「会社四季報」編集長・冨岡耕氏×野村證券「四季報の会」代表・大坂隼矢氏対談(前編)
野村證券で「会社四季報」(東洋経済新報社刊)を読破し、相場観を掴む独特の企業文化がある。今回は、会社四季報の編集トップである編集長の冨岡耕氏と、野村證券投資情報部ストラテジストで、「四季報の会」代表でもある大坂隼矢氏が対談した。
「業績改善」が鮮明に
――まず秋号を読破した感想を聞かせてください。
大坂 総じて企業の業績がかなりよくなってきている印象を受けました。巻頭の「見出しランキング」などを見ていても、総じて好況が反映されていた印象です。
前回もすごく良かったなっていう感じはあったんですけども、さらに良くなってたという印象です。そして、前号を読んで少し懸念していた点も解決された印象です。
前号は電力会社の値上げがこれから始まるので、高熱費が懸念材料だという記述が目立っていました。特にサービス業で目立っていたので、秋号はどうなるのかという点をすごく気にしていました。しかし、秋号ではコストの増加を値上げで吸収できている企業が多かったなという印象を受けました。
予想営業利益が「増額」されていた企業が、特に外食業で目立ちました。外食に限らず内需に関連するセクターが強かったと思います。コロナ禍で取り組んでいたコスト改革が進展したうえで、値上げの浸透やリオープンの需要が加わったことが要因であると感じました。
外需の方は中国関連や、一部の業種で弱含んでいるものもあります。ただ、自動車だけは相変わらず強いですね。毎号、前回号と比較して、業績やコメントが改善していたり、悪化していたりする銘柄に付箋を貼るのですが、今回は改善を示す色の付箋ばかり貼っていました(笑)。
冨岡 私も第一印象は多くの企業の業績がよくなっているという点でした。各企業のページの端に載っている矢印が上を向いていると、四季報の予想が前号発行時から上方修正されていることを示しています。
編集作業中も上向きの矢印が多いなと感じていました。上場企業の約6割が 3月期決算企業ですが、2023年度の第1四半期決算発表後に各記者が取材して、早くも期初計画から上方修正するケースが増えています。記者が取材をする中で変化を感じることが多かったようです。
私たちの独自予想が会社予想より相当強気な場合、記事に「独自増額」という見出しをつけるのですが、それも非常に増えています。
私は製造業、非製造業で分けてチェックすることがあります。製造業は自動車を中心に、サプライチェーンや供給サイドが正常化し、業績が拡大しています。自動車に関連し、素材系の企業の業績も回復していますね。
さらに、懸念されていた原材料高は値上げが浸透して経営への影響が落ち着いてきています。期初から円安に振れていることもあり、追い風にもなっていると思います。非製造業の方はコロナ禍が終わり、経済再開、いわゆるリオープンが他国より遅れていたこともあって、宿泊業や空運業などの業績拡大が目立っていました。
一方で、資源相場が前期まで高騰していたので、その恩恵を受けていた石油関連や海運業、商社などの卸売業は業績が一服してきた印象がありますが、総じて悪くはなかったですね。
企業は第1四半期の決算で業績修正はあまりしませんが、四季報では先んじて修正しているケースが目立っています。そうした企業は今後修正発表する可能性もあるため、秋号は「お宝銘柄」を探しやすく、お買い得ですね(笑)。
「飛躍」の見出しが示す意味
――前号では「ChatGPT」やAIに関する記述が増えました。秋号では変化がありましたか。
大坂 前号からやや増えている印象です。そして、AIの導入が具体的な戦略や足元の業績などの形で表れ始めている企業もありました。例えば、コールセンターやIRの資料作成でこういった使い方をしていると具体的に言及されている企業が、すごく増えた印象があります。
冨岡 そうですね。AIに関する記述は少し前から増えていましたが、 今年になって急増しました。企業の人手不足といった状況もあり、DXやAIへの投資が増えています。業種を問わず企業の社内での利用が増えているケースのほか、特にIT企業では、新しいサービスを商用化しているケースの両方があると思います。
