機構等がリードし、各地の農場や各道府県の農業試験場などで営農型太陽光発電による農作物の避熱効果の実証を進めることが期待される。 ⑷ モデルプロジェクトの組成 大規模営農型太陽光発電の普及にあたっては、農林水産省と経済産業省が協力し、公募で次世代営農型太陽光発電プロジェクトを募ったらどうであろうか。先駆的事例として、植物工場の黎明期に両省がワーキンググループを設置し検討を進め、農林水産省が主導し、2013年度より全国10箇所で自治体、生産者、実需者等がコンソーシアムを形成し、次世代施設園芸拠点の整備を進めたことが参考となる。その後の植物工場の大規模化の契機になった。 我が国においても、営農の継続と再生可能エネルギーの拡大を図り、生産者の所得向上にも寄与する営農型太陽光発電の拡大をおおいに期待している。 ⑸ わかりやすい名称の検討 営農型太陽光発電の名称について、一般的に、欧米ではAgrisolar(アグリソーラー)、Agrivoltaics(アグリボルタイクス)を使用している。「営農型太陽光発電」という名称は、太陽光発電の1形態として営農型があるというような意味と捉えられやすく、営農と発電を両立させるという本来の意義が伝わりにくい。特定非営利活動法人環境エネルギー政策研究所は、 Solar Power Europe(2023)「Agrisolar Best Practice Guidelines」を翻訳するにあたって、「営農ソーラー」を使用している。愛称でもいいが、「営農ソーラー」というようなわかりやすい名称の使用を官民で検討してほしい。 (参考文献) AgriSolar Clearinghouse(2025)”Best Practices in AGRISOLAR” Solar Power Europe(2024)”Agrisolar Handbook” Solar Power Europe(2023)「営農ソーラーベストプラクティスガイドライン第2版 日本語版」 U.S. Department of Agriculture(2024)”Trends, Insights, and Future Prospects for Production in Controlled Environment Agriculture and Agrivoltaics Systems” [1] https://www.meti.go.jp/press/2024/08/20240805002/20240805002.html [2] https://www.meti.go.jp/press/2024/02/20250218001/20250218001-1.pdf [3] 日本では長島彬氏が2003年末にソーラーシェアリングとして発案し、2009年に自ら実証実験農場を設け、研究を重ね、2015年9月に「日本を変える、世界を変える!「ソーラーシェアリングのすすめ」」を出版する等、全国への普及に努めている。 [4] Solar Power Europe(2023)「営農型太陽光発電ベストプラクティスガイドライン第2版 日本語版」(特定非営利活動法人環境エネルギー政策研究所訳) [5] JETRO(2023)「フランス、再生可能エネルギー生産加速法を施行」2050年までに、太陽光発電の発電容量を100ギガワット(GW)超まで増やす目標を設定。https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/03/b1b61052873729b0.html [6] Décret NO.2024-318 https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000049386027 [7] 農地に対する架台の最大投影面積 [8] 入札制度とは、特定の発電容量に対して、複数の事業者が価格を提示し、最低価格を提示した事業者が選ばれる制度。発電方式ごとに増設目標枠が設定されている。 [9] Solar Power Europe(2024)”Agrisolar Handbook” [10] PV magazine (September 18, 2024)” Agrivoltaics postpone harvest, improve wine quality” https://www.pv-magazine.com/2024/09/18/agrivoltaics-postpone-harvest-improve-wine-quality/ [11] 地域経済とエコシステムと統合された革新的太陽光発電の実践InSPIREホームページ https://openei.org/wiki/InSPIRE [12] “Pathways to Ne-Zero Greenhouse Gas Emissions by 2050” [13] “Infrastructure Investment and Jobs Act” [14] “Inflation Reduction Act” [15] https://www.eia.gov/outlooks/aeo/pdf/AEO2023_Release_Presentation.pdf [16] 気象庁によると、2024年夏(6〜8月)の日本の平均気温の基準値(1991〜2020年の30年平均値)からの偏差は+1.76℃で、1898年の統計開始以降、2023年と並び最も高い値となった。日本の夏(6〜8月)平均気温は、様々な変動を繰り返しながら、長期的には100年あたり1.31℃の割合で上昇している。 [17] 農林水産省「令和6年夏の記録的高温に係る影響と効果のあった適応策等の状況レポート」 https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/attach/pdf/report-76.pdf ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 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05/25 12:00
自主流通による酪農市場の成長に向けて -自主流通が酪農市場に与える影響とポイント-
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニア・アソシエイト 谷 和希(2025年5月20日) はじめに 日本国内の酪農業界では、年々酪農家の離農が進んでいる。特に最近では、物価高や円安の影響を背景とした生乳の生産コストの上昇に伴い、1989年に66,700戸存在していた酪農家数は、2024年には11,900戸とこの35年で8割以上減少し、過去最低を記録した。食品業界ではインフレに対応するために、多くの企業が値上げを進めているが、生乳については酪農家が自ら生乳の価格を決めることができない。これは、生乳が傷みやすい、季節や気候によって生産量・需要量が変動しやすいなどの特性を持っているためである。また、生産される生乳のほとんどを指定生乳生産者団(以下、「指定団体」という)が集乳している。この流通構造は高度経済成長期から続いており、現在も大きな変化はない。 しかし、生産者の構造には変化がみられる。酪農家の離農が進んでいる一方で、酪農家の大規模化の進展に伴い、求められる流通構造も少しずつ変化しはじめている。昨今、指定団体の他に、生乳流通事業を行う民間の自主流通事業者が生まれており、筆者はこの存在が酪農市場を成長に導くきっかけになると考えている。本稿では、酪農市場において自主流通事業者が酪農市場に与える影響について考察する。 1. 生乳の業界構造の現状 酪農家が生産した生乳は、各地域の農協(単位農協・県連合会など)が集乳し、全国に10存在する指定団体(ホクレン農業協同組合連合会、東北生乳販売農業協同組合連合会、関東生乳販売農業協同組合連合会、北陸酪農業協同組合連合会、東海酪農業協同組合連合会、近畿生乳販売農業協同組合連合会、中国生乳販売農業協同組合連合会、四国生乳販売農業協同組合連合会、九州生乳販農業協同組合連合会、沖縄県酪農農業協同組合)を通じて、各乳業メーカーに販売される。現状では、国内で生産される生乳のほとんどがこの仕組みで集乳・販売されている(図表1)。 生乳の価格(乳価)は、飲用向けと加工用向けの二つに分類される。加工用の中でも、仕向ける種類によって価格が細分化され、酪農家には仕向けた割合に応じた乳価と、それに対する加工原料乳生産者補給金を合わせた金額が支払われる。ただし、生産者は用途を指定することができず、乳業メーカーがどの商品にどの量を仕向けるかによって、酪農家に支払われる乳価が変動する仕組みとなっている。 図表1 生乳の流通構造 (出所)一般社団法人Jミルク「生乳の生産・流通構造」、株式会社MMJ「生乳流通に関する提案」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 この仕組みが確立されたのは、1966年に遡る。指定団体が設立される以前は、小規模な生産者団体が数多く存在していた。生乳は毎日乳牛から生産され、傷みやすく貯蔵性がない特性を持つため、集乳後は短時間のうちに取引することが求められ、取引ができない場合には廃棄せざるを得ない。また、需要や供給量は季節や天候などに左右される。小規模な生産者団体は乳業メーカーに対して価格交渉力が弱く、不利な条件を受け入れざるを得ない状況が続いていたため、政府は「加工原料乳生産者補給金等暫定措置法(不足払い法)」を施行し、全国に10の指定団体を設立した。これにより、多くの酪農事業者から一元的に集荷を行うことが可能となり、乳業メーカーに対する価格交渉力が強化された。これが酪農家にとって大きなメリットとなっており、今後も酪農家が安心して生乳を卸すためには、指定団体は必須の存在であると言える。 2. 自主流通事業者の役割 一方で、昨今存在感が増しているのが、民間の生乳自主流通事業者である。酪農乳業速報によると、生乳の国内生産量の半分以上を占める北海道において、自主流通事業者の道外移出量は2019年度に6万7,899トンであったのに対し、2024年度には20万トンを超えることが見込まれているなど(北海道で生産された生乳は2024年度で約420万トン)、ここ数年間での存在感が急速に高まっている。 自主流通事業者のビジネスモデルは、指定団体と同様に酪農事業者が生産した生乳を集乳し、乳業メーカーに販売するものであるが、その役割は異なる(図表2参照)。 図表2 自主流通と指定団体の比較 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 図表2に示したとおり、自主流通の担う役割は指定団体とは異なる。自主流通は、民間の事業会社や生産者が集まった協同組合などが運営主体となるため、指定団体のように全酪農家から生産される生乳を集乳する義務はない。そのため、仕入先(契約農家)も任意で決めることが可能である。例えば品質に基準を設けることも可能となる。また、販売先についても、どの企業に販売をすることも自由であり、条件に見合う顧客のみに限定して販売することも可能である。 特に重要な乳価については、当事者間で自由に契約することができるため、生産者としては経営の選択肢が広がり、収益性を向上させるチャンスとなる。