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09/17 08:18
【野村の朝解説】FOMC控えて米国株は方向感が定まらず(9/17)
(注)画像はイメージです。 海外市場の振り返り 13日の米国市場は、ダドリー前NY連銀総裁の発言などを手掛かりに0.5%ポイントの利下げ観測が高まり、米国株式市場では主要3指数が揃って上昇しました。週明け16日には、米国の金融政策を巡って明確な手掛かりがない中で、市場の利下げ観測は0.5%ポイントと0.25%ポイントで二分され、NYダウ、S&P500は小幅高で引けた一方、ナスダック総合は小幅安となりました。日本が休場となったこの日、薄商いの中、米ドル円相場は約1年ぶりに一時139円台を付けました。 相場の注目点 今週は17-18日にFOMC(米連邦公開市場委員会)、19-20日に日銀の金融政策決定会合が開催されます。パウエルFRB議長が8月のジャクソンホール会合で事実上、利下げ実施をアナウンスしたことから市場の関心は利下げ幅とその後の利下げペースに集まっています。今回はFOMC参加者の政策金利見通し、いわゆる「ドットチャート」が併せて公表されます。野村證券では24年中は0.75%ポイント、25年中は1.0%ポイントの利下げ見通しを示すと予想しています。上記の通り、今会合での利下げ幅を巡って市場の見方は二分されていると見受けられること、市場では24年中に1.0%ポイントを上回る利下げが織り込まれていることから、結果発表直後は、市場が不安定化するリスクがありそうです。 相場の注目点 本日、米国では8月の小売売上高が発表されます。市場では前月比-0.2%と、7月の同+1.0%からは小幅低下に転じると予想されています。FOMC会合開催中の発表ですが、結果次第では政策判断に影響を与える可能性があるとして、市場参加者の注目を集めています。 (投資情報部 尾畑 秀一) (注)データは日本時間2024年9月17日午前7時半頃、QUICKより取得。ただしドル円相場の前日の数値は日銀公表値で、東京市場、取引時間ベース。CME日経平均先物は、直近限月。チャートは日次終値ベースですが、直近値は終値ではない場合があります。 野村オリジナル記事の配信スケジュール ご投資にあたっての注意点
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09/16 15:00
転換期の人工光型植物工場 -③人工光型植物工場への今後の期待 -
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニア・アドバイザー 伊地知 宏(2024年9月10日) はじめに 本稿で、「転換期の人工光型植物工場」シリーズの最終回を迎える。前2回のレビューで、わが国における人工光型植物工場業界の歩みと経営状態の変化を分析し、変遷をたどってきた。技術やノウハウの進化に伴い、製造コストは着実に低減しているものの、利益を生み出すのは容易ではなく、経営力が十分でない事業者の淘汰も始まっていることがうかがえる。 一方で、世界的な人口増加や異常気象などにより、地球規模で食料供給懸念が高まっている。特に気象災害は食料供給のみならずエネルギー供給のリスクも顕在化させている。 人工光型植物工場は食料供給の安定化に寄与する可能性を有している。ただ、これまでの人工光型植物工場は、「露地栽培で生産できる作物(植物)を、季節や場所等を選ばず周年生産する」という域であった。しかし、今後はそれに加えて「露地栽培や施設栽培ではほぼ不可能な生産物を最小の環境負荷で開発する」ことができれば、可能性は無限に広がる。 また、人工光型植物工場を食料供給の手段として捉えるだけでは極めて不十分である。エネルギー対策(効率的な電力供給)の有効な手段の一つとして欠くべからざる重要なパーツとなる可能性を秘めており、幅広く活用を検討することが国策としても求められる。 本稿では、「持続可能な食料供給」、「地球規模での環境維持」、「新たな生産物の開発」の三点にフォーカスし、特にエネルギーにウェイトを置いて人工光型植物工場の将来像や可能性について探ってみたい。 1. 植物工場が求められる理由 「将来にわたって食料供給のみならず地球自体を維持できるか?」という問題意識が高まっている。異常気象による地球温暖化(沸騰化)、豪雨の増加などの影響で、極論すれば食料(農産物)を露地で栽培できなくなる可能性すら口の端に上ることもある。供給懸念だけでなく、世界的な人口増加による需要増加[1]も食料需給の逼迫要因となる。実際に、世界規模で2009年と2011年は食料の消費量を生産量で賄えなかったように、最近は食料供給不足の年が増えている。加えて、気象変動により、これまで農業生産の適地と考えられていた地域が非適地化することも懸念される[2]。 穀物を例に食料事情を回顧すると、「緑の革命[3]」による単収増加が奏功し、1960年以降の60年間で世界の穀物生産量は3倍以上に増加した(図表1)。しかし、収穫面積は横ばいで単収の伸びは鈍化しており[4]、露地栽培だけでは過去と同様のペースでの拡大余地は乏しい。露地栽培に拡大余地が乏しいならば、栽培可能な作物に関しては、太陽光型植物工場(施設栽培)や人工光型植物工場に期待せざるを得ない。 露地栽培に関しては、異常気象の影響だけでなく、過剰施肥による土壌汚染問題も今後問題視される可能性が高く、IoT化などによる生産性向上余地は考えられるものの、制約が強まることが予想される。既存のシステムで拡大余地が限定的ならば、単位面積当たり生産性が高く、周年栽培も可能となる人工光型植物工場への期待はより高まるであろう。 図表1 世界の穀物の需給及び単収等の推移 (出所)農林水産省「世界の食料需給の動向」 食料の安定供給や土壌汚染対策で期待される植物工場だが、一方で、人工光型植物工場は、電気使用などで環境負荷が大きく、持続可能性(サステナビリティ)に懸念が示されることが少なくない。持続可能性は、今後最も重要視されるテーマであり、環境負荷の低減はあらゆる産業の課題になってくる。 人工光型植物工場は、現時点では環境負荷が大きいと見られがちだが、自然エネルギーによって電気を自給し、CO2をはじめとする温室効果ガスや廃液などを含む一切の環境汚染物質や排熱などの排出をゼロ化できれば、他の栽培方法に比べて最も「環境負荷ゼロ」の可能性を有しているとも言える。 2.人工光型植物工場における既存技術の進化の可能性 最初に、既存の人工光型植物工場のシステムの進化余地を考察する。 2010年代以降、電気エネルギー量生産性や作業時間生産性は着実に向上しているが、今後一層の向上余地は考えられるのだろうか? 資源利用効率の可能性を示したのが図表2である。 図表2 人工光型植物工場および園芸施設における資源利用効率および理論的最大値[5] (出所)大山他(2002;2005;2006)、横井他(2005)、古在他(2012) 人工光型植物工場において、「水」「CO2」「化学肥料」「種子」に関しては、概ね90%前後の利用効率を達成しており、改善余地は限定的である。 一方、「光エネルギー」と「電気エネルギー」の理論的最大値に対する資源利用の達成率は、それぞれ25%(0.027/0.11)、12%(0.007/0.06)に留まっている。近年、電気エネルギー量生産性は向上しているので、図表2の人工光型植物工場の数値は上振れしている可能性が高い[6]ものの、まだまだ向上余地は大きいと考えられる。 また、人工光型植物工場に適した種子の開発も進み始めている。最近まで、人工光型植物工場向け品種の開発に種子メーカーは概して積極的ではなかったが、オランダの種子会社が積極的に取り組み始めている。国内でも千葉大学発ベンチャーの㈱リーフ・ラボがオーダーメイド種子を開発し、実用化が始まっている。 環境制御技術の進化も期待される。特に、表現型(フェノタイピング[7])計測等に基づき、AI技術を活用することにより、より緻密で適切な環境制御を行う可能性が広がる。人工光型植物工場は、高密閉・高断熱であるがゆえに様々なデータ計測が可能であり、活用可能性は大きい。ただ、取得したデータの取捨選択や活用方法が確立しているとは言えず、データ解析の専門家との連携が進めば一段と生産性が向上するであろう。 3.人工光型植物工場における新分野の開拓可能性 (1)電気エネルギー自律型人工光型植物工場 前述の通り、人工光型植物工場のネックとして挙げられやすいのが「環境負荷」である。その最大の要因が電気使用であり、逆説的に言えば、電気エネルギー自律型の人工光型植物工場が可能になれば、露地栽培や施設栽培に比べて最も環境負荷が少ない食料供給手段となりうる。ゼロエミッション植物工場が可能になれば、一気にゲームチェンジが起こることが予想され、エネルギー課題の解決が、人工光型植物工場のポジション確立の最大ポイントと言えるであろう。 電気エネルギー自律型人工光型植物工場は自然エネルギー使用が前提となる。当面最も可能性が高いのは太陽光発電と考えられるが、2010年比で大規模事業用太陽光発電のCAPEX[8]は7分の1以下に低下し、(低下率は鈍化するものの)今後も低下する見通しである(図表3)。太陽光発電をはじめとする自然エネルギーの発電コストは化石燃料由来の発電コストを下回る可能性の萌芽が見え始めている。 図表3 大規模事業用太陽光発電のCAPEX (注)モジュール:太陽光パネル、PCS:パワーコンディショナー、BOS:周辺機器、EPC:設計・調達・建設(出所)資源エネルギー庁「太陽光発電について」(2023年12月) 海外でも電気エネルギー自律型人工光型植物工場への取り組みは進展しており、日本発祥で米国地盤のOishii Farmは今年竣工したメガファームで、隣接した大規模太陽光発電所から電気を調達している[9]。 国内でも複数の事業者が、人工光型植物工場に太陽光発電を併設しており、今後発電コストがさらに低下すると電気エネルギー自律型人工光型植物工場の展開が加速する可能性がある。 加えて、多くの自然エネルギーの課題とされている供給の不安定性に対して、蓄電池コストの低下も追い風になってくるであろう。 人工光型植物工場において自家発電のみで電気エネルギー自律を目指すならば、工場敷地の数倍の面積の太陽光パネルが必要になるので容易ではないが、「地域単位も含めた電気エネルギー自律」により可能性が広がるだろう。 