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06/24 08:12
【野村の朝解説】NYダウ続伸、中東情勢は早期鎮静化へ(6/24)
(注)画像はイメージです。 海外市場の振り返り 23日の米国株式市場で主要3指数は揃って上昇しました。中東情勢を巡る警戒感が重石となるなか、朝方にFRBのボウマン副議長が早ければ7月の利下げを支持する発言を示し、相場は上昇に転じました。イランは同日、カタールの米軍基地に対する攻撃に踏み切りましたが、原油価格は急落し、NYダウは概ねプラス圏での取引となりました。市場では、イランによる報復攻撃が想定よりも限定的に留まり、中東情勢は緊張緩和へ向かうとの期待が広がりました。恐怖指数と呼ばれるVIX指数は下落し、為替市場では米ドルが売られ、ドル円相場は1米ドル=146円台前半まで調整しています。 相場の注目点 中東情勢を巡っては、米国による核施設攻撃を受けたイランの出方が注目されるなか、当初は事態がエスカレートし戦闘が長期化するリスク、またイランによる報復攻撃が海上輸送の妨害、海上要衝であるホムルズ海峡の封鎖に拡大するリスクも警戒されました。もっとも、イランは23日にカタールの米軍基地攻撃に踏み切りましたが、米国側によればイランから事前通告があった模様であり、象徴的な報復に留めたとみられます。さらに、現時点でイスラエルとイラン、双方から公式な発表はありませんが、トランプ大統領は日本時間24日午前7時すぎ、SNSに「イスラエルとイランが完全かつ全面的に停戦することで合意した」と投稿しました。中東情勢を巡る懸念は後退し、今後の焦点は再びトランプ政権の関税政策にうつるとみられます。 7月9日には相互関税の上乗せ分の猶予期間が期限切れとなります。現在、「IEEPA=国際緊急経済権限法」により発動した相互関税などについては、追加関税の差し止めを巡って裁判所での審理が続いていますが、トランプ大統領は6月11日、一方的に関税率を設定したうえで、「今後おおよそ1週間半か2週間以内」に各国・地域に書簡を送ると発言しています。関税政策を巡り新たな動きがあるのか注目されます。 (野村證券 投資情報部 引網 喬子) (注)データは日本時間2025年6月24日午前7時半頃、QUICKより取得。ただしドル円相場の前日の数値は日銀公表値で、東京市場、取引時間ベース。CME日経平均先物は、直近限月。チャートは日次終値ベースですが、直近値は終値ではない場合があります。 ご投資にあたっての注意点
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06/23 16:44
【野村の夕解説】日経平均株価は49円安 中東情勢悪化も下げ幅を縮小(6/23)
(注)画像はイメージです。 本日の動き 23日の日経平均株価は、中東情勢を巡る緊張が高まったことを背景に軟調な値動きとなりました。22日午前に米国はイランの主要な核施設を攻撃し、さらなる軍事行動も辞さない構えを示したことで、日経平均株価は下落して寄り付きました。外国為替市場では、原油の先高観を受けて20日15:30時点の1米ドル=145.40円から円安で推移したものの、リスク回避姿勢が先行し、素材セクターや輸送用機器などの輸出関連株が下落しました。また、米国が対中半導体規制を強めるとの観測から、値がさの半導体関連株が下落したことも重石となり、日経平均株価は一時376円安となりました。後場に入り、前場に下落していた値がさの半導体関連株の一角の下落幅が縮小したことや、1米ドル=147円台とさらに円安に推移したことが追い風となり、日経平均株価は下げ幅を縮小させ、終値は前営業日比49円安の38,354円となりました。個別では、血友病の患者の血液を凝固させる治療薬「NXT007」の治験で、良好な結果が示された中外製薬が前営業日比+4.46%上昇しました。 本日の市場動向 ランキング 本日のチャート (注) データは15時45分頃。米ドル/円相場の前日の数値は日銀公表値で、東京市場、取引時間ベース。米ドル/円は11:30~12:30の間は表示していない。(出所)Quickより野村證券投資情報部作成 今後の注目点 23日に米国で、6月S&PグローバルPMI速報値が発表されます。トランプ政権の関税政策が、企業の景況感にどのように影響していたかが注目されます。 (野村證券投資情報部 松田 知紗) ご投資にあたっての注意点
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06/23 08:29
【野村の朝解説】中東での地政学的リスクへの警戒が高まる(6/23)
(注)画像はイメージです。 海外市場の振り返り 20日の米国市場は、通商政策に対する不確実性と地政学的リスクに対する警戒感から動意に欠ける展開となりました。S&P500は18日の終値を割り込んだ水準で一進一退となり、トランプ政権が半導体の対中規制を強化するとの報道を受けて半導体関連株が下落したこともあり、S&P500、ナスダック総合ともに小幅安で引けました。米ドル円相場は取引時間の終盤にかけて強含み、5月中旬以来となる146円台で引けています。 相場の注目点 米国のトランプ大統領は6月21日(日本時間22日午前)、米軍がイラン国内3ヶ所の核施設を空爆したと発表しました。米国政府は19日時点では、「トランプ米大統領はイランを攻撃するか2週間以内に決定を下す」としていたため、このタイミングでの軍事介入は市場にとってもサプライズであったと見られ、市場の初期反応としては原油高、株安、米ドル高となることが想定されます。トランプ大統領は更なる軍事攻撃も辞さないとする一方で、イランに対して事前に核施設の破壊のみが目的であり、「体制転換を計画していない」と伝えていたとの報道もあります。このため、米国は戦闘を拡大・長期化させることは意図していないと推察されます。今後はイランの反撃とイスラエルの出方が注目されます。イランが石油関連設備や港湾施設を破壊する、ホルムズ海峡を事実上封鎖するといった事態に発展すれば、エネルギー価格の高騰を通じて、世界経済や株価に悪影響を与えることが想定されます。また、イスラエルがイランの核開発能力を完全に排除するまで戦闘を終結させないといった強硬姿勢を続ければ、戦闘が長期化する可能性があります。ただし、今回のケースでは戦火が中東以外の地域に飛び火する可能性は限定的です。過去の例を見ても、地域が限定された地政学リスクの悪影響を市場は短期間で概ね消化しています。当面は事態の進展を注視する必要がありますが、過度に悲観視する必要はないと考えられます。 (野村證券 投資情報部 尾畑 秀一) (注)データは日本時間2025年6月23日午前7時半頃、QUICKより取得。ただしドル円相場の前日の数値は日銀公表値で、東京市場、取引時間ベース。CME日経平均先物は、直近限月。チャートは日次終値ベースですが、直近値は終値ではない場合があります。 ご投資にあたっての注意点
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06/22 15:00
世界を魅了する日本の調味料 ~醤油・味噌等の海外進出最前線~
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 ヴァイス・プレジデント 中村 さやか(2025年6月18日) はじめに 海外のスーパーマーケットに行くと必ずある日本の食材、それは醤油だ。醤油は、世界中の料理と相性が良く、現地の料理にかけても不思議と味が整う、まさに「万能調味料」[1]である。現地の顧客が、そのような「万能調味料」に手を伸ばす姿を見ると、日本人としてどこか誇らしくも感じられる。 さらに、近年では、「Miso Soup(味噌スープ)」、つまりは「味噌汁」が海外で流行しており、味噌の需要も高まりつつある。SNSでは、「Miso Soup(味噌スープ)」に、Soba-Noodle(そば)を入れたり、Pot Stickers(餃子)を入れたりと、日本人からすると一見個性的なアレンジを加えた「Miso Soup(味噌スープ)」レシピが溢れている。果たして、醤油・味噌等日本の調味料はどのようにして海外で受け入れられてきたのであろうか。 1. 日本の調味料の現況 人口減による需要減、和食から洋食への食習慣の変容が顕在化し始めていると言われる国内の食料品市場において、醤油、味噌も例外ではない。醤油の1人あたりの年間購入量は2023年で1.37ℓであったが、2013年で1.94ℓ、2003年で2.64ℓであったことから20年前と比べると約半分にまで減少している[2]。過去10年で見ても、醤油も味噌も1世帯当たりの購入金額は、微減傾向にある(図表1)。 また、生産拠点数も減少しており、2003年に1,509あった醤油の製造工場は、2023年に1,035まで減少した。醤油と同様、味噌の製造工場も2003年に957あったものの、2022年には759まで減少している[3]。 一方で、海外への輸出は絶好調で、醤油は2023年に年間輸出金額が100億円を、味噌は2022年に50億円をそれぞれ突破し、過去最高を記録している(図表2、図表3)。 図表1 醤油と味噌の一世帯あたりの消費額推移(二人以上世帯) (出所)総務省 「家計調査 (2015年~2024年)」 より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 図表2 醤油の輸出金額・数量推移 (出所)財務省 「貿易統計(2003年~2023年)」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 図表3 味噌の輸出金額・数量推移 (出所)財務省 「貿易統計(2003年~2023年)」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 2023年度の輸出先をみてみると、醤油・味噌ともに1位が米国、2位が中国で、3位は醤油がオーストラリア、味噌は韓国となっている。近年、輸出金額が増加した背景には、輸出数量が増えた上に、円安および調味料の主原料である米・大豆・小麦粉の原材料の高騰・水道光熱費の高騰による価格転嫁が進んだ要因があると思われる。そして、輸出数量が増加した背景には、主に、①2013年に「日本食」がユネスコの無形文化遺産として登録され、海外における日本食ブームが起こったこと、②①に伴い、海外での日本食レストランが増加したこと[4]、③メーカー側の海外進出意欲の高まりによるマーケットインの商品開発がなされたこと(例:グルテンフリー醤油)、④政府の後押し(例:輸出拡大実行戦略に基づく具体的な施策の輸出重点品目28品目への醤油・味噌の選定)等が考えられる。今でこそ、醤油・味噌を始めとする日本の調味料が海外の小売店でも気軽に購入できることが可能となったが、果たして、日本の調味料メーカーはどのように海外進出を進めたのであろうか。 2. 昭和・平成時代の日本の調味料メーカーの過去の海外進出成功事例 1) 醤油メーカーの海外進出の成功事例 日本の調味料メーカーの海外進出のパイオニアといえば、キッコーマン株式会社(以下、「キッコーマン」、本社:東京都))[5]である。現在、キッコーマンの売上高の77.9%、事業利益の90.8%は海外事業が占めている[6]。