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日本産アルコール飲料の輸出促進に向けた課題と施策
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニア・アソシエイト 鈴木 拓実(2025年2月13日) はじめに 2013年、農林水産省は「農林水産物・食品の国別・品目別輸出戦略」において、農林水産物・食品の輸出金額を2020年に1兆円規模に拡大する目標を定めた。この目標に基づき、2021年には初めて輸出金額が1兆円を超えたが、その主因の一つに、アルコール飲料の輸出額増加が挙げられる。 現在、国はさらなる輸出拡大を目指し、農林水産物・食品の輸出金額を2025年までに2兆円、2030年までに5兆円にそれぞれ拡大する目標を掲げている。筆者は、引き続き、アルコール飲料がこれらの目標達成に大きく寄与するものと予想している。 本レビューでは、日本産アルコール飲料の中でも輸出金額が大きいウイスキー、清酒、ビールに絞り、国内需要および輸出状況を確認し、今後のさらなる輸出拡大に向けた主な課題と必要な施策について論じる。 1. アルコール飲料の国内消費数量および輸出動向 (1) アルコール飲料の国内消費量 アルコール飲料の国内消費量は、戦後の経済発展に伴い、1990年代後半まで拡大を続けた。しかし、近年では高齢化の進展や若者のアルコール離れの影響により、減少傾向が顕著となっている。消費量は1996年の9,657千キロリットル(以下、「KL」と記載)をピークとして、2022年には7,828千KLまで下落した。また、成人一人あたりの年間アルコール消費量も1996年の98.6Lから2022年には74.6Lに減少している。今後も、国内市場は断続的な縮小が予測される。 国内消費量の内訳を見てみると、清酒、ビール、発泡酒の消費量が著しく減少している一方で、リキュール類の消費量は増加している。かつては酒税が低い発泡酒の消費量が増加したが、その後、酒税がさらに低い「第三のビール(ビール、発泡酒とは別の原料・製法で作られたビール風味の発砲アルコール飲料の名称)」が台頭していることが伺える。アルコール飲料の課税額は1996年には約2兆円であったが、2022年には1.1兆円に減少しており、消費量が約2割減少したにもかかわらず、課税金額は半減している。このことから、より酒税の低いアルコール飲料が日本国内で消費されていることがわかる。 一方で、2017年の酒税法改正を受けて、ビール、発泡酒、第三のビールの税率は段階的に変更され、2026年10月にはビールの税率が下がり、発泡酒や第三のビールの税率が上がり、税率が一本化されることが予定されている。消費する酒類の種別が変動することが予想されるが、アルコール飲料の消費量が大きく増加するわけではなく、今後の環境は依然厳しいと言わざるを得ない。 図表1 国内アルコールの飲料消費量 (出所)国税庁HP「統計情報」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (2) アルコール飲料が輸出全体に占める割合 日本のアルコール飲料は海外で高い注目を集めており、輸出金額は年々増加傾向にある。2013年に251億円であった輸出金額は、2023年には1,343億円に達し、10年で5.3倍に増加した。特に2020年から2021年にかけては、前年比61.4%(436億円)増という顕著な伸びを記録した。この時期はコロナ禍の影響もあり、在宅環境を充実させるための巣ごもり需要が活発化していた。国際的なコンクールにおける高い評価や、インバウンドによって日本のアルコール飲料の質の高さが認識されたこと等が要因となり、海外における「家飲み」需要を取り組むことができたのだと推測される。次章では、個別のアルコール類に分類した上で、現在の輸出動向について考察する。 図表2 アルコール飲料の輸出金額と全体(農林水産物・食品の輸出額)に占める割合 (出所)貿易統計より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 2.ウイスキー、清酒、ビールの輸出動向 前章の通り、2023年のアルコール飲料の輸出金額は1,343億円であるが、輸出金額の上位はウイスキー497億円、清酒410億円、ビール179億円となっている。本章では輸出金額が大きいウイスキー、日本酒、ビールについての輸出動向を確認していきたい。 (1) ウイスキー 日本産アルコール飲料の輸出金額が大幅に増加した要因の一つとして、日本産ウイスキーの輸出の躍進が重要な役割を果たしたことは疑いの余地がない。2020年から2021年にかけて、日本産アルコール飲料の輸出金額は436億円増加したが、そのうち、ウイスキー単体の輸出金額は2020年の270億円から2021年には460億円に達し、わずか1年で190億円の大幅な伸びを記録した。この間の日本産アルコール飲料輸出金額の増加分の4割強は、ウイスキーの輸出金額の増加によるものである。 さらに、2023年時点におけるアルコール飲料全体に占めるウイスキーの輸出割合は26.3%に達しており、2013年の15.8%から伸長している。このように、日本産ウイスキーはその存在感を一層強めており、今後も日本の主力農林水産物・食品の一つとして重要な役割を果たすことが期待される。 図表3 ウイスキーの輸出金額・数量 (出所)貿易統計より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 まず、過去5年におけるウイスキー輸出の国ごとの実績を見比べてみる。比較対象として、2023年時点における輸出金額が多い上位5か国を挙げる。2023年時点で最も存在感が強いのは中国市場であり、輸出金額、輸出量、輸出単価のすべてにおいて上位5か国中最大である。中国向けの輸出が最初から最大市場であったわけではなく、2019年時点では輸出金額、輸出量、輸出単価はいずれも2023年時点と比較するとそれほどの存在感は示していなかった。ここまでの存在感を発揮したのは2020年から2021年にかけてのことであり、第1章でも述べた通り、コロナ禍において大きな躍進を遂げた。これは中国に限ったことではなく、米国、オランダ、フランスでも同様の現象が見られた。ただし、オランダはEU向け輸出の中継貿易の側面があるため、厳密な測定は困難である。 また、ウイスキーの中国輸出において、筆者が特に着目している点は「輸出単価」である。2019年時点での中国向けウイスキー単価は3,157円/Lであり、他の国と比較しても特に高い水準ではなかった。しかし、2021年から2023年にかけては8,500~9,000円/Lで推移しており、他の国と比較してもよりプレミアムな価格帯のウイスキーが中国で人気を博している。一方、2013年におけるフランス向けのウイスキー輸出単価は約2,007円/Lであり、現在の水準とほぼ変わっていない。この背景には、フランス国内でジャパニーズウイスキーが高級品として位置付けられるよりも、普段飲み用のウイスキーとしての考え方が多いことが考えられる。 2023年のウイスキーの輸出額は、世界的なインフレ圧力や中国国内の景気後退を背景に下落している。特に、中国向けの輸出は金額および数量ともに大きく減少した。これに対し、2023年のオランダおよびシンガポール向けの輸出額は増加しているものの、輸出量自体は減少している。このことから、プレミアムな価格帯の需要が下支えしていたと考えられる。また、フランス国内においては、普段飲み用としての利用が主流であると推測されるため、輸出金額および数量を大きく下げる結果となった。 この10年でみると、ウイスキーの輸出市場は急速に拡大している。ウイスキーのように熟成が必要な酒類にとって、このような急速な市場拡大に対して、売れる製品がないという原酒不足は非常に深刻な問題である。国内外問わず、多くの銘柄が終売や休売といった状況に追い込まれており、生産規模の拡大がウイスキー業界にとっての急務であると言えよう。 図表4 ウイスキーの輸出金額・数量・単価(上位5か国) (出所)貿易統計より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (2) 清酒 清酒は諸説あるものの、日本を起源とし、発展し続けた伝統的なアルコール飲料である。2020年にはウイスキーに抜かれるまで、日本産アルコール飲料の中で最も輸出金額が大きく、長年にわたり日本産アルコール飲料の輸出において存在感を示していた。