気象災害などのリスクに鑑みれば、集中型エネルギーシステムから分散型エネルギーシステムへの転換が有効になってくる。リスク対応の観点だけでなく、経済効率性や環境適合の面からも意義は大きい。加えて、環境適合分散型エネルギーシステムの構築は地域に新しい産業を興し、地域活性化につながることが期待される(図表4)[10]。そして、人工光型植物工場は、その新しい産業の有力な候補である。 本稿では、人工光型植物工場と親和性が高いバーチャルパワープラント(VPP)、ディマンドリスポンス(DR)、農山漁村エネルギーマネジメントシステム(VEMS:Village Energy Management System)の活用可能性や有効性を探る。 図表4 分散型エネルギーの意義 (注)「3E+S」とは、「Safety」を前提としたうえで、「エネルギーの安定供給(Energy Security)」を第一に、「経済効率性の向上(Economic Efficiency)」による低コストでのエネルギー供給を実現するとともに、「環境への適合(Environment)」を図るための取り組みのことを指す。(出所)資源エネルギー庁「地域マイクログリッド構築の手引き」 ① バーチャルパワープラント(VPP) VPPは「仮想発電所」を意味する。近年、太陽光発電、蓄電池、電気自動車などの分散型エネルギーリソースの普及が進み、大規模発電所依存の伝統的エネルギー供給システムから進化の可能性が感じられる。 図表5 VPPのイメージ (出所)資源エネルギー庁「エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス・ハンドブック」 分散型エネルギーシステムの場合、図表5に見られるように、個々のエネルギーリソースは小規模でも、高度なエネルギーマネジメントシステムでそれらのリソースを束ねることで、あたかも一つの発電所のように機能することが可能になる。人工光型植物工場は、図表5中の「照明」「空調」「生産設備」に関連し、VPPの中核機能の一翼を担う可能性を有している。 ② ディマンドリスポンス(DR) 次に、経済性から電力システムを考察する。 電力システムの経済性を向上させるポイントは、「ピーク需要の低下」である。発電設備の能力を決定するのはピーク時間帯の電力需要であるが、その時間帯は一日のうち一部である(図表6)。つまり、ピーク時間帯の電力需要を抑制して電力需要を平準化できれば、維持コストや設備費用の削減が可能になる(図表7)。 図表6 電力需要制御のパターン(イメージ図) 図表7 電力需要と維持費・設備投資 (出所)資源エネルギー庁「エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス・ハンドブック」 電力需要を平準化するVPPの有力な手段がDRである。DRは電気料金の優遇やインセンティブの付与により、需要者が電力会社の要請に応じて電力需要の抑制等に応じるシステムである。 人工光型植物工場の場合、照射時間は必要だが、電気使用の時間帯には制約が少ないので、電力消費のピーク時間に使用電力を節減し(下げDR)、需要の少ない時間帯に使用電力をシフトすることで需給バランスを平準化することが可能であり、DRとの親和性が極めて高い。 ③ 農山漁村エネルギーマネジメントシステム(VEMS) 農山漁村においては、太陽光発電をはじめとして風力発電、メタン/バイオマス発電、小水力発電等、様々なパターンの再生可能エネルギー供給の可能性がある。VEMSとは、農山漁村に点在する様々な再生エネルギーの設備や農地・農業用水などのインフラ基盤からの電力需給を地域全体で管理するシステムである。 一方で、農山漁村のエネルギー需要は限定的であり、エネルギー地産地消のシステムが機能しているとは言い難い。結果として、再生可能エネルギー創出による恩恵は地元に残らず、都市圏に移転してしまっているのが現状である。 農山漁村で創出したエネルギーの恩恵を地域活性化につなげるには、エネルギー活用で地元産業を振興することが必要であり、図表8にも示されているように植物工場はその可能性を秘めている。 人工光型植物工場を、VEMSを活用して農山漁村で行うか、消費地近傍で行うか、議論が分かれるかもしれない。地域のエネルギー供給体制や今後のEVの普及状況なども考慮して検討する必要があるだろうが、問題意識を持つ必要はある。 図表8 VEMSのイメージ (出所)農研機構農村工学研究部門 (2)栽培品目の拡大 人工光型植物工場で新しい栽培品目に挑戦する場合の主なネックは「難易度」と「コスト」である。栽培自体が不可能な品目は少ないものの、収支の帳尻が合う生産に達せず、頓挫する(本格生産に至らない)ケースが大半である。現状の栽培品目は、ほとんどが非結球レタス(リーフレタス)であり、品目の拡大は容易ではないが、新しい品目を開発しブレイクスルーできるか否かが業界の発展を決すると言っても過言ではない。 以下、非結球レタス以外の品目の現状と可能性について言及したい。 ① イチゴ 人工光型植物工場でのイチゴ栽培は、米国でOishii Farmがトップランナーとしてのポジションを固めている。受粉をはじめとした栽培技術を確立したことが第一義であるが、緻密なマーケティングにより米国を販売先のターゲットに定めたことが成功のポイントであろう。米国では、他にも既存の人工光型植物工場大手事業者がイチゴ栽培に乗り出すケースが増えている[11]。 一方、わが国では日清紡ホールディングスが相応の規模で展開しているが、葉菜類を生産している人工光型植物工場事業者がイチゴ栽培に事業を拡張する事例は限定的である。人工光型植物工場でのイチゴ生産が軌道に乗るためには、栽培技術の確立が前提ではあるが、根強い夏季の需要に加えて、周年の販売戦略が重要と考えられる。 人工光型植物工場でのイチゴ栽培のノウハウの中で最も重要なのは受粉だが、近年単為結果[12]の研究などが進んでおり、栽培の難易度のハードルが下がる可能性はある。 ② トマト 多段栽培を可能にする矮性(草丈約50cm以下)の房どりミニトマトが人工光型植物工場用として開発され、進化が見られる。すでに、Oishii Farm、80 Acres Farms(米国)、Philips(オランダ) などが実証栽培、商品化を行っている。 わが国においては、太陽光型植物工場でのトマト生産が発達しており、様々な品種・特性のトマト栽培が進んでいるゆえに、海外に比べて人工光型植物工場の活用は進んでいない。 しかし、気温上昇や燃料費(暖房費)の高騰、施設コストの上昇で太陽光型植物工場の採算が厳しくなっていることに加え、「脱炭素」の方向性からも、暖房にA重油などの使用が難しくなることが予想され、太陽光型植物工場に逆風になる可能性も低くない。今後電気エネルギー自律型人工光型植物工場が進歩し、再生可能エネルギー活用が進めば、人工光型植物工場で生産されたトマト(特に高付加価値品)市場が立ち上がる可能性がある。 ③ ホウレンソウ 国内外で需要が高く、今後の可能性は大きい。国内での市場規模はレタスとほぼ肩を並べている[13]。 わが国ではホウレンソウの養液栽培のノウハウは他国より先んじているものの、人工光型植物工場での栽培の難易度は高い。特に病害や生理障害のリスクが高く、生育阻害が起こりやすい。養液のpHを低く抑えることで病原菌の抑制が見込め、培養液の組成の工夫で対応可能性があるが確立されていない。 ホウレンソウは旬の時期はビタミンCが他の時期に比べて豊富になるなどの特色があり、人工光型植物工場により通年で栄養価の高い製品を供給できれば現状以上の需要拡大の可能性もある。 国内では、RYODEN系列のブロックファームが、2022年から人工光型植物工場でのホウレンソウ生産に本格的に取り組んでいるが、上記のような課題を克服できるか注目される。 ④ 高付加価値葉菜類 有望品目としてはケールが考えられる。ケールは認知度の低さがネックであったが、健康志向の高まりとともに注目度が上がっている。人工光型植物工場における栽培では日本山村硝子が先行しているが、関心を持つ事業者は少なからず見られる。露地栽培に比べて品質・コストで優位性が確立されていないことやマーケットが未成熟であることが、二の足を踏んでいる理由と思われるが、今後生産が拡大する可能性がある。 海外では人工光型植物工場の生産品目として、ベビーリーフの事例が多い。レタスに比べて栽培が容易で、(収穫などの)自動化との相性もいいことが理由と考えられる。国内では、人工光型植物工場での栽培は散見されるものの、海外に比べると取り組んでいる事業者は少ない。露地ものや太陽光型植物工場産との差別化が容易ではないことが理由と考えられるが、カットサラダなどの加工需要が高まっており、レタスと併せて加工用の需要が拡大する可能性がある。 ➄ 灌木[14] 東京農工大学が人工光型植物工場によるブルーベリー栽培で実績を出している。人工光型植物工場での果樹栽培は常識を超えた発想だったが、「四季咲きで周年収穫」という新たな可能性を示しつつある。栽培過程で、人工光型植物工場と太陽光型植物工場を併用することも斬新な発想であり、矮性果樹などの新しい栽培手法の開発や、ラズベリーやクランベリーなど他品目への応用も含めて可能性を感じる。 人工光型植物工場での灌木栽培はスタートラインに立ったばかりであるが、ブルーベリーを嚆矢として今後実現性が高まっていくことが期待される。 ⑥ 医療、薬品関連 人工光型植物工場における医薬品関連で、話題に上ることが多いのが生薬(漢方薬)原料である。生薬原料はほとんどが中国から輸入されていたが、中国の国内需要の増加とともに、輸入が困難になりつつある。 日本国内では、漢方薬・生薬の薬価抑制や市場規模が原料生産のネックにもなっていたが、近年原料価格が上昇し、逆ザヤ現象も生起しており、原料生産者には追い風になりそうである。世界的な原料不足の気配もあり、日本からの輸出可能性も考えられる。今後の動向は注視すべきであろう。 人工光型植物工場を活用したワクチン製造は期待される。植物個体・組織または培養細胞内で生産された医薬用タンパク質(PMP)が対象だが、PMPの歴史はまだ浅く、初めてFDA(米国食品医薬品局)が承認を与えたのは2012年である[15]。国内では、2013年に人工光型植物工場で栽培したイチゴ由来のイヌ歯肉炎軽減剤が、遺伝子組換え植物体で抽出・精製を経ない原薬使用の医薬品として世界で初めて承認された[16]。 