新着
438件
-
07/21 12:00
【投資と税金】配偶者が亡くなった後も自宅に住み続けたい、でも、現金は残らない?
建物を所有していた夫婦の一方が亡くなった場合、残された配偶者が住み慣れた自宅に住み続けたいと思っても、相続財産の内容や他の相続人との分割協議によっては、「自宅を売却しなければならない」、「自宅は残っても手元に現金が残らない」といった問題が生じることがありました。こうした残された配偶者の居住権保護のため、「配偶者居住権」という権利を取得することができます。今回は、その要件やデメリットについて大手町トラストの税理士に伺いました。 (注)画像はイメージです。 はじめに 配偶者居住権とは、被相続人の配偶者が相続開始の時に居住していた被相続人の所有建物を対象として、終身又は一定期間、配偶者にその使用及び収益を認めることを内容とする法定の権利です。 今回は配偶者居住権の概要、及びその留意点等について説明します。 配偶者居住権の概要 配偶者居住権は、相続によって当然に成立する「配偶者短期居住権」と、遺贈又は遺産分割によって取得することができる「配偶者居住権」の2つに区分されます。 配偶者短期居住権配偶者が相続発生時に被相続人所有の建物に無償で住んでいた場合に、遺産分割協議がまとまるまでか、協議が早くまとまった場合でも被相続人が亡くなってから6カ月間は無償で建物に住み続けることができる権利で、使用借権類似の債権として相続税の課税対象外です。 配偶者居住権建物の価値を「居住権」と「所有権」に分けて考え、残された配偶者は建物の所有権を持っていなくても、一定の要件の下、居住権を取得することで、亡くなった人が所有していた建物に引き続き住み続けられる権利です。相続税の課税対象となります。 配偶者居住権の成立要件は下記(1)~(3)の通りです。 〈配偶者居住権の成立要件〉(1)配偶者が被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していたこと(2)遺産分割、遺贈、死因贈与等により配偶者居住権を取得すること(3)被相続人が相続開始の時において居住建物を配偶者以外の者と共有していないこと なお、配偶者居住権は、その設定の登記を備えた場合に対抗要件を具備するとされています。 小規模宅地等の特例の適用について 相続や遺贈で取得した財産のうち、被相続人やその親族が事業や居住に使っていた宅地等の一定の面積までの部分(「小規模宅地等」といいます。)については、相続税の課税価格を減額できます。 小規模宅地等の特例において以下の(A)(B)についても特例対象宅地等に含まれます(但し、配偶者居住権は含まれない)。 (A)配偶者居住権に基づく敷地利用権(B)配偶者居住権の目的となっている建物の敷地の用に供されている宅地等の敷地所有権 (A)又は(B)の全部又は一部を特例対象として選択する場合の特例対象宅地等の面積については、次のように計算します。 ※相続時精算課税による贈与や特例事業用資産に関する贈与・相続の場合は、この特例は適用されません。また、「宅地等」とは建物の敷地として使われる土地を指し、農地や棚卸資産などは含まれません。 配偶者居住権設定によるメリット・デメリットについて (1)メリット 配偶者が配偶者居住権を取得することにより遺産分割などで取得する財産は増えることになりますが、配偶者の税額軽減の適用を受けることにより一次相続の税額が軽減される可能性があります。 また、配偶者居住権は、配偶者が死亡した場合は権利が消滅することとされているため、二次相続において配偶者の財産として相続税は課されません。 (2)デメリット 【居住者】配偶者居住権は家に住む権利のため、配偶者は所有者の承諾がなく自宅を売却することや第三者に賃貸することもできません。 【所有者】 配偶者居住権は、配偶者が合意解除等した場合は不動産の所有者に所得税又は贈与税が課されます。 また、配偶者居住権は譲渡が禁止されており、配偶者が老人ホームに生活の本拠を移しても権利が消滅しないため、配偶者が権利放棄するまで不動産の売却が出来なくなります。 むすびに 配偶者居住権を第三者に対抗するためには登記が必要です。設定登記は配偶者(権利者)と居住建物の所有者(義務者)との共同申請となります。 配偶者居住権の権利設定時には、残された配偶者の今後の状況や二次相続の対策まで踏まえた慎重な検討が必要です。相続開始後、早めに専門家に相談されるとよいでしょう。 この資料は情報提供を唯一の目的としたもので、投資勧誘を目的として作成したものではありません。この資料は信頼できると考えられる情報に基づいて作成しておりますが、野村證券は、その正確性および完全性に関して責任を負うものではありません。この情報は、ご覧いただいたお客様限りでご利用いただくようお願いいたします。詳しくは、所轄税務署または顧問税理士等にご確認ください。 ご投資にあたっての注意点
-
07/20 15:00
グローバルサウスの台頭とフード&アグリビジネスの可能性(後編)- 日本企業とGS諸国の「共創」戦略:持続可能な未来を築く食料×脱炭素イノベーション-
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 コンサルタント 中村 圭吾(2025年7月15日) はじめに 前編[1]では、欧米をはじめとする先進国とは異なる第三の勢力として台頭するグローバルサウス(以下、GSと称する)の背景と、フード&アグリ分野においてGS諸国が共通して直面する課題を整理した上で、それら課題の解決に挑むGS発のスタートアップを紹介した。 本編では、GS諸国間の文化的・社会的多様性から生まれる課題やニーズを踏まえつつ、GS諸国を対等なパートナーとして捉え、二国間が共同で新たな価値を創出していく「共創」を推進するための日本政府や政府系機関の政策や支援スキームと、それらのスキームを活用しながらグローバルな食料安全保障や環境問題の解決に取り組む日本企業の具体的な事例に焦点を当てる。その上で、「共創」の意義と今後の展望について考察を深めていく。 1. グローバルサウス諸国との「共創」を通じた社会課題解決 深刻化する地球規模の課題や紛争への対応は、一国だけでなくGS諸国との協力が不可欠である。GS諸国は、歴史・文化や経済状況が多様で、都市化や高齢化、インフラ不足、食料や医療の脆弱性、気候変動問題等それぞれ異なる課題を抱えている。一方、日本もまた人口減少や労働力不足、資源の輸入依存等の課題が山積しており、GS諸国の成長と活力を活かすことが今後の日本国内の課題解決や成長に直結する。 日本政府は、2024年6月に「グローバルサウス諸国との新たな連携強化に向けた方針」を策定し、①日本の国益増進、②GS諸国との対等なパートナー関係の構築、③国際社会の協調促進を掲げており、具体的な方策として、多様なGS諸国の実情に応じた柔軟なアプローチ支援を明示している[2]。また、2024年12月発表の「インフラシステム海外展開戦略2030」でも、①GS諸国との「共創」による国際競争力強化、②経済安全保障への対応と国益の確保、③GX・DX等の社会変革への機会活用を柱として、GS諸国との「共創」を推進している[3]。 2. 日本政府、政府系機関、地方自治体、民間団体の支援メニュー 日本政府は、政府横断的な体制のもと、日本企業のGS諸国へのビジネス展開を多面的に支援している。2022年に設置された内閣官房・海外ビジネス投資支援室では、各省庁・関係機関と連携して海外ビジネスの準備段階から拡大段階に至るまでの4つのフェーズに対応した支援策を提供しており、日本企業が海外展開に必要な情報や制度を効果的に活用できる体制を整備している(図表2-1)。 