野村のオピニオン
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2023/12/13 15:30
【資産運用の視点】日本の年金制度とその運用
我が国の年金制度は、公的年金と私的年金の2つに分けられる。公的年金は我々の受け取る年金のベースとなる制度で、国民年金と民間企業の従業員や公務員などが加入する厚生年金にさらに細分化される。それに対し私的年金は、企業側が福利厚生の一環として実施する企業年金と、個人が自ら加入する個人年金がある。 高齢者世代に支払われる年金給付を、その時々の現役世代が納めた保険料でまかなう方式は「賦課方式」といい、日本の公的年金制度の基本となっている。2023年度の日本政府予算ベースの社会保障給付費のうち、44.8%の60.1兆円を年金給付金が占めており、名目GDP(国内総生産)の約1割に当たる。 しかし、将来更なる少子高齢化が予測されている中、賦課方式による年金制度を持続可能なものとするため、年金給付金の積立が必要である。概ね100年間の年金給付金のうち、積立金により賄われるのは財源全体の1割程度となっている。その積立金を運用している組織がGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)である。 GPIF は、世界最大規模の機関投資家で、運用資産は200兆円を超える(23年3月末時点)。国内外の株式と債券に25%ずつ均等配分された基本ポートフォリオに沿った運用を行っている。23年3月末時点では国内株式を約50兆円保有し、これは時価総額の約6.7%を占める。このように、GPIFの資産運用は市場に与える影響が大きいため、「市場のクジラ」とも称される。 GPIF の22年度の収益率は1.5%のプラスとなり、運用資産残高は過去最大を更新した。GPIF は「年金財政上必要な運用利回りを最低限のリスクで確保する」という運用方針を掲げている。基本ポートフォリオに基づく着実な運用を実施するため、適時適切に資産配分のリバランスを実行しているようだ。 (野村フィデューシャリー・リサーチ&コンサルティング 中田 ももこ) ※野村週報 2023年12月11日号「資産運用」より <お知らせ>「野村週報」は、2023年12月18日号(15日発行)より「週間 野村市場展望」と統合し、新たな「野村週報」としてリニューアルされます。今後ともご愛顧を賜りますよう、お願い申し上げます。 ※掲載している画像はイメージです。 ご投資にあたっての注意点
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2023/12/13 12:00
【銘柄特集】配当利回りが魅力的かつ、業績と流動性の不安が少ない銘柄(12/13)
業績や流動性の面で不安が少ない高配当銘柄をスクリーニング 配当金は、企業の価値(株価)を決める重要な指標であり、株式投資の魅力のひとつです。配当利回りは、投資した金額に対して受け取れる予想配当金の割合を示したもので、PBR(株価純資産倍率)やPER(株価収益率)と同様に、株価が割安か割高かを判断するための指標でもあります。 予想配当利回りが高ければ高いほど、少ない投資額で受け取れる配当金は大きくなります。ただし、配当の源泉は企業利益であるため、対象企業の業績悪化により減配・無配となってしまうケースもあります。 以下の表では、2023年12月1日の株価・データをもとに、業績や流動性の面で不安が少ないと考えられる銘柄の中から、通期配当利回りの高い銘柄を抽出しています。 ※(アプリでご覧の方)2本の指で画面に触れながら広げていくと、画面が拡大表示されます。 (野村證券投資情報部 エクイティ・コンテンツ課) (注)画像はイメージ。 ご投資にあたっての注意点
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2023/12/11 20:00
【今週の米国株】6週連騰のS&P500、FOMCが天王山/なぜアドビ・オラクル決算が重要か?(12/11)