PMP生産に人工光型植物工場が適合する理由は、「遺伝子封鎖」「異物混入防止」「栽培安定化」などであり、きめ細かな環境制御が必要となる。海外では、北米を中心にPMP生産を目的とした植物工場が複数立ち上がっている。今後競争が激化すると予想されるが、対象のすそ野は広く、これまでわが国で培ってきた人工光型植物工場における環境制御ノウハウや栽培技術を活かして発展させる可能性は十分に考えられる。ネックは開発コストが膨らむことだが、官民挙げての支援や金融面の下支えで克服することが望まれる。 予防医学との連携可能性では、植物工場産食品の可能性として、食品とがんの因果関係の究明可能性などが考えられる。因果関係解明には成分・機能が一定な植物食品の供与が有効であり、成分・機能が一定な植物食品の生産には、まさに植物工場が適している。研究が進めば、「がんになりにくい野菜」を開発し、生産することも夢ではない。 人工光型植物工場ならではの特色や、栄養素などの機能性を訴求する動きもある。人工光型植物工場は緻密な環境制御が可能であり、栄養素や成分のコントロールは得意とする分野である。 しかし、低カリウムレタスが腎臓病患者向けという当初の目論見と異なった方向性となったように、マーケットニーズを的確に捉えるには容易ではない。実際、人工光型植物工場の生産物は、データ的には栄養価や機能性で優れた数値を出しているものの、消費者に十分にアピールできていない(消費者が価値を評価していない)。農薬不使用に関しても、有効なセールスポイントにつながっているとは言い難い。生産物の質の向上はもちろん重要であるが、マーケティングや消費者の啓蒙への意識を高めることも疎かにはできない。 ➆ その他 将来的には、これまで難易度が高いと目されてきた品目にいかに拡大し、ビジネス化できるかが業界の発展の試金石となる。本稿では仔細まで言及しないが、上記品目以外に期待されるのは、医療用大麻、根菜類、結球野菜、果菜類、海藻類などである。 おわりに 人工光型植物工場は、「数ある農業生産の手法の一つ」という位置付けから、「持続的な人類の食料調達に不可欠な基本手段」に進化する可能性を秘めている。 繰り返しになるが、進化は、「人工光型植物工場で栽培しやすい品目を栽培する」段階から「あらゆる品目を(エネルギー問題なども含めて)露地栽培と同等、もしくは露地栽培以上の品質・コストパフォーマンスで栽培する」ことや、「露地栽培ではほぼ不可能な品目や機能を創造する」ことが、最終的なゴールと考えられるのではなかろうか。現状では、ビジネスとして成立する品目は限定的であるが、今後ノウハウが進化することにより、階段を一段ずつ上るように品目や市場が拡大する可能性は十分に考えられる。 加えて、単純に食料の安定供給に資するだけでなく、健康管理や未病などに関して消費者の需要はますます高まることが考えられ、広範囲に人工光型植物工場の可能性は高まるであろう。 世界的な人工光型植物工場への関心の高まりに応えるには、遠大な理想への取り組みが必要になってきていることが感じられる。 もちろん、ゴールまでは気の遠くなるような道のりと想定され、難易度は極めて高い。まだ一合目にも達していないかもしれない。 わが国においては、他国に比べ人工光型植物工場に先行して取り組んでいたので、基礎的なノウハウや栽培管理の緻密さなどに一日の長があるのではないかと思われる。一方、海外事業者の多くは環境制御や栽培管理を緻密に行うことや、面積生産性やエネルギー生産性を高めるためのスキルは十分とは言い切れない。 登山に例えると、わが国の事業者は足の踏み場を認識して着実に歩を進めるスキルに長けていると言えよう。一方、出遅れていた海外事業者の多くは、資金力にもの言わせてヘリコプターで高所まで進もうとしたが、着陸ができずに苦慮していると例えられるのではないだろうか。ただ、その中で着陸に成功して歩を進めようとしている事業者が現れ始めている。頂上を征服できるのは、「選ばれし者(企業)」となり、競争は激化すると考えられる。わが国は、培ってきた産業界のノウハウや大学をはじめとした学術機関の知見など、人工光型植物工場の分野では他国に先んじていたが、現在はかろうじて優位性を保っている状況と思われる。 エネルギー問題の課題解決は、食料の安定供給と比肩する重要課題である。この課題は、人工光型植物工場の分野に限らず、社会全体で対策を講じるべきものである。人工光型植物工場が単独で貢献できる部分は限定的かもしれないが、多くの当事者が関与する中で、重要な役割を担うことは疑いない。課題解決に向けての対応は電力会社が中心になると考えられるが、インセンティブの充実を含めて対応を加速し、今以上に本腰を入れた取り組みが望まれる。人工光型植物工場が市民権を得るか否かは、ひとえに脱炭素(電気エネルギー自律)の成否にかかっていると言っても過言ではない。 わが国の産業の歴史を振り返ると、半導体、液晶、太陽光発電、電気自動車、通信機器などのように、新技術の開発に先行しながら、海外にキャッチアップされ、結局後塵を拝してビジネスチャンスを逃した事例が枚挙に暇ない。 人工光型植物工場においては、産官学の叡知を結集して、日本ひいては世界に貢献できる産業化が期待される。本レビューのシリーズが、わずかでもそのヒントにつながれば欣幸である。 ■関連記事 転換期の人工光型植物工場 - ①わが国における人工光型植物工場の歴史 - 転換期の人工光型植物工場 - ② わが国における人工光型植物工場収支構造の変化 - ●文中注釈 [1] 2050年の世界の食料需要量は2010年比1.7倍と予想されている(農林水産省「世界の食料需給の動向」より)。 [2] 地球規模では、オセアニア、中南米、アジアでは農地面積が増加し、北米、アフリカでは減少すると予想されている。日本国内でも、コメ、果樹などをはじめとして適地作物の変化が目立ち始めている。 [3] 1940年代から1960年代にかけて、世界的に高収量品種の導入や化学肥料の大量投入により生産性が向上し、穀物の大量増産を達成したことを指す。 [4] 1960年代は年率約3%で単収が増加したが、1970年代は約2%、1980年代は約1.7%、1990年代は約1.3%と増加ペースは鈍化している(国際連合食糧農業機関:FAO「FAOSTAT」による)。2000年代以降も1%前後で推移していると推定される。 [5] 光エネルギー利用効率=正味光合成速度/ランプの光合成有効光量子束=(CO2施用量-室外CO2漏出量)/ランプの光合成有効光量子束電気エネルギー利用効率=植物の化学エネルギー固定量/電気エネルギー消費量=係数・乾物重/電気エネルギー消費量水利用効率≒(潅水量-蒸散量)/潅水量=(潅水量-水蒸気凝結量)/潅水量≒(生体重-乾物重)/潅水量≒(0.95×生体重)/潅水量CO2利用効率=正味光合成量/CO2施用量≒(CO2施用量-室外CO2漏出量)/CO2施用量栄養イオン利用効率=(栽培ベッド流入イオン量-栽培ベッド流出イオン量)/栽培ベッド流入イオン量 [6] 野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部の推定では、2017年から2024年にかけて電気エネルギー量生産性は30~40%上昇しているので、相応の改善がなされていると考えられる(「NOMURA フード&アグリビジネス・レビュー Vol.7」参照)。 [7] 画像解析等により、対象となる作物の形質を定量的・定性的に数値化し、客観的に評価する手法。 [8] 資本的支出(Capital Expenditure)を指す。資産価値を維持・向上させるための費用で、資産に計上され、減価償却の対象になる。 [9] 敷地面積2.2万㎡のメガファーム(ニュージャージー州)に隣接した20万㎡の太陽光発電所から電気を調達している。 [10]分散型エネルギーシステムが「地域活性化」につながることは、2018年の第5次エネルギー基本計画で言及され、国の方針として分散型エネルギーシステムを推進していくことが示されている。 [11] Bowery Farmings、Plenty、80 Acres などがイチゴ事業への参入を発表している。 [12] 受精が行われずに果実が形成される現象。 [13] 2022年の国内産出額は、ホウレンソウ793億円、レタス765億円。 [14] ブッシュ状の低木。 [15] Protalix Bio Therapeutics(イスラエル)がELELYSO(ゴーシェ病治療薬)で承認取得。 [16] 産業技術総合研究所、ホクサン㈱、北里第一三共ワクチン㈱が、イヌインターフェロン生成遺伝子を組み込んだイチゴを原料として共同開発し、ホクサン㈱が動物用医薬品製造販売承認を受けた。 ディスクレイマー 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09/16 12:00
「行動ファイナンス」で疑問を解決!第4回「投資にはどのくらいのお金が必要?」