キッコーマンの代表的な商品である醤油は世界100カ国以上で愛用され、今では、米国に2拠点(ウィスコンシン州・カリフォルニア州)、オランダに1拠点、台湾に1拠点、シンガポールに1拠点、中国に2拠点(江蘇省・河北省)、ブラジルに1拠点と海外に8つの生産拠点を持つまでになった。さらに、需要が旺盛な北米市場において安定的な供給体制を確立すべく、米国ウィスコンシン州に9つ目の生産拠点を建設中だ[7]。 キッコーマンが本格的に輸出を始めたのは、駐日米国人が増加し、醤油がポピュラーになってきた第二次世界大戦後であった。その当時、キッコーマンは醤油を海外に普及させるためには、和食自体を普及することよりも、現地の食材や料理に醤油をいかに利用してもらえるかが重要と考えていた。そして、サンフランシスコ講和条約が締結された1951年から6年後の1957年に、米国・サンフランシスコに販売会社である「Kikkoman International, Inc.」を設立し、まずは肉料理と醤油の相性のよさを伝えるべく、スーパーマーケットを中心に、醤油を肉につけて焼く試食販売を始めていった。その後、続々と現地の食材や料理になじむレシピを開発し、“Delicious on Meat”というキャッチフレーズで、積極的なプロモーションを行った結果、「醤油は肉料理にとてもよく合う調味料」である、という認知を獲得し、1961年に次のヒット商品である「Teriyaki Sauce(照り焼きソース)」の発売につながった。 米国での消費量の増加に伴い、日本で製造したものを輸出する体制から、コンテナ輸送後、現地でびん詰めする体制に移行した。販売会社を設立して16年後の1973年には、米国中西部にあるウィスコンシン州ウォルワースに初の海外生産拠点を設立し、“Made in USA”の醤油の出荷が始まった。現地生産が成功した背景には、①工場設立に際して、地域社会との共存共栄を目指し、出来る限り地元の企業と取引し、現地社員の登用も積極的に行ったこと、②日本から派遣された社員も進んで地域社会と接点をもち、よき市民たることをめざす等、「経営の現地化」を細部まで徹底した点にある。販売会社設立から41年後の1998年には、カリフォルニア州フォルサム市に米国第二工場もオープンしており、米国を中心とする北米での売上高は、順調に伸びていった。現在では、キッコーマンの海外売上高の65%を北米が占めるようになり[8]、北米市場におけるキッコーマンの醤油のシェアは過去10年間、毎年50%以上をキープしている。 図表4 海外における醤油販売(寿司につける小分けパック、瓶詰め) (出所) Getty Images キッコーマンが北米市場攻略後に進出した欧州市場への参入方法は、北米市場とは全く異なるものであった。1973年にドイツのデュッセルドルフで鉄板焼きレストランを開店し、肉や現地の食材と醤油の相性の良さを、鉄板焼きならではのオープンキッチンスタイルによって、五感で味わってもらう戦略に出たのである。この戦略の背景には、欧州は歴史が古く、国や地方によって多様な食文化が共存するうえに、自身の食文化への愛着やこだわりも強いため、安易に海外の味覚を取り入れない傾向があり、醤油を使った料理を一定程度フォーマルな場面で試してもらうなど時間をかける必要があった。そして、欧州市場への参入から24年後の1997年には、オランダのフローニンゲン州に初の欧州工場が完成し、欧州全域に加え、ロシアや中東への製造と流通の拠点を設立した。近年では、「Fermented Food (発酵食品)」ブーム等の健康志向の高まりや日本食への関心の高まりから、欧州の多くのトップシェフたちが積極的に醤油を用いるようになる等、順調に市場が拡大し、現在では、キッコーマンの海外売上高の約20%を欧州が占めるようになった[9]。 北米・欧州市場を攻略したキッコーマンは、さらにアジア市場開拓を試みた。まずは1983年に、東南アジア及びオセアニアへの輸出を目的としてキッコーマン・シンガポールを設立し、翌1984年にはシンガポール工場を稼働させた。そして、アジア市場本格進出から6年を経た1990年には、台湾最大の食品企業「統一企業グループ」と合弁で「統萬股份有限公司」を台湾に設立し、2000年には同企業グループとともに「昆山統万微生物科技有限公司」を上海近郊の江蘇省昆山市に設立し、2002年より出荷を開始した。そして、2008年、キッコーマンは北京および天津地区に本格参入するために、統一企業グループとともに河北省石家庄市に「統万珍極食品有限公司」を設立し、2009年より出荷を開始した。さらに、2014年には、「亀甲万(上海)貿易有限公司」を設立し、上海での醤油販売を本格化させた[10]。以上を踏まえると、アジア市場への参入の要諦は、北米市場や欧州市場とも異なり、台湾・中国両国で柔軟に事業展開が可能な現地のパートナーを選んで、単独で参入しない点だと思われる。そして、2020年代に入ってからは、ブラジルに現地工場を、インドに販売会社を設立する等、新興国の開拓も積極的に進めている。 各時代・各市場に適合する形で、商材(醤油、醤油関連調味料、日本食レストラン)を投入し、必ずしも単独参入に拘ることなく、必要であれば事業パートナーを迎え、現地経営を心掛けるとともに、地元の信頼を勝ち取りながら必要な設備投資を丁寧に実行に移すということがいかに大切か、多くの示唆が得られるケースである。 2) 味噌メーカーの海外進出の成功事例 一方で、味噌の海外進出は醤油よりも20年近く遅く、1970年代から輸出が始まった。そして、味噌の輸出開始から30年ほど経った段階で、国内売上高で首位を誇るマルコメ株式会社(以下、「マルコメ」、本社:長野県)が、2004年に初めて海外に販売会社「Marukome USA, Inc.」を設けた[11]。マルコメの初めての販売会社は、米国カリフォルニア州ロサンゼルス近郊(トーランス)に設立され、その3年後に販売会社に隣接した都市(アーバイン)に現地生産工場を設け、販売会社も同地に移転した[12]。米国工場では、現地の米と大豆を使って味噌づくりを行い、地産地消を心掛けた。しかしながら、現地の水は硬水であることに加え、高温で乾燥している南カリフォルニアで味噌づくりを行い、納得する味が出来上がるまで数年かかったそうだ。 その後、2013年にタイの販売会社である「Marukome(Thailand)Co.,Ltd.」と韓国の販売会社である「Marukome Korea Co., Ltd.」を設立し、日本食の普及が進んだ地域や家庭で味噌を使った料理が一般的になっている国にフォーカスして、海外事業を展開している。そして、2023年には、独資で中国の現地法人である「玛露蔻美(上海)贸易有限公司(Marukome (Shanghai)Trading Co., Ltd.)」を設立した。米国・タイ・韓国・中国のいずれの国も、販売会社を設ける経緯となったのは、日本食料理店、しかもチェーン店が多く、B2B需要が見込めた点が背景にある。 味噌の海外展開は、現地の日本食料理屋を中心とした業務用向けが大きく、マルコメの海外事業の売上高のうち約70%を業務用需要が占めている。そのため、今後、味噌の海外進出については、個人顧客ないしB2Cチャネルの開拓余地は多分にあると思われる。特に、米国・欧州を中心に、ウェルネスの文脈から発酵食品にスポットライトが当たっており、今こそ味噌のブランディングを再構成できるタイミングではないかと推察できる。 3. 令和における日本の調味料メーカーの海外進出成功事例 1) 「伝統と革新」―既成概念を覆す商品開発力とインバウンドを活用した海外進出事例― キッコーマンが約70年もの間、積極的に海外展開を行い、「Soy Sauce(ソイソース/醤油)」の世界的な認知の獲得に成功した礎の上に、今一度、日本の伝統調味料であり「万能調味料」である「醤油」や「味噌」を再構築し、海外市場を攻略しようとチャレンジする中堅会社が熊本県に存在する。それは、創業156年の老舗企業である株式会社フンドーダイ(以下、「フンドーダイ」、本社:熊本県)だ。 元々、フンドーダイは、熊本の名家である大久保家が戦国時代末期から営んでいた両替商と造り酒屋であった。しかし、版籍奉還が実施され、大名が治めていた土地と人民を政府に返還した歴史的な年である1869年(明治2年)に、大久保家11代当主が醤油製造へと事業転換し、以降、熊本県を中心とした国内の顧客に愛される醤油及び味噌やドレッシング等の調味料を製造・販売してきた。しかし、人口減少等の醤油需要の減少に伴い、2014年、6次産業化を推進するベンチャー企業で冷凍食品製造販売を手掛ける株式会社五葉フーズ(以下、「五葉フーズ」)との経営統合を決断。現社長の山村社長は、2013年に五葉フーズに常務取締役として入社後、2018年にフンドーダイの代表取締役社長に就任した。 代表取締役社長への就任後、山村社長は「画期的な新商品の開発が、経営状態が良いとは言えない会社を上向きにする一番の近道。何か一つのことに、一丸となり取り組もう。」と考え、創業から150周年の節目である2019年に向けて、「これまでの醤油の枠に囚われない商品を作ろう」、さらには「国境を超える商品を作ろう」とし、「無色透明な醤油」の商品化に取り組んだ。 約1年の開発期間を経て、フンドーダイの「透明醤油」(図表5)は、今や国内のみならず世界32の国と地域から引き合いがくるほどの人気商品となり、2019年の発売以来、累計売上数150万本(2025年5月末現在)の大ヒットを遂げている。見た目はまるで無色透明の「水」であるのに、パッケージを開けると、濃く深い醤油の香りが広がる「透明醤油」は、もろみを絞った「生揚げ」から作る昔ながらの製法で製造されている。醤油のうま味を生かしながら食材本来の色を際立たせることができるため、フレンチやイタリアンのシェフが愛用するケースが急増した。このように味や食材の色彩を活かせる点はさることながら、顧客の着衣にはねても、シミが目立たないという点が評価され、グランドプリンスホテル新高輪等の一流ホテルでの導入も進んでいる。 図表5 透明醤油シリーズ (出所)フンドーダイ提供 大ヒット商品である「透明醤油」はどのように生まれたのだろうか。ゴールとして目指した「これまでの醤油の枠に囚われない商品を作ろう」、「国境を超える商品を作ろう」という二点のうち、後者の可能性を最大限にするには、イスラム圏にも出荷が可能な商品スペックであるべきと考えた。しかしながら、フンドーダイの強みである「生揚げ」から作る昔ながらの製法は、大豆、小麦、食塩だけで作られたもろみを加熱処理やろ過処理を施さない製法であるため、微生物が活動している状態であり、発酵の過程でアルコールが自然に生成されてしまうため、宗教上の理由でアルコール類が忌避されるイスラム圏には適さなかった。フンドーダイは、自社が保有する製造特許により、アルコールを除去し、醤油の色味を完全に分離することに成功した。自社技術を応用して「透明」な「醤油」を発売し、「これまでの醤油の枠に囚われない商品を作ろう」という前者の点も達成したのだ。 そして、フンドーダイは、「透明醤油」に続く新たな画期的な商品を開発した。それは、「フォーム状の醤油」、「シート状の醤油」、「シート状の味噌」である。まず、「フォーム状の醤油」である「Foam」は、「透明醤油」を用いた白いフォームのものと、ほんのり甘い九州醤油味の2種がある。