先週:小幅ながら上昇、これで6週連騰 前週の米国株は、前半は高値警戒感や雇用統計発表を前に上値が重い展開が続きましたが、週末に主要3指数であるNYダウ、S&P500、ナスダック総合は年初来高値を更新しました。 雇用統計の不安を”インフレ鈍化”統計が和らげる 7日(木)までに発表されていた雇用関連指標は米国における労働需要の低下傾向を示していたため、8日(金)に発表された11月雇用統計の非農業部門雇用者数増加幅が市場予想を上回ったことは株式市場にとってはサプライズとなり、政策金利高止まり長期化への懸念から株価は下落しました。ただし、平均時給の伸び率が横這いだったことや、同日10時発表の12月ミシガン大学調査による消費者期待インフレ率が11月確報値から低下したことからインフレ懸念は後退しました。最終的に市場では「FRBが追加利上げをするほどの状況ではない」と受け止められ、8日の株価は上昇して引けています。 Point1:13日(水)、24年の利下げを探るFOMC 12月FOMC(米連邦公開市場委員会)が12日(火)から開催され、13日(水)に結果が発表されます。12月FOMCは、FRB(米連邦準備理事会)の経済予測や、いわゆるドットチャートと呼ばれるFOMC参加者の今後の政策金利見通しが公表される会合です。 今回のFOMCでは政策金利据え置きがコンセンサスとなっていることから、市場の関心は2024年以降の金融政策に移っています。市場では、既に2024年に4~5回程度の利下げを織り込んでおり、米長期金利も4.2%まで低下しています。野村では、 ドットチャートで2024年中に「2~3回の利下げ」が示されるとみています。FRBが市場予想ほどの利下げ見通しを示さなかった場合、米長期金利は上昇し、株式市場も下落する可能性があります。 Point2: 12日(火)発表のCPIには目配りが必要 FOMC会期中の12日(火)には11月CPI(消費者物価指数)が発表されます。先週の株式市場でもインフレ指標が高い関心を集めたことから、予想と大きく乖離することがあれば市場のボラティリティが高まることも想定されます。市場予想では、食料品・エネルギーを除くコアCPIは前年同月比+4.0%と、前月から横ばいを想定しています。 野村でも同水準を予想しており、自動車ローンの与信条件の厳格化により新車価格が下落したり、雇用指標の軟化を受けた家賃関連のインフレ率が低下したりすることがコアCPIを下押しする状況が続くと判断しています。 そのほか、今週発表が予定される主要経済指標としては、13日(水)の11月PPI(生産者物価指数)、14日(木)発表の11月小売売上高、15日(金)の12月S&PグローバルPMI速報値などが挙げられます。 Point3:アドビ、オラクル…実は重要な9-11月期決算発表 米国は早くも9-11月期決算発表が本格化します。9-11月期決算企業数はS&P500企業ベースで全体の4%にすぎませんが、最も企業決算が集中する10-12月期決算(同、全体の89%)と2か月分の重なりがあることから、米国株を見通す先行指標として重要な決算期となります。 今週は、11日(月)引け後にオラクル(ORCL)、13日(水)引け後にアドビ(ADBE)の決算発表が予定されています。オラクルは主力のクラウド事業であるOCI(オラクル・クラウド・インフラストラクチャー)で、マイクロソフト(MSFT)やエヌビディア(NVDA)との協業を進めており、顧客企業が利用するクラウドサービスにAI(人工知能)を活用することで付加価値を高めています。アドビは、Adbe Fireflyという生成AIを活用した画像生成機能を編集ソフトのユーザーに提供し、機能強化を図っています。両企業ともAIを製品販売、業績拡大に積極的に活用していることから、1ヶ月後の大手ハイテク決算の事業環境を考える上でも示唆が多いと想定されます。 (FINTOS!外国株 小野崎通昭) ご投資にあたっての注意点
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2023/12/10 19:00
【オピニオン】2024年・辰年縁起「昇竜」相場となるか
