「会社四季報」編集長・冨岡耕氏×野村證券「四季報の会」代表・大坂隼矢氏対談(後編)

「会社四季報」(東洋経済新報社刊)秋号の発売後、編集長の冨岡氏と、野村證券「四季報の会」代表の大坂氏が対談した。今回は前回に引き続き、秋号で見られた各業界の独特の傾向や、上場企業の資本政策など、注目点について意見を交わした内容をお届けする。(前編「【特集】会社四季報を読破してわかった「秋号」の注目点」はこちら

「トレカ」「ガチャガチャ」「推し」…

――これまで秋号の注目点や、値上げや中国関連の記述などについて語っていただきました。ほかに秋号で興味深い傾向や記述は見られましたか。

冨岡 興味深いと思ったのは、(玩具の)「トレカ」、トレーディングカードというキーワードが急増していたことですね。

大坂 トレーディングカードは利用者のすそ野が広がっていると感じますね。さらに、インバウンド、外国人観光客が増えている影響もあるんじゃないかなと思います。カードショップなどや玩具店などで買う人の層が増えているとみています。

冨岡 さらに、トレカのように趣味性の高いいわゆる「ガチャガチャ」。カプセルトイの話も増えましたよね。あと「推し」も多かった(笑)旅行に持っていくぬいぐるみなども、いわゆる「推しグッズ」ですね。

 すごいですよね。特に推しているものがない私には「推し」の文化はよくわからないのですが、とにかくすごいというのは同感です。

「100均」「激安チェーン」も好調

冨岡 名詞が具体的に出てくる銘柄って、やっぱり玩具関連に多いですよね。トレカという言葉はかなり出てきます。たとえばブックオフグループホールディングス(9278)など、中古品販売の企業などですね。

大坂 値上げが浸透している一方で、 中古品販売が好調というのは、日本人の節約志向のようなものも多少反映されている部分もあるのかなと思いました。例えば、キャンドゥ(2698)など、いわゆる「100円ショップ」の業績も前号と比較して良くなっている印象を受けました。

売価が高い商品の構成比を高める施策が奏功している面もありますが、「100円ショップ」である以上、原材料価格が上がっても商品の価格を上げにくいはずです。原価率が上がって利益出なくなるかと思いきや、新店舗や客数の増加がコストの増加分を上回っている印象です。

このほか、「激安チェーン」と呼ばれるような値段が安い外食店も伸びています。百貨店など高価格帯の小売店と、低価格を前面に出している100円ショップや外食チェーンなどの業績が同時に改善している点を見て、消費の「二極化」が進んでいる印象を受けました。

冨岡 一方で、まったく違う業種なのですが、遊技機関連、パチンコ、パチスロの機器を製造する企業の業績がいいんです。実際に玉やメダルを使わない「スマート遊戯機」が登場した影響が大きいようです。一般的なパチンコやパチスロの機器と違って、玉などがないので、動作音が静かなのが特徴ですね。

大坂 確かに勢いを感じました。リオープンでパチンコ店に人が戻り始めたという点や、パチンコ店に対する規制緩和などで、関連業界全体が盛り上がってきている印象です。スマート遊技機という新しいものを入れた影響も大きそうです。

パチンコ関連では、パチンコ店向けコンピューターシステム最大手のダイコク電機(6430)の株価が大きく上昇しています。

野村證券「四季報の会」代表・大坂隼矢氏

半導体関連銘柄の動向

冨岡 再び大きく話は変わるのですが、ほかに目立っていると感じたのは、半導体関連で、TSMC(台湾積体電路製造)の工場建設が進む熊本と、次世代半導体の新会社、「Rapidus(ラピダス)」の工場が北海道千歳市に進出します。両社の関連で熊本や北海道への投資が相当活発になっていますね。関連の製造業だけでなく、不動産会社やコールセンター関連、人材派遣会社にも動きがあります。

大坂 熊本への投資はどんどん増えています。マンションや戸建て住宅を建設・整備する企業などにも恩恵がありますし、本当にあらゆる業種の投資が集まってきている印象です。さらに、熊本にとどまらず、福岡など周辺の都道府県にも影響が波及している印象を秋号から読み取れました。

熊本については元々半導体産業が集積していた一方、ラピダスが進出を計画している北海道は、何もない段階からの投資になりますね。地域産業に与えるインパクトも大きなものになるかもしれませんね。

冨岡 半導体の関連で言うと、大きな電流を流すのに必要な「パワー半導体」の製造は日本が強い。パワー半導体というキーワードもたくさん見受けられます。シリコンカーバイド(炭化ケイ素)という新素材の開発で「省電力」と「パワー半導体」が結びついた形で言及されているケースが大変多いですね。半導体は年々すそ野が広がり、分野も細分化され、担当の記者もキャッチアップするために常に勉強しなければなりません。