図表2-1 海外ビジネス投資支援メニュー一覧 (出所)内閣官房海外ビジネス投資支援室の公開資料より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部一部加工 フード&アグリ分野の日本企業のGS諸国へのビジネス展開を支援する主要なスキームとしては、農林水産省や国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)をはじめとした各省庁・関係機関より、多様な制度が提供されている。ここでは特に支援件数が多い、経済産業省の「グローバルサウス未来志向型共創等事業費補助金(通称、グローバルサウス補助金)」及び国際協力機構(JICA)の「中小企業・SDGsビジネス支援事業(JICA Biz)」について紹介する。 グローバルサウス補助金は、GS諸国が抱える社会課題を、日本企業がビジネスを通じて解決することを支援するための制度である。令和5・6年度補正予算において合計約2,900億円が計上されており、小規模案件を対象とする「FS事業/小規模実証[4]」と、大規模インフラ整備等を含む「大規模実証[5]」の2区分で幅広く支援を実施している[6](図表2-2)。「グローバルサウス補助金」の2024年度の採択状況は、「FS事業/小規模実証」では、計3回の公募で490件の応募に対し226件が採択され、採択率は46%であった。一方、「大規模実証」では、対ASEAN諸国対象事業として年間38件の応募に対し20件が採択され、採択率は52%であった。 これに対し、JICA Bizは、開発途上国の課題解決と日本企業の海外ビジネス展開を同時に支援することを目的としており、企業側の費用負担や調整コストが少なく、JICA選定のコンサルティング会社によるハンズオン支援および対象国・地域のネットワーク活用を特徴としている(図表2-2)。JICA Bizは、企業規模やビジネスモデルの構築段階に応じて「ニーズ確認調査」と「ビジネス化実証事業」のスキームに区分され、「ニーズ確認調査」は1件あたり上限1,500万円、「ビジネス化実証事業」は1件あたり上限4,000万円が支給される。2024年度の採択件数は、両スキーム合わせて計57件で、うち約95%が中小・中堅企業向けの支援となっていた。 グローバルサウス補助金とJICA BizはそれぞれGS諸国とのビジネス連携や「共創」を促進する重要な支援ツールである一方で、支援額や対象企業、負担率、その他の支援内容に相違があるため、応募企業は自社の事業規模、戦略、資金状況を踏まえ、両スキームのメリット・特徴を考慮した最適な支援制度を選択することが重要である。 図表2-2 グローバルサウス補助金とJICA Bizの比較 (出所)経済産業省とJICAHPの公開資料より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 3. GS諸国とのフード&アグリ分野での「共創」トレンド 日本政府は、GS諸国との「共創」において、フード&アグリ分野を重点政策の一つと位置づけ、「グローバルサウス諸国との連携強化」や「インフラシステム海外展開戦略2030」でも、食料サプライチェーンの強化や農業由来の温室効果ガス(GHG)削減、持続可能な農業と農業生産者の所得向上を目指す方針を示している。また、農林水産省は、新たに、2025年5月に「農林水産分野GHG排出削減技術海外展開パッケージ(MIDORI∞INFINITY)」を発表し[7]、日本発の技術を整理・明確化した上で、これらの技術を持つ日本企業や研究機関のグローバル展開を推進している。 フード&アグリ分野の日本企業は、これまで紹介した政府機関の各種公的支援スキームを活用しつつ、GS諸国への進出を積極的に進めており、同分野における「グローバルサウス補助金」や「JICA Biz」の2024年度の採択実績は計76件(「グローバルサウス補助金」59件、「JICA Biz」17件)に上る。本章では、これらのデータから見えてくる同分野の日本企業のGS諸国での進出地域や活用アプローチの傾向を整理した。 (1)フード&アグリ分野における日本企業によるGS諸国の進出地域 東南アジアは経済成長が著しく、日本企業の事業展開が活発であることから、「グローバルサウス補助金」34件、「JICA Biz」8件と両スキームで最多の案件が採択されている(図表3-1)。アフリカも成長ポテンシャルが高く、両スキームで一定数の案件が進んでいる。南アジアや南米は大規模事業を中心に「グローバルサウス補助金」の採択が多い一方、「JICA Biz」の採択は少数である。両スキームは地域の経済状況や企業活動に応じて柔軟に活用されており、GS諸国への進出において補完的な役割を果たしている。 図表3-1 「グローバルサウス補助金」と「JICA Biz」のフード&アグリ分野におけるエリア別採択件数(2024年度) (出所)経済産業省とJICAHPの公開資料より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (2)日本発イノベーションの主要トレンド フード&アグリ分野における日本企業のGS諸国への主要なアプローチを以下5つの【A】から【E】のカテゴリーに整理し、さらに、前編にて取り上げたGS諸国の共通する5つの課題(【1】食料安全保障の脆弱性、【2】GHG排出と気候変動への対策不足、【3】労働力と人的資源の制約、【4】技術導入のための資金力不足、【5】市場アクセスの困難さ)に対する貢献度を示した(図表3-2)。 図表3-2 GS諸国への主要なアプローチとGS諸国の社会課題に対する貢献 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 【A】 スマート/デジタル技術導入 IoT、AI、ドローン、ナノバブル発生装置等の先端技術を農林水産業分野に導入し、作物の生育状況や家畜の健康状態をリアルタイムで詳細に観測・解析することで、生産性や品質の安定化を図っている。本アプローチは、例えば、ウクライナでのナノバブル技術を用いた農業再生支援や、ベトナムでの水田用自動抑草ロボット「アイガモロボ」の導入、インドネシアのAI解析による水産資源管理等、各国の多様な農業生産の環境にて適用されている。 【B】 持続可能な農業と気候変動への適応強化 地球温暖化対策として節水農法や農業廃棄物を利用したバイオ炭の生産等、低炭素農業への技術導入も活発である。また、これに関連して、導入した技術によるGHG排出削減を評価し、その削減量の取引を可能とする二国間クレジット制度(JCM)[8]も含めたカーボンクレジットに関する取り組みも注目されている。実際に、フィリピンではJCMを活用した節水稲作、タイではバイオ炭活用による水田のGHG排出削減、ブラジルでは下水汚泥を活用したバイオ炭活用に関する調査がそれぞれ行われている。これらの取り組みは、気候変動への対応策や適応策となるだけでなく、グリーントランスフォーメーション[9](GX)推進の一環として、持続可能な農業の推進にも貢献する。 【C】 バリューチェーンの構築・強化 農産物や畜産物の品質向上と加工・流通の効率化に対する取り組みも重要である。例えば、タンザニアにて、コメ及び穀物の品質向上・収穫後ロス低減の為の高精度水分計の導入調査が進められている。また、ベトナムでの農業機械導入による水田間作[10]の促進も挙げられる。バリューチェーンの構築・強化関連では、ベトナムの高品質・低炭素米、ブラジルの大豆・トウモロコシやタイでのバナナに関する事業も実施されている。これらの活用は、農業生産者の所得向上や地域経済の活性化、そして日本企業の現地との連携促進による新たな市場の創出にも貢献することが期待されている。 【D】 未利用資源・食品廃棄物の資源化促進 未利用資源や食品廃棄物をアップサイクル[11]し、バイオ燃料や肥料、更には工業用の新素材に再生する取り組みも注目されている。