これらは、特許技術を用いて亜酸化窒素ガスを充填し、泡化(ムース化)されており、立体感の持続時間が30分程度と長く、料理人にとっても料理の提供時間にプラスに働く。また、ムースという特性を活かし、前菜・お寿司・ホームパーティー・バンケットフードを、華やかに演出することができる。 「シート状の醤油」と「シート状の味噌」である「Leaf」は、醤油・味噌を「かける」、「つける」、「塗る」という従来の概念から解き放ち、「乗せる」、「巻く」、「挟む」、「包む」等、新たな使い方が可能だ。また、好きな形に細工できるので、料理のデザインの幅を広げることも可能である。おにぎりやお寿司に巻いたり、クラッシュしてアイスに載せたり、クリームチーズに巻いたりといくらでも用途を変えられる。 これらの新商品も、和食の料理人はもちろんのこと、フレンチやイタリアンのシェフによって重宝されている。また、ホテルに勤務するシェフからの支持も厚く、今後、ビュッフェ・パーティー・バンケットフードで見る頻度が増え、国内旅行者のみならず、外国人旅行者(以下、「インバウンド観光客」)からも着目されることは容易に想像できる(図表 6)。 図表6フォーム状の醤油「Foam」、シート状の醤油「Leaf」の活用事例 (出所)フンドーダイ提供 更に、フンドーダイは、流通面でも令和時代の最先端を行く。2022年にオープンした東京のかっぱ橋道具街にあるアンテナショップ「出町久屋」は、口コミで「透明醤油」を求め、多くのインバウンド観光客が賑わっている。驚くことに、顧客数の70%がインバウンド観光客という。そして、「出町久屋」で販売されている「透明醤油」や「透明醤油でつくった柚子舞うぽん酢」等の代表的な商品には、キャップの上にNFCタグが搭載されている(図表 7)。NFCとは、「Near Field Communication(近距離無線通信)」の略であり、数センチの距離でデータをやり取りできる無線通信技術のことを指しており、最も身近なNFCはSUICA等の交通系ICである。NFCは、BluetoothやWi-Fiとは違ってペアリングの手間もない上に、QRコード[13]とは違ってカメラを起動する必要もなく、携帯電話をNFCの上にかざすだけで瞬時に通信が可能だ。 そのNFCをシール化し、顧客がNFCタグの上に携帯電話をかざすと、携帯電話にURLリンクが表示され、顧客がURLリンクから購入した調味料のレシピサイトに遷移することができる。レシピサイトは100か国以上の言語に翻訳することができ、インバウンド顧客が自国の言葉で、購入した商品のレシピを確認することができる。NFCタグはフンドーダイ側にもメリットがあり、NFCタグがどこで開封されたのか確認が可能である。NFCタグの導入は2024年3月から順次導入が始まった。NFCタグを読み取って、レシピサイトに遷移した顧客の内訳は、北米市場が45%、欧州市場が26%、アジア市場が15%(※日本国内を除く)であったという(「透明醤油」、2025年5月末時点)。当初、北米・欧州・アジア市場の顧客が大半であろうと思っていたところ、ポリネシア諸島、アフリカ大陸での開封が複数確認されており、「醤油」の需要の可能性に驚いたという。 NFCタグから集めたデータは、現地のB2Bビジネスの需要動向のテスティングペーパーとなり得るため、例えば、開封率が高いエリアの星付きレストランのシェフにサンプル品を送って、レシピ開発を進めてもらったり、その地域で著名なインフルエンサーを採用してレシピを紹介してもらったりと、様々な事業展開が考えられる。 インバウンド需要については、近年の円安の追い風に加え、インバウンド観光客を乗せる航空便の本数もコロナ禍前の水準に戻ったこともあり、各種報道のとおり、絶好調である。日本政府観光局によると、2024年1月から12月までに日本を訪れたインバウンド観光客は、コロナ禍以前の2019年の3,188万人を更新し、3,687万人と、過去最多を記録した。2025年1月から3月までに日本を訪れたインバウンド観光客は、既に1,053万人と過去最速で1,000万人を突破しており、2025年のインバウンド観光客数は4,000万人を突破するものと言われている。これらのインバウンド観光客に1つでも商品を購入してもらい、NFCタグを読み取ってもらうことで、商品とレシピを拡散してもらうと同時に、位置情報をもとに、飲食店向けのB2Bビジネスを拡大することができるかもしれない。これが令和ならではの戦い方だ。 図表7 NFCタグの活用 (出所)フンドーダイ提供 2) 「自社ブランドへの拘りを捨てる」 ―プライベートブランド商品として商品供給する形の海外進出事例― キッコーマンがかつて、最初の本格的な海外進出先に選んだように、北米市場の魅力は半世紀以上経っても色褪せない。様々な食品製造業者が北米、とりわけ米国に販路拡大をしたいと考えている。しかしながら、米国の小売業は商慣習が独特かつ複雑で、現地の日系スーパー・アジア系スーパーであれば、JFC、西本Wismettac、共同貿易、セントラル貿易等の貿易商社に依頼するとワンストップで輸出手続きからアジア系の現地小売店への配送まで引き受けてくれるものの、その他の現地小売店に食い込むことは相当な難易度を伴う。というのも、米国市場においては、通常、UNFI(United Natural Food Inc.)とKeHEという二大ディストリビューターが、アジア系小売店以外の現地小売店のマーチャンダイザーの手前におり、製造業者はまずそのどちらかと付き合う必要があるためだ。しかしながら、2社しかいないディストリビューターの担当者も多忙であるため、まともに商品の導入は検討されず、自社の商品がアジア系小売店以外の現地小売店に並ぶことは容易ではない。 さらに、アジア系小売店以外の現地小売店に採用されたとしても、日本の食材は「アジア系食材」として、韓国食材や中華食材と同じ棚に陳列されており、「アジア系食材」の中での競争がある上に、近年の世界的なK-POPの流行等韓国文化の浸透に伴い、韓国食材に押され気味である。そのような競争環境の中でも、日本食材として棚割りがあるのは、醤油、照り焼きソース、みりん、すし酢、のり、わさび、そば程度である。その他「アジア系食材」以外の棚には、チルドであれば豆腐(ハウス食品グループが現地で販売している日本よりも堅い質感の豆腐)、冷凍であれば枝豆か餅アイス、お菓子であればハイチュウ等が陳列されている程度だ。 日本食材にとっては劣勢な状況が続く中、ある日本企業の調味料が、全米42州とワシントンD.C.で597店舗(2025年5月末現在)[14]を展開するTrader Joe’s(トレーダージョーズ)のプライベートブランド商品(以下、「PB商品」)として、2020年代に入り、新たに採用された。その商品は、白味噌ペースト、柚子胡椒、柚子出汁ポン酢だ。 Trader Joe’sは、米国ロサンゼルス発祥のスーパーマーケットで、米国内の多くの小売店がM&Aによって統廃合を繰り返している中で、独自路線を保っており、2024年も都市部を中心に34店舗新規出店するなど、出店数を伸ばしている。Trader Joe’sは、①ユーモア溢れる名前が付いた自社開発のPB商品や他の米国小売店と異なるヘルシー食品やサプリメント商品等のラインナップを持ち、②フレンドリーな接客、③魅力的な価格設定がなされている点で、他の小売店とは一線を画しており、熱烈なファンが存在する。Trader Joe’sの平均的な顧客像は、都市部に住む25-44歳で家族を持ち、80,000米ドル以上の年収がある層であると言われており[15]、通常Trader Joe’sが出店するエリアの世帯年収の中央値は100,000米ドル以上だと推定されている[16]。そして、1店舗あたりの大きさは1,100平米から1,500平米で、平均2,000~3,000SKUが取り扱われている。2018年には「米国消費者に人気のプライベートブランド」のトップに輝いており、多くの食料品製造業者が取引をしたいと考える有名小売チェーンであろう。 しかしながら、他の小売店と異なり、Trader Joe’sは、SKUの90%程度がPB商品であり、直接取引しか望まない。そしてPB商品を納品するベンダーに対しては、厳しい採用基準が存在する。キーとなる採用基準は以下の通りだ[17]。 1.人工香料、人工保存料、MSG[18]、添加されたトランス脂肪、rBST[19]由来の乳製品、遺伝子組み換え成分はNG。さらに、着色料の使用は自然由来のもののみOK。2.FDA(Food and Drug Administrationの略称。米国食品医薬品局のこと。) またはUSDA (United States Department of Agricultureの略称。米国農務省のこと。) のライセンスと承認を受けた商業製造施設で製造されていること。GMP(Good Manufacturing Practiceの略称。適正製造規範のこと。) やHACCPなど、輸出する上での食品安全認証を取得していることが必須。また、納入する製品を加工、梱包、保管、または配布する製造拠点は、世界食品安全イニシアティブ(Global Food Safety Initiative。GFSIと略す。) のベンチマーキング要求事項の監査を受ける必要あり。3.製品の栄養分析を、第三者機関の分析(AOAC法[20]のみ)または、栄養学や食品科学に訓練された有資格の専門家が、USDAの標準化された栄養素分析ソフトウェアデータベース(過去2年以内に更新されたもの)を使用して、コンピュータレシピ分析に提供すること。さらに、第三者機関による賞味期限データ分析を取得すること。4.製品責任保険に加入すること。 ただし、1点目を除くと、2~4、そして本稿に記載していない他の採用基準を含めて、他の大手の現地小売業者が取り扱う米国向け輸出食品に課す基準とほぼ同程度とも言えよう。つまり、本格的に米国向け輸出を考えている食品製造業者は、製造設備や製造プロセスを米国輸出向けに整えれば、日本での実績はさておき、直接取引を望む小売店に採用される可能性はゼロではない。Trader Joe’sは明確に取引先を開示していないものの、白味噌や柚子胡椒という商品性およびTrader Joe’sの商品説明文から、西日本の中堅企業の製造業者が採用されたと思われる。PB商品に採用されると、同期間は他の小売店との契約は出来ないうえに、自社ブランドでの展開は出来ないものの、全米42州とワシントンD.C.で597店舗での販売という売上高へのインパクトの可能性を考えると、中堅企業にとっては夢がある話である。 おわりに ひと昔前は、醤油、味噌、ポン酢などの伝統的な日本の調味料、さらには海苔や昆布などの乾物類は、「色が地味、テクスチュアがグロテスクで、食欲が湧かない。」と、海外の消費者から言われていた時代もあった。しかしながら、海外進出の先駆者であるキッコーマンの醤油を中心とした調味料類の地道なテイスティングの普及活動、ブランディング、生産の現地化、経営の現地化、そして2013年以降の世界的な日本食ブームの高まりとの相乗効果により、日本の調味料は世界中で市民権を得ることができ、他の日本の調味料の海外進出のハードルが劇的に下がった。