大統領選挙は決選投票実施の公算大

5月14日、トルコで総選挙(大統領、議会選挙)が行われた。大統領選挙では、エルドアン大統領(公正発展党(AKP、中道右派))が再選を目指す一方、野党側は、6党が統一候補としてクルチダルオール共和人民党(CHP、中道左派)党首を大統領候補とした。選挙管理委員会が5月15日に発表した暫定結果によると、得票率はエルドアン大統領が第1位で49.51%、クルチダルオール党首が第2位で44.88%、オアン候補(祖先同盟(ATA、右派))が第3位で5.17%だった。いずれの候補者も50%を超える得票率に達していないため、大統領選挙は、エルドアン大統領とクルチダルオール党首による決選投票(5月28日投票)が行われる公算が大きい。

第3位となって敗退したオアン候補は、クルチダルオール党首がクルド系政党の要望を排除した場合にのみ支持すると述べている。選挙協力はしないまでも、反エルドアン大統領が多いとされるクルド系の票を当て込むクルチダルオール党首がクルド系政党の要望を排除すると公言する可能性は低い。このため、第1回投票でオアン候補が獲得した票の多くが決選投票ではクルチダルオール党首よりもエルドアン大統領に向かうと予想される。

仮に、決選投票でエルドアン大統領が勝利する場合は、金融市場の反応は芳しいものではなかろう。同大統領は、インフレの原因となっていた低金利政策の継続をトルコ中央銀行に要求し、財政拡張的な経済政策を改めないと見られているからである。選挙結果判明直後にトルコ・リラ安が進む可能性には注意したい。

決選投票の公式結果は、選挙管理委員会よって6月1日に発表されるが、エルドアン大統領の勝利が僅差に留まる場合、野党勢力が再集計、再選挙を要求すると見られる。エルドアン大統領に対する抗議デモなどが起こる場合、金融市場で政治リスクが懸念されることにも留意したい。

外交姿勢も変わらないだろう。欧米との関係改善は見込み難い。エルドアン政権は、フィンランドのNATO(北大西洋条約機構)加盟を承認したが、スウェーデンについては反トルコ系のクルド人勢力に宥和的だとしてNATO 加盟を承認しなかった。

野党候補勝利の場合も楽観できず

国内右派の支持を得るための選挙向けのパフォーマンスであり、選挙後にエルドアン政権がスウェーデンのNATO 加盟を容認するとの見方もある。ただし、選挙後もスウェーデン加盟に反対を続け、欧米諸国との関係が悪化する場合、注意が必要だろう。2017年に米国領事館現地職員の拘束、18年に米国人牧師の拘束でトランプ前米政権と対立した際には、トルコ・リラ安が進んだ。エルドアン政権が、シリアやイラクのクルド系勢力への軍事攻撃を行い、市場で地政学が高まるリスクや、クルド系過激派勢力がトルコ国内で報復テロを行う可能性にも注意したい。

一方、クルチダルオール党首が決選投票で勝利する場合、公約に沿ってエルドアン政権の低金利政策が是正され、トルコ・リラ、トルコ経済が安定するとの期待が市場にある。確かに緊縮策によってインフレは鎮静化するかもしれないが、急激な金利上昇が引き起こされる場合には、低金利政策によって存続していた企業や金融機関の破綻も予想され、円滑な出口政策とならない可能性もある。次期政権が経済政策で徐々に有権者や金融市場の支持を失うことも見ておく必要があるだろう。

議会選挙では、AKP を中心とする人民連盟が600議席中322議席を占めた。クルチダルオール党首を支持する野党連合(国民連盟)は213議席、クルド系政党と左派の労働自由連盟が65議席となっている。このため、クルチダルオール党首が大統領になっても、議会では少数与党となるため、その政策(予算、法案)は実現できないと見られる。

クルチダルオール党首は、選挙公約として、大統領の権限を抑え、従来の議院内閣制に戻すため、憲法改正を行うとしている。しかし、与党が議会の過半数にも達していないのなら、憲法改正は実現不可能である。次期大統領が議会を無視して強権を行使するのであれば、自己矛盾に陥る。エルドアン大統領やAKP の支持者が抗議デモを行うことも考えられ、国内政治が安定しない点には留意したい。

一方、外交上、クルチダルオール党首は欧米に宥和的な姿勢を示すだろう。スウェーデンのNATO加盟問題も早期に承認するとの期待が出てくるだろう。クルド問題でも、対話を重視すると見られる。上記のように内政上の問題がある一方で、対外的な問題に関しては、エルドアン政権と異なり、それほど金融市場のリスク要因にならない点は評価できるだろう。

(野村證券経済調査部 吉本 元)

※野村週報 2023年5月22日号「焦点」より

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