2013年の清酒の輸出金額は104億円であり、同年のアルコール飲料全体の輸出金額の41.8%を占めている。2023年にはその割合が30.6%に減少したものの、2013年から2023年にかけて清酒の輸出金額はおよそ4倍の増加を見せている。ウイスキーの13倍の増加には及ばないものの、清酒も輸出増加に一役を買っている。 図表5 清酒の輸出金額・数量 (出所)貿易統計より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 清酒の輸出金額は2013年から概ね右肩上がりを続けてきたが、輸出数量は2019年と2020年に減少する結果となった。この減少の要因を2023年時点における清酒の輸出金額が多い上位5か国で比較すると、特に韓国向けの輸出数量の減少が顕著である。具体的には、2018年には5,350KLであった韓国向けの輸出数量は、2019年には2,912KL、2020年には1,535KLと大幅に減少した。この背景には、日韓関係の悪化があると考えられる。また、アメリカや中国においても輸出数量は減少している。 図表6 清酒の輸出金額・数量・単価(上位5か国) (出所)貿易統計より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 一つの仮説として、日本酒の利用シーンが家庭等の日常的な飲用ではなく、日本食レストラン等で利用されることが多く、結果として2020年のコロナ禍においてロックダウン(都市封鎖)が実施されたことにより、飲食店の営業が制限され、大きな影響を受けたのではないかと考えられる。 (3) ビール 2023年におけるアルコール輸出量の内、ビールはウイスキー、清酒に次ぐ3番目の金額を占めている。輸出量で比較すると、ウイスキーは12,506KL、清酒が29,184KLに対し、ビールの輸出数量は137,882KLと数量だけでは最大のアルコール輸出である。一方で輸出金額自体は両者より低く、ビールは輸出においても安価なアルコール飲料である。2018年までは順調に輸出金額・数量が成長を遂げていたが、2019年から2022年にかけては大幅に下落している。これも、日韓関係の悪化が影響していると考えられる。 図表7 ビールの輸出金額・数量 (出所)貿易統計より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 図表8 ビール輸出金額・数量・単価(上位5か国) (出所)貿易統計より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 実際、ビールの最大の輸出先は韓国である。2023年の韓国向けの輸出金額は83億円でビール輸出金額の約46.3%を、輸出数量は79,545KLでビール輸出量の57.7%をそれぞれ占める。一方、輸出単価を比較してみると、韓国は104円/Lと上位5か国で最も低い。これは、輸送距離が短く輸送コストが比較的少額で済むため、国内と同程度の単価で輸出が可能な背景が考えられる。 3.アルコール飲料の輸出増加に向けた主な課題と施策 ここまで、ウイスキー、清酒、ビールの輸出動向を分析してきたが、本章では、各業界が輸出増加において直面している主な課題を明らかにするとともに、これらの課題に対する施策を考えていく。日本の伝統的な酒文化を世界に広めるためには、戦略的なアプローチとともに、国内産業の持続可能な発展を促進することが急務である。これにより、さらに多くの国々で日本の酒類が愛されることを目指すものである。 (1) ウイスキー 近年、日本産のウイスキーは急速に輸出市場が拡大しており、売りたくても原酒が不足する問題が生じている。ウイスキーは長期間の熟成が必須であり、将来の需要を見込んで生産量を一朝一夕に増加させることは困難である。 このような中、全国規模で小規模の蒸留所が相次いで開設されている。ウイスキーの蒸留所を開設するためには免許が必要である。2014年には年間1件の法人がこの免許を取得していたのに対し、コロナ禍以降の2021年は年間34件と大幅に増加している。免許取得者数が新規参入者の数と必ずしも一致しないものの、ウイスキー業界に注目を寄せる企業が増えていることは明らかである。また、筆者が2024年7月時点で確認できた蒸留所の数は92件あり、2010年代が10数件の蒸留所しかなかった点を踏まえると、ウイスキー業界が急速に発展していることは疑いがない。 新規参入者の増加は歓迎されるが、一方でいくつかの弊害も生じている。その一つが樽価格の上昇である。世界的なウイスキー需要の高まりと国内の新規参入者の増加により、樽価格はわずか数年で2~3倍に上昇している。ウイスキー事業は初期コストが高く、資金の回収にも時間がかかるため、こうした初期コストが増加する問題は、新規に参入した事業者および既存の事業者にとって重い課題である。 図表9 酒類等製造免許の新規免許取得件数 (出所)国税庁HP「酒類等製造免許の新規取得者名等一覧」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 さらに、急激に新規参入者が増加したことにより、国内向けのウイスキー市場は競争がより激化し、当初計画していた事業計画の実現が難しくなる可能性も挙げられる。新規免許取得状況を確認すると、2021年ごろに取得した事業者の多くが2024年ごろに3年熟成の商品を上市させることが予想される。 また、ブランド管理の観点から、日本で製造・熟成されたウイスキー「ジャパニーズウイスキー」の定義は急務だ。現状の酒税法では、ウイスキーの定義は定まっているものの、ジャパニーズウイスキーに関する定義は定まっていない。酒税法では、スピリッツ等が最大90%加えられて出来上がった代物でも「ウイスキー」を名乗ることが可能である。また、海外から輸入してきたウイスキー樽を国内で瓶詰めした商品を『ジャパニーズウイスキー』と名乗ることに対して、酒税法では罰則を設けていない。ジャパニーズウイスキーが国際的に注目を集めている中、法制度の隙間を悪用する事業者が出てくる可能性は高い。 現状のジャパニーズウイスキーの評判は、先人たちの努力によって築かれたものであり、法制度の抜け穴を活用し、こうした評判を悪用する事業者は排除しなければならない。特に、ウイスキーは欧州をはじめ世界各国で愛飲されている酒であり、清酒と違って新たに市場を開拓するための啓蒙活動が不要である点を考慮すると、「ジャパニーズウイスキー」という名前だけで市場に受け入れらやすい側面がある。このような状況を踏まえると、法的な枠組みをもってジャパニーズウイスキーを明確に定義する必要性が高まっていると筆者は考えている。 実際、日本を除く5大ウイスキーの生産国である、スコットランド、アイルランド、アメリカ合衆国、カナダでは品質を担保させるためウイスキーの定義を確りと法律で定められている。例えば、スコットランドのウイスキーの定義は、「国内で3年以上樽熟成されている」、「水とカラメル色素以外は足されていない」こと等が定義づけされている。また、アメリカ合衆国のウイスキーは、バーボンやコーンウイスキー、テネシーウイスキー等、それぞれ別の法律で定められている。 日本の自主規制機関における規制も、こうした法律を参考にして策定されていると考えられ、国がウイスキーを日本の基幹的な輸出産業として認識しているならば、悪質な事業者がジャパニーズウイスキーの評判を落とす前に法整備を進め、海外輸出を促進していく必要がある。また、地理的表示(GI)としてジャパニーズウイスキーを設定することも一つの手段だと考えている。すでに日本酒がGI登録されているため、ジャパニーズウイスキーも同様に登録が可能であると考えられる。 (2) 清酒 弊部では、中国の伝統料理である火鍋と清酒のペアリングを促進する取り組みを行った実績がある。この取り組みは、清酒と現地料理のペアリングを図り、輸出増加を目指すための良い参考になると考えている。 この取り組みは、具体的には、県内の一部酒蔵を取りまとめて、火鍋と清酒のペアリングの作成、プロモーション活動、現地バイヤーとの試飲会・商談会等の実施である。火鍋は中華料理であり、清酒は中華圏からみると異文化そのものあるため、その魅力を消費者に伝えることが重要である。そのため、弊部の取り組みでは、火鍋の多様な具材やスパイシーな味付けに合う清酒を選定し、消費者やバイヤーにその相性の良さを体験してもらう機会を提供した。 