また、乳業メーカーにとっては、「いつ」、「どこで」、「誰が」生産した生乳か、追跡しやすく(トレーサビリティが比較的容易)、産地指定の商品なども容易となる。昨今は、消費者の有機農業やカーボンファーミングなどへ関心も高まっており、これに則した生産方法などに限定した仕入及び商品開発も容易となる。自主流通事業者は、民間企業(協同組合含む)であるため、価格、取引先に制限がないことが最も大きな特徴と言える。 3. 酪農市場の成長に向けた課題 日本の酪農市場はさまざまな課題に直面している。第一の課題として、酪農家の販売先の選択肢が少ないことが挙げられる。最近では大規模化した酪農事業者や生産技術の向上によって高品質な生乳の生産が可能になるなど、多様な事業者が存在する一方で、販売先の選択肢は限定的である。販売先が少ないことで、価格競争が生まれない場合、価格が適正に設定されにくくなることが想定される。生乳を買い取る事業者が多数存在すれば、事業者間で価格競争も生まれ、生産者にとっては収益性を高める機会に繋がる。 第二の課題は、自社の経営努力により品質の良い生乳を生産しても、販売価格(乳価)が変わらない点である。乳価は仕向けられた用途によって決定するため、餌や飼育環境に資金を投入して品質の良い生乳を生産した場合でも乳価は変わらない。自助努力で乳価が変わらないため、生産者としては経済的なインセンティブがなく、持続的に成長させる必要性がなくなってしまう。さらに、昨今は生産コストも上昇しているが、そのコストを乳価に転嫁することができない。このような状況下では、設備投資や人材の確保など更なる投資の意欲を失ってしまい、長期的には生産量が減少し、酪農市場の衰退に繋がると考えられる。 上記のような課題に直面しているからこそ、酪農市場では新たな選択肢が求められている。その一つとして、自主流通の存在がある。新たな流通構造が構築されることで、生産者にさまざまなインセンティブが生まれ、市場の成長につながる可能性がある。 4. 自主流通事業者の先進事例とそこから得られる示唆 自主流通事業者の数はまだ多くはないと考えられるが、その中でも特に存在感を持つ事業者は、酪農市場の活性化に向けて独自の取り組みを行っている。本章ではその事例を取り上げたい。 (1) 高付加価値化商品の開発 【名称】 株式会社MMJ(以下、「MMJ」と記載)【所在地】 群馬県伊勢崎市【設立年】 2002年【代表者】 茂木 修一 MMJは、民間企業として日本で初めて酪農家から生乳を直接買い付け、乳業メーカーなどの各種事業者へ販売を行う生乳卸事業を始めた企業である。北海道をはじめ、東北、関東、中国、四国など日本各地から生乳を仕入れている。その独自に仕入れた生乳を活用することで、例えば2017年には大手食品スーパーのベイシアと協業して「別海のおいしい牛乳」という商品名のPBブランドを開発・販売している。これは、自主流通の特性を活かして、北海道別海町という特定の地域から仕入れた生乳のみを活用したブランドである。 第2章でも述べた通り、自主流通はどの酪農家から仕入れ、販売したかが明確であるため、生産者の顔が見える商品として人気を博している。その原料を活用して、牛乳のほかにもバウムクーヘン、飲むヨーグルト、あんドーナツ、ソフトキャンディーなど、幅広い商品の開発も行っており、「別海の美味しい牛乳シリーズ」として消費者に広く受け入れられている。 また、2020年頃からは、加工用として仕入れた生乳の高付加価値化にも取り組んでいる。先述の通り、加工向けの乳価は飲用よりも安いとされているが、MMJは通常と同じ価格で酪農事業者から生乳を買い付け、その付加価値を高めることで新たな事業の可能性を見出している。その一例として「フリーズドライ牛乳」がある。従来の粉乳とは異なり、より生乳に近い風味となるように加工しており、料理や菓子などにも活用できる。最近では海外からの輸出の引き合いも高まっており、価格は一般的な粉乳の5〜10倍程度で販売されている。 (2) オリジナルブランドの立ち上げと商品製造・販売 【名称】 ちえのわ事業協同組合(以下、「ちえのわ」と記載)【所在地】 北海道野付郡別海町【設立年】 2014年【代表者】 島崎 美昭 ちえのわは、酪農が盛んな北海道別海町で酪農業を営む4名の事業者が集まり、自分たちが生産した生乳の販売先や用途に選択肢を持たせたいという意向で事業をスタートした。現在では、根室地域だけでなく、釧路やオホーツクなど道東エリアの多数の酪農事業者がこの方針に賛同し、組合員も増加している。 ちえのわも、自主流通の特徴を活かして、特色のある牛乳の製造を行っている。例えば、商品のひとつである「浜中のおいしい牛乳」は神奈川県を中心に、「北海道別海の特選牛乳」は兵庫県を中心に販売されており、地域ごとに特色やパッケージ、ブランドを変えて製品を製造できていることは自主流通事業者の大きな特徴のひとつと言える。 また、当組合員が生産した生乳を活用してオリジナルブランド「NOWA」を立ち上げており、高品質な生乳のみを使用したソフトクリームやカップアイス、プリンなどを製造している。これらの商品は各小売スーパーへ販売されているほか、ふるさと納税でも人気を博している。また、他の取り組みとして、道内の円山牛乳販売店(株式会社ATTAKAIDOが運営)と協力し、菓子類の製造にも着手している。これらの商品はいずれも単価が他よりも高く設定されており、高付加価値商品の位置づけとなっている。 同組合に所属する全組合員がJGAP認証の取得を前提としており、品質も担保することで、消費者に対して、安心・安全な製品を届けることを実現している。 (3) 品質の保証による適正な価格による取引 【名称】 株式会社Milk Net(以下、「Milk Net」と記載)【所在地】 北海道釧路市【設立年】 2019年【代表者】 福田 貴仁 Milk Net代表の福田氏は自身も酪農業を営んでおり、酪農事業者、自主流通事業者のどちらの立場でもあり、生乳の生産から販売までの流通過程を最適化したいという思いの中で同社を設立している。同社の取り組みは商品開発の観点ではなく、前述の2社とは異なる視点での特徴を有する。 乳価については、乳業メーカーに対して柔軟に交渉を行っている。2022年には世界情勢の不安定化を背景に飼料費などの生産コストが暴騰したため、酪農事業者の生産活動を持続させることを目的に、乳業メーカーに対して乳価の値上げ交渉を行った。これは道内の自主流通事業者の中では初めての試みとなる(1kgあたり15円の値上げ)。 また、品質向上に対しても取り組みを行っている。同社は2022年に生乳の品質を自主検査するための機器を導入している。通常は乳業メーカー等が生乳の受け入れ時に検査をすることが一般的と言われる中で、自主的に検査をすることで品質を保証している。またその検査結果をもとに酪農事業者に対して餌の改善等の助言も行い、取り扱う原料の更なる品質向上に取り組んでいる。同社は生産者の持続的な発展、乳業メーカーに対しても安全性を担保することで、事業を拡大させている。 このように、自主流通事業者はそれぞれ独自の取り組みを行うことで、酪農事業者、乳業メーカー、消費者それぞれに対して今までの流通では実現することができなかった新たな価値を提供している。酪農事業者に対しては、経営の新たな選択肢を提供できる。生産者が安定的に高い乳価での販売を実現できれば、収益性が高まり、更なる事業拡大に繋がる。乳業メーカーに対しては、高品質でトレーサビリティが確保できるため、安全な原料の提供や、新たな商品開発による他社との差別化、仕入先の分散によるリスク回避などの機会を提供できる。消費者に対しても、乳業メーカーと協業することで、新商品や高品質な商品の選択肢、トレーサビリティを活かした安心・安全な商品を提供することができる。年々衰退していると言われる酪農市場であるが、自主流通の台頭により新たな価値提供がなされることで、市場が活性化し、成長の可能性を秘めている。 自主流通事業者の存在が酪農市場を活性化させると考えるが、指定団体は酪農市場においては非常に重要な役割を担っており、今後も欠かすことができない存在であることに変わりはない。自主流通事業者は民間企業であるため、生産された生乳を引き取る義務はないため、高い品質や事業における効率性を重視して取引を決めることができる。そのため、依然として小規模で家族経営の生産者が多く存在する中で、自主流通事業者の求める条件に合わなければ、生産した生乳を簡単には引き取ってもらえない可能性がある。このような状況になってしまうと、酪農市場全体として生乳の供給が不安定になり、消費者への乳製品供給が困難になるリスクが生じる可能性がある。そうならないためにも、指定団体が生産された生乳を引き取り、乳価交渉など一酪農家ではできない役割を担うことで、酪農家は安心して生産活動を行うことができる。今後の流通のあり方としては、自主流通事業者と指定団体が相互に補完し合い、酪農事業者に様々な選択肢を提供し、ともに酪農市場を支え、成長させることが重要であると考える。過去に青果や鮮魚において、生産者が価格を交渉できない農協及び卸売市場経由の取引から、民間の卸や流通事業者との直接取引に移行していった経緯があるが、今でも双方の取引が残り相互補完関係が残っている現状は、生乳流通においても参考になると思われる。 おわりに 本稿では深くは触れていないが、生乳から製造される製品は多岐にわたる。生乳は殺菌すると牛乳になり、遠心分離をすると生クリームと脱脂乳になる。更に生クリームから水分を抜けばバターが作られる。牛乳以外は何かの製品を作ると副次的に別の製品ができるため、それぞれの需要を踏まえて仕向ける割合を考慮する必要がある。また、前述の通り牛乳は季節や気候によって需要が変動する。しかし、生乳は毎日乳牛から生産されるため、工業製品のように需要が少ない時期だけ生産を減らすことはできない。そのため、すべてが価格の高い飲用に偏ってしまうと、需要の変動に対応できず、需給バランスを崩す原因となる。 また、日本は人口減少が進んでいるため、酪農市場の成長のためには海外市場の取り込みが必要不可欠である。ジーリーメディアグループが台湾人・香港人向けに実施した日本で飲みたいノンアルコール飲料のアンケート[1]では、牛乳が第1位という結果が出ており、海外市場にはまだ成長の可能性があると考えられる。 今後の酪農市場においては、指定団体が今まで培ってきたノウハウと自主流通が持つ新たなノウハウをうまく組み合わせて、新たな取り組みを実践することで、日本の酪農市場を成長させることに期待したい。 [1] ジーリーメディアグループ 「日本旅行で飲みたいノンアルコールの飲み物」に関するアンケート (掲載サイト)https://geelee.co.jp/11991/ ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 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05/24 16:00
文化的共感を生む香りのフード・マーケティング - 焼き芋と現代中国フードブランドに見る「五感ブランディング」の可能性 -