大坂 パワー半導体の利用が広がっているのは、EV(電気自動車)の普及によるところが大きいですね。強い電圧にも耐えられるシリコンカーバイドを使ったパワー半導体がテスラのEVに採用されたことが話題になりました。世界でも有数の硬い化合物で、切断や研磨に手間がかかります。パワー半導体の製造を手掛ける企業と並び、シリコンカーバイドの切断装置を手掛ける企業としてディスコ(6146)が注目されています。

冨岡 秋号だけ読むと半導体業界は「減益」や「下方修正」などという言葉が目立っていて、市況が悪化しているようにも感じますが、一時的でしょうね。

「PBR1倍割れ」資本政策の行方は

――3月に東京証券取引所が企業に「PBR1倍割れ」の改善を企業に要請しました。改善に向けた資本政策は進んでいましたか。

大坂 前回の夏号が、3月期決算企業の通期決算発表が終わった後取材されたものであったため、資本政策への言及がものすごく多かった印象があります。今回は、3月期決算企業については第一四半期の決算発表後ですから、前回と比べて、資本政策を大きく変える企業は、やや少なかったかもしれません。ただし、急いで対策をとっている企業が依然として多い印象はあります。

冨岡 今までですとPBRという言葉自体が、企業の中期経営計画などに出てくることは珍しいことでした。これまで賛否もありましたが、東証はかなり思い切った印象です。見事に企業の背中を押すことに成功しましたね。

「PBR1倍割れの筆頭格」と言われていたある企業は、これまでIR(投資家との関係構築)にあまり力を入れていない印象だったのですが、トップが取材に応じ、PBR1倍割れをどう改善していくかについて説明することもありましたね。また、通常の取材で、記者も資本政策について積極的に聞くようになっています。

ややPBRの話とは異なりますが、株式分割も非常に増えました。1株の株価を下げ、個人投資家が株式を買いやすくする施策です。米国株は1株から買えますが、日本だとまだ1単元、100株からというのが基本です。しかし、株式分割によって、米国との差が縮まってきているのではないでしょうか。

大坂 また、これまで株主優待をやめる会社がかなりあったのですが、今回は、数は少ないのですが、優待を始める企業が、私が気づいただけで数社ありました。最近優待を始めたケースはあまりなかったので、やはり2024年の新NISAに向け、企業が個人投資家を意識し始めていることがよくわかります。いずれも中小型株でしたね。

「配当性向100%」が増える

――会社四季報の編集サイドから見た「新NISA」に絡んだ企業の動向はいかがでしょうか。

冨岡 新NISAそのものの言葉は四季報にはあまり出てこないんですけど、新NISAを見据えて個人株主を増やす施策を進めているケースがかなり出てきているのはわかりますね。PBR施策とも重なりますが、「配当性向100%」を何年か続けるといったような資本政策に関する言及が多いでね。

大坂 配当性向100%、めちゃくちゃ多かったですね。

冨岡 読む限りでは、この動きにさほど継続性はないんです。3年間に期限を区切って実施、と言ったような形ですね。

また、期限を区切って東証が促したプライムからスタンダードへ市場を変更する企業も多かった。「今のうちなら目をつむりますから、移りたいなら移ってください」と。さらに時間がたったらもう一回上場審査を受けなければならないですから、身の丈に合った形で市場移行することにしたのでしょう。

――株式の流通総数が限られるため、新規上場の段階でスタンダード市場を選ぶ企業もあります。

冨岡 そうですね。さらに、株式の流動性の観点でいうと、プライムに残りたい企業が、大株主に株の市場での売却を依頼したり、創業家の背中を押したりするケースもみられるようになりました。

大坂 あと、政策保有株の売却という言葉も目立ちました。以前から保有していた政策保有株の売却による特別利益を計上している企業も多く見受けられました。PBR改革では、政策保有株の売却によって得た資金で、自社株買いをするといった施策はある意味王道の流れと言えそうです。

――東証のPBR改革の本質は企業の経営改革を促すことにあると言われています。配当したり、自社株買いをしたりすると肝心の事業投資ができなくなるのではないでしょうか。

冨岡 これまでPBRを改善できていなかった企業がようやく「やる」と表明はしたものの、実効性があるかどうかは未知数です。「配当性向100%」も、他にたくさん選択肢がある中の一つです。それ自体はやろうと思えばできる話ですが、それ以外の施策、生産の効率化など本質的な経営の改革にまでちゃんと踏み込めるかどうかについては、今後も注視しなければなりません。

大坂 私は配当性向100%が必ずしも悪いわけではないと思っています。今、足元の事業に何か投資するよりも、資金を株主に還元するか、成長投資に使うかを考えた時、目先に投資先がないので100%株主還元に回し、その間に新事業を検討したり、次の投資先を決めたりすることが大事だと思います。自社株買い、つまり投資先が自社株であっても問題ないわけです。

仮に配当性向を100%に引き上げると表明している会社が、60%に下げて、残りの40%を事業の相乗効果の出にくい投資先に投資しても評価が上がるわけではないですし。「意味のある100%」であれば問題はないと思います。

ご投資にあたっての注意点