今後の課題として、火鍋と清酒の文化を定着させるために、教育やプロモーションの取り組みを強化することが重要である。定期的に火鍋とのペアリングイベントを開催し、消費者に直接その魅力を体験してもらうことができる。特に、高級レストランや専門店と提携し、火鍋と清酒のペアリングをテーマにした特別なイベントを実施することで、清酒への理解を深める機会を提供できる。また、現地の飲食業界のプロフェッショナル向けに、清酒の特性や火鍋との組み合わせについての研修を行うことで、専門知識を深めることも重要である。 さらに、マーケティング戦略の見直しも必要である。特に若年層や健康志向の消費者をターゲットにした広告展開を行い、清酒の健康効果や低アルコールの特性を強調することで、より多くの人々にアプローチできる。SNSを活用し、火鍋とのペアリングを紹介するコンテンツを作成し、InstagramやTikTok等で拡散することが効果的である。最後に、物流と供給チェーンの強化が求められる。輸送コストを見直し、現地での価格競争力を向上させることで、清酒のアクセスを容易にする。また、現地の流通業者による適切な清酒の管理も求められてくるため、現地業者への啓蒙活動が必須となってくる。 これらの取り組みを通じて、日本の清酒が火鍋をはじめとする現地料理とペアリングしやすくなり、輸出が増加する可能性が高まる。清酒と現地料理の文化を定着させる試みは一朝一夕には実現しないが、今後清酒の輸出量を一段階上に引き上げるためには、従来の日本料理との提案だけでなく、新たなアプローチが求められる。こうした現地料理との相互理解と協力を基にしたアプローチが、清酒の国際的な普及に寄与するであろう。 (3) ビール 日本のビール産業は、その優れた品質から国際的に高い評価を受けているが、輸出量の増加にはさまざまな課題が存在している。特に、輸送コストが販売価格に影響を及ぼし、現地のビールメーカーとの価格競争が難しくなることが大きなネックである。ビールは鮮度が重要な商品であるため、島国である日本からの長距離輸送による品質の劣化が懸念される。そのため、輸出の切り口ではなく現地生産や地場のビールメーカーを買収するケースが目立つ。このような状況では、一般的なビールの輸出だけでは限界があり、より革新的なアプローチが求められる。 その一つの施策は、独自商品の開発・展開である。近年では、「職人技のビール「手作りのビール」といわれるクラフトビールや、アサヒビールが展開する「生ジョッキ缶」等、ユニークな商品が注目を集めている。クラフトビールは特に海外の若年層に人気があり、日本の多様な地元産の素材を使った新しいビールのプロモーションを強化することで、輸出を促進することができる。また、「生ジョッキ缶」のような革新的な商品は、手軽に日本のビールを楽しむ方法として海外市場でのニーズに応えることが期待される。 このような商品で新たな市場を開拓するためには、当然、現地パートナーとの協力が不可欠である。現地のディストリビューターや小売業者との連携を強化し、販売チャネルを拡大することが求められる。また、現地の市場ニーズに応じたマーケティング戦略を共同で策定することも重要である。 結論として、日本のビール輸出を増加させるためには、輸送コストや価格競争を克服しながら、品質の高さを活かし、独自の商品展開を進めていくことが求められる。クラフトビールや「生ジョッキ缶」等の革新的な商品を通じて、海外市場での競争力を高め、持続可能な成長を目指す必要がある。もしくは早期に一定以上の規模獲得とそれに伴う現地生産(OEMを含む)の開始が必要であると考えられる。量当たりの単価が、今回紹介した清酒やウイスキーと比較すると安価であるため、輸出だけで量を増やすと物流コストが合わないことを念頭に戦略的な取り組みが求められている。 おわりに 本レポートでは、ウイスキー、清酒、ビールの輸出動向を中心に考察し、現状の主な課題と施策を明らかにした。しかし、輸出の現状だけでは捉えきれない複雑な課題も存在している。たとえば、国内外の消費者行動の変化や、環境への配慮、労働力の確保といった側面も考慮する必要がある。また、国際市場での競争が激化する中、他国の醸造技術やマーケティング戦略との比較も重要な視点となるだろう。 特に、個別企業の努力だけでは解決しきれない課題も多く存在する。市場の開拓や国際的なブランド力の向上には、業界全体の協力が不可欠である。これを実現するためには、国を挙げての体制整備が求められる。政府や関連機関が一丸となり、輸出促進のための政策や支援体制を整えることが、持続可能な成長を達成するための鍵となるだろう。 現在、順調に成長を遂げている日本のアルコール飲料の輸出であるが、ウイスキーに関して考えると、本場イギリスの輸出金額は2023年には56億ポンド(約1兆800億円、スコッチウイスキー協会調査)に達しており、イギリスのウイスキー単体で日本の農林水産物・食品の輸出金額に匹敵する金額となっている。 また、日本で清酒を「ソウルドリンク」とするならば、イタリアではワインがその地位を占めており、2022年の時点でワインの輸出金額は82億USドル(約1兆1,800億円)に達している。 このように、順調に成長を続けているアルコール飲料業界であるが、グローバルな視点から見ると、まだまだ規模が1周りどころか2周りも違うことを意識しなければならない。例えば、最も世界で飲まれているウイスキーブランドの「ジョニーウォーカー」のようにグローバルブランドの世界で定着している長い歴史と比べると、日本産アルコール飲料の輸出の「伸びしろ」は大きい。今後、さらなる成長を目指すためには、国際市場において競争力を高めるための戦略的な取り組みが求められる。 当然、アルコール飲料の輸出強化を考えた際には、本レポートの範囲を超えた詳細な検討が必要である。次回以降のレビューにおいては、これらの課題を深掘りし、具体的な解決策や戦略を提示していく予定である。業界全体の成長のためには、包括的な視点からのアプローチが求められることを再確認し、今後の取り組みに期待を寄せている。 ディスクレイマー 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01/26 16:00
世界へ羽ばたくジャパニーズ・スナック ~サブスクリプション(定期購入)型お菓子の越境ECサービス~
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 ヴァイス・プレジデント 中村 さやか(2025年1月20日) はじめに 渋谷や新宿といった繁華街の小売量販店やドラッグストア等に入ると、棚を覆いつくす様々なフレーバーの「キットカット(製造元:ネスレ日本株式会社、本社:兵庫県)」や、季節ごとに新しいフレーバーが出る「アルフォート(製造元:株式会社ブルボン 、本社:新潟県)」等、日本でしか購入できないチョコレート菓子が、次々と訪日外国人観光客(以下、「インバウンド観光客」)に買われていく姿に、圧倒された読者も少なくないのではないか。また、日本を代表する空の玄関口である羽田空港国際線のお土産売り場では、インバウンド観光客から絶大な人気を持つ「ROYCE(製造元:ロイズチョコレート株式会社、本社:北海道)」や「白い恋人(製造元:株式会社石屋製菓、本社:北海道)」といった銘菓を、空港従業員の方がひたすら品出ししている人気ぶりである。インバウンド観光客に大人気の日本のお菓子は、この先どのような可能性を秘めているのであろうか。 1.日本の菓子業界の現況 あらゆる産業で人口減による需要減が待ち受けていると言われる国内市場において、菓子類は、コロナ禍の特殊要因を除くと、過去10年間で生産金額、小売金額、生産数量は小幅ながらも毎年増加基調である(図表1)。品目別では、特にチョコレート菓子、スナック菓子の貢献度が高い。また、総務省の家計調査を見ると、1世帯あたりの消費額はコロナ禍の巣ごもり消費の特殊要因はあれ、過去10年間で堅調に消費額が伸びている(図表2)。また、堅調な国内消費に加え、海外への輸出、そしてインバウンド観光客によるお土産需要といった「外需」主導の要因も貢献していると思われる。 まず、海外への輸出については、過去10年間で、数量ベースでは2013年の1.4万トンから2023年の2.8万トンと1.57倍に拡大し、同じく金額ベースでは同159億円から同430億円と2.7倍まで伸長するなど、2023年度[1]には輸出が、数量・金額ともに過去最高を更新した(図表3)。 (出所) 全日本菓子協会公表データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (出所)総務省 家計調査(平成25年~令和5年)より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (出所)全日本菓子協会公表データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 輸出品目(2023年度)をみてみると、1位がキャンディー類(ココアを有しないもの)、2位がチョコレート菓子(塊状、板状、または棒状。詰物なし)、3位があられ、せんべいその他米菓となっている。特に過去10年間では、キャンディー類(ココアを有しないもの)の増加幅が大きく、数量・金額ともに2倍以上の伸びとなっている。 輸出金額が過去最高を更新した背景には、輸出数量が伸びたほかに、円安およびお菓子の主原料である卵や小麦粉、カカオ豆等の原材料の高騰・水道光熱費の高騰による価格転嫁が進んだ要因もある。 輸出数量が増加した背景には、主に、①海外における日本食ブーム(例:スーパーフードとしての抹茶、人気なフレーバーとしての柚子関連食料品への支持拡大)およびインバウンド観光客増加による相乗効果を伴った消費者ニーズの高まり、②メーカー側の海外進出意欲の高まりによるマーケットインの商品開発(例:森永製菓株式会社の「ハイチュウ」の米国での躍進、カルビー株式会社・亀田製菓株式会社のローカライズ戦略)、③政府の後押し(例:輸出拡大実行戦略に基づく具体的な施策の輸出重点品目28品目の選定)等の事業環境の整備がある。 次に、インバウンド観光客によるお土産需要については、近年の円安の追い風に加え、インバウンド観光客を乗せる航空便の本数もコロナ禍前の水準に戻ったこともあり、絶好調である。日本政府観光局によると、2024年1月から11月までに日本を訪れたインバウンド観光客は推計で3,337万人となり、仮に2024年12月に2023年12月と同数の237万人が訪日した場合、2024年12月には3,574万人になる見通しである。この見通しは、コロナ禍以前の過去最多記録である2019年の3,188万人を更新することとなる。なお、国・地域別のインバウンド観光客数では、台湾、韓国、中国、香港、米国が上位5か国を占めている。 さらに、インバウンド観光客一人あたりの菓子購入額は、2023年に11,107円と過去最高を更新しており、2013年の9,583円から15.9%増加している(図表4)。2023年のインバウンド観光客一人あたりの菓子購入額である11,107円に、2024年のインバウンド観光客推計値の3,574万人を積算すると、なんと3,969億円超の菓子購入額となっており、もはや菓子類の国内市場の10.8%を占めていることが分かる。 図表4 インバウンド観光客一人あたりの菓子類購入額[2](2013~23年) (出所) 日本政府観光局公表データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 2.越境ECの足元の状況 インバウンド観光客の増加は、旺盛なインバウンド消費に繋がっている。さらに、インバウンド観光客の消費行動は日本滞在時に限らず、本国に帰国しても、旅行時に購入したものを再度購入したいと考えるインバウンド観光客、そしてインバウンド観光客の旅行滞在中のSNS投稿やお土産等の影響に感化されて購買行動を起こす層が一定数いることから、日本から海外へモノやサービスを販売する越境EC(電子商取引の略称)の活況にも繋がっていると言われている。 経済産業省が実施した「令和4年度 電子商取引に関する市場調査」[3]によると、2021年の世界の越境EC市場規模は7,850億USドルと推計され、2030年には7兆9,380億USドルと10倍以上の拡大が予想されている。中でも、日本を訪問するインバウンド観光客のうち、5本の指に入る米国人観光客と中国人観光客の母国市場は巨大だ。同調査によると、令和4年度末において、日米間の越境BtoC-ECの市場規模は、1兆3,056億円、日中間の越境BtoC-ECの市場規模が2兆2,569億円となっており、今後の拡大が見込まれる。 越境ECは通常の商流と比較すると、出店コストの低さが圧倒的な利点として存在する。海外進出を希望する事業者からすると、海外に実店舗を展開する場合、現地で責任者を採用あるいは現地に責任者を派遣して市場調査や物件調査を行い、テナントを契約し、実店舗を完成・運営していくためには相当なリソースが必要である。また、販売する商品も、当初は日本から輸送する必要があると思われる。その点、越境ECサイトであればインターネット上に店舗を開設するのみで、手続きが遥かに容易となる。 一方で、越境ECであっても、食料品については、現地の顧客の食習慣や好みの味などニーズに合わせつつ、日本らしさを失わずにローカライズさせていく難しさがある。また、米国や欧州をはじめ食品の輸入規制が厳しく、小売販売向けの商品を開発するためには、添加物を含む原材料や輸出入に関する知識も必要となるため、日本の中堅・中小企業が個別に対応するには非常にハードルが高い。さらに、現地の物流事情は日本のように正確性が担保されていないうえに、輸送・保管時の温度帯の管理が洗練されていないこと等、自らの手ではコントロールできない様々な課題が存在する。従って、自社単体で越境ECに挑戦する決断はなかなかつかないというのが現状だ。 3.日本のお菓子に特化した越境ECスタートアップの先進事例 自社単体で、越境ECに挑戦する決断は、中堅・中小企業にはなかなかつかないという現状がありつつも、追い風となるスタートアップが続々と誕生している。その一つが、海外の顧客へ毎月、定額で日本のお菓子を届けるサブスクリプション(定期購入)型サービスを展開する越境ECスタートアップであり、先進事例として、株式会社ICHIGO(日本)とBokksu Inc.(米国)が挙げられる。 これらの越境ECスタートアップは、日本のお菓子の可能性に着目し、日本の中堅・中小企業が製造したお菓子を独自に選別し、海外輸出が可能かを調べたうえで、海外に輸出をしている。また、自治体や金融機関と協業し、積極的に日本の中堅・中小企業の菓子を発掘し、インバウンド観光客誘致の一助を担っている。 1)株式会社ICHIGO(日本)[4] 東京に本社を置く株式会社ICHIGOは(以下、ICHIGO)、2015年3月に近本あゆみ代表取締役(以下、近本代表)と共同創業者によって最初のサービス「Tokyo Treat」をローンチした。近本代表は新卒で株式会社リクルート(以下、リクルート)に入社。入社当初は「HOT PEPPER Beauty」の営業担当であったが、入社2年目から国内ECの新規事業の企画担当に就任し、競争環境が厳しい国内ECで成功を収めることは難しいことを学んだ。リクルート在籍中から起業を念頭に置く中で、インバウンド観光客が日本のお菓子を「爆買い」している姿を見て、国内ECは競争環境が厳しいものの、海外向けであればEC事業への参入機会があると考え、リクルートを退社後、 2015年に海外向けの通販事業を手がける「movefast」を創業。 その後、社名を「一期一会」を由来とするICHIGOに変更した。創業以来エクイティ調達は一切行っておらず自己資本経営を貫いている。 現在、ICHIGOは以下、日本のお菓子のサブスクリプション(定期購入)サービス2種、お菓子以外のサブスクリプション(定期購入)型サービス2種、越境ECサイト、オンラインクレーンゲームサービス等を運営しており、日本のお菓子を取り扱う越境ECのリーディングカンパニーだ。 <日本のお菓子のサブスクリプション(定期購入)型サービス> ①「Tokyo Treat」 「キットカット」等の大手メーカーの商品を中心に、15~20種類の日本のお菓子、スナック、ヌードル、飲料、菓子パン等の詰め合わせ。価格は毎月一箱$32.50~$37.50前後。商品のラインナップは、テーマを設けて、毎月変更されるサブスクリプション(定期購入)型サービス。各商品の説明等が書かれたパンフレットも含まれている。 ②「Sakuraco」 地方の中堅・中小企業である老舗和菓子メーカーによる日本の伝統的なお菓子を中心に詰め合わせ、和雑貨をプラスしている。商品のラインナップは、テーマを設けて、毎月変更されるサブスクリプション(定期購入)型サービス。各商品の説明やクローズアップされた都市や地域の紹介が書かれたパンフレットも含まれており、地域振興の一翼を担う。 