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欧米における営農型太陽光発電の動向
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニアフェロー 石井 良一(2025年5月20日) はじめに 営農型太陽光発電とは、一時転用許可を受け、農地に簡易な構造でかつ容易に撤去できる支柱を立てて、上部空間に太陽光を電気に変換する設備を設置し、営農を継続しながら発電を行う取組である。2013年3月に農林水産省が通知として「支柱を立てて営農を継続する太陽光発電設備等についての農地転用許可制度上の取扱いについて」を発出して以降、その許可件数は増加している。2018年5月には、担い手が下部の農地で営農する場合等について、一時転用期間をそれまでの3年以内から10年以内に延長した。図表1に示すように、2022年度末までで、全国で5,341件、下部農地面積1,209haになっている。件数は増えているものの、下部農地面積は平均23a/件、発電出力はほとんどが数十KWと、10数年経過しても未だ小規模に留まっている。また、2024年8月には、経済産業省は農地法違反で342件20事業者に対し、FIT・FIP交付金を停止するなど、適切に営農事業、発電事業が行われていない事例も見られる。[1] 図表1 我が国における営農型太陽光発電設備の許可件数等の推移 (出所)農林水産省(2025.4)「営農型太陽光発電について」 2025年2月に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画」[2]では、再エネ電力の中で太陽光発電が主要電源と位置付けられており、太陽光発電については2022年度における全体電源の9%のシェアを2040年度には23~29%まで高める計画となっている。太陽光発電の今後の発電適地は限定的であり、営農型太陽光発電が期待されているもののスケール化には至っていないのが現状である。 海外でも気候変動対策として太陽光発電の拡大が期待されている中で、欧米においては近年急速に規模の大きな営農型太陽光発電が増加している。本論では、既存公開資料を基に、欧米の最近の動向を概観し、我が国への示唆をまとめたい。なお、営農型太陽光発電の名称については、一般的に、欧米ではAgrisolar(アグリソーラー)、Agrivoltaics(アグリボルタイクス)を使用している。 第1章 欧州における営農型太陽光発電の状況 1. 発展の経緯 営農型太陽光発電のコンセプトは1981年にドイツの物理学者であり太陽光発電技術のパイオニアであるAdolf Goetzberger氏が提唱したのが最初と言われている。[3] 2004年にドイツで最初のシステムが実証され、2011年にドイツで規模の大きなシステムが稼働した。その後、太陽光発電への期待が高まるとともに、欧州各国で営農型太陽光発電の設置が相次ぎ、施設あたりの規模も次第に拡大しつつある。欧州全体に拡大しているが、発電出力20MWを超えるような大規模なものはスペイン、イタリア、フランスに多い。 営農型太陽光発電の近年の急速な拡大は、欧州を取り巻く気候変動、エネルギー政策と強く関連している。この数年、欧州は何度も深刻な熱波に見舞われ、各地でこれまでにない健康被害、干ばつを記録している。一方、ロシアのウクライナ侵攻に端を発するロシアからの石油・天然ガスの輸入削減、エネルギー価格の上昇は、待ったなしで石油エネルギーから再生可能エネルギーへの移行を迫っている。 2022年5月に、欧州委員会は「REPowerEU Plan」を発表し、EUは太陽光発電全体を2021年の162GWから2025年には380GWに、2030年には750GWまで増加させるとした。熱波をいくらかでも遮り農業生産を持続的にするとともに、政策に対応し太陽光発電を増加させることが営農型太陽光発電の拡大を後押ししているのである。 図表2 欧州における営農型太陽光発電の分布(2024年) (出所) Solar Power Europe(2024) ” Agrisolar Handbook ” (掲載サイト) https://www.solarpowereurope.org/insights/thematic-reports/agrisolar-handbook-1 2. 法制度・支援制度 EUは、加盟国27カ国で共通して講じられる農業政策であるEU共通農業政策(CAP)を策定している。EU予算を財源としてEU全体で運営されている。それは、(ア)農業者の所得を保障するための「価格・所得政策」、(イ)各加盟国が農業部門の構造改革、農業環境施策等の農村振興プログラムを実施する「農村振興政策」の二本柱からなっている。2023年1月に発効した改正CAP(2023-2027)は、より環境に優しく、より公平でより持続可能な農業の実践というコンセプトに基づいている。CAPに基づき、国レベルで戦略計画を策定しているが、営農型太陽光発電については、ドイツ、イタリア、オランダ、スロベニアの4ヶ国の戦略計画で推進することを位置付けている。[4] 営農型太陽光発電をきちんと法令に位置付けた国はまだ多くはない。フランスでは、2023年3月に「再生可能エネルギー生産加速法」[5]を施行した。その中で、農地での地上設置型太陽光発電を禁止し、営農型太陽光発電を定義し、農林業や牧畜業と両立可能な再生可能エネルギー生産を推進する方向性を明確に打ち出した。2024年4月に法令第2024-318号[6]を発表し、営農型太陽光発電の開発および規制を明らかにした。法令は、土地の農業利用を保護することに特に重点を置いており、最長40年間の許可を与える代わりに、収量は近隣と比較して90%以上を確保すること、架台の設置によって耕作できない面積は総面積の10%以内にすること、10 MWを超える設置の場合は遮光率[7]が40%未満であること、架台の設置の高さと間隔は通常の農業活動を可能にする必要があること、稼働前の事前検査を受けること、農地への原状回復が可能なこと、事前に供託金の納付を求め、違反の場合、原状回復費用に充当することとしている。 ドイツでは、「再生可能エネルギー法」(EEG2023)において、通常の太陽光、陸上風力、洋上風力、バイオマスと並んで、営農型太陽光発電の入札枠[8]が設けられている。2022年2月に、経済・気候保護省、環境・自然保護・原子力安全・消費者保護省、食料・農業省の3省が「太陽光発電拡大の方策についての3省による合意事項」を発表し、全ての農地での営農型太陽光発電を支援することとし、発電による土地の農業利用への影響が15%までの場合、CAPの支援を受けることも可能とした。ドイツでは、営農型太陽光発電システムの規格であるDIN SPEC91434で、枠組みと支援制度の概要を公表している。農業収量については非設置エリアと比較して66%以上にするという評価基準がある。 イタリアでは、2024年5月に「農地での地上設置型ソーラーパネルを禁じる緊急政令」を発布した。地上2.1メートル以上の高さを持つ営農型太陽光発電は除外している。すなわち、農地においては、営農型太陽光発電以外は設置できないこととした。 3. 営農型太陽光発電の特徴 ⑴ 営農型太陽光発電のメリット 欧州では、営農型太陽光発電のメリットは次のように捉えられている。[9] このうち、③農作物の保護、④持続可能な農業方法の支援、⑤気候変動への適応力向上、⑦先進的な再生可能エネルギー技術へのアクセスについては、我が国ではまだ強調されていないが、近年長期間の猛暑を記録しており、営農型太陽光発電のメリットとして再認識する必要がある。 ①農村経済に貢献 雇用を創出し、地域の収入や税収を生み出し、エネルギーの安全保障と農家や土地所有者に多様な収入源を提供する。 ②再生可能エネルギーの自家発電 農家は自分たちで再生可能エネルギーを生成することで、エネルギーコストを削減し、グローバル市場の混乱によって著しく上昇した不安定なエネルギー価格に対する脆弱性を軽減できる。 ③農作物の保護 干ばつ、直射日光、洪水、雹などの厳しい気象から農作物を保護する。 ④持続可能な農業方法の支援 水管理の改善を通じて再生可能な農業などの持続可能な農業方法を支援できる。具体的には、蒸発散量の低下により灌漑目的の水使用を削減し、太陽光パネルの下での温度低下により農作物の水需要を減少させること、雨水収集システムを設置して雨水の再利用を行うなどである。 ⑤気候変動への適応力向上 太陽光発電設備の設置により、農作物の気候変動による物理的リスク(気温上昇、洪水、極端な気象イベント)に対する耐性を強化できる。 ⑥土地の二重利用 農業とエネルギー生産の両方のために土地を二重利用することを可能にし、土地の効率を最大化し、農作物生産を犠牲にすることなく利用可能な資源をより良く活用する。 ⑦先進的な再生可能エネルギー技術へのアクセス 農家に現代的な再生可能エネルギー技術へのアクセスを提供し、スマート農業ツール、スマート灌漑システム、エネルギー効率の高いシステムを活用することで、生産性をさらに向上させることができる。 ⑵ 営農型太陽光発電のタイプ 欧州においては、一般的に、図表3に示す10タイプがある。生物多様性タイプや牧草発電タイプなど我が国よりも多様な活用がされている。 図表3 営農型太陽光発電ビジネスのタイプ (出所)Solar Power Europe(2024)”Agrisolar Handbook”より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 ⑶ ビジネスモデル 営農と発電事業を両立させるために、図表4に示すようにいくつかのビジネスモデルが存在する。農家の同意の下で発電事業者がソーラーシステムを所有運営するモデルが一般的である。この場合は、農地を所有する農家は、その農地の一部を発電事業者に賃貸し、具体的な合意に基づいて農業活動を行う。農地所有者と農家が別の法人である場合、農地所有者は土地を賃貸し、農家は発電事業者との具体的な合意に基づいて農業活動を行う。 