2023年も残すところあと僅かです。今年は、前年からのインフレ加速がピークアウトする中、米国の金融引き締め終了と緩和への転換時期を巡って、株式だけでなく金利や為替など金融市場全体が一喜一憂する一年となりました。さて、毎年この時期に話題となる『干支』。2024年は「辰年」です。過去の辰年の金融・株式市場の動向を振り返ってみましょう。 2024年の干支は、正確には『甲辰(きのえ・たつ)』です。干支は「十干(じっかん)※」と「十二支」の組み合わせで成り立っています。「甲」は十干の1番目。亀の甲羅を形取った象形文字で、植物の循環では「硬い殻に覆われた草木の種子が成長の時を待つ状態」を意味しています。「辰」は十二支の5番目。「蜃(ハマグリ)」の原字で、二枚貝が足を出して動くさまを示しています。また、「辰」は「振(ふるう、ととのう)」に通じ、陽の気で万物が振動し「草木が成長して形が整っていく様子」を表しています。動物は空想上の生物「竜(龍)」が当てられ、古代中国では「皇帝、権力」の象徴です。総じて「甲辰」は、新たな出発や成長、活力に満ちた時期を意味すると捉えられます。2024年は殻を破って成長する「昇竜」の年となるでしょうか。 歴史を紐解くと、前回の「甲辰」は60年前の1964年です。アジア初の東京オリンピックが開催され、並行して世界初の高速鉄道「東海道新幹線」が開業するなど、目覚ましい経済発展で日本が名実ともに先進国の仲間入りをした記念すべき年となりました。 戦前を含めた過去8回の「辰年」の日経平均株価の年間騰落率を見てみると、上昇した年と下落した年の割合は4勝4敗(勝率50.0%)、勝率ランキングでは十二支の中で10位タイと下位に留まります。しかし、年間の平均騰落率は+16.9%で、子年(+39.8%)、卯年(+17.0%、2023年11月30日時点)に次ぐ3位と堅調です。2023年末の日経平均株価を33,000円と仮定して年間16.9%高となれば、24年末には38,000円台半ばまで上昇する計算になります。 十二支にまつわる兜町の相場格言には、『辰巳(たつみ)天井、午(うま)尻下がり、未(ひつじ)辛抱、申酉(さるとり)騒ぐ。戌(いぬ)笑い、亥(い)固まる、子(ね)は繁盛、丑(うし)つまずき、寅(とら)千里を走り、卯(うさぎ)は跳ねる』とあります。ここでの「天井」はネガティブな意味ではなく、「高値で推移する」ことを意味します。金融市場では、タカとハトの「竜虎相搏(あいうつ)」のせめぎ合いが続いています。国内では、日銀の異次元金融緩和からの脱却の成否が、日本株復活に向けた「登竜門」となりそうです。東証が一石を投じた企業改革加速への期待や新NISA(少額投資非課税制度)のスタートが「竜頭蛇尾」とならず、「竜の水を得るが如く」2024年の日本株に新たなムーブメントを起こすことに期待したいですね。 ※「十干」とは、「甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)」。「十二支」と組み合わせた「干支」は60年周期で一回り(=還暦)する。 ※(アプリでご覧の方)2本の指で画面に触れながら広げていくと、画面が拡大表示されます。 ご投資にあたっての注意点
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2023/12/10 09:00
【投資と税金】上場株式等の大口株主要件の見直し
令和4年度の税制改正により「大口株主等」の定義が、令和5年10月1日以降に支払いを受ける配当等から見直されました。今回の税制改正で対象となる方は税務署への申告が必要となります。具体的にどのような見直しがあったのか、大手町トラストの税理士に伺いました。 はじめに 本年10月1日以後に支払を受ける配当等について、 「上場株式等に係る配当所得等の課税特例」の対象となる配当等の範囲が見直されました。個人として保有する上場株式等と、法人税法上の同族会社※を通じて保有する分とを合算して持株割合3%以上の大口株主に該当する場合は同特例の対象外となり、課税方式が総合課税のみに限定されるという改正が実施されました。 ※上位3株主グループが発行済株式等50%超を有する法人 上場株式等に係る配当所得等の課税特例 上場株式等に係る配当所得等の課税特例とは、配当所得等の課税方式について、1. 