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【特集】“もしトラ”で米国金利に起きるシナリオ 野村證券ストラテジストが大統領選を解説

2024年の金融市場に最も大きく影響するイベントのひとつが、米国大統領選挙です。民主党のバイデン大統領と共和党のトランプ前大統領の一騎打ちとなり、11月5日に投開票が行われます。もし、トランプ氏が大統領に返り咲くと、どんな影響があるのでしょうか。 野村證券投資情報部 シニア・ストラテジストの尾畑 秀一は、「読み難い政治リスクと、数字で把握できる経済リスクは峻別して考える必要がある」と解説します。 足元の米国政策金利の動きを踏まえ、今後考えられるシナリオと金融市場への影響について詳しく解説してもらいました。 “もしトラ”について注意すべきは、インフレを促進するリスク ――まずは今の金融市場の状況を教えてください。米国政策金利や経済全体について、どう見ていますか。 尾畑 秀一(以下、同)急激なインフレ対策として、米国政策金利が利上げに転じたのが2022年2月です。そこから2023年7月までの1年半弱の間に急速に利上げが進み、米国政策金利は5%台に達しました。 米国が景気後退(リセッション)に陥ってもおかしくない速度で利上げが進んだのですが、足元では米国経済は底堅く、景気が緩やかに減速する、つまりソフトランディングができると見られています。 利上げをしてインフレが落ち着き、景気もスローダウンしたので、次は利下げというのがセオリーです。2024年当初、マーケットは2024年中に6回の利下げがあることを織り込んでいました。しかし今は、2024年の半ばから利下げが開始され、2年間で6回の利下げがあるだろうという見方に変わってきています。 一般的に、利下げされると景気拡大が見込まれるので、株価は上昇する傾向があります。このように金利低下を主因に株高が引き起こされる相場を「金融相場」と呼びます。これに対し、企業の業績が上がることで株価が上がる相場を「業績相場」と呼びます。 今は、利下げがあるからこそ株価から上がっていく金融相場になるのか、利下げがあまり進まなくても企業の業績が良くなっていくから株価が上がる業績相場にいくのか、せめぎ合っている状況です。業績相場への自信が高まっていけば、市場は利下げの有無に一喜一憂することがなくなると期待できます。一方で、金融相場が続くなら、インフレ再燃から利上げ期待が再び台頭すれば、株価は大きく下落する可能性があります。 ――そこで、もしトランプ前大統領が再選したらどういうシナリオが考えられますか。 トランプ氏がどんな政策を取るかがポイントです。トランプリスクというときに、読み難い政治リスクのせいで、経済も先が見えないように思えてしまうのですが、そこは峻別して考える必要があります。経済のリスクに限ると、トランプ氏は景気がしっかりしているときにもインフレ的な政策を採用するのではないかという懸念があります。 景気が後退しているときに景気刺激策を取るのはいいのですが、景気が強いのにさらに刺激させる政策はいいとは言えません。 マラソンでペースが落ちているときに「もっとペースを上げろ」と声を掛けるのは効果的ですが、ラストスパートしているのに「もっと加速しろ」と引っ張り上げられると、体温が上がりすぎて倒れてしまうようなイメージです。 ――トランプ氏が取ると予想されるインフレ的な政策には、例えばどんなものがありますか。 1つは減税です。減税によって使えるお金が増えれば消費を押し上げますが、モノの値段が上がって物価高リスクが再燃しかねません。やり過ぎれば利上げせざるを得なくなり、景気が悪くなってしまいます。 もう1つは移民規制の強化です。現在の米国景気は底堅く、失業率は3.8%とかなり低い状況です。つまり、労働市場の需要に対して供給が追い付いていない側面があります。それなのにインフレが進まずに済んでいるのは、移民によって労働供給が賄われているからです。もしそこを止めると、労働の供給が滞り、物価が上がっていくことになりかねません。 ただし、これらのリスクは数値化できるので、ある程度読むことができます。例えば移民受け入れを止めた途端に労働供給がどれだけ減って賃金上昇プレッシャーはどう変わるのかを数字で議論できるのです。 トランプ氏が前回大統領に就任したときは、何をするかがわからず怖かった。しかし、もはや「見たことがないオバケ」ではありませんから、それほど怖がる必要はありません。前回のトランプ政権の経済政策を見ると、選挙公約に影も形もなかった政策は行っていないのです。今掲げている選挙公約を見れば、少なくとも経済政策は何をやってくるのか想定できます。仮説さえ立てば、あとは計算できる世界です。 “もしトラ”について読み難い政治リスクとは 一方、読めないものの1つが閣僚人事です。米国の歴代大統領は、重要閣僚から順番に決めていきます。経済、外交・軍事など、どんな順番で重要閣僚を任命していくかを見ると、何の政策にプライオリティを置いているかがわかります。 ところが前回のトランプ政権で、早々に決まったのは身内の起用で、政権が発足してもまだ全閣僚の席は埋まらず、それどころかどんどん辞めていきました。最初の3カ月で重要閣僚が辞めた人の数は歴代大統領で1位を独走していました。今回はさすがにそこまでのことにはならないと思うのですが。 もう1つは外交・軍事。こちらは読み難い政治リスクです。ウクライナやガザの紛争に対して、アメリカがどういう政策を取るかは重要です。