具体的には、マレーシアにおける食品廃棄物の低温炭化装置の開発やパーム農業残渣のバイオマスへの利用、モザンビークでのジャトロファ[12]を活用したバイオ燃料のサプライチェーン構築、ネパールでの有機廃棄物のコンポスト[13]への再資源化に関する取り組み等が実施されている。農業由来の廃棄物を単なるゴミとして捉えるのではなく、価値ある資源として循環利用することは、環境負荷の軽減、地域経済の活性化、そして循環型の持続可能な農業システムの構築に貢献している。 【E】 バイオテクノロジーや新技術の活用 バイオテクノロジーを活用した農業生産性の向上や新資材や代替製品の開発が進んでいる。例えば、ベトナムでの植物成長促進剤(バイオスティミュラント[14])を使用した環境ストレス耐性のあるコメ生産に関する調査が行われている。また、タイでは、非可食糖を利用した人工タンパク質粉末の製造、微細藻類を用いた産業排ガスのCO2固定化技術の開発も実施されている。また、これらの新技術は、農業生産を支援するだけでなく、食料の多様化や環境負荷の軽減にも貢献し、イノベーションへのニーズが大きく、先進国に比べて法律や制度も十分に整備されていないGS諸国でこそ実用化が早く進む可能性が高く、新産業への発展としても期待されている。 4. GS諸国が抱えるフード&アグリ分野の課題解決に挑戦するスタートアップの事例紹介 前章にて、GS諸国が抱えるフード&アグリ分野に関連した課題解決に挑戦する日本発の技術やアプローチのトレンドを整理した。本章では、実際に自社が持つ技術・製品を通じて、GS諸国との「共創」に取り組む日本発のスタートアップを3社紹介する。 (1)高機能バイオ炭で拓く持続可能な農業と地球・宇宙の未来 株式会社TOWINGは、「サステナブルな次世代農業を起点とする超循環社会を実現する」をミッションに、2020年2月創業の名古屋大学発のグリーン&アグリテックスタートアップである。地域の未利用バイオマスの炭化物に独自に選別・培養した土壌由来の微生物群を付与する技術を用い、高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)[15]」を開発・製造・販売およびそれに関連する技術サービスの提供を行っている。宙炭は農地の土壌肥沃度向上や作物の品質改善、収穫量増加に貢献するほか、GHG排出削減や資源循環の促進にも寄与する。同社は、これまで累計約29.5億円の資金調達を実現し、高機能バイオ炭に関する更なる研究開発および国内製造拠点の拡充、そして海外事業拡大に向けた体制構築を進めている。 同社は、グローバルでも存在感を強めている。2025年4月には、International Biochar Initiative(IBI)[16]と共同で、日本国内で初となる国際的なバイオ炭カンファレンスを主催し、グローバルで盛り上がりを見せる「農業×バイオ炭市場」を主導している。また、GS諸国における事業展開では、「グローバルサウス補助金」を活用し、タイにて微生物培養プラントの現地実装及び大型化プロジェクトを開始している。また、ブラジルではJICAや農林水産省と連携しながら、劣化牧草地の再生に向けた高機能バイオ炭の適用可能性や実証栽培の検証を行い、現地の研究機関との連携強化を図っている。これら国内外の活動を通じて、同社は、現在グリーン&アグリ領域のプロフェッショナルカンパニーとして、グローバルな食料問題の解決に挑戦している。 図表4-1 タイ・カセサート大学との研究協力の調印式 (出所)株式会社Towing提供 (2)衛星×AIで環境負荷削減の推進と農家の所得向上に挑戦 サグリ株式会社は、2018年に設立された岐阜大学発のスタートアップとして兵庫県丹波市に本拠を置き、衛星データと人工知能(AI)を活用して農地解析と営農支援を行っている。創業者の坪井氏は、2016年にルワンダで親の手伝いのために農業に従事し学校に行けない子供たちの現状に衝撃を受け、宇宙分野の知識を活かして非効率な農業生産の課題解決を 目指し同社を設立した。現在、同社は、国内外で衛星データや土地区画データをもとに独自技術で農地の見える化を実現し、耕作放棄地の検出、作物分類の推定、農地と人をつなぐマッチング、といった4つのサービスを軸とした農地の効率的活用や営農支援を行っている。 特に持続可能な農業と食料生産体制の構築、そして脱炭素社会の実現に向けて、海外でも、これまでアジアやアフリカ等、14カ国で事業を展開し、計10万を超える農家にサービスを提供してきた。AIにより収集・解析した衛星データをもとに、化学肥料から有機肥料への転換による亜酸化窒素の排出削減や、間断灌漑技術[17](AWD)を用いた水田からのメタン排出削減を通じたカーボンクレジット創出事業にも着手している。2024年11月からは、カンボジア・プルサット州にてAWDの実証実験を開始し、農家の所得向上と持続可能な農業の実現を目指している。さらに2024年も、VCやCVC、事業会社等から約10億円を調達し、これを背景に海外展開を加速させており、GS諸国での事業強化を進めている。「グローバルサウス補助金」や「JICA Biz」も活用し、中南米地域にて日系移民社会での営農最適化、肥料コストの削減、そしてカーボンクレジット創出による所得向上にも取り組んでおり、日本発ベンチャー企業として世界に飛び出し、農業の環境負荷低減や持続的社会の実現に向けて取り組んでいる。 図表4-2 現地の「共創」パートナー達と坪井代表 (出所)サグリ株式会社提供 (3)現地の植生を活かしたバイオ燃料開発 日本植物燃料株式会社は、2000年に設立され、アフリカ・モザンビークにて電子農協[18]基盤「Agroponto」の開発・運営を手掛け、小規模農家の組織化と農家の市場アクセス改善、生計向上を図ってきた。さらに同社は、農作物取引の電子化により公正で記録可能な取引プラットフォームを構築し、NFC[19]カードを用いた電子バウチャー事業で物資配布や購入補助金管理の効率化を図り、地域の農業基盤強化に貢献してきた。 同社は、20年以上に渡りモザンビークにて、ジャトロファ[20]を活用したバイオ燃料の研究開発と生産にも取り組んでおり、現地の農業発展と環境保全を両立させる持続可能なバイオ燃料事業を推進している。ジャトロファは乾燥や過酷な環境に強い非可食作物であり、食料生産と競合せずに栽培可能であることから、地域の荒地緑化やフェンス植樹、剪定枝や搾油残渣のバイオ炭活用による土壌改良等、多角的な用途・機能がある。研究を重ね、在来種と比べて約50倍の収量を誇るジャトロファ品種の開発に成功している。 現在、同社は、「グローバルサウス補助金」も活用しながら、モザンビーク北部のナカラ港からマラウイ、ザンビアへと繋がるナカラ回廊沿いにて、高収量品種のジャトロファを栽培し、バイオ燃料として供給している。それにより海事海運産業の脱炭素化、農家の所得向上、そしてアフリカ地域の社会経済基盤の強化を推進している。年間40万トンのバイオ燃料生産を目指しており、この生産量は、日本国内で1年間に回収される廃食油の総量に匹敵する。さらに、同社は、搾油後の残渣等のバイオマスを活用してカーボンクレジットの創出も目指しており、これにより年間最大800万トンのCO₂排出削減・除去が可能となる。 図表4-3 現地の社員と対話する合田代表 (出所)日本植物燃料株式会社提供 5. 日本企業がGS諸国にて持続的なフード&アグリ分野の事業展開を実現するための考察 最後に、これまでの内容を踏まえて、筆者が考える、日本企業がGS諸国に進出し、持続可能かつ効果的な事業展開を実現するための要諦として、以下の3点を提言したい。 (1) GS諸国を対等なパートナーとして捉えた「共創」に基づく事業モデルの構築 現地の文化や慣習、ニーズを深く理解し、信頼関係を築ける適切なパートナーの発掘・連携が不可欠である。GS諸国は文化・社会・経済環境が多様であり、スケジュール感や根回しといったビジネス上の慣習やSNSやメール等のコミュニケーション手段の違いから、日本流の考え方や仕事の進め方がそのまま通用しない場合が多い。特に、日本国内でよく見られる「阿吽の呼吸」による暗黙の了解や非言語的な意思疎通は、文化や言語の異なるGS諸国では通用しづらいため、一層明確かつ丁寧なコミュニケーションが求められる。したがって、一方的に日本のやり方を押し付けるのではなく、GS諸国を対等なパートナーとして捉え、その歴史や文化、慣習、価値観を十分に理解し、相手の視点やニーズに立脚した現地化された事業モデルの構築が求められる。 特に、フード&アグリ分野においては、現地パートナーは地域の文化・慣習、農業技術、気候条件、市場環境を熟知しているだけではなく、行政機関や農家団体、流通業者等との強いネットワークを有しており、これらを活用することで市場参入や事業拡大が迅速に進められる。前章で紹介した各企業も、現地の研究機関や政府機関と連携し、社会課題とニーズに適合した技術実証と事業展開を進めることで、地域に根ざした課題解決に挑戦している。こうした双方向の対話を通じて、現地パートナーと信頼関係を築き、ともに課題解決や価値創出に取り組む「共創」による事業展開こそが、持続可能で実効性の高い成果を生み出す鍵である。 (2) GS諸国の「サンドボックス」としての活用とリバースイノベーションの展開 GS諸国ではイノベーションへのニーズが高く、先進国に比べて法律や制度が十分に整備されていないため、規制の制約をあまり受けることなく先端技術の実用化が比較的早期に進みやすい。また、現地の労働コストや運営コストが先進国と比較して相対的に低い点も大きな特徴である。フード&アグリ分野の先端技術は、研究開発から商業化に至るまでに規制当局や利害関係者との調整、高額な資金調達が必要となることから、一般的には約10年以上、早くとも5年程度の期間がかかる。このため、日本企業はGS諸国を「サンドボックス」[21]として活用し、先端技術の実証や大規模なフィールドテストを実施することで、日本国内や他の先進国と比較して、比較的少ない資金かつ短期間での商業化や事業拡大を実現できる。さらに、多様な現地の課題やニーズに適合させて実用化した社会課題解決型の技術・製品・サービスは、他のGS諸国への横展開にとどまらず、「リバースイノベーション」として、規制が厳しい日本を含む先進国にも導入可能であり、新たなイノベーションの種を生み出すことができる。前章で紹介したサグリ社も、衛星データやAI技術を活用してGS諸国の農業効率化と持続可能性の向上に取り組むと同時に、そこで得られたノウハウや知見を日本国内の持続可能な農業モデルの創出に活かしている。このように、GS諸国は技術実証の場としてだけでなく、グローバルなイノベーション創出の重要な拠点であり、日本企業にとっては競争力強化と事業成長を加速させる戦略的な舞台であると言える。 (3) 公的支援制度の効果的な活用による事業推進 「グローバルサウス補助金」や「JICA Biz」等の公的支援制度は、支援金額や対象企業、負担率、コンサルティング支援の有無等、支援内容に違いがあるため、応募企業は自社の事業規模や戦略、資金状況を踏まえ、これらを含む多様な公的支援制度を適宜活用・乗り換えながら、最適な制度を選択することが重要である。また、公的支援の利点は金銭面にとどまらず、現地の日本国大使館やJETRO事務所、JICA事務所が有する人的なネットワークも活用できる点も強調したい。これらの機関は、GS諸国のフード&アグリ分野に関連する政府機関や民間企業と関係を築いており、信頼できる現地パートナーや事業推進に必要なキーパーソンの紹介を通じて、現地での事業の認知度向上や規制対応、ネットワーク形成を後押しすることが可能である。さらに、フード&アグリ分野では、農林水産省、経済産業省、JETRO、JICAをはじめとする公的機関が、毎年企業派遣ミッションを通じて、現地パートナー企業とのマッチングの機会を提供している。前章で紹介した各企業もまた、GS諸国で出会った人や課題に対する原体験をきっかけに、GS諸国との「共創」の事業に取り組んでいる。GS諸国への進出を目指す日本企業は、このような機会を積極的に活用しつつ、公的支援制度による資金面でのメリットを享受するとともに、各機関が有する豊富な人的資源を効果的に引き出すことが、事業展開を円滑に進めるうえで極めて重要な成功要因となる。 おわりに 日本の食料自給率は、カロリーベースで40%を下回っており、また労働者人口も年々減少しており、食料安全保障のみならず、日本という国を存続させるためにはGS諸国を含めた他国との共存が不可欠となっている。そのような中、日本がGS諸国から「選ばれる」ためには、一方的に日本のやり方を押し付けるのではなく、相手国の内なる声に耳を傾け、日本発の技術をGS諸国に展開していくことが重要である。今回事例として紹介した3社に加えて、フード&アグリ分野で先進的にGS諸国と「共創」に取り組む日本企業は多く存在する。また、日本企業がGS諸国で持続的に事業を展開していくためには、数年単位の事業への投資コミットメントが必要となるため、あらゆる角度から公的支援制度を効果的に活用しながら、継続して事業に取り組むことが必要と考える。 [1] 「グローバルサウスの台頭とフード&アグリビジネスの可能性(前編) - グローバルサウス諸国のフード&アグリ分野の課題 -」野村證券HP (https://www.nomuraholdings.com/jp/sustainability/sustainable/fabc/data/20250618_2.pdf) [2] 「グローバルサウス諸国との新たな連携強化に向けた方針 概要」内閣官房HP (https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kaigai_business/pdf/gsc_summary.pdf) [3] 「インフラシステム海外展開戦略2030」首相官邸HP (https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keikyou/dai58/siryou6.pdf) [4] 「実証」は設備や装置の導入を伴うもの、「FS(フィージビリティ・スタディ)」は伴わないものという区分けになっている。 [5] 「大規模実証」は、さらに対東南アジア諸国連合(ASEAN)[5]加盟国と対非ASEANに分けられる。 [6]また、令和6年度補正予算から、ウクライナ現地及び周辺国の破壊されたインフラ再建やエネルギー供給等による復興を支援するために、「ウクライナ復興支援・中東欧諸国等連携強化」スキームも追加されている。その他、委託事業として、対象国・地域の長期的な発展を計画的に進めるための包括的な計画「マスタープラン」の策定事業も実施している。 [7] 「農林水産分野GHG排出削減技術海外展開パッケージ 概要」農林水産省HP (https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/kankyo/attach/pdf/250530-9.pdf) [8] 途上国等への優れた脱炭素技術等の普及や対策実施を通じ、実現したGHG排出削減・吸収への我が国の貢献を定量的に評価するとともに、我が国の国別削減目標(NDC)の達成に活用する制度。 [9] 化石燃料中心の社会から脱炭素社会に向けて再生可能なクリーンエネルギーに転換していく取り組みのこと。 [10] 水田で稲の収穫後に他の作物を栽培する農法。 [11] 廃棄物等を単にリサイクルするのではなく、元の素材や製品よりも高い価値や品質のある新しい製品や材料に変換・再利用すること。 [12] 熱帯地域を中心に自生・栽培される植物で、種子に含まれる油脂からバイオディーゼル燃料を生産できることから、再生可能エネルギー資源として注目されている。 [13] 生ゴミや農業廃棄物、落ち葉等の有機廃棄物を微生物の働きで分解・発酵させて、土壌の肥沃度を高める肥料(堆肥)に変える自然循環の技術。 [14] 植物の成長を促進し、ストレス耐性や栄養吸収効率を高めるために使用される天然由来の物質や微生物製剤。 [15]「 宙炭」は、TOWINGの独自前処理技術と微生物培養技術を農研機構の技術と融合して開発した土壌改良資材である。土壌の健康を改善し、化学肥料削減や有機転換を促進するとともに、作物の品質・収量向上に寄与する。一般的なアルカリ性バイオ炭とは異なり中性に近いため、単独使用でも作物が良好に育つ特徴を持つ。さらに、地域の未利用バイオマスのアップサイクルや農地での炭素固定を通じて温室効果ガス削減を可能とし、環境再生型(リジェネラティブ)農業の推進に貢献する革新的なソリューションである。 [16] バイオ炭の研究・開発・普及を推進するアメリカの非営利団体。 [17] 水田に水を張る湛水(たんすい)と、水を抜く落水を繰り返す農法で、栽培期間中に土壌を適度に乾燥させることで、水の使用量を削減するとともに、田んぼからのメタン排出を抑制する農業技術。 [18] 「電子化された農業協同組合」のことであり、農業協同組合(農協)の業務やサービスをデジタル技術やICT(情報通信技術)を活用して効率化・高度化した仕組みや組織を指す。 [19] 近距離無線通信技術の一つで、数センチ程度の近距離でデータの送受信を行うことができる規格。スマートフォンやICカード等の間で非接触にて通信が可能で、決済や認証、情報交換等、幅広い用途に使われている。 [20] トウダイグサ科に属する耐乾性の高い非食用の植物で、主に熱帯・亜熱帯地域で栽培されている。種子には高い油分を含み、持続可能なバイオ燃料の原料として注目されている。 [21] 新規事業や革新的なサービス・技術を、既存の規制や制約を一定期間・限定的に緩和した環境下で試験的に実施できる制度や仕組み。 ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会
-
07/19 15:00
生物多様性と今後の企業の在り方(後編)
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニアコンサルタント 遠藤 暁(2025年7月15日) 前編では、ハーマン・デイリーのピラミッドを用いて社会全体における自然資本の位置づけを確認し、生物多様性に関する歴史を概観した後で、一つの分かりやすい例として、森林・林業・木材産業と生物多様性の関連を取り上げた。後編では、企業側の視点、つまり企業の社会的責任の変遷からスタートし、国際的な枠組みの例としてエクエーター原則や世界銀行EHS(環境・衛生・安全)ガイドラインなどを概説し、非財務情報開示の関心の高まりに触れて、今後の企業経営における生物多様性の重要性を述べる。 1.企業の社会的責任(CSR)と生物多様性 1) 生物多様性を企業の社会的責任とした提言の系譜 戦後、日本経済の再建・復興を目的に設立された日本経済団体連合会(以下、「経団連」という)は、1973年に企業の社会的責任について、「福祉社会を支える経済とわれわれの責任」という提言を行っている。企業は経済活動だけでなく、社会全体に責任を負うという考え方を示したもので、以後のCSR活動の第一歩となった。その後、1991年に「経団連地球環境憲章」を発表し、前編で述べたハーマン・デイリーのピラミッドにおける自然資本の位置づけにつながる基本理念がうたわれている。 経団連地球環境憲章基本理念(一部抜粋) 「企業の存在は、それ自体が地域社会はもちろん、地球環境そのものと深く絡み合っている。その活動は、人間性の尊厳を維持し、全地球的規模で環境保全が達成される未来社会を実現することにつながるものでなければならない。」 さらに、2003年に「日本経団連自然保護宣言」が発表され、ここで生物多様性の保全ということが明確に示された。考え方としては、20年以上前に示されており、ここ数年で出てきた言葉ではないことが分かる。 日本経団連自然保護宣言(一部抜粋) 「私たちは、私たちを取り巻く大気圏や生物圏、あるいは水の循環圏などについて、一層理解を深めるとともに、人類にとって多様な生物が共存することが、豊かな生活環境をもたらすものであることを改めて認識し、生物多様性の保全を重視した自然保護活動を推進する必要がある。」 企業の社会的責任は、1990年代にはメセナ(文化貢献活動)と結び付けられてきたが、2000年代に入り、ESG(環境・社会・ガバナンス)という考え方が台頭してくる。その起源は実際には古く、1920年代に宗教上の理由からタバコ、アルコール、ギャンブルなどの業界への投資を禁止したことが始まりと言われている。その後、国際金融公社(IFC)が2004年に発表した「Who Cares Win」という報告書の中で用いられたことで広く知られるようになり、2006年の国連の責任投資原則(PRI)で一般化した。図表1の通り、責任投資を行う際に考慮すべきESG課題の環境分野に生物多様性が含まれている。 図表1 責任投資を行う際に考慮対象となるESG課題 (出所)国際連合「責任投資の入門ガイド」 ESG投資は、投資家が投資先の財務情報以外にESGの取り組みを評価して選別し、さらにその継続を促していくもので、ESGに取り組む企業は、取り組まない企業に比べて長期的なリターンを大きいとする評価が多くされてきた。生物多様性あるいは自然資本と直接関係するのは、上記ESG課題のうち環境の部分であるが、それを実践していく中では、多様性の確保や社会課題の解決意識の醸成、ガバナンスの強化などのESG課題全てが企業価値を押し上げていると言える。 2)プロジェクトファイナンスにおける生物多様性の保全の考え方 次に、プロジェクトファイナンスにおいて金融機関に課されるエクエーター原則を取り上げる。まず、プロジェクトファイナンスとは、発電や鉱物資源開発などの個々の「プロジェクト」に対して、その事業性に依拠してファイナンスを行う取引を指す。通常の事業法人向け融資取引と大きく異なる点は、一般的に第三者保証は求めず、プロジェクトが保有する資産以外の担保も求めない点である。大規模なプロジェクトファイナンスでは、複数の国際金融機関が協調して融資を行うケースが多く、その際にプロジェクトの事業性を財務的な観点から定量的に審査することに加えて、エクエーター原則に則った定性面の審査も行われる。 エクエーター原則では10の原則が定められており、その中の原則2「環境・社会アセスメントの実施」に、生物多様性の保護と保全が潜在的な問題の一つとして挙げられている。一例として、北海道の天然記念物であるオオワシやオジロワシの生息が確認されている地域における風力発電所建設プロジェクトを挙げると、風車へのバードストライク防止などの措置がされていない場合は、融資を行わないといった対応がされる。当然ながら、資材搬入用の道路建設などでも森林伐採への配慮が求められると同時に、先住民族であるアイヌ民族への配慮も必要となる。 また、プロジェクトファイナンスでは、世界銀行グループ環境・衛生・安全(EHS)ガイドラインに従うことが求められるケースが多い。特に、各国の輸出信用機関や政府系金融機関と協調融資を行う際は、EHSガイドラインを遵守することが必須である。EHSガイドラインは、環境、衛生、安全に関する技術文書であり、一般的事項とセクター別事項に分けられており、プロジェクトの内容によって、従うべき環境汚染基準などが定められている。