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニア・コンサルタント 周旋(2025年5月20日) はじめに 現代のマーケティング戦略は、製品の機能や価格による競争から脱却し、体験価値(experiential value)や情動的つながり(emotional bonding)の創出に向かっている。その中で注目されているのが「五感ブランディング」である。特に嗅覚は、他の感覚に比べて人間の記憶や感情と深く結びつく性質を持つ。「香り」は、消費者の感情・記憶・文化的アイデンティティに働きかける非言語的チャネル(non-verbal channel)として、再注目されている。それゆえ、香りを用いたブランド体験は、消費者との情緒的な関係構築において大きな可能性を秘めている。 本レビューでは、香りによる文化的共感とブランド構築の可能性について、食に関する事例を通じて論じる。具体的には、日本の焼き芋文化、中国の伝統的な焼き芋文化、そして中国の新興ティーブランド「喜茶(Heytea)」などに注目し、香りがどのように消費者との関係を構築し、文化的共鳴を生み出すか、特にZ世代を中心とする現代の消費者が重視する「意味」「物語性」「自己表現」といった価値に香りがどう貢献しているのかを、ブランド論・感覚マーケティング・消費者心理学の視点から論述する。 1. 嗅覚とブランドの記憶 ― 理論的背景 香りは、視覚や聴覚に比べて非言語的かつ潜在的な記憶を喚起する力がある。嗅覚刺激は、大脳辺縁系を経由して感情や記憶の処理に関与する扁桃体や海馬に直接働きかける。このため、ある香りを嗅いだ瞬間に過去の出来事や情景が鮮明に思い出される現象、いわゆる「プルースト効果」が生じる。 ブランド研究においても、香りは「ブランド記憶(brand memory)」や「ブランド・アフェクト(brand affect)」に影響を与える要素とされている。さらに、文化的共感(cultural resonance)という概念において、香りは個人の文化的ルーツや社会的背景とブランド体験を結びつく役割を果たす。 2. 日本の焼き芋文化 ― 香りによる安心と郷愁 日本で焼き芋を食べる文化は、戦後から高度経済成長期を経て、現在に至るまで人々の暮らしに深く根ざした存在となっている。とりわけ冬には、石焼き芋の炭火の香りが街角に漂い、それが季節の移ろいを感じさせるトリガーとなってきた。 2003年に静岡県のマックスバリュ東海株式会社が、傘下のスーパーでオーブンによる焼き芋の販売を開始して以来、現在では多くのスーパーや一部の百貨店のスイーツ売り場でも焼き芋が販売されている。これらの店舗では、香りを意図的に拡散する設計が施されており、例えば換気ダクトを調整して「店外に香ばしさを漏らす」といった空間設計まで実施されている。この香りは、単なる「おいしそう」という印象にとどまらず、「子供の頃の帰り道」「家族との時間」といった記憶と結びつき、消費者の深層的な安心感を喚起する。 このように、焼き芋は香りを通じて「自己の過去」や「文化的安心感」を再確認させる装置として機能している。ブランド側が能動的に語る物語ではなく、消費者が自身の物語を投影する“受動的共鳴”を生み出している点に特徴がある。 3. 中国の焼き芋文化 ― 都市化の中で香りがつなぐ記憶 中国においても、焼き芋は冬の季節に街角で見かける代表的な食べ物であり、その香りには文化的意味が宿っている。特に都市部においては、昔ながらのドラム缶型焼き芋屋台が出現すると、多くの人々がその場に足を止める。香りは一瞬で「寒い日」「祖母の家」「帰省の道中」といった情景を呼び起こし、消費者へ一時的に情緒的な帰属感をもたらす。 このような香りの体験は、都市化と核家族化が進行する中で、急速に失われつつある「人間関係」「共同体」「手作り感」といった文化的価値に対するノスタルジーを喚起する。とりわけZ世代にとっては、物理的には体験したことのない記憶であっても、物語として共有された文化的記憶(cultural memory)として香りが共感を呼び起こすという現象が起きている。ここでは、焼き芋の香りが「文化的ルーツ」と「都市的日常」のギャップを埋めるメディア(情報媒体)となっている。 4. 中国のフードブランド事例 ― 戦略的に活用する先進的事例 香りを用いた文化的ブランディングは、焼き芋に限らず、一部のフードブランドが活用することを模索している。ここでは、喜茶(Heytea)、三頓半(SANDUNBAN)、柒香茗(Qi Xiangming)、王小鹵(Wang Xiaolu)という四つの異なるタイプのブランドを取り上げ、それぞれが香りをどのように設計・運用し、文化的共感やZ世代との関係性を築いているのかを考察する。 ① 喜茶(Heytea) ― 都市的文脈における香りの再設計 喜茶は、2012年に広東省で創業された中国の新興ティーブランドである。同ブランドは、茶葉・フルーツ・ミルク・フレーバーなどを組み合わせたドリンクを主力とし、都市部の若年層、とりわけZ世代を中心に爆発的な人気を獲得した。 喜茶の香り戦略は、焼き芋のような「自然発生的な香り」ではなく、意図的に設計された香り体験である。例えば、茶葉の抽出温度、フレーバーの配合比率、カップの形状、パッケージの開閉設計に至るまで、香りが最適に拡がるように調整されている。特に、商品の開封時や飲用直前といった決定的な瞬間に香りが最も強く立ち上るよう、容器設計や包装技術を工夫している。また、熱いお湯を注ぐことで香り成分が瞬間的に揮発するようにブレンドされた素材の選定が挙げられる。これにより、消費者は自分の選んだ「タイミング」と「場所」で香りの体験を最大化でき、日常の中に自発的なリフレッシュの瞬間を作り出すことが可能になる。香りを楽しむ「タイミング」や「場面」を精緻にコントロールすることで、消費者の五感に訴えるブランド体験を創出している。 喜茶の香りは「パーソナルな共鳴」ではなく、都市の文脈での“新たな意味付け”として機能している。たとえば、紫芋ドリンクは“懐かしい味”を想起させると同時に、“冬限定の自分へのご褒美”というメッセージとして再定義されている。 さらに、喜茶は「限定性」と「参加性」を香り体験と組み合わせることで、ブランド共創(co-creation)の構造を築いている。消費者は香りだけでなく、パッケージ・SNS投稿・店舗空間の写真などへの発信を通じて、「自分自身が意味を付け加える体験」を共有している。 ② 三頓半(SANDUNBAN/サンドンバン)― 香りで都市の情緒を届けるコーヒーブランド 三頓半は、インスタントでありながら高品質なスペシャルティコーヒーを提供する中国ブランドである。ブランド戦略の中核には「開封時の香り体験」があり、各フレーバーには都市の風景や特徴が反映された香りの物語が付随している。例えば「林間の朝」や「午後の書斎」といったネーミングにより、香りと生活の情緒をリンクさせている。 この香り戦略は、「忙しい都市生活の中にある静寂な瞬間」を演出し、消費者が日常に文化的意味づけを与える行為を支援している。ここでは香りは、リラクゼーションや自律的生活感のシンボルとして機能している。 ③ 柒香茗(Qi Xiangming/チシャンミン)― 香りで古典と日常をつなぐ現代茶ブランド 柒香茗は、伝統的な中国茶文化の美意識を継承しつつ、現代生活に適合するプロダクトデザインと香り体験を融合させているブランドである。使用する茶葉には竹、桂花や茉莉花(ジャスミン)など、古典詩にもしばしば登場する芳香素材が採用され、香りそのものが「香茗」(香茶)の象徴として機能する。 ここでの香りは、都市生活に取り込まれた伝統文化を想起させる役割を果たし、Z世代に「自分は古典を知っている」という文化的自己効力感を与える。 ④ 王小鹵(Wang Xiaolu/ワンショウルー)― 香りで郷土の記憶を蘇らせるスナックブランド 王鹵は、中華スパイスを効かせた卤味(煮込み系スナック)の香りで強い訴求力を持つブランドである。封を開けた瞬間に広がる花椒(ホアジャオ)や八角の香りは、四川地方の料理文化や家庭的な記憶を呼び起こす。特に都市部に住む若年層にとっては、「幼少期に家族と過ごした食卓」「田舎に帰省した時の空気」を思い出させるトリガーとなっている。 このように王小鹵の香りは、家庭・郷土・郷愁といった文化的レイヤーを即座に呼び起こす装置として設計されており、非常に強い“感情の再生効果”を持っている。 5. 香りを通じた消費者関係構築の比較 ― 心理・共感・文化レゾナンス(共鳴) 香りという切り口を通じて、焼き芋と上記ブランドがそれぞれどのように消費者との関係を構築しているかを以下に整理する。 図表1:焼き芋及び中国フードブランドの比較表:香りによる文化的レゾナンスとブランド関係性の分析 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 このように、香りは単なる嗅覚刺激にとどまらず、ブランドごとに異なる文化的文脈(レイヤー)や心理的価値に働きかけており、消費者との関係構築における設計思想そのものに差異をもたらしている。たとえば焼き芋の香りは、「郷愁」や「家庭」といった情緒的な文化記憶を喚起し、消費者に安心感や懐かしさをもたらす。一方、喜茶では、香りが「モダン」「限定」「自己演出」といった都市的意味と結びついており、より能動的に自己表現するZ世代の心理に対応している。ここでの香りは、単なる付加価値ではなく、「ブランドとの共創体験を構成する要素」として機能している。さらに、三頓半は「香りと都市の詩的瞬間」を、柒香茗は「古典の美意識と現代生活の橋渡し」を、王小鹵は「郷土料理の記憶と都市生活の再接続」を、それぞれ香りによって実現している。これらのブランドは、香りを「商品の匂い」としてではなく、消費者の文化的アイデンティティや記憶、社会的自己像に働きかける“意味と物語の媒体”として扱っている点が共通している。 つまり、香りは“感じるもの”ではなく、“解釈し、語るもの”になっている。そして、その香りに込められた意味が、ブランドの世界観や価値観と接続されることで、消費者は自分の感性や人生観と重ね合わせてブランドと関係を築いていく。このような高度な香り活用は、今後のブランディングにおいて単なる差別化手法ではなく、“物語と共感を設計する戦略装置”として位置づけられていく可能性を示しており、焼き芋や喜茶、そして三頓半・柒香茗・王小鹵のようなブランドは、その先進的な実践例であるといえる。 6. 結論と実務的示唆 ― 香りは文化的共感と消費者関係を媒介する戦略装置 本レビューでは、日本・中国それぞれの焼き芋文化と、複数の中国の現代フードブランドに着目し、嗅覚を通じたブランド体験がどのように消費者の感情・記憶・文化的共感と結びつき、ブランドとの関係性を構築しているのかを分析してきた。 その結果、香りは商品属性だけではなく、消費者の内面(記憶・感情・文化的ルーツ)とブランドを接続するメディアとして機能することが明らかになった。焼き芋は「記憶を喚起する香り」、喜茶は「意味を構築する香り」として、いずれもZ世代の感性と高い親和性を示している。 このような視点は、訪日外国人を対象とした小売・免税業態においても活用可能である。特にZ世代を中心とした中国人インバウンド顧客に対しては、単なる“商品購入”ではなく、“意味を伴った体験”の提供が重要であり、ここに香りが大きな役割を果たすと考えられる。 