※画像はイメージです。 野村證券金融工学研究センターの大庭昭彦が、皆さまの投資に関するお悩みを行動ファイナンスの観点から分析、解決法を探っていきます。第4回では、投資に興味はあるものの、どのぐらいの金額が必要なのかわからないという会社員の方の疑問にお答えします。 お悩み大卒入社3年目です。いただいている給与での生活に不満はなく、毎月若干の貯金ができている状況です。貯金は現在、給与が振り込まれている銀行にそのまま普通預金としておいています。投資することにも興味がありますが、まとまったお金が必要だとも聞きます。どのくらいの金額から投資を始めたら良いでしょうか。(Dさん、25歳、会社員) 回答:「月1万円」から始める人は多い まず、20代ながら毎月貯蓄していて投資も考えていらっしゃるということで、しっかりした考え方をされていると思います。「まとまったお金」というと、よくネットで100万円とか500万円といった数字が使われていますが、多くの場合には根拠が示されていないのであまり気にすることはありません。 もしDさんが「毎月1万円なら余裕だが、そんな少額で始める人は少ないのでは」とお考えなら、実態はそうでもありません。NISAを使って月1万円未満の積み立てを始める方はとても多く、特に成長投資枠をあまり使っていない方の中では最大の比率となっています。 参考:野村アセットマネジメント「投資信託に関する意識調査2024」https://www.nomura-am.co.jp/corporate/surveys/pdf/20240418_52B4DE55.pdf 次に、「1万円から投資できるとしても、それでは少ししか貯まらないから、わざわざ投資する意味がなさそうだ」とお考えなら、本当に少ししか貯まらないのかどうかを考えてみましょう。この時、考えるべきは準備資金額より目標金額です。使用目的は、例えば住宅購入費(の頭金)や子供の教育費、もっと漠然と将来の余裕資金の足しでも良いのですが、数字は明確に「500万円」を目標にしてみましょう。 さて、毎月1万円積み立てで500万円貯めるのに何年かかるでしょうか。単純な複利計算(シミュレーション)によると、答えは、年利が3%でおよそ27年2か月、4%でおよそ24年9か月、5%でおよそ22年9か月となります。意外にリターンの運不運によらない現実的な年数なのではないでしょうか。これが金利ゼロで貯めているだけだと41年8か月かかります。ちなみに2万円積み立てで1000万円貯める場合、4万円積み立てで2000万円貯める場合でも(当然ながら)同じ年数です。 この結果は「みらい電卓」などを使って確かめることもできますので、興味を持たれた方は是非試してみてください。 参考:野村證券 マネーシミュレーター「みらい電卓」https://www.nomura.co.jp/hajimete/simulation/?referer=fin-wings 「金利・複利の効果がわからない」というのは日本と米国の金融リテラシー調査で大きな差がある部分です。「だから投資しない」と言う方も多いので、この結果の理解は、日本の個人にとって特に重要です。(「行動ファイナンスと金融リテラシー」大庭、証券アナリストジャーナル2017年12月)。 投資信託協会の論文 「積立投資モデルケース“二十歳(はたち)になったら1万円”」では、国内株式、国内債券、外国株式、外国債券に4分の1ずつ、捻出可能な金額の実態に合わせて年齢と共に積立金額を変えながら投資する(20代1万円、30代1.5万円、40代2万円、50代3万円)ケースで、60歳時点の投資成果は平均・中央値共に2000万円を超すという確率的な結果も示されています。「60歳で2000万円」という数字が気になる方には有用な事実なのではないでしょうか。 参考: 投資信託協会 レポート「 積立投資モデルケース“二十歳(はたち)になったら1万円” 」https://www.toushin.or.jp/statistics/Tsumiken/reports-r/ 投げ売りは合理的ではない なお、こうしてせっかく始めた投資も続けなければ意味がありません。しかし、初心者の方ほど相場の短期的な下落にショックを受けて、すべて売って逃げ出してしまうという「投げ売り」をしがちです。統計的にはこうした投げ売りは合理的ではありません。頻繁にメディアに登場する「投資で失敗した人」の典型的な行動パターンでもあります。 投資を途中で止めないためのセルフコントロールの技術として自分を縛る「コミットメント」を工夫することや、必要に応じて信頼できる第3者の力を借りることが、「投資で失敗した人」にならないために役立つでしょう。 参考:野村の金融経済教育サイト Fin Wing「基礎から学ぶ行動ファイナンス 第9回「自分の未来にも約束させる」https://www.nomura.co.jp/fin-wing/column/behavioral-finance9/ 大庭 昭彦野村證券株式会社金融工学研究センター エグゼクティブディレクター、CMA、証券アナリストジャーナル編集委員、慶應義塾大学客員研究員、投資信託協会研究会客員。東京大学計数工学科にて、脳の数理理論「ニューラルネットワーク」研究の世界的権威である甘利俊一教授に師事し、修士課程では「ネットワーク理論」を研究。大学卒業後、1991年に株式会社野村総合研究所へ入社。米国サンフランシスコの投資工学研究所などを経て、1998年に野村證券株式会社金融経済研究所に転籍、現在に至るまで、主にファイナンスに関わる著作を継続して執筆している。2000年、証券アナリストジャーナル賞受賞。 本稿は、野村證券株式会社社員の研究結果をまとめたものであり、投資勧誘を目的として作成したものではございません。2024年7月現在の情報に基づいております。 ご投資にあたっての注意点
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09/16 09:00
【動画 3分チャート塾】シーズンⅠ:第4回 見逃すな、特徴的な2本足、3本足
「動画 3分チャート塾」は、株価チャートの見方を学びたい初心者から中級者の方向けの動画シリーズです。 今回は、特徴的な2本足、3本足について説明します。 シーズン I:意外と知らないローソク足(全8回)ローソク足の基本の読み方や中長期的な相場の捉え方などについてわかりやすく解説していきます。シーズンII:相場の見方の強い味方、移動平均線(全9回)移動平均線の基礎や活用法についてわかりやすく解説していきます。シーズンIII:上値、下値のメドを探ろう(全10回)上値、下値メドの探り方についてわかりやすく解説していきます。シーズンIV:相場の過熱感を測るには?(全9回)オシレーター系指標についてわかりやすく解説していきます。シーズンV:トレンドラインを引いてみよう(全9回)トレンドラインについてわかりやすく解説していきます。 ご投資にあたっての注意点
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09/15 15:00
我が国の農林水産行政の再編強化に関する考察 -「食料・農業・農村基本法」の改正を契機に -
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニアフェロー 石井 良一(2024年9月10日) はじめに 世界及び我が国の食料をめぐる情勢が大きく変化していることを受け、25年ぶりに2024年6月に改正「食料・農業・農村基本法」が施行された。「食料安全保障の確保」、「環境と調和のとれた食料システムの確立」、「人口減少下における農業生産の維持・発展と農村の地域コミュニティの維持」等を主題に掲げている。これを受けて、年度内に概ね5年程度の農政の指針となる「食料・農業・農村基本計画」の改定が予定されている。 我が国において農林水産行政の舵取りを担うのは農林水産省である。2011年の省庁再編で発足した農林水産省においては、これまで、食糧庁の廃止、輸出・国際局の新設などを除き、大きな組織変更は行ってこなかった。「食料・農業・農村基本法」の改正、「食料・農業・農村基本計画」の改定を契機に組織の再編強化をすることも検討されよう。 本論は、諸外国の農業構造、組織構造との比較を行い、今後のあるべき方向についての一考察を試みるものである。 1.諸外国における農林水産行政の体制の特徴 図表1は、2021年(一部2020年)時点での世界の農産物輸出国トップ9と我が国の農地面積、農業生産額、農産物輸出額、輸出割合を比較したものである。我が国の農産物輸出額は過去最高値を更新している[1]ものの農産物輸出額の農業生産額に対する比率はわずか14%に過ぎず、オランダ696%、ドイツ241%などと比較すると輸出小国であると言わざるを得ない。各国を類型化すると、図表2に示すように、①輸出重視タイプ(オランダ、ドイツ、カナダ、フランス、スペイン、イタリア)、②国内生産輸出均衡タイプ(ブラジル、アメリカ)、③国内生産重視タイプ(日本、中国)となる。我が国においては、国内消費が先細る中で、輸出を拡大することで国内生産を維持し、まずは国内生産輸出均衡タイプをめざすことが食料安全保障の点からも重要であると考えられる。 図表1 主要農産物輸出国の現状 (注)農地面積は永年採草・放牧地を除く。輸出額は林・水産物を除く。オランダ・スペインは2020年。(出所)農林水産省 主要国・地域別の農業概況HP https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/ 図表2 主要農産物輸出国の類型化 (出所)図表1より野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 図表3は、当該国の農業、農産物輸出政策を司る政府省庁の部局体制を示したものである。各国の行政体制、規模が異なるため、厳密な比較はできないが、「輸出重視タイプ」、「国内生産輸出均衡タイプ」の各国政府省庁には次のような共通の特徴が見出される。 ①省庁名に「食料」が入っている 輸出重視タイプの国の省庁名にはすべて「食料」が入っている。省庁名は政策の対象を国民に向けて端的に示すものである。農業生産、食料生産・確保、輸出を一体的に政策対象としていることがわかる。 ②「食料」、「食品安全」、「環境」を所管する部局を置いている場合がある オランダ、スペインでは、農業生産と食品生産を一体的に所管する部局を有している。ドイツでは、食品安全・動物の健康を所管する部局がある。オランダでは気候変動や環境汚染を所管する部局がある。 図表3 各国の農政体制 (出所)各国HP等より野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 一例として、国内農業生産と農産物輸出をほぼ均衡させている米国の事例をより詳細に見ることとする。米国では概ね5年ごとに農業法(Farm Bill)と呼ばれる法律を制定し、主要な農業政策を定めている。現行法は、2018年農業法(Agriculture Improvement Act of 2018)[2]であり、その概要は図表4のとおりである。全12編からなり、農業生産、農業経営、農村振興に関する項目の他に、貿易、栄養、エネルギーが含まれているのが特徴的である。栄養プログラムは総支出の約76%を占めている。低所得者が適切な食料を入手できるよう経済的な支援を行うものであり、農業と食料の安定供給を一体的に考えていることがわかる。 農政を司るのは農務省であり、その組織体制は図表5のとおりである。総務系部局を除くと、①農地生産・農地保全、②食品・栄養・消費者サービス、③食品安全、④マーケティング・ 規制プログラム、⑤天然資源・環境、⑥農村開発、⑦研究・教育・経済、⑧貿易・国際関係の8部局がある。