このガイドラインの中では、生物多様性について明確には述べられていないが、大気汚染や水質汚染の基準値や対策手法、モニタリング手法などが記されており、間接的に生物多様性の保護を求めている。こういったガイドラインを工場の新設などにおいて参考にすることも、企業の社会的責任を果たす手段として考えられる。 3) SDGsにおける生物多様性保全活動 2015年に国連で採択されたSDGsは、かなり一般にも浸透してきた。17の原則のうち、14「海の豊かさを守ろう」と15「陸の豊かさも守ろう」の二つが生物多様性に直接関係しており、各企業においても、例えば海洋プラスチック問題解決のために脱プラスチックを進める、あるいは、社有林における生物種の調査を行うなどの動きが見られ、CSR報告書で開示する例も増えてきている。幼稚園や小学校でもSDGsに関する教育が行われており、環境保護への高い意識が醸成されて大人になった新しい世代が10年後あるいは20年後に、商品開発や経営企画などの分野で、当たり前のように生物多様性に配慮したビジネス活動をしていくように変わっていくだろう。 企業の社会的責任という観点からの生物多様性は、PRI、ESGからSDGsに至り、個人レベルの意識まで浸透してきた。社会全体をより良い方向へ変えていこうという動きの根本には、自然資本という考え方が明示的、非明示的に含まれている。誰もが感じる便利なモノが売れる時代はとうに過ぎ去っており、生活を豊かにするモノ、あるいは社会にとって良いモノが売れる時代へ変化している中で、自然資本を重視し、生物多様性に配慮することは、ヒトとして当然であり、企業活動においても根本となっていくと考えられる。 2.生物多様性に配慮したこれからの企業の在り方 1) 自然資本をベースとした経済活動原則 本稿で繰り返し述べてきた通り、人々の生活やビジネスなどあらゆる活動は、自然資本の上に成り立っている。温室効果ガスの増加など人為的な影響による洪水や大雨などの自然災害が顕在化したことで、ようやく自然資本あるいは生物多様性の保全の重要さが理解されてきた。これからの企業の在り方としては、この重要性を改めて認識し、ビジネスを組み立てていく必要性がある。日本の企業は、2度の石油ショックなどから、省エネを中心としたノウハウや技術の蓄積が他国に比べて多い。また、プラスチック製品や金属缶をはじめとする原材料として用いられる素材のリサイクル比率も高い。こういった取り組みは国内では当たり前のように理解されているが、他国と比較すれば、大きなアピール材料になる。日本企業の強みとして真摯にアピールすることはもっと行ってよいのではないかと筆者は考える。 生物多様性に配慮することは、その他の社会的責任とも密接に関係する。自然資本という共通の土台があること、また異質なものへの共感や自然への畏敬と言った点で、人権擁護やLGBTQ+の理解などにもつながっていく。生物多様性を出発点として、自らを取り巻く全方位への感謝や他者の尊重という意識を醸成する効果がある。生物多様性への配慮から、自然に触れ合うことに興味、関心が高まり、森林浴やハイキングなどを通じて、メンタルヘルスやストレス軽減へ役立ち、退職者の減少や定着率の向上など、経営にとって具体的なプラスの影響も期待できるだろう。 2) 商品・サービスへの新たな付加価値となる生物多様性 また、消費行動の大きな変化にも対応が必要である。大量生産大量消費の時代では、顧客は企業が生産する製品・サービスを受け取るだけであったが、様々な製品・サービスが普及してくると、今度はその内容や充実ぶりに目が向くようになり、さらに最近では、パーソナライズされた製品やサービスが求められるようになってきている。そして、製品やサービスが多様化し飽和する中で、顧客が企業を選ぶ時代に入ってきている。このような環境下で、重要となってくるのが、どういった価値を提供するか、という点である。機能やデザインといった点は、既に差別化できる要素ではなくなりつつあり、社会的な価値、つまり自然資本の重要性や生物多様性への配慮といった、ある意味でより高次元な価値を提供していかなければならない。これまでは、企業から顧客への一方向へのコミュニケーションであったが、これが双方向になり、今後は逆に顧客から企業へのコミュニケーション、あるいは選択といった動きが出てきている。特に消費者に近い企業であればあるほど、顧客の期待値の一歩先を行く意識を高くもつ必要がある。例として、アパレル業界では、スニーカーにリサイクル素材を使ったことをうたった製品が増えてきている。また、ジーンズでも、綿花の生産国、紡績工場、織物工場、縫製工場をジーンズ一本一本のポケット裏に印刷し、トレーサビリティを明示しているケースがある。 SNSにより、企業と顧客のコミュニケーションコストが大きく低下している現在、戦略的にマーケティングを行っていく必要がある。変に取り繕った映像などは、すぐに見破られ、企業イメージを破壊することにつながりかねない。大々的なCMや作られたイメージではなく、企業の真の姿をありのまま伝えることが必要だろう。そして、ありのままの状態でしっかりと生物多様性あるいは社会的責任を果たしていることが重要である。 図表2 企業と顧客のコミュニケーションの変化 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 3) 企業への共感を呼ぶ非財務情報の開示 社会的責任の取り組み状況のような、財務諸表に数値として現れにくい情報は非財務情報と言われ、企業価値を多角的に評価する上で、その重要性が注目されている。上場企業のみではなく、非上場、中小企業についても、広く非財務情報の開示を促していく動きが出てきている。メガバンクや地銀が中心となって2023年8月に設立された一般社団法人サステナビリティデータ標準機構は、中小企業向けの非財務情報の開示の羅針盤を提供する目的で、2024年2月に「非上場・中小企業向けサステナビリティ情報の活用ハンドブック」を発表している。この中では、企業が段階的に取り組みやすいように、入門、基本、応用の3区分で開示する情報の例示や、モデル事例集などを示している。非上場、中小企業であっても、例えば経済産業省の地域未来牽引企業に選定されている企業などは、非財務情報を開示することで、よりステークホルダー全体へのアピールとなり、従業員の満足度向上や取引拡大による地域経済のさらなる活性化など、企業内外へプラスの影響を及ぼすことが出来る。 3.おわりに 生物多様性については、言葉が先行し、何をどうしたらよいか、分かりにくいと考えている人が多い。しかし、前編で取り上げたハーマン・デイリーのピラミッドの通り、全ての企業活動は自然資本の上に立っている、と考えれば、自社のビジネスにおいて自然と接点をもつあらゆるプロセスにおいて、自然資本を尊重することが必要だということは自明だろう。出来るところから始めて、定期的にPDCAを行い、アップデートし、可能であれば外部の有識者やコンサルタントを入れることで透明性を確保することも検討すべきである。 本稿では、様々な基準や企業の社会的責任という観点と生物多様性の関係を考えてみた。既にいくつかは取り組んでいる企業も多いと思う。その中で、新しく生物多様性という観点を入れるだけで、ステークホルダー全体への企業イメージの向上、ひいては企業価値が向上していくと筆者は考える。森林・林業・木材産業は一つの分かりやすい例として前編で取り上げたが、企業が森林を保有し、利活用あるいは保護するという活動でも生物多様性の保全に大きく貢献できる。日本の森林は、その多くが収穫時期が来ているものの放置され、手入れがされていないといった問題点は何年も前から指摘されている。そのような放置林を利活用するアイディアを他産業の企業が持ち寄ることで、生物多様性の保護と林業の問題解決の両方を満たすことができる。 日本は、世界でも例を見ないほど、一つの国に様々な生物種が存在する貴重な国である。日本企業としては、自国の豊かな自然を活かせることは、一つの大きなアドバンテージになる。21世紀は間違いなく気候変動への対策が最重要となる中で、企業活動は温室効果ガス削減だけではなく、より高い視点から、生物多様性の保護を含めた持続的な事業活動へ変化していくことに対応する必要がある。 以上 ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会