日本で免税店を展開する企業へのヒアリングによれば、「訪日中国人にとって、香りは文化的記憶を呼び起こす要素であり、特に抹茶や焼き芋の香りは“日本らしさ”として強く認識されている。」との見解が示された。また、「香りによって顧客が空間に安心感や心地よさを感じることで、店内滞在時間が自然と延び、結果として商品との接触機会や衝動購買の可能性が高まる。」と指摘された。 さらに、「香りがSNSへの投稿や口コミ行動にも影響を与える可能性がある。」との観点から、リアル空間での香り体験が、オンライン上でのブランド接点の創出にもつながるという期待も語られた。香りは視覚や価格訴求では届かない“感情的満足”を提供する手段であり、特に短期滞在型の訪日観光客にとっては、記憶に残る購買体験を形成する鍵となる可能性がある。これらは中国人や日本人だけでなく全てのインバウンド客を対象にして、香りを体験化できる食品や飲料に特有のブランディング手法である。 以上より、インバウンド客向け食品や飲料の販売戦略における実務的示唆をAIDMA(RA)モデルとしてまとめる(図表2)。 図表2:インバウンド客向け食品・飲料の販売戦略におけるAIDMA(RA)モデル (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 おわりに 香りは、空気に混ざる一過性の刺激ではなく、記憶を呼び起こし、文化を想起させ、感情を動かす「戦略的感覚資源」である。だからこそ、香りは単なる演出ではなく、ブランドの“意味”を構築し、消費者との感情的つながりを形成するための有力なブランディング手法となりうる。こうした香りの特性を意識的に設計し、ストーリーや空間、商品体験と統合できるブランドや事業者こそが、感性主導の時代において他との差異化を実現し、文化的共感を通じた強固なブランド構築を成功に導くだろう。 参考文献Hera, C. (2004) 「Sensory marketing: the role of the senses in marketing and consumer behavior」Krishna, A. (2012) 「An integrative review of sensory marketing: Engaging the senses to affect perception, judgment and behavior」(Journal of Consumer Psychology)Herz, R. S., & Engen, T. (1996) 「Odor memory: Review and analysis」(Psychonomic Bulletin & Review)Lindstrom, M. (2005) 「Brand Sense: Build Powerful Brands through Touch, Taste, Smell, Sight, and Sound」(Free Press)Hultén, B. (2011) 「Sensory marketing: The multi-sensory brand-experience concept」(European Business Review)許志強, 張珊珊(2020) 「感官営銷在中国茶飲市場的応用研究」戸谷圭子(2015) 「感性価値創造のためのマーケティング戦略」(同志社商学)Schmitt, B. (1999) 「Experiential marketing. Journal of Marketing Management」(Journal of Marketing Management)小阪裕司(2004) 「感性のマーケティング」久保田進彦(2011) 「感性価値のマーケティング」 ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会
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04/20 16:00
「再編期」を迎える外食産業- マーチャンダイジングとM&Aの巧拙が持続成長と企業命運を左右 -
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 エグゼクティブ・ディレクター 佐藤 光泰(2025年4月11日) 1. 2000年以降最長の好況期にある外食産業 現在、外食産業は好況に沸く。日本フードサービス協会が毎月、加盟企業の全店売上高の集計データを公表しているが、仮に前年同月比プラスを「好況期」、同マイナスを「不況期」と定義付けすると、コロナ禍終盤の2021年12月から最新値の2025年2月まで、実に39ヵ月連続で好況期が続いている(図表1-1)。 2000年以降、これまでの好況期の連続記録は、世界的な好景気に沸いた2005年3月~2008年3月の37ヵ月であるが、現在はそれを抜いて最長となる。2025年2月の全店売上高は前年同月比106%と依然高水準にあり、この傾向は当面続くことが予想される。 このような環境下、店舗数にも歴史的な変化が生じている。外食の全店舗数は2019年7月以降、64ヵ月連続で前年同月比マイナスであったが、2024年11月、実に5年半ぶりにプラスに転じた(図表1-2)。その後、2025年2月までプラスは4ヵ月継続しており、当面、大きな落ち込みは予想しづらい。 (出所)一般社団法人日本フードサービス協会の統計データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 2. 好調なマクロ環境と「値上げ」戦略が奏功する外食産業 昨今の外食産業の好況をもたらしている要因として、主に、①インバウンド需要の拡大、②外食消費支出額の増加、③外食経営者によるマーチャンダイジング(商品政策)の見直しなどが考えられる。 まず、インバウンド需要は、2023年5月、世界保健機構(WHO)がコロナ禍の事実上の収束宣言を発表して以降、急回復した。コロナ前の訪日外国人数(外客数)の単月の最高は2019年7月の299.1万人だったが、2024年3月に初の300万人を超え、2025年1月には過去最高の378万人を記録した(図表2-1)。 観光庁の「訪日外国人消費動向調査(2023年)」によると、外国人観光客が訪日前に最も期待していたことの第一位は「日本食を食べること(36.0%)」であり、第二位の「自然・景勝地観光(11.5%)」と第三位の「テーマパーク(8.5%)」を大きく上回る。そのため、訪日外国人数の急増は、国内外食需要に大きな影響をもたらしている。実際、同調査の推計値では、訪日外国人による飲食消費額の合計は2019年の10,397億円に対して、2024年は17,460億円に拡大した(図表2-2)。直近5年間の増加幅は約1.7倍に達する。 (出所)日本政府観光局(JNTO)「訪日外客統計」(左)、観光庁「訪日外国人消費動向調査」(右)の各統計・推計データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 また、国内消費者による外食の支出額も増加している。総務省「家計調査」によると、コロナの第5波のピークであった2021年8月の1世帯あたりの外食支出額は8,185円であったが、第7波のピークであった2022年8月は同11,168円(前年同月比136%)、コロナ収束宣言後の2023年8月は13,412円(同120%)、そして2024年8月は15,289円(同114%)と、同支出額は年々増加している(図表2-3)。 この背景としては、コロナ明けの反動や消費者のライフスタイルの変化などの影響もあるが、2000年以降の世界的な物価高も大いに関係している。国際通貨基金(IMF)によると、2022年の世界の消費者物価上昇率は前年比8.6%と、1996年以来26年ぶりの伸びを記録している。この物価高は日本への影響はもちろん、国内外食産業にも波及している。実際、総務省統計局の「消費者物価指数」を分析してみると、コロナ前の2019年(2018年7月~2019年8月平均、以下同じ期間)の一般外食の同指数を100とした場合、2022年以降の指数は、105(2022年)、111(2023年)、116(2024年)と、外食の物価は年々上昇していることが分かる(図表2-4)。 (出所)総務省「家計調査」「消費者物価指数」統計データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 こうした中、2020年以降、外食企業のマーチャンダイジングには大きな変化が見られている。コロナ禍では、デリバリーに対応した中食商品・メニューの開発がテーマであったが、コロナが収束しはじめた2022年以降のテーマは「値上げ(高単価商品・メニューの開発などを含む)」である。背景には、世界的なインフレの進行に伴う外食の2大コストである原材料費(Food)と人件費(Labor)の上昇がある。 帝国データバンクの「『上場外食主要100社』価格改定動向調査」によると、2022年に値上げをした外食企業は100社中58社にのぼる。1メニュー当たりの値上げ幅は平均50円であり、ファストフード/ファミリーレストラン業態の客単価を考えると小さくない。また、翌2023年に値上げを実施した企業は同42社であり、このうち約9割の37社が前年に値上げした企業という。同様に当時の調査で、2024年中に値上げを計画している企業は同26社であり、前年に続く値上げを検討している企業は約3分の2の17社であった。 一般的には値上げをした場合、「客単価」は上昇するが「客数」は減少する。その上下の差分が売上高の増加に寄与する(場合によっては減少につながる)。日本フードサービス協会の2022年以降の統計データを見る限り、値上げの影響で客単価は前年同月比を大きく上回って推移しており、客数は、客単価と比較すると値上げの影響で乱高下はあるものの、一度も前年同月比を下回ることなく推移している(図表2-5)。これまでのところ、2022年以降の外食各社における断続的な値上げ戦略は功を奏している。 (出所)一般社団法人日本フードサービス協会の統計データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 3. 「二極化」が進展する外食産業 コロナ収束以降の外食産業が歴史的な景気拡大期に入っている一方、業況感において、主に2つの「二極化」の進展が昨今、浮き彫りになっている。 まず、最も深刻な二極化は「企業規模」による業況格差であり、言い換えると、大手企業と中小企業(個人事業主含む、以下同じ)の間の業況格差である。大手企業が良好なマクロ環境を背景とする値上げ戦略と新規出店で業容を拡大している中、帝国データバンクの「『飲食店』の倒産動向調査(2024年)」によると、2024年度の飲食店の倒産件数は894件で過去最高となった(図表3-1)。飲食店を含む全産業の2000年以降の倒産件数でみると、「リーマンショック」が起きた2008年度が未だに過去最高である。2008年度当時の飲食店の倒産件数は634件、全産業に占める割合は4.8%であったが、その後、同割合は上昇を続け、2024年度の割合は9.0%となった。