農業法の項目と突合すると、農業法を実行する体制になっていると推察できる。 図表4 米国2018年農業法の概要 (出所)(株)アットグローバル(2024.3)「令和5年度食産業の戦略的海外展開支援事業(米国の農業政策・制度の動向分析委託事業)」農林水産省委託 図表5 米国農務省(USDA)の組織体制図 (出所)米国農務省HPに野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部追記 2.我が国の農林水産行政体制の特徴 旧「食料・農業・農村基本法」(以下、旧法と呼ぶ)は1999年7月に施行されており、2001年1月の中央省庁再編で発足した農林水産省は旧法に基づく農政の実現を図ってきたといえよう。図表6に示すように、その後、これまで3回にわたって組織変更が行われたが、食糧庁の廃止と消費・安全局の新設、輸出・国際局の新設を除き、大きな組織変更は行われていないと思われる。 図表6 農林水産省の組織体制の主な推移 (出所)農林水産省HPより野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 農林水産省が示す農政の方向性に沿って、地域特性に対応した形で、地方自治体の農政が展開されている。我が国の農産物生産額トップ3の都道府県である北海道庁、鹿児島県庁及び茨城県庁の農政部門の組織体制の現状は、図表7のとおりである。農林水産省の政策を実行し、各種補助金を円滑に執行できる体制となっているものと推察されるが、地域の特性に対応し、下記に示すいくつかの新たな試みも見られる。 ①食品の販売戦略を支援する部局の存在 各道県とも食品産業を重視しており、北海道庁では経済部に食関連産業局、鹿児島県庁では商工労働水産部、茨城県庁では営業戦略部に、販路拡大等の担当課を設置している。 ②カーボンニュートラル、環境保全を推進する部局の存在 北海道庁では農政部に「食の安全・みどりの農業推進局」、水産林務部に「森林海洋環境局」を置いている。鹿児島県庁では、環境政策を担う部局(環境林務部)において森林・林業政策も行っている。 図表7 我が国の地方自治体農政体制の例 (出所)各地方自治体HPより作成 3.新政策推進のための農林水産行政体制再編強化の考察 改正「食料・農業・農村基本法」(以下、改正法と呼ぶ)が2024年6月に施行された。改正のポイントは図表8のとおりであり、「食料安全保障」、「食料システム」、「環境負荷低減」などの新たなキーワードが盛り込まれている。 図表8 「食料・農業・農村基本法」の改正のポイント (出所)農林水産省(2024)「食料・農業・農村基本法改正のポイント」より作成 改正法は、国民一人一人の食料安全保障、貿易の重視、農業を食料システムとして捉えなおすこと、環境との調和など前述した米国農業法の考え方に近い。改正法は、世界及び我が国の食料をめぐる情勢が大きく変化していることを受け大きく見直されている。改正法の実現を図るために、農林水産省の組織体制も大きく見直すことが必要ではないだろうか。 図表9は一案であるが、まず名称に「食料」を加え「農林水産・食料省」とし、農業生産から国民一人一人の食料安全保障に関与することを明確にすることが望まれる。部局の名称も改正法の施策の方向に合わせて変更し、役割も見直すことを提案したい。提案の主なポイントは次のとおりである。 ①食料安全局(仮称)の設置 安全な食料の安定供給は国の重要な役割である。近年でも、ヨーネ病(牛)、豚熱、鳥インフルエンザなどの家畜伝染病の発生、養殖における魚病の発生、野菜等における病害虫の異常発生、食品における健康被害、産地偽装問題などが頻繁に起こっている。また、関係省庁との連携による国民一人一人への食料の安定供給も課題である。食料確保やフードロスに対する国民の意識の改革も必要である。消費・安全局の業務を継続しつつ、施策を充実強化してほしい。 ②みどりの食料システム局(仮称)の設置 2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、他省庁や国際機関等と連携して、農業・食品産業分野で総合的、包括的に施策を実行するためには、本省において司令塔となる部局の創設が必須である。現状では「みどりの食料システム戦略」(R3年策定)の所管は大臣官房みどりの食料システム戦略グループであり、局になることで推進力が格段に上がることが期待できる。農政全体の課題である農機、林業機械や船舶などの脱炭素燃料化、施設園芸などにおける化石燃料からの脱却、農業用や漁業用プラスチックの削減・再生利用、農地、森林や海における炭素貯留などにもこれまで以上に総合的、積極的に取り組んでほしい。 ③農業経営局(仮称)の設置 我が国の基幹的農業従事者(個人経営体)の平均年齢は68.7歳(2023年)で、今後5年間程度で担い手の高齢化等から家族農業が離脱を余儀なくされ、国内農業生産を維持するための正念場を迎えることとなる。改正法26条1項で示された「国は、効率的かつ安定的な農業経営を育成し、これらの農業経営が農業生産の相当部分を担う農業構造を確立するため、営農の類型及び地域の特性に応じ、農業生産の基盤の整備の推進、農業経営の規模の拡大その他農業経営基盤の強化の促進に必要な施策を講ずるものとする。」を実現するために、従来の経営局と農産局の機能を併せ持つ部局を創設し、「農業経営」をキーワードに、生産力・経営力の強化、経営者の育成、農地の集積等に強力に取り組んでほしい。 なお、業務範囲が大きくなることが想定されるため、農業経営局(仮称)と畜産経営局(仮称)に分けることも検討されよう。 ④食品産業・国際局(仮称)の設置 食の安全保障の確立に向けては、輸入の安定化、食品産業の強化、輸出の拡大、食品流通システムの維持強化が重要である。フードバリューチェーンを考慮し、食品加工、食品流通、輸出入を所管する部局を設置し、国別のきめ細かいブランディング、マーケティング等を通じて農産物・食品輸出を飛躍的に拡大し、国内生産と輸出が均衡する国づくりを目指してほしい。 ⑤農村コミュニティ局(仮称)の設置 中山間地の振興にあたっては、地域コミュニティの維持が重要である。若者の移住やインバウンドの増加など大きな変化も生じている。農村振興局を農村コミュニティ局(仮称)に衣替えし、共同活動の促進、農村関係人口の増加、農福連携、鳥獣害対策、都市農村交流などに取り組んでほしい。 ⑥農林水産・食料イノベーション局(仮称)の設置 現在、農林水産技術の研究開発に関しては、農林水産省設置法による、国家行政組織法上の「特別の機関」として農林水産技術会議が設置されている。技術会議は、会長及び委員6人で構成され、独立性の高い組織となっている。農林水産技術会議は、農林水産技術の研究開発を司り、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構(職員数約3,200人)等を所管している。 これまでの多くの技術開発は育種や生産技術に比重が置かれ、農業の生産性向上に寄与してきたが、食農分野の技術開発においてロボティックス、AI、植物工場、陸上養殖、ゲノム編集、代替タンパク、バイオ、カーボンニュートラルなどの新技術を早期に実装化するために、異業種やスタートアップとの連携も必要になっている。 そこで、「特別の機関」ではなく、本省の一部として位置づけ、本省との政策の連動性を高めるとともに、大学等研究機関、国内外の民間企業、スタートアップ等とのオープンイノベーションを重視し、「農林水産・食料イノベーション局」(仮称)として再出発することが期待される。 図表9 農林水産省の組織再編の一考 (出所)野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部 おわりに 農林水産行政について深い知見がない中で、このような考察を行い、浅薄であると批判を受けると思うが、食料・農業・農村基本法が25年ぶりに改正されたことを千載一遇の好機と捉え、農林水産省が自ら体制強化を図り、我が国の農業、食料政策の真の司令塔になってほしいと強く願っている次第である。新生「農林水産・食料省」は、環境と調和しながら農業生産力を強化し、国民一人一人の食料安全保障を確立する組織になるというメッセージを国民に向けて強く伝えることができるのではないだろうか。 今後、議論が始まることをおおいに期待したい。 ●文中注釈 [1] 2023年の輸出実績は、1兆4,541億円(対前年同期比+2.8%)と過去最高を更新した。2013年の5,505億円から10年で2.6倍となった。 [2] 当初、期限は2023年9月末であったが1年延長されており、現在、新法について議会で審議が開始されている。 ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 当社で取り扱う商品等へのご投資には、各商品等に所定の手数料等(国内株式取引の場合は約定代金に対して最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料、投資信託の場合は銘柄ごとに設定された購入時手数料(換金時手数料)および運用管理費用(信託報酬)等の諸経費、等)をご負担いただく場合があります。また、各商品等には価格の変動等による損失が生じるおそれがあります。商品ごとに手数料等およびリスクは異なりますので、当該商品等の契約締結前交付書面、上場有価証券等書面、目論見書、等をよくお読みください。 国内株式(国内REIT、国内ETF、国内ETN、国内インフラファンドを含む)の売買取引には、約定代金に対し最大1.43%(税込み)(20万円以下の場合は、2,860円(税込み))の売買手数料をいただきます。国内株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。国内株式は株価の変動により損失が生じるおそれがあります。 外国株式の売買取引には、売買金額(現地約定金額に現地手数料と税金等を買いの場合には加え、売りの場合には差し引いた額)に対し最大1.045%(税込み)(売買代金が75万円以下の場合は最大7,810円(税込み))の国内売買手数料をいただきます。外国の金融商品市場での現地手数料や税金等は国や地域により異なります。外国株式を相対取引(募集等を含む)によりご購入いただく場合は、購入対価のみお支払いいただきます。ただし、相対取引による売買においても、お客様との合意に基づき、別途手数料をいただくことがあります。外国株式は株価の変動および為替相場の変動等により損失が生じるおそれがあります。 野村證券株式会社 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第142号 加入協会/日本証券業協会、一般社団法人 日本投資顧問業協会、一般社団法人 金融先物取引業協会、一般社団法人 第二種金融商品取引業協会