そして、キッコーマンに続く形で、お酢のミツカン、味噌のマルコメと大手に海外進出の門戸が開かれ、近年では、インバウンド観光客、SNS、越境EC、NFCタグ等のテクノロジー、PB商品ブームによって、地方の中堅企業でも、以前に比べて初期費用が小さく海外進出できるようになったことは、他の中堅企業にとっても励みになる。 ただし、日本食ブームの到来により、必ずしも調味料メーカーを始めとする日本の食品製造業者が恩恵を受けているわけではない。海外の小売店で販売されている調味料は現地企業の「醤油風調味料」であったり、場合によっては、ワサビ、海苔、胡麻、梅干しは、中国、韓国、タイのアジア食材を製造する企業の商品であったりする。一方で、海外の大手小売店のマーチャンダイザーは、「本物志向」に変化しつつあり、可能であれば、日本のサプライヤーと付き合いたいと考えているため、日本企業にとってはかつてないチャンスが溢れている。筆者としては、あらゆる日本の調味料が、海を越え、更なる飛躍を遂げることを願っている。 [注釈] [1] 1956年に米国『サンフランシスコ・クロニクル』紙に、「Kikkomanは、All-Purpose Seasoning(万能調味料)である」との紹介記事が掲載されて以降、海外で販売されるキッコーマンの醤油のパッケージにはこの” All-Purpose Seasoning”という文言が記載されている。本稿では、海外進出のパイオニアであるキッコーマンの醤油にリスペクトを込めて、「万能調味料」という表現を用いている。 [2]醤油情報センター 「醤油の統計資料 2023年度」より。 [3] 醤油情報センター 「醤油の統計資料 2023年度」、経済産業省「工業統計調査」、「経済センサス 2023年度確定版」より。 [4] 農林水産省「海外における日本食レストランの概数(推移)」によると、2013年には全世界に約5.5万店であった日本食レストランが、約18.7万店と3.4倍まで増加した。 [5]キッコーマンホームページ「海外への展開」 https://www.kikkoman.com/jp/corporate/about/oversea/, 一般社団法人 日本食品包装協会 https://shokuhou.jp/wp-content/uploads/2016/10/feaddedb754b42c29b4d30cfb69ce89a.pdf [6] キッコーマン 2025年3月期 決算説明資料 P5 https://www.kikkoman.com/jp/ir/assets/info202503.pdf 事業利益に占める海外割合は、海外利益を全事業利益で除した数値である。 [7]キッコーマン2025年3月期 決算説明資料 P.25、P.58 https://www.kikkoman.com/jp/ir/assets/info202503.pdf [8]キッコーマン2025年3月期 決算説明資料 P.56 https://www.kikkoman.com/jp/ir/assets/info202503.pdf [9]キッコーマン2025年3月期 決算説明資料 P.56 https://www.kikkoman.com/jp/ir/assets/info202503.pdf [10] キッコーマン FACTBOOK 2024 P.26~27 https://www.kikkoman.com/jp/ir/assets/factbook_2024_bi_j.pdf [11]マルコメ株式会社 ホームページ https://www.marukome.co.jp/company/employment/about/history/ [12] 南カリフォルニア日系企業協会 会報 2019年3月号 JBA0319_WEB.pdf [13] QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標。 [14] https://www.traderjoes.com/home/announcements?category=store-openings [15] https://web.archive.org/web/20220729141501/https://www.msn.com/en-us/foodanddrink/foodnews/meet-the-typical-trader-joes-shopper-a-younger-married-college-educated-person-earning-over-dollar80000/ar-AANYIUn [16] https://web.archive.org/web/20200809134536/https://www.mcall.com/business/mc-biz-why-trader-joes-hasnt-opened-lehigh-valley-store-20190828-7icd2wpj25ezblyaci6ocoxsy4-story.html [17] https://www.traderjoes.com/home/contact-us/potential-vendor-requirement [18]Monosodium Glutamateの略称。 「グルタミン酸ナトリウム」の略であり、一般的には、「うま味調味料」として知られている。 [19] 遺伝子組換え技術によって合成される乳牛用ホルモン剤を指す。 [20] AOAC とはAssociation of Official Analytical Chemists Internationalの略称。AOACは食品や医薬品などの分析に関する国際的な団体で、分析法の妥当性確認や標準化に携わっている。共同試験等を通じて分析法の精度や信頼性を評価し、正式な分析方法として公認しており、AOAC法が、各国における食品安全や製品品質の管理に利用されている。 ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会
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06/22 10:00
グローバルサウスの台頭とフード&アグリビジネスの可能性(前編)- グローバルサウス諸国のフード&アグリ分野の課題 -
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 コンサルタント 中村 圭吾(2025年6月18日) はじめに 昨今のニュースなどでグローバルサウス(以下、GSと呼ぶ)という言葉を耳にする機会が増えた。GSには明確な定義があるわけではないが、いわゆる新興国・開発途上国を指し、多くの新興国・開発途上国が地球の南半球に位置していることに由来している。近年、欧米などのいわゆる先進国に属さない第三勢力のGS諸国が、国際的な影響力を高めている。本レビューでは、GS諸国を今後の世界経済を牽引する新興国・開発途上国の総称と定義し、その台頭の背景と、特に同地域のフード&アグリ分野の可能性に関して、2回にわたりシリーズ化する。 前編にて、フード&アグリ分野にて、台頭するGS諸国が共通して直面する課題を整理するとともに、それらの課題の解決に挑むスタートアップを数社紹介する。 その上で、後編にて、GS諸国間の文化・社会的な違いから生じる課題やニーズに対する解決策が求められる中、グローバルな食料安全保障や環境問題の解決に挑戦する日本企業の事例と、それらの取組を支える日本政府、政府系機関、自治体のスキームなどを取り上げ、GS諸国を対等なパートナーとして捉え、共同で新たな価値を創出していく「共創」のあり方を考察する。 1. 国際社会の混乱とグローバルサウス諸国の台頭 GSに括られるアジア、アフリカ、ラテンアメリカの多くの国々は、豊富な天然資源や人口増加を背景とした経済成長を続けており、2050年には、GS諸国の人口は、世界人口の3分の2を占めるとも言われている(図表1-1)。また、経済面でも、既にG7[1]を上回る規模となっており、その後もその経済規模はさらに拡大していくと見込まれている(図表1-2)。 GS諸国では、イノベーションへのニーズが大きく、先進国に比べて法律や制度も十分に整備されていないことから、規制を受けることなく新技術の実用化が比較的早く進む点も特徴である。そのため、多くのGS諸国は、最先端技術を導入することによって、既存技術で成長を遂げてきた先進国よりも更なる発展を遂げる現象、いわゆるリープフロッグ型に経済発展する可能性を秘めている。 図表1-1(左) 人口予測 図表1-2(右) GDP対世界比(購買力平価換算)シェア (出所)国際連合「World Population Prospects 2024」(左)、IMF「世界経済見通し」(右)の各統計データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 一方、GS諸国の歴史的・文化的な背景は多様であり、経済的には一定程度発展しているものの都市化や高齢化などの社会課題に直面する国、インフラ、公衆衛生や教育に問題を抱える国、食料や医療の不足に苦しむ国、難民の発生や気候変動の影響等に苦しむ国など各国に共通する課題とその国・地域特有の課題が存在する。GS諸国のニーズが、経済成長だけでなく社会課題の解決にシフトする中で、この地域の企業を「共創」のパートナーとして日本企業が捉え、グローバルな課題を共に解決することが重要になっている。 2. グローバルサウス諸国のフード&アグリ分野における課題 GS諸国では、それぞれフード&アグリ分野のおかれている自然条件や社会条件は様々であり、各地域の特性に応じた課題を把握することが重要である。本章では、その中でもGS諸国(及び一部の先進国)で共通する課題として5つの分野を取り上げたい(図表2-1)。 図表2-1 GS諸国(及び一部の先進国)で共通する5つの課題 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (1)食料安全保障の脆弱性 国連食糧農業機関(FAO)は、食料安全保障を、「すべての人がいかなる時も、活動的で、健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために、十分で安全かつ栄養ある食料を、物理的、社会的及び経済的にも入手可能であるときに達成される状況」と定義[2]している。この食料安全保障を構成する4つの要素として「供給可能性」、「安定性」、「適切な利用」、「物理的・経済的入手可能性」が挙げられるが、GS諸国は、これら4つの不安定さにより、食料不足や飢餓に苦しみやすい。例えば、ウクライナからの輸出品のうち、特に小麦は、一部のアジアおよびアフリカ諸国にとって極めて重要で、これらの国々は、ロシアによるウクライナ侵攻前の2016年から2021年まで、ウクライナで生産する小麦の約9割を輸入していたが、ロシアによる黒海港の封鎖により、小麦の供給減少と価格高騰で大きな食料安全保障上の危機に直面した。現在は、世界的に良好な小麦の収穫量を背景に、一時期に比べると価格は安定しているが、今後もウクライナの世界市場への穀物の輸出能力が回復しなければ、GS諸国を中心とした穀物の供給力は不安定な状態が続くと予想される。 このように食料不安は経済的に脆弱な国々への負荷が大きい。