この間、消費増税やインフレが進行した時期であり、中小企業が大多数を占める飲食店の物価に対する感応度が、他産業と比べて高い様子が伺える。 負債規模別にみると1,000~5,000万円未満が全体の77.4%で最多となり、1~5億円未満が同10.4%、5,000~1億円未満が同10.3%で続く。1億円未満の負債額による倒産が全体の9割弱を占めるなど、中小企業の苦境が目立つ(図表3-2)。 この背景には、コロナ禍の休業・時短営業に伴う国・自治体の各種協力金が縮小・終了したほか、関連する「ゼロゼロ融資」の返済が開始されたこと、そして、物価高に伴う原材料や人件費、光熱費などのコストの高止まりなどがある。大手企業は、値上げによる価格転嫁やブランド・業態転換、サプライチェーン・店舗運営の効率化、本社経費の引き締めなどで物価高に対応しているが、ヒト・モノ・カネが圧倒的に不足する中小企業によるこれら対応は容易ではない。 (出所)帝国データバンク「「飲食店」の倒産動向調査(2024年)」、各年「倒産集計」データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 そして、もう一つの二極化は、「業態」による業況格差の進展である。日本フードサービス協会の業態分類では、外食産業は「ファストフード」、「ファミリーレストラン」、「パブレストラン/居酒屋」、「ディナーレストラン」、「喫茶」、「その他」の6つに分けられる。その他業態を除く5つの業態の2024年以降の全店売上高(前年同月比)を比較すると、ファストフード、ファミリーレストラン、喫茶の3業態は全体平均を上回る、もしくは全体平均付近で推移しているが、パブレストラン/居酒屋、ディナーレストランの2業態は全体平均をほぼ下回って推移していることが分かる(図表3-3)。この傾向は店舗数の増減でも同様である。コロナ前の2019年から直近2025年2月までの業態別の全店舗数(前年同月比)の推移を見てみると、パブレストラン/居酒屋、ディナーレストランの両業態は、全体平均を大きく下回って推移している(図表3-4)。 中でもパブレストラン/居酒屋業態は深刻である。2022年からの3年間はコロナの反動もあり、全店売上高は他業態同様に前年同月比を超えているものの、年単位でみると、実は2009年から2021年まで13年連続で全店売上高は前年割れを続けていた。前述した飲食店の倒産件数においても、直近5年間(2020~24年)で最も多い業態は、いずれも居酒屋を主体とする「酒場・ビヤホール」であり、飲食店全体に占める倒産件数の割合(5年平均)は約3割に達する。 2010年代から続くパブレストラン/居酒屋業態の不振は、業態を取り巻く構造的な変化が関係している。例えば、2010年代前半から顕著になった若年層のアルコール離れや「家飲み」需要の拡がりという消費需要の変化に加えて、ファミリーレストランの「ちょい飲み」にも客を奪われた。また、年々厳しさを増す外食のパート・アルバイト人材の獲得競争においても、特にロードサイドの郊外型が多い居酒屋業態は苦戦した。さらに、規制強化もあった。直近では、2020年4月に全面施行された「改正健康増進法」があり、受動喫煙を防止する対策が義務化された。この法律では、喫煙・禁煙に関するルールが定められ、例外は設けられたものの居酒屋などは原則屋内禁煙となり、喫煙者も多い居酒屋経営には大きな影響を及ぼした。 このように、全店売上高は外食産業全体でみると絶好調だが、業態間では二極化が進展している。昨今の業況を牽引しているのは、主にファストフード、ファミリーレストラン、喫茶の3業態であるが、共通しているのは、「低価格」、「都心・商業施設立地」である。物価高が顕著な最中、消費者の安価な食事需要の受け皿になっていると同時に、都心もしくは近郊で宿泊するインバウンド需要の恩恵も受けていると推察される。 (出所)一般社団法人日本フードサービス協会の統計データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 4. 「再編期」を迎える外食産業 ここまで、外食産業の足元の事業環境や動向を概述した。本章では、それらを踏まえた外食産業の今後の経営環境を展望し、持続成長におけるポイントをまとめる。 (1) 断続的に減少する飲食店舗数 世界的な物価高に伴う原材料価格の高騰や人件費、物流費、エネルギーコストなどの上昇は、当面、収束する気配はない。また、2024年3月、日本銀行が17年ぶりにゼロ金利を解除し、同年7月と2025年1月に追加利上げを実施するなど、日本にもようやく「金利のある世界」が訪れた。食材費や人件費だけでなく、借入金利も経営を圧迫する要因となった。外食経営の損益分岐点は既に高止まりしているが、未だ「上げ止まり」感はなく、今後も持続的に上昇していくと考えていた方が良い。 昨今の外食産業における経営環境は、実は、世界的な穀物価格の高騰に端を発する原材料高に見舞われた2005~08年、そして、円安と慢性的な人手不足による原材料・人件費高に直面した2015~19年の状況に近い。しかし、原材料高を取ってみても、牛肉や豚肉などの輸入食材だけでなく、これまで国内で生産過剰と言われ続けてきた米価格の急騰(高止まり)は、「平成の米騒動」といわれた1993~94年以来、およそ30年ぶりのことである。2025年3月26日から政府が2回目となる備蓄米の入札(放出)を行ったが、米価格は一向に下がる気配がなく、依然として需給のひっ迫は続いている。また、人件費高については、時給を引き上げても採用が困難な人材採用難の時代など、これまであっただろうか。さらに、ゼロ金利解除に伴う借入金利の上昇局面は、2006年以来、およそ20年ぶりのことである。 そのため、直近の飲食店舗数は5年半ぶりに前年同月比でプラスになったものの、筆者は今後の飲食店舗数の断続的な減少を予想する。実際、日本フードサービス協会の飲食店舗数の前年同月比データや厚生労働省の飲食店舗数に関する統計データを長期のトレンドでみると、いずれも減少傾向であることが分かる(図表4-1、4-2)。2000年度に154万店舗あった飲食店舗数は、その後、五月雨式に減少を続け、2023年度には、2000年比89.6%の138万店舗となった。 飲食店舗数の2021~23年度のCAGR(年平均成長率)は△0.76%であり、昨今の経営環境を見据えると、年に応じてバラつきはあるとしても、筆者はこの減少率が今後も続くものと推察する。 (出所)一般社団法人日本フードサービス協会統計データ(左)、厚生労働省「生活衛生関係営業施設数」統計データ(右)より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (2) 拡大する外食産業の市場規模 飲食の店舗数はこの20年で約1割減少したが、実は外食産業(中食を含む広義の外食産業、以下同じ)の市場規模は拡大傾向にある。2000年以降の同市場規模を俯瞰すると、まず、2000年の市場規模は32.0兆円で、その後、緩やかな上下を繰り返しながらも減少を続け、2011年には28.6兆円まで低下した。しかし、その後は増加に転じ、コロナ前の2019年には33.5兆円にまで拡大した。コロナ禍で市場は一旦激減したが、2022年より復調し、2023年には31.8兆円にまで回復した(図表4-3)。 外食産業の市場規模が2011年を底にして反転した理由は、主に、「中食市場」と「インバウンド需要」の拡大、そして「物価(客単価)」の上昇の3つでほぼ説明がつく。インバウンド需要と物価(客単価)は本稿で述べてきた通りであるが、2000年以降の中食市場の持続拡大は無視できない。実際、2000年の中食市場規模は5.7兆円であったが、その後、CAGR1.6%で伸長し、2023年には8.1兆円にまで拡大した。この間の単純な市場増加額は2.4兆円にのぼり、外食産業に与えた影響が読み取れる。拡大を続ける中食市場(需要)を獲得するため、2010年になる頃から、外食各社の中食分野への商品・サービス、業態などの開発が本格化したことは周知のとおりである。 ちなみに、中食市場を含まない外食市場単体でみても、2000年の26.3兆円に対して、コロナ前の2019年の同市場規模は25.7兆円であり、この間のCAGRは△0.1%に留まっている。外食産業は1997年に市場規模のピークを付けて以降、2011年までじりじりと縮小を続けていたこともあり、その当時、筆者を含む多くの産業アナリストやリサーチャーが、外食産業における将来の断続的な市場縮小を予想した。その後、これらの予想に反し、外食産業の市場規模は伸長した。振り返ってみると、日本で長く続いたデフレからの脱却と持続的な物価高、旺盛なインバウンド需要到来の3点の予見が困難であったと分析している。 人口動態をはじめとする国内の社会構造や世界のマクロ環境を中期展望した際、中食市場とインバウンド需要、物価の伸長は当面続くことが予期される。筆者は、今後の外食産業の市場規模はCAGR1.8%で伸長し、2030年には36.2兆円(外食市場26.8兆円、中食市場9.4兆円)に達するものと予想している。 (出所)一般社団法人日本フードサービス協会、公益財団法人食の安全・安心財団の推計データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (3) 市場占有率が高まる大手企業 このように、今後、飲食店舗数は減少する一方で、外食産業の市場規模は伸長が見込まれる。今後、外食産業全体のプレーヤー数は減少し、大手プレーヤーが市場シェアを高めるシナリオを想定する。 実際、大手企業の市場シェアは年々拡大している。日経MJ「日本の飲食業調査」における2000年度以降の「店舗売上高ランキング(上位100社)」のデータと、前述した外食産業の市場規模を使って各年における上位企業の市場シェアを集計したところ、2000年度の上位30社の市場シェアは9.5%(店舗売上高合計:3.0兆円)であったが、2023年度には17.2%(同5.5兆円)まで拡大している(図表4-4)。この間のCAGRは2.6%であるが、外食産業の市場規模が増加に転じた2011年度以降のCAGRは3.8%に達する。物価高に伴う値上げや業態転換などの戦略が打ち出しにくい中小企業の統廃合が進んでいる様子が分かる。 今後も大手企業による市場シェアの上昇が続くと考えられ、筆者は、2030年度の上位30社によるシェアは21.0%まで拡大するものと予想している。 (出所)一般社団法人日本フードサービス協会、公益財団法人食の安全・安心財団の推計データ、日経MJ「日本の飲食業調査(2000-23年度)」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (4) 変動する大手企業の趨勢 大手企業の市場シェアが高まる一方で、大手企業間の競争は激化し、今後も趨勢は変動していくものと考える。日経MJ調査による2000年度と23年度の店舗売上高ランキングを比較・分析してみると、この四半世紀に及ぶ大手企業の趨勢や外食産業の潮流が見えてくる(図表4-5)。企業の「規模」「業態」「ネーム(顔ぶれ)」の3つの変化に注目し、以下レビューする。 1点目は「規模」の変化である。2000年度と23年度の上位30社を比較すると、「一千億円企業」が倍増した。