図表4 営農型太陽光発電のビジネスモデル (出所)Solar Power Europe(2024)”Agrisolar Handbook”より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 4. 注目すべき事例 欧州においては、図表5に示すように、近年、農地面積数十~数百ha、発電出力20MW以上の大規模な営農型太陽光発電が増加している。特に、2022年5月の欧州委員会「REPowerEU Plan」発表以降の事例が目立っている。事業主体のほとんどは大手の再生可能エネルギー発電会社であり、農家から農地をリースし、共同で事業を行っている。 図表5 欧州における大規模営農型太陽光発電の事例(発電出力20MW以上) (出所)SolarPower Europe “Agrisolar Digital Map” https://agrisolareurope.org/map/ より作成 このうち、我が国でも参考になる事例を紹介する。 ⑴ 羊の放牧 大規模な営農型太陽光発電では、羊の放牧をしている事例が多い。欧州には、もともと耕作に向いていなく、羊の放牧をして、羊毛、チーズ、肉などを生産している地域も多い。発電事業者にとっては大規模な面積を確保できることが最大のメリットである。羊はおとなしく草を食み、手間があまりかからなく、設備などへの損傷が少ないことも牛や馬と比較してのメリットである。一方、農家にとっても、経済的なメリットの他、①日陰により羊に休息や繁殖の場を与えることができる、②水分の蒸発を抑え、土壌の乾燥を抑えることができる、というメリットがある。 図表6 営農型太陽光発電での羊の放牧のイメージ (出所)Getty Images ⑵ ブドウ栽培 近年の猛暑は欧州のぶどうの生産に大きな影響を与えている。2023年、フランスのボルドーでは「ヒートドーム」現象が発生し、一部の地域で気温が40度を超え、猛暑と洪水が重なり、真菌(カビ)による病気が大発生し、ブドウ畑全体の約90%が被害を受けた。 図表7 営農型太陽光発電でのブドウ生産のイメージ (出所)Getty Images こうした中で、営農型太陽光発電下でブドウを栽培することが始まっている。農家にとっては、経済的なメリットの他、①水分の蒸発を抑え、散水を抑えることができる、②適度な日陰が生まれ、熱波をいくらかでも和らげ、ブドウの収穫時期を遅らせ成熟度を上げることができる、というメリットがある。 実際、イタリアのワインメーカー、Svolta Srl社が自社のブドウ畑に営農型太陽光発電設備を導入した結果、大幅にワインの品質が向上し、高品質のワインが生産できたとのことである。[10] 第2章 米国における営農型太陽光発電の状況 1. 発展の経緯 米国においては、NREL(国立再生可能エネルギー研究所)が2010年から営農型太陽光発電に関するフィールドリサーチを行っており、2015年以降、全米各地の研究サイトで研究を行ってきた。現在でも営農型太陽光発電に関する研究開発、情報発信、情報交流の全米のハブとなっている。[11] 営農型太陽光発電の本格的な商業展開は2021年以降のことである。2015年以降、太陽光発電は拡大をしていたが、2020年で米国全体の電力構成のわずか約2%に過ぎなかった。バイデン前大統領は、2021年1月、大統領就任後、「パリ協定への復帰」、「2050年までにGHG排出量ネットゼロ」など気候変動対策に積極的に取り組むことを発表した。2021年11月には、「温室効果ガス排出量を実質ゼロにするための長期戦略」[12]を発表し、「インフラ投資・雇用法」[13]を制定した。前者は、電力の脱炭素化、運輸部門でのクリーン燃料への転換、省エネの推進などを掲げ、後者はそのために5年間で5,500億ドルを支出し、技術の実用化、雇用の拡大を進めるものであった。。さらに、2022年8月には「インフレ削減法」[14]を制定し、気候変動対策に今後10年間で3,910億ドルを支出するとした。 この結果、電力構成に大きな変化が生じた。化石燃料の割合が下がり、再生可能エネルギーの割合が増加している。2023年では太陽光発電は米国全体の電力構成の約4%と2020年から倍増した。営農型太陽光発電についても2021年以降、大規模な事例が相次ぎ、全米各地に広がっている。(図表8参照) 2025年1月、 トランプ大統領は大統領就任後すぐに前政権の気候変動対策を大幅に転換し、「パリ協定からの離脱」、「化石燃料を中心とする国産のエネルギー資源の開発の加速化」などを表明した。しかしながら、太陽光パネルの米国内での生産能力の増加もあり、米国エネルギー環境局(EIA)によると、2050年には太陽光発電が石油・天然ガスをしのぐ主要電源になると予測[15]しており、土地を有効に活用する営農型太陽光発電への期待はますます高まるものと推察される。 図表8 米国における大規模営農型太陽光発電の分布(発電出力10MW以上:2024年) (出所)National Renewable Energy Laboratory (NREL)(2025)InSPIRE ”Agrivoltaics Map ” https://openei.org/wiki/InSPIRE/Agrivoltaics_Map 2. 法制度・支援制度 米国における営農型太陽光発電に関する法制度や支援制度は、州や地域によって大きく異なり、連邦政府の明確な規定は存在しない。州の制度の一例として、マサチューセッツ州の例を紹介する。ここでは、2018年に州エネルギー資源省は、「ソーラー・マサチューセッツ・リニューアブル・ターゲット(SMART)プログラム」を開始した。その中で、営農型太陽光発電を位置づけ、規定に合うものに対して、財政的インセンティブを与えている。主な規定は、①最大発電出力は5MW未満、②パネルの高さは固定式で約2.4m以上、追尾式で約3m以上、③遮光率は50%未満、④20年間の継続的営農の実施、⑤年次報告の義務(生産性、農作物管理)であり、それを満たしたものは0.06$/kwhを追加で得ることができるといった内容である。 3. 営農型太陽光発電の特徴 ⑴ 営農型太陽光発電のメリット 営農型太陽光発電のメリット、トレードオフ項目については、図表9のように整理されている。米国においても、植物や家畜の生態面、水管理のメリットが強調されている。 図表9 営農型太陽光発電のメリット (出所)”Agrivoltaics Basics” https://www.nrel.gov/docs/fy25osti/91638.pdf ⑵ 営農型太陽光発電のタイプ 欧州と同様に、農作物生産、家畜生産、植生管理を通じた生態系サービスの提供、及び ソーラーグリーンハウスがある。これらのタイプは、特定の場所で複数の活動が同時に行われることがあり、同じ地域内で異なる季節に実施されることもある。 図表10 営農型太陽光発電のタイプ (出所)the National Renewable Energy Laboratory (NREL) ” The 5 Cs of Agrivoltaic Success Factors in the United States: Lessons From the InSPIRE Research Study “ https://www.nrel.gov/docs/fy22osti/83566.pdf 4. 注目すべき事例 2025年4月現在、営農型太陽光発電は、全米で599サイト、発電出力10,310MW(平均17MW/件)、農地面積26,179ha(平均44ha/件)となっている。ほとんど発電事業者が事業主体である。1件あたりの農地面積は我が国の0.23haの約200倍と大規模である。 発電出力150MW以上の大規模営農型太陽光発電は、図表11に示すとおりであり、羊の放牧の事例が多い。テキサス・ソーラー・シープ社のように、各地の営農型太陽光発電事業者に羊を貸し出すビジネスまで登場している。 図表11 アメリカにおける大規模営農型太陽光発電の事例(発電出力150MW以上) (出所)National Renewable Energy Laboratory (NREL)(2025)InSPIRE ” Agrivoltaics Map” より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 おわりに 2020年代に欧米で急速に拡大している営農型太陽光発電の現状を概観したが、我が国への示唆をまとめて本論を締めくくりたい。我が国においては、太陽光発電の拡大が求められているものの、もはや適切な土地はあまりなく、丘陵地における発電所の災害の危険性への懸念、平地における野立て発電所の景観性などからその拡大に対する国民の理解は高まっていない。実際に、非住宅設置の新規の太陽光発電量は2012年7月のFIT開始後の2014年度の837万KWをピークに、年々減少し、2023年度は175万KWに留まっている。エネルギー基本計画に基づき太陽光発電を拡大し、2050年カーボンニュートラルの実現を達成するためには、建築物の壁面、道路などのインフラ空間、農地などの活用が真剣に検討されるべき状況になっている。 農業生産者にとって、営農型太陽光発電は経営を安定させるだけでなく、欧米の事例で見たように、猛暑からの農作物や家畜の保護、農作物の水需要の削減、発電した電力を活用したスマート農業への展開などメリットも大きい。我が国において、今後、飛躍的に営農型太陽光発電を拡大するために望まれる事項は次の通りである。 ⑴ 営農型太陽光発電の法律への位置づけ 営農型太陽光発電の設置に関しては、2024年4月にそれまで通知であった一時転用許可基準等を農地法施行規則第30条に定めた所である。今後、フランスの「再生可能エネルギー生産加速法」 での取り扱いのように、法律の中で営農型太陽光発電の推進を位置付けることが検討される。また、フランスやイタリアのように、農地での野立ての太陽光発電は、農業振興地域に指定されている農地を転用しての建設も含めて、一切禁止することも検討すべきである。法的位置づけをしっかりすることで、推進する政策や規制及び設置条件をより明確にすることができる。 ⑵ 営農型太陽光発電に関するプラットホームの形成 米国においては、エネルギー省に属するNREL(国立再生可能エネルギー研究所)が研究開発、情報発信、情報交流の全米のハブとなっている。我が国においても、農林水産省と経済産業省が連携し、我が国における営農型太陽光発電に関するプラットホーム(民間企業、研究機関、農業者などが連携し、 営農型太陽光発電の普及を加速させるための場)を構築することが望まれる。そのハブとして全国に研究センターや農場等を有している農研機構(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)が担うことが期待される。 ⑶ 農作物の避熱効果に関する実証研究の推進 現在の営農型太陽光発電の下部農地での栽培作物は、さかき、しきみ、みょうが、ふき、うど、キノコ類などの日陰で手間をかけずに育つ陰性作物が約5割を占めている。決して否定するものではないが、営農と発電の両立という趣旨からするとそれが多くを占めるのは好ましくはないだろう。 欧米では、太陽光パネルの遮光効果が近年の熱波から農作物や家畜を守るという認識が共有されている。2024年の我が国の夏の平均気温は過去最高を記録した[16]。コメ、豆類、イチゴ、トマト、果樹、花卉等に広範な影響が報告されている。[17] 農研機構等がリードし、各地の農場や各道府県の農業試験場などで営農型太陽光発電による農作物の避熱効果の実証を進めることが期待される。 ⑷ モデルプロジェクトの組成 大規模営農型太陽光発電の普及にあたっては、農林水産省と経済産業省が協力し、公募で次世代営農型太陽光発電プロジェクトを募ったらどうであろうか。先駆的事例として、植物工場の黎明期に両省がワーキンググループを設置し検討を進め、農林水産省が主導し、2013年度より全国10箇所で自治体、生産者、実需者等がコンソーシアムを形成し、次世代施設園芸拠点の整備を進めたことが参考となる。その後の植物工場の大規模化の契機になった。 我が国においても、営農の継続と再生可能エネルギーの拡大を図り、生産者の所得向上にも寄与する営農型太陽光発電の拡大をおおいに期待している。 ⑸ わかりやすい名称の検討 営農型太陽光発電の名称について、一般的に、欧米ではAgrisolar(アグリソーラー)、Agrivoltaics(アグリボルタイクス)を使用している。「営農型太陽光発電」という名称は、太陽光発電の1形態として営農型があるというような意味と捉えられやすく、営農と発電を両立させるという本来の意義が伝わりにくい。特定非営利活動法人環境エネルギー政策研究所は、 Solar Power Europe(2023)「Agrisolar Best Practice Guidelines」を翻訳するにあたって、「営農ソーラー」を使用している。愛称でもいいが、「営農ソーラー」というようなわかりやすい名称の使用を官民で検討してほしい。 (参考文献) AgriSolar Clearinghouse(2025)”Best Practices in AGRISOLAR” Solar Power Europe(2024)”Agrisolar Handbook” Solar Power Europe(2023)「営農ソーラーベストプラクティスガイドライン第2版 日本語版」 U.S. Department of Agriculture(2024)”Trends, Insights, and Future Prospects for Production in Controlled Environment Agriculture and Agrivoltaics Systems” [1] https://www.meti.go.jp/press/2024/08/20240805002/20240805002.html [2] https://www.meti.go.jp/press/2024/02/20250218001/20250218001-1.pdf [3] 日本では長島彬氏が2003年末にソーラーシェアリングとして発案し、2009年に自ら実証実験農場を設け、研究を重ね、2015年9月に「日本を変える、世界を変える!「ソーラーシェアリングのすすめ」」を出版する等、全国への普及に努めている。 [4] Solar Power Europe(2023)「営農型太陽光発電ベストプラクティスガイドライン第2版 日本語版」(特定非営利活動法人環境エネルギー政策研究所訳) [5] JETRO(2023)「フランス、再生可能エネルギー生産加速法を施行」2050年までに、太陽光発電の発電容量を100ギガワット(GW)超まで増やす目標を設定。https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/03/b1b61052873729b0.html [6] Décret NO.2024-318 https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000049386027 [7] 農地に対する架台の最大投影面積 [8] 入札制度とは、特定の発電容量に対して、複数の事業者が価格を提示し、最低価格を提示した事業者が選ばれる制度。発電方式ごとに増設目標枠が設定されている。 [9] Solar Power Europe(2024)”Agrisolar Handbook” [10] PV magazine (September 18, 2024)” Agrivoltaics postpone harvest, improve wine quality” https://www.pv-magazine.com/2024/09/18/agrivoltaics-postpone-harvest-improve-wine-quality/ [11] 地域経済とエコシステムと統合された革新的太陽光発電の実践InSPIREホームページ https://openei.org/wiki/InSPIRE [12] “Pathways to Ne-Zero Greenhouse Gas Emissions by 2050” [13] “Infrastructure Investment and Jobs Act” [14] “Inflation Reduction Act” [15] https://www.eia.gov/outlooks/aeo/pdf/AEO2023_Release_Presentation.pdf [16] 気象庁によると、2024年夏(6〜8月)の日本の平均気温の基準値(1991〜2020年の30年平均値)からの偏差は+1.76℃で、1898年の統計開始以降、2023年と並び最も高い値となった。日本の夏(6〜8月)平均気温は、様々な変動を繰り返しながら、長期的には100年あたり1.31℃の割合で上昇している。 [17] 農林水産省「令和6年夏の記録的高温に係る影響と効果のあった適応策等の状況レポート」 https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/ondanka/attach/pdf/report-76.pdf ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 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05/25 12:00
自主流通による酪農市場の成長に向けて -自主流通が酪農市場に与える影響とポイント-
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニア・アソシエイト 谷 和希(2025年5月20日) はじめに 日本国内の酪農業界では、年々酪農家の離農が進んでいる。特に最近では、物価高や円安の影響を背景とした生乳の生産コストの上昇に伴い、1989年に66,700戸存在していた酪農家数は、2024年には11,900戸とこの35年で8割以上減少し、過去最低を記録した。食品業界ではインフレに対応するために、多くの企業が値上げを進めているが、生乳については酪農家が自ら生乳の価格を決めることができない。これは、生乳が傷みやすい、季節や気候によって生産量・需要量が変動しやすいなどの特性を持っているためである。また、生産される生乳のほとんどを指定生乳生産者団(以下、「指定団体」という)が集乳している。この流通構造は高度経済成長期から続いており、現在も大きな変化はない。 しかし、生産者の構造には変化がみられる。酪農家の離農が進んでいる一方で、酪農家の大規模化の進展に伴い、求められる流通構造も少しずつ変化しはじめている。昨今、指定団体の他に、生乳流通事業を行う民間の自主流通事業者が生まれており、筆者はこの存在が酪農市場を成長に導くきっかけになると考えている。本稿では、酪農市場において自主流通事業者が酪農市場に与える影響について考察する。 1. 生乳の業界構造の現状 酪農家が生産した生乳は、各地域の農協(単位農協・県連合会など)が集乳し、全国に10存在する指定団体(ホクレン農業協同組合連合会、東北生乳販売農業協同組合連合会、関東生乳販売農業協同組合連合会、北陸酪農業協同組合連合会、東海酪農業協同組合連合会、近畿生乳販売農業協同組合連合会、中国生乳販売農業協同組合連合会、四国生乳販売農業協同組合連合会、九州生乳販農業協同組合連合会、沖縄県酪農農業協同組合)を通じて、各乳業メーカーに販売される。現状では、国内で生産される生乳のほとんどがこの仕組みで集乳・販売されている(図表1)。 生乳の価格(乳価)は、飲用向けと加工用向けの二つに分類される。加工用の中でも、仕向ける種類によって価格が細分化され、酪農家には仕向けた割合に応じた乳価と、それに対する加工原料乳生産者補給金を合わせた金額が支払われる。ただし、生産者は用途を指定することができず、乳業メーカーがどの商品にどの量を仕向けるかによって、酪農家に支払われる乳価が変動する仕組みとなっている。 