総合課税、2. 申告分離課税、3. 申告不要 のいずれかを選択できる制度をいいます。同特例の適用を受けることができる株主は、「持株割合3%未満」の場合とされており、持株割合3%以上の大口株主に該当すると同特例の対象外となることから、その場合は1.の総合課税のみが適用されます。 具体例(変更の影響を受ける株主) 改正前 株主Aの持株割合は①のみの1.2%と判定され、3%未満のため大口株主に該当しませんでした。 改正後(現行税制) 株主Aの持株割合は①と②の合計3.1%と判定され、3%以上のためAは大口株主に該当し、配当所得等を総合課税で申告する必要があります。 報告書等の提出 10月から配当等の支払をする会社側(上記具体例におけるC社)は、配当等の支払に係る基準日において持株割合1%以上の個人株主について、税務署長への所定の報告書等の提出が必要です。 むすびに 本件は令和4年度の税制改正にて実施が決定しており、十分な周知期間があったと思われますが、大口株主に該当する場合には申告時に注意が必要です。 この資料は情報提供を唯一の目的としたもので、投資勧誘を目的として作成したものではありません。この資料は信頼できると考えられる情報に基づいて作成しておりますが、野村證券は、その正確性および完全性に関して責任を負うものではありません。この資料は提供されたお客様限りでご使用いただくようお願いいたします。詳しくは、所轄税務署または顧問税理士等にご確認ください。 ご投資にあたっての注意点
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2023/12/09 13:00
【注目トピック】2023年の日本株振り返り:日経平均は33年ぶり高値に
市況概況 2023年:日経平均株価振り返り、年前半大幅上昇 2023年の日経平均株価は、1月安値形成後に大幅上昇し、7月高値にかけて上昇傾向が続きました。3月に米国中堅地方銀行の破綻をきっかけに金融不安が広がったものの、米金融当局の迅速な対応もあり、一時大幅安となった米国株は4月にかけて値を戻す動きとなり、日本株の下げも限定的に留まりました。 日本では、①3月末に東証が上場企業に対し、PBR(株価純資産倍率)向上に向けた改善策を開示するよう求め、企業改革への期待感が広がりました。また、②4月に来日した米著名投資家のバフェット氏が日本株への追加投資を検討していると報じられたことをきっかけに、国内外で日本株に対する関心が高まりました。さらに③5月の米半導体大手の決算発表を契機として、生成AIの将来性に注目が集まりました。これらを受けて春以降の日経平均株価は力強い上昇となり、5月には2021年9月高値を超えて約33年ぶり高値をつけました。 7月以降は高値圏での保ち合いへ 7月に日経平均株価が33,753円まで上昇した後は、これまでの急上昇の反動もあり、上値の重い動きとなりました。日銀は7月に長短金利操作の柔軟化を発表、その後10月にも再修正し、10年国債利回りの1%超を容認しました。米国では10月にかけて金融引き締め長期化懸念が台頭し、一時、米10年債利回りが5%となり、16年ぶり水準まで上昇しました。これら長期金利上昇が日米株式市場の重石となりました。 11月に再び保ち合い上限へ しかし、11月に米FRBが2022年の利上げ開始以降初めて2会合連続で利上げを見送り、その後発表された10月の消費者物価指数が市場予想を下回ったことで、これまで上昇してきた長期金利が低下し、株価は反転上昇となりました。NYダウは年初来高値を更新し、日経平均株価は7月高値に迫っています。 2023年の日経平均株価は、年前半に大幅上昇し、その後も高値圏での推移となりました。テーマ面では「生成AI」用途の半導体需要に注目が集まりました。さらに、企業改革への期待感や、海外投資家の日本株への関心の高まりも見られました。今後、各企業が生成AI等の新たな技術をうまく取り込み生産性向上に繋げ、日本経済が新たなステージに入ることができるか注目されます。 ※(アプリでご覧の方)2本の指で画面に触れながら広げていくと、画面が拡大表示されます。 (野村證券投資情報部 岩本 竜太郎) ご投資にあたっての注意点