「世界の食料安全保障と栄養の現状(SOFI)2024年報告」によると、2023年の栄養不足人口は、中央値で7億3,300万人と推定されており、2019年に比べて、2023年には飢餓に直面した人が1億5,200万人増加している(図表2-2)。また、同年の栄養不足人口を地域別で見ると、アジアとアフリカが、それぞれ3億8,450万人と2億9,840万人を占めており(図表2-3)、多くのGS諸国では、気候変動や自然災害、経済的制約などを背景とした農業生産性の低下や不安定な食料供給を背景に、食料安全保障が確保されていない状況が続いている。 図表2-2(左) 世界の栄養不足人口の推移 図表2-3(右) 地域別の栄養不足人口 (出所)FAO等「SOFI2024年報告」の統計データより野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (2)温室効果ガス排出と気候変動への対策不足 多くのGS諸国では、経済成長の進展にともない、大気汚染、水資源の枯渇、生態系の喪失などの問題が表面化している。これらの国々は、経済発展を優先するために、環境問題への対策を後回しにする傾向にあり、これにより温室効果ガス(GHG)排出量が増加し、結果としてインフラ整備や新技術導入が遅れ、災害に対する回復力・耐久力が乏しいGS諸国において気候変動による被害が特に深刻化している。実際に、1990年には、温室効果ガスの累積排出量は先進国が41%、開発途上国が42%でほぼ同じ割合であったが、2022年にはGS諸国がGHG総排出量のうち65%を占めている(図表2-4)。一方で、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)では、開発途上国が先進国に対して、現在進行する地球温暖化の主な原因を作ったのは、環境対策を無視して経済発展を遂げてきた先進国だとして、率先してGHG排出を減らすことや開発途上国への巨額の資金支援を求めている。このことで、開発途上国と先進国の間で対立が生じ、今後のGHG排出の目標やエネルギーの発電、消費方法等に関して交渉が難航する場合が多い。 図表2-4 先進国とグローバルサウスのGHG排出量の割合 (出所)「Climate Watch[3]」の統計データより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 私達人類は、産業革命以後、大量の化石エネルギーを消費し、GHGを発生させてきた。しかし、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)[4]によると、現在のままGHG排出が継続すると、地球の温度は2030年前後に、産業革命前から比べて1.5度上昇する危険性が指摘されている。さらに、2025年1月の欧州連合(EU)の気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」の報告[5]では、すでに2024年の平均気温は産業革命前と比べて約1.6度高かったと報告されている。2015年のCOP21にて採択された、気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」では、上記の1.5度の気温の上昇幅は、単年の数字ではなく、複数年の平均で判断するとされているが、地球温暖化への対策は一刻の猶予も許されない状況である。 GHGは、大気中に存在するCO2やメタン、フロンなどのガスの総称で、世界のGHG排出量は、CO2換算で590億トンあると推定されている(図表2-5)。このうち、農業に起因するGHG排出は、排出全体の約11%で約65億トンを占める。農業は数千年にわたり人類文明の中心的役割を果たしてきたが、これらに起因するGHG排出も、今後のGS諸国を中心とした人口増加と食料需要の高まりに伴い、適切な対策を講じない限り、更に増加すると予測されている。このように、GHG排出と気候変動は、開発途上国の経済発展と密接に繋がっており、国際的にGHG排出削減が求められていることを背景に、近年、GHGの削減量や排出権を企業間で売買できるカーボンクレジットの市場が成長してきている。しかし、クレジットの制度設計や認証体制等に関してグリーンウォッシュ[6]として非難されるなど、発展途上期でもあり、現在のところ、先進国を含め気候変動に対して十分な対策は講じられていない。 図表2-5 世界の農業由来のGHG排出量 (出所)IPCC第6次評価報告書第3作業部会報告書(2022)及びFAOSTATより、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (3)労働力と人的資源の制約 2050年には、GS諸国の人口は、世界の人口の3分の2を占めると予想されており、農業関連市場は高いポテンシャルがある。一方、広大な国土を有する一部の国を除き、GS諸国の多くの農家は1ha未満の面積で農業を営む小規模農家であり、かつ不毛な土地で灌漑などの設備もなく、低賃金かつ厳しい労働環境下で働いている。農業労働の人口比率は、東南アジア・大洋州54.4%、南アジア50.5%、サハラ以南アフリカ56.5%[7]となっており、特に低所得国で高い傾向にある。 また、インド、タイ、ブラジル、サハラ以南アフリカ、東南アジア諸国を中心に、農業従事者の高齢化問題も深刻化している。これら国・地域では、農業が地域経済の中心である一方で、若者の都市部への流出や農業離れなどを背景に、若年層の農業従事者が減少しており、高齢者が農業の担い手として中心的な役割を担っている。そのため、開発途上国では、先進国同様もしくはそれ以上に、農業分野での後継者不足が深刻で、新たな技術や知識を持った人材育成が急務とされている。 農業分野におけるジェンダー不平等もまたGS諸国の農業生産の低い成長率の要因の一つとされている。例えばアフリカ諸国では、女性は農業労働人口の大部分を占めているが、土地の配分に関しては多くの障壁に直面している。また、女性は男性に比べて金融サービスやそれに付随する支援サービスへのアクセスも厳しい傾向にある。 (4)技術導入のための資金力不足 GS諸国の農業の近代化を阻害する要因として資金的および技術的な制約も存在する。多くのGS諸国に共通する課題として、農業に関する教育や技術が不足しているため、農家が最新の農業技術を学びそれらを実践する機会が限られている。また、金融機関などから資金調達することも困難であるため、新たな技術の導入や農業の効率化が進みにくい。 さらに、アフリカや中東では、水不足による干ばつ被害が深刻で、効率的な灌漑技術の導入が進まない状況にある。広大な土地があるラテンアメリカでは、土地所有権が複雑で、農業技術の導入が進まない要因となっており、技術に関しても、最新技術にアクセスできる大規模農家とそうでない小規模農家との間での技術格差が広がっている。東南アジアやラテンアメリカで行われているプランテーション・モノカルチャーは、砂糖、コーヒー、ゴムなどの単一作物を大規模に栽培する農法で、効率的な生産が可能である一方、土壌劣化や害虫繁殖を招きやすく、また周辺地域の生態系への悪影響や労働環境の問題も指摘されている。 (5)市場アクセスの困難さ 多くの開発途上国では、農産物の流通システムが近代化されておらず、多段階で複雑な構造であるため、農家は市場へのアクセスが難しく、生産コストを回収できる価格での販売が困難となっており、低賃金の要因の一つになっている。例えば、多くの東南アジア諸国では、経済発展に伴い、中間層の拡大と若年層の消費増加により食品市場が拡大しているものの、輸送インフラやコールドチェーンは未整備な部分が多く、生産者は高品質で安全な農産物を栽培しても、サプライチェーンの途中におけるフードロスも大きい。さらに、農家共同体による共同販売や生産体制も未確立な場合が多く、中間流通業者に対する農家の価格交渉力が低いという課題もある。 3. グローバルサウス諸国のフード&アグリテック市場とスタートアップ ここまで、GS諸国の可能性と同地域の農業分野に関連した課題について整理した。このような成長著しいGS諸国では、多くのフード&アグリテック系スタートアップが、農業分野における課題の解決を目指して、食料増産、農家の生計向上、金融アクセスの改善などの事業を展開している。 本章では、リープフロッグ的に経済発展を遂げているGS諸国のフード&アグリテック分野におけるスタートアップ市場の概況と代表するスタートアップをいくつか紹介したい。 (1)グローバルサウスのフード&アグリテック市場 世界のスタートアップへの投資額は、2010年代半ばから2021年にかけて、各国の金融緩和政策による余剰資金の増加と、2015年の「持続可能な開発目標」(SDGs)の採択を背景に、増加の一途を辿ってきた。しかし、その投資額は、2021年をピークに、2022年、2023年と大幅な減少に転じ、2024年は復調の兆しは見せたものの3年連続で減少している。なお、グローバルなフード&アグリテック業界と日本企業のビジネス機会に関する詳しい考察は、NOMURA フード&アグリビジネス・レビュー Vol.2[8]をご参照いただきたい。 一方、2024年のGS諸国におけるフード&アグリテック分野のスタートアップへの投資額は、増加に転じている(図表3-1)。米国・AgFunder[9]によると、2024年の世界のフード&アグリテック市場の資金調達額は、160億米ドルと、前年同期比で4%減少する中、GS諸国の同分野への投資額は、37億米ドルと、2023年と比較して63%増加している。長期的にみても、2015年当時10%強であったGSの全世界投資に対する割合は2024年度には23%と上昇しており、GS諸国のシェアが拡大している。また、欧州や中国での市場減退を背景に、2024年の世界全体での投資件数は、前年同月比で22%減となっている中、GS諸国の投資件数は前年同期比で8.4%の減少にとどまっている。 図表3-1 フード&アグリテック市場での全世界及びグローバルサウスへの投資状況 (出所)AgFunder「Developing Markets AgriFoodTech Investment Report 2025」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (2)事例紹介 ここからは、日本の公的機関や民間企業との間で接点がある、または今後協業が考えられるGS発のフード&アグリテック系のスタートアップを5社紹介する。これらの企業は、GS諸国の課題を解決するソリューションをそれぞれ有する事例であり、日本企業が「共創」を考えるうえで有益なスタートアップと考えられる。 1)自動化された農産物の生産システム Agrilogiq社(アグリロジック社)[10]は、2017年に南アフリカ共和国にて設立されたアグリテック企業であり、農業バリューチェーン全体の最適化を目指し、アグリテック分野における先進的なソフトウェアとハードウェアの開発を通じて、生産者と栽培施設を結びつけるプラットフォーム事業を展開している。具体的には、リアルタイムで取得したデータをクラウドベース上でのソフトウェアプラットフォームと連携させ、自動化されたシステムにより、各地域の気候に最適化した温室での農産物栽培に関する管理システムを提供している。