図表5 ICHIGOの各サブスクリプション(定期購入)型サービス① (左:「Tokyo Treat」 、右: 「Sakuraco」 x 栃木県コラボレーションボックス)(出所)ICHIGOプレスリリースより抜粋 <その他日本関連のサブスクリプション(定期購入)型サービス> ①「Yume Twins(ユメツインズ)」 日本のキャラクター雑貨の詰め合わせ。商品のラインナップは、テーマを設けて、毎月変更されるサブスクリプション(定期購入)型サービス。 ②「nomakenolife.(ノーメイクノーライフ)」 日本と韓国のコスメグッズの詰め合わせ。商品のラインナップは、テーマを設けて、毎月変更されるサブスクリプション(定期購入)型サービス。 図表6 ICHIGOの各サブスクリプション(定期購入)型サービス② (左:「Yume Twins」ボックス例、右:「nomakenolife.」トップページ)(出所)「Yume Twins」、「nomakenolife.」 サービスホームページより抜粋 <その他サービス> ①「Japan HAUL」 日本の銘菓やお茶などの食料品に限らず、日本の工芸品や雑貨や美容用品も販売するECサイト。 ②「TokyoCatch」 クレーンゲームをオンラインで操作し、景品を手に入れるオンラインゲームアプリ。EC関連事業の物流倉庫に専用のクレーンゲームを設置し、海外顧客がアプリを通じて操作、獲得した景品を物流倉庫から配送。 ICHIGOは180か国、累計360万個以上の出荷実績を持ち、出荷実績上位3か国は米国、英国、カナダである。次いで、欧州各国が続いており、顧客の8~9割が欧米地域で占められ、残りが中国を除くアジア圏という構成だ。顧客の8割は女性で、「Tokyo Treat」は20~40代と比較的若い層が中心であることに対して、「Sakuraco」は30代以上が多いそうだ。顧客がICHIGOのサービスを利用するきっかけは、友人・知人やインフルエンサーによるSNSや動画サイトへの投稿であることが多く、マーケティングに力を入れている。 驚くことにICHIGOの正社員の8割は海外人材で、特に力を入れているマーケティングの担当者は全て外国人社員である。外国人社員が現地顧客の感覚を取り入れて運営しているため、成功を収めることができていると自負する。また、品質管理および利益率維持の観点から、梱包は日本で内製化して会社設立当初からブランド開発、デザイン、Webサイトの構築・運営、商品開発から梱包・配送に至るまで全て社内で内製化して行っている。 さらに、ICHIGOは自治体や地域金融機関との協業によるコラボレーションを積極的に推進しており、2022年から現在まで14の自治体・地域金融機関との協業実績を持つ。例えば、神奈川県とのコラボレーション企画では、「鎌倉の正月」をテーマにしたボックスや、神奈川県の名産品である「湘南ゴールド」という柑橘を原材料としたゼリーなどの開発を実施した。地方ならではの特色を生かした中堅・中小企業が製造する銘菓は、海外顧客にも好評で、商品のみならず、クローズアップされた都市や地域に興味を持ってもらう情報発信の役割を担っており、こうした動きはインバウンド観光客の増加にも繋がると思われる。 今後は、地域ごとの銘菓だけではなく、雑貨や工芸品まで取り扱う商品を広げていきたいと考えているそうだ。その一歩として、2023年にはサブスクリプション(定期購入)型サービスとECサイトを統合した英語版のアプリ「ICHIGO」をローンチし、販路や新規顧客の拡大を進めるとともに、海外の顧客から「ICHIGOなら、日本のものが何でも買える」と認知してもらえるようなサービスを目指していく。 図表7 ICHIGOによる自治体や地域金融機関とのコラボレーション事例 (左:「Sakuraco」 x 神奈川県コラボレーションボックス、右:「Sakuraco」 x 京都府・京都信用金庫コラボレーションボックス)(出所)ICHIGOプレスリリースより抜粋 ICHIGOの進化は止まらず、2024年10月にはGOOD IDEA COMPANY株式会社(本社:奈良県、以下GOOD IDEA COMPANY)の全株式を26億円で取得し、完全子会社化したと発表した。GOOD IDEA COMPANYは、いちごあめ専門店「Strawberry Fetish」やわたあめ専門店「TOTTI CANDY FACTORY」をはじめとした観光客向け飲食店事業を原宿、浅草、沖縄などの観光地を中心に全国で26店舗展開している。「Strawberry Fetish」のいちごあめや「TOTTI CANDY FACTORY」のわたあめは、SNS映えするインパクトが強い見た目で、インバウンド観光客のみならず国内の観光客からも非常に人気が高い。ICHIGOは自社で保有する総顧客数約560万人のグローバルな顧客基盤とGOOD IDEA COMPANYのインバウンド観光客の集客力を駆使し、オンラインとオフラインの両軸で、より多くの海外顧客に日本文化の魅力を伝える幅広い商品・サービスの提供を目指すそうだ。具体的には、既存の越境ECサービスで商品カテゴリーの拡充を図りながら、国内観光地への店舗展開でインバウンド観光客の需要を開拓し、各観光地との連携や中長期的には海外への店舗展開なども視野に入れ、日本発のグローバルスタートアップ企業として事業展開を推進していくとのことだ。 2)Bokksu Inc.(米国)[5] 米国ニューヨークが本社のBokksu Inc.(以下、Bokksu)は、2015年11月にアジア系(カンボジア/中国)米国人のダニー・タン(Danny Taing)氏によって設立された。ダニー・タン氏は、スタンフォード大学卒業後、Googleでマーケターとして勤務。その後、早稲田大学大学院に留学し、日本語を勉強して、卒業後に楽天に就職した。留学時や就職で日本に滞在している間に、様々な日本のお菓子と出会い、その味とバラエティの多さに魅了された。米国に帰国する際に、家族や友達にお土産として持ち帰ると、とても喜ばれるのにもかかわらず、米国から日本のお菓子を気軽に取り寄せるサービスがないということに気づき、Bokksuを起業した。Bokksuは、2022年1月には2,200万ドル(当時の為替レートで約25億円)のシリーズAの資金調達を実施。シリーズAではValor Siren Venturesが主導し、Company Ventures、株式会社サンクゼール、WiL、Headline Asia、Gaingels等が出資した。 現在、Bokksuは日本の菓子のサブスクリプション(定期購入)型サービスや越境ECサイト等の以下の3つのサービスを運営している。 ①「Bokksu Snack Box」 Bokksuの目利きによって月ごとに選別された日本のお菓子をボックス(=Box、社名のBokksuの由来)に詰め、サブスクリプション(定期購入)スタイルで世界中の顧客へ提供。各ボックスには日本の中堅・中小企業の菓子製造事業者のお菓子を中心に20種類以上の商品が含まれており、日本のお菓子のみならず、日本茶等のティーバッグやBokksuでしか手に入らない限定のお菓子、さらに各商品の由来等が書かれたパンフレットも含まれている。提供プランは、1年に1度届くプランで$39.99、4か月に1度届くプランで$34.99、2か月に1度届くプランで$32.99、毎月届くプランで$29.99と4プランがある[6]。 ②「Bokksu Boutique」 日本の銘菓やお茶などの食料品に限らず、日本の工芸品や雑貨や美容用品など比較的価格帯が高い「プレミアム品」を販売するECサイト。 ③「Bokksu Market」 醤油やみそなどの日本の調味料、麦茶・ほうじ茶・緑茶などの日本の飲料、「ポッキー」や「キットカット」などの量販店向けお菓子といった日持ちのする「日用品」を販売するECサイト。 Bokksuは、既に100か国・100万ボックス以上の出荷実績を持ち、米国とカナダを中心に3万人超の定期購入顧客[7]が存在する。その顧客の多くは30代から40代の「日本が好き」という親日派の顧客だ。 現在、ニューヨーク本社と東京支社の2拠点があり、ニューヨーク本社のチームは、東京チームから送られてくるお菓子の試食・選別、企画立案、Webサイトの構築・運営、物流・カスタマーサービスを担当し、東京のチームは新たなお菓子の発掘、契約先となる菓子製造事業者との契約管理、プライベートブランド商品の契約先管理を担当している。また、米国・ニュージャージー州に自社で倉庫を構え、物流を内製化することで、日本に比べて物流事情が劣る米国でのサードパーティーロジスティクスのコスト削減および品質維持に努めている。 