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2023/12/08 12:00
【今週のチャート分析】日経平均は12月に入り不安定な動き、25・75日線が下支えなるか (12/8)
※2023年12月7日(木)引け後の情報に基づき作成しています。 軟調な展開が続く場合は、75日線で下げ止まるか注目 今週の日経平均株価は、11月大幅上昇後の反動や、為替が対主要通貨で円高方向に振れたことから、軟調に推移しました。 日経平均株価のこれまでの動きを振り返ってみましょう。日経平均株価は、10月30日安値(取引時間中ベース:30,538円)から11月20日高値(同:33,853円)にかけての大幅上昇後、調整含みの動きとなりました(図1)。12月5日の下落で11月14日~15日のマド埋め(32,836円)が完了し、その後は上向きの25日移動平均線(7日:32,997円)前後の水準で振れ幅の大きい動きとなっています(12月7日時点)。この先25日線を下放れた場合は、これまで何度かフシとして機能してきた75日線(同:32,362円)の水準で下げ止まりとなるか注目されます。仮に同線を割り込んだ場合は、200日線(同:31,089円)の水準がさらなる下値メドとして挙げられます。 ※(アプリでご覧の方)2本の指で画面に触れながら広げていくと、画面が拡大表示されます。 (注1)直近値は2023年12月7日時点。 (注2)トレンドラインには主観が入っておりますのでご留意ください。(出所)日本経済新聞社より野村證券投資情報部作成 次に中長期的な動きを確認すると、初夏に33,000円台後半で上値を抑えられた後は、大きな上昇局面内の一旦の調整である「中段保ち合い」に移行したと考えられます。これまでの調整を経て、下落率や調整期間の点で2020年6月~10月末の中段保ち合い時と比較して、既に調整十分となっていると捉えられます(図2、図3)。12月に入り不安定な展開となっていますが、目先の調整一巡後は、再度中段保ち合いの上限突破を目指す動きとなることが期待されます。 (注1)直近値は2023年12月7日時点。 (注2)トレンドラインには主観が入っておりますのでご留意ください。(出所)日本経済新聞社より野村證券投資情報部作成 (注1)直近値は2023年12月7日時点。 (注2)トレンドラインには主観が入っておりますのでご留意ください。(出所)日本経済新聞社より野村證券投資情報部作成 (投資情報部 岩本 竜太郎) ※画像はイメージです。 【FINTOS!編集部発行】野村オリジナル記事配信スケジュールはこちら ご投資にあたっての注意点
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2023/12/07 09:30
【市場展望】企業価値向上への取組みの開示状況を公表へ
2024年1 月から開示状況を毎月公表 東京証券取引所(東証)は8月に、企業価値向上に向けた企業の取組みに関する開示の状況について、3月期決算企業のコーポレート・ガバナンス(CG、企業統治)報告書が揃う7月中旬時点の集計結果を公表した。 取組み等を開示した企業はプライム市場の20%、スタンダード市場の4%だった。また、具体的な取組みは検討中で今後公表すると回答した企業は、プライム市場の11%、スタンダード市場の10%だった。プライム市場上場企業のうち取り組み等を開示または検討中との企業が31%という結果は、十分な数字とは言えないだろう。 東証が開催する、市場区分の見直しに関するフォローアップ会議メンバーの反応を見ると、短期間でこれだけの企業が開示したと前向きに受け取る意見があった。一方で、「取組みを開示していない70~80%の企業がしっかり変わっていくことが市場の改革につながると思います」「今回の集計結果は思ったより記載が少なかったということと、『検討中』とする企業が特にスタンダードを中心に多かったことはやや意外と言いますか、失望した点でもあります」といった反応もあった。 