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【注目トピック】米ドルの切り下げは実現するのか?プラザ合意の背景と教訓

※画像はイメージです。 根強い米ドル切り下げ観測 トランプ政権は発足直後から、貿易赤字削減と米国への製造業の回帰を目的に、全世界に対して相互関税を課すなど、様々な通商政策を打ち出しています。トランプ大統領は貿易赤字の削減手段として、米ドル高の調整にもたびたび言及しています。このため市場では、トランプ政権が1985年9月の「プラザ合意」時のように、米ドル安誘導のための国際協調(プラザ合意2.0、マールアラーゴ合意などと呼ばれる)を要求するのではないか、との憶測が高まっています。 プラザ合意とは、1985年9月に発表されたG5(日・米・英・独・仏の主要先進5ヶ国)の協調行動に関する合意です。会議の開催場所となったニューヨークのプラザホテルにちなんでプラザ合意と呼ばれています。具体的な合意内容として「基軸通貨である米ドルに対して、参加国の通貨を切り上げ、そのための方法として参加各国は外国為替市場で協調介入を行う」というものであり、各国が米ドル高是正に向けて為替政策で協調することで一致しました。調整幅として一律10~12%程度が想定されていたようです。 プラザ合意が成立した時代背景 1980年代前半の米国は、巨額の貿易赤字と財政赤字という双子の赤字を抱える状況にありました。1970年代の第二次オイルショックにおけるインフレに対応した強力な金融引き締め政策と、それに続く財政拡張策により高金利が維持されたため、海外資金の米国への流入を招き、米ドル高となりました。また、財政拡張策は財政赤字の拡大と、景気刺激効果を通じて経常収支赤字を拡大させました。米ドル高の進展により、米国工業製品の国際競争力が弱まり、1985年の米国は、名目GDP比で約3%に達する貿易赤字と経常収支赤字を計上しました。 米国の双子の赤字(経常収支・財政収支) 図表1 (注)データは四半期で、直近値は財政収支が2025年1-3月期、経常収支は2024年10-12月期。財政収支は原系列、経常収支は季節調整済み。見やすさを優先して縦軸を制限している。(出所)米商務省、米財務省資料より野村證券投資情報部作成 当時の米レーガン政権は、米国議会で高まる保護主義的な動きを抑制するために、日本に対して市場開放や内需拡大を迫るなど、政策対応に追われていました。プラザ合意の狙いは、過大評価されている米ドルのソフトランディング(軟着陸)、国際収支不均衡の是正、国内で高まる保護主義的圧力の回避、にありました。 プラザ合意の教訓 プラザ合意の教訓としては、1)為替のコントロールは容易ではない点、2)通貨安は国際収支不均衡の特効薬ではない点が挙げられます。米ドル安を誘導するため各国が協調介入を行った結果、為替市場では急激な米ドル安が進行しました。プラザ合意前に1米ドル=240円台だった米ドル円相場は、1986年には同150円台へ下落しました。G5会合の想定に比べ、過度に米ドル安が進行する一方で、米国の貿易赤字は減らず、問題の解決には至りませんでした。 そのため、G5にカナダとイタリアを加えたG7は、1987年2月にルーブル合意を成立させ、今度は過度な米ドル安の進行を抑止する介入を行いました。しかし、米ドル安は容易に歯止めが掛からず、主要国は1987年12月、米ドル安定のための緊急声明を発表しました(クリスマス合意)。その翌年の1988年11月に、米ドル円相場は、同121円台前半をつけ、ようやく、米ドル安の流れは一服しました。 国際的な通貨政策と米ドル円相場の推移 図表2 (注)データは月次。FF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標は上限金利で、1971年1月以降。ニクソンショックはニクソン大統領(当時)による米ドルの金兌換の停止の発表。クリスマス合意はG7による為替レート安定化に関する緊急声明。(出所)FRB、LSEGより野村證券投資情報部作成 注意すべきは米ドルに対する信認低下 米国と主要国間で、米ドル切り下げの協調合意が成立する可能性は非常に低いと見られます。1985年当時、米国の貿易赤字は過半を対日本及び(旧)西ドイツが占めており、G5の枠内での協調が可能でした。 主要国・地域の経常収支の推移 図表3 (注)データは年次で、1980~1995年。(出所)IMF『World Economic Outlook April 2025』より野村證券投資情報部作成 現在は中国やメキシコなど貿易赤字相手には先進国から新興国まで分散しており、協調合意の実現はかなり難しい状況です。 また、通貨安は「米ドル離れ」などの副作用のリスクも伴います。対GDP比で見た現在の米国の「双子の赤字」は、プラザ合意直前よりも拡大しており、状況は悪化しています(図表1)。一方で、これだけの経常収支赤字を許容できるだけ、米国が世界から資金を集めることができているとの見方も可能です。米国が通貨安政策を採用し、資金が米国から流出する事態が生じれば、米国経済は厳しい経済環境に陥ることが予想されます。このため、トランプ政権で為替問題を担当しているベッセント財務長官は、米ドル安政策に否定的です。 米国の経常収支と対外債務残高の変化 図表4 (注)データは四半期で、直近値は2024年10-12月期。(出所)米商務省、米財務省資料より野村證券投資情報部作成 リスクとしては米国政策当局の意思に反して、米ドル安が進行する事態が挙げられます。第1次トランプ政権下でも、大統領選直後に118円台まで上昇した米ドルは、米中貿易戦争が激化する中で104円台まで下落する局面もありました。トランプ大統領がFRBに利下げや議長の解任を迫るといった事態は、米ドルに対する信認を低下させかねないため、注意が必要です。 野村證券投資情報部 シニア・ストラテジスト尾畑 秀一 1997年に野村総合研究所入社後、一貫してエコノミストとして日本、米国、欧州のマクロ経済や国際資本フローの調査・分析に従事、6年間にわたり為替市場分析にも携わった。これらの経験を活用し、国内外の景気動向や政策分析、国際資本フローの動向を踏まえ、グローバルな投資戦略に関する情報を発信している。簡潔かつ平易な解説には定評がある。ストックボイス、ラジオNIKKEIに出演中 野村證券投資情報部 ストラテジスト澤田 麻希 記者向け場況レクチャーやマスメディアにおける市況解説などメディアを通じた情報発信を行っている。日経CNBC、ラジオNIKKEIに出演中 ご投資にあたっての注意点

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