図表1 生乳の流通構造 (出所)一般社団法人Jミルク「生乳の生産・流通構造」、株式会社MMJ「生乳流通に関する提案」より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 この仕組みが確立されたのは、1966年に遡る。指定団体が設立される以前は、小規模な生産者団体が数多く存在していた。生乳は毎日乳牛から生産され、傷みやすく貯蔵性がない特性を持つため、集乳後は短時間のうちに取引することが求められ、取引ができない場合には廃棄せざるを得ない。また、需要や供給量は季節や天候などに左右される。小規模な生産者団体は乳業メーカーに対して価格交渉力が弱く、不利な条件を受け入れざるを得ない状況が続いていたため、政府は「加工原料乳生産者補給金等暫定措置法(不足払い法)」を施行し、全国に10の指定団体を設立した。これにより、多くの酪農事業者から一元的に集荷を行うことが可能となり、乳業メーカーに対する価格交渉力が強化された。これが酪農家にとって大きなメリットとなっており、今後も酪農家が安心して生乳を卸すためには、指定団体は必須の存在であると言える。 2. 自主流通事業者の役割 一方で、昨今存在感が増しているのが、民間の生乳自主流通事業者である。酪農乳業速報によると、生乳の国内生産量の半分以上を占める北海道において、自主流通事業者の道外移出量は2019年度に6万7,899トンであったのに対し、2024年度には20万トンを超えることが見込まれているなど(北海道で生産された生乳は2024年度で約420万トン)、ここ数年間での存在感が急速に高まっている。 自主流通事業者のビジネスモデルは、指定団体と同様に酪農事業者が生産した生乳を集乳し、乳業メーカーに販売するものであるが、その役割は異なる(図表2参照)。 図表2 自主流通と指定団体の比較 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 図表2に示したとおり、自主流通の担う役割は指定団体とは異なる。自主流通は、民間の事業会社や生産者が集まった協同組合などが運営主体となるため、指定団体のように全酪農家から生産される生乳を集乳する義務はない。そのため、仕入先(契約農家)も任意で決めることが可能である。例えば品質に基準を設けることも可能となる。また、販売先についても、どの企業に販売をすることも自由であり、条件に見合う顧客のみに限定して販売することも可能である。 特に重要な乳価については、当事者間で自由に契約することができるため、生産者としては経営の選択肢が広がり、収益性を向上させるチャンスとなる。また、乳業メーカーにとっては、「いつ」、「どこで」、「誰が」生産した生乳か、追跡しやすく(トレーサビリティが比較的容易)、産地指定の商品なども容易となる。昨今は、消費者の有機農業やカーボンファーミングなどへ関心も高まっており、これに則した生産方法などに限定した仕入及び商品開発も容易となる。自主流通事業者は、民間企業(協同組合含む)であるため、価格、取引先に制限がないことが最も大きな特徴と言える。 3. 酪農市場の成長に向けた課題 日本の酪農市場はさまざまな課題に直面している。第一の課題として、酪農家の販売先の選択肢が少ないことが挙げられる。最近では大規模化した酪農事業者や生産技術の向上によって高品質な生乳の生産が可能になるなど、多様な事業者が存在する一方で、販売先の選択肢は限定的である。販売先が少ないことで、価格競争が生まれない場合、価格が適正に設定されにくくなることが想定される。生乳を買い取る事業者が多数存在すれば、事業者間で価格競争も生まれ、生産者にとっては収益性を高める機会に繋がる。 第二の課題は、自社の経営努力により品質の良い生乳を生産しても、販売価格(乳価)が変わらない点である。乳価は仕向けられた用途によって決定するため、餌や飼育環境に資金を投入して品質の良い生乳を生産した場合でも乳価は変わらない。自助努力で乳価が変わらないため、生産者としては経済的なインセンティブがなく、持続的に成長させる必要性がなくなってしまう。さらに、昨今は生産コストも上昇しているが、そのコストを乳価に転嫁することができない。このような状況下では、設備投資や人材の確保など更なる投資の意欲を失ってしまい、長期的には生産量が減少し、酪農市場の衰退に繋がると考えられる。 上記のような課題に直面しているからこそ、酪農市場では新たな選択肢が求められている。その一つとして、自主流通の存在がある。新たな流通構造が構築されることで、生産者にさまざまなインセンティブが生まれ、市場の成長につながる可能性がある。 4. 自主流通事業者の先進事例とそこから得られる示唆 自主流通事業者の数はまだ多くはないと考えられるが、その中でも特に存在感を持つ事業者は、酪農市場の活性化に向けて独自の取り組みを行っている。本章ではその事例を取り上げたい。 (1) 高付加価値化商品の開発 【名称】 株式会社MMJ(以下、「MMJ」と記載)【所在地】 群馬県伊勢崎市【設立年】 2002年【代表者】 茂木 修一 MMJは、民間企業として日本で初めて酪農家から生乳を直接買い付け、乳業メーカーなどの各種事業者へ販売を行う生乳卸事業を始めた企業である。北海道をはじめ、東北、関東、中国、四国など日本各地から生乳を仕入れている。その独自に仕入れた生乳を活用することで、例えば2017年には大手食品スーパーのベイシアと協業して「別海のおいしい牛乳」という商品名のPBブランドを開発・販売している。これは、自主流通の特性を活かして、北海道別海町という特定の地域から仕入れた生乳のみを活用したブランドである。 第2章でも述べた通り、自主流通はどの酪農家から仕入れ、販売したかが明確であるため、生産者の顔が見える商品として人気を博している。その原料を活用して、牛乳のほかにもバウムクーヘン、飲むヨーグルト、あんドーナツ、ソフトキャンディーなど、幅広い商品の開発も行っており、「別海の美味しい牛乳シリーズ」として消費者に広く受け入れられている。 また、2020年頃からは、加工用として仕入れた生乳の高付加価値化にも取り組んでいる。先述の通り、加工向けの乳価は飲用よりも安いとされているが、MMJは通常と同じ価格で酪農事業者から生乳を買い付け、その付加価値を高めることで新たな事業の可能性を見出している。その一例として「フリーズドライ牛乳」がある。従来の粉乳とは異なり、より生乳に近い風味となるように加工しており、料理や菓子などにも活用できる。最近では海外からの輸出の引き合いも高まっており、価格は一般的な粉乳の5〜10倍程度で販売されている。 (2) オリジナルブランドの立ち上げと商品製造・販売 【名称】 ちえのわ事業協同組合(以下、「ちえのわ」と記載)【所在地】 北海道野付郡別海町【設立年】 2014年【代表者】 島崎 美昭 ちえのわは、酪農が盛んな北海道別海町で酪農業を営む4名の事業者が集まり、自分たちが生産した生乳の販売先や用途に選択肢を持たせたいという意向で事業をスタートした。現在では、根室地域だけでなく、釧路やオホーツクなど道東エリアの多数の酪農事業者がこの方針に賛同し、組合員も増加している。 ちえのわも、自主流通の特徴を活かして、特色のある牛乳の製造を行っている。例えば、商品のひとつである「浜中のおいしい牛乳」は神奈川県を中心に、「北海道別海の特選牛乳」は兵庫県を中心に販売されており、地域ごとに特色やパッケージ、ブランドを変えて製品を製造できていることは自主流通事業者の大きな特徴のひとつと言える。 また、当組合員が生産した生乳を活用してオリジナルブランド「NOWA」を立ち上げており、高品質な生乳のみを使用したソフトクリームやカップアイス、プリンなどを製造している。これらの商品は各小売スーパーへ販売されているほか、ふるさと納税でも人気を博している。また、他の取り組みとして、道内の円山牛乳販売店(株式会社ATTAKAIDOが運営)と協力し、菓子類の製造にも着手している。これらの商品はいずれも単価が他よりも高く設定されており、高付加価値商品の位置づけとなっている。 同組合に所属する全組合員がJGAP認証の取得を前提としており、品質も担保することで、消費者に対して、安心・安全な製品を届けることを実現している。 (3) 品質の保証による適正な価格による取引 【名称】 株式会社Milk Net(以下、「Milk Net」と記載)【所在地】 北海道釧路市【設立年】 2019年【代表者】 福田 貴仁 Milk Net代表の福田氏は自身も酪農業を営んでおり、酪農事業者、自主流通事業者のどちらの立場でもあり、生乳の生産から販売までの流通過程を最適化したいという思いの中で同社を設立している。同社の取り組みは商品開発の観点ではなく、前述の2社とは異なる視点での特徴を有する。 乳価については、乳業メーカーに対して柔軟に交渉を行っている。2022年には世界情勢の不安定化を背景に飼料費などの生産コストが暴騰したため、酪農事業者の生産活動を持続させることを目的に、乳業メーカーに対して乳価の値上げ交渉を行った。これは道内の自主流通事業者の中では初めての試みとなる(1kgあたり15円の値上げ)。 また、品質向上に対しても取り組みを行っている。同社は2022年に生乳の品質を自主検査するための機器を導入している。通常は乳業メーカー等が生乳の受け入れ時に検査をすることが一般的と言われる中で、自主的に検査をすることで品質を保証している。またその検査結果をもとに酪農事業者に対して餌の改善等の助言も行い、取り扱う原料の更なる品質向上に取り組んでいる。同社は生産者の持続的な発展、乳業メーカーに対しても安全性を担保することで、事業を拡大させている。 このように、自主流通事業者はそれぞれ独自の取り組みを行うことで、酪農事業者、乳業メーカー、消費者それぞれに対して今までの流通では実現することができなかった新たな価値を提供している。酪農事業者に対しては、経営の新たな選択肢を提供できる。生産者が安定的に高い乳価での販売を実現できれば、収益性が高まり、更なる事業拡大に繋がる。乳業メーカーに対しては、高品質でトレーサビリティが確保できるため、安全な原料の提供や、新たな商品開発による他社との差別化、仕入先の分散によるリスク回避などの機会を提供できる。