同社は、国際協力機構(JICA)が、2024年に南アフリカ共和国で実施したNext Innovation with Japan (NINJA) [11]アクセラレーター・オープンイノベーションプログラムで採用された、ICTソリューションのアフリカの主要なインテグレーターである。日本電気株式会社(NEC)のアフリカ・サブサハラにおけるグループ会社であるNEC XON社とマッチングし、3か月にわたる実証実験(PoC)を経て、2025年に、NEC XON社の公式ベンダーとして正式に採用されている[12]。これから、NECのAI・データ分析技術や国際的なネットワークを活用することで、更なる国際的な展開が期待されている。 図表3-2 各気候に最適化した温室栽培システム (出所)Getty Images 2)中間流通を介さないマーケットプレイス index01Zowasel社(ゾワセル社)[13]は、2017年に設立されたナイジェリアのアグリテック系スタートアップであり、小規模農家の課題解決に特化している。ナイジェリアの農業市場において農家が直面する課題として、マーケットアクセスがある。創業者自身も小規模農家出身であり、その経験を活かして農家と企業を結ぶプラットフォームを立ち上げた。 Zowasel社のビジネスモデルは、農家(売り手)と企業(買い手)を直接結ぶマーケットプレイスを中心に展開しており、農家は中間業者を介さずに直接取引を行うことができる。同社によると、このアプローチにより、農家の平均収益をおよそ3割向上させることに成功している。その他にも、主な事業として、作物栽培に関する栽培指導や農機器のレンタル、クレジット・スコアリングサービスが含まれている。同社は、200万人以上の小規模農家と約5,000社の企業とのネットワークを有しており、主なパートナーにはシンガポールのOlam社、南アフリカのPromasidor社、アイルランドのGuinness社などが含まれている。また、Zowaselはナイジェリア三菱商事やJICAとの連携を通じても、農機導入や金融アクセスの向上を図っており、同社のビジネスモデルは、ナイジェリアの農家の「マインド変革」を通じて、農業の効率化と持続可能性の向上に貢献し、同国の農業関連の状況を根本から変える可能性を秘めている[14]。 図表3-3 収穫した農産物の情報を入力する農家 (出所)Getty Images 3)農業労働者の貧困撲滅とフェアトレード Endiro Coffee社[15]は、2011年に子どもたちの未来を奪う児童労働を終結させるというビジョンのもと、ウガンダの女性起業家によって設立されたウガンダ最大のコーヒー企業である。同社は、単純に利益だけを考えずに、貧困削減やフェアトレードを重視し、地元農家から調達した高品質でオリジナルなコーヒーを特徴としている。現在は、ウガンダ・ケニア・米国で17のコーヒーショップを運営している。2021年にウガンダで実施されたNINJA アクセラレータープログラムに参加し、日系企業との事業連携にも成功し、日本での販売経験も持つ。同社は現在、ウガンダだけではなく、他のアフリカ諸国のコーヒー農家と世界中のバイヤーを直接つなぐコーヒーEコマースプラットフォームの運営も計画している。 図表3-4 ウガンダ産のコーヒー豆 (出所)Getty Images 4)多面的な収益機会の提供 AGRO AGAPE社(アグロアガぺ社)[16]は、2018年に設立されたカンボジア発のスタートアップである。 「Farm to Table, Table to Farm(農場から食卓へ、食卓から農場へ)」をモットーに、カンボジアのコーヒー農家への質向上のための研修や機器の提供、質の高い豆の買い取りや卸売販売、カフェでの提供、そしてコーヒー豆の残渣からできるバイオ炭の肥料製造や販売等を行っている。カンボジアでは、多くの農産物を輸入に頼っており、コーヒーに至っては9割が輸入品となっている[17]。カンボジアでは、コーヒー豆が大量にベトナムに輸出され、ベトナム企業がコーヒー粉末を作り、ベトナム産コーヒーとして、カンボジアに再度輸出する不均衡な構造となっている。創業者で女性起業家のSreypouv Tan氏は、彼女の叔父の経営するコーヒー農園において、市場がないためにコーヒー豆が収穫されず、破棄されている現実を目の当たりにし、農家を支援するために本ビジネスを立ち上げた。また、Sreypouv Tan氏は、起業家として様々な障壁に直面しながらも、他の女性零細企業家を支援することにも情熱を注いでおり、女性起業家への支援プログラムにも参加している。同社は、2024年に開催された特定非営利活動法人ARUN Seed主催のCSI チャレンジ5に参加し、デロイトトーマツ賞金賞を受賞している[18]。 図表3-5 コーヒー農園 (出所)Getty Images 5)バイオスティミュラントによる農業生産性の向上 M4Life社(“Microbes For Life”(エムフォーライフ社)[19]は、2023年にアルゼンチンで設立されたバイオテクノロジーのスタートアップであり、微生物を活用した持続可能な農業改善を目指している。微生物の専門家と投資銀行出身者が共同創業しており、両者の専門性を活かして、農業の生産性向上に寄与する独自の技術を開発している。同社の主な特徴は、ストレス環境下で育つ植物の根から隔離した微生物を選択し、バイオ・トレーニング技術を用いて、気候変動や干ばつなどの非生物的ストレスに対する耐性を高めることにある。この独自の技術により、従来のバイオスティミュラントの効果を飛躍的に向上させることに成功しており、農業の生産性向上に寄与している。 図表3-6 土壌から微生物を単離する様子 (出所)Getty Images 同社は、すでに世界各地で圃場試験を実施しており、多くの実験で、当初の期待を超える高い成果を出しており、グローバル企業とのパートナーシップにも積極的で、大手企業と共同で新たなビジネスチャンスを模索し、付加価値を高めるソリューションを展開している。シリコンバレーの著名なベンチャーキャピタル投資家であるTim Draper氏が立ち上げた起業家育成プログラムで優秀賞を受賞したことで、国際的な知名度も上がり、将来の成長が大いに期待されている。 おわりに GS諸国は、豊富な資源、起業家精神が旺盛な国民性そして革新的技術の導入を背景に、リープフロッグ的に経済発展を遂げている。一方で、気候変動や地球温暖化の影響や地政学的なリスクを背景に、GS諸国はまだまだ社会課題が山積している。混沌とする現在の世界情勢において、日本が引き続き経済発展を遂げていくためには自社、自国の成長のみを考えるのではなく、GS諸国の企業をパートナーとして「共創」していくことが重要だ。 後編では、フード&アグリ分野において、日本の強みや個性を活かし、実際にGS諸国をパートナーとして捉え、海外展開を行っている日本企業を紹介するとともに、これら活動を後押しする日本政府や政府関係機関、そして各自治体の支援メニューについて紹介、考察したい。 [注釈] [1] フランス、米国、英国、ドイツ、日本、イタリア、カナダの7か国及び欧州連合(EU)が参加する枠組み。 [2] 「食料安全保障」FAOHP (https://www.fao.org/fileadmin/templates/faoitaly/documents/pdf/pdf_Food_Security_Cocept_Note.pdf) [3] Climate Watch HP (https://www.climatewatchdata.org/) [4] 「IPCC 第 6 次評価報告書 第 3 作業部会報告書の概要」環境省HP (https://www.env.go.jp/content/000155004.pdf) [5] 「2024年は産業革命前の平均気温を1.5℃以上上回った」コペルニクス気候変動サービスHP (https://climate.copernicus.eu/2024-track-be-first-year-exceed-15oc-above-pre-industrial-average) [6] 環境に配慮したかの様に見せかける、 実態が伴わない行動や表現 [7] 「JICAグローバル・アジェンダ(課題別事業戦略) 5. 農業・農村開発(持続可能な食料システム)」JICAHP (https://www.jica.go.jp/Resource/activities/issues/agricul/ku57pq00002cubgq-att/agricul_text.pdf) [8] 「フード&アグリテック・スタートアップのグローバル事業環境と今後の展開シナリオ - 国内大手企業の新規グローバル参入機会 -」野村證券HP (https://www.nomuraholdings.com/jp/sustainability/sustainable/fabc/data/20240611_2.pdf) [9] 「Developing Markets AgriFoodTech Investment Report 2025」 AgFunder HP (https://agfunder.com/research/agfunder-global-agrifoodtech-investment-report-2025/) [10] 会社HP (https://www.agrilogiq.com/) [11] JICAによる開発途上国のビジネス・イノベーション創出に向けたスタートアップエコシステム構築支援プログラム [12]「南アフリカ初のNINJAアクセラレーターの成果として、スタートアップ2社がNEC XONの公式ベンダーに」JICA HP (https://www.jica.go.jp/activities/issues/private_sec/project_ninja/news/2024/20250317.html) [13] 会社HP (https://www.zowasel.com/) [14] 「デジタル農協化」するアフリカ×アグリテック・スタートアップ」新潮社Foresight HP (https://www.fsight.jp/articles/-/49333) [15] 会社HP (https://www.endirocoffee.com/about-us-1) [16] 会社HP (https://agro-agapecambodia.com/) [17] 「【女性起業家の挑戦】起業を通じた社会課題解決 第二回 – カンボジア産コーヒーにかける思い」笹川平和財団HP (https://www.spf.org/gender/women_entrepreneurs/20231124.html) [18] 「CSIチャレンジ5最優秀企業は、侵略的外来植物のランタナから象のアートを製作するインドのスタートアップに決定」ARUN HP (https://www.arunseed.jp/info/20240517.html) [19] 会社HP (https://www.microbesforlife.com/) ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会
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06/22 09:00
【動画 3分チャート塾】シーズンⅤ:第8回 テクニカル分析が難しい局面は?