月ごとのボックスは、テーマ決定の1年以上前から動いており、顧客満足度の向上に向けて相当な労力が注がれている。具体的には、まず、東京チームが発掘した100種類以上の候補品を、月ごとに決まったテーマと色に沿って40種類に絞り込んだ後、各メーカーと直接連絡をとって取り寄せた試食品をニューヨーク本社の20名程度のスタッフで試食会を行い、品評のうえ、最終化していくプロセスに3ヶ月ほどかけている。その後、ビジネスモデルの特徴となるBokksuの目利きによって、選別されたお菓子を製造するメーカー、とりわけ地方の中堅・中小企業と直接取引を行う。このような企業が自社で海外展開するのは難しいうえに、越境ECプラットフォームに乗ることさえハードルが高い。それらを全てBokksuにお願いすることができる。日本の中堅・中小規模の菓子製造事業者が、海外スタートアップと共同で商品開発を行う事例は聞いたことがなく、画期的な取り組みと言える。これは、Bokksuの主要顧客である20~30代の現地消費者の「スモールビジネス(中堅・中小企業)をサポートしたい」、「丁寧に作られた製品を取り入れたい」、「社会貢献がしたい」というニーズとも合致しており、Bokksuのビジネス方針に共感した強固なファン顧客がBokksuのサービスを支えている。 さらに、Bokksuは顧客のお菓子へのフィードバックを、直接、取引先である菓子製造事業者に共有し、菓子製造業者の商品開発をサポートしている。2023年6月には、Bokksuの日本法人が、JETRO(日本貿易振興機構)の「対日直接投資喚起事業費補助金」の事業者に採択されるなど、Bokksuの取り組みが日本の菓子製造事業者の海外販路拡大並びに地域経済への発展に貢献することが評価されている。 なお、Bokksuはスタートアップにも関わらず、同業者の買収も試みている。2023年9月には、日本を代表するポップカルチャーと共に、日本のお菓子を届けるサブスクリプション(定期購入)型サービスを展開しているJAPAN CRATE合同会社(本社:東京都)を買収し、①10代後半から30代前半のBokksuよりも若い顧客層、②アウトレット店舗を含む5,000店以上の店舗を持つ米国内の小売パートナーとの取引関係を手に入れ、小売店チャネルでの展開も図っていくと発表した。この買収により、Bokksuは日本のお菓子のサブスクリプション(定期購入)型サービスを展開する企業において最大規模となり、実店舗とオンラインショッピングを通して、顧客により差別化した体験を提供していくとのことで、益々の成長が期待される。 これまでみてきたように、ICHIGO、Bokksuは、共に外国から見た日本のお菓子の多品種・季節性というユニークポイントやインバウンド観光客の「爆買い」需要から、日本のお菓子の可能性に商機を見出し、中堅・中小の菓子製造業者の銘菓を含めたスナックボックスをサブスクリプション(定期購入)型サービスという形で提供している。そして、両社の商品に、銘菓の背景やクローズアップされた都市や地域をまとめた冊子同封することで、日本への興味を深めてもらい、インバウンド観光客を増やす情報発信の一翼を担っている。 さらに、顧客からのお菓子へのフィードバックを、菓子製造事業者にフィードバックすることで、菓子製造業者の商品開発の意思決定をサポートしており、日本の中堅・中小企業にもメリットがある形の事業運営を推進している。また、日本のお菓子に限らず、日本の工芸品や雑貨や美容用品にまで販路を提供している点においても、総合的に地域振興に寄与していると言っても過言ではない。 菓子製造事業者としても、ICHIGOやBokksuのサブスクリプション(定期購入)型サービスのスナックボックスの中に、自社のお菓子が採用されることは、自社のみで闇雲に海外進出を行うのではなく、自社のお菓子がどのように海外の方に受け取られるのか、テスト・マーケティングとしても非常に参考になり、自社の商品開発の方向性や海外進出をはじめとする事業戦略を見直す好機になっているという。 おわりに 日本には大手メーカーが製造する量販店で販売されているお菓子や地方の中堅・中小企業が作っている銘菓、どちらも豊富な種類が存在する。また、季節ごとにフレーバーが変わるないしそもそも季節限定でしか販売していないお菓子もある。一方で、海外は、昔から存在する定番のお菓子が、1年中同じフレーバーで販売されている。バレンタイン、ハロウィン、クリスマス時は、イベントに応じて包装が変わることがあっても、原則、フレーバーは同じである。従って、日本に居住しているとなかなか気づきにくいことではあるものの、春になれば、チョコレート菓子や飲料を「桜」フレーバーや「桜」色に変えたり、夏になれば、ゼリー類に金魚が浮いていたり、飲料を「ラムネ」フレーバーに変えて「涼」を楽しんだり、秋になれば、チョコレート菓子やスナック菓子の素材に「カボチャ」や「焼き芋」を用いたり、冬になれば、「雪」を模した「ホワイトチョコレート」商品を楽しんだりといった「季節を味わう」ことができるのは日本のお菓子ならではであり、事業上の唯一無二の強みなのである。 また、海外は国土が広いからか、都市部であっても、日本の都市部のように、徒歩圏内にいくつもコンビニエンスストアやスーパーマーケットがあるという環境ではないため、定期的に自宅まで物品を届けてくれるサブスクリプション(定期購入)型サービスは、顧客にとって非常に利便性が高く、2013年ごろから物販系・サービス系を含むあらゆる種類のサブスクリプション(定期購入)型サービスが広がった。 さらに、海外にも、日本でいう「10時のおやつ」や「15時のおやつ」のようなスナッキング(Snacking:おやつを食べること)文化があることが多く、文化的にも、お菓子に特化したサブスクリプション(定期購入)型サービスはマッチしたのだ。 時流と文化的背景に対して日本の強みがフィットした結果、ICHIGOやBokksuは目覚ましい事業成長を遂げたのである。そして、両社は日本のお菓子のサブスクリプション(定期購入)型サービスに始まり、日本の日用品、美容品、工芸品等カテゴリーを増やして越境ECサイトを運営し、オフラインチャネルの拡充を狙ったM&Aを実施する事業戦略を展開し、急速なスピードで事業を推進している。 今後は、いかなる消費者向けビジネスにおいても、リアルな体験と越境ECにおける統合的な体験設計が求められるはずだ。お菓子を製造・外食等で提供する企業にも、インバウンド観光客の滞在時の体験設計と帰国後のフォローアップ体験の統合を視野に入れて商品開発・店舗開発・マーケティング企画を行うと、海外での事業機会がさらに拡大し、売上増・利益増に貢献するのであろう。 筆者としても、今後もユニークで美味しい日本のお菓子が、国境を越えてその価値を認められる、日本を訪れるインバウンド観光客が増え、さらに日本のお菓子の消費が増えるという良い循環が益々強化されることを切に願い、越境ECスタートアップの事業成長を見守りたい。 [1] 全日本菓子協会 菓子データ 令和5年度 https://anka-kashi.com/images/statistics/r05.pdf [2] https://statistics.jnto.go.jp/graph/#graph–average–spending–per–capita–by–category より各年の「全体」の金額を参照 [3] 令和5年8月 経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/statistics/outlook/230831_new_hokokusho.pdf [4] 「日本のお菓子のサブスクで世界中に笑顔を届けたい ICHIGO代表・近本あゆみ【2024年度入学記念号】 – 早稲田ウィークリー 」 https://www.waseda.jp/inst/weekly/news/2024/04/05/116665/参照 「サブスクサービスの新機軸。「海外越境EC」との掛け合わせで日本のお菓子が大ヒット」https://www.dentsu-pmp.co.jp/contents-bae/subscription_ichigo参照 [5] 【#112】五感すべてを満足させるお菓子を提供。日本のお菓子を通して日本文化を世界中に届けたい|CEO Danny Taing(ダニー・タン)(Bokksu Inc.) – ベンチャー.jp、参照 [6] 2024年12月末時点 [7] 2023年時点。会社発表。コロナ禍では、巣籠需要をとらえて4万人超の定期購入顧客がいたものの、コロナ禍は落ち着いた模様である ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会
