自動車保険を取り巻く環境が変化

 日本では自動運転の実用化に向けた動きが着実に進展している。最近では限定された状況下において人に代わりシステムが運転を行うレベル3の車が発売された。自動運転の普及が、より安全なクルマ社会を作ることが期待される。損害保険会社は自動車事故発生時の補償を通じて、クルマ社会の形成に貢献してきた。運転をより安全なものにする自動運転車の普及は損害保険会社の変容を促すものになるであろう。

 日本の損害保険市場において自動車保険は正味収入保険料の約5割を占める。自動運転車の普及により交通事故が減少し、自動車保険の需要が減少することが指摘されている。自動運転車の普及は一気呵成に進むわけではないが、長期的には現在の最大の商品を失う危険性があり、損害保険会社にとっての経営課題となっている。

 自動運転車が開発されることによる短期的な悪影響は大きくはないが、自動車保険を取り巻く足元の環境はそもそも芳しくない。日本における交通事故件数は2000年代をピークに減少をしている。背景には飲酒運転などの危険運転に対する社会的な風当たりが強くなっている他に、自動車に搭載される安全運転技術が高度化していることが挙げられる。自動車の高機能化については事故件数の減少というメリットがある一方で、修理費用が増加するというデメリットもある。事実、自動車事故における一件当たりの修理費用は増加の一途をたどっており、保険金支払い額は横ばい圏で推移している。損害保険会社から見た場合に事故減少のメリットが相殺される形になっていると言える。

 また、中期的には事故の減少は損害保険会社が必要とする保険料に値下げ圧力を生むものである。17年には損害保険各社が自社の保険料算定の際に活用する参考純率(損害保険料率算定機構算出)が引下げられた。21年には新型コロナの影響で外出機会が減少したことで、交通事故件数が一層減少したため、公的保険である自動車賠償責任保険の基準料率も引き下げられた。損害保険各社は保険料の値下げを行う一方で、特約の充実により収入の維持を試みているが、中長期的には自動車保険の収入が減少することに変わりはないであろう。

自動運転社会への適応を進める

 中長期的には自動運転の到来が避けられない中で、損害保険各社は変化に適応する準備を進めている。現在、日本各地で自動運転の実証実験が進められているが、大手の損害保険会社は積極的に実験に参加をして自動運転技術の知見獲得に努めている。

 損害保険各社は自動運転技術への関与を段階的に強めてきた。当初は実証実験中の事故を補償するような保険の提供に留まっていたが、さまざまな実証実験への参加を重ねて、19年には実証実験を可能にするインフラサービスの提供をするに至った。

 自動運転には従来の自動車にはなかったさまざまな機能が搭載されるが、自動車の機能だけでは成り立たない。円滑な運行を可能にするための道路状況の把握や異常事態発生時に無線で対応をサポートする遠隔監視、そして実際に事故が発生した場合の補償の提供などのサービスが必要となる。

 20年になると住宅地や物流のラストワンマイルの輸送を効率化するための実験が開始されるなど、実用に近い形で実験が進められている。大手損害保険会社の中で、特に地方での自動運転サービス提供に積極的なのがあいおいニッセイ同和損保である。

 人口の高齢化が進む日本では特に過疎化が進んでいる地方において自動運転の普及の意義は大きい。電車やバスなどの公共交通機関は利用者数の減少により収支が悪化し、廃線となる地域がある。一方で、高齢で運転免許を返納する人や、移動手段が不自由になる人が増えている。そのため地方における移動サービスの維持は重要な課題になっている。自動運転技術の活用で安価に公共交通機関を提供することが可能になれば、地域コミュニティの維持に資することになる。短期的な業績貢献は見込めないものの、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点からは自動運転を評価できよう。

 また、身近な取り組みとしてはテレマティクス保険の開発を各社が進めている。テレマティクス保険とは主にドライブレコーダーを活用し、安全運転を支援するような警告を発したり、運転特性を記録することで保険料値下げを可能にする保険である。事故後のサポートの充実にも力を入れており、事故の自動検知やドライブレコーダーを通した安全確認、録画映像をAI(人工知能)で詳細に解析することで満足度の向上に努めている。長期的にはドライバーの運転特性や交通状況の詳細なデータの蓄積が、自動運転技術や自動運転社会における損害保険サービスの開発に貢献することが期待される。

(坂巻 成彦)

※野村週報2021年5月17日号「産業界」より

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