トランプ氏はもしかすると「ウクライナへの支援を停止して、その結果国土がロシアに渡ってもいいのではないか」などと言いかねません。ロシアや中国から見ると、アメリカ・ファースト(米国第一主義)で世界情勢から手を引く考えのトランプ氏が大統領なら、力で押し切れば国土を広げられるという解釈に繋がるリスクがあります。 有効な対策は幅広い分野への株式投資 ――大統領選挙の結果で、米国や日本の株価にはどんな影響が出ると予測されますか。 前回のトランプ政権時に株価がどんな動きをしたかを見ると、トランプ氏が勝利した2016年選挙の投開票日前日を100とすると、コロナ禍前の2020年初頭でS&P500の株価指数は160で6割上がっています。日経平均は4割上がっています。 大統領選挙中は、今後を予想しづらいので、あまり相場は動かないのが特徴です。そして結果が出た後は、2016年にトランプ大統領が誕生したときも、2020年にトランプ氏が敗れ、バイデン大統領が誕生した時も、規制対象となると見られていた業種でさえ不透明感が解消されていったん株価が上がっています。 それから先は、政策次第です。例えば今のバイデン政権は環境問題に力を入れているので、エネルギー安全保障や気候変動対策に税控除や補助金を盛り込んだインフレ削減法(IRA)を成立させて、グリーンエネルギー関連が伸びました。しかし、トランプ氏は就任したらEV(電気自動車)への補助金などを廃止すると言っています。業種によって恩恵を受けるところと、逆風が吹くところは出てくると思います。 ――それを今から読んでおくことは有効ですか。今、米国株を持っている人はどう考えるといいでしょう。 米国大統領選挙はどちらに転ぶか全く分かりませんので、もしトランプ氏になったら、という状況だけを考えるのではなく、もしバイデン大統領のままだったらという状況も想像して、幅広い分野に分散投資しておくことはできると思います。環境系だけなど、一つの分野に集中するのは避けたほうがいいでしょう。 一方、例えばEV補助金が廃止や縮小になったとしても、株価が下がり続けるわけではありません。例えばいったんは大手自動車の業績が落ちて株が下がることがあったとしても、競争力がある車を作っていれば、下がりすぎた株価は戻ってくると考えられます。もうEVメーカーの株は買えないということではありません。 株式のほかには、インフレや地政学リスク、トランプ氏を巡る不透明感のリスクを回避するために、金投資や不動産などの実物投資を考えるのも一案です。逆にインフレに対して一番弱いのは現金です。 また、インフレになって金利が上がれば、さらにドルが強くなることが予想できます。特にトランプリスクを考えるなら、ドル建ての資産が少ない人はそれを増やすことを検討してもいいかもしれません。 ちなみに前回のトランプ政権時の為替を見ると、当選直後は短期間で20円ほどドル高・円安になっています。その後政権誕生で混乱が続いて円高方向に揺り戻しがあり、17年から20年のコロナ禍前まで、110円を挟んでプラスマイナス5円で上がったり下がったりでした。金融政策は2016年の12月、大統領選後から利上げが始まって、基本3カ月に1回のペースで2018年の12月まで利上げを続けました。普通、利上げをしたらドルが強くなるのですが強くはなりきりませんでした。中長期での為替の影響はまだ読み切れないところがありますが、少なくとも極端に円高になることはなさそうです。 ――日本株を持っている人への影響はどんなことが考えられますか。 日本株を分散して持つことは、為替リスクもないですしいい戦略だと思います。極端な円高にはならない見通しですので、トランプリスクによって日本株が売られるシナリオはそれほど気にしなくてもいいでしょう。 ただ、もし米国産業の保護のために追加関税などの締め付けが強くなると、日本の輸出企業は価格で勝負できなくなってしまうことがあり得ます。現地に工場を持っていればいいのですが、日本国内で製造する輸出企業にとっては厳しくなるかもしれません。 また、トランプ氏が大統領になるとすると、中国に対しては強硬策を取る可能性が高く、米中貿易摩擦により中国で作ったものを米国に輸出しにくくなる可能性があります。そうなると非効率的ではあるものの、サプライチェーンには2本のループが必要になります。 各国で設備投資の需要が生まれ、資本財のメーカーは恩恵を受ける可能性はあります。半導体需要が高まったために、日本の半導体製造装置や検査装置のメーカーが恩恵を受けたのと同様の波及があるかもしれません。 いずれにせよ、最も備えるべきはインフレに対するリスクであり、現金資産が多すぎる状況は避け、いろいろな業種の株式などに分散投資するのが得策だと考えます。 ――ありがとうございました。 文/中城邦子 写真/稲垣純也 野村證券投資情報部 シニア・ストラテジスト 尾畑 秀一1997年に野村総合研究所入社、2004年に野村證券転籍。入社後、一貫してエコノミストとして日本、米国、欧州のマクロ経済や国際資本フローの調査・分析に従事、6年間にわたり為替市場分析にも携わった。これらの経験を活かし、国内外の景気動向や政策分析、国際資本フローの動向を踏まえ、グローバルな投資戦略に関する情報を発信している。 ※本コラムで取り上げられた投資に関する基本的な考え方などについては、あくまで個人の見解によるものであり、野村證券の意見を代表するものではございません。 ご投資にあたっての注意点

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