つまり、店舗売上高が1,000億円以上の企業数は2000年度が11社であったのに対して、23年度は22社に及んだ。いずれのランキングも首位は日本マクドナルドHDであるが、店舗売上高は4,811億円から7,777億円に拡大した。また、2000年度の第30位企業は壱番屋であり、当時の店舗売上高は432億円であったが、23年度には884億円へ倍増した。大手企業の市場シェアが上昇している様子が伺える。 日経MJ「日本の飲食業調査(2000-23年度)」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 2点目は「業態」の変化である。2000年度の店舗売上高ランキング上位30社のうち、「パブ/居酒屋」業態を展開する企業は5社あったが、23年度はワタミの1社のみである。前章で詳述の通り、この23年間の同業態における厳しい経営環境が推察される。 一方で、2000年度のランキング表にはなく、23年度に新たに登場した業態が「回転ずし(寿司)」である。上位30社に2社ランクインしている。まず、23年度の店舗売上高ランキングの第6位に入ったFOOD & LIFE COMPANIESは、回転寿司の「スシロー」、「回転寿司みさき」、持ち帰り寿司専門店の「京樽」などを店舗展開する企業グループであり、23年度の店舗売上高は2,059億円であった。連結売上高(2023.9期)で9割を占める主要ブランド「スシロー」の2000年度の店舗売上高は173億円、同ランキングは93位であったことを考えると、回転寿司業態、そして当社の成長ぶりが理解できる。 もう一社は23年度ランキングで第9位のくら寿司である。「無添くら寿司」を国内外で展開する当社の23年度の店舗売上高は1,638億円であるが、2000年度は同調査ランキングの上位100社にすら入っていない。当社IR資料によると、2000年度(2001.11期)の売上高は111億円であることが分かり、この23年間で売上高は15倍に拡大した。 その他、業態の変化で目立つのは「多業態」であるが、以下3点目と合わせて概述したい。 3点目は企業の「ネーム(顔ぶれ)」の変化である。2000年度の上位30社にランクインした企業のうち、引き続き23年度にも登場している企業数は14社である。言い換えると、残り16社は2000年度時点には上位30社に入っていなかった企業であり、その中には当時、独自のビジネスモデルや戦略で急成長していた新興企業が複数含まれる。 その代表企業は、まず、23年度のランキングで第2位と第3位のゼンショーHDとコロワイドである。「すき家」、「なか卵」、「ココス」、「はま寿司」などの店舗ブランドで知られるゼンショーHDの2000年度の店舗売上高は203億円であったが、23年度には当時比31倍の6,214億円に拡大した。一方のコロワイドは、「牛角」、「かっぱ寿司」などの代表的な店舗ブランドを有する。2000年度の店舗売上高は225億円であったが、23年度は3,815億円のため、この間の成長率(倍率)は17倍に及ぶ。 また、これら16社のうち、23年度までの成長率が最も高かったのは、23年度のランキングで第10位、「丸亀製麵」、「コナズ珈琲」などの店舗ブランドを展開するトリドールHDである。2000年度の調査では上位100位に入っていなかったため、当時の店舗売上高データはないものの、当社IR資料より、2000年度(2001.3期)の売上高は16億円であることが分かる。23年度の店舗売上高は1,433億円のため、驚くことに、この23年間で売上高は89倍に拡大した。 トリドールHDに次ぐ成長率を誇る企業は、23年度のランキングで第22位、「かごの屋」、「しゃぶ菜」などの店舗ブランドを展開するクリエイト・レストランツHDである。当社も2000年度の調査で上位100社に入っていなかったが、公表資料より、2000年度(2001.2期)の当社売上高は39億円であった。23年度の店舗売上高は1,158億円であり、2000-23年度の成長率は30倍に達する。 成長率の第3位で、23年度の店舗売上高ランキングで第12位にあるのが、「焼肉きんぐ」、「丸源ラーメン」などのブランドを運営する物語コーポレーションである。当社も2000年度のランキングでは上位100社にランクインしてなく、公表されているデータで最も古い2002年度(2003.6期)の当社売上高は64億円であった。23年度の店舗売上高は1,320億円のため、この間の成長率は21倍にのぼる。 このように2000年度以降、急成長し、今や国内外食産業を代表する大手企業となった上記5社の共通戦略は、「マルチブランド・多業態戦略」と「M&A戦略」である。つまり、単一ブランド・業態ではなく、消費者の利用シーンや店舗の立地に合わせた様々なブランド・業態を展開し、その開発手段としてのM&A活用である。 これらの戦略が2000年度以降、合致した背景には、国内外食産業の構造的な変化がある。日本の外食産業は、1970年代前半から単一ブランド・業態のチェーンストア化が進展し、消費者の外食利用のすそ野拡大に貢献した。しかし、バブル崩壊後の景気後退、人口減少時代を迎える中、外食店舗のオーバーストア化が課題になり、磨き込まれた極少数の店舗ブランドを除き、ブランドの陳腐化(短命化)が顕著になりはじめた。また、人口動態や社会環境の変化に伴う消費者需要の多様化も進んだ。そのため、2000年以降、コンセプトや利用シーン、立地毎に対応するそれぞれの店舗ブランド・業態を開発する新興企業が頭角を現してきた。その手法として、自社開発に加え、M&Aによって他社ブランドを獲得する企業も登場した。それらの代表的なパイオニアが上記5社である。 その後、このような戦略を採る新興企業が急成長を遂げる中、また、人口減少による国内外食産業が成熟期へ突入する中、これまで単一ブランド・業態を展開していた多くの企業もこれらの戦略を採用し、次第に外食産業における主要な成長手段として根付いていった。言い方を変えると、今やマルチブランド・多業態戦略、M&A戦略は一般化し、2000年代前半までとは異なり、それ自体は差別化要素ではなくなった。今後はさらに大手企業間の競争は激化し、結果としての企業の趨勢は大きな変動が予想される。 (5) 緻密なマーチャンダイジングがより問われる環境へ それでは、外食各社の差別化要素、または昨今の経営環境で必要な取り組みは何か。多岐に及ぶが、ひと言でまとめるならば、緻密なマーチャンダイジングの実践であろう。 物価高の上げ止まりが見えない中、引き続き、各社は既存メニューの値上げや高単価商品の導入、新ブランド・業態開発による単価向上の戦略が求められる。一方で、昨今、値上げによる「客単価」の増加以上に「客数」が減少し、既存店の売上高が大きく減少する事例も散見されはじめた。物価高を背景とする消費者の節約志向が目立つ中、単純な値上げは客離れを誘発し兼ねない。値上げ以上の価値を消費者に訴求する必要があり、使用原料やメニュー自体の改良、セットメニューの開発、値下げ商品の組み合わせによるミックス戦略なども有効であろう。今後、外食経営者におけるマーチャンダイジングの巧拙が企業の命運を左右するといっても過言ではない。 今後のマーチャンダイジングの参考として、2000年以降の外食産業のマーチャンダイジングの潮流を振り返ってみる。大掴みにまとめると、その時代のマクロ環境や消費者需要などを背景として、「客数」を取りに行く低価格戦略と、「客単価」を狙う高単価戦略、それらを組み合わせたミックス戦略を繰り返してきた。それらは、日本フードサービス協会の全店「客数」と「客単価」の前年比推移を追うことで、概ねその変遷が理解できる(図表4-6)。 いつの時代も巧みなマーチャンダイジングで外食産業を代表する企業は日本マクドナルドHDである。当社はデフレ下で消費者の財布のひもが固かった2000年に「平日半額プログラム」を開始したが、2002年には平日半額セールを打ち切り、ハンバーガーを65円から80円に値上げした。その後、2005年には低価格な「100円マック」の導入と同時に、既存メニュー6割の値上げを発表するなど、ミックス戦略へ移行した。2010年代半ば以降の円安に伴う原材料高騰時には、期間・数量限定メニューである「グランド ビッグマック」、「ギガ ビッグマック」 (2016年)、そしてパティを倍にした「夜マック」(2018年)などの高単価&付加価値メニューの開発・導入を進めた。コロナ後の2022年以降、物価高への対応として4年連続で値上げを実施している。最新の2025年3月には全体商品の約4割を値上げしたが、同時に、「ハンバーガー」のバリューセット(セット500)を10年ぶりに500円でラインアップに加えるなど、価格(客数)にも配慮したミックス戦略が採用されている。ちなみに、ハンバーガーの現在の単価は190円であり、2000年(65円)と比較とすると、25年間で約3倍の水準となった。 このように、2000年以降、持続的な業容拡大を遂げてきた日本マクドナルドHDの業績は、そのときどきの時代の風潮に合わせた巧みなマーチャンダイジングに支えられていることがわかる。 ※MD:マーチャンダイジング(商品政策) (出所)一般社団法人日本フードサービス協会、日本マクドナルドHD公表資料より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (6) M&Aの活況と「再編期」へ向かう外食産業 外食企業によるマーチャンダイジングの巧拙が命運を左右することを述べたが、もちろん、「言うは易く行うは難し」である。経験やノウハウを持つ人材などの経営資源が求められることはもちろん、新メニュー開発やブランド・業態転換の観点からは、一定の企業体力(財務力)も必要となる。「客単価」の上昇を軸とする外食市場の規模拡大の予想から、値上げ余地のあるブランド力やマーチャンダイジング力を有する企業の業容はいっそう拡大する一方、それらが乏しい企業は淘汰される可能性がある。2024年の飲食店の倒産件数が過去最高であったように、今後、外食各社の間の二極化はこれまでにないペースで進展し、外食産業はM&Aによる「再編期」へ突入するものと推察される。 実際、外食産業のM&Aは活況を呈している。株式会社レコフ「レコフM&Aデータベース」によると、2024年の外食産業におけるM&A件数は過去最高となった(図表4-7)。 (出所)株式会社レコフ「レコフM&Aデータベース」の公表データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 背景には、前章の飲食店舗の倒産件数の増加で述べた物価高などの要因があるが、換言すれば、その打開策としてのマーチャンダイジングが道半ばであった点も否めない。その一方、足元の業績が好調にも関わらず、M&Aによる他社へのグループ入りを決めた企業も少なくない。例えば、事業承継問題を抱える企業の経営譲渡がある。外食産業に限らず、後継者問題はどの産業でも深刻化しており、少子高齢化で後継者が見つからず、黒字でも事業をやめざるを得ない中小企業は増加している。実際、帝国データバンクによると、2024年に休廃業・解散した企業6.9万社のうち、その半分強が直近の決算期で黒字であったという。 それに加えて昨今では、M&Aを選択する理由に「事業ビジョン(創業ビジョン)の早期実現」を挙げる若い経営者が増加している。