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01/25 16:00
食品メーカーによる原材料生産者との取引におけるポイント
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 コンサルタント 李 元(2025年1月17日) はじめに ここ数年、スーパーやコンビニで買い物をすると農産物、食品の価格が明らかに高くなったと感じる。実際、2024年12月公表の帝国データバンク「「食品主要195社」価格改定動向調査」」によると、2022年から2024年の間に値上げした食品は70,000品目超で、1回あたりの平均値上げ率は14%、15%、17%と年々増加傾向にある。また、2025年1~4月に値上げが予定されている食品は6,121品目、1回あたりの予定値上げ率も18%と食品値上げの流れはしばらく続きそうである。(図表1)。値上げの要因は、「原材料高」が「エネルギー(電気・ガス含む)」、「円安」等を凌ぎ1位となっている。 それでは、値上げを行う食品メーカーは、調達、製造、販売という商流の中でのコスト増をどの程度価格に転嫁できているのだろうか。中小企業庁「価格交渉促進月間(2024年9月)フォローアップ調査結果」をみると、2024年9月時点で食品製造の価格転嫁率は55.3%と十分に価格転嫁できていないことが分かる。 このような状況下において、筆者は、食品メーカーが販売以外のバリューチェーン(主に調達と製造)を自社でコントロールすることで、中長期の視点において、価格転嫁が不十分な中で「原材料高」を起点とした課題を和らげることができると考える。 本稿では、食品メーカーの調達に焦点を当て、原料調達における生産者との取引におけるポイントを論じる。 図表1 2022~25年の食品値上げ品目数、平均値上げ率(左)と24年の食品値上げ要因(右) (出所)帝国データバンク「「食品主要195社」価格改定動向調査」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 1.食品メーカーの原材料調達における課題と直接取引 食品メーカーの調達課題を考える際、「価格」はもちろん重要だが、当然、「量」と「品質」を無視するわけにはいかない。つまり、(1)安定的な価格での調達、(2)必要量の安定的な確保、(3)原材料に適した一定品質の確保の3つの課題を同時に満たすことが食品メーカーにとっては重要である。 また、食品メーカーによる原材料の調達方法としては、「間接取引」と「直接取引」に大きく分類することができる。なお、本稿での間接取引とは食品メーカーが食品卸売業者等を介して原材料の調達を行うこと、直接取引とは食品メーカーと生産者が直接取引を行うことをそれぞれ指す。 以下、食品メーカーの調達における上記3つの課題を、間接取引と直接取引の2つの調達方法との比較で整理していく。 (1)安定的な価格での調達 間接取引の場合、一般的に食品卸売業者等の中間業者が取扱う農産物の規模は食品メーカーと比較して大きく、生産者に対して価格交渉力を持つことが期待できる。その一方で、中間業者を介す分の価格への上乗せが生じるデメリットがある。加えて、市場価格が変動した際は食品メーカーの調達価格に影響が生じる。量が確保できる市況では一般的に安く調達できるが、量が確保できない市況では基本的に高い価格で取引せざるを得ない。 直接取引であれば、中間業者を介すことによる価格への上乗せは行われず、全量買取り等の条件を付すことで事前に決めた一定の価格で取引することも可能になる。但し、食品メーカーの規模によって価格交渉の強弱が決まるため、小規模食品メーカーは高い価格での調達となってしまう可能性がある。 (2)必要量の安定的な確保 間接取引の場合、気候変動等により農産物が不作であったとしても、食品卸売業者等が有する各地域とのネットワークで、別の地域から農産物を調達できる。但し、そのような需給がひっ迫した状況では、高い市場価格で調達することが多くなるだろう。 直接取引の場合、食品メーカーは生産者と予め取り決めた量を調達できるメリットがあるが、食品メーカーが求める必要量が増える際は、複数の生産者や地域と直接取引を行う必要がある。また、直接取引だけでは気候変動等による不作が要因となり必要量を確保できないリスクもある。 (3)原材料に適した一定品質の確保 間接取引の場合、気候変動等の外部要因により食品メーカーが求める品質の農産物の調達が困難な時は、食品卸売業者等が有する各地域とのネットワークで、外部要因の影響を受けづらかった地域等から類似品質の農産物を調達することができる。一方で、食品メーカーが求める品質が高くなればなるほど、高い品質の生産物を調達できるとは限らなくなる。 直接取引であれば、食品メーカーが求める品質の農産物を生産している特定の地域や生産者からの調達が可能となり、品質改善への要望を直接伝えることもできる。但し、気候変動等により農産物の品質が悪化した際、別の地域から類似品質の農産物を確保できないリスクは残る。 上記をまとめると図表2の通りとなる。3つの課題から調達方法を比較すると、「価格」と「品質」においては、一定価格で中間業者による価格への上乗せもない点や食品メーカーが求める品質の農産物を生産している特定の地域や生産者と取引しながら双方の意見交換が可能な点で直接取引に優位性がある。その一方で、「量」においては必要量を安定的に確保できる可能性が高い間接取引に優位性がある。 その上で筆者は、今後の農業界の構造的な変化を踏まえると、直接取引の重要性が一層高まるものと考える。周知のとおり、日本の農業界は高齢化と共に特に個人農家が断続的に減少しており、その代役として法人を中心とした大規模農業経営が主流になり始めている。彼らは一般的な個人農家と異なり、資金やネットワーク、そして経営者マインドを持ち合わせる傾向が強い。彼らが規模を拡大する中で、また営利企業として再生産・再投資可能な利益を求める中、海外を含めて少しでも条件の良い販売先へ農産物を卸すようになることは自然である。これにより食品メーカーは「価格」等で好条件を提示する必要が出てくる。また、彼らが規模を拡大する中では、販売先となる食品メーカー等が求める「量」や「品質」を確保する農業経営を志すこととなり、仮に販売「量」の確保を自社で満たすことができない場合、既に一部で始まっているが、同様な大規模農業経営者との横連携(産地リレー)の仕組みを構築していくことであろう。食品メーカーからすれば直接取引でも「量」や「品質」を確保し易くなることに繋がるはずだ。 それ以外でも、足元のグローバル経済の動向を考慮すると、今後も不透明さが漂う。農産物の価格は引き続き乱高下しよう。昨年の米不足に伴う需給のひっ迫、米価格の高止まりは記憶に新しい。今年の調達価格は安いが、来年は「倍増」することも頻繁に起こるであろう。生産者、食品メーカー共に、それらに振り回されていては事業計画の実効性はもちろん、持続可能なビジネスとは言えなくなる。 このような時代が早晩訪れた際、量の課題を克服した直接取引のメリットは大きくなる。どのビジネスにおいても長年の信頼関係が重要となる。その時を見据えて、今からそのような大規模農業経営者と関係を構築することには大きな意義があろう。 次章では、長きに渡り大規模に直接取引を実施してきたカルビーと伊藤園を事例に取り上げ、食品メーカーが直接取引を導入、拡大するに当たって筆者が考えるポイントを論じる。 図表2 食品メーカーの原材料調達の主要課題と調達方法の特徴 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 2.大手食品メーカーによる直接取引の先進事例とそのポイント 直接取引の歴史は古く、早いものだと明治時代初期からビール麦等で行われていた。その背景には原材料の安定確保という目的があったようだ。本章で直接取引の先進事例として取り上げるカルビーと伊藤園も、昨今のような不安定なグローバル経済が訪れる以前から、同様の理由で直接取引を開始している。 生産者との直接取引は長い歴史を有するが、カルビーや伊藤園のように、成功事例として挙げられるのは筆者が知る限り、数えるほどしかない。