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09/15 12:00
「行動ファイナンス」で疑問を解決!第3回「選択肢が多すぎて投資ができない…」
※画像はイメージです。 野村證券金融工学研究センターの大庭昭彦が、皆さまの投資に関するお悩みを行動ファイナンスの観点から分析、解決法を探っていきます。第3回で紹介するのは、投資を始めようとしたものの、情報を集めすぎてなかなか投資の決断ができないというお悩みです。 お悩み私の両親は、私が子供のころからお金に関して細かく「節約しろ、株はやるな」と言っていました。私は成人して親元から離れてからもこのルールをずっと守っていて、すぐに使わないお金は長らく全て銀行預金にしています。ところが最近になって、親が「投資を始めてみたら上手くいった」などと言い始めました。勝手なものですが、「まあ喜んでいるなら良いかな」と考えています。そこで改めて「自分も投資をしてみよう」と思い立ち、その日の夜にネットで調べてみました。注目されているのは最近のリターンランキングトップのA投資信託や、環境配慮で有名なB投資信託などで、どちらにもネットで「おすすめ」する人たちがいます。よくわからないので、その日の投資はやめて、翌日投資についての雑誌を買って読んでみると、他にも、流行りのAI企業投資や成長中のインドへの投資などが紹介されていて選択肢は広がる一方です。なかなか先に進めないのですが、どうしたら良いでしょうか。(Cさん、45歳、会社員) 回答: まず、ご両親が投資で満足されているのは、大変良いことかと思います。Cさんも「親が言うから」という心理的な強い制約が外れ、経済的に合理的な行動をしやすくなったのでしょう。ところが、実際に投資情報を集めてみると、膨大でなかなか決定に至らず、困っているということだと思います。 このケースの裏には、「決定麻痺」や「分析麻痺」と呼ばれる心理バイアスが働いていると考えられます。まず、完全に合理的な人やAIなら判断の参考になる情報は多ければ多いほど良い判断ができるはずです。余分な情報があったとしても取捨選択できれば良いでしょう。しかし「普通の人」ではどうでしょうか。 コロンビア大のシーナ・アイエンガー教授たちは、こうした心理を学生に対する実験で調査しました。学生たちは複数の種類のチョコレートから一つを自由に選び、10点満点で評価します。6種類から選ぶケースと30種類から選ぶケースでテストしたところ、6種類の場合の評価の平均は6.25で、30種類の場合の評価の平均は5.5でした。多い方が低い評価になりました。 また、5ドルのお金かチョコレートかを選ばせる実験では、6種類の場合は47%がチョコレートを選んだのに、30種類の場合は12%しかチョコレートを選びませんでした。選択肢の数が多いことはチョコレートの価値を低くし、選ぶ人を減らしているのですね。(※1) ※1「行動ファイナンスで読み解く投資の科学」(大庭昭彦、2009年、東洋経済) 話を投資信託の選択に戻すと、同じアイエンガー教授が、会社員が投資対象を選べるしくみを就業先の企業が提供する、自由参加の年金システムでは、「選べる投資信託の数が多いと参加する人が減る」という現象を報告しています。「普通の人」の処理できる情報量には限界があるために、情報が多いとかえって「先延ばし」してしまうということですね。 参考:野村の金融経済教育サイト Fin Wing「基礎から学ぶ行動ファイナンス 第6回 決定麻痺のわな」 https://www.nomura.co.jp/fin-wing/column/behavioral-finance6/ 前回も紹介したように、投資教育と投資推進に関する研究の新展開(大庭、証券アナリストジャーナル2022年7月)によれば、日本の個人の4分の1は興味があるのに投資していないグループで、このグループの人たちは投資をしている人のグループよりも情報収集に時間をかけています。このことは一見不思議ですが、「過度な情報収集が決定麻痺を強化している」と考えると不思議ではありません。 Cさんは、もともとの投資の目的を改めて考えられたうえで、それにマッチする投資対象に絞ってみてはいかがでしょう。自分ひとりで選択肢を絞るのが難しいということなら、信頼できる第三者に相談してみても良いかもしれません。また、少額から投資を始めることで心理的ハードルを下げるなどの工夫も役立つと思います。 大庭 昭彦野村證券株式会社金融工学研究センター エグゼクティブディレクター、CMA、証券アナリストジャーナル編集委員、慶應義塾大学客員研究員、投資信託協会研究会客員。東京大学計数工学科にて、脳の数理理論「ニューラルネットワーク」研究の世界的権威である甘利俊一教授に師事し、修士課程では「ネットワーク理論」を研究。大学卒業後、1991年に株式会社野村総合研究所へ入社。米国サンフランシスコの投資工学研究所などを経て、1998年に野村證券株式会社金融経済研究所に転籍、現在に至るまで、主にファイナンスに関わる著作を継続して執筆している。2000年、証券アナリストジャーナル賞受賞。 本稿は、野村證券株式会社社員の研究結果をまとめたものであり、投資勧誘を目的として作成したものではございません。2024年7月現在の情報に基づいております。 ご投資にあたっての注意点
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09/14 19:00
【来週の米国株】9月FOMC、野村の予想は?明暗分かれた生成AI関連2銘柄(9/14)
※執筆時点 日本時間13日(金)12:00 今週:不透明感が薄れ株価回復 ※9月6日(金)-9月12日(木)4営業日の騰落 軟調な指標相次ぐ中、ブラックアウト期間に 先週末の6日(金)に発表された8月雇用統計では非農業部門の雇用者数が14.2万人と市場予想(16.5万人)を下回るなど、月初は軟調なマクロ指標が散見されました。景気への不安感が燻る中、17日(火)~18日(水)に開催される9月FOMC(米連邦公開市場委員会)を前に、FOMC参加者のブラックアウト期間(金融政策に関する発言の自粛期間)に入りました。 政治や経済指標は向かい風…でも株価は上昇 今週は景気に関する指標の発表が少なく、10日(火)の米大統領選挙候補者討論会や11日(水)の8月CPI(消費者物価指数)が注目を集めました。討論会後に米CNNが行った世論調査では、討論会の視聴者のうちハリス候補を「勝利」と感じたとの回答が63%と高い結果となりました。また、8月CPIは食品・エネルギーを除くコア指数の前月比が市場予想を上回り、インフレの粘着性が意識されました。法人税減税を主張するトランプ氏の劣勢やインフレ懸念の再燃は株式市場に向かい風になります。それでも今週の株価が上昇した背景には不透明感の高いイベントを通過したことによる、リスクプレミアムの低下があると考えられます。S&P500指数は5,595と8月末終値(5,648)に近い水準に戻り、改めて来週のFOMCに関心が移っています。 「ハリス優勢」は本当か? 討論会の注目点は、どちらの候補が中間層・無党派層の支持を拡大できるかでした。この点、ハリス候補は追加関税・対中関係のテーマについて「トランプ政権時に米国の半導体が中国に販売されたために、中国軍隊の現代化が促された」と述べ、トランプ候補の意表を突く形で批判を行ったことで、試みはある程度成功したと推察されます。もっとも、不法移民・国境問題などのテーマにおいて、ハリス候補は話題を逸らし真正面から回答しませんでした。このため現時点では、中間層・無党派層の支持が大幅にどちらかに偏るとまでは見込み難いと考えられます。世論調査では両候補の支持率は拮抗しており、今後も選挙報道や10月1日(火)に予定される副大統領候補討論会に目配りが必要です。 来週:8月小売売上高とFOMC ①17日(火)の小売売上高 17日(火)に8月小売売上高が発表されます。GDPの算出に用いられる食品、自動車、建材、燃料を除く小売売上高の市場予想は前月比+0.3%(7月同+0.3%)と、底堅い推移が続くことが予想されています。米GDPの約7割を占める個人消費と密接な経済指標である上、今月分は発表がFOMC1日目にあたることから、FOMCにおける議論への影響が相応にあるとみられ、注目度が上がっています。 ②18日(水)のFOMC結果発表 来週の最大の焦点は18日(水)のFOMC結果発表です。参加者は総じて利下げを支持していますが、利下げ幅に関しては議論が分かれているようです。 各会合での0.25%ポイントずつの小幅利下げは、金融緩和によって雇用・インフレが持ち直すかを慎重に見極めていく手法です。一方、0.50%ポイントの利下げは、既に現在の状況がインフレ2%と整合的であるとの認識の下で政策中立化を急ぐ手法と言えます。ジャクソンホール会議でのパウエル議長講演は「時は来た(The time has come for policy to adjust)」と述べ利下げへ明確な意思を示したものの、FOMC全体の議論に先行しやすいウォラー理事は、大幅利下げが妥当となるのは労働市場が悪化する兆しを示すような場合との見方を示しました。このウォラー理事の発言は、軟調だった6日(金)の8月雇用統計発表後に行われた講演の一部あることを踏まえると、経済指標が急減速を示さない限り、FOMC全体のコンセンサスとしては0.25%ポイントの利下げにまとまりやすいと推察されます。併せて、ウォラー理事は「一連の利下げ」が妥当ともしているため、9月以降も当面は毎会合連続での利下げが見込まれます。 9月FOMCは「見通し」も重要 野村では、3ヶ月ごとのFOMCで発表されるドッツ(政策金利見通し)について、今回は2024年末4.625%、2025年末3.625%、2026年末3.125%、2027年末2.875%、長期2.750%と予想しています(前回6月時点:5.125%、4.125%、3.125%、NA、2.750%)。