その後、フォローアップ会議において、このような開示状況を踏まえてどのように企業の取組みに関する開示を後押しするべきか、議論が進められた。そして会議での議論を受けて、東証は10月26日に、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表の公表等について発表した。 東証は24年1月15日から、プライム・スタンダード両市場の全上場企業を対象に、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた取組みを開示している企業の一覧表を開示する。これは23年12月末時点における最新のCG 報告書において、「【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応】」というキーワードが記載されているかどうかで判断される。 以後、各月末のCG 報告書を基に、翌月の15日を目途に一覧表が更新される予定である。この一覧表は日本取引所グループのウェブサイトに、エクセル形式で日本語版、英語版が掲載される。 開示を踏まえた建設的な対話の進展に期待 また、東証は企業の開示状況や投資家等からのフィードバック等を、概ね半年に1回程度集計する予定である。次回の集計は24年1月が目途とされている。 なお、企業によっては、現状分析や検討に一定の期間が必要となることも考えられる。この場合、まず企業は計画策定・開示に向けた検討状況や開示の見込み時期を示し、計画策定が完了した時点で改めて具体的な内容について開示するなど、段階的に開示を拡充していくことが想定される。このような企業に対して東証は、株主・投資者のわかりやすさの観点から、検討状況や開示の見込み時期について可能な限り具体的な説明をするよう要請している。 さらに、24年1月を目途に、東証は投資者の視点を踏まえた対応のポイントや、投資者の高い支持が得られた取組みの事例について、企業の規模や状況に応じていくつかのパターンを取りまとめ、公表する予定である。 時価総額が小さい企業の中には、東証の要請に対応するノウハウやリソースが不足していると見られる企業が少なからずあると見られる。実際、東証が発表した7月中旬頃までの企業価値向上に向けた取組みの開示状況では、時価総額の小さい企業群の開示比率は低かった。東証が企業の取組み事例を開示するのは、こうした企業に対する支援でもある。 また、PBR(株価純資産倍率)が1倍以上の企業群でも、企業価値向上に向けた取組みに関する開示の実施比率が低かった。東証は、3月末に企業価値向上に向けた取組みをプライム・スタンダード両市場の全上場企業に対して要請した際に、PBRが1倍未満の企業に対して「強く」要請するとしていた。これが各種報道での「PBR 1倍割れ」の過剰な強調につながってしまった可能性がある。その結果、PBRが1倍以上の企業群に対して、企業価値向上に向けた新たな取組みを進める必要は薄いと誤解させてしまった可能性は否定できない。 こうした現状を踏まえて、東証は再度、PBRが1倍以上の企業に対しても、更なる企業価値の向上に向けた取組みについて積極的な検討・対応を要請していることを再度強調した。 24年からは、上場企業が自社の事業環境・市場評価をどのように捉え、どのような手段で企業価値を向上させていくかという開示が一段と進むだろう。それをベースに、投資家と企業との更なる建設的な対話が期待される。 (野村證券市場戦略リサーチ部 元村 正樹) ※野村週報 2023年12月4日号「焦点」より ※掲載している画像はイメージです。 ご投資にあたっての注意点
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2023/12/05 09:30
【業界展望】働き方改革の建設業界への影響と対応