-
07/19 09:00
【オピニオン】NATO防衛費増額合意、欧州防衛産業への波及効果
※画像はイメージです。 NATO(北大西洋条約機構)は、2025年6月24-25日の首脳会議で加盟国が35年までに防衛費を名目GDP比5%に引き上げることで合意しました。5%の内訳は、兵器購入などの中核的分野が名目GDP比3.5%、軍事関連インフラおよびサイバーセキュリティー関連が同1.5%で、従来よりも兵器や軍事システムの近代化のための比率を高くしています。 背景には、NATOの防衛費の内訳が、金額ベースで米国は約3分の2を占め、対GDP比で見ても欧州主要国やカナダが米国より低いことが挙げられます。ウクライナ紛争や米トランプ政権の意向などにより、自国周辺地域の防衛を強化する必要性が従来よりも高まったことも要因です。 各国の防衛費 (注)中国、ロシア、日本は防衛省による2022年時点の数値。それ以外はNATOによる2024年の推計値。NATOは為替についてはIMF(国際通貨基金)、GDPについてはOECD(経済開発協力機構)の数値から試算。防衛省によれば、中国の数値は上記の公表予算の数値より実際には著しく大きい。国旗は防衛費の金額が大きい3ヶ国を強調。(出所)NATOより野村證券投資情報部作成 これに先立つ24年3月、EU(欧州連合)の執行機関である欧州委員会は、欧州独自の防衛力を拡充するべく、「欧州防衛産業戦略」を公表しました。そして翌25年3月に、EUは特別首脳会議で「欧州再軍備計画」を全会一致で承認し、防衛強化のための総額8,000億ユーロの計画を公表しました。内訳は以下の通りです。 ① 防衛費をEUの財政ルールの対象から除外し、今後4年間で6,500億ユーロ拡大② 最大1,500億ユーロのEUから加盟国への融資「欧州の安全保障行動(SAFE)」 (安全保障・防衛への支出増加に用途を限定し、EUおよびウクライナからの調達を義務付ける条項付き) ドイツでは主要政党が防衛関連の財政支出を拡大することで合意し、25年3月に必要となる憲法改正が成立しました。欧州では拡張的な財政政策が計画通り実施された場合、名目成長率やインフレ率が従来よりも高くなることが想定されます。 欧州株式市場では、一部の防衛関連株が25年初来で上昇しました。EU域内での防衛関連投資の拡大により、従来に比べて関連企業の業績が向上すると考えられたためです。一方で、これらの企業の向こう1年間の予想1株利益を用いた予想PER(株価収益率)の水準は高く、株価は中長期的な業績の拡大をある程度織り込んでいると言えそうです。 戦車や弾薬、防衛システムなどを手掛ける独ラインメタルの売上高は、24年度から29年度にかけて約3.5倍に、同じく純利益は約6倍になると市場では予想されています。防衛関連企業の業績は、今後の各国の防衛費増額の進捗に左右されると考えられます。 独ラインメタルの売上高・純利益 (注)予想はLSEGによる2025年7月11日時点の市場予想平均。(出所)LSEGより野村證券投資情報部作成 ご投資にあたっての注意点
-
07/19 07:00
【来週の予定】参院選の結果、株式市場への影響に注目
来週の注目点:参議院議員選挙、主要国の企業景況感 7月20日(日)は、いよいよ参議院議員選挙の投開票日です。足元の報道によれば、自民党と公明党の連立与党が大幅に議席を減らす公算です。野村證券では、連立与党が過半数を維持した場合には25年度の現金給付、過半数割れの場合には25年度の現金給付と26年度の消費税減税が実施されると見ています。これらは一時的な景気押し上げ効果が期待できる一方、基調的な経済成長率及び物価上昇率を押し上げる効果は期待しにくいでしょう。仮に連立与党が大幅な過半数割れとなった場合には、政策の不透明感が高まり、株式市場が不安定となる可能性があります。また、拡張的な財政が継続するとの見方が強まった場合には、長期金利が一段と上昇するリスクには注意が必要です。 日本の経済指標は24日(木)に7月S&Pグローバル日本PMI速報値が発表されます。トランプ関税の影響が懸念されます。また、25日(金)に7月東京都区部消費者物価指数が発表されます。コアCPIは前年同月比+2.9%と、前月の同+3.1%から減速すると野村證券では予想します。米価格の下落に伴う食料価格の上昇一服が一因です。 米国では、7月29日(火)~30日(水)のFOMCを控え、 FRBは19日(土)から金融政策に関する発言を控えるブラックアウト期間に入ります。そのため、市場の注目は足元の経済指標に移ると見られます。23日(水)に6月中古住宅販売件数、24日(木)に7月S&Pグローバル米国PMI速報値、6月新築住宅販売件数、25日(金)に6月耐久財受注などの経済指標が発表されます。 ユーロ圏では、24日(木)にECBが金融政策理事会を開催します。今会合では政策金利が据え置かれ、9月、12月に追加利下げを実施すると野村證券では予想します。また、24日(木)にユーロ圏及びドイツの7月HCOB PMI速報値、25日(金)にドイツの7月Ifo企業景況感指数が発表されます。積極的な財政政策への転換や、ECBによるこれまでの利下げが景況感を押し上げると見ています。 (野村證券投資情報部 坪川 一浩) (注1)イベントは全てを網羅しているわけではない。◆は政治・政策関連、□は経済指標、●はその他イベント(カッコ内は日本時間)。休場・短縮取引は主要な取引所のみ掲載。各種イベントおよび経済指標の市場予想(ブルームバーグ集計に基づく中央値)は2025年7月18日時点の情報に基づくものであり、今後変更される可能性もあるためご留意ください。(注2)画像はイメージです。(出所)各種資料・報道、ブルームバーグ等より野村證券投資情報部作成 ご投資にあたっての注意点
-
07/18 16:17
【野村の夕解説】日経平均82円安 参議院議員選挙を前に上値重く(7/18)
(注)画像はイメージです。 本日の動き 18日の日経平均株価は、20日に行われる参議院議員選挙の投開票を控えて、上値の重い展開となりました。17日の米国株高の流れを引き継ぎ、日経平均株価は寄り付き前日比171円高の40,072円と、取引時間中としては7月4日以来2週間ぶりに4万円台を回復する場面もありました。しかし、7月に入って以降、上昇が続いていた値がさ株のアドバンテストや、前日引け後の決算発表を受けて、業績の先行き悪化への懸念が強まったディスコの株価急落が下押し圧力となり、日経平均株価は下落に転じました。最先端AI技術の導入でみずほフィナンシャルグループと提携を交わしたソフトバンクグループが1銘柄で日経平均株価を108円押し上げる上昇をみせたものの、参議院議員選挙を前に市場の様子見姿勢が広がる中、日経平均株価の戻りは鈍く、終値は前日比82円安の39,819円となりました。アドバンテストは前日比-4.44%、ディスコは同-8.79%となり、2銘柄で日経平均株価を168円押し下げました。 本日の市場動向 ランキング 本日のチャート (注)データは15時45分頃。米ドル/円相場の前日の数値は日銀公表値で、東京市場、取引時間ベース。米ドル/円は11:30~12:30の間は表示していない。(出所)Quickより野村證券投資情報部作成 今後の注目点 20日は参議院議員選挙の投開票日です。各種観測報道にあるように与党過半数割れとなった場合、財政悪化や日米関税交渉進展の遅れに対する懸念が強まり、株式市場の変動が大きくなる可能性があることから、注意が必要です。 (野村證券投資情報部 秋山 渉) ご投資にあたっての注意点