これは、2024年内は0.25%ポイント×3回分、25年内は0.25%ポイント×4回分の利下げを示唆する数字です。ドッツの分布は下方に広がり、より大幅な利下げやより多くの利下げが妥当との見方を持つ参加者もいることが示唆される一方で、ドッツの長期水準については中立金利が低い時代に適切であった平均インフレ目標を修正することを前提に、小幅引き上げられると見ています。 なお、FF(フェデラル・ファンド)金利先物市場では9月以降、毎会合で0.30%ポイント超の利下げが続く織り込みとなっています。FOMCで目先では0.25%ポイントの利下げがメインシナリオとの意向が示され続ける限り、市場ではビハインド・ザ・カーブ(FOMCが景気減速への対応で後手に回る)の懸念が残り、米長期金利(10年債利回り)は抑制されやすいと考えられます。 ③6-8月期決算本格化 先週は、生成AI市場の企業業績への広がりを見るうえで注目の2社、オラクル(ORCL)とアドビ(ADBE)が2024年6-8月期決算を発表しました。市場の反応は明暗分かれ、オラクルは決算発表翌日の10日(火)に前日比+11%超となった一方、アドビは決算発表当日12日(木)の時間外取引で終値比-9%超となりました。オラクルは売上高・1株当たり利益とも市場予想を上回ったほか、12日(木)に2026年度の売上高見通しを従来の650億ドルから660億ドル以上に引き上げました。一方で、アドビは9-11月期の売上高・1株当たり利益がともに市場予想を下回りました。両者を生成AI関連銘柄として見た場合に、オラクルはクラウドサーバーなど川上に強みを持つ一方で、アドビはエンドユーザー向けの画像生成ソフトなど川下に強みを持ちます。2社の決算からは、生成AIを稼働させるために必要なデータセンターやプラットフォームのサービスは業績に反映されつつあるが、生成AIを利用して企業や個人の生産性を向上させるようなソフトウェアの業績寄与は道半ば、ということが示唆されます。今週以降の決算発表でも、川上ではデータセンター向けメモリーが好調とされたマイクロン・テクノロジー(MU、25日)、川下ではITコンサルティングを利益の柱とするアクセンチュア(ACN、26日)などに注目し、生成AI市場の業績動向について確認したいと考えます。 また、物流大手のフェデックス(FDX、19日)、レストラン大手のダーデン・レストランツ(DRI、19日)や住宅大手のレナー(LEN、19日)、KBホーム(KBH、24日)、会員制スーパーマーケット大手のコストコ・ホールセール(COST、26日)など、米景気へのインプリケーションが多い企業決算の発表が相次ぎます。企業業績動向を見通す材料にしたいと考えます。 (編集:野村證券投資情報部 小野崎 通昭) ご投資にあたっての注意点 要約編集元アナリストレポートについて 野村オリジナル記事の配信スケジュール
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09/14 16:00
【銘柄特集】2024年8月IPO銘柄のパフォーマンスと9月IPO銘柄の紹介
2024年8月のIPO銘柄のパフォーマンスと、今後のIPOの予定を紹介します。 8月IPO銘柄のパフォーマンス 8月21日 上場オプロ(228A)市場区分:グロース市場事業内容:帳票に関するデータオプティマイズソリューション、サブスクリプションビジネスの販売管理に関するセールスマネジメントソリューションで構成されるクラウドサービス事業 8月29日 上場Cross Eホールディングス(231A)市場区分:Q-Board事業内容:ハウステンボスや公共施設等の施設管理および廃棄物焼却炉や資源リサイクル施設等の建設、産業用機械等の設置工事業 (注)初値及び直近月末終値が公開価格に対して上回っているものは赤、下回っているものは青で表示。(出所)日本取引所グループのウェブサイト、各新規上場会社の有価証券届出書等公表情報を基に野村證券作成 9月IPO銘柄の紹介 9月25日 上場ROXX(241A)市場区分:グロース市場事業内容:ノンデスクワーカー向け転職プラットフォーム「Zキャリア」の運営等 9月25日 上場リプライオリティ(242A)市場区分:Q-Board事業内容:通販支援事業(コールセンターの運営、小売店舗の空きスペースを活用したプロモーション活動の支援)及び通信販売事業(健康海藻であるアカモクなどの通信販売) 9月26日から10月2日のいずれかの日(上場日の4営業日前までに決定予定)上場グロースエクスパートナーズ(244A)市場区分:グロース市場事業内容:エンタープライズ向けのDX支援事業 9月26日 上場INGS(245A)市場区分:グロース市場事業内容:「らぁ麺 はやし田」、「CONA」、「焼売のジョー」を中心とする飲食事業の運営 9月26日 上場アスア(246A)市場区分:グロース市場事業内容:物流会社を対象とした安全活動等に関するコンサルティング、通信機器の販売、及び、CRMの開発等 9月26日 上場キッズスター(248A)市場区分:グロース市場事業内容:ファミリー向け社会体験アプリ「ごっこランド」の開発・運営及びイベントの企画・運営、子ども向けプロダクトを通じた、企業・団体の事業開発支援 9月27日 上場Aiロボティクス(247A)市場区分:グロース市場事業内容:自社開発のAIシステムを用いた、スキンケア商品・美容家電等の企画・開発及び販売 (注1)TOKYO PRO Marketの新規上場会社は含まれない。(注2)全てを網羅しているわけではない。(注3)9月のIPO銘柄は、9月4日時点での予定。(出所)日本取引所グループのウェブサイト、各新規上場会社の有価証券届出書等公表情報をもとに野村證券投資情報部作成 ご投資にあたっての注意点
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09/14 15:00
日本産ウイスキーの持続的成長に向けて
執筆:野村證券株式会社フード&アグリビジネスビジネス・コンサルティング部 シニア・アソシエイト 鈴木 拓実 (2024年9月10日) はじめに 日本産ウイスキーは、その品質と風味の独自性から国際的な評価を受け、再び成長期に突入している。近年のデータによると、国内外での需要の増加に伴い、生産量と売上が回復し、さらには新たな蒸溜所の設立が相次いでいる。こうした背景から、日本産ウイスキーは一時のブームにとどまらず、持続的な成長を遂げることが期待される。 しかしながら、急速な市場拡大と競争の激化に対応するためには、戦略的なブランド展開が必須となる。多様な製品が市場に溢れる中、各蒸溜所やブランドが自らの独自性をどのように打ち出し、消費者に訴求するかが鍵となる。本レポートでは、まず日本産ウイスキーの現状を述べ、その後、増加する蒸溜所の現状とブランド戦略について考察する。 なお、本レポートにおけるジャパニーズウイスキーの定義は、2021年に日本洋酒酒造組合が定めたジャパニーズウイスキーの表示に関する以下の基準に準拠する。本レポートでは幅広く日本のウイスキー業界を取り上げるため、ジャパニーズウイスキーの定義外を含んだ日本産ウイスキーを取り上げる。 図表1 ジャパニーズウイスキーの定義 (出所)日本洋酒酒造組合「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準」より野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 1.日本産ウイスキーの事業環境 (1) 国内ウイスキー需要の回復 まず、ウイスキーの国内需要について確認してみたい。国内のウイスキー販売(消費)量は、1983年に約37.7万キロリットルでピークを迎え、それ以降は20年以上にわたり、減少傾向が続き、2008年は過去最低の約7.5万キロリットルを記録した。販売量がピークの約5分の1にまで落ち込んだ要因として、バブル経済が崩壊し、長期経済停滞に伴う酒席が減ったことも要因と考えられるが、根本的な問題は日本人のウイスキー離れにあると推測される。実際、酒類全体の販売量を100%とした際に、ウイスキーの販売量は1985年に約5.2%あったが、2008年には約0.9%と1%未満に減少した。背景には、1980年代の焼酎ブームや1994年以降に市場が形成された発泡酒にシェアを奪われたものと考えられる。 下火になりつつあるウイスキー業界であったが、サントリーホールディングス株式会社が手掛ける『響30年』が、インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)で2006年から3年連続・4回目の最高賞を受賞するなど、国際的に日本産ウイスキーが高い評価を得るようになった。また、2014年9月からは、ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝氏をモデルとしたNHKドラマ「マッサン」の放映が、ウイスキー業界全体に追い風となった。2008年をボトムとするウイスキー販売量は、そこから2019年まで断続的に増加し、コロナ禍の一時的な落ち込みもあったが、2022年には18.5万キロリットルにまで回復した。酒類全体に占めるウイスキーの割合も約2.4%にまで戻り、日本のウイスキー需要は回復傾向にある。 図表2 ウイスキーの販売(消費)量と酒類全体に占める割合の推移 (出所)国税庁統計資料より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (2) 輸出が急増する日本産ウイスキー 次に、日本産ウイスキーの輸出量・金額の推移について確認する。国内のウイスキー販売量が最も低迷していた2008年の輸出金額は14.3億円、輸出量は1,038キロリットルであった。その後の輸出量・金額は順調に右肩上がりで増加し、2020年には初めて清酒の輸出金額を超え、翌々年の2022年の輸出金額は約560億円、輸出量は約14,250キロリットルを記録した。2008年からの14年間で、輸出金額は40倍近くまで増加した。ちなみに、牛肉の輸出金額が約520億円(2022年)であることから、日本産ウイスキーは、日本の農水産物・食品輸出品を代表する商品と言っても差支えはないだろう。 