法人向けSaaS 市場は拡大傾向

SaaS(Software as a Service)はインターネットを経由して使用するアプリケーションである。クラウドサービスとも呼ばれ、SaaS の利用者はパソコンなどの情報端末からwebブラウザ等を介して、サービスを利用できる。総務省の調査によると全社あるいは一部の部門でクラウドサービスを利用している企業の割合は2018年の59%から22年に72%に高まっている。法人向けのSaaS は業務効率化に資するため、以下の3点を背景に市場が高成長している。

第一に生産性向上に対する需要である。人口が減少する日本では従業員一人あたりの生産性を高める必要があり、SaaS を利用することで単調な業務を効率化できる。

第二に利用の簡単さである。従来手間のかかるインストール型のソフトウェアが主流であったが、常に最新のサービスをインターネット経由で利用できるSaaSは容易に利用可能で、普及が広がっている。

第三に普及率の低さである。多くのクラウドサービスは普及が始まったばかりで、導入率が低く成長余地が大きい。

バック・ミドルオフィス向けSaaSが多い

効率化する業務の内容によって異なるSaaS が存在している。とはいえ、総じてミドルオフィスやバックオフィス向けが多く、業種に限定されず業務内容が共通する分野での展開だと言える。これはSaaS提供企業が高い売上成長を狙い、潜在的な利用企業が多い市場での事業運営を目指しているためである。経理部門における会計業務、経理部門における請求書業務、人事部門における人材管理業務、営業部門におけるマーケティングや顧客管理の効率化、などのサービスが存在している。

多くのSaaS 企業は新規顧客の獲得が進む過程で、売上は堅調に伸びる傾向にある。理由は以下の2点である。

第一に月額、あるいは年額で料金を得る点である。ソフトウェアを買ってインストールする形式ではなく、インターネットを通じ利用するので継続課金が可能になる。

第二に解約率が低い点である。SaaS は業務に組み込まれているので容易に解約されない。SaaS 企業は、堅調に売上が積みあがる傾向にあり、売上の安定性は高い。

短期は赤字でも中長期で黒字へ

SaaS 企業は一般に事業ステージによって利益の出方が異なる。初期ではSaaS企業は赤字の場合が多い。従業員を多く採用し、広告宣伝費用を多く使うため、先行投資が膨らみ赤字となる。先行投資は、競合企業に先んじて新規顧客獲得を強めることを目的としている。その後、後期になれば一般にSaaS 企業は黒字化が可能となる。SaaS の普及率が高まると、導入余地が小さくなるため投資の費用対効果が悪化する。そこでSaaS 企業は広告宣伝費の抑制や従業員の増加抑制を行う。初期の先行投資で売上規模を拡大したなか、ソフトウェア業態特有の粗利益率の高さもあり、費用の抑制でSaaS 企業は利益を享受できる。

株式市場においてSaaS 企業は、現在の利益規模の割に高い企業価値が付与されることが多い。これは上述のようにSaaS企業のビジネスモデルが、短期的には先行投資で赤字、あるいは弱い利益であっても、将来的に大きな利益が出る確度が高いことを反映している。ただし現在の株式市場では、社会情勢の不透明感もあり、単に売上成長が強いだけでなく、黒字化や増益などで短期的にも収益性を証明できるSaaS企業が選好されることが多い。

利益の再投資が重要

高成長を続けるバックオフィス向けSaaSの一つが、請求書業務の補助分野である。10月には請求書業務の負担増につながるインボイス制度が開始されることに伴い、注目も高まっている。請求書業務を補助するSaaSとして、PDF 形式での発行を補助するラクスの楽楽明細、受け取った請求書をデータ化するSansanのBillOne、データ形式での授受を可能にするインフォマートのBtoBプラットフォーム請求書などが挙げられる。

野村ではSaaS における競争の勝敗を決する要因の一つは、既存事業がもたらす投資余力と考えている。すでに黒字化している事業を持っていれば、得られた利益を成長事業の広告宣伝や従業員の拡大などに潤沢に再投資でき、新規顧客の獲得を通じ高い売上成長に期待できる。

野村ではSansan の業績動向に着目している。名刺情報、電話やメールなどの接触情報を可視化するSansan 事業はすでに黒字化している。同事業で知名度を培ったうえに、得た利益を再投資できる。そのため、請求書の読み取りを行う成長事業であるBillOne 事業においても、高い売上成長を実現できるだろう。

(野村證券エクイティ・リサーチ部 平岡 直樹)

※野村週報 2023年8月21日号「産業界」より

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