消費者に対しても、乳業メーカーと協業することで、新商品や高品質な商品の選択肢、トレーサビリティを活かした安心・安全な商品を提供することができる。年々衰退していると言われる酪農市場であるが、自主流通の台頭により新たな価値提供がなされることで、市場が活性化し、成長の可能性を秘めている。 自主流通事業者の存在が酪農市場を活性化させると考えるが、指定団体は酪農市場においては非常に重要な役割を担っており、今後も欠かすことができない存在であることに変わりはない。自主流通事業者は民間企業であるため、生産された生乳を引き取る義務はないため、高い品質や事業における効率性を重視して取引を決めることができる。そのため、依然として小規模で家族経営の生産者が多く存在する中で、自主流通事業者の求める条件に合わなければ、生産した生乳を簡単には引き取ってもらえない可能性がある。このような状況になってしまうと、酪農市場全体として生乳の供給が不安定になり、消費者への乳製品供給が困難になるリスクが生じる可能性がある。そうならないためにも、指定団体が生産された生乳を引き取り、乳価交渉など一酪農家ではできない役割を担うことで、酪農家は安心して生産活動を行うことができる。今後の流通のあり方としては、自主流通事業者と指定団体が相互に補完し合い、酪農事業者に様々な選択肢を提供し、ともに酪農市場を支え、成長させることが重要であると考える。過去に青果や鮮魚において、生産者が価格を交渉できない農協及び卸売市場経由の取引から、民間の卸や流通事業者との直接取引に移行していった経緯があるが、今でも双方の取引が残り相互補完関係が残っている現状は、生乳流通においても参考になると思われる。 おわりに 本稿では深くは触れていないが、生乳から製造される製品は多岐にわたる。生乳は殺菌すると牛乳になり、遠心分離をすると生クリームと脱脂乳になる。更に生クリームから水分を抜けばバターが作られる。牛乳以外は何かの製品を作ると副次的に別の製品ができるため、それぞれの需要を踏まえて仕向ける割合を考慮する必要がある。また、前述の通り牛乳は季節や気候によって需要が変動する。しかし、生乳は毎日乳牛から生産されるため、工業製品のように需要が少ない時期だけ生産を減らすことはできない。そのため、すべてが価格の高い飲用に偏ってしまうと、需要の変動に対応できず、需給バランスを崩す原因となる。 また、日本は人口減少が進んでいるため、酪農市場の成長のためには海外市場の取り込みが必要不可欠である。ジーリーメディアグループが台湾人・香港人向けに実施した日本で飲みたいノンアルコール飲料のアンケート[1]では、牛乳が第1位という結果が出ており、海外市場にはまだ成長の可能性があると考えられる。 今後の酪農市場においては、指定団体が今まで培ってきたノウハウと自主流通が持つ新たなノウハウをうまく組み合わせて、新たな取り組みを実践することで、日本の酪農市場を成長させることに期待したい。 [1] ジーリーメディアグループ 「日本旅行で飲みたいノンアルコールの飲み物」に関するアンケート (掲載サイト)https://geelee.co.jp/11991/ ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 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05/25 09:00
【動画 3分チャート塾】シーズンⅤ:第4回 実際に引いてみよう②:「下降トレンド」編
「動画 3分チャート塾」は、株価チャートの見方を学びたい初心者から中級者の方向けの動画シリーズです。 今回は、下降トレンドの時のトレンドラインの基本的な引き方について、説明しています。 シーズン I:意外と知らないローソク足(全8回)ローソク足の基本の読み方や中長期的な相場の捉え方などについてわかりやすく解説していきます。シーズンII:相場の見方の強い味方、移動平均線(全9回)移動平均線の基礎や活用法についてわかりやすく解説していきます。シーズンIII:上値、下値のメドを探ろう(全10回)上値、下値メドの探り方についてわかりやすく解説していきます。シーズンIV:相場の過熱感を測るには?(全9回)オシレーター系指標についてわかりやすく解説していきます。シーズンV:トレンドラインを引いてみよう(全9回)トレンドラインについてわかりやすく解説していきます。 ご投資にあたっての注意点
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05/24 16:00
文化的共感を生む香りのフード・マーケティング - 焼き芋と現代中国フードブランドに見る「五感ブランディング」の可能性 -
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニア・コンサルタント 周旋(2025年5月20日) はじめに 現代のマーケティング戦略は、製品の機能や価格による競争から脱却し、体験価値(experiential value)や情動的つながり(emotional bonding)の創出に向かっている。その中で注目されているのが「五感ブランディング」である。特に嗅覚は、他の感覚に比べて人間の記憶や感情と深く結びつく性質を持つ。「香り」は、消費者の感情・記憶・文化的アイデンティティに働きかける非言語的チャネル(non-verbal channel)として、再注目されている。それゆえ、香りを用いたブランド体験は、消費者との情緒的な関係構築において大きな可能性を秘めている。 本レビューでは、香りによる文化的共感とブランド構築の可能性について、食に関する事例を通じて論じる。具体的には、日本の焼き芋文化、中国の伝統的な焼き芋文化、そして中国の新興ティーブランド「喜茶(Heytea)」などに注目し、香りがどのように消費者との関係を構築し、文化的共鳴を生み出すか、特にZ世代を中心とする現代の消費者が重視する「意味」「物語性」「自己表現」といった価値に香りがどう貢献しているのかを、ブランド論・感覚マーケティング・消費者心理学の視点から論述する。 1. 嗅覚とブランドの記憶 ― 理論的背景 香りは、視覚や聴覚に比べて非言語的かつ潜在的な記憶を喚起する力がある。嗅覚刺激は、大脳辺縁系を経由して感情や記憶の処理に関与する扁桃体や海馬に直接働きかける。このため、ある香りを嗅いだ瞬間に過去の出来事や情景が鮮明に思い出される現象、いわゆる「プルースト効果」が生じる。 ブランド研究においても、香りは「ブランド記憶(brand memory)」や「ブランド・アフェクト(brand affect)」に影響を与える要素とされている。さらに、文化的共感(cultural resonance)という概念において、香りは個人の文化的ルーツや社会的背景とブランド体験を結びつく役割を果たす。 2. 日本の焼き芋文化 ― 香りによる安心と郷愁 日本で焼き芋を食べる文化は、戦後から高度経済成長期を経て、現在に至るまで人々の暮らしに深く根ざした存在となっている。とりわけ冬には、石焼き芋の炭火の香りが街角に漂い、それが季節の移ろいを感じさせるトリガーとなってきた。 2003年に静岡県のマックスバリュ東海株式会社が、傘下のスーパーでオーブンによる焼き芋の販売を開始して以来、現在では多くのスーパーや一部の百貨店のスイーツ売り場でも焼き芋が販売されている。これらの店舗では、香りを意図的に拡散する設計が施されており、例えば換気ダクトを調整して「店外に香ばしさを漏らす」といった空間設計まで実施されている。この香りは、単なる「おいしそう」という印象にとどまらず、「子供の頃の帰り道」「家族との時間」といった記憶と結びつき、消費者の深層的な安心感を喚起する。 このように、焼き芋は香りを通じて「自己の過去」や「文化的安心感」を再確認させる装置として機能している。ブランド側が能動的に語る物語ではなく、消費者が自身の物語を投影する“受動的共鳴”を生み出している点に特徴がある。 3. 中国の焼き芋文化 ― 都市化の中で香りがつなぐ記憶 中国においても、焼き芋は冬の季節に街角で見かける代表的な食べ物であり、その香りには文化的意味が宿っている。特に都市部においては、昔ながらのドラム缶型焼き芋屋台が出現すると、多くの人々がその場に足を止める。香りは一瞬で「寒い日」「祖母の家」「帰省の道中」といった情景を呼び起こし、消費者へ一時的に情緒的な帰属感をもたらす。 このような香りの体験は、都市化と核家族化が進行する中で、急速に失われつつある「人間関係」「共同体」「手作り感」といった文化的価値に対するノスタルジーを喚起する。とりわけZ世代にとっては、物理的には体験したことのない記憶であっても、物語として共有された文化的記憶(cultural memory)として香りが共感を呼び起こすという現象が起きている。ここでは、焼き芋の香りが「文化的ルーツ」と「都市的日常」のギャップを埋めるメディア(情報媒体)となっている。 4. 中国のフードブランド事例 ― 戦略的に活用する先進的事例 香りを用いた文化的ブランディングは、焼き芋に限らず、一部のフードブランドが活用することを模索している。ここでは、喜茶(Heytea)、三頓半(SANDUNBAN)、柒香茗(Qi Xiangming)、王小鹵(Wang Xiaolu)という四つの異なるタイプのブランドを取り上げ、それぞれが香りをどのように設計・運用し、文化的共感やZ世代との関係性を築いているのかを考察する。 ① 喜茶(Heytea) ― 都市的文脈における香りの再設計 喜茶は、2012年に広東省で創業された中国の新興ティーブランドである。同ブランドは、茶葉・フルーツ・ミルク・フレーバーなどを組み合わせたドリンクを主力とし、都市部の若年層、とりわけZ世代を中心に爆発的な人気を獲得した。 喜茶の香り戦略は、焼き芋のような「自然発生的な香り」ではなく、意図的に設計された香り体験である。例えば、茶葉の抽出温度、フレーバーの配合比率、カップの形状、パッケージの開閉設計に至るまで、香りが最適に拡がるように調整されている。