そのような経営者は、構想から事業が立ち上がり、資金が安定的に回りはじめたアーリー/ミドルステージの段階で早々に経営を譲渡し、グループ入りした企業の経営資源をフル活用した創業ビジョンの実現、引いては持続成長プロセスを選択している。通常のベンチャー経営者は、ベンチャーキャピタルからの成長資金を調達し、段階的な成長と調達を繰り返して株式上場を短期目標とすることが多いが、その成長プロセスとは対照的である。 早期の経営譲渡を選択する経営者は、事業ビジョンの早期実現による社会への貢献意識が高い。誤解を恐れずにいうと、そのような経営者は、ビジネス自体は事業ビジョンを実現する手段と捉えており、それを最短で実現する選択肢として、株式上場とトレードセール(他社へのグループ入り)を天秤にかけ、後者が最適と判断すれば躊躇なくM&Aを選択している。もちろん、そのような経営者だけではなく、昨今の厳しい経営環境を乗り越えるための早期決断を行う経営者も少なくない。 このように成長ステージに入った早期から、M&Aを持続成長の手段に位置づける経営者は、2010年代後半以降、確実に増加している。背景には、M&Aの社会的な認知度の向上と、M&Aを専門的に支援するプレーヤーのすそ野が拡がった影響などがあろう。外食産業の原材料高や人件費の高止まりなどに伴う経営環境の悪化、後継者難を背景とする事業承継問題の深刻化、そして、事業ビジョンの早期実現や持続成長を遂げる主要な戦略手段として、外食産業のM&A件数は引き続き増加していくものと推察される。筆者は、2030年の外食産業のM&A件数は、少なくとも2024年比で約1.3倍の年間90件程度まで拡大するものと予想している。 M&Aがベンチャーや中小企業の経営者にも広く浸透しはじめた一方で、M&Aに関連するトラブルは多発している。中小企業庁によると、売り手側創業者の個人保証の解除や退職慰労金の支払いが契約にもとづいて履行されない事例や、買い手側の資金力に大きな疑念があるにも関わらず、売り手側に買い手候補先として紹介し、クロージング後に仲介手数料の支払いはしたものの買い手企業から売り手側に株式譲渡代金が振り込まれない事例などが相次いでいる。 同庁は、2024年8月末、「中小M&Aガイドライン」を改訂し、仲介者・FA(ファイナンシャル・アドバイザー)の手数料やプロセスごとの提供業務の具体的説明、ネームクリア(売り手側企業名の買い手候補先への開示)前の売り手側の同意の取得、テール条項(契約終了後の一定期間における同様な取引や契約を制限する条項)の対象の限定範囲、専任条項がない場合の取り扱いの明確化、不適切な仲介者・FAの排除などを明記した。M&Aが社会インフラになりはじめた中、このようなガイドラインの厳格化を通じて、買い手と売り手が安心してM&Aを決断できる仕組みづくりが重要なのはいうまでもない。 こうしたガイドラインの改定などで、M&Aのプラットフォームは次第に洗練されていくものと推察されるものの、経営譲渡を検討する売り手側の本質的な視点では、M&Aを仲介者やFAに「丸投げ」するのは控えた方が良い。プロセスを開始する前に、M&Aの目的や方針・戦略をはじめ、事業ビジョンや中期経営計画などの方針と合致する買い手候補先企業の洗い出し、そして、プロセスの各段階における情報の開示内容や方法などを、売り手側が「腹落ち」するまで、仲介者やFAなどと膝詰めでじっくりと協議しておくべきである。M&Aが一般的な経営の選択肢になりはじめたとはいえ、特に売り手側の創業者にとっては大きな決断であり、また、従業員の生活やモチベーションにも大きな影響を与える点も再認識しておく必要がある。 また、買い手側の経営者の視点では、M&Aは成長の「目的」ではなく「手段」である点を、今一度確認する必要がある。言い換えると、M&Aによる売上高の拡大は目に見えて理解できるものの、重要なのはトップライン(売上高)ではなく、ボトムライン(利益/キャッシュ)、そしてシナジー(相乗効果)である。安易なM&AでPMI(M&A後の統合効果の最大化)に苦労するだけでなく、既存顧客や主要幹部・従業員が離反してしまう「負のM&A」事例は、外食産業に限らず他産業でも枚挙にいとまがない。肝要な点は、まず、確固たる事業ビジョンとそれを実現する戦略の構築にあり、その上で、それを実践する手段としてのM&A活用の検討である。M&Aを検討する判断に至った場合、経営者が作成したそれらの素案をもとに、外食産業やM&A戦略に長けている仲介者やFAを慎重に吟味し、彼らから適切なアドバイスを求めるのがよいと思われる。 こうした昨今のM&Aの活況と外食産業を取り巻くマクロ環境やミクロ環境、消費者の動向を見据えると、外食産業は次第に「再編期」へ突入していくものと筆者は考える。本稿で述べてきたように、その際の企業各社における持続成長の主要ポイントは、「緻密なマーチャンダイジング戦略」と「巧みなM&A戦略」だと考える。そのような再編を通して、外食産業のプレーヤーは、次第に、国内外で市場シェアを高める巨大外食企業グループと、特定の小商圏で常連客をつかむ強固なブランド(知名度)を有する「町の個店」への二極化が進展するものと予想する。 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部 おわりに 外食産業の「近代化元年」は、外食産業への外資規制が前年に解禁された1970年といわれている。それまでは外食といえば個人事業主が経営する町の「個店」を指していたが、同年以降、米国式のチェーンストアオペレーションを導入した国内外企業による出店が進んだ。1970年に「すかいらーく」、「ケンタッキーフライドチキン」、翌1971年に「マクドナルド」、「ロイヤルホスト」、「ミスタードーナツ」、1972年に「ロッテリア」、「モスバーガー」など、今や日本の外食産業を代表するチェーン店舗の1号店がそれぞれ開店した。チェーンストア理論に基づく単一ブランドのナショナルブランド化は、「3S」と呼ばれる標準化(Standardization)・単純化(Simplification)・専門化(Specialization)の手法を用いて、高品質かつ低価格なメニュー・サービスを、どこの店舗でも同じように提供することで、外食産業の市場形成はもちろん、高度成長期における消費者の食文化の醸成・浸透に大いに貢献した。 外食産業の近代化から今年で55年を迎える。ロシア(旧ソビエト連邦)の経済学者であるニコライ・コンドラチェフが提唱した「コンドラチェフ・サイクル(Kondratieff Wave)」によると、物価水準と景気の変動が50~60年の周期で到来して景気循環を生み出すという。2020年以降の国内外食産業は、未曽有のコロナ禍における消費者の購買行動の変化や「マインドセット」を通じて、新たなビジネスモデル(サービスや技術)を受け入れる風土が形成された。また、その後の世界的な物価高を経て、外食のコスト構造、引いてはマーチャンダイジングのあり方が根本から変わりはじめた。M&Aも社会に浸透し、外食経営者の成長手段、もしくは事業承継の選択肢として定着した。 コンドラチェフ・サイクルでは、景気循環を生み出す背景の一つに「イノベーション(革新/新機軸)」を掲げている。外食産業における2020年以降の変化は、ビジネスモデルや技術の「革新」とまで呼べるものではないが、外食産業の「新機軸」を打ち出した点については疑いようがない。今から5年後の2030年における外食産業の「近代化60周年」の節目に向けて、「緻密なマーチャンダイジング戦略」と「巧みなM&A戦略」を用いて、新たな食文化の醸成に寄与する外食企業の活躍に期待したい。 ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会
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04/19 16:00
食農体験型返礼品が切り拓くふるさと納税の可能性
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 コンサルタント 増子 桃子(2025年4月11日) 1. 拡大を続けるふるさと納税―その背景と発展 ふるさと納税は、2008年に総務省の主導で導入された制度であり、「地方で生まれ育ち、都会に移り住んだ人が、税制を通じてふるさとや応援したい地域に貢献する仕組みを作る」という想いのもと創設された。地域を支援する新たな選択肢として導入されたこの制度について、総務省は次の三つの意義[1]を提示している。 ① 納税者が寄付先を選択することで、税の使われ方を考えるきっかけとなる② お世話になった地域やこれから応援したい地域の力になれる③ 自治体が取組をアピールすることで、自治体間の競争が進み、地域のあり方をあらためて考えるきっかけとなる このように、「納税者と自治体が、お互いの成長を高める新しい関係を築いていく」という理念のもとで始まったふるさと納税は、2011年の東日本大震災を契機とする被災地支援への寄付が広がることで認知度が高まった。さらに、2012年には国内初のふるさと納税専門のポータルサイト「ふるさとチョイス」が開設されて利便性が向上したほか、2015年には控除上限の引き上げとワンストップ特例申請の導入によって手続きが簡素化されるなどで、利用者が一気に拡大した。この結果、寄付者数と寄付総額は急増し、2023年度には寄付総額が1兆円を超え、ふるさと納税利用者と言える住民税控除適用数も1,000万人を突破するなど拡大を続けている(図表1)。 現在では、ほとんどの自治体が寄付の「御礼」として返礼品を提供しているが、導入当初は、返礼品を送る自治体はごく一部であり、寄付金の使途を提示することで寄付を募ることが主流であった。2012年のポータルサイト開設以降、寄付する自治体を「返礼品で選ぶ」という文化が徐々に浸透し、返礼品の内容や形式も多様化している。こうした中で、寄付者の動機は「返礼品」が大半を占めるようになり、自分にゆかりがある「ふるさと」を応援するという当初の理念が十分に実現されているとは言い難い状況となっている。また、自治体間の寄付獲得競争が激化する中で、地域振興と直接結びつかない返礼品も見受けられるようになり、制度の在り方が問われる場面が増えている。 図表1 ふるさと納税受入金額と住民税控除適用者数の推移 (出所)総務省「令和6年度ふるさと納税に関する現況調査について」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 しかしながら、「返礼品」をきっかけに寄付先の地域やその魅力を知り、地域支援の輪が広がるというポジティブな側面も見逃せない。ふるさと納税の導入当初に掲げられた意義を再確認し、地域振興や地方創生へと繋げるためには、返礼品を単なる物品提供にとどめるのではなく、地域の持続可能な発展を促進する仕組みへと進化させることが求められる。筆者がその一例として注目したいのが、「食農分野」における返礼品の影響であり、この分野が地域経済に与える影響や課題を掘り下げていきたい。 2. 食農分野に見るふるさと納税の効果と課題 ふるさと納税返礼品の中でも、食品や農産物は人気の高いカテゴリであり、寄付件数の6割強が食農分野に関連している(図表2)。