成功事例が少ない理由は多々あるが、食品メーカーと生産者が「Win-Win」の関係を持続的に構築することが難しい点に集約できる。食品メーカーの側でいえば、前章でも触れたように、必要量の安定的な調達が難しい点であろう。 その理由として、日本の農家は個人単位の小規模農家が多く、食品メーカーが必要とする量に対応できなかったことが挙げられる。また、地球温暖化による気候変動をはじめとした外部要因による不作等が障害となった可能性も高い。そうなると解決策として複数の産地や生産者と連携する重要性が増してくる。 筆者が考える直接取引を導入、拡大する際のポイントは、(1)契約栽培による全量買取りと栽培技術指導等の実施、(2)自社での種苗等の研究開発と契約農家への技術提供、(3)地域との連携拡大の3つであり、以下、カルビー、伊藤園の成功事例を通してレビューしていく。 (1)契約栽培による全量買取りと栽培技術指導等の実施 1つ目のポイントは、契約栽培による規格品の全量買取りと生産者に対する栽培技術指導等の実施である。カルビーは1980年前後に契約栽培を導入している。1970年代、流通するジャガイモの大半は糖分が多い生鮮用であり、ポテトチップス等のスナック菓子を主力とするカルビーは、糖分が少なく高温で揚げても変色しにくい加工用のジャガイモを確保する必要があった。そのため、個別農家や農協に対して生鮮用とは異なる品種の栽培について交渉を実施し、調達・生産に直接関わり始めた。現在は約40名の「フィールドマン」と呼ばれるスタッフが栽培技術指導を実施した上で、収穫されたじゃがいもは生産者の状況やでんぷんの含有量に合わせた単価等で買取っている。また、栽培技術指導の中には、自社で開発した新品種の提供も含まれている。地道な努力の結果、現在の契約農家数は、北海道の約1,000戸を中心に1993年比で2倍超の全国約1,700戸まで拡大している。 一方、伊藤園では1976年に契約栽培を始め、生産者が生産に集中できる環境作りを心掛け、茶葉の全量買取り、栽培技術指導に加えて、自らが集めた市場や消費者ニーズ等に関する情報を生産者へ提供している。多様な品種を栽培できる地区では、飲み手の嗜好に合った品種への植え替えや、有機栽培への転換も積極的に推奨している。2021年時点で同社の全国各地の契約農家による生産量は合計8,517tであるが、国内の茶葉生産量が106,600t(2023年)であることを考えると、伊藤園は契約農家から全国生産量の約8%分を調達していることになる。 このように、契約栽培は必要量を安定的な価格で確保できるだけでなく、栽培技術指導等によって品質の維持、向上にも貢献している。 (2)自社での研究開発と契約農家への技術提供 2つ目のポイントは、自社での研究開発と契約農家への技術提供である。カルビーは、2017年に約10年の研究開発期間を経て開発した「ぽろしり」というじゃがいもを品種登録している。「ぽろしり」は芽が浅いため皮が剥きやすく、糖度が低いので焦げにくいというポテトチップスに適した品種である。また、栽培面では病害虫等に強く、多収が期待できる。量と品質が安定するため、カルビーはもちろん、契約農家にも嬉しい優れた品種である。また、2019年には「なつがすみ」を品種登録に出願しているが、これは関東で問題になっている「そうか病」に耐性があり、関東地区での普及を想定しているようだ。 一方の伊藤園も、有機栽培技術の構築など、茶農業における技術開発に取組んでおり、そこで確立されたものを契約農家へ提供している。また、茶農業の技術開発と普及に向けたロードマップも作成しており、最終的には自社開発した茶農業の技術を契約農家へ普及させることを目的としている。 このように、自社で研究開発を実施、契約農家へノウハウ等を提供することで、品質の向上や安定化に結び付く。 (3)地域との連携拡大 3つ目のポイントは自治体やJAなど地域との連携を拡大することである。カルビーとホクレンは近年、じゃがいもの調達等で協業するようになり、新商品の発売や農家支援等でも連携している。背景には時代の変化が影響している。2017年にカルビーは前年の台風等の影響でじゃがいもが不作となり、ポテトチップスの一部販売休止に追い込まれ、更なる国産じゃがいもの確保が必要になった。一方、ホクレンは、2010年代に入り、消費者需要の変化と共に、じゃがいもの消費が生鮮用から加工用へと大きく動いたことで、加工用販路の安定確保の必要性が生じた。こうした時代の変化が、双方を協業へと向かわせたのだが、結果的に生産者の農業所得向上など、地域の活性化にも繋がる取り組みとなり今日に至っている。 伊藤園は2001年より「新産地育成事業」を開始した。当事業は地域自治体やJAと連携して耕作放棄地を活用した茶葉生産を推進するものである。他の農作物同様、茶葉生産も衰退の一途を辿っており、国産の茶葉にこだわる伊藤園としては将来を見据えて取組んでいるのだが、結果的に足元でも契約農家の拡大に寄与している。耕作放棄地の増加は日本各地の課題ともなっており、当事業が受け入れられやすい環境にもあるのだろう。 このように、地域の課題を解決しながら自社の調達力を拡大していくことは、食品メーカーが必要量を安定的に調達する上で、必要な戦略である。 以上、食品メーカーによる生産者との直接取引における3つのポイントを述べたが、(2)と(3)は時間もかかることが想定される。そのため、食品メーカーが直接取引を導入する際にまず取り掛かるべきものは(1)であろう。(1)の導入で生産者、地域から信頼を勝ち取り、直接取引が安定してきたら、次は直接取引の拡大フェーズへと移る。(1)を継続しつつ、品質の向上、安定化と量の拡大に向けて新たに取り掛かるべきものが(2)及び(3)となる。 もちろん、(1)を実施することで、「全量買取り」のリスクと「栽培技術指導」員のコスト負担や人手の確保という課題が生じる。前者については、自社の製造・販売計画との擦り合わせが必要となるだろう。後者については、栽培技術指導員のコスト分を中長期的に考えた場合、市場での調達価格との差でどこまで埋められるかを考えていく必要があり、人手の確保という点では自社の中から人手を探す他に、地域の農業従事者を栽培技術指導員として迎え入れることで地域に入り込む、地域との連携を拡大するという方法も考えられる。 図表3 カルビーと伊藤園による生産者との直接取引における主なポイント (出所)各社公表資料等をもとに、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 おわりに 本稿では、まず、食品メーカーの立場から原材料調達で抱える農産物の「価格」、「量」、「品質」における課題に触れ、その課題から考える調達方法の特徴について述べた。その上で、直接取引を導入・拡大する際の筆者が考えるポイントについて、先進的なカルビーと伊藤園の事例を交えて整理した。 本稿で述べた内容は、食品メーカーを起点に調達面での課題を簡易的に捉えてアプローチしたため、本稿から外れる成功事例も多くあると思われる。特に農業分野では、取り扱う農産物の種類や立地するエリアによっても状況が大きく異なるだろう。それでも、マクロとミクロ両方の要因による昨今のグローバルベースでの不安定な原料の調達環境を考慮すると、農産物の種類や立地を問わず、食品メーカーの原料調達戦略はより重要度を増している。 第三章で紹介したカルビーと伊藤園の先進事例だが、もちろん、一朝一夕で両社の調達戦略を取り入れることは不可能である。両社ともにゆるぎない長期の事業・調達面でのビジョンがあったことはもちろんのことだが、そもそもとして、生産者の立場から彼らの悩みや利点を追求したことが出発点のように思える。 もし、多少でも直接取引による調達がある食品メーカーにおいては、常日頃調達している取引先の生産者がどの様な点に悩んでいるか、どの様な利点を取引の中で与えられるかについて考えることで、また新しい独自の調達ポイントが生まれるように思える。 2024年は予期せぬ米不足やキャベツなど農産物の価格高騰等が起こったが、2025年以降も思いもせぬ事態が発生する可能性は十分に考えられる。本稿では間接取引、直接取引で二分して話を進めたが、食品メーカーの事情に応じて、間接取引の中に直接取引を加えるなどの独自の調達戦略を構築することで、「価格」、「量」、「品質」の課題に対応できるものと考える。 ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 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