特に、商品の開封時や飲用直前といった決定的な瞬間に香りが最も強く立ち上るよう、容器設計や包装技術を工夫している。また、熱いお湯を注ぐことで香り成分が瞬間的に揮発するようにブレンドされた素材の選定が挙げられる。これにより、消費者は自分の選んだ「タイミング」と「場所」で香りの体験を最大化でき、日常の中に自発的なリフレッシュの瞬間を作り出すことが可能になる。香りを楽しむ「タイミング」や「場面」を精緻にコントロールすることで、消費者の五感に訴えるブランド体験を創出している。 喜茶の香りは「パーソナルな共鳴」ではなく、都市の文脈での“新たな意味付け”として機能している。たとえば、紫芋ドリンクは“懐かしい味”を想起させると同時に、“冬限定の自分へのご褒美”というメッセージとして再定義されている。 さらに、喜茶は「限定性」と「参加性」を香り体験と組み合わせることで、ブランド共創(co-creation)の構造を築いている。消費者は香りだけでなく、パッケージ・SNS投稿・店舗空間の写真などへの発信を通じて、「自分自身が意味を付け加える体験」を共有している。 ② 三頓半(SANDUNBAN/サンドンバン)― 香りで都市の情緒を届けるコーヒーブランド 三頓半は、インスタントでありながら高品質なスペシャルティコーヒーを提供する中国ブランドである。ブランド戦略の中核には「開封時の香り体験」があり、各フレーバーには都市の風景や特徴が反映された香りの物語が付随している。例えば「林間の朝」や「午後の書斎」といったネーミングにより、香りと生活の情緒をリンクさせている。 この香り戦略は、「忙しい都市生活の中にある静寂な瞬間」を演出し、消費者が日常に文化的意味づけを与える行為を支援している。ここでは香りは、リラクゼーションや自律的生活感のシンボルとして機能している。 ③ 柒香茗(Qi Xiangming/チシャンミン)― 香りで古典と日常をつなぐ現代茶ブランド 柒香茗は、伝統的な中国茶文化の美意識を継承しつつ、現代生活に適合するプロダクトデザインと香り体験を融合させているブランドである。使用する茶葉には竹、桂花や茉莉花(ジャスミン)など、古典詩にもしばしば登場する芳香素材が採用され、香りそのものが「香茗」(香茶)の象徴として機能する。 ここでの香りは、都市生活に取り込まれた伝統文化を想起させる役割を果たし、Z世代に「自分は古典を知っている」という文化的自己効力感を与える。 ④ 王小鹵(Wang Xiaolu/ワンショウルー)― 香りで郷土の記憶を蘇らせるスナックブランド 王鹵は、中華スパイスを効かせた卤味(煮込み系スナック)の香りで強い訴求力を持つブランドである。封を開けた瞬間に広がる花椒(ホアジャオ)や八角の香りは、四川地方の料理文化や家庭的な記憶を呼び起こす。特に都市部に住む若年層にとっては、「幼少期に家族と過ごした食卓」「田舎に帰省した時の空気」を思い出させるトリガーとなっている。 このように王小鹵の香りは、家庭・郷土・郷愁といった文化的レイヤーを即座に呼び起こす装置として設計されており、非常に強い“感情の再生効果”を持っている。 5. 香りを通じた消費者関係構築の比較 ― 心理・共感・文化レゾナンス(共鳴) 香りという切り口を通じて、焼き芋と上記ブランドがそれぞれどのように消費者との関係を構築しているかを以下に整理する。 図表1:焼き芋及び中国フードブランドの比較表:香りによる文化的レゾナンスとブランド関係性の分析 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 このように、香りは単なる嗅覚刺激にとどまらず、ブランドごとに異なる文化的文脈(レイヤー)や心理的価値に働きかけており、消費者との関係構築における設計思想そのものに差異をもたらしている。たとえば焼き芋の香りは、「郷愁」や「家庭」といった情緒的な文化記憶を喚起し、消費者に安心感や懐かしさをもたらす。一方、喜茶では、香りが「モダン」「限定」「自己演出」といった都市的意味と結びついており、より能動的に自己表現するZ世代の心理に対応している。ここでの香りは、単なる付加価値ではなく、「ブランドとの共創体験を構成する要素」として機能している。さらに、三頓半は「香りと都市の詩的瞬間」を、柒香茗は「古典の美意識と現代生活の橋渡し」を、王小鹵は「郷土料理の記憶と都市生活の再接続」を、それぞれ香りによって実現している。これらのブランドは、香りを「商品の匂い」としてではなく、消費者の文化的アイデンティティや記憶、社会的自己像に働きかける“意味と物語の媒体”として扱っている点が共通している。 つまり、香りは“感じるもの”ではなく、“解釈し、語るもの”になっている。そして、その香りに込められた意味が、ブランドの世界観や価値観と接続されることで、消費者は自分の感性や人生観と重ね合わせてブランドと関係を築いていく。このような高度な香り活用は、今後のブランディングにおいて単なる差別化手法ではなく、“物語と共感を設計する戦略装置”として位置づけられていく可能性を示しており、焼き芋や喜茶、そして三頓半・柒香茗・王小鹵のようなブランドは、その先進的な実践例であるといえる。 6. 結論と実務的示唆 ― 香りは文化的共感と消費者関係を媒介する戦略装置 本レビューでは、日本・中国それぞれの焼き芋文化と、複数の中国の現代フードブランドに着目し、嗅覚を通じたブランド体験がどのように消費者の感情・記憶・文化的共感と結びつき、ブランドとの関係性を構築しているのかを分析してきた。 その結果、香りは商品属性だけではなく、消費者の内面(記憶・感情・文化的ルーツ)とブランドを接続するメディアとして機能することが明らかになった。焼き芋は「記憶を喚起する香り」、喜茶は「意味を構築する香り」として、いずれもZ世代の感性と高い親和性を示している。 このような視点は、訪日外国人を対象とした小売・免税業態においても活用可能である。特にZ世代を中心とした中国人インバウンド顧客に対しては、単なる“商品購入”ではなく、“意味を伴った体験”の提供が重要であり、ここに香りが大きな役割を果たすと考えられる。 日本で免税店を展開する企業へのヒアリングによれば、「訪日中国人にとって、香りは文化的記憶を呼び起こす要素であり、特に抹茶や焼き芋の香りは“日本らしさ”として強く認識されている。」との見解が示された。また、「香りによって顧客が空間に安心感や心地よさを感じることで、店内滞在時間が自然と延び、結果として商品との接触機会や衝動購買の可能性が高まる。」と指摘された。 さらに、「香りがSNSへの投稿や口コミ行動にも影響を与える可能性がある。」との観点から、リアル空間での香り体験が、オンライン上でのブランド接点の創出にもつながるという期待も語られた。香りは視覚や価格訴求では届かない“感情的満足”を提供する手段であり、特に短期滞在型の訪日観光客にとっては、記憶に残る購買体験を形成する鍵となる可能性がある。これらは中国人や日本人だけでなく全てのインバウンド客を対象にして、香りを体験化できる食品や飲料に特有のブランディング手法である。 以上より、インバウンド客向け食品や飲料の販売戦略における実務的示唆をAIDMA(RA)モデルとしてまとめる(図表2)。 図表2:インバウンド客向け食品・飲料の販売戦略におけるAIDMA(RA)モデル (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 おわりに 香りは、空気に混ざる一過性の刺激ではなく、記憶を呼び起こし、文化を想起させ、感情を動かす「戦略的感覚資源」である。だからこそ、香りは単なる演出ではなく、ブランドの“意味”を構築し、消費者との感情的つながりを形成するための有力なブランディング手法となりうる。こうした香りの特性を意識的に設計し、ストーリーや空間、商品体験と統合できるブランドや事業者こそが、感性主導の時代において他との差異化を実現し、文化的共感を通じた強固なブランド構築を成功に導くだろう。 参考文献Hera, C. (2004) 「Sensory marketing: the role of the senses in marketing and consumer behavior」Krishna, A. (2012) 「An integrative review of sensory marketing: Engaging the senses to affect perception, judgment and behavior」(Journal of Consumer Psychology)Herz, R. S., & Engen, T. (1996) 「Odor memory: Review and analysis」(Psychonomic Bulletin & Review)Lindstrom, M. (2005) 「Brand Sense: Build Powerful Brands through Touch, Taste, Smell, Sight, and Sound」(Free Press)Hultén, B. (2011) 「Sensory marketing: The multi-sensory brand-experience concept」(European Business Review)許志強, 張珊珊(2020) 「感官営銷在中国茶飲市場的応用研究」戸谷圭子(2015) 「感性価値創造のためのマーケティング戦略」(同志社商学)Schmitt, B. (1999) 「Experiential marketing. Journal of Marketing Management」(Journal of Marketing Management)小阪裕司(2004) 「感性のマーケティング」久保田進彦(2011) 「感性価値のマーケティング」 ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会
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05/24 12:00
【注目トピック】トランプ関税は2025年度業績に織り込まれたのか?
