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23分前

【注目トピック】英国発「トラス・ショック」を振り返る 米国債市場への示唆

※画像はイメージです。 米国債市場への懸念は「トラス・ショック」を彷彿 足元で米国の超長期国債利回りの上昇リスクをどう捉えるかというテーマに関心が寄せられています。特に、債券価格の下落(金利上昇)と通貨安の同時進行が、2022年に英国で生じた「トラス・ショック」を彷彿とさせたことは、米国債市場への懸念を高めたと考えられます。 2022年9月23日、リズ・トラス英首相(当時)は2023年度予算を見据え、大規模な減税政策を柱とする一連の財政政策、ミニ予算「成長計画2022」を公表しました。所得税率の引き下げや法人税増税計画の中止などが盛り込まれ、停滞が続く英国経済の立て直しを目的とするものでしたが、トラス政権の思惑に反して発表直後から金融市場は混乱に陥り、英国市場は、通貨ポンド、国債、株価の「トリプル安」に見舞われる結果となりました。 市場がここまで過敏に反応した背景には、①予算責任局(OBR)※による経済・財政の推計や政府の財政目標の検証・評価を先送りにし、財源を示さず「成長計画2022」で財政拡張の断行を目指したことで、②財政悪化懸念から英国債利回りが上昇し、③英国を中心とした年金運用機関等が資産運用のために提供していた国債の担保価値が下がり、一部のポジションの解消で国債利回りの上昇が加速したこと、などがあったと考えられます。 ※ 英国政府は通常、新しい財政計画作成の際には独立機関である予算責任局(OBR:Office for Budget Responsibility)ヘ経済・財政の推計の予測・検証を委託する。 ミニ予算「成長計画2022」発表当時の英国 「トラス・ショック」が発生した当時の英国は、EU離脱の余波が続くなか、エネルギー価格の高騰がインフレ率を押し上げ、CPI(消費者物価指数)は2022年9月に前年同月比+10.1%、同年10月には同+11.1%へと加速していました。実質賃金はマイナスに沈み、景気は低迷、また、政治の混乱から短期間での政権交代が続く中で、財政拡張によって景気を押し上げようという機運が高まりやすい状況にあったといえます。 一方、2022年の世界経済はコロナ禍からの回復途上にあり、また世界的なインフレ加速に対応してFRBを中心とする海外主要中央銀行は政策金利引き上げ局面の最中にありました。英国においても、イングランド銀行(英中銀)は2021年12月に利上げを開始しており、それ以降、会合毎の利上げを継続、さらに2022年2月には保有する国債の償還分の再投資停止による量的引き締め策(QT)にも踏み出していました。 行き過ぎた財政拡張は国の信認棄損を招きうる 「成長計画2022」を引き金とした金融市場の混乱は、2週間程度と比較的短期間で鎮静化に向かいました。カギとなったのは、英中銀による緊急対応と政府の計画撤回による財政政策方針の見直しだったと考えられます。 「トラス・ショック」発生当時、英中銀はQTを実施しており、2022年9月22日には、同年10月上旬から国債の売却を開始しQTを加速する計画を公表したところでした。しかし、翌日にトラス政権が「成長計画2022」を打ち出し金融市場が混乱に陥ると、発表から1週間足らずで国債売却計画を延期し、英長期国債を同年10月14日まで無制限に購入する緊急対応を発表しました。これを受け、一時5%前後まで上昇していた英国30年国債利回りは3%台後半まで急低下しました(下図表)。また、根本的な原因である政府の財政拡張計画に関しても、クワーテング財務大臣(当時)が解任され、後任となったハント氏が就任早々、10月17日に「成長計画2022」の大部分の撤回を発表しました。トラス政権の財政拡張計画によって英国は一時、英国からの資本逃避という厳しい事態に見舞われました。仮に先進国であっても、財政拡張策には限度があることを示唆する経験であったと言えます。 2022年の英国国債利回りと株価指数 (注)データは日次。期間は2022年年初~年末まで。(出所)各種資料、LSEGより野村證券投資情報部作成 ショック時は高格付け社債ほど影響は軽微 英トラス政権による「成長計画2022」公表を受け、英社債市場ではハイイールド債だけでなく格付けの高いAAA債の利回りも上昇しました。しかし、高格付け社債の利回り上昇の程度は相対的に抑えられ、社債の中でも格付けの高低による選別が顕著になっていたことが推察されます。 格付け高低別社債と英国10年国債利回りのスプレッド (注1)データは日次で、直近値は2025年6月12日。各格付けの社債を対象とした指数(Sterling Corporate Index)の利回りから英10年国債利回りを差し引いて算出。(注2)米シリコンバレー銀行(SVB)が経営破綻したことを受けて金融市場にリスク回避の動きが広がった。(出所)ICE、米バンク・オブ・アメリカ、LSEGより野村證券投資情報部作成 減税法案の行方とトランプ大統領の言動に注意 米国に目を移すと、現在、トランプ政権は7月4日の独立記念日までの減税法案成立を目指し、議会審議を進めています。同法案は下院を通過していますが、上院との調整は難航することが予想され、減税規模は現在の下院案からさらに拡大する可能性があるもようです。 2022年の「トラス・ショック」では、財政拡張による景気押し上げ効果への期待よりも、財政規律を無視した大規模減税の断行が国債増発やインフレのさらなる加速を招くリスクへの懸念が強く意識され、政府債務の健全性や政府への信認低下につながりました。米国も英国同様双子の赤字を抱えていますが、米国債は世界的に安全資産と認識されています。また基軸通貨である米ドルに対する需要は強く、通貨安圧力が働きにくいという点は英国とは異なります。そのため、英国と同じ事態に陥る可能性は低いと考えています。 しかし、足元では財政赤字拡大やトランプ関税を背景に、「米ドル離れ」の議論が根強く、米10年国債利回りが高止まりする中でも米ドルの反発力が鈍い状況が続いています。財政運営においては、財源についての議論も含め、広く国民の理解を得ることで予見可能性を高めることが重要です。また、足元では一部で、トランプ大統領がFRBに利下げや議長の解任を迫るリスクが警戒されていますが、実行された場合は米ドルに対する信認を低下させかねません。今後の減税法案の行方とあわせて、トランプ大統領の言動にも引き続き注意が必要です。 <執筆者紹介> 野村證券投資情報部 ストラテジスト引網 喬子 2023年10月より投資情報部に在籍。米国株の調査業務を経験後、各国経済・為替に関する投資情報の発信を担当。個人投資家を対象に、わかりやすい情報提供を心掛ける。 ご投資にあたっての注意点

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