図表3 日本産ウイスキーの輸出量・金額推移 (出所)財務省貿易統計より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 更に、筆者が注目する点は、輸出単価の上昇である。2008年の輸出単価は1,376円/リットルあったが、2022年には3,933円/リットルと3倍近くまで上昇している。大躍進を遂げている日本産ウイスキーの輸出は、単純に輸出量だけが増えているだけでなく、輸出単価の上昇も伴っており、量と質の両面からの成長であると言える。 図表4 日本産ウイスキーの輸出単価推移 (出所)財務省貿易統計より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 (3) 新規開設が相次ぐウイスキー蒸留所 上述したように、国内の及び海外での日本産ウイスキー販売需要は回復傾向にあり、海外輸出量が飛躍的に伸びている。こうした需要に対応するべく、ウイスキーの酒類等製造免許の新規取得件数は増加傾向にあり、数多くの国内蒸留所が開設している。 2014年の同酒類等製造免許の新規取得件数はわずか2件であったが、2021年には35件、2022年には29件、2023年には29件と大幅に数が増加している。新規取得件数の中には移転、法人なり(社内の一試験研究部署等から新規に法人化した場合等)の他、蒸留所の増設等を理由として管轄税務署の変更、蒸留所の運営会社の名称変更等が含まれるため、増加件数の全てが新規参入者というわけではないが、それを差し引いても大幅に参入者が増加していると推察される。 図表5 酒類等製造免許の新規取得件数(ウイスキー) (出所)国税庁酒類免許取得の公開情報より、野村證券フード&アグリビジネス・コンサルティング部作成 ウイスキーの国内蒸留所は、2024年7月末時点で92カ所確認されている(巻末資料「全国蒸留書一覧」参照。製造免許を取得しているものの、公開情報上、稼働が見受けられないもの等を除く)。2010年に稼働しているウイスキーの国内蒸留所が10カ所程度であったことを考えると、わずか十数年で3桁の大台に近づくまで増加している。なお、Scotch Whisky Association(スコッチウイスキー協会)の調べによると、スコットランドでは151カ所のウイスキー蒸留所が稼働している。日本でも今後、蒸留所の増加とともに地域ごとの特色あるウイスキーが増えることが見込まれ、観光業との相乗効果による地域活性化への寄与も期待される。 2. 日本産ウイスキーの持続的成長に向けて 前述のとおり、日本産ウイスキーは、その高い品質と独自の風味で国内外のウイスキー愛好家から高い評価を受けている。また、数多くの蒸留所が開設され、新規参入者による数多くの商品が上市されはじめた。その一方で、海外における日本産ウイスキーとの間での競争も聞かれるようになった。2020年には韓国初のシングルモルト蒸留所であるスリーソサエティーズが開設される等、今まではウイスキー造りがなされなかった国が新規参入するといったケースが出てきている。急速に成長する日本産ウイスキー業界が今後も持続的な成長を続けていくためには、各蒸留所が独自のブランドを開発・構築し、日本産ウイスキー市場における独自のポジショニング構築に取り組むことが求められる。 ウイスキーの製造には長い熟成期間が必要である。そのため、市場や環境に応じて、商品改訂を臨機応変に実施しながら商品を市場投入していくことは容易ではない。その観点から、他の飲料・食品以上に、ウイスキーは、ブランド開発とポジショニング構築が肝要となる。もちろん、様々なプロセスがあるが、筆者は主に、(1)ブランド・ストーリーテリング、(2)エンゲージメント強化、(3)地域経済との協力の3点の発想が出発点と考えている。以下、簡単に紹介したい。 (1)ブランド・ストーリーテリング ブランドの独自性を確立するためには、まずその歴史や背景、製造方法などを効果的に伝えることが重要であり、消費者は単なる製品だけでなく、その背後にあるストーリーに魅了される。例えば、各地の蒸留所が持つ地域特有の自然環境や伝統的な製造技法、職人の技などを活かし、それを魅力的なストーリーとして発信することで、ブランドの独自性を強化することができる。 例えば、北海道の堅展実業株式会社が手掛ける厚岸蒸溜所の「厚岸ウイスキー」は、その地域性とブランドストーリーを効果的に活用している先進事例である。厚岸蒸留所では、「スコットランドの伝統的な製法で、アイラモルトのようなウイスキーを造りたい」という会社の明確かつシンプルなビジョンをウイスキー造りに取り組んでいる。厚岸町は北海道の東部に位置し、湿潤な気候と寒冷な環境がウイスキーの熟成に理想的であり、スコットランドの気候に似通っているという地域的特性を最大限活かす形でブランドストーリーを構築している。また、外部環境だけでなく、ウイスキーの製造に必要な設備もスコットランドのフォーサイス社製のものを導入しているほか、アイラ島ウイスキー造りと同様に、泥炭層を含む水を仕込み水に使用する手法を取り入れている。こうした明確なブランドストーリーのもと、ひたむきなイスキー造りの姿勢が多くの消費者を魅了している。 また、同社は日本の四季の概念を重視している。四季折々の気候変化がウイスキーの熟成に影響を与え、その結果として豊かな風味と香りが生まれる。この自然のサイクルを大切にし、ウイスキー造りに取り入れることで、同社はこの四季の概念を「二十四節季シリーズ」として製品化し、限定販売している。「二十四節季シリーズ」は、節季ごとに限定された数量でリリースされるため、希少価値が高く、コレクターズアイテムとしても人気を博している。これにより、自社のブランド観を製品に落とし込むだけでなく、ブランド価値の向上にも寄与している (2)エンゲージメント強化 複数の蒸留所が開設され、商品の上市が予想される中で、自社の商品を選び続けてもらうためには、商品の魅力向上だけでなく、様々な施策が必要となる。多くの蒸留所では、すでにカスクオーナー制度(個人やグループがウイスキーの樽を購入し、熟成期間を選びながらウイスキーを所有できる制度)や蒸留所見学・試飲などの施策を取り入れているが、商品の購入難易度を上げた販売手法も効果的である。 例えば、蒸留所見学ツアー対象者のみに販売する蒸留所限定ボトルや、ファンコミュニティサイト登録者限定商品が挙げられる。ニッカウヰスキーの余市蒸留所や宮城峡蒸留所でのみ購入可能な「鶴ウイスキー」は、その一例である。この取り組みは、限定ボトルとしての希少性を提供し、消費者に特別感を演出する。また、蒸留所見学での試飲体験や製造過程の見学を通じて、顧客に普段とは異なる特別な体験を提供するほか、顧客へのエデュケーションの機会を提供する等、複数の顧客の効果を発揮し、結果顧客のエンゲージメント強化が期待される。 (3)地域経済との協力 地域経済との結びつきを強くすることで、プロモーション効果や地元資源の活用等複数の効果が期待される。蒸留所を開設した数年は商品として販売可能な数量に限りが生じるが、地域のバー等に優先的に商品を卸すことによって、その地域の多くの消費者に商品を知ってもらう機会を提供することが可能となる。また、バー側からしても希少性の高い商品を取り扱うことが可能であるほか、地元の製品であればお客様に案内がし易く、プロモーション効果も期待される。また、地域資源の利活用という観点では、地元の食材とウイスキーのマッチングも効果的である。蒸留所単体だけではなく、地域全体の魅力を発信することで、観光ツアーやイベントの開催を通して、国内外の観光客を引き寄せることも可能となる。さらに、場所は限られるが、地元の木材を原料とした樽を使用してウイスキーを熟成させることが出来れば、地域ブランドを補強することも可能である。 おわりに 本レポートでは、ウイスキー業界の足元の数字を確認しながら、日本産ウイスキーのブランド開発・ポジショニングについて論じた。現市況では好調と言って差し支えない環境下であるが、国内外での競争激化が予想さる中でで、持続的な発展を遂げるためには、各蒸留所が独自のブランド開発とポジショニングに取り組む必要がある。ブランド戦略取り組みとして、特に優れていると捉えているのは、筆者も愛飲しているスコットランドのキルホーマン蒸留所である。同蒸留はスコットランドのアイラ島では124年ぶりの2005年に開設された比較的新しい蒸留所である。特徴としては、麦芽の生成に昔ながらのフロアモルティングを採用するほか、大麦農場と蒸留所が併設されたファーム・ディスティラリー(Farm Distillery)体制を敷いており、「アイラ島100%」ウイスキーづくりを目指している。現時点では原材料である大麦の全てを島生産で賄うことはできていないようであるが、将来的には大麦原料の全てを自社生産に切り替えていく予定ではある。この状況下を逆手にとって、「100%アイラ」のシリーズとして限定ボトルを毎年上市している。また、ウイスキー蒸留所の見学ツアーの実施やメンバーシップ登録をすると限定商品を購入できる権利が付与されるといった取り組みも進めている。昔ながらの製法や「アイラ島100%」のウイスキーづくり、各種施策を通して、ウイスキーの質だけでなく特別な体験を提供することで消費者のエンゲージメントを強化している。今後競争が激化すると予想される日本の蒸留所も質を向上することは無論であるが、自社のブランド戦略にも積極的に取り組んで頂き、持続的な成長を遂げることを切に願うものとして、本レポートを締めくくりたい。 巻末資料 全国蒸留所一覧 ディスクレイマー 本資料は、ご参考のために野村證券株式会社が独自に作成したものです。本資料に関する事項について貴社が意思決定を行う場合には、事前に貴社の弁護士、会計士、税理士等にご確認いただきますようお願い申し上げます。本資料は、新聞その他の情報メディアによる報道、民間調査機関等による各種刊行物、インターネットホームページ、有価証券報告書及びプレスリリース等の情報に基づいて作成しておりますが、野村證券株式会社はそれらの情報を、独自の検証を行うことなく、そのまま利用しており、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。また、本資料のいかなる部分も一切の権利は野村證券株式会社に属しており、電子的または機械的な方法を問わず、いかなる目的であれ、無断で複製または転送等を行わないようお願い致します。 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