※画像はイメージです。 日本:2025年1-3月期決算レビュー 2025年度期初会社側見通しまとまる 2024年度の決算実績がほぼ出揃いました。2024年度はほぼ事前予想通りの着地となりましたが、市場の関心はトランプ政権の関税政策の影響が年度を通して表れる可能性が高い2025年度見通しに向けられていたと思われます。 また、不透明な先行きを理由に期初会社側見通しを非開示とする企業が多数にのぼることも危惧されていました。実際、東日本大震災の際には25%、コロナ禍の際には実に64%の会社が期初の見通しを非開示としたため、株式市場ではボラティリティーが顕著に上昇しました。今回は、結果的に非開示とした企業は、歴史的な平均よりもむしろ低い4%にとどまり、株式市場に安心感をもたらしたと見られます。 さて、2025年度の現時点での会社側見通しは前年度比-8.5%の経常減益となっています。トランプ政権の関税政策の影響がどの程度織り込まれているのか気になるところです。過去においては、リーマンショック、コロナ禍など期初時点では想定外の事象が起きた場合には実績値が期初見通しを下回っていますが、逆に期初時点で想定されていた事象についてはある程度織り込まれている、と考えてよいでしょう。 ※(アプリでご覧の方)2本の指で画面に触れながら広げていくと、画面が拡大表示されます。 (注1)赤線は、ラッセル野村Large Cap(除く金融)の期初時点(各年5月末)での会社側経常増減益率見通し。会社側見通しが未発表/非公表の企業は、野村予想、あるいは東洋経済予想で補完している。直近値は2025年度で2025年5月19日時点。(注2)灰色線は各年度の実績経常増益率。2024年度以降の数値は2025年5月19日時点での野村證券市場戦略リサーチ部による推定・予想値。(出所)野村證券投資情報部作成 アナリスト予想は大幅下方修正 期初会社側見通しが減益予想だったこともあり、アナリストによる予想利益の下方修正が本格化しました。 下方修正の主な要因は、業績予想に際しての為替前提の変更(従来150円/米ドル⇒現在140円/米ドル)、および一部業種でのトランプ政権による関税政策の影響の織り込み、などが挙げられます。その結果、ラッセル野村Large Cap(除く金融)の2025~2026年度予想経常利益は2025年3月時点の予想に比べて5兆円前後のかなり大きな下方修正となっています。 (注)ラッセル野村Large Cap(除く金融)の予想経常利益額の推移。直近は2025年5月19日。(出所)野村證券市場戦略リサーチ部より野村證券投資情報部作成 一部でトランプ関税の織り込み始まる 2025年3月以降、アナリストによる2025年度予想経常利益は大きく下方修正されています。このうち、際立って下方修正額が大きい業種が、自動車、電機・精密です。いずれもトランプ政権による関税政策の影響を主に織り込んだ結果です。 一方、そのほかの業種の修正額は僅少です。トランプ政権の関税政策の直接的な影響は主に自動車、電機・精密など限定的な業種・企業にまず及びますが、その他の業種・企業への間接的な影響については現時点で業績予想に織り込む難易度が極めて高いため、修正額がわずかとなった、と考えられます。 仮に、今後、トランプ政権の関税政策が、(高い関税率の状態で)長期間に及んだ場合、影響は自動車、電機・精密に留まらず、鉄鋼や化学、海運などに間接的な影響となって顕在化する可能性があります。さらに、直接・間接的な影響が積み重なって、実体経済の減速にまでつながると現在は無関係と思われている、内需・非製造業の業種に影響が及ぶ可能性もないとはいえません。今後も、自動車、電機・精密以外の業種に影響が拡がることがないか、注視する必要があるでしょう。 (注)ラッセル野村Large Capを構成する19業種の、2025年3月3日~2025年5月19日の間の、2025年度予想経常利益修正額。(出所)野村證券市場戦略リサーチ部より野村證券投資情報部作成 RIが加速度的に悪化する可能性は低い 2025年3月以降、トランプ政権の関税政策の業績予想への織り込みが始まった結果、リビジョン・インデックス(RI)も急激に悪化しています。2025年5月19日の段階で、ラッセル野村Large Cap(除く金融)のRIは-44%と極めて大きなマイナスとなっています。2025年3月時点の+3.2%から劇的と言ってもよい悪化です。 少なくとも2012年度以降、RIがプラス圏から、いきなり-30%以下となったことはありません。なお、一旦、RIが-30%を下回ると、それ以上マイナス幅が拡がることはありませんでした。RIがプラスに復帰するには時間がかかる可能性がありますが、経験則上は更なる悪化の可能性は低いでしょう。 (注)赤線はラッセル野村Large Cap(除く金融)のリビジョン・インデックス(四半期)。灰色線は、ラッセル野村Large Cap(除く金融)の予想経常増益率(前年度比)。2024年度および2025年度は2025年5月19日時点の集計値。(出所)野村證券市場戦略リサーチ部より野村證券投資情報部作成 (野村證券投資情報部 伊藤 高志) ご投資にあたっての注意点
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05/24 09:00
【オピニオン】トランプ2.0でドルの信認は揺らぐか?