大坂 ブレインパッド(3655)の欄では生成AIの引き合いの増加に言及されています。同じように、AI活用したり、AI活用のコンサルティングを手掛けたりする企業が目立ちました。GMOリサーチ(3695)、アドバンスト・メディア(3773)、テラスカイ(3915)など、具体的な事業に触れている企業も増えました。
――原材料価格や燃料価格の上昇についてはいかがでしたか。
大坂 冒頭でも話したように、値上げが進んでいるという強い印象を受けました。例えば伊藤忠食品(2692)などは見出しが「一転増益」となっています。燃料価格も同様に、会社の業績の進捗率の高さにも現れていると考えています。
会社がコストをある程度想定し、上手に吸収していますね。イオン九州(2653)に代表される小売も同様に「一転増益」になっています。読み進めていくと、上向きの矢印が次から次に出てきた印象です。
冨岡 特に食品関連は値上げが続いている印象があるのですが、かなりそれが浸透してきています。極洋(1301)やニッスイ(1332)など、純利益ベースで過去最高水準に到達する勢いがありますね。
大坂 ニッスイは見出しも「飛躍」でしたよね。これは最高評価ともいえる見出しです。
冨岡 水産業に限らず、日本経済がよい循環に入ってきているという感覚はありますね。ちなみに「飛躍」のような見出しは、記者が取材した際の印象や感覚を反映し、読者の方にお伝えするためにあえて使用しています。
会社四季報編集長の注目ポイントは
――中国の景気や経済政策が日本の企業に何らかの影響を及ぼしているような印象は秋号から感じ取れましたか。
大坂 中国の市況悪化の影響は4000番台から6000番台、素材や化学、機械関連の企業から見て取れたと思います。先ほど、自動車は勢いがあるとお話ししましたが、中国の自動車販売はやや低迷しています。日本の自動車メーカーの業績は、主戦場である日本と米国がけん引していますが、自動車関連でも、中国の売り上げが大きい企業では影響が多少表れていた印象です。
また、短期的なものではなく、政治リスクなどから長期の経営計画を変更している企業もありました。例えばテラプローブ(6627)が中国で半導体関連の小会社設立を計画していたのを取りやめるなど、中国を取り巻く情勢の変化が、経営判断に影響を及ぼし始めている印象です。また、中国政府の政策の影響で、中国での環境や水質系の案件が急減した企業もありましたね。
冨岡 中国についてはやはり影響は出ていて、マイナスの影響について触れた企業は多いです。
以前は中長期的に、中国への投資を進めるなど、中国事業の今後について比較的前向きなキーワードが多かった。
しかし、秋号では中国で何かを始めるなどといった記述が少なくなっていました。中国に代わってインドやベトナムでの事業に関する言及がより増えたのではないかと思います。中国の今後の不透明感、景気の影響は当面変わらないと考えています。
――今までお聞きした値上げや生産性の向上、インバウンドの影響については野村證券でもアナリストが注視しているテーマです。会社四季報の編集者や記者の方はいかがですか
冨岡 もちろん注視しています。そういったテーマは業績などに相当影響しますし、今最も動きが激しいので、四季報にもたびたび登場します。
秋号で私が編集したり、チェックしたりしている中で注目したのは、日本の財政に絡む話です。防衛予算増額による、製品の受注増加のような話題ですね。また、産業関連の政府の補助金に関する話題も増えています。例えば蓄電池や半導体などの業種では、前号よりかなり目立っていると思いますね。
大坂 防衛関連では重工各社は恩恵を受けていると思います。三菱重工業(7011)などは「受注大幅拡大」とありますね。これまで、防衛はある程度決まった予算内での発注しかないという認識が固定観念としてあったんで「こんなに良くなるんだ」と驚きました。
冨岡 (侵攻する相手方の艦艇などに対して、脅威圏外の離れた位置から対処を行える)「スタンド・オフ・ミサイル」など、あまり見慣れない言葉も出てきました。
(後編「【特集】会社四季報編集長と「四季報の会」代表が語り尽くす日本企業の動向」はこちら)