24年4月から働き方改革の適用が始まる 建設業界では、2024年4月から残業時間の規制が始まる。他の産業に遅れて始まるかたちではあるが、これまで特別条項を結べば残業の上限規制がなかったところ残業時間の上限が設けられ、守らなければ罰則を受けることとなる。具体的な残業時間の制限は月45時間、年360時間となり、臨時的な特別な事情がある場合でも、単月で100時間未満、複数月平均80時間以内、年720時間以内に収めなければならない。建設現場では土日や深夜作業の稼働により残業時間が多いため、現場の稼働日の削減や交代勤務の推進などが必要な状況である。 官公庁工事における足元の発注案件では4週8閉所(週休2日)が義務付けられており、土木では4週8閉所以上の工事が22年度において55%に達し、労働時間の削減が進められている。一方、民間向けが中心である建築では4週8閉所以上の案件は31%に留まっており、働き方改革が遅れている。発注者の理解が進んでいないことや、既に契約済みの案件での工期の延伸は難しいケースが多いことが背景にある。 生産性の改善や受注抑制が必要な状況 既に契約済みの案件では、発注者側がテナントの募集等を始めていることなどもあり、工期の延伸は難しい。今後ゼネコン各社は生産性の改善や受注する案件の受注量の調整等が必要な状況であると言える。例えば、ゼネコンでは生産性の改善に向け、BIM / CIMを用いた図面のデジタル化や各種資料のデータ化とクラウド上での管理・共有、iPadやスマートフォンを用いた写真撮影と図面などの各種データとの紐づけ、測量や管理業務でのドローンの活用などを進めている。設備工事の会社では、標準化された部材の組み立てを工場で行い現場施工の削減を目指すオフサイト工法を推進している。 足元のゼネコン各社の繰越工事高は大手ゼネコンを中心に再開発案件や工場、物流倉庫案件などで高水準であり、施工キャパシティも上限に近いだろう。昨今では品質面での問題が発覚する事案も散見される。ゼネコン各社は品質と工程管理の徹底に向け、受注量の調整と余裕を持った人員配置が求められよう。 競争緩和に寄与も短期はコスト上昇が懸念 現場の施工を行う技能労働者は若年入職者の減少と高齢化が進展し、総数が減少傾向にある。残業時間の規制に伴い技能労働者の労働時間が制限されることになれば、労働需給はもう一段タイト化すると見込まれる。その中で労務費上昇による採算悪化や売上の伸び悩みが建設各社の業績面でのダウンサイドリスクとなろう。 特に都市部では工事量が多く労働需給が既にひっ迫しており、労働需給のタイト化が一段と進めば技能労働者の確保が難しくなるリスクがある。手持ちに大型の再開発案件を数多く抱える大手ゼネコンでは工程遅延が発生すれば追加の労務費が拡大するリスクに留意したい。 中期的にはゼネコン各社の受注抑制により競争環境が緩和し、受注時利益率が一段と上昇する可能性もある。14年度や15年度では発注量が増加傾向にある中で施工キャパシティ以上の発注があり、値上げが進みゼネコン各社の業績は17年度まで上向き基調となった。今後発注が見込まれる大型案件のパイプラインは再開発案件や工場案件等により豊富であり、労務費の上昇の価格転嫁も含めて、値上げを進めることができる状況であろう。 人手不足解消に向けた処遇改善も必要 慢性的に建設業界の賃金は製造業などに比べ低く、技能労働者の減少傾向に歯止めをかけるには長時間労働の是正と同時に処遇の改善が必要であろう。これまで、ゼネコン各社では厳しい価格競争が発生し、協力会社の労務単価の引き上げは進まなかったと見られる。足元では労働需給のひっ迫と豊富な発注案件をうけて競争は緩和に向かっている。環境の変化を追い風として慢性的な人手不足を解消するには、中長期的に技能労働者の処遇や働く環境の改善を継続させて進める必要があると言える。 技能労働者の賃金が低い水準にとどまっている背景として、重層下請構造の問題も一因となっていよう。その中で、大手ゼネコンの鹿島は21年より、重層下請構造の改革に取り組んでいる。具体的には実質的な関与の少ない仲介業者の排除や、一次会社の従業員の能力向上や多能工化の取り組みに支援を進めている。同社では、23年2月時点で二次下請け以内の施工現場の比率は74%まで上昇し、重層下請構造の施工は減少している。重層下請構造は安全や品質面で管理が不十分となるリスクも抱えており、働き方改革と合わせて各社で早急な対応が求められよう。 (野村證券エクイティ・リサーチ部 濱川 友吾) ※野村週報 2023年12月4日号「産業界」より ※掲載している画像はイメージです。 ご投資にあたっての注意点