※画像はイメージです。 トランプ大統領は就任以来、貿易赤字の削減や製造業の国内回帰を掲げ、大型関税を相次いで導入してきました。為替についても、強すぎるドルを問題視する発言を繰り返しています。このため、市場の一部では「ドルに対する人々の信認が大幅に悪化するのではないか」といった声が聞かれます。 5月16日には米格付け会社大手のムーディーズ・レーティングスが米国債の長期信用格付けを最上位の「Aaa」から「Aa1」へ1段階引き下げたことを受けて、市場の「ドル離れ」懸念が高まっています。 ドルが基軸通貨の地位から転落するリスクが高まっているのでしょうか。基軸通貨を「貿易や資本取引など、国際的な経済取引における決済手段として最も選ばれる通貨である」と定義した場合、ドルが基軸通貨から転落する可能性は、現時点では非常に低いといえます。 IMFの調査によれば世界の輸出に占めるドル建ての割合は54%(1999~2009年平均)であり、同じくBIS(国際決済銀行)の調査では世界の為替取引におけるドルのシェアは44%(22年4月の1日当たりの平均)と、いずれも半分程度はドルを経由して行われています。 下記の図表は、主要国・地域の経常収支を見たものです。世界の経常赤字の過半は、米国の赤字であることがわかります。このことは、貿易や配当、利払いなどを通じて世界中にドルが供給され、世界中で流通していること、また米国にこれだけの赤字を計上できるだけの資金が還流していることを意味しています。この点から、基軸通貨としてのドルの地位を脅かす通貨が直ちに誕生する可能性は低いと言えます。 ※(アプリでご覧の方)2本の指で画面に触れながら広げていくと、画面が拡大表示されます。 (注)データは年次で、直近値は2023年。台湾は1984年以降、中国は1997年以降。(出所)IMF『World Economic Outlook April 2025』より野村證券投資情報部作成 一方で、米国では経常赤字に概ね匹敵するペースで対外純債務が積み上がっているという見方もできます。このため、米国政府は経常赤字の削減や、米国が海外に所有している資産の価値を上げる目的で、ドルを切り下げるのではないか、との市場の懸念につながりやすい面があります。 実際、ドルに関しては、ニクソンショックやプラザ合意として知られるように、戦後だけでも2回の通貨切り下げが行われました。トランプ大統領の掲げる政策が、市場のドル切り下げ懸念を高めているようです。 ただし、ドルの切り下げは副作用も大きく、それだけでは経常赤字問題を解決できないことは歴史の教える通りです。現時点では、起こると影響が大きいけれどめったに起きない「テールリスク」であると言えます。 ご投資にあたっての注意点
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05/24 07:00
【来週の予定】米議会では予算審議が活発化
来週の注目点:米国の予算審議、通商協議、日米の物価動向 トランプ政権の政策や、景気動向、インフレを巡る不透明感が再び強まっています。世界的な株価の大幅反発をもたらした米中の関税率引き下げは、90日間の暫定措置です。第1次トランプ政権時には米中協議が合意に達するまでに1年半を要しており、今政権下でも交渉が長期化する可能性があります。中国以外の主要国と米国との通商協議も相次いで行われており、目が離せない状況が続きそうです。 また、米議会では予算審議が活発化しつつあります。今後は、法人税減税や、個人所得税減税の延長、連邦法定債務上限引き上げなど、政策の重心が財政政策へとシフトすると予想されます。いずれも議会での可決が必要ですが、共和党内でも意見が対立するなど、政策の実現は容易ではないと見られています。仮に実現した場合には景気を下支えする効果が期待される一方、財政赤字の増加懸念が米長期金利を押し上げ、株式市場の上値を抑える可能性があります。 米国の経済指標では、5月27日(火)に4月耐久財受注、5月消費者信頼感指数(コンファレンスボード)、28日(水)に5月FOMC議事要旨、30日(金)に4月個人消費支出・所得統計、5月シカゴ購買部協会PMIの発表が予定されています。中でも注目は、FRBが物価動向の指標として重視する個人消費支出・所得統計のPCE(個人消費支出)コア価格指数です。4月CPIでは明確な証左はなかったものの、関税引き上げの影響が注目されます。 日本では、30日(金)に5月東京都区部消費者物価指数が発表されます。コアコアCPI(生鮮食品及びエネルギーを除く総合)は、春の引っ越しシーズンにおける家賃の引き上げなどを受けて加速したと野村では予想します。また、同日に発表される4月鉱工業生産では、トランプ関税への懸念が生産を下押し、前月比でマイナスに転じると見ています。 (野村證券投資情報部 坪川 一浩) (注1)イベントは全てを網羅しているわけではない。◆は政治・政策関連、□は経済指標、●はその他イベント(カッコ内は日本時間)。休場・短縮取引は主要な取引所のみ掲載。各種イベントおよび経済指標の市場予想(ブルームバーグ集計に基づく中央値)は2025年5月23日時点の情報に基づくものであり、今後変更される可能性もあるためご留意ください。(注2)画像はイメージです。(出所)各種資料・報道、ブルームバーグ等より野村證券投資情報部作成 ご投資にあたっての注意点
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05/23 16:45
【野村の夕解説】日経平均株価は反発し174円高(5/23)
(注)画像はイメージです。 本日の動き 寄り付き前に日本の4月CPI(消費者物価指数)が発表され、生鮮食品を除くコアCPIは前年同月比+3.5%と市場予想を上回りました。CPIの結果は日本の長期金利上昇を押し上げるものでしたが、22日の米国長期金利の低下(価格は上昇)を受け、日本の10年国債利回りは1日を通しやや低下(価格は上昇)しました。 22日の米国ハイテク株高を受け、日経平均株価は前日比175円高の37,161円で寄り付き、その後は値がさの半導体株が上昇し相場をけん引しました。午後には石破首相がトランプ大統領と電話会談を行ったと報じられ、関税を巡る日米協議などについて幅広く意見交換を行ったとされましたが、市場の反応は限定的でした。その後は日本時間の24日に予定されている日米関税交渉を控え、リスク回避が優先される中徐々に上げ幅を縮小させ、大引けは前日比174円高の37,160円と小幅反発となりました。個別株では、利益成長の期待からゲーム関連の株が上昇し、任天堂の終値は前日比+5.35%、コナミグループは同+2.78%、バンダイナムコは同+2.59%となりました。 本日の市場動向 ランキング 本日のチャート (注) データは15時45分頃。米ドル/円相場の前日の数値は日銀公表値で、東京市場、取引時間ベース。米ドル/円は11:30~12:30の間は表示していない。(出所)Quickより野村證券投資情報部作成 今後の注目点 日本時間24日に、日米関税交渉の3回目の協議が予定されています。 (野村證券投資情報部 清水 奎花) ご投資にあたっての注意点
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05/23 12:00
【今週のチャート分析】日経平均株価、短期的過熱感から押し、22日に37,000円を割り込む
※画像はイメージです。 ※2025年5月22日(木)引け後の情報に基づき作成しています。 日経平均株価、25日平均線が下支えとなるか注目 今週の日経平均株価は、金利上昇に加え、それに伴う円高進行を嫌気して軟調でした。22日は、約2週間ぶりに3万7,000円台を割り込みました。 これまでの動きをチャートから振り返ってみましょう。日経平均株価は、米国と英国及び中国との関税交渉進展を受けて上昇し、5月13日に一時38,494円をつけました(図1)。 しかし、昨年10月から今年2月にかけて長期間保ち合ったレンジ(37,700~40,300円)に入り、戻り待ちの売り圧力が強まりやすい状況となったことや、各種テクニカル指標が短期的な過熱感を示唆したことから、5月13日の高値(38,494円)形成後に押しを入れています。 22日には75日線(5月22日:36,893円)まで下落しており、この先、上向きの25日線(同:36,262円)が下支えとなるか注目されます。仮に同線を割り込んだ場合、今年4月安値に対する二番底形成へ向けた動きとなるとみられます。その場合、まず4月以降の上昇幅に対する38.2%押し(35,551円)や、半値押し(34,643円)の水準が下値メドとして挙げられます。 一方で、調整一巡後に上昇に転じる場合、再び200日移動平均線(5月22日:37,810円)を超えて、5月13日高値(38,494円)を突破することができるかが注目点です。 ※(アプリでご覧の方)2本の指で画面に触れながら広げていくと、画面が拡大表示されます。 (注1)直近値は2025年5月22日時点。 (注2)トレンドラインには主観が入っておりますのでご留意ください。(出所)日本経済新聞社より野村證券投資情報部作成 為替の歴史から学ぶ ニクソンショック、その時相場は? トランプ政権は具体的な通貨政策を示していないものの、市場では第二のプラザ合意の可能性が懸念されています。米ドルは戦後、1971年のニクソンショックと1985年のプラザ合意で二度の大幅な通貨切り下げを経験しました。本稿ではニクソンショックの相場動向を振り返ります(図2)。 1971年8月15日、ニクソン大統領が米ドルと金の交換停止を発表し、金と各国通貨の固定レートを維持する「ブレトンウッズ体制」が崩壊しました。これにより為替市場は変動相場制へ進む流れとなり、円も1ドル=360円の固定レートを離れ、大幅な円高・ドル安に移行しました。同年12月にはスミソニアン協定で1ドル=308円が設定されましたが、この水準は長続きせず、1973年2月には再び変動相場制に移行しました。 ニクソンショック直後、日経平均株価は直前の高値から20%以上の大幅下落を記録。円高ドル安による輸出企業への打撃を懸念した政府と日本銀行は、積極的な財政・金融政策を実施しました。その結果、株価は回復に転じるとともに、景気過熱とインフレの加速を招きます。さらに、1972年には田中角栄氏の「日本列島改造論」が発表され、全国的な土地投機ブームが発生。その影響で日経平均株価は1971年8月の安値から1973年1月の高値まで約2.5倍に急上昇しました。 なお、1971年と2025年では経済環境が大きく異なり、単純比較は困難です。ただ、過去の事例が現在を理解する一助になれば幸いです。 (注1)出来事はすべてを網羅している訳ではない。赤い点線丸印はニクソンショック時。下落率は直前の高値から計算。(出所)ブルームバーグ、各種資料より野村證券投資情報部作成 (野村證券投資情報部 岩本 竜太郎) 【FINTOS!編集部発行】野村オリジナル記事配信スケジュールはこちら ご投資にあたっての注意点