-
07/18 12:00
【今週のチャート分析】6月下旬の変化で見えた、日経平均中長期上昇シナリオ
※画像はイメージです。 ※2025年7月17日(木)引け後の情報に基づき作成しています。 25日移動平均線を下支えとして再度4万円台へ 今週の日経平均株価は、円安進行が好感された一方、週末の参議院議員選挙や米関税政策に対する警戒感などから、上値は限定的でした。 チャート(図1)でこれまでの動きを見ると、6月下旬に5月以降の中段保ち合いを上放れし、年初来高値(6月30日、ザラバベース:40,852円)をつけました。その後は押しが入りましたが、これまで下支えとなってきた25日移動平均線(7月17日:39,325円)が今回も下支えとなっており、今後も同様の動きが続くか注目されます。仮に同線を割り込んだ場合は200日線(同:38,151円)が次の下値メドとして挙げられます。 (注1)直近値は2025年7月17日時点。(注2)トレンドラインには主観が入っておりますのでご留意ください。(出所)日本経済新聞社より野村證券投資情報部作成 一方、週足チャート上(図2)では、6月下旬の大幅上昇により、52週移動平均線(7月17日:38,031円)と昨年7月高値以降の下降トレンドライン(6月中旬:38,300円前後)を明確に上抜けました。これにより中長期上昇トレンド入りの可能性が高まっています。この先4万円台を回復となれば、年初来高値(6月30日:40,852円)更新を目指す動きが期待されます。 (注1)直近値は2025年7月17日時点。(注2)トレンドラインには主観が入っておりますのでご留意ください。(出所)日本経済新聞社より野村證券投資情報部作成 夏枯れを越えて高値更新なるか、2027年には5万円台への試算値も 日経平均株価は6月末に4万800円台を付けたものの、その後は上値の重い展開が続いています。今回は4月以降の動きを振り返り、中長期的な視点で今後の見通しを考えてみましょう(図2・図3)。 日経平均は今年4月の安値形成後に急速に上昇しましたが、52週移動平均線付近で一時的に戻り待ちの売りが優勢となりました。この52週線は1年間の週末終値の平均で、実質的に年間のコストとして意識されやすいためです(図2)。 しかし、6月下旬には中東情勢の緊張緩和や米ハイテク株の上昇を背景に、下降トレンドラインと52週線を明確に上抜けました。これにより、今年4月安値付近まで再度下落するリスクが低下し、中長期の上昇トレンドに入った可能性が高まっています。 7月に入って一時調整していますが、夏枯れ相場となっても52週線が下支えとなる動きが期待されます。調整後の上昇が続けば、まずは昨年7月の史上最高値更新が注目されます。前回の中長期上昇局面(22/3~24/7)の上昇倍率(1.7倍)や上昇期間(約2年)を今年4月安値に当てはめて試算すると、2027年には5万円台の達成も視野に入っています(図3)。 (注1)直近値は2025年7月17日時点。(注2)トレンドラインには主観が入っておりますのでご留意ください。(注3)日柄は両端を含む。(出所)日本経済新聞社、各種資料より野村證券投資情報部作成 (野村證券投資情報部 岩本 竜太郎) ご投資にあたっての注意点
-
07/18 08:08
【野村の朝解説】堅調な指標受けS&P500は最高値更新(7/18)
(注)画像はイメージです。 海外市場の振り返り 17日の米国株式市場は続伸、S&P500、ナスダック総合指数は過去最高値を更新しました。6月の小売売上高は前月比+0.6%と5月の同-0.9%から反発し、市場予想(同+0.1%)を大きく上回ったうえ、新規失業保険申請件数が5週連続で減少したことが好感され、景気敏感株が株高をけん引しました。為替市場では米ドルが主要通貨に対して全面高となり、対円では一時149円台に乗せ、その後も148円台半ばで推移しています。米国では本日、7月ミシガン大学消費者マインド指数(速報)の発表が予定されており、消費者の購買意欲とインフレ期待の行方が改めて注目を集めそうです。 相場の注目点 今週、米国では6月CPI、PPIが発表されました。いずれも全体のインフレ率は落ち着いていたものの、内訳を見れば関税の影響が確認できる内容でした。このため、パウエル議長を筆頭とした金利据え置き派にとっても、ボウマン副議長(金融監督担当)やウォラー理事など早期利下げ派にとっても政策姿勢を転換する材料にはならなかったと見られます。7月29-30日のFOMCでは金利据え置きが予想されるものの、年後半には2回程度の利下げとの見方も維持されるとみられます。 日本では7月20日に参議院選挙の投開票が行われます。自民・公明両党で過半数を維持できれば、政策は「現状維持」が想定されます。米国との貿易交渉は再開、年末にかけて補正予算策定に向けガソリンの暫定税率の廃止などを交渉材料に野党との協議が始まると予想されます。一方で、与党が過半数を割り込んだ場合は、石破政権の退陣の有無次第で、対米貿易交渉の行方や財政政策、金融政策の見方にも影響が及び、シナリオが一気に複雑化します。金融市場は先行き不透明感を嫌いますので、市場の初期反応は「日本売り」となるリスクがある点には注意が必要です。 (野村證券 投資情報部 尾畑 秀一) (注)データは日本時間2025年7月18日午前7時半頃、QUICKより取得。ただしドル円相場の前日の数値は日銀公表値で、東京市場、取引時間ベース。CME日経平均先物は、直近限月。チャートは日次終値ベースですが、直近値は終値ではない場合があります。 ご投資にあたっての注意点
-
07/17 16:37
【野村の夕解説】半導体企業の好決算が支え 日経平均は一転237円高(7/17)
(注)画像はイメージです。 本日の動き 16日の米国株式市場では一部の半導体関連株が下落しました。また、17日の寄り付き前には日本の6月貿易収支が公表され、米国向けは自動車輸出を中心に3ヶ月連続で減少しました。これらを受け本日の日経平均株価は前日比171円安の39,492円で始まり、値がさの半導体関連株や輸出関連株の下落が重石となり、一時前日比292円安となりました。その後、FRBのパウエル議長の解任騒動をきっかけとした円買い・ドル売りが一巡し、米ドル高円安が進行しました。円安進行と足並みを揃え株価の下落は一巡し、午後には一転上昇となりました。14時台には台湾の半導体製造受託大手である台湾セミコンダクターが2025年4-6月期の決算を発表し、売上高と営業利益が四半期ベースで最高となりました。これを好感し日本の値がさの半導体関連株の下げ幅が縮小し、日経平均株価は急速に上げ幅を拡大させ一時前日比247円高となりました。大引けは前日比237円高の39,901円と反発し取引を終えました。個別企業では、セブン&アイ・ホールディングスが、海外大手企業からの買収提案の計画が撤回されたとの報道により、前日比-9.16%と大幅安となりました。 本日の市場動向 ランキング 本日のチャート (注)データは15時45分頃。米ドル/円相場の前日の数値は日銀公表値で、東京市場、取引時間ベース。米ドル/円は11:30~12:30の間は表示していない。(出所)Quickより野村證券投資情報部作成 今後の注目点 米国では6月の米小売売上高が発表され、関税引き上げによる消費への影響が注目されます。 (野村證券投資情報部 清水 奎花) ご投資にあたっての注意点