「動画 3分チャート塾」は、株価チャートの見方を学びたい初心者から中級者の方向けの動画シリーズです。 今回は、テクニカル分析が難しい局面について、主に3つの場面を説明しています。 シーズン I:意外と知らないローソク足(全8回)ローソク足の基本の読み方や中長期的な相場の捉え方などについてわかりやすく解説していきます。シーズンII:相場の見方の強い味方、移動平均線(全9回)移動平均線の基礎や活用法についてわかりやすく解説していきます。シーズンIII:上値、下値のメドを探ろう(全10回)上値、下値メドの探り方についてわかりやすく解説していきます。シーズンIV:相場の過熱感を測るには?(全9回)オシレーター系指標についてわかりやすく解説していきます。シーズンV:トレンドラインを引いてみよう(全9回)トレンドラインについてわかりやすく解説していきます。 ご投資にあたっての注意点
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06/21 15:00
生物多様性と今後の企業の在り方(前編)
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニアコンサルタント 遠藤 暁(2025年6月18日) 1.はじめに 2023年9月に自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が正式なフレームワークを公表したことを受けて、上場企業における非財務情報の開示に、生物多様性が盛り込まれるようになってきた。今後、この動きは、投資家はもとより、社会全体からの要請により、加速していくと考えられる。 生物多様性と言ったときに大前提となるのは、企業活動は自然資本(Natural Capital)の上に成り立っているという考え方である。これは、図表1のハーマン・デイリーのピラミッドの通り、水や空気、土壌などの自然を利活用してビジネスが成り立っており、それら全体を自然資本として尊重していかなければならないということである。現代社会に欠かせない電気ひとつをとって見ても、発電に自然資本が使われていることは明白である。公害などは言うまでもなく、自然資本をないがしろにする企業経営は、自社のレピュテーション低下や利用できる社会資本を傷つけ、回りまわって業績が悪化し、自社の企業価値を毀損することになり、逆に、自然資本を尊重し、利活用する企業は自社の企業価値を持続的に上げていくことができるのである。 その考えを自社の経営においてどのように落とし込んでいくのか、あるいは何を開示すべきなのか、についてTNFDでは、LEAPアプローチという手法で、自然関連の課題を特定して評価することを推奨している。LEAPは、Locate(発見)、Evaluate(診断)、Assess(評価)、Prepare(準備)の各ステップを表している。自社のサプライチェーン/バリューチェーンの全てを一気にということではなく、まずは少数の重要性の高いプロダクトやサービスに限定してLEAPアプローチを取ることが可能であり、また、LEAPの一部を取り上げて開示することも可能である。例えば、キリンホールディングスのTNFD報告では、自然関連への事業の依存度と事業が自然に与えるインパクトから、コーヒー豆、ホップ、紅茶葉、大豆が優先対象として選ばれ、その中で具体的な活動が行えるスリランカの紅茶葉農園にフォーカスし、2023年度はLocate(発見)とEvaluate(診断)について、2024年度はAssess(評価)とPrepare(準備)について開示を行っている。 なお、TNFDは、2015年に設置され既に多くの企業が対応している気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の4つの柱(ガバナンス、戦略、リスクとインパクトの管理、測定指標とターゲット)と11個の開示提言に自然特有の3つの開示提言を追加(ガバナンス、戦略、リスクとインパクトの管理の各々に1つずつ)したものとなっている。TCFDからTNFDへ拡張していく、という考え方で開示内容を検討すると、実務的に取り組みやすく、且つ投資家にとっても分かりやすいだろう。 図表1 ハーマン・デイリーのピラミッド (出所)2014年6月18日旭硝子財団「2014年(第23回)ブループラネット賞受賞者」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 2.生物多様性に関する歴史 15世紀以降、大交易時代(大航海時代)を迎え、世界各地の交易が盛んになると、新たな土地への外来種の侵入や珍しい動植物の乱獲も同時に進み、多くの種が絶滅した。これは、生態系内で行われる生存競争や災害などによって起こる自然由来の種の絶滅とは根本的に異なる人為的なもので、そのスピードは早い。最も有名な例の一つとして、乱獲によって絶滅したドードーが挙げられる。ロンドンの自然史博物館に全身骨格のレプリカがあるが、既に全身標本は失われており、わずかに頭部と左脚のみ標本がオックスフォード大学に残されている。ニホンオオカミも、1905年に絶滅したと言われており、これが現在のシカによる農作物等の食害の拡大につながっているとも言われている。人為的な自然破壊は、回りまわって自らに跳ね返ってくるのである。 1892年に米国でシエラクラブ、1895年にイギリスでナショナル・トラストが設立され、産業革命によって引き起こされた自然破壊に対する保護運動が始まった。また、1872年には、米国のイエローストーンが世界初の国立公園として指定され、その保護が開始されている。二度の世界大戦を挟み、1948年には、国際NGOとして、スイスのグランに本部を置く国際自然保護連合(IUCN)が立ち上がり、さらに1961年にIUCNの資金調達部門として世界自然保護基金(WWF)が設立された。その後、1962年にレイチェル・カーソンによる「沈黙の春」が著され、環境問題は市民の間でも広く知られるようになる。欧州で国立公園が設置されるのは、大半が第二次世界大戦後のことである。 また、国際的には、1971年に、湿地とその上に生息する動植物の保全等のために、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」(いわゆる「ラムサール条約」)が採択された。ラムサール条約の対象となる日本国内の湿地数は徐々に増え、現在、53か所が指定されている。加えて、1972年には、米国政府とIUCNが主体となって、「絶滅のおそれがある野生動植物の種の国際取引に関する条約」(いわゆる「ワシントン条約」)が採択されている。 日本国内では、1949年に尾瀬原ダムによる尾瀬の自然破壊を止めるために「尾瀬保存期成同盟」が立ち上がり、1951年に日本自然保護協会へ名前を変え、1960年に財団法人化しIUCNに加入、2011年に公益認定された。また、公害問題を機に1971年に環境庁(現 環境省)が発足し、環境行政と自然保護行政を担うこととなった。 これらの20世紀半ばから後半にかけての国内外の動きは、現在の生物多様性保護につながるが、どちらかというと公害や都市化などによる自然破壊を食い止める動きであった。一方で、20世紀末からの自然保護活動は、保護だけではなく、より積極的に生物多様性を増加させていこうという動きと捉えることができる。その先駆けとなるのが、1992年に採択された生物多様性条約(CBD)である。2025年3月現在、194か国と欧州連合、パレスチナが締結しているが、米国は遺伝情報の保護に関して不十分であることを理由に、未締結となっている。 CBDは、ワシントン条約とラムサール条約を補完する形の内容となっており、3つの大きな目的を定めている。一つ目が生物多様性の保全、二つ目が生物多様性の構成要素の持続可能な利用、三つ目が遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分である。この三つ目の目的に関連して、2010年に名古屋議定書が採択されている。また、CBD第8条(生息域内保全)及び第19条(バイオテクノロジーの取扱い及び利益の配分)第3項に関連して、「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」が2001年に採択され、さらに世界目標として「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が2022年12月に採択されている。これらの条約等の関係は、図表2の通りである。 図表2 生物多様性条約と関連する条約等の関係 (出所)外務省および環境省HPの情報により、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 図表3 自然保護・生物多様性に関する国内外の主な出来事 (出所)公開情報により、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 3.生物多様性と森林・林業・木材産業 生物多様性を考える際に、分かりやすい例の一つが森林生態系である。森林は、様々な動植物が一定の生息域に存在し、相互作用によって成り立っている。生態系内のプレーヤーは、無機物から有機物をつくる植物を中心とした生産者、生産者が生産した有機物を取り入れる消費者、消費者のうち有機物を無機物に分解する過程に関与する分解者の大きく3つ分けられる。植物(生産者)が光合成によって生み出したエネルギーにより葉や枝が生長し、それらを食べる昆虫が集まり、さらに昆虫を食べる鳥類や小型哺乳類が集まり、それらを捕食する、より大型の哺乳類が生息域に存在する。昆虫や鳥類、哺乳類の死骸や落ち葉などは、微生物や細菌類によって分解された後に、植物が根から養分として吸収し、枝葉が生長するサイクルに戻る。生産者から消費者、分解者そして生産者へ戻るサイクルが健全に維持されることで、有機物生産が豊富な森林では自ずと生態系も豊かになる。 日本では、古くからこの森林生態系の豊かさに畏怖の念を抱き、山岳信仰が根付いてきた。今でも、マタギたちは、山に入る前に山の神に祈りを捧げ、山言葉を用いる。山は神聖な地であり、汚れた里の言葉を使わないためとされている。これらの信仰は、自然保護的な考え方に基づいており、むやみに獲物を獲らないことを徹底していることは、その考え方を端的に表している。山岳信仰は、北海道から沖縄まで日本全国に存在しており、アニミズム的信仰に基づいているため、起源は縄文時代初期までさかのぼると考えられている。氷河期に覆われた欧州では樹種が少ないことは言うまでもなく、動物種においても、日本と比較すると少ない。万物に神が宿ると考える日本人の精神性と自然保護あるいは生物多様性というのは、元来馴染みがあると言える。 