2023年度の寄付受入金額は1.1兆円であり、このうち返礼品調達額は約3割であるため、食農分野の返礼品調達額は1,980億円(1.1兆円×0.6×0.3)と推定される。農業・食料関連産業の国内生産額(概算値)が114兆円(2022年)[2]であることを考えると、規模は小さいものの、食農産業が主要産業となっている地方自治体では、非常に大きな影響力を持つと考えられる。 例えば、2022年および2023年にふるさと納税受入額が第2位となった北海道紋別市は、2022年に194億円の受入額を記録しており、このうち食農分野の返礼品調達額はおよそ35億円[3]と推計される。この金額は市の農業産出額(79.7億円[4])の44%に相当し、地域経済を支える重要な財源となっている。また、宮崎県都城市では、宮崎牛や豚肉、焼酎を返礼品として戦略的に活用し、寄付額全国1位を記録した。市では寄付金を子育て支援や教育施設の整備に充てるなど、地域経済の好循環を生み出している。 図表2 ふるさと納税 返礼品カテゴリ別寄付件数の推移 (出所)総務省「令和6年度ふるさと納税に関する現況調査について」および、ふるさと納税ガイド「ふるさと納税 人気返礼品 ジャンル(https://furu-sato.com/magazine/9440/)」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 一方で、現行の食農分野の「物品型返礼品」には以下のような課題が存在している。 ① 特産品の有無による寄付額格差特産品が地域間競争を左右する状況が続いており、特産品に恵まれない自治体では寄付が伸び悩む傾向にある。特産品の提供が難しい自治体では、寄付者を引き付ける手段が限られ、競争力の格差が拡大している。 ② 自治体と寄付者の繋がりの希薄化と「官製通販」化の懸念1章でも触れたように、寄付の主な動機が「返礼品取得」となっており、寄付先自治体への関心が薄れている。ふるさと納税の本来の目的である「ふるさとを応援する」という意義が薄まり、制度が「官製通販」化しているという批判も存在する。 こうした課題を解決していくために、筆者が注目しているのが、「体験型返礼品」である。近年、寄付件数が増加傾向にある旅行券やギフト券を軸とした体験型返礼品は、物品型返礼品の課題を解決する糸口となり得る。特に、人気の高い食品・農産物と組み合わせた「食農体験型返礼品」は、地域の持続可能性を高めるとともに、寄付者との繋がりを深める有効な手段となり得る。 3. 「食農体験型返礼品」の可能性 近年、消費者の価値観は「モノ消費」から「コト消費」へ移行している。物理的な商品を購入して得られる満足感よりも、心に残る体験や感情的な価値に重点を置き、形として残らない「経験」を求める傾向が強くなっている。この動きは、ふるさと納税返礼品の新しい選択肢として「体験型返礼品」の普及を後押ししている。また、レッドホースコーポレーション株式会社が実施したアンケート調査[5]によると、体験型返礼品利用者の9割が「寄付で訪れたまちにまた訪れたい」と回答しており、寄付者が地域に対して継続的な関心を持つきっかけとなり、体験型返礼品が地域の交流人口だけでなく、関係人口の創出に寄与することも示唆されている。 体験型返礼品の中でも、食農体験型返礼品は、地域独自の農業や食文化を活用し、寄付者が地域を訪問して体験することで、物品返礼品の課題を補完する可能性があると筆者は考える。図表3でまとめるように、食農「物品型」返礼品は、寄付者の利便性や地場産業の短期的な売上増加に繋がるという利点はある一方で、食農体験型返礼品は、返礼品に留まらず、寄付者が寄付先自治体へ訪問することでの地域経済への波及効果や地域住民との交流による関係構築・リピーターや関係人口の創出に繋がり、また、ふるさと納税返礼品以外への展開も可能性があると考えられる。 図表3 食農物品型返礼品と食農体験型返礼品の比較 項目食農物品型返礼品食農体験型返礼品提供内容地域の特産品(食品、農産物等)を寄付者へ送付地域に関連する農業や食文化等の体験やサービスを提供寄付者の利便性寄付手続き後、返礼品の発送を待ち、受け取るのみであるため、寄付者の利便性は高い寄付手続き後、寄付先自治体へ訪問するための交通の手配、宿泊予約が必要であり、手間と時間を要する地域への経済効果返礼品調達先である地場産業の売上増加に貢献寄付者が寄付先自治体へ訪問することで、体験・サービスを提供する地場産業の売上増加の他、宿泊・飲食業等の地域経済への波及効果寄付者との繋がり返礼品の提供後の、継続的な関係構築が難しく、短期的な繋がりとなる寄付先自治体を訪問し、地域住民との交流することで、地域との繋がりが生まれ、リピーターや関係人口を創出ふるさと納税以外への展開・波及地元特産品の知名度向上による販路拡大やブランド力強化食育への展開:都市部の学校のフィールドワーク・教育プログラム化。企業の福利厚生として農業体験導入インバウンド観光への展開:アグリツーリズムやグリーンツーリズム等の地域資源を活用した訪日外国人向けのプラン設計へ波及 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 それでは、実際にはどのような体験やサービスが食農体験型返礼品として考えられるか。ふるさと納税のポータルサイトで紹介されている返礼品を例に整理を行った(図表4)。いずれの体験においても、地域の魅力や価値を向上させ、寄付者の地域や食農分野に対する理解醸成に繋がり、寄付者と地域の新たな関係性を構築する可能性がある。 図表4 食農体験型返礼品の例一覧 返礼品の種類 内容期待される効果 対地域期待される効果 対寄付者具体例農業体験野菜や果物等、地元特産品の収穫体験畑や田の区画、茶やオリーブの樹のオーナー制度等農業の魅力をアピールし、地域農業の理解と支援を促進休耕地や耕作放棄地等の有効活用普段口にしているものを自らの手で育て、収穫することで、食べ物の価値や生産者の努力を理解新潟県糸魚川市「農業体験+お米の定期便『米主』プロジェクト」愛知県安西市「レンコン掘り体験」漁業体験漁船に乗り、魚を捕る体験を行い、地域の海産物を楽しむ地域漁業の活性化地域の海産物の認知度向上漁業の魅力や海産物の価値を直接体験し、地域の海洋資源への関心が深まる高知県中土佐町「上ノ加江漁港の漁業体験」和歌山県串本町「沖釣り体験」酪農体験酪農現場で牛の飼育や乳搾り等を体験チーズやバター等乳製品の加工体験地域酪農の魅力を発信乳製品のブランド力を強化酪農の現場を知り、食品の生産過程を学ぶ 沖縄県大宜味村「自然の中で酪農&バターづくり体験」北海道広尾町「広尾町の魅力を楽しむ酪農漁業体験ツアー」地元食材を使った料理教室地元食材を使った料理や郷土料理を学びながら、地域の食文化に触れる体験地域の食文化や郷土料理の認知度を向上地元食材のブランド力向上地元食材の魅力や地域ならではの食文化や郷土料理を学ぶことで、地域の歴史も垣間見ることができる新潟県新潟市「新潟強度料理教室」千葉県四街道市「農家キレド 畑と野菜の料理教室体験」酒造り体験地元特産品である日本酒や焼酎等の製造工程を学ぶ体験 地域酒文化の発信観光資源としての価値向上日本酒や焼酎の製造過程を学び、地域の伝統的な酒文化を学ぶ長野県佐久市「KURABITO STAY 蔵人体験」奈良県大和郡山市「中谷酒造 酒造り体験」農村民泊体験農村に宿泊し、農作業や地元の日常生活を体験地域住民との交流を促進し、関係人口を創出地域の日常生活の体験を通じて、地域文化への理解が深まる宮崎県高千穂町「農村民泊」大分県宇佐市「安心院農村民泊」(出所)ふるさと納税ガイド(https://furu-sato.com/)およびふるさと納税なび(https://myfuru.jp/)より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 例示した以外にも、食農体験型返礼品の種類は多岐にわたっている。また、既存のサービスから展開も可能であり、肉や魚介類といった特産品がなくとも、各自治体の工夫次第で、魅力的な体験やサービスを企画することができる。各地域が持つ特性に応じた食農体験型返礼品を開発することは、地域の価値・魅力の再発見する機会に繋がる。 さらに、食農体験型返礼品は、クラウドファンディング型ふるさと納税と組み合わせることで、ふるさと納税の三つの意義を最大限発揮することができるのではないかと筆者は考える。クラウドファンディング型ふるさと納税とは、地方自治体が目標金額・募集期間等を定め、特定の事業・プロジェクトにふるさと納税を募るものであり、寄付者は共感・支援したいプロジェクトに対し、直接応援できる仕組みである。地域の食農産業の課題解決を目的としたプロジェクトも多数存在し、クラウドファンディング型ふるさと納税についても、返礼品を受け取れることがほとんどである。その返礼品をプロジェクトに関連した食農体験型返礼品とすることで、寄付者自らが支援したプロジェクトの現場を体験し、課題解決に寄与したという実感を得ることができる。結果として、寄付先自治体とのより深い関係性を構築し、地域への愛着や継続的な関心へと繋がるのではないだろうか。 おわりに ふるさと納税は、筆者が取り上げた課題以外にも、都市部の税収減少や公平性の問題、制度運営上の課題等、さまざまな課題が議論されている。それでもなお、地方が持つ独自の魅力や価値を再発見し、その魅力や価値を都市住民に向けて発信し、都市住民との関係人口や交流人口といった新しい関係性を築くきっかけとなるこの制度は、都市への人口集中が進み、地方の人口減少や経済的疲弊が進む状況下において、地方創生に繋がる重要な打ち手になると考える。 本稿で取り上げた「食農体験型返礼品」が、現行の制度の課題を解決する一助となり、本来目指している理念や意義を十二分に発揮できるような制度へ進化していくことを期待したい。 [1] 総務省「ふるさと納税ポータルサイト ふるさと納税の理念」(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/policy/) [2] 農林水産省「令和4年 農業・食料関連産業の経済計算(概算)」(https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/keizai_keisan/r4/index.html) [3] 194憶円の受入額のうち、返礼品調達額を3割、食農分野の返礼品の割合を6割と仮定し推計 [4] 農林水産省「令和4年 市町村別農業産出額(推計)」(https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sityoson_sansyutu/) [5]レッドホースコーポレーション株式会社「【ふるさと納税に関するアンケート調査】“コト消費”返礼品が拡大。寄附者の90%が「また、訪れたい」と回答。」(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000385.000048395.html) ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会
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