生物多様性が木材の生産量にどう影響するのかを明らかにしたのは、カナダの森林生態学者のスザンヌ・シマード博士である。2023年に日本語版が出版され、ベストセラーとなった「マザーツリー―森に隠された「知性」をめぐる冒険」(ダイヤモンド社)の著者である。シマード博士は、様々な樹種の間で、根から土壌中の菌類を通じて生態系内にネットワークが張り巡らされており、様々な樹種間でコミュニケーションが行われていることを、放射性同位体を用いた実験により実証した。特に、森林生態系内に存在する高樹齢の「マザーツリー」が、幼木へ栄養分などを送ったり、食害に対する警告を送ったりしていることが分かっている。そして、様々な樹種が存在することで、このようなコミュニケーションが活発になり、最終的な樹木の生長にもプラスの影響があることを明らかにした。 また、九州大学の榎木勉准教授の「長期間にわたる下層植生の除去が森林生態系の機能に及ぼす影響の評価」においても、下層植生の除去がカラマツ人工林の成長量減少につながる結果を示している。さらに、ミズナラ二次林とカラマツ人工林を比較した影響調査では、下層植生の変化に対する生態系機能への影響は、ミズナラ二次林よりもカラマツ人工林において大きいことが分かり、人工林における下層植生の重要さを示唆している。さらに、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、地方独立行政法人北海道立総合研究機構森林研究本部林業試験場、アメリカ地質調査所の研究グループは、北海道のトドマツの人工林の中で、少量の広葉樹をトドマツ伐採時に残すことで、鳥類の個体数が増加することを実証した。haあたりわずか20~30本の広葉樹を維持することで、皆伐よりも鳥類の個体数が統計的に優位に維持できるとしており、経済性を少しだけ犠牲にすることで、生態系が保全できることが分かっている。カーボンクレジットのように、この生態系保全による得られる様々な効果を証書化して経済価値として見える化し、木材価格に折り込む、あるいは証書だけを取引できるようになれば、この経済性の犠牲に関しても外部化して、コスト負担をサプライチェーンの下流側でも負ってもらうことが考えられる。 具体的な生物多様性を保全した森林の構想として、愛媛県久万高原町の「黄金の森プロジェクト」を前編の最後に紹介したい。プロジェクトをリードする久万造林は、創業1873年の150年以上に亘って、久万高原町で林業を営んできた。創業者である井部栄範がスギの苗木を植樹したのが、この地の林業の始まりとされている。今では、久万高原町はスギの名産地として知られ、愛媛県の林業研究センターが設置されるなど、県内の林業の中心地の一つとなっている。 黄金の森プロジェクトでは、皆伐した見晴らしの良い南向き斜面に、100年後を見据えた多様性を確保した森づくりを行っている。特徴的なのは、植樹する樹種の選定や植え付け場所などに、庭師の考えを取り入れていることである。日本庭園は、自然の美を狭い範囲に再現することを目的としており、元々は、自然の山の植生から何をどこに植えるかなどの技術が生まれている。その庭師の技術を逆輸入する形で、山に適用したのが、黄金の森プロジェクトである。スギやヒノキといった造林樹種だけではなく、広葉樹を含めた幅広い樹種を植栽している。 また、80年生を超えるスギが生えている林分(樹種や樹齢などが同じ森林を指し、森林管理の最小単位)では、下層植生の生育を促す間伐を定期的に行い、森林セラピーやキャンプ場として利用する計画、間伐や施業を直接見ることが出来るエリアを設ける計画など、林業関係者以外の人々が森に親しみを持ってもらうことも考えられており、オープンイノベーションが生まれる場を提供しようと考えられている。黄金の森プロジェクトが実施されているエリアは、全てドローンによるレーザー計測が終わっており、山全体の3Dデータや施業実績が整備されていることから、どのような施業を行うとどういった状態になるのか、というバックデータがあることも強みである。 後編では前編の内容を踏まえた企業の社会的責任と生物多様性に配慮した今後の企業の在り方について、まずはメセナ、ESG、SDGsといった企業の社会的責任の変遷を追う。そしてプロジェクトファイナンスにおける国際的なコンセンサスであるエクエーター原則や世界銀行EHS(環境・衛生・安全)ガイドラインなどを取り上げ、生物多様性保全の考え方を解説した上で、投資家の間で関心が高まっている非財務情報の開示にも触れて、今後の企業経営における生物多様性の重要性を強調したい。 以上 ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会
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06/21 09:00
【オピニオン】FRBはタカ派的金利据え置きを決定
※画像はイメージです。 FRBは2025年6月17-18日にFOMCを開催し、市場予想通り全会一致で政策金利であるFF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標を4.25-4.50%に据え置きました。政策金利の据え置きは4会合連続です。注目された政策金利見通し(中央値)では、2025年中の利下げ幅を0.5%ポイントと据え置いた一方で、26年の利下げ幅は前回(25年3月)時点の0.5%ポイントから0.25%ポイントへと修正、27年に関しては0.25%ポイントの利下げ見通しを据え置きました。25年の政策金利見通しの内訳を確認すると、年内利下げなしとの見通しが前回の4人から7人に増加しています。 また、25年10-12月期と26年10-12月期の経済見通し(中央値)は、実質GDP成長率(前年同期比)を下方修正した一方で、失業率、並びにFRBがインフレ指標として重視しているコアPCE(食品・エネルギーを除く個人消費支出)デフレーター(前年同期比)の見通しを共に上方修正しています。このことから、FRBが利下げに慎重化している背景には、景気見通しの改善ではなく、インフレ高止まりへの警戒感があると解釈できます。以上のように、今回の決定はタカ派(インフレ抑制重視)的な金利据え置きであったと言えそうです。 FRBは声明文で「経済見通しに関する不確実性は一時よりやや低下したものの依然として高水準にある」との見方を示しました。パウエルFRB議長も記者会見で物価の押上げ圧力が長期化するリスクを強調したうえで、FRBの責務の一つである完全雇用を達成するうえでは物価の安定が不可欠であると、スタグフレーション(景気減速下でのインフレ高進)リスクが高まる中で、インフレ抑制を重視する姿勢を示しました。 FRBの金融政策判断は「データ次第」との状況が続くと想定されます。パウエルFRB議長はインフレの鎮静化を待って利下げを実施する意向ですが、失業率の急上昇など雇用環境の悪化に対しては柔軟に対応する姿勢です。 野村證券ではFRBは当面の間様子見を続け、25年12月以降、3会合連続でそれぞれ0.25%の利下げ実施との見通しを据え置きました。一方、市場では、早ければ9月会合を皮切りに、25年中に2回の利下げが概ね織り込まれています。 政策判断を巡るノイズとしては、トランプ大統領による利下げ要請が挙げられます。今後、FRB議長の後任人事を巡って市場の政策金利見通しに影響を与える可能性があり、注意が必要です。 FRBは2025年の2回の利下げ見通しを維持 (注)FOMCは2025年6月17-18日に開催。予想の中央値。実質GDP成長率及び2つの物価指標は各年10-12月期の前年同期比。失業率は民間部門の各年10-12月期平均の失業率。コアPCEデフレーターは価格変動の激しい食品とエネルギーを省いたもの。政策金利はFF(フェデラル・ファンド)金利のレンジの中央値で、各年末値。(出所)FRBより野村證券投資情報部作成 ご投資にあたっての注意点
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06/21 07:00
【来週の予定】中東情勢と関税交渉の行方に注目集まる
来週の注目点:中東情勢、日米の関税協議、主要国の企業景況感 イスラエルがイランへの攻撃を13日(金)に開始してから、中東情勢を巡る緊張が株価の上値を抑えています。今後のポイントは、米国が軍事行動に出るか、イランとイスラエルが停戦合意に応じるか、イランがホルムズ海峡を封鎖するかなどです。その可能性は低いと見られますが、仮にホルムズ海峡が封鎖された場合には、原油価格の急騰や、株価への悪影響が懸念されます。 また、トランプ政権による相互関税の上乗せ分の停止期限の7月9日(水)が近づき、各国との協議が焦点となります。難航している日米交渉は、6月24日(火)~25日(水)のNATO(北大西洋条約機構)首脳会議で首脳協議が実施される可能性があり、注目されます。 日米の金融政策に関しては、24日(火)及び25日(水)にパウエルFRB議長の半期に一度の議会証言、25日(水)に日銀田村審議委員の発言機会が予定されています。また、同日に6月日銀金融政策決定会合における主な意見が公表されます。今後の日米の金融政策を占う上で重要です。 米国の経済指標は、23日(月)発表の6月S&PグローバルPMI速報値、24日(火)に6月消費者信頼感指数(コンファレンスボード)、26日(木)に5月耐久財受注、27日(金)に5月個人消費支出(PCE)・所得統計が発表されます。 日本の経済指標は、23日(月)発表の6月auじぶん銀行PMI速報値、27日(金)に6月東京都区部消費者物価指数が発表されます。6月東京都区部(総務省版)コアコアCPI(食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く)は前年同月比+2.2%と、前月の同+2.1%から加速したと野村證券では予想します。家賃の引き上げや、25年度の賃上げを受けた価格転嫁が反映されると見ています。 ユーロ圏では、23日(月)にドイツやユーロ圏の6月HCOB PMI速報値、24日(火)にドイツの6月Ifo企業景況感指数が発表されます。ドイツでは新政権が発表した財政政策とECBによる利下げが景況感の改善に寄与すると見ています。 (野村證券投資情報部 坪川 一浩) (注1)イベントは全てを網羅しているわけではない。◆は政治・政策関連、□は経済指標、●はその他イベント(カッコ内は日本時間)。休場・短縮取引は主要な取引所のみ掲載。各種イベントおよび経済指標の市場予想(ブルームバーグ集計に基づく中央値)は2025年6月20日時点の情報に基づくものであり、今後変更される可能性もあるためご留意ください。(注2)画像はイメージです。(出所)各種資料・報